解説

アミノ酸生合成機構とその調節機構の多様性鍵酵素の制御機構から生合成経路の進化まで

Biosynthetic and Regulatory Mechanism of Amino Acids: Regulatory Mechanism of Key Enzymes and the Evolution of Amino Acid Biosynthetic Pathways

Ayako Yoshida

吉田 彩子

東京大学生物生産工学研究センター

Published: 2020-04-01

微生物のもつ多彩な機能を利用して,多くの有用物質生産に微生物による発酵法が用いられている.そのなかでもグルタミン酸発酵を発端としてわが国が主動的な役割を果たしたアミノ酸発酵技術の発展により,ほとんどのアミノ酸の微生物による生産法が確立されている.発酵生産技術の開発過程で,さまざまなアミノ酸の生合成経路やその代謝制御機構の存在が明らかとなり,代謝制御発酵が進んだ一方で,生合成機構や調節機構の詳細はあまり明らかにされてこなかった.筆者らはこれまで構造生物学的手法などを用いて,リジン生合成の鍵酵素の活性調節機構を明らかにしてきた.本稿ではリジンをはじめとするアミノ酸の生合成機構やその進化,生合成酵素の調節機構について,筆者らが行った研究を中心に紹介する.

リジン生合成の鍵酵素の活性調節機構の解明

1. Corynebacterium glutamicumによるリジン発酵生産

リジンはヒトをはじめとする多くの動物において生合成することができない必須アミノ酸の一つである.家畜の飼料として用いられるトウモロコシや小麦は大豆に比べて安価であるが,含有アミノ酸のバランスが悪く,特にリジンが不足している.つまり,リジンの添加量が制限因子となり飼料の利用効率が決まる.このため食餌の栄養バランスを改善してリジン以外のアミノ酸の利用効率を向上させるため,リジンは家畜の飼料添加物としての需要が高いアミノ酸である.リジンの発酵生産には,グルタミン酸生産で知られるアミノ酸発酵菌Corynebacterium glutamicumの変異株が用いられている.C. glutamicumではリジンはアスパラギン酸から複数の酵素反応を経て生合成されるが,アスパラギン酸からはリジンのほか,スレオニンとメチオニンも生合成される(図1図1■C. glutamicumにおけるアスパラギン酸系アミノ酸の生合成経路).リジン生産菌育種の過程で,アスパラギン酸系アミノ酸の生合成経路とその調節機構の存在が明らかとなり,初発酵素であるアスパラギン酸キナーゼ(AK)がリジンとスレオニンがともに存在するときにのみ協奏阻害を受けることがわかった(1)1) 板倉辰六郎,山田秀明,別府輝彦,左右田健次:“発酵ハンドブック”,共立出版,2001..アミノ酸生合成経路においてはAKのように経路の初発酵素が最終産物によってフィードバック阻害を受けることで,生育に必要のない過剰なアミノ酸の生産を防いでいるが,リジンを過剰生産させるためには不都合なシステムである.リジンアナログであるS-(2-アミノエチル)-L-システイン(AEC)は,AKに結合してスレオニン存在下で活性を阻害してしまい,リジンが合成できずに生育を阻害するが,AKのフィードバック阻害が解除された変異体ではAEC耐性となる.リジン発酵菌はAEC耐性を指標に取得されたフィードバック阻害が解除された変異株をもとに育種されてきた.その一方でリジンの発酵生産が始まって以来長年の間,AKのフィードバック阻害機構やAEC耐性機構の詳細は明らかにされてこなかった.そこで筆者らは構造生物学を中心としてこの謎に取り組むことにした.

図1■C. glutamicumにおけるアスパラギン酸系アミノ酸の生合成経路

2. C. glutamicum由来AKの活性調節機構の解明

C. glutamicum由来AK(CgAK)はリジン発酵生産の鍵酵素という産業上の重要性に加え,学術的にも興味深い特徴をもつ.一つは上述のようにリジンとスレオニンがともに存在するときにのみ協奏的フィードバック阻害を受けること,もう一つはその遺伝子構造および四次構造である.AKをコードする遺伝子lysCはin-frame overlapping geneと呼ばれる遺伝子構造をもち,遺伝子の途中に翻訳開始点をもつことで,1本のmRNAから長いペプチド(αサブユニット)とそのC末側と同一アミノ酸配列をもつ短いペプチド(βサブユニット)が翻訳され,α2β2ヘテロテトラマー構造を形成する(2)2) J. Kalinowski, B. Bachmann, G. Thierbach & A. Pühler: Mol. Gen. Genet., 224, 317 (1990)..フィードバック阻害耐性のAKではその変異点がC末領域に多く存在していることから,この部分が阻害剤であるリジンやスレオニンを結合する活性制御ドメインであることが予想されていた.活性制御ドメインにはACT(Aspartate kinase, Chorismate mutase, TyrA)ドメインと呼ばれるアロステリック調節を受けるアミノ酸生合成酵素などに保存されたモチーフ(3)3) G. A. Grant: J. Biol. Chem., 281, 33825 (2006).が2つ存在し,2つのACTドメインが隣り合うことでリジンやスレオニンの結合サイトを形成していると考えられた.筆者らはまず,比較的難易度の低い活性制御ドメインのみの結晶構造解析に着手した.

阻害剤であるリジンとスレオニンの存在下でCgAKの活性制御ドメインの結晶が得られ,構造決定に成功した.構造はダイマーであり,結晶化の際にはリジンを添加したにもかかわらず,スレオニンのみが2つのACTドメインで構成されるエフェクター結合ユニットに結合していた.スレオニンがダイマー境界面に存在したことから,ダイマー構造の安定化に寄与すると予想し,スレオニンの有無での活性制御ドメインのオリゴマー状態を調べた.その結果,活性制御ドメインはスレオニンの添加によりモノマーからダイマーへと変化し,スレオニン結合がダイマー構造を安定化することがわかった.さらにスレオニン結合部位を構成するアミノ酸残基に変異を導入したところ,スレオニンによるダイマー構造の安定化が見られず,フィードバック阻害耐性となることから,スレオニン結合による活性制御ドメインのダイマー構造の安定化が活性制御において重要であることが明らかとなった(4)4) A. Yoshida, T. Tomita, T. Kurihara, S. Fushinobu, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Mol. Biol., 368, 521 (2007)..また興味深いことに,リジンアナログであるAEC耐性を与えるとして報告されている変異のなかには,スレオニン結合によるダイマー化が生じない,つまりスレオニン結合に影響を与える変異も存在していた.これはスレオニンによる活性制御ドメインダイマーの安定化がリジン結合やそれによる構造変化の前段階として必要であることを示唆している.

続いてリジン結合部位やリジンとスレオニンによる協奏阻害機構を明らかにするため,α2β2全長での結晶構造解析に取り組んだ.その際に課題となったのが,αサブユニットとβサブユニットを等量調整し,α2β2として精製することであった.上述のスレオニン結合による活性制御ドメインダイマーの安定化という知見を踏まえ,発現プラスミドの構成の工夫などと合わせて,スレオニンまたはスレオニンとリジンを常に添加して精製を行うことで,αサブユニットとβサブユニットの相互作用を安定化し,α2β2ヘテロテトラマーを調製することができた.その後結晶化に成功し,リジンとスレオニンが結合した阻害型の結晶構造を決定した.さらに活性型構造として,スレオニンのみが結合した構造や,リジンとスレオニンが結合しても阻害されないAEC耐性変異体のリジン・スレオニン結合型の構造を決定した.阻害型構造では,αサブユニットC末領域とβサブユニットで構成される活性制御ドメインダイマーにリジンとスレオニンが結合していた.構造比較から,阻害型構造はスレオニン結合による活性制御ドメインのダイマー構造の安定化に加え,リジン結合によって活性中心付近の微細な構造変化が生じ,「閉じた構造」となっていることがわかった(図2図2■C. glutamicum由来AKの活性調節機構).この閉じた構造においては,基質結合が妨げられることで阻害型となっていると考えられる.また,AEC耐性変異体は結晶の非対称単位中に4つのα2β2単位が存在し,その中に含まれる8つのαサブユニットの構造を阻害型と比較したところ,リジンとスレオニンが結合しているにもかかわらず,閉じた構造だけでなく活性型と同様の開いた構造など,さまざまな構造をとっていた.このことから,AEC耐性変異体ではリジンとスレオニンの結合によって阻害型の閉じた構造が安定化できないことで,フィードバック阻害耐性となっていることが示唆された(5)5) A. Yoshida, T. Tomita, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Biol. Chem., 285, 27477 (2010)..以上,複数の活性状態の結晶構造の比較や変異体解析によって,長年その詳細が不明であったリジン発酵の鍵酵素AKの協奏阻害機構およびフィードバック阻害耐性機構を明らかにすることができた.また詳細は述べないが,筆者らはCgAKと同じくα2β2構造をとる高度好熱菌Thermus thermophilus由来のAKの活性制御ドメインの結晶構造解析やその高い熱安定性についての研究も行った(6)6) A. Yoshida, T. Tomita, H. Kono, S. Fushinobu, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: FEBS J., 276, 3124 (2009)..これらの研究から,より効率的なフィードバック阻害耐性変異体の創製や熱安定化などを可能にする構造基盤が提示できた.

図2■C. glutamicum由来AKの活性調節機構

新規リジン生合成機構の解明と生合成経路の進化

1. リジン生合成経路の多様性

リジンの生合成経路は大きく分けて2つ知られており,アスパラギン酸を初発物質としてジアミノピメリン酸(DAP)を経由するDAP経路と,α-ケトグルタル酸を初発物質とし,α-アミノアジピン酸(AAA),サッカロピンを経由するAAA経路である(I型AAA経路)(図3図3■リジン生合成経路の多様性と他の代謝経路との関連).上述のC. glutamicumのようなバクテリアや植物ではDAP経路を利用し,カビや酵母などの一部の真核生物はAAA経路を利用しており,これらはその構成する酵素群が互いに相同性を示さないため,全く異なる経路であると考えられていた.一方で筆者の所属する研究グループにおいて,高度好熱菌T. thermophilusはAKを欠損してもリジン要求性とならないことやリジン要求性株の相補実験などを通じて,バクテリアとしては初めてDAP経路ではなくAAA経路でリジンを生合成することを明らかにした(7)7) N. Kobashi, M. Nishiyama & M. Tanokura: J. Bacteriol., 181, 1713 (1999)..このT. thermophilusにおけるAAA経路はα-ケトグルタル酸からAAAまではカビや酵母と同様の酵素群で変換されるが,AAA以降はサッカロピンを経由せずに,アルギニン生合成酵素と類似した酵素群によってリジンへと変換される新規経路であった(II型AAA経路).

図3■リジン生合成経路の多様性と他の代謝経路との関連

同じ色で示した酵素はお互いに相同性をもち,進化的に共通の起源をもつと考えられる.

2. アミノ基キャリアタンパク質を利用するリジン生合成

T. thermophilusのII型AAA経路後半では既知のアルギニン生合成経路とは異なり,LysWと名付けた54アミノ酸からなる酸性タンパク質が関与する(図4図4■LysWを介したリジン生合成機構).アルギニン生合成経路においては,初発物質のグルタミン酸のα-アミノ基がアセチル基により保護されることから反応が開始するが,AAA以降の初発反応を担うLysXはアルギニン生合成経路の初発酵素とは相同性を示さず,ATPを利用して,AAAのα-アミノ基とLysWのC末のグルタミン酸残基のγ-カルボキシル基との間のイソペプチド結合の形成を触媒する.その結果,AAAのα-アミノ基がタンパク質であるLysWによって保護されたLysW-γ-AAAが生じる.その後,LysWが基質と結合したまま,LysZによるリン酸化,LysYによる還元,LysJによるアミノ化反応が進行してLysW-γ-Lysが生じ,最後にpeptidaseであるLysKによりLysWとリジンが切り離されリジンが生成する(8)8) A. Horie, T. Tomita, A. Saiki, H. Kono, H. Taka, R. Mineki, T. Fujimura, C. Nishiyama, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: Nat. Chem. Biol., 5, 673 (2009)..LysWが酸性タンパク質である一方,これらAAAからリジンへの変換にかかわる酵素の活性中心付近がプラスチャージを帯びていたことから,LysWが各生合成酵素と静電的に相互作用して反応が進むと考えられた.

図4■LysWを介したリジン生合成機構

そこで,筆者らはLysWや各生合成酵素とLysWの複合体のX線結晶構造解析を行うことで,LysWの「アミノ基の保護基」としての機能と基質を効率的に生合成酵素へと運ぶ「キャリアタンパク質」としての機能を構造生物学的に明らかにすることを試みた.その結果これまでに,LysX反応による反応産物であるLysW-γ-AAAの構造や,生合成酵素LysX, LysZ, LysYとその基質であるLysW誘導体との構造決定に成功している(9~12)9) T. Ouchi, T. Tomita, A. Horie, A. Yoshida, K. Takahashi, H. Nishida, K. Lassak, H. Taka, R. Mineki, T. Fujimura et al.: Nat. Chem. Biol., 9, 277 (2013).10) A. Yoshida, T. Tomita, T. Fujimura, C. Nishiyama, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Biol. Chem., 290, 435 (2015).11) T. Shimizu, T. Tomita, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Biol. Chem., 291, 9948 (2016).12) A. Yoshida, T. Tomita, H. Atomi, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Biol. Chem., 291, 21630 (2016)..LysWはZinc finger型の構造をとる球状ドメインとC末の可動性のあるextension領域から構成されており,予想どおり分子表面は負に帯電していた.また,LysW-γ-AAAの構造では,LysWのC末のグルタミン酸残基のγ-カルボキシル基とAAAのα-アミノ基との間のイソペプチド結合も観察され,LysWがAAAのα-アミノ基の保護基として働くことが構造生物学的にも確かめられた.生合成酵素とLysW誘導体との複合体構造から,生合成酵素の正に帯電した領域にLysWが静電的な相互作用により結合していることが観察された.また最終段階を触媒する酵素であるLysKについても単独での結晶構造を決定し,LysWとの複合体のモデリングや変異体解析から,LysKにおいても静電的にLysWを認識していることが示唆されている(13)13) S. Fujita, S. H. Cho, A. Yoshida, F. Hasebe, T. Tomita, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: Biochem. Biophys. Res. Commun., 491, 409 (2017)..以上より,LysWが各生合成酵素に静電的にリクルートされることで効率的なリジン生合成を可能にするキャリアタンパク質として機能することを構造から明らかにすることができ,アミノ基を保護することから,LysWをアミノ基キャリアタンパク質(amino-group carrier protein; AmCP)と名付けた.さらに,LysWとLysYやLysZとの複合体の結晶構造から,LysWがLysYやLysZと同時に結合し,基質がロードされているLysWのC末の可動性のextension領域のみを動かして,反応中間体を効率的に次の反応を担う酵素へ運んでいる可能性が提示されており(11)11) T. Shimizu, T. Tomita, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Biol. Chem., 291, 9948 (2016).,LysWを中心とした生合成酵素巨大複合体の形成にも興味がもたれる.

3. LysWを用いるアルギニン生合成経路の発見と生合成経路の進化

このLysWを用いるリジン生合成遺伝子群は好熱性細菌や古細菌に多く見られる.筆者らはゲノム情報からLysWを用いてリジンを生合成すると予測された超好熱好酸性古細菌であるSulfolobus acidocaldariusに着目した.興味深いことに本菌のゲノム中にはLysWを利用するリジン生合成酵素ホモログが存在する一方で,この経路と類似性をもつアルギニン生合成酵素遺伝子群が存在していなかった.これに加え,AAAとLysWの縮合を担うLysXホモログが2つ存在し,一つはアルギニン生合成遺伝子とクラスターを形成していた.このことから,2つのLysXホモログであるLysXとArgXがそれぞれAAAやグルタミン酸を基質としてLysWとの結合を触媒し,引き続く反応はAAAとグルタミン酸の鎖長の違いを認識せずにすべて一組の酵素群が担うことで,AAAからリジンが,グルタミン酸からオルニチンが生合成されることが予測された.酵素活性測定や破壊株の栄養要求性から,S. acidocaldariusにおいてはリジンだけでなくアルギニンもLysWを用いて生合成されることが明らかとなった(9)9) T. Ouchi, T. Tomita, A. Horie, A. Yoshida, K. Takahashi, H. Nishida, K. Lassak, H. Taka, R. Mineki, T. Fujimura et al.: Nat. Chem. Biol., 9, 277 (2013).

同様に超好熱性古細菌であるThermococcus kodakarensisのゲノム中にもLysWを含むリジン生合成遺伝子群が存在するが,LysWおよびLysXからLysKまでの生合成酵素遺伝子はすべて一つずつしか存在しなかった.つまり,LysXを含むすべての生合成酵素が寛容な基質特異性を示し,AAAからリジン,グルタミン酸からオルニチンまでの生合成反応を一組の酵素群で触媒することが予想された.各生合成酵素の組換えタンパク質を用い,in vitroにおいて生合成経路を再構築したところ,確かにAAAとグルタミン酸からそれぞれリジンとオルニチンが生合成され得ることが示された(12)12) A. Yoshida, T. Tomita, H. Atomi, T. Kuzuyama & M. Nishiyama: J. Biol. Chem., 291, 21630 (2016)..代謝経路の進化仮説の一つとして知られるパッチワーク仮説(14)14) R. A. Jensen: Annu. Rev. Microbiol., 30, 409 (1976).においては,始原生物は遺伝子数が少なく,数少ない酵素で生命活動に必要なさまざまな反応を行う必要があるため,基質特異性の寛容な酵素群が複数の代謝産物の合成反応を担っていたとされている.そのような酵素をコードする遺伝子が重複したのち,特定の基質に特異性を示すような変異が導入されていくことで,化合物特異的な物質変換経路が進化していったとされる.LysWを用いるリジン生合成経路は,酵素反応の類似性からアルギニン(オルニチン)生合成経路と同一の進化的起源をもつと考えられ,T. kodakarensisにおいて,リジンとオルニチンが一組の酵素群で生合成され得ることは,パッチワーク仮説における始原生物が基質特異性の寛容な酵素群により構成される代謝経路をもつという仮説に対する実験的な証拠となり,また両生合成経路が同一起源から進化したことを示す結果であると考えられる.

これまでAAA以降後半の経路について述べてきたが,LysWを用いるII型AAA経路においても,カビや酵母のI型AAA経路においても,AAAまでの前半の反応は共通している.つまり,I型AAA経路ではAAA以降の後半部分がサッカロピンを経由する経路に置き換わって形成されたと考えられる.またDAP経路を構成する酵素の内いくつかは,LysWを介するAAA経路後半の酵素ホモログであり,これらにいくつかの酵素が加わることでDAP経路が出来上がったと考えられる.さらにAAAまでの前半の経路を構成する酵素群はロイシン生合成などの酵素と相同性をもつことから,これらも共通の祖先から進化したと考えられている(15, 16)15) M. Fondi, M. Brilli, G. Emiliani, D. Paffetti & R. Fani: BMC Evol. Biol., 7(Suppl. 2), S3 (2007).16) T. Shimizu, L. Yin, A. Yoshida, Y. Yokooji, S. I. Hachisuka, T. Sato, T. Tomita, H. Nishida, H. Atomi, T. Kuzuyama et al.: Biochem. J., 474, 105 (2017)..つまり,LysWを利用するリジン・アルギニン生合成経路の発見は,これまで進化的起源が異なるとされていたDAP経路とサッカロピンを介するI型AAA経路を結び付けるだけでなく,ほかの生合成経路の進化に対しても重要な知見となったと考えられる.

タンパク質アセチル化によるロイシン生合成酵素の活性調節機構

1. タンパク質リジンアセチル化

本稿の冒頭で述べたように,アミノ酸生合成経路には生育に必要のない過剰なアミノ酸の生産を避けるため,鍵酵素の最終産物によるフィードバック阻害や最終産物による遺伝子発現抑制などの調節機構が存在する.近年,遺伝子発現や酵素のアロステリック調節以外の代謝調節機構として,タンパク質翻訳後修飾の一つであるリジン残基のアセチル化を中心としたアシル化修飾が注目されている(17)17) 古園さおり:化学と生物,57, 95 (2019)..アシル化にはアセチル化以外にもスクシニル化やマロニル化などが含まれるが本稿ではアセチル化を中心に述べさせていただく.

タンパク質リジンアセチル化修飾は1960年代に真核生物のヒストンで発見されて以来,ヒストンアセチル化と遺伝子発現制御の関連が広く研究されてきた.十数年前より,抗アセチルリジン抗体を用いたアセチル化ペプチドの濃縮と質量分析を組み合わせたプロテオーム解析であるアセチローム解析が行われ始め,現在ではヒストンをもたないバクテリアなどすべての生物に普遍的な翻訳後修飾の一つとして認識されている.タンパク質アセチル化は可逆的であり,リジンアセチル化酵素(KAT)によってアセチルCoAを基質としてアセチル化が生じ,リジン脱アセチル化酵素(KDAC)によって脱アセチル化される.アセチル化反応にはKATによる酵素的なものに加え,アセチルCoAやアセチルリン酸による非酵素的な機構も知られており,アセチルリン酸による非酵素的アセチル化が大多数であるとの報告もある.脱アセチル化を担うKDACには2つのタイプが知られており,金属依存的な加水分解酵素とNAD依存的なsirtuinタイプが存在する.このようにタンパク質(脱)アセチル化にはアセチルCoAやNADといった細胞内の代謝において重要な化合物が用いられることや,これまでのアセチローム解析から代謝酵素が多くアセチル化されていることなどから,代謝調節とタンパク質アセチル化との密接な関連が示唆されている.そこで,アミノ酸生合成経路において,タンパク質アセチル化による調節機構の存在に興味がもたれた.

2. T. thermophilus内のアセチル化タンパク質の同定

高度好熱菌T. thermophilusは非酵素的アセチル化の基質となるアセチルリン酸の既知の生成経路であるPta-Ack経路をもたず,遺伝子数も約2,000と少なく,タンパク質も安定で扱いやすいことから,本菌と対象としてアセチルCoAやKAT依存的なタンパク質アセチル化研究を行うことにした.まずT. thermophilus HB27の細胞抽出液に対してアセチローム解析を行ったところ,335のアセチル化リジン部位を208のタンパク質中に見いだすことができ,リボソームタンパク質などの翻訳関連のタンパク質や,TCAサイクルの酵素などの糖代謝や分岐鎖アミノ酸の生合成や分解などのアミノ酸代謝に関連する酵素が多く存在していた(18)18) A. Yoshida, M. Yoshida, T. Kuzuyama, M. Nishiyama & S. Kosono: Extremophiles, 23, 377 (2019)..エンリッチメント解析からも,リボソームタンパク質やアミノアシルtRNA合成酵素,TCAサイクルの酵素でアセチル化されているタンパク質の割合が多いことが示され,T. thermophilusにおいてもタンパク質アセチル化によって翻訳や中央代謝系が調節されている可能性が示唆された.

3. ロイシン生合成初発酵素のアセチル化による制御機構

同定されたタンパク質アセチル化修飾を受けるタンパク質のうち,生体調節因子として働き,またその生合成にタンパク質アセチル化の基質ともなるアセチルCoAを用いるロイシンの生合成酵素におけるアセチル化修飾の役割に興味がもたれた.初発酵素である2-イソプロピルリンゴ酸合成酵素(IPMS)は2-オキソイソ吉草酸を基質としてアセチルCoAとの縮合反応により2-イソプロピルリンゴ酸を生成する反応を触媒する酵素であり,リジン生合成経路におけるAKと同様に経路の最終産物であるロイシンによってフィードバック阻害を受ける(19)19) A. Yoshida, S. Kosono & M. Nishiyama: Biochem. Biophys. Res. Commun., 501, 465 (2018)..IPMSはTIMバレル構造をもつ触媒ドメインとロイシン結合を担う活性制御ドメイン,そしてそれらをつなぐリンカードメインから構成される.アセチローム解析によりIPMSには4か所のアセチル化部位が見いだされたが,そのうちの3カ所がリンカードメイン中の触媒反応やロイシンによるフィードバック阻害に重要とされるサブドメインIIに存在していたことから,これらのリジン残基へのアセチル化がIPMS活性や活性阻害に影響を与えることが示唆された.IPMSのアセチル化機構を検討したところ,バクテリアでKATとして機能することが既知のKATホモログではアセチル化は進行せず,未知のKATの存在は否定できないものの,アセチルCoAによって非酵素的にアセチル化が進行することがわかった.また,非酵素的にアセチル化したIPMSに対して,金属依存的なKDACが脱アセチル化することも見いだした.In vitroで非酵素的にアセチル化したIPMSではその活性が低下し,KDACにより脱アセチル化することで活性が部分的に回復したことから,IPMSがアセチル化により可逆的に活性制御されることが示唆された.さらにサブドメインIIのアセチル化リジン残基であるLys332をアルギニンに置換し,当該部位がアセチル化されないような変異体を作製したところ,非酵素的アセチル化による活性低下が見られず,Lys332がIPMSにおけるアセチル化による活性調節に重要なアセチル化部位であることが明らかとなった.つまり,IPMSはロイシン結合によるアロステリック調節だけでなく,細胞内のアセチルCoA濃度に応じたアセチル化修飾により酵素活性調節を受けることが示唆された(18)18) A. Yoshida, M. Yoshida, T. Kuzuyama, M. Nishiyama & S. Kosono: Extremophiles, 23, 377 (2019).図5図5■タンパク質アセチル化によるIPMSの活性調節機構).IPMSのアセチル化による活性調節の構造基盤は明らかにできていないものの,アミノ酸生合成の調節機構にタンパク質翻訳後修飾の一つであるリジンアセチル化が関与するという新たな概念を提示できたと考えている.上述のようにさまざまな生物において多くのアセチル化タンパク質が見いだされている一方で,その可逆的なアセチル化機構やアセチル化による活性調節機構まで明らかになっている例は限られている.本研究ではアミノ酸生合成酵素に着目したが,アセチローム解析などによってこれまでに見いだされているT. thermophilusにおけるアセチル化タンパク質には興味深い制御機構の存在が示唆される代謝酵素があり,今後も細胞内の代謝状態とタンパク質アセチル化との関連や,個々の代謝酵素のアセチル化による制御機構について明らかにしていきたい.

図5■タンパク質アセチル化によるIPMSの活性調節機構

おわりに

本稿ではリジンを中心とするアミノ酸生合成機構や調節機構の多様性について,筆者らの研究を中心に紹介してきた.生合成酵素のアロステリック調節や翻訳後修飾による調節に加え,生合成遺伝子の転写調節によってもアミノ酸生合成量は調節されており,それらを多面的に理解することが必要であると考えている.また,筆者が所属する研究グループでは,AmCP(LysW)を用いる生合成システムが二次代謝産物の生合成にも利用されていることや,二次代謝産物生合成遺伝子クラスター中のAKが活性調節を受けないことを明らかにしており,一次代謝を中心とした本研究が発端となり,多様な化合物の生合成機構研究へと発展している.引き続き,タンパク質そのものを見ることができる構造解析技術だけでなく,微生物の代謝状態をタンパク質翻訳後修飾や,遺伝子発現解析や代謝産物解析などを用いてさまざまな形でとらえ,お互いを結びつけることで,各微生物がもつ特異な代謝経路や調節機構の存在を明らかにしていきたいと考えている.その結果として,微生物による有用物質生産へ向けた基盤を提供し世の中に貢献していきたい.

Reference

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