Kagaku to Seibutsu 58(4): 248-254 (2020)
セミナー室
「多元ポリ乳酸」の生合成と生分解メカニズム解明の鍵“オリゴマー”
Published: 2020-04-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
1920年代に,ルイ・パスツール研究所で発見された微生物ポリエステルPHB(ポリ3-ヒドロキシブタン酸)は,今日に至るまで多くの研究者を魅了してきた.微生物細胞内にPHBを蓄積している様(図1図1■微生物ポリエステルPHAの構造と機能写真)は,見る人の心をひきつけ,その構造と物性そして機能に関心が集まっている.最近,バイオマス由来プラスチック(バイオプラスチック)という概念が,低炭素化社会実現の要請から注目されている.また,海洋プラスチックごみによる汚染が地球規模で話題になり,日本でも大阪オーシャン・ブルー・イニシアティブで緊急解決項目に掲げられていることから,バイオプラスチックに「生分解性」の機能も求められている.PHBは,まさにこれら要件を満たしている.(株)カネカでは,現在PHBの共重合体であるPHBH(ポリ3-ヒドロキシブタン酸-co(共重合)-3-ヒドロキヘキサン酸)を年間5千トン生産する事業を展開している.これらPHBとPHBHは,いずれも再生可能原料から微生物発酵で合成でき,ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)と総称されている(1)1) L. Madison & G. W. Huisman: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 63, 21 (1999)..PHAは微生物にとっては飢餓状態に利用する貯蔵物質であるが,人間にとっても利用可能な“天然のプラスチック”であり.このことはPHAの生分解において極めて重要である.環境保全の観点からも,PHAの生体内で起こっている合成・分解の炭素循環システムを地球環境での炭素循環システムへと応用したい.しかし,石油系プラスチックと物性や機能の点で比較されると,PHBは改善の余地がある.その点,PHBHはPHBの発現できない優れた性能を有していることから多くの需要がある.一方,世界で最も生産量の多いバイオプラスチックであるポリ乳酸(PLA)は,主に米国のNatureWorks社によって,飼料用トウモロコシでん粉由来の糖から発酵で得られる乳酸から変換したラクチドから,年産25万トン化学合成されている(Ingeoバイオポリマー).透明で生体吸収性の良さから生体医療材料への展開が期待されている.また,2種の光学異性体をもつPLA(PLLAとPDLA)をブレンドしたステレオコンプレックス形成によって,耐熱性と耐衝撃性が改善されている(2)2) H. Tsuji: Biopolymers, Wiley-VCH, 4, 129 (2002)..
PHAの天然モノマーは160種類以上あり,人工進化させた重合酵素を用いるとさらに非天然モノマーを取り込み,ポリマーの種類を拡充できる.乳酸重合酵素(6)25) J. Sun, K. Matsumoto, J. M. Nduko, T. Ooi & S. Taguchi: Polym. Degrad. Stabil., 110, 44 (2014).の創発により生合成した乳酸ポリマーは,その先駆けである.乳酸モノマーをベースに,他種モノマーと多元的に共重合化した新規ポリマーを「多元ポリ乳酸」と命名した.
さて,本連載では,「バイオプラスチック化への挑戦」が筆者の担当となっている.すなわち,「環境分解メカニズムや資源循環の仕組みを解明するだけにとどまらず,その知見に基づいて新しいポリマー材料を設計および合成する.」ことである.本稿では,プラスチック新素材としてのPLAとPHAのハイブリッドである「多元ポリ乳酸」を取り上げる.多元ポリ乳酸は,乳酸ユニットをベースに,他種モノマーを多元的に共重合化できる点に特徴がある.多元ポリ乳酸の微生物合成と生分解について,4つの視点から解説する.理解する上での共通のキーワードは,「オリゴマー」である.
PHBの生合成では,モノマーの供給と重合の過程が連携している.すでに,主要な代謝経路が解明され,合成生物学的研究へと展開している(3)3) I. S. Aldor & J. D. Keasling: Curr. Opin. Biotechnol., 14, 475 (2003)..ポリマー合成の観点からは,単一ユニットから成るホモポリマーと,複数モノマーから成る共重合体(コポリマー)がある.PHBは前者,PHBHは後者に分類される.モノマーは,末端に補酵素CoAがチオエステル結合しており,エステル交換反応によって重合が進行する.ポリエステル鎖の伸長でネックとなる水分子の遊離がないことから,化学重合では困難な超高分子量ポリマーの合成も可能である.このことは,光学純度の高いポリマーを合成できる特質と合わせて微生物重合の持ち味である.PHBは,2分子のアセチルCoAが縮合・還元して,3HB-CoAとしてモノマー供給される.これまで,3HB以外に約160種以上のモノマーが見いだされており,PHAファミリーと総称されている(図1図1■微生物ポリエステルPHAの構造と機能).カネカPHBHは,3HB(3-ヒドロキブタン酸)と3HHx(3-ヒドロキシヘキサン酸)とがランダムに共重合したコポリマー(4)4) T. Fukui, H. Abe & Y. Doi: Biomacromolecules, 3, 618 (2002).である.
ポリマーの物性はモノマーの化学構造やモノマーの共重合組成分率に依存する(5)5) H. Abe & Y. Doi: Biomacromolecules, 3, 133 (2002).ため,非天然のモノマーを取り込めば,さらにPHAの材料物性を拡充できると考えられた.PHAファミリーでは,乳酸は非天然モノマーであるが,2008年に筆者らは人工的に進化させた重合酵素によって乳酸をポリマー鎖内に取り込むことに成功した(6)6) S. Taguchi, M. Yamada, K. Matsumoto, K. Tajima, Y. Satoh, M. Munekata, K. Ohno, K. Kohda, T. Shimamura, H. Kambe et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 17323 (2008)..乳酸の重合体が大腸菌細胞内で合成された初めての例である.従来のPLAの化学重合系で用いられていた重金属触媒を生体触媒(重合酵素)に置き換え,ワンポットでPLAやその誘導体を微生物合成できるようになった.進化分子工学(7, 8)7) S. Taguchi & Y. Doi: Macromol. Biosci. (Review), 4, 146 (2004).8) C. Nomura & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol. (Mini-review), 73, 969 (2006).の手法を用いて開発された進化型重合酵素は「乳酸重合酵素」(6)6) S. Taguchi, M. Yamada, K. Matsumoto, K. Tajima, Y. Satoh, M. Munekata, K. Ohno, K. Kohda, T. Shimamura, H. Kambe et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 17323 (2008).,乳酸ベースポリマーは「多元ポリ乳酸」と命名された.また,以前本誌でも,モノマー供給系と重合系を乳酸発酵と乳酸ポリマーの発酵化学の観点から,紹介した(9)9) 松本謙一郎,ジョン・マサニ・ンドウコ,田口精一:化学と生物,51, 448 (2013)..興味のある方は,バックナンバーをお読みください.それ以降,乳酸重合酵素を利用して,グリコール酸を含む多種多様な新規ポリマーが創製されている(10, 11)10) K. Matsumoto & S. Taguchi: Curr. Opin. Biotechnol., 24, 1054 (2013).11) K. Matsumoto & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol. (Mini-review), 97, 8011 (2013)..ポリマーの中で,乳酸分率31%の多元ポリ乳酸P(31%LA-co-3HB)は,優れた透明性と機械的特性を示し,破壊伸びは石油プラスチックのポリプロピレン(PP)と同等である(12)12) D. Ishii, K. Takisawa, K. Matsumoto, T. Ooi, T. Hikima, M. Takata, S. Taguchi & T. Iwata: Polymer (Guildf.), 122, 169 (2017)..簡単に言うと,「透明でPPのようにしなやかで,かつ自然に還る」ポリマーであるといえる.
続いて,PHAの分解について紹介する.一般にポリマーの分解には,エステラーゼ活性を示す酵素の作用による加水分解と,化学的・物理的分解がある.PHBの分解は,酵素,微生物,環境の3つのレベルで議論されている.酵素分解における天然基質は,PHB合成菌においては細胞内に合成蓄積するアモルファス状態のPHB自身である.PHB合成酵素とともに分解に関与するPHB depolymerase(分解酵素)が細胞内で発現する(13)13) Y. Tokiwa & B. P. Calabia: Biotechnol. Lett. (Review), 26, 1181 (2004)..この細胞内PHB depolymeraseは,細胞内のアモルファスPHBを分解することはできるが,加工された結晶性PHBを分解することはできない.結晶性PHBを分解できる分解酵素は,細胞外PHB depolymeraseとして多くのPHB分解微生物から単離されている.実は,細胞外PHB depolymeraseの真の天然基質を議論することは難しい.ナイロンやPETのように,合成人工物を分解できる酵素が微生物で見いだされている(14, 15)14) H. Okada, S. Negoro, H. Kimura & S. Nakamura: Nature, 306, 203 (1983).15) S. Yoshida, K. Hiraga, T. Takehana, I. Taniguchi, H. Yamaji, Y. Maeda, K. Toyohara, K. Miyamoto, Y. Kimura & K. Oda: Science, 351, 1196 (2016).が,これらは真の天然基質ではない.非天然ナイロンの分解菌が,ナイロン合成工場の排水中に見つかったのも,適合人工進化がもたらした所産である.これら非天然基質を分解する微生物酵素の発見は学術的にも応用的にも大きな価値がある.自然からのランダムスクリーニングにおいて,非天然の酵素・基質の組み合わせはよくあることである.
たとえば,PHBの分解に寄与するのは細胞外PHB depolymeraseであることはすでに知られている.多元ポリ乳酸P(LA-co-3HB)のような非天然PHAは,その分子中に完全に生分解されることが期待できる天然型の構造(3HBの連鎖配列)と,分解されない可能性のある非天然型の構造(LAの連鎖配列)の両方を含む.そのようなポリマーがどのようなプロセスで分解されるか,また,分解されたことをどのように評価するかについて,慎重に考える必要がある(後述).バイオプラスチックの合成と分解に関与する酵素において,「天然と非天然」の基質の問題は常に考慮する必要がある.
視点1では,酵素目線でバイオポリマーの合成と分解について述べた.ここでは,「ポリマー目線」を加味して,多元ポリ乳酸の合成と分解について考察する.いうまでもなく,PHAやPLAは,高分子基質である.すなわち,ポリマーの合成と分解は「固液界面」で反応が進行する不均一系である.細胞内の合成反応では,重合酵素は自ら伸長したポリマーによって形成される固体状の顆粒が反応の足場となる.一方,分解の主役depolymeraseは,ポリマー表面に吸着濃縮されて,ポリマー鎖を足場に分解反応が進行する(後述).
ポリマー重合反応の酵素活性は,試験管内にモノマー基質と酵素を再構成して,ポリマー鎖が逐次伸長する際遊離するCoAをモニターして求める.通常,重合活性はPHBの「オリゴマー」合成時が最大で,高分子量化し顆粒を形成すると活性は落ち着いてくる.ポリマーは,いわゆる連鎖重合モードで合成され,1本のポリマー鎖が瞬時に高速合成される(16)16) J. Stubbe, J. Tian, A. He, A. J. Sinskey, A. G. Lawrence & P. Liu: Annu. Rev. Biochem., 74, 433 (2005)..しかし,多元ポリ乳酸を微生物重合する際,乳酸分率の向上に伴い分子量が低下するという現象が生じる.他の天然基質のケースとは異なる.この問題は,酵素目線だけでは解決できず,ポリマー目線から解決の糸口が与えられた.PLAには,融点とともにガラス状態からゴム状態へ遷移するガラス転移温度が固有にあり(2)2) H. Tsuji: Biopolymers, Wiley-VCH, 4, 129 (2002).,細胞内でのスムーズな合成の障害になっているようである.すなわち,培養温度(30°C台)とPLAのガラス転移温度(約60°C)との間の温度ギャップが本現象の主因と考えられる.自ら合成するポリマー産物の運動性低下が重合反応にブレーキをかけ,その結果低分子量のオリゴマーの生成頻度が高まる(10)10) K. Matsumoto & S. Taguchi: Curr. Opin. Biotechnol., 24, 1054 (2013)..
その延長線上で,「乳酸オリゴマー」が大腸菌の菌体外へ分泌するという興味深い現象が初めて見いだされた(17, 18)17) C. Utsunomia, K. Matsumoto & S. Taguchi: ACS Sustain. Chem. & Eng., 5, 2360 (2017).18) C. Utsunomia & S. Taguchi: ACS Sympsium Series (Chapter 4), 1310, 41 (2018)..通常は,できるだけ高分子量のポリマーを微生物合成することを目的とした研究が多い.一方,この逆転の発想から,PLA合成プロセスの短縮化に成功した(19)19) C. Utsunomia, K. Matsumoto, S. Date, C. Hori & S. Taguchi: J. Biosci. Bioeng., 124, 204 (2017).(図2図2■オリゴマー分泌の発見によるポリ乳酸合成の短縮型プロセス開発(17–19)).すなわち,これまで必須と思われた乳酸モノマーの発酵生産をスキップでき,直接オリゴマーの分泌生産を起点とした合成プロセスを開発できたことがブレークスルーである.加えて,関連トランスポーターの同定(20)20) C. Utsunomia, C. Hori, K. Matsumoto & S. Taguchi: J. Biosci. Bioeng., 124, 635 (2017).,連鎖移動剤で末端付加したオリゴマー基材からのポリウレタン合成が可能となっている(21)21) C. Utsunomia, T. Saito, K. Matsumoto, C. Hori, T. Isono, T. Satoh & S. Taguchi: J. Polym. Res., 24, 167 (2017)..さらに,最近PHBオリゴマーも同様に分泌することも突き止め(22)22) Y. Miyahara, A. Hiroe, T. Tsuge & S. Taguchi: Biotechnol. J., 14, e1900201 (2019).,多様な生理活性物質(クモの誘引フェロモンや植物成長促進剤など)として自然界に分布している本オリゴマーの発酵生産系の確立に結びついた.
分解反応でも,ポリマー目線は必要である.重要な因子は,「結晶化度」である.結晶性高分子では,必ず融点が存在する.融点以下ではポリマー鎖が弛緩することで,酵素分子が吸着し作用する切断点が露出し,分解が進む.図3図3■ポリマー分解酵素のドメイン構造とポリマー単結晶の分解メカニズム(23)には,単結晶における酵素分解メカニズムの詳細を示す(23)23) T. Iwata, Y. Doi, K. Kasuya & Y. Inoue: Macromolecules, 30, 833 (1997)..PHB depolymeraseの多くはドメイン構造を形成し,ポリマー表面に吸着するドメインとリンカーを介して分解触媒ドメインが同一分子内にある(24)24) T. F. Kellici, T. Mavromoustakos, D. Jendrossek & A. C. Papageorgiou: Proteins, 85, 1351 (2017).(図3図3■ポリマー分解酵素のドメイン構造とポリマー単結晶の分解メカニズム(23)).筆者らは,乳酸分率67%の多元ポリ乳酸P(67%LA-co-3HB)の分解菌(Variovorax sp. C34株)を土壌から分離し,depolymeraseを単離精製することに成功した(25)25) J. Sun, K. Matsumoto, J. M. Nduko, T. Ooi & S. Taguchi: Polym. Degrad. Stabil., 110, 44 (2014).(図4図4■ポリマーの微生物分解(A)と酵素分解(B)).本酵素は,PHBも容易に分解できる.一般に,PHBはdepolymeraseの作用により,モノマーまたはダイマーにまで分解されることが知られている.そこで,3HBと乳酸からなる3量体の合成基質を,いろいろな配列の組み合わせで化学合成して,本酵素分解系に供した.その結果,3HBと乳酸を区別することなく,すべての3量体を分解した(26)26) J. Sun, K. Matsumoto, Y. Tabata, R. Kadoya, T. Ooi, H. Abe & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 9555 (2015)..このことは,本分解酵素に厳密なモノマー基質特異性がないことを意味する.したがって,PHB depolymeraseという名前の先入観から乳酸ユニット間では切断しないだろうとミスリードされやすい.ここでも,天然基質(3HB重合体)と非天然基質(乳酸重合体)が議論された.
(A)各種ポリマー粉末を寒天培地に含有させて分解微生物をスクリーニングした.プレートの中心に位置するコロニーの周囲に見えるクリアゾーンの有無で分解を簡便に判定できる.多元ポリ乳酸P(67%LA-co-3HB)を良好に分解する菌として,北大農場からVariovorax sp. C34株が単離された(25)25) J. Sun, K. Matsumoto, J. M. Nduko, T. Ooi & S. Taguchi: Polym. Degrad. Stabil., 110, 44 (2014)..(B)さらに,単離精製した分解酵素(depolymerase)を用いたポリマー懸濁液の濁度減少実験から,明瞭にその分解が示された(26)26) J. Sun, K. Matsumoto, Y. Tabata, R. Kadoya, T. Ooi, H. Abe & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 9555 (2015)..一方,PLLAとPDLAは分解されなかった.この結果は,(A)の微生物分解の結果と一致している.
視点2では,酵素とポリマーの両目線で見ることが大切なことを述べた.また,多元ポリ乳酸の合成と分解を理解するうえで,「オリゴマー」が共通のキーワードであった.先に,微生物合成においては,乳酸分率向上に伴い,オリゴマーができやすいことを述べた(視点2).その際,重合されるポリマー産物の結晶化とリンクする熱的性質(ガラス転移温度)が重要であることを学んだ.
分解反応においても,オリゴマーを使用することで分解メカニズムの理解が進んだ.本実験の動機は,先に述べたP(67%LA-co-3HB)のdepolymeraseが,高分子量のPLLAとPDLAのホモポリマーを分解できない理由を解き明かしたいことであった.ここでポリマー目線,特に結晶化度に着眼した.乳酸高分率の多元ポリ乳酸が細胞内で合成しづらくオリゴマーが生成するという知見がここで生きてくる.微生物合成の多元ポリ乳酸は,D体の乳酸から構成されている.そこで,PDLAをアルカリ加水分解によりオリゴマーを調製し,分解実験に供したところ,約30量体以下のオリゴマーで速やかな分解が見られた(26)26) J. Sun, K. Matsumoto, Y. Tabata, R. Kadoya, T. Ooi, H. Abe & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 9555 (2015)..生合成時のモノマーの取り込みが,完全にランダムだと仮定した単純計算では,先に述べた乳酸分率が30 mol%のコポリマー中には,乳酸が30量体以上連続で含まれる構造はほぼ含まれないと推定される(0.330≒10−16).分解酵素の基質結合ポケットが認識するポリマーの長さは,4ユニットであることが報告されているので,30量体付近に閾値があるのは直感に反する.このような現象が起こる理由は,PLAの分子の運動性に起因すると考えられている.先述のように,分子量が十分に高いPLAのガラス転移点は60°Cなので,室温付近では分子運動性が低い.高分子鎖が塊になりほぐすことができないため,酵素分解性が低いと考えられる.一方,オリゴマーは高分子量体のように固まることがないので,アモルファス固体ではなくオイル状の物性を示す.そのため,PDLAオリゴマーはdepolymeraseの作用で分解される.PLAの生分解が,比較的温度が高いコンポスト環境中で促進されるのも,同様の理由によると考えられる.このように,ポリマーが酵素分解を受けるためには,単に基質の構造を酵素が認識するだけでなく,基質の分子量や反応温度も重要な因子となる.まさに,先に述べた細胞内での乳酸オリゴマーの合成と今回の試験管内での乳酸オリゴマーの酵素分解における「critical point」を,ポリマー目線(ガラス転移温度)で観ていることになる.
ポリマーの生分解が進行するために最終的に必要なプロセスは,低分子量化したオリゴマーが,微生物により完全に資化・無機化(CO2へ変換)されることである(図5図5■環境微生物による生分解スキーム).通常,分解の指標としてポリマーの重量減少が測定されることが多い.ポリマー鎖の分子量低下を測定することが困難な場合が多いためである.これは,ポリマーの分解が表面から進行することと関係する.ポリマー表面の分子が切断され(図3図3■ポリマー分解酵素のドメイン構造とポリマー単結晶の分解メカニズム(23)),遊離した低分子産物(オリゴマー)は微生物に吸収され,資化・無機化される.つまり検出されない.したがって,分解途中のポリマーの分子量を分析しても,分解前と同じ分子量となる.ここで,重量減少は生分解の直接的な証明にはならないので注意が必要である.重量が何割か減ったというだけでは,その材料が生分解性をもつことの十分な証拠にはならず,重量減少がほぼ100%まで進行するかの確認が重要である.多元ポリ乳酸のように非天然構造を含む場合,ポリマー表面から遊離したオリゴマーが生分解性を示すとは限らないことにも注意を要する.特に,ポリ乳酸自身が水環境難分解性であることを考えれば慎重に考える必要がある.たとえば,P(67%LA-co-3HB)をVariovorax sp. C34株で分解する場合は,乳酸分率が30 mol%程度であれば完全に分解されるが,70 mol%程度の場合は,上述したように,PDLAに近い構造が微量残留する.この僅かな乳酸ユニットの残留は,重量減少に基づく分解性の評価では検出困難である.この例が示すように,非天然PHAの分解を評価するためには,ポリマー中のすべての構造が完全に資化・無機化されることの確認が必要である.
PHBポリマーが環境微生物に接触すると,まず(1)PHB depolymeraseが誘導生産され,(2)菌体外で高分子基質を分解し低分子量化されたオリゴマーをその後生成する.(3)オリゴマーは,細胞内に取り込まれ最終的に二酸化炭素と水に無機化される.
このような背景に基づいて,多元ポリ乳酸のような非天然PHAの生分解性について考えてみる.生分解性を示すための第一の必要条件は,そのポリマーの存在により環境中の微生物のPHA depolymeraseの分泌が誘導されることである(図5図5■環境微生物による生分解スキーム).P(67%LA-co-3HB)は,Variovorax sp. C34株のdepolymeraseの分泌を誘導する(25)25) J. Sun, K. Matsumoto, J. M. Nduko, T. Ooi & S. Taguchi: Polym. Degrad. Stabil., 110, 44 (2014)..これは,ポリマー中に天然PHBの構造を含んでいるためと推定される.したがって,構造中に3HBをある程度以上含むP(67%LA-co-3HB)は,環境中の微生物によるdepolymeraseの分泌を誘導すると考えられる.原理的には,3HBを含むコポリマーであることは,depolymeraseの発現誘導のために必ずしも必須ではなく,3HBを含むポリマーとのポリマーブレンドでも同様の現象が誘導される(27)27) T. Narancic, S. Verstichel, S. Reddy Chaganti, L. Morales-Gamez, S. T. Kenny, B. De Wilde, R. Babu Padamati & K. E. O’Connor: Environ. Sci. Technol., 52, 10441 (2018).と推定される.
さて,多元ポリ乳酸は実際海洋で生分解するか? 答えは,Yes!である.45%乳酸分率で,良好に生分解性を示した(未公表データ).
海洋プラスチック問題は,今や地球規模の問題として世界的に取り組む必要がある.環境問題を標榜する農芸化学会にも深く関わるテーマである.特に,本稿のミッションにある,「プラスチック分解機構の解明を新素材の設計・合成にフィードバックする」ことが最重要である.
PHAは天然物であるために,生分解性に関しては安心して使用できる材料である.多元ポリ乳酸のように,PHAの化学構造を拡張してさまざまな非天然PHAを合成する技術は,PHAの物性拡張の観点では有望である.一方で,生分解性については慎重に評価する必要がある.非天然PHAは,天然PHAの構造も含むことができるため,工夫した分子設計により生分解性を高めることは可能だろう.この考え方は,人工的に合成されたすべての材料にも同様に当てはまる.
改めて,「多元ポリ乳酸が目指すべきミッションは何であろうか?」.当初,PLAは生分解性プラスチックと言われていたが,現在は堆肥可能(compostable)なプラスチックに分類されている.すなわち,堆肥に含まれる微生物による発酵熱により硬質なポリマーの結晶化度が低減して,酵素分解が進むと解釈されている(ポリマー目線).水温が低くて微生物濃度の薄い海洋環境では,硬質のPLAが難分解であることは容易に想像がつく.また,コンポスト下ではポリエステル以外の炭素源の存在によってさまざまな分解酵素の分泌が促進される.たとえば,タンパク質が存在すればタンパク質分解酵素の分泌が誘導される.タンパク質分解酵素の一部はPLLAを分解する.その結果,生成する乳酸または低分子化合物が微生物によって資化されるため,PLLAの生分解が進行しうる(酵素目線).同様の現象により,コンポスト環境では多くのポリマーの生分解が進行しやすいことが知られている.一方,PHBは,元来微生物によって合成され分解されるプラスチック素材である.冒頭で述べたように,プラスチックは人間の日常生活向けの物質名であり,微生物にとっては飢餓状態に備えての非常食(貯蔵物質)である.この原点回帰で考えれば,PHBの生体内で起こっている炭素循環を環境へ転用した炭素循環と考えられる.その意味で,理想的な環境調和型のプラスチック素材である.しかし,PHBは,石油プラスチックと物性や機能の点で比較されると改善の余地は多い.その点,共重合化したPHBHはPHBの発現できない優れた物性を有していることから世界から多くの需要がある.このような背景の下,このフィールドにPLA/PHBハイブリッドである多元ポリ乳酸がエントリーされる期待感が高まっている.
真に「生分解」を理解し,次世代の生分解性プラスチック開発に実践的にアプローチしたい.そのためには,プラスチックと接触する微生物そしてプラスチック・微生物を含む環境(Plastic-sphere)のレベルで総合的に考える必要がある.プラスチック自身が,純粋な単一ポリマーでなく表面がコーティングされていることもあり,複合材料であることが多い.微生物も集団としての微生物叢やバイオフィルムを形成するのが自然の姿である.さらに海洋が舞台だと,濃い塩分に各種ミネラルが含まれ,捕食能力のある小動物も混在した世界である.岸と沖でも実際海洋分解の状況が違うというデータもある.問題解決には,いろいろなレベル・フェーズで改善できる方策を非線形的に結んでいくことになるであろう.これは,本当に奥の深い総合科学である.
Acknowledgments
ここで紹介した研究は,科学技術振興機構(JST)のCREST「二酸化炭素資源化領域」(JPMJCR12B4, to S. Taguchi)およびA-Step機能検証フェーズ・実証研究タイプ「多元ポリ乳酸によるポリ乳酸の物性および生分解性向上を目指す研究開発」(JPMJTM19YC, to S. Taguchi)の成果の一部として紹介させていただいた.特に,共同研究者であり密に議論していただいている,北海道大学工学研究院・松本謙一郎教授および(株)カネカ・バイオテクノロジー研究所・佐藤俊輔主任,東京農業大学生命科学部分子微生物学科・田中尚人教授に感謝申し上げます.
Reference
1) L. Madison & G. W. Huisman: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 63, 21 (1999).
2) H. Tsuji: Biopolymers, Wiley-VCH, 4, 129 (2002).
3) I. S. Aldor & J. D. Keasling: Curr. Opin. Biotechnol., 14, 475 (2003).
4) T. Fukui, H. Abe & Y. Doi: Biomacromolecules, 3, 618 (2002).
5) H. Abe & Y. Doi: Biomacromolecules, 3, 133 (2002).
7) S. Taguchi & Y. Doi: Macromol. Biosci. (Review), 4, 146 (2004).
8) C. Nomura & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol. (Mini-review), 73, 969 (2006).
9) 松本謙一郎,ジョン・マサニ・ンドウコ,田口精一:化学と生物,51, 448 (2013).
10) K. Matsumoto & S. Taguchi: Curr. Opin. Biotechnol., 24, 1054 (2013).
11) K. Matsumoto & S. Taguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol. (Mini-review), 97, 8011 (2013).
13) Y. Tokiwa & B. P. Calabia: Biotechnol. Lett. (Review), 26, 1181 (2004).
14) H. Okada, S. Negoro, H. Kimura & S. Nakamura: Nature, 306, 203 (1983).
17) C. Utsunomia, K. Matsumoto & S. Taguchi: ACS Sustain. Chem. & Eng., 5, 2360 (2017).
18) C. Utsunomia & S. Taguchi: ACS Sympsium Series (Chapter 4), 1310, 41 (2018).
19) C. Utsunomia, K. Matsumoto, S. Date, C. Hori & S. Taguchi: J. Biosci. Bioeng., 124, 204 (2017).
20) C. Utsunomia, C. Hori, K. Matsumoto & S. Taguchi: J. Biosci. Bioeng., 124, 635 (2017).
22) Y. Miyahara, A. Hiroe, T. Tsuge & S. Taguchi: Biotechnol. J., 14, e1900201 (2019).
23) T. Iwata, Y. Doi, K. Kasuya & Y. Inoue: Macromolecules, 30, 833 (1997).
24) T. F. Kellici, T. Mavromoustakos, D. Jendrossek & A. C. Papageorgiou: Proteins, 85, 1351 (2017).
25) J. Sun, K. Matsumoto, J. M. Nduko, T. Ooi & S. Taguchi: Polym. Degrad. Stabil., 110, 44 (2014).