プロダクトイノベーション

作物の高温耐性を高める揮発性バイオスティミュラント「すずみどり」の開発みどりの香りを用いた新しい農業技術

Yasuo Yamauchi

山内 靖雄

神戸大学大学院農学研究科

Hiroshi Kawai

河合

株式会社ファイトクローム

Published: 2020-04-01

序文

自然界からの恩恵で成り立っている農業界は,地球規模で進行している気候変動の影響を直接的に受ける分野の一つであり,すでに日本各地で異常高温の影響による被害が顕在化しつつある.異常高温への対策は,農業工学的な環境制御技術開発や育種学的な耐暑性品種作出など,農学研究の各分野で進められているが,われわれが今回実用化した「すずみどり」は,植物の環境ストレス研究で得られた農芸化学的知見を活かして実現をみた新たな農業資材である.本稿では,「すずみどり」実用化に至る背景,基盤となった科学的知見,実用化プロセス,さらに実施例を紹介する.

はじめに

平成30年夏,日本列島は記録的な猛暑に見舞われた.気象研究所,東京大学大気海洋研究所,国立環境研究所からなる研究チームは多数のシミュレーションを駆使してこの猛暑の原因を精査したところ,人為的な地球温暖化の影響がなかったと仮定した場合に起こりえた可能性はほぼ0%であるということ,つまり原因は人類の活動にあることを突き止めた(1)1) Y. Imada, M. Watanabe, H. Kawase, H. Shiogama & M. Arai: Sci. Online Lett. Atmos., 15A, 8 (2019)..さらに今後,人為起源の温室効果ガス排出の削減を通じて産業革命以降の平均気温の上昇を2°Cに抑える努力を続けたとしても,国内での猛暑日(日最高気温が35°C以上の日)の年間発生回数は現在の1.8倍となるとも予想している.

このように,自然界の摂理を超えた猛暑を現代の生態系が今後も経験することが確実視されているなか,自然界が被るさまざまな危機を予測し対処策を準備することは,その原因を作った人類に課せられた重大な宿題と言える.特に移動手段をもたない植物は,常に周囲からの環境ストレスにさらされて生育しているため,振れ幅が大きくなった環境の変化に追いついていけない可能性が高く,効果的な保護技術を必要とする生物種の筆頭と言える.

光合成生物であるがゆえに環境ストレスの影響を受けやすい植物

元来,植物はその潜在的な生産性を100%発揮することが難しいことが知られている.ストレスによる生産性阻害の定量化を試みた1982年の論文によると,アメリカの作物生産性が環境ストレスにより阻害されている割合は80%にのぼるという(2)2) T. S. Boyer: Science, 218, 443 (1982).図1図1■作物の生産性阻害要因とバイオスティミュラントによる作物の生産性増大の概念).つまり作物が本来もっているはずの潜在能力は平均して20%しか発揮できていない,ということである.そして80%の阻害の内訳は,10%が病害や害虫などの生物的ストレス,70%が非生物的ストレスとされている.地球温暖化が現在ほど顕在化していなかった今から40年ほど過去においても,非生物的ストレスは植物のもつ潜在的な生産性を下振れさせる最大の阻害因子であったのである.

図1■作物の生産性阻害要因とバイオスティミュラントによる作物の生産性増大の概念

非生物的(環境)ストレスは作物の潜在的な生産性を70%阻害する最大の要因である(グラフ左部分)2)2) T. S. Boyer: Science, 218, 443 (1982)..従来は肥料や農薬の使用により作物の増産が実現されてきた(グラフ右部分).バイオスティミュラントは環境ストレスを緩和して作物の生産性を増加させる.この例では環境ストレスの影響を10%緩和することにより,収量が1.2倍になることを示す.

ではなぜ非生物的ストレスが植物にとって最大の阻害因子となるのか.植物が非生物的ストレスによりダメージを受けるメカニズムには,それぞれのストレスに固有のものもあるが,多くの非生物的ストレスに共通して併発しているメカニズムが存在し,それに植物の光合成機能が深くかかわっているからである.

光合成がかかわる障害メカニズムの説明の前に,簡単に光合成の機能をおさらいしておく.光合成は大きく分けて2つの系から成り立っており,一つは太陽からの光エネルギーを化学エネルギー(NADPHとATP)に変換する「光化学系」,もう一つは光化学系から供給された化学エネルギーを用いて二酸化炭素を有機化する「炭酸同化系」である(図2A図2■光合成機構の概要).光化学系は,入力される光エネルギーの量が増えると出力される化学エネルギーも増える,という物理化学的性質に支配されているのに対し,炭酸同化系は多数のタンパク質がかかわる酵素系であるがゆえ,その反応は生化学・酵素学的性質(至適温度や律速酵素の存在など)に支配されている.

図2■光合成機構の概要

(A)光合成は光化学系と炭酸同化系の2系統から成り立っており,通常条件下ではNADPH, ATPの生産と消費のバランスが保たれている.(B)ストレス条件下(それぞれの作用点にかかわる非生物的ストレス要因を丸で示す)では光化学系はNADPH, ATPを生産するものの,それらを消費する炭酸同化系の働きが低下するため,光化学系で生じた余剰の還元力は酸素へと受け渡され,活性酸素を生成する.この状況が酸化ストレスと呼ばれる.

基盤となる科学的性質が異なる光化学系と炭酸同化系は,互いにもちつもたれつのエネルギー需給関係にあり,低光量,適温の条件下では効率の良い糖合成系として機能する.しかしながら陸上の環境条件は光合成にとって決して適当なものではなく,晴天時の光量は過剰であり,気温が炭酸固定系酵素の至適温度から外れることも日常的である.そのため植物は環境変化に迅速に対応する機構を備えており,たとえば,光エネルギーが過剰のときは非化学的消光というメカニズムで余分な光エネルギーを熱エネルギーとして放散することや,光化学系内の光依存的電子伝達系の経路を変化させて生産エネルギーの質を調整するステート遷移で対応することにより障害を回避する.

ところが最近頻発する夏期の酷暑を例にすると,実際の栽培現場では「強光」,「乾燥」,「高温」という環境条件が重なっていることがむしろ一般的である.このとき,i)光化学系は「強光」条件下で還元力の供給を続ける,ii)「乾燥」条件下では,蒸散による水分の損失を防ぐために気孔が閉鎖し,炭酸同化系の基質となるCO2が吸収できず,炭酸同化系が回転しない,iii)「高温」条件下では,炭酸同化系の至適温度から外れるため,反応速度が低下する,という3つの影響が複合的に重なってしまう.その結果,光化学系では化学エネルギーの生産が持続するものの,それらを消費するべき炭酸同化系が機能しないため還元力の受け手となるNADPが欠乏し,結果的に光化学系が局在するチラコイド膜周辺に還元力(電子)が過剰に蓄積する.このように光化学系において過剰に蓄積した還元力(電子)は酸素分子へと渡され,反応性の高い活性酸素種(Reactive oxygen species; ROS)を生成が促進される(図2B図2■光合成機構の概要).光化学系周辺におけるROS生成は実は日常的に起こっているが,water–waterサイクルと呼ばれる抗酸化系酵素群(3)3) K. Asada: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 50, 601 (1999).や共存する抗酸化物質の消去能により障害が出ないレベルに抑えられている.しかし上記のような環境条件が重なりROS生成量が消去能を上回るとROSの毒性が顕在化し「酸化ストレス」という状況に陥る.先に述べた多くの非生物的ストレスに併発しているメカニズムの正体はこの酸化ストレスである.ROSは反応性が高く,タンパク質,脂質,核酸などを速やかに酸化するため,結果的に細胞にダメージを与える.「晴天時の高温」条件で時折見られる植物の葉焼け(日焼け)現象は,ROSにより葉の色素成分が漂白され顕在化した結果と理解されている.

高温・酸化ストレス応答シグナルとして機能するRSLV

ROSは生体にダメージを与える毒性物質としてこれまでは捉えられてきたが,一方でストレス応答にかかわる情報伝達作用をもっていることも明らかにされている.さらに脂質がROSにより酸化されて生成する脂質過酸化物もストレス障害,ストレス応答の両方にかかわっていることも明らかにされつつある.

チラコイド膜の構成脂肪酸の80%を多価不飽和脂肪酸であるC18:3のリノレン酸(植物種によってはC16:3のヘキサデカトリエン酸を含む)が占めている.これは光環境の変化に対して迅速に応答するためのチラコイド膜の高い流動性への担保であると考えられている.しかし不飽和結合を多く含むため酸化に対して感受性が高く,人為的にin vitroでROSとリノレン酸を反応させると多くの脂質過酸化物が生成し,なかでもマロンジアルデヒドやアクロレインなどの反応性が高いカルボニル化合物は共存するタンパク質を化学修飾する(4)4) Y. Yamauchi, A. Furutera, K. Seki, Y. Toyoda, K. Tanaka & Y. Sugimoto: Plant Physiol. Biochem., 46, 786 (2008)..これらの過酸化脂質由来の高反応性カルボニル化合物によるタンパク質化学修飾はin vivoでも引き起こされており,高温ストレスを受けた植物での光合成機能低下の一端を担っていることが明らかにされている(5)5) Y. Yamauchi & Y. Sugimoto: Planta, 231, 1077 (2010)..このように脂質過酸化物がストレス障害にかかわっていることを示す知見が蓄積しつつあるが,私たちの研究グループは酸化ストレスにより生成する脂質過酸化物の中に,非生物的ストレス応答にかかわるシグナル化合物が存在するのではないかと仮説を立て,脂質過酸化物を植物に処理し,非生物的ストレス応答遺伝子誘導活性を指標に化合物のスクリーニングを行った.指標遺伝子として,高温ストレス応答にかかわる転写制御因子HSFA2,酸化ストレス応答にかかわる転写制御因子ZAT10を用いた.その結果,C4~C9の直鎖α,β-不飽和カルボニル化合物が強力な遺伝子発現作用を示すことを見いだし,それらの化合物をRSLV(Reactive short-chain leaf volatile,高反応性短鎖緑葉揮発性化合物)と名付けた(6)6) Y. Yamauchi, M. Kunishima, M. Mizutani & Y. Sugimoto: Sci. Rep., 5, 8030 (2015).図3A図3■高温・酸化ストレス応答シグナル化合物として機能するRSLV).RSLVは高反応性のα,β-不飽和カルボニル結合を有するが,遺伝子発現作用を示す濃度では光合成機能に障害を与えないため,毒性物質というよりもシグナル化合物としての色合いの強い化合物であると考えている.そしてC6のRSLVが今回受賞対象となった「すずみどり」の主成分である2-ヘキセナールであり,植物自らがリノレン酸を酵素的に酸化して作り出す「みどりの香り」の一つである(7)7) M. Kunishima, Y. Yamauchi, M. Mizutani, M. Kuse, H. Takikawa & Y. Sugimoto: J. Biol. Chem., 291, 14023 (2016).

図3■高温・酸化ストレス応答シグナル化合物として機能するRSLV

(A)RSLVは炭素鎖数がC4~C9のα,β-不飽和カルボニル化合物であり,葉緑体膜の主成分である多価不飽和脂肪酸が酸化されて生成する.2-ヘキセナールはリノレン酸を基質として植物自らが生合成できる内在性のRSLVである.(B)みどりの香りの遺伝子発現作用.遺伝子発現の変化の強弱が色の濃淡で示されており,遺伝子発現が活性化,もしくは不活性化されるグループをそれぞれ上矢印,下矢印で右端に示す.

遺伝子発現様式から見たみどりの香りの機能

「みどりの香り」とは植物の葉が傷害を受けた際に放出する青臭い匂いの成分である.葉の傷害は害虫による食害時や病原菌侵入時に伴うことが多いことから,みどりの香り研究は生物的ストレスに主眼が置かれたものが多く,非生物的ストレスでの生理的役割についての知見は少なかった.そこで私たちは2-ヘキセナールに加え主要なみどりの香りである3-ヘキセナール,3-ヘキセノール,3-ヘキセニルアセテートを暴露処理したシロイヌナズナを用いて,網羅的な遺伝子解析を行い,それぞれのみどりの香り成分により誘導される遺伝子の発現様式と2-ヘキセナールの発現様式と比較した(8)8) Y. Yamauchi, A. Matsuda, N. Matsuura, M. Mizutani & Y. Sugimoto: J. Pest Sci., 43, 207 (2018)..その結果,3-ヘキセナール,3-ヘキセノール,3-ヘキセニルアセテートはこれらが生物的ストレスにかかわっているというこれまでの多くの知見と一致して,多くの生物的ストレス応答遺伝子を誘導していたのに対し,2-ヘキセナールだけは高温ストレスや酸化ストレスなどの非生物的ストレスにかかわる遺伝子発現作用を示すという際立った特徴を示した(図3B図3■高温・酸化ストレス応答シグナル化合物として機能するRSLV).高温ストレス(9)9) L. Copolovici, A. Kännaste, L. Pazouki & Ü. Niinemets: J. Plant Physiol., 169, 664 (2012).や乾燥ストレス(10)10) D. D. S. S. Vieira, G. Emiliani, M. Michelozzi, M. Centritto, F. Luro, R. Morillon, F. Loreto, A. Gesteira & B. Maserti: Environ. Exp. Bot., 126, 1 (2016).により2-ヘキセナール放出量が増加するという報告があることから,2-ヘキセナールはこれらの非生物的ストレス応答にかかわっているのかもしれない.さらに2-ヘキセナールであらかじめ処理されたシロイヌナズナやトマトでは高温耐性が高まることが明らかとなった(6, 11)6) Y. Yamauchi, M. Kunishima, M. Mizutani & Y. Sugimoto: Sci. Rep., 5, 8030 (2015).11) N. Terada, A. Sanada, H. Gemma & K. Koshio: J. ISSAAS, 23, 1 (2017)..これら2-ヘキセナールの示す特徴的な生理機能は,近年問題となっている作物の高温障害の解決の一助となるかもしれない.そこで神戸大学と(株)ファイトクロームは共同でこの知見を農業現場で活かすべく,2-ヘキセナールをバイオスティミュラントとして製品化する実用化研究を開始した.

非生物的ストレスを緩和するバイオスティミュラント

バイオスティミュラントとは,環境(非生物的)ストレスを緩和する効果をもつ資材で,肥料,農薬に次ぐ第三の農業資材として注目されており,「すずみどり」はその一つである.先に,作物の生産性は通常,潜在能力の100%が発揮されているということはなく,多くの部分が非生物的ストレスによって阻害されていると述べたが,バイオスティミュラントは非生物的ストレスを緩和して作物の生産性を回復させることによる収量増加を狙った資材である(12)12) Y. Yamauchi: “Chemical control of abiotic stress tolerance using bioactive compounds: Plant, Abiotic Stress and Responses to Climate Change,” InTech, 2018.図1図1■作物の生産性阻害要因とバイオスティミュラントによる作物の生産性増大の概念).従来は,肥料と農薬により作物の生産性の向上が図られてきたが,異常気象による非生物的ストレスが頻発する現代の農業現場での新たな対策として,バイオスティミュラントを用いた作物の増産技術の研究開発が盛んに行われており,農業界からもその実用化が期待されている.

揮発性バイオスティミュラントとしてのすずみどりの開発

高齢化,グローバリゼーション,人材不足など,日本の農業界は現在の日本が抱えているさまざまな問題点が凝縮された状況にあり,日本の食糧生産力を持続的に支えるためには,高効率な生産性,高品質な生産物,天候に左右されない安定した収穫が必要である.「すずみどり」の実用化の際には,「処理方法が簡便であること」,「頻繁に取り替える必要のないこと」,「消費者に受け容れられやすい化合物を用いること」の条件を満たすべく開発に取り組んだ.

昨今,消費者の間では食の安全・安心指向が高まっており,人工的な化合物を口にすることを避ける傾向が強く,農業資材に対しても自然界に存在するものの使用が望まれている.2-ヘキセナールは植物内在性化合物であることから,3つ目の条件「消費者に受け容れられやすい化合物を用いること」は自動的にクリアできている.処理方法については,2-ヘキセナールが揮発性化合物であることを利用して,昇華性の錠材とした.ところが,この錠材をハウス栽培現場で試用したところ,2-ヘキセナールがアルデヒドであるため使用中に変質しやすく,錠材が2週間ほどしか保たない,という問題点が明らかになった.さらに2-ヘキセナールは脂溶性のため,包装材の劣化や接着面の剥離を導きやすいという難点もあった.これらの課題を克服するためいろいろと知恵を出し合って試行錯誤を繰り返し,結果的に2-ヘキセナールの変質を防ぐ唯一の昇華性基材と高性能の包装材を見いだせたことにより,効能の1カ月保持を実現した.このようにして,「吊るすだけ」,「効能は1カ月持続」,「天然に存在する有効成分の使用」,という農家の方にとってメリットの多い揮発性バイオスティミュラント錠材「すずみどり」の開発に成功した(図4図4■揮発性バイオスティミュラント「すずみどり」).

図4■揮発性バイオスティミュラント「すずみどり」

(A)「すずみどり」のパッケージ.(B)ハウス栽培現場での実際の使用の様子.パックの両端を切断し植物の成長点より少し高い位置に吊り下げ(左写真),内部の錠材(右写真)から(E)-2-ヘキセナールをハウス内に揮発させる.効果は1カ月持続する.

ところで,バイオスティミュラントとしてのみどりの香りの効果には,私達の先達が気が付いていた可能性がある.江戸時代の農学者である佐藤信淵によって書かれた「培養秘録」(1840年)中に「芝草肥」というものが登場するが,これは初夏に野山の青草芝を刈り取って農地に鋤き込むもので,田畑の土が作物の生育を助ける新鮮な青草の精気(みどりの香りと推察される)を含んで,作物が豊かに実るのを助ける効能があると説明されており,「すずみどり」のバイオスティミュラントとしての効果と重なる面がある.また「すずみどり」は,植物の「立ち聞き現象」と呼ばれる,ストレスを受けた植物から放出される揮発性化合物を近辺の植物が感知するとストレスに対する抵抗力を高める現象を応用したものでもある.「すずみどり」はこれらのエピソードと関連付けられる点で,多くの農家の方の興味を引く製品となっている.

圃場におけるすずみどりの実施例

「すずみどり」は当初,ハウス栽培のトマトの高温障害に効果を示すことを目指して開発された.アンデス地方が原産地のトマトは高温障害を受けやすい作物で,特にその花芽が高温に弱く,高温障害を受けたトマトは花が咲いても果実形成に至らず落花してしまう「花落ち」と呼ばれる現象を示す.近年,花落ち現象は日本中の産地で問題となっており,花落ちにより収穫量が激減した農家も多数存在する.「すずみどり」の効果の一つはこの花落ちを減らすことで(図5A図5■「すずみどり」の農業現場での使用例),結果的に結実するトマト果実の増加をもたらし,これまでの実績では平均して20%ほどの増収を実現している.また「すずみどり」は高温状況下での葉の蒸散を促進することにより,高温下での葉のしおれを防ぐ(11)11) N. Terada, A. Sanada, H. Gemma & K. Koshio: J. ISSAAS, 23, 1 (2017)..ウリ科のズッキーニは葉が大きいため,高温下で葉がしおれると地面に触れて病害を被ってしまうが,「すずみどり」を使用した場合このしおれを防ぐため,高温下でもズッキーニを健全な状態に保つ(図5B図5■「すずみどり」の農業現場での使用例).「すずみどり」の普及は始まったばかりで,現在は多くの農家にさまざまな作物に対する「すずみどり」の効果を試していただいており,今後も効果的な実施例が増えることが期待される.

図5■「すずみどり」の農業現場での使用例

(A)「すずみどり」使用によりミニトマトの高温障害が軽減され花落ち率が減少する.(B)無処理区のズッキーニは高温下でしおれて地面に触れた葉を取り除いているため,ほとんどの植物体で葉の数が少ない.すずみどり区では取り除かれた葉が少なく健全な植物体となっている.写真はいずれも2017年の茨城県の農場において撮影されたもの.

今後の農業に対する農芸化学の貢献

農耕民族であることを自覚し,社会や文化に農業が深く根付いていることを身にしみて感じている日本人の多くは,農業の現状を目の前にしてその先行きに不安をおぼえているのではなかろうか.今後の農業を安定的に持続させるためには,天候により左右される農業の不安定さを解消し,安定な収益を得られる産業へと変換していかなければならない.さらにグローバル化の現代,海外の安い農産物と競争する必要もある.難題が山積しているが,すでに確立されている農業技術に加え,本稿で紹介した「すずみどり」のような新たな発想で産み出された農芸化学的技術が問題解決の一助となることを願いたい.またほかの農学分野の取り組みと一丸となって,「安定した収益を望める農業」,「安全・安心で付加価値の高い農業」,「省力化・高効率な農業」を実現した日本型の先進農業を実現するための努力が,現代の農学者にとって重要であると考えている.

Acknowledgments

本賞の基盤となる基礎研究成果は,神戸大学大学院農学研究科植物機能化学研究室の諸先生と学生のみなさまのご協力の賜物であり感謝の念に堪えません.また錠材化技術につきましては,日本精化株式会社裙本康幸神戸工場長に数多くの有益なご助言をいただきましたこと,感謝申し上げます.基礎研究段階におきましては日本学術振興会(JSPS),応用開発段階におきましては科学技術振興機構(JST)および兵庫県から研究費のご支援をいただきました.この場をお借りして厚く御礼を申し上げます.最後に本賞にご推薦いただきました京都大学大学院農学研究科の河田照雄教授,日本農芸化学会関西支部幹事,選考委員の先生方に深謝いたします.

Reference

1) Y. Imada, M. Watanabe, H. Kawase, H. Shiogama & M. Arai: Sci. Online Lett. Atmos., 15A, 8 (2019).

2) T. S. Boyer: Science, 218, 443 (1982).

3) K. Asada: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 50, 601 (1999).

4) Y. Yamauchi, A. Furutera, K. Seki, Y. Toyoda, K. Tanaka & Y. Sugimoto: Plant Physiol. Biochem., 46, 786 (2008).

5) Y. Yamauchi & Y. Sugimoto: Planta, 231, 1077 (2010).

6) Y. Yamauchi, M. Kunishima, M. Mizutani & Y. Sugimoto: Sci. Rep., 5, 8030 (2015).

7) M. Kunishima, Y. Yamauchi, M. Mizutani, M. Kuse, H. Takikawa & Y. Sugimoto: J. Biol. Chem., 291, 14023 (2016).

8) Y. Yamauchi, A. Matsuda, N. Matsuura, M. Mizutani & Y. Sugimoto: J. Pest Sci., 43, 207 (2018).

9) L. Copolovici, A. Kännaste, L. Pazouki & Ü. Niinemets: J. Plant Physiol., 169, 664 (2012).

10) D. D. S. S. Vieira, G. Emiliani, M. Michelozzi, M. Centritto, F. Luro, R. Morillon, F. Loreto, A. Gesteira & B. Maserti: Environ. Exp. Bot., 126, 1 (2016).

11) N. Terada, A. Sanada, H. Gemma & K. Koshio: J. ISSAAS, 23, 1 (2017).

12) Y. Yamauchi: “Chemical control of abiotic stress tolerance using bioactive compounds: Plant, Abiotic Stress and Responses to Climate Change,” InTech, 2018.