書評

小林猛,田谷正仁(編),本多裕之,上平正道,中島田豊,境慎司,清水一憲(著)『生物化学工学―バイオプロセスの基礎と応用 第2版』(東京化学同人,2019年)

龍洙

静岡大学グリーン科学技術研究所

Published: 2020-04-01

よく知られているように,ペニシリンの発酵生産が新しいバイオ産業の第1号として歴史に刻まれた.産業としての発酵生産のためには,適した微生物菌株の単離や菌株育種のみならず,大量培養技術や培養後の分離精製技術も重要である.これまでにも多くの優れた教科書や解説書が上梓されたが,これほどコンパクトでありながら丁寧かつ俯瞰的にわかりやすく解説した教科書を見つけることはなかなか難しい.本書の第1版は2002年に刊行され,バイオ産業に従事する技術者のみならず,大学や高等専門学校での教科書として広く愛用されてきたが,最近のバイオ分野の急速な発展を組み込んで内容の大幅な見直しを図り,第2版が出版された.

第1章では従来の発酵から発酵工学,生物化学工学に変貌した歴史的な変化と,近代社会への貢献が述べられており,一読で生物化学工学の学問上の位置づけが明確になる.第2章では,微生物と動物細胞について,特に第1版に比べ細胞の育種に関する遺伝子工学的変異やゲノム編集などの記述が加わっている.第3章では,細胞の栄養代謝とエネルギー収率が工学的な観点で整理されている.第4~5章では,酵素や微生物を対象にした反応速度論と固定化法の具体的な解説のほか,固定化バイオリアクターの種類や操作方法が解説されている.第6~10章では,培養工学全般,特に培地や空気の滅菌操作が深く議論されている.さらに従来の培養操作以外に灌流培養(動物細胞培養)や,医薬品生産用沪過装置の具体像,微生物,動物細胞の特徴を活かした動物細胞用のラジアルフロー型リアクターの興味深い形状などの先端装置の記載,培養必需品である計測装置と各種センサーを用いたバイオリアクターの制御方法など研究者,技術者から関心の高い内容が記載されている.また,ゲノム,メタボローム,プロテオームなどの分子生物学的情報を如何に操り,生物学と工学の橋渡しとしてのバイオインフォマティクスの手法が紹介され,情報の扱い方についてもたいへん参考になる.第11章は細胞の破砕からカラム操作までの分離精製工程といった,バイオ産業の最大の課題が詳細な実例を挙げて解説されており,現場では大いに役立つ.特に第2版で加わったバイオ医薬の精製は,素人でもわかりやすく記述されている.第12~13章は第2版からの新たな章で,高度な生物的排水処理法や,動物細胞による抗体医薬,トランスジェニック動物,再生医療など,生物化学工学が支える幅広い先端技術が記載されている.どの章でも,酸素を如何に効率的に培地に溶解させるかが主な関心事で,小型ファーメンターから百トンレベルの発酵槽までのスケールアップなどの課題が演習問題とされており,実際の工場レベルの発酵槽を設計する気分で読んでも楽しめる.また,理解を深める手助けとして各章に演習問題も加えてある.

筆者は学生時代に旧東京大学応用微生物研究所で,生物化学工学分野の第一人者である合葉修一教授とA. E. Humphrey & N. F. Millisの共著“Biochemical Engineering”を熟読したが,若いときに学んだことを反芻しながら昔の感動を味わえた.この意味からも学生の講義用教科書としても最適であろう.

細胞育種などの基礎的生物科学分野の人たちのみならず,これからバイオ産業について初歩から勉強しようとする学生さんにもぜひ一読を薦めたい.