巻頭言

研究環境について思うこと歴史は必ずしも前進するとは限らない

Kazunobu Matsushita

松下 一信

山口大学大学院創成科学研究科(農学系)

Published: 2020-05-01

私たちを取り巻く研究環境はますます困窮の度合いを極めてきているように思われてならない.そろそろ年貢の納め時の研究者から気になって仕方がないことを述べさせてもらいたい.

私は青年の頃,本気で「歴史は必ず前に進む」と思っていた.年々生産力は上がり,民度が高まり,政治もより大多数の人々の生活を前進させる形態へと.貧困な研究環境に喘ぎながらも未来を夢見て頑張っていれば,研究環境も研究予算もよくなって行き,ますますいい研究ができるようになるだろうと.しかし,私たちの研究環境はどうだろうか.皆さんも同じ思いだと思うが,私が気になっているのは,研究体制と学術誌を取り巻く状況である.

多くの大学,特に地方大学では,定員削減が深刻で,講座制は崩れ,一人または二人の研究室が大勢を占めている.文字どおり助教にも教育負担が強いられている.こうした状況は安定した研究資金と研究時間の確保を困難にし,科学研究の発展を阻害している.このままでいいはずがない.私の提案は,類似の研究グループを組織化して集まることである.さらには大学を超えた連携である.理想的には同じ場所に集まることであるが,今ではテレビ会議・テレビ授業も可能になっている.何とかグループ化して教育負担を減らし,さらには近い研究グループは予算申請も一緒に考える.大学を超えた連携には,私自身が以前は負担に感じてきた「連合大学院」や「学会支部」の活動が参考になるように思われる.科学研究の発展には一人ひとりの研究の発想や努力が重要なことはもちろんであるが,この逆流を「連携すること」で乗り越えて行けないだろうか.

もう一つは学術誌についてである.昨今,雑誌の多くがいくつかの出版社に占有化され,その系列の雑誌を見るために大学は多額の支払いを強いられている.私たちの大学ではその支払い能力から,一つの出版社系の雑誌を見ることができなくなった.そこには,私自身が多く投稿をしている雑誌も含まれている.加えて,Online journalになってきたからか掲載にやたらとお金がかかる.10万円を超える掲載料など以前はなかったと思うのだが.こうした学術誌の購読や掲載以上に気になるのは査読の問題である.Online journalの増加とともに,新しい商業誌が増えてきた.そこからも査読の依頼がやってくる.忙しさも手伝って断ると,時を経ずにその論文が刊行される.内容を見て唖然とする.以前の研究と同様の内容が出てくることはまだ許せるとしても,過去の成果が反映されることなく,内容的に明らかに間違った記載がされている.つまり厳密なピアレビューができていないように思われる.そのため,同類の雑誌から査読依頼がきても断るわけにはいかなくなる.研究の分野を超えた発展を考えるときに,学会とは独立したこのような商業誌の存在は意味があるのかもしれないが,もう一度,学会誌(海外学会誌もそうだが)の役割・重要性を考え直すときではないかと思う.以前のように,国の財政支援を引き出して,投稿者(研究者)の経済的負担を軽減するとともに,私たちが少なくとも学会誌に責任をもつ堅実な査読体制を維持する必要があると思う.

単なる愚痴になってしまったが,2つの課題で共通して言えることは,古くから研究者間の協力と努力で成立している学会が中心になって,「歴史を前に進める」努力が求められているのではないだろうか.