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麦の穂のかたちを決める遺伝子ホメオボックス遺伝子による穀粒数制御

Shun Sakuma

佐久間

鳥取大学農学部

Published: 2020-05-01

麦の穂は美しくて面白い.麦とは「秋に種子をまいて翌年の春から初夏に収穫するイネ科穀類」の総称で,コムギ,オオムギ,ライムギなどが含まれる.麦の収穫期である麦秋は夏の季語である.イネ科植物の花序(穂)は小花(しょうか)が一つあるいは複数含まれた「小穂(しょうすい)」を集めると出来上がる.麦の穂は小穂が穂軸に直接付いて枝分かれのないシンプルな構造を取る.なかでもオオムギの穂はビールのラベルや麦茶のパッケージにたびたび使用されるため馴染み深い(図1図1■オオムギの穂構造).夏作のイネやトウモロコシは枝分かれして複雑な花序を構成する.穂のかたちは最終的な穀粒収量を左右するため農業上極めて重要である.

図1■オオムギの穂構造

(A)穂軸を中心にして3小穂(主列小穂1個と側列小穂2個)が互生する.(B)緑色の小穂は稔実して穀粒を生産する.オレンジ色の小穂は不稔になる.(C)穂を真上から見たときの小穂構造.穀粒(緑色)が二列着く二条性と六列着く六条性に分けられる.

これまでイネ科作物の品種改良においては一穂あたりに着く穀粒数(着粒数)を増やすことによって収量増が達成されてきた.最終的な着粒数は稔実する小花数によって決まるため小穂の発達を制御する遺伝子が重要となる(1)1) S. Sakuma & T. Schnurbusch: New Phytol., 225, 1873 (2019)..イネ,オオムギ,ソルガム,およびトウモロコシの小穂は有限成長で小花数が決定する.イネとオオムギは一つ,ソルガムとトウモロコシは2つの小花を作る.一方,コムギやエンバクの小穂は無限成長で最大10個程度の小花が分化する.これらのイネ科作物では花の発達が途中で止まる不稔小花が共通して見られる.二条オオムギの側列小花,トウモロコシとソルガムの下位小花,そしてコムギとエンバクの頂端小花が成長過程で発達が抑制されるため不稔になる.この不稔小花の機能・生物学的意義は明らかでないが,オオムギとコムギの小花発達抑制を制御する遺伝子が解明されたのでここに紹介する.

オオムギは一穂節に3つの小穂がつくユニークな構造を示す(図1図1■オオムギの穂構造).三小穂のうち外側に位置する2つの側列小穂の小花が不稔になるタイプを二条性,稔実するものを六条性と呼ぶ.野生オオムギはすべて二条性で六条性は栽培種にしか存在しない.六条性は動植物で広く保存されるホメオボックス遺伝子Vrs1の機能欠損や機能低下によって起こる(2)2) T. Komatsuda, M. Pourkheirandish, C. He, P. Azhaguvel, H. Kanamori, D. Perovic, N. Stein, A. Graner, T. Wicker, A. Tagiri et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 1424 (2007)..機能型のVrs1遺伝子(Vrs1.b)をもつ二条オオムギでは側列小穂の小花,特に雌しべの発達が抑制されるため不稔になる.この組織特異的な発達抑制機能はVrs1遺伝子の発現部位と見事に一致する.Vrs1は遺伝子重複によって生じた麦類限定的に存在する遺伝子であることがわかった(3)3) S. Sakuma, M. Pourkheirandish, G. Hensel, J. Kumlehn, N. Stein, A. Tagiri, N. Yamaji, J. F. Ma, H. Sassa, T. Koba et al.: New Phytol., 197, 939 (2013)..麦類植物にはVrs1遺伝子のパラログであるHox2遺伝子が存在する.麦類以外のイネ科植物にはHox2相同遺伝子のみ存在する.Hox2遺伝子の機能は保存されているため,重複によって生じたコピーであるVrs1遺伝子は生存に影響することなく多様な変異が許容されている.六条性には対立遺伝子が4種類(vrs1.a1, a2, a3, a4)あり,環境適応性との関連が示唆されている(4)4) D. Saisho, M. Pourkheirandish, H. Kanamori, T. Matsumoto & T. Komatsuda: Breed. Sci., 59, 621 (2009)..また,二条性の中でも側列小花が極端に退化して小さくなったデフィシエンスと呼ばれる穂の形はVrs1のC末端領域にある1アミノ酸置換によって生じることがわかった(5)5) S. Sakuma, U. Lundqvist, Y. Kakei, V. Thirulogachandar, T. Suzuki, K. Hori, J. Wu, A. Tagiri, T. Rutten, R. Koppolu et al.: Plant Physiol., 175, 1720 (2017)..この変異はエチオピア在来品種のなかから見つかったもので主列小花に着く粒のサイズが大きくなる.現在ではデフィシエンス型アリル(Vrs1.t)をもつ品種の栽培がヨーロッパを中心に拡大している.

コムギは麦類に典型的な小穂構造(一小穂・多小花)を示す(図2図2■コムギの小穂構造).基部側から第1小花,第2小花,第3小花の順に作られていく.通常第4小花以降の上位小花は退化して不稔になる.パンコムギは異質6倍体の植物で倍数性進化を経て成立した.2倍体の一粒系コムギや4倍体の二粒系コムギはその名が示すとおり,小穂あたり一粒あるいは二粒の種子を作る.一方で,6倍体のパンコムギは一小穂あたり約10個の小花原基が分化し,そのうち3~5個の小花が稔実して穀粒を生産する.半数以上の小花,特に先端部に位置する小花は発達が進むにつれて退化してしまうため穀粒を生産しない.最近,筆者らの研究グループはGrain Number Increase 1GNI1)遺伝子が小花稔性を制御する重要因子であることを明らかにした(6)6) S. Sakuma, G. Golan, Z. Guo, T. Ogawa, A. Tagiri, K. Sugimoto, N. Bernhardt, J. Brassac, M. Mascher, G. Hensel et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 5182 (2019).GNI1遺伝子はホメオドメインロイシンジッパークラスI(HD-Zip I)転写因子をコードし,オオムギVrs1遺伝子のオーソログであることがわかった.四倍体コムギを用いたマップベースクローニングによって第2染色体Aゲノムに座乗するGNI1遺伝子(GNI-A1)が単離された.DNA結合部位であるホメオドメインのアミノ酸が105N(機能型)から105Y(機能低下型)に置換したアリルをもつコムギは小穂あたり穀粒数が増加することが明らかになった.6倍体コムギを用いたRNA干渉によりGNI1遺伝子の働きを抑制したところ,形質転換体は小穂あたり穀粒数が増加したため機能が証明された.日本の多収性コムギ品種「きたほなみ」も105Y型アリルをもつことがわかった.きたほなみに突然変異を誘発し,GNI1遺伝子が機能型の105Nに変異した系統を選抜し,元系統と比較した.その結果,105Y型アリルを保有する系統はほ場条件で105N型アリルをもつ系統より着粒数が増加し,収量も10~30%高いことが確認された.GNI1遺伝子は先端の小花原基および小穂軸の一部において強く発現し,それらの組織の成長および発達を阻害している.2倍体,4倍体,6倍体コムギで発現比較を行ったところ,倍数性が進むにつれてGNI1遺伝子のmRNA量が減少すること,一方で稔実小花数は増加することがわかった.今回発見されたGNI1遺伝子の105Y型アリルは四倍体でパスタ用のデュラムコムギでは広く使われていることがわかったが,パンコムギでは一部の品種でしか利用されていない.今後,GNI1遺伝子を利用した分子育種により,多収コムギ品種の育成が促進されることが期待される.

図2■コムギの小穂構造

GNI1遺伝子の機能型アリル(105N)をもつコムギは第4小花以降の上位小花が抑制されて不稔になる.機能低下型アリル(105Y)をもつコムギは第4小花も着粒する.赤色のアスタリスクは稔実した小花(穀粒)を示す.

オオムギとコムギの栽培化過程において全く同じ遺伝子が穀粒数の増加に貢献したことが明らかになった.同様の結果は小穂脱落性遺伝子にも見られる(7, 8)7) M. Pourkheirandish, G. Hensel, B. Kilian, N. Senthil, G. Chen, M. Sameri, P. Azhaguvel, S. Sakuma, S. Dhanagond, R. Sharma et al.: Cell, 162, 527 (2015).8) R. Avni, M. Nave, O. Barad, K. Baruch, S. O. Twardziok, H. Gundlach, I. Hale, M. Mascher, M. Spannagl, K. Wiebe et al.: Science, 357, 93 (2017)..オオムギとコムギの参照ゲノムが解読され,パンゲノム解析も進んでいる.麦類で共通したゲノム領域あるいは特異的な領域に関する理解はますます深まっていくだろう.なぜオオムギは3小穂をもつのか? なぜコムギはたくさんの不稔小花を作る必要があるのか? といった基礎的な問いに答えられる日が来るのも遠くないかもしれない.

Reference

1) S. Sakuma & T. Schnurbusch: New Phytol., 225, 1873 (2019).

2) T. Komatsuda, M. Pourkheirandish, C. He, P. Azhaguvel, H. Kanamori, D. Perovic, N. Stein, A. Graner, T. Wicker, A. Tagiri et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 1424 (2007).

3) S. Sakuma, M. Pourkheirandish, G. Hensel, J. Kumlehn, N. Stein, A. Tagiri, N. Yamaji, J. F. Ma, H. Sassa, T. Koba et al.: New Phytol., 197, 939 (2013).

4) D. Saisho, M. Pourkheirandish, H. Kanamori, T. Matsumoto & T. Komatsuda: Breed. Sci., 59, 621 (2009).

5) S. Sakuma, U. Lundqvist, Y. Kakei, V. Thirulogachandar, T. Suzuki, K. Hori, J. Wu, A. Tagiri, T. Rutten, R. Koppolu et al.: Plant Physiol., 175, 1720 (2017).

6) S. Sakuma, G. Golan, Z. Guo, T. Ogawa, A. Tagiri, K. Sugimoto, N. Bernhardt, J. Brassac, M. Mascher, G. Hensel et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 5182 (2019).

7) M. Pourkheirandish, G. Hensel, B. Kilian, N. Senthil, G. Chen, M. Sameri, P. Azhaguvel, S. Sakuma, S. Dhanagond, R. Sharma et al.: Cell, 162, 527 (2015).

8) R. Avni, M. Nave, O. Barad, K. Baruch, S. O. Twardziok, H. Gundlach, I. Hale, M. Mascher, M. Spannagl, K. Wiebe et al.: Science, 357, 93 (2017).