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新感覚メタボリズム~ひかり~脂肪組織の光感受性

Mari Sato

佐藤 真理

北海道大学大学院歯学研究院

JSTさきがけ

Published: 2020-05-01

私たちの体の構造や生命維持システムは,厳密に美しく制御されている.それは長い進化の過程で,われわれが獲得し,または手放して研ぎ澄ませてきた生命のスペックの結果である.それら進化のメモリーを,ライフサイエンス研究を行うなかで垣間見ることは何ともロマンチックな瞬間である.本稿では,進化をまたいで,私たちの体に備わる光によるエネルギー代謝制御システムについて紹介する.

生きるためにはエネルギーが必要である.呼吸をする,心臓を動かす,体温を保つ,われわれが意識しなくても身体中の臓器はエネルギーを使い生命を維持している.非常にコスパの良いエネルギー合成システムをもつ生物は植物である.植物は,光合成により光と水と二酸化炭素からエネルギーの源である糖を無料で自ら作り出すことができる.生命の起源はヒトも植物も同じであるが,ヒトは進化の過程でこの光合成システムを獲得もしくは保存しなかった.そのため,われわれヒトは食物から糖や脂肪を摂取し,それらはインスリンの作用によって脂肪や肝臓といった臓器に貯蔵される.貯蔵された糖や脂肪は必要に応じて,グルカゴンやアドレナリンなどの血糖調節ホルモンにより血中へ放出される.このように,植物とヒトは異なるやり方で糖を手に入れ生命エネルギーとして生体内に蓄え利用している.しかし,ひょっとしたら,ヒトの体にも植物のような光による糖・エネルギー代謝調節機構が進化の名残で備わっていないだろうか? 地球上のすべての生命に平等にふりそそぐ光を利用した未知の生命調節機構がヒトの体にもあるのではないだろうか? これを解明すべく,筆者は脂肪組織に発現する光受容体に注目した研究を行った.

植物の光受容体は,光合成を行う葉緑体の位置を調節することで(光定位運動)光エネルギーによる糖の合成と貯蔵に間接的に関与する(1).ヒトは光合成を行うことはできないが,光受容体によって代謝システムが制御されている可能性は大いにある.なぜなら,代謝の要である脂肪組織に光受容体の一つであるOpsin3(Opn3)が高発現しているからである(2).マウスとヒトには白色脂肪と褐色脂肪という2種類の脂肪組織がある.どちらの脂肪組織も糖や脂質を取り込むが,白色脂肪はそれらを貯め込む貯蔵庫である.一方,褐色脂肪は糖や脂質をミトコンドリアで燃やして熱にする燃焼工場である(3).この褐色脂肪は近年非常に注目されており,エネルギー代謝の高い褐色脂肪を活性化することで肥満防止または治療につなげようという研究が盛んに行われている(4).興味深いことにOpn3ノックアウトマウスは野生型(WT)マウスに比べて,肥満になりやすい.摂食量には変化がなく,白色脂肪の量が増加していることから,糖・脂質代謝およびエネルギー代謝に異常があると考えられた.実際に,Opn3ノックアウトマウスの褐色脂肪組織ではUcp1やPGC1αといった熱産生に重要な遺伝子の発現が低下しており,寒冷暴露下での体温維持能力が低いことから,Opn3ノックアウトマウスでは褐色脂肪組織による熱産生が障害されていることが示された.すなわちOpn3ノックアウトマウスの褐色脂肪では,糖や脂肪を取り込みそれをエネルギーとして燃やして消費するという一連の代謝機構が障害を受けているため,Opn3ノックアウトマウスは太りやすいと考えられる.このことから,Opn3は褐色脂肪の代謝機能の維持に重要であることが示唆された.次に,褐色脂肪細胞そのものが光受容体Opn3で光を感知して糖・脂質・エネルギー代謝を制御しているか否かを明らかにするために,Opn3ノックアウト褐色脂肪細胞に光を照射する実験を行った.その結果,Opn3を介した光刺激は褐色脂肪細胞の糖取り込みを上昇させ,さらに糖および脂肪酸を利用したミトコンドリアの好気呼吸によるエネルギー産生を増強させることがわかった(5).この結果から,褐色脂肪そのものが光受容体Opn3を介して光を感知しており,このOpn3を介した光刺激が褐色脂肪の糖・脂質代謝およびエネルギー代謝に重要であることが示唆された.では,実際に褐色脂肪を光照射すると全身のエネルギー代謝が上がるのだろうか? それを生体で調べるために,生きたマウスの背部皮下にある褐色脂肪をワイヤレスLEDライトで直接照らし,エネルギー代謝の指標となる酸素消費量と熱産生量を測定した.すると,野生型マウスでは褐色脂肪の光照射により酸素消費量と熱産生量が増大しエネルギー代謝が亢進した.一方,Opn3ノックアウトマウスではこの効果はキャンセルされた.このことから,生きた生体の褐色脂肪を光で照らすとOpn3が光応答し褐色脂肪の機能を活性化することで全身のエネルギー代謝を正に調節することが示された(5)

美容サロンにおいて,光照射で脂肪を溶解する“光痩身”という施術が一般的に行われ効果があることから,脂肪組織そのものに光感受性があり代謝をコントロールしている可能性はこれまでも示唆されてきた.しかし,脂肪組織がどのように光に応答しているのか? どのような機序で代謝を制御しているのか? などの分子機構についてはブラックボックスであった.本研究は,光を脂肪組織の光受容体Opn3で感知する“新感覚”により,脂肪組織の糖取り込みとミトコンドリア活性を増強させることで全身の“メタボリスム”がよくなることを科学的に証明した.今後はマウスだけではなくヒトの褐色脂肪細胞を用いてさらなる実験検討を行い,代謝異常疾患(メタボリックシンドローム)をターゲットとしたより効果的な光治療の提案につなげていきたい(図1図1■褐色脂肪の光受容体Opsin3を光で照らすと代謝が上がる).

図1■褐色脂肪の光受容体Opsin3を光で照らすと代謝が上がる

Reference

1) T. Kagawa, T. Sakai, N. Suetsugu, K. Oikawa, S. Ishiguro, T. Kato, S. Tabata, K. Okada & M. Wada: Science, 291, 2138 (2001).

2) S. Blackshaw & S. H. Snyder: J. Neurosci., 19, 3681 (1999).

3) K. Townsend & Y. H. Tseng: Adipocyte, 1, 13 (2012).

4) Y. H. Tseng, A. M. Cypess & C. R. Kahn: Nat. Rev. Drug Discov., 9, 465 (2010).

5) M. Sato, T. Tsuji, K. Yang, X. Ren, J. M. Dreyfuss, L. H. Tian, C.-H. Wang, F. Shamsi, L. O. Leiria, M. D. Lynes et al.: PLOS Biol., 18, e3000630 (2020).