解説

合成生物学による植物アルカロイド発酵生産と生薬生理活性物質の創製微生物でつくる植物由来医薬品原料

Microbial Production of Plant Alkaloids and Creation of Bioactive Substances by Synthetic Biology: Plant-Derived Pharmaceutical Ingredients Made by Microorganisms

Akira Nakagawa

中川

石川県立大学生物資源工学研究所応用微生物学研究室

Hiromichi Minami

博道

石川県立大学生物資源工学研究所応用微生物学研究室

Published: 2020-05-01

植物によって生成されるmorphineやcodeineなどのイソキノリンアルカロイドは,生理活性が非常に高く,鎮痛剤などの医薬品の原料として使用されている.しかし,植物から抽出された医薬品原料は比較的高価であり,効率的な生産方法が求められている.近年,包括的な遺伝子解析により,さまざまな植物の代謝経路の詳細が明らかになりつつある.これらの発見に基づいて,合成生物学的方法を用いた微生物による植物アルカロイド生産が試みられている.本稿では,イソキノリンアルカロイドの生合成,微生物生産の研究成果,および今後の展望について紹介する.

はじめに

高等植物はストレス耐性や耐病性などのメカニズムとして,さまざまな二次代謝産物を生成および蓄積することが知られている.これらの二次代謝産物は,アルカロイド,テルペノイド,フェノール性化合物(フェニルプロパノイドとフラボノイド)の3つのグループに大別され,スパイス,染料,香水,医薬品などのさまざまな形態で使用されている.これらの化合物のうち,アルカロイドは少量で顕著な生理活性を示すため,医薬品成分として非常に高い需要がある.植物が産生する約12,000種類のアルカロイドのうち,イソキノリンアルカロイド(IQA)とインドールアルカロイドが最大のグループを構成している.IQAには,morphine(鎮痛作用),codeine(鎮咳作用),berberine(抗菌作用)など,多くの薬理学的に有用な化合物が含まれており(図1図1■植物におけるチロシンからのイソキノリンアルカロイド生合成経路),主に植物体からの抽出によって生産されている.しかしながら,植物体に含まれるアルカロイドは乾燥重量の数パーセントにも満たず,植物体の生育には数カ月~数年を要するため,その効率的な生産は容易ではない.増産を目的とした遺伝子工学による植物体や培養細胞による生産が試みられており,個々の成功例は報告されているが,その複雑な制御システムと植物の安定性の観点から普遍的な生産方法は確立されていない.

図1■植物におけるチロシンからのイソキノリンアルカロイド生合成経路

近年,植物の二次代謝産物の効率的な生産方法として,合成生物学の手法を用いた微生物による発酵生産が注目されている.微生物は成長が早く,培養に大きなスペースを必要としない.さらに,微生物ではほかの二次代謝産物の混合がないため,微生物培養物からの標的化合物の精製は容易であると考えられる.これまでに,テルペノイドやフラボノイドに関して数多くの成功例が報告されている.実際にテルペノイドの一種で,マラリア治療薬であるアルテミシニンの前駆体に対して,酵母を用いた実用生産が行われている(1, 2)1) D. K. Ro, E. M. Paradise, M. Ouellet, K. J. Fisher, K. L. Newman, J. M. Ndungu, K. A. Ho, R. A. Eachus, T. S. Ham, J. Kirby et al.: Nature, 440, 940 (2006).2) C. J. Paddon, P. J. Westfall, D. J. Pitera, K. Benjamin, K. Fisher, D. McPhee, M. D. Leavell, A. Tai, A. Main, D. Eng et al.: Nature, 496, 528 (2013)..しかし,イソキノリンアルカロイドに関しては,そのような実用化の例は報告されていない.

チロシンからのイソキノリンアルカロイドの生合成経路

植物のIQAの生合成経路と生合成遺伝子は,主要なIQAであるmorphineの産生植物,Papaver somniferumP. bracteatumだけでなく,産生しないEschscholzia californicaCoptis japonicaについても詳細に研究されている.IQAは,2分子のtyrosineを介して生合成され,一つはDOPAを介してdopamineに変換され,もう一つはtyramineを介して4-hydroxyphenylacetaldehyde(4-HPAA)に変換される(3, 4)3) P. J. Facchini, K. L. Huber-Allanach & L. W. Tari: Phytochemistry, 54, 121 (2000).4) E. J. Lee & P. J. Facchini: Plant Physiol., 157, 1067 (2011)..Dopmaineと4-HPAAは,norcoclaurine synthase(NCS)によるPictet–Spengler反応により,最初のIQA骨格である(S)-norcoclaurineへと変換される(5~11)5) R. Stadler, T. M. Kutchan, S. Loeffler, N. Nagakura, B. Cassels & M. H. Zenk: Tetrahedron Lett., 28, 1251 (1987).6) R. Stadler, T. M. Kutchan & M. H. Zenk: Phytochemistry, 28, 1083 (1989).7) N. Samanani & P. J. Facchini: J. Biol. Chem., 277, 33878 (2002).8) N. Samanani, D. K. Liscombe & P. J. Facchini: Plant J., 40, 302 (2004).9) L. Y. Luk, S. Bunn, D. K. Liscombe, P. J. Facchini & M. E. Tanner: Biochemistry, 46, 10153 (2007).10) H. Berkner, J. Engelhorn, D. K. Liscombe, K. Schweimer, B. M. Wöhrl, P. J. Facchini, P. Rösch & I. Matečko: Protein Expr. Purif., 56, 197 (2007).11) H. Minami, E. Dubouzet, K. Iwasa & F. Sato: J. Biol. Chem., 282, 6274 (2007)..次に,norcoclaurine 6-O-methyltransferase(6OMT)(12, 13)12) T. Morishige, T. Tsujita, Y. Yamada & F. Sato: J. Biol. Chem., 275, 23398 (2000).13) A. Ounaroon, G. Decker, J. Schmidt, F. Lottspeich & T. M. Kutchan: Plant J., 36, 808 (2003).,coclaurine N-methyltransferase(CNMT)(14)14) K. Choi, T. Morishige & F. Sato: Phytochemistry, 56, 649 (2001).,および3′-hydroxy-N-methylcoclaurine 4′-O-methyltransferase(4′OMT)(12)12) T. Morishige, T. Tsujita, Y. Yamada & F. Sato: J. Biol. Chem., 275, 23398 (2000).による3段階のメチル基転移反応とCYP80B1(15)15) H. H. Pauli & T. M. Kutchan: Plant J., 13, 793 (1998).による水酸化反応により(S)-reticulineが生成される(図1図1■植物におけるチロシンからのイソキノリンアルカロイド生合成経路).ほとんどのIQAが(S)-reticulineを介して合成されるため,(S)-reticulineはIQAの重要な中間体であり,微生物生産の最初の目的化合物となる.

微生物における(S)-reticulineの発酵生産

筆者らは,植物のIQA生合成酵素と微生物由来のモノアミン酸化酵素(MAO)を大腸菌内で組み合わせ,dopamineから(S)-reticulineを生産することに2008年に初めて成功した(16)16) H. Minami, J. S. Kim, N. Ikezawa, T. Takemura, T. Katayama, H. Kumagai & F. Sato: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 7393 (2008)..筆者らが構築した経路では,簡単な基質であるdopamineを材料とし,MAOによる反応産物である3,4-dihydroxyphenylacetaldehyde(3,4-DHPAA)をNCS反応の基質とすることで,小胞体局在酵素であるCYP80Bの水酸化反応を省略した生合成が可能となっている(図2図2■大腸菌におけるグルコースからのレチクリン生合成経路).培地に基質を添加するin vivoでの生産では,3 mMのdopamineから培地中に54 mg/Lの(S)-reticulineが生産された(17)17) J. S. Kim, A. Nakagawa, Y. Yamazaki, E. Matsumura, T. Koyanagi, H. Minami, T. Katayama, F. Sato & H. Kumagai: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 2166 (2013)..一方,スタンフォード大学のSmolkeらのグループは,dopamineと3,4-DHPAAが縮合したIQAの基本骨格であるnorlaudanosoline(tetrahydropapaveroline,以下THP)を基質として,Thalictrum flavumおよびP. somniferum由来のメチル基転移酵素(6OMT, CNMT, 4′OMT)を発現する酵母による150 mg/Lの(S)-reticuline生産を報告している(18)18) K. M. Hawkins & C. D. Smolke: Nat. Chem. Biol., 4, 564 (2008).

図2■大腸菌におけるグルコースからのレチクリン生合成経路

微生物においてもアルカロイド合成が可能であることが示されたが,実用生産にはより安価な基質添加が必要と考えられた.そこで,筆者らは,安価で入手し易いグルコースおよびグリセロールからのreticuline生産システムの構築を行った.まず,tyrosine生産大腸菌を作製し,tyrosineからdopamineまでの生合成経路をすでに確立済みであるdopamineからのreticuline生産システムに付加することで,生産システムを構築した(19)19) A. Nakagawa, H. Minami, J. S. Kim, T. Koyanagi, T. Katayama, F. Sato & H. Kumagai: Nat. Commun., 2, 326 (2011).図2図2■大腸菌におけるグルコースからのレチクリン生合成経路).

微生物におけるアミノ酸などの効率的な生産については,さまざまな方法がすでに検討されている.大腸菌におけるtyrosine生産においても,多数の試みがなされており(20~23)20) Y. Kikuchi, K. Tsujimoto & O. Kurahashi: Appl. Environ. Microbiol., 63, 761 (1997).21) T. Lütke-Eversloh & G. Stephanopoulos: Appl. Microbiol. Biotechnol., 75, 103 (2007).22) M. M. Olson, L. J. Templeton, W. Suh, P. Youderian, F. S. Sariaslani, A. A. Gatenby & T. K. Van Dyk: Appl. Microbiol. Biotechnol., 74, 1031 (2007).23) M. I. Chávez-Béjar, A. R. Lara, H. López, G. Hernández-Chávez, A. Martinez, O. T. Ramírez, F. Bolívar & G. Gosset: Appl. Environ. Microbiol., 74, 3284 (2008).,大腸菌の芳香族アミノ酸代謝にかかわる遺伝子群の発現を制御するDNA結合型の転写調節因子であるtyrR遺伝子を欠損させることで,tyrosine生産菌が得られる.また,シキミ酸生合成経路において,フィードバック阻害耐性(fbr)の3-deoxy-D-arabino-heptulosonate-7-phosphate synthase(fbr-DAHPS:aroGfbr)とmutase/prephenate dehydrogenase(fbr-CM/PDH:tyrAfbr),およびphosphoenolpyruvate synthetase(PEPS:ppsA)とtransketolase(TKT:tktA)を大量発現させることで,tyrosine生産量が増加する.これらの方法を利用することで,tyrosineを培地中に4.4 g/l生産する大腸菌を作製した.tyrosineからdopamineまでの生合成経路の構築については,微生物由来のtyrosinase(TYR)(24)24) D. Hernández-Romero, A. Sanchez-Amat & F. Solano: FEBS J., 273, 257 (2006).とDOPA decarboxylase(DODC)(25)25) T. Koyanagi, A. Nakagawa, H. Sakurama, K. Yamamoto, N. Sakurai, Y. Takagi, H. Minami, T. Katayama & H. Kumagai: Microbiology, 158, 2965 (2012).を用いた.本来,動物や植物では,tyrosineはtyrosine hydroxylase(TH)によってDOPAへと変換されるが,THは大腸菌が作ることのできないtetrahydrobiopterin(BH4)を補酵素として要求するため,TYRを代替酵素として用いている.TYRはDOPAへの変換だけでなく,さらにDOPAをdopaquinoneへと変換するため,本来であればDOPA生産には適さないが,新たに見いだしたDOPA特異的な脱炭酸酵素を組み合わせることでdopamineへの変換に成功している.11遺伝子を3つのプラスミドに分けてtyrR欠失株に導入することで,グルコースからの(S)-reticuline生産大腸菌を構築した.およそ60時間で15gのグリセロールから46 mgのreticuline生産に成功した(19)19) A. Nakagawa, H. Minami, J. S. Kim, T. Koyanagi, T. Katayama, F. Sato & H. Kumagai: Nat. Commun., 2, 326 (2011).

同様に,酵母においても(S)-reticulineの単純な炭素源からの発酵生産が2例報告されている(26, 27)26) W. C. DeLoache, Z. N. Russ, L. Narcross, A. M. Gonzales, V. J. J. Martin & J. E. Dueber: Nat. Chem. Biol., 11, 465 (2015).27) I. J. Trenchard, M. S. Siddiqui, K. Thodey & C. D. Smolke: Metab. Eng., 31, 74 (2015)..Dueberらのグループでは,tyrosineの生産量を増加させるために,tyrosine高生産大腸菌と同様にfbr-DAHPS(ARO4fbr)を酵母に導入している.さらに,DOPAをDOPA dioxygenaseによって蛍光化合物であるbetaxanthinに変換することで,DOPA濃度の測定が可能なバイオセンサーを構築し,tyrosine水酸化活性を有するP450酵素CYP76AD1(28, 29)28) G. J. Hatlestad, R. M. Sunnadeniya, N. A. Akhavan, A. Gonzalez, I. L. Goldman, J. M. McGrath & A. M. Lloyd: Nat. Genet., 44, 816 (2012).29) R. Sunnadeniya, A. Bean, M. Brown, N. Akhavan, G. Hatlestad, A. Gonzalez, V. V. Symonds & A. Lloyd: PLOS ONE, 11, e0149417 (2016).の効率的な機能改変を行った.構築した酵母の生産システムでは,80.6 µg/Lのreticulineを生産した(26)26) W. C. DeLoache, Z. N. Russ, L. Narcross, A. M. Gonzales, V. J. J. Martin & J. E. Dueber: Nat. Chem. Biol., 11, 465 (2015)..もう一方のSmolkeらのグループは,tyrosine水酸化反応においては,ラットのtyrosine hydroxylaseを代替酵素として用いている.しかし,大腸菌と同様に,酵母もBH4を作ることができないため,ラット由来の4つの酵素を導入することにより,酵母が作ることのできるdihydroneopterin triphosphateからのBH4生合成経路を組み込むことでtyrosine hydroxylaseを発現させている.結果として,グルコースから96時間で19.2 µg/Lの(S)-reticuline生産に成功している(27)27) I. J. Trenchard, M. S. Siddiqui, K. Thodey & C. D. Smolke: Metab. Eng., 31, 74 (2015).

さらに筆者らはreticuline生産効率の改善を目的に,生合成経路の改変を行った.これまでのシステムでは,tyrosineからDOPAへの変換にTYRを用いていたが,TYRはDOPAやdopamine,さらにはTHPのような中間生成物を酸化してしまうためにreticulineの生成率を落としていた.そこで,中間生成物の酸化を回避するために,tyrosineに対して基質特異性の高いDrosophila melanogaster由来のTHを用いた大腸菌プラットフォームを構築した(30)30) E. Matsumura, A. Nakagawa, Y. Tomabechi, S. Ikushiro, T. Sakaki, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Sci. Rep., 8, 7980 (2018)..補酵素であるBH4の生合成には,guanosine triphosphate(GTP)cyclohydrolase I(MtrA),6-pyruvoyltetrahydropterin synthase(PTPS),sepiapterin reductase(SPR)を導入した(31)31) K. Yamamoto, E. Kataoka, N. Miyamoto, K. Furukawa, K. Ohsuye & M. Yabuta: Metab. Eng., 5, 246 (2003)..14個の生合成遺伝子を4つのベクターに分けて大腸菌に導入し,新たなreticuline生産株を構築した結果,TYRを用いた生産株の約4倍,163.5 mg/Lのreticulineを生産した.

Reticulineからのモルフィナンアルカロイド生合成経路

モルフィナンアルカロイドの生合成経路は,morphineやcodeineが医薬品原料として重要であることから詳細に研究されている.生合成経路については,植物体における酵素活性などからその全経路が明らかとなっていた.(S)-reticulineまではIQAで共通の生合成経路であり,そこからさまざまなIQAグループへと経路が分岐する.モルフィナンアルカロイドにおいては,(S)-reticulineが(R)-reticulineに変換され,次にP450酵素であるsalutaridine synthase(SalS)が(R)-reticulineの2′位と10位の炭素原子を結合してモルフィナンアルカロイドの基本骨格であるsalutaridineを生成する(32)32) A. Gesell, M. Rolf, J. Ziegler, M. L. Diaz Chavez, F. C. Huang & T. M. Kutchan: J. Biol. Chem., 284, 24432 (2009)..さらに,salutaridine reductase(SalR)(33)33) J. Ziegler, S. Voigtlander, J. Schmidt, R. Kramell, O. Miersch, C. Ammer, A. Gesell & T. M. Kutchan: Plant J., 48, 177 (2006).による還元,salutaridine 7-O-acetyltransferase(SalAT)(34)34) T. Grothe, R. Lenz & T. M. Kutchan: J. Biol. Chem., 276, 30717 (2001).によるアセチル化,および自発的な脱アセチル化(35)35) R. Lenz & M. H. Zenk: J. Biol. Chem., 270, 31091 (1995).により,salutaridineからthebaineが生成される.次に,thebaine 6-O-demethylase(T6ODM)(36)36) J. M. Hagel & P. J. Facchini: Nat. Chem. Biol., 6, 273 (2010).による脱メチル化とcodeinone reductase(COR)(37)37) B. Unterlinner, R. Lenz & T. M. Kutchan: Plant J., 18, 465 (1999).による還元によりthebaineからcodeineが合成され,codeine O-demethylase(CODM)(36)36) J. M. Hagel & P. J. Facchini: Nat. Chem. Biol., 6, 273 (2010).による脱メチル化によりmorphineが合成される(図3図3■(S)-レチクリンからのモルヒネ生合成経路).

図3■(S)-レチクリンからのモルヒネ生合成経路

一方,生合成遺伝子については(S)-reticulineを(R)-reticulineに変換する酵素だけが2015年まで同定されていなかった(38~40)38) A. R. Battersby, D. M. Foulkes & R. Binks: J. Chem. Soc., 33, 3323 (1965).39) W. De-Eknamkul & M. H. Zenk: Phytochemistry, 31, 813 (1992).40) K. Hirata, C. Poeaknapo, J. Schmidt & M. H. Zenk: Phytochemistry, 65, 1039 (2004)..2015年に,(S)-reticulineを(R)-reticulineに変換する酵素遺伝子が単離された(41~43)41) S. C. Farrow, J. M. Hagel, G. A. Beaudoin, D. C. Burns & P. J. Facchini: Nat. Chem. Biol., 11, 728 (2015).42) T. Winzer, M. Kern, A. J. King, T. R. Larson, R. I. Teodor, S. L. Donninger, Y. Li, A. A. Dowle, J. Cartwright, R. Bates et al.: Science, 349, 309 (2015).43) S. Galanie, K. Thodey, I. J. Trenchard, M. Filsinger Interrante & C. D. Smolke: Science, 349, 1095 (2015)..この酵素,STORR((S)- to(R)-Reticuline)は,別々のドメインに2つの酵素活性をもつP450酵素で,前半のシトクロムP450モジュールは(S)-reticulineを1,2-dehydroreticulineに変換し,後半の酸化還元酵素モジュールは1,2-dehydroreticulineを(R)-reticulineに変換する.長らく不完全だったmorphine生合成経路が,この酵素の発見により確立され,モルフィナンアルカロイドの生合成経路の構築が可能になった.さらに,最近になって7-O-acetylsalutaridinolからthebaineへの変換が酵素的に進行することが明らかになった(44)44) X. Chen, J. M. Hagel, L. Chang, J. E. Tucker, S. A. Shiigi, Y. Yelpaala, H. Y. Chen, R. Estrada, J. Colbeck, M. Enquist-Newman et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 738 (2018)..Thebaineへの自発的な脱アセチル化は,pH 8~9においてのみ効率的に進行するため(38)38) A. R. Battersby, D. M. Foulkes & R. Binks: J. Chem. Soc., 33, 3323 (1965).,モルフィナンアルカロイド合成の律速となっていた.単離されたthebaine synthase(THS)を代謝経路に用いることで,thebaine生産が向上することがすでに明らかとなっている(44)44) X. Chen, J. M. Hagel, L. Chang, J. E. Tucker, S. A. Shiigi, Y. Yelpaala, H. Y. Chen, R. Estrada, J. Colbeck, M. Enquist-Newman et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 738 (2018)..さらに,新たに同定されたneopinone isomerase(NISO)により,neopinoneとneomorphinoneがそれぞれcodeinoneとmorphinoneに変換する反応が酵素的に進行し,自発的ではないことも明らかとなった(45)45) M. Dastmalchi, X. Chen, J. M. Hagel, L. Chang, R. Chen, S. Ramasamy, S. Yeaman & P. J. Facchini: Nat. Chem. Biol., 15, 384 (2019).図3図3■(S)-レチクリンからのモルヒネ生合成経路).最近,ケシのゲノム配列が解読されたことにより(46)46) L. Guo, T. Winzer, X. Yang, Y. Li, Z. Ning, Z. He, R. Teodor, Y. Lu, T. A. Bowser, I. A. Graham et al.: Science, 362, 343 (2018).,完全な代謝経路の解明による生合成研究のさらなる進展が期待できる.

微生物によるオピオイド発酵生産

2015年に,Smolkeらのグループは,ゲノム情報やオミクスデータを利用することで未同定だったSTORRを同定し,さらに酵母で効率的に発現することが知られていたP450酵素,Cheilanthifoline synthaseのアミノ末端を利用することでSalSの効率的な発現に成功し,酵母を用いたグルコースからのオピオイド生産について報告した(43)43) S. Galanie, K. Thodey, I. J. Trenchard, M. Filsinger Interrante & C. D. Smolke: Science, 349, 1095 (2015)..グルコースから6.4 µg/Lのthebaine,さらにT6ODM, morphinone reductase(MorB)を用いることにより0.3 µg/Lのhydrocodoneの生産に成功した.STORRのように,今後,生合成経路が明らかではない二次代謝産物に対して,バイオインフォマティクスは強力なツールになると考えられる.

Smolkeらのグループと同時期に,筆者らも大腸菌を用いたthebaine,hydrocodone生産系を構築した(47)47) A. Nakagawa, E. Matsumura, T. Koyanagi, T. Katayama, N. Kawano, K. Yoshimatsu, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Nat. Commun., 7, 10390 (2016).図4図4■大腸菌におけるテバイン発酵生産47)).当時,STORRが同定されていなかったため,dopamineと芳香族アルデヒドとのカップリング反応を触媒し,S体の反応産物を産生するNCSを用いず,メチル基転移酵素の副反応を利用することで(R)-reticulineの生成を行った.通常,6OMT, CNMT, 4′OMTの3つのメチル基転移酵素を利用するとS体のreticulineのみが生成されるが,筆者らは4′OMTが6OMT活性を有しており,CNMTと4′OMTのみを用いるとS体だけでなくR体のreticulineも生成されることを見いだし,(R)-reticulineの生成に成功した.

図4■大腸菌におけるテバイン発酵生産47)

SalSは大腸菌では発現が難しいとされているP450酵素であり,全長のP450遺伝子を大腸菌に導入しても発現しないことが多い.しかし,SalSのN末端に位置する膜貫通ドメインを削除したSalS(SalSNcut)を大腸菌に導入したところ,およそ80%の(R)-reticulineをsalutaridineに転換することができ,機能的なSalSの発現に成功した.

残りの生合成酵素,SalRとSalATを用いてthebaine生合成経路の構築を行った結果,大量の(R,S)-THPの存在下では(R)-reticulineの生成が見られないことが明らかとなり,S体基質がR体生成を拮抗的に阻害することが推察できた.よって,thebaineの生産には(R,S)-THP量を抑える必要があり,筆者らは(R,S)-THP生産菌と(R,S)-THPからthebaineを生産する菌に分け,段階的な培養によって生産を行うことにした.さらに,(R,S)-THPはカテコール環を2つもっており,当時,tyrosineの水酸化に用いたTYRが(R,S)-THPを酸化してしまい,1菌体で(R,S)-THPを生産することは難しかった.そこで,(R,S)-THP生産菌をさらにdopamine生産菌とdopamineから(R,S)-THPを生産する菌に分けることで,およそ287 mg/Lの(R,S)-THP生産に成功した(48)48) A. Nakagawa, C. Matsuzaki, E. Matsumura, T. Koyanagi, T. Katayama, K. Yamamoto, F. Sato, H. Kumagai & H. Minami: Sci. Rep., 4, 6695 (2014)..しかしながら,dopamine生産菌,dopamineから(R,S)-THPを生産する菌,(R,S)-THPからのthebaine生産菌の3菌体を段階的に培養しても,thebaineはほとんど生産されなかった.条件検討の結果,(R,S)-THPからthebaineを生産する菌を,(R)-reticuline生産菌と(R)-reticulineからthebaineを生産する菌に分けることで,thebaineを作ることが明らかとなった.結果として,4菌体を段階的に培養することで,グリセロールから2.1 mg/Lのthebaineの生産に成功した.また,酵母の系と同様に,大腸菌でもT6ODM, MorBを導入することで0.36 mg/Lのhydrocodoneの生産に成功している.

高等植物の酵素遺伝子の発現には大腸菌よりも酵母の方が適していると考えられているが,単純にthebaineの生産量のみを比較すると大腸菌の方が酵母に比べ300倍以上も高い結果となった.一方で,酵母では1菌体でオピオイドを生産することに成功しているが,大腸菌では4菌体を段階的に培養する必要があり,工程が煩雑になることから実用生産には不向きである.酵母では,tyrosineやdopamine生産量の低さ,(R)-reticuline以降の酵素活性の低さが課題となっている.酵母のtyrosine生産は年々改善されており,tyrosine産生酵母の詳細な分析が実施され,最大192 mMの細胞内tyrosine濃度が達成されている(49)49) N. D. Gold, C. M. Gowen, F. X. Lussier, S. C. Cautha, R. Mahadevan & V. J. J. Martin: Microb. Cell Fact., 14, 73 (2015)..この改変酵母を用いることで,生産性の向上が期待できる.一方,大腸菌では段階的培養の原因であるSTORRによる(R)-reticulineの効率的な生成が課題であり,今後タンパク質工学的なアプローチ等で解決できる可能性がある.そうすれば,高いdopamine生産能を活かし,実用化に向けて一気に研究が進むものと考えられる.Thebaineを基質として,hydrocodoneをはじめ,oxycodone,dihydrocodeinoneなど,さまざまなオピオイド系鎮痛剤が微生物で生産できることが既に示されており(50)50) K. Thodey, S. Galanie & C. D. Smolke: Nat. Chem. Biol., 10, 837 (2014).,thebaineが実用生産レベルまで作られるようになれば,安価なオピオイド系鎮痛剤の供給が可能になるものと考えられる.

新規アルカロイドの生産と生理活性評価

筆者らは,植物アルカロイドの効率的な生産だけでなく,構築した微生物プラットフォームにさまざまな生合成遺伝子を導入することで,新規化合物を生産することも目的としている.そこで,reticuline生産システムに対して,側鎖修飾による新規アルカロイド生産を検討した.具体的には,ヒト由来硫酸転移酵素(SULT1A1, 1A3, 1B1, 1E1, 2A1)に対して,reticulineを反応させた結果,SULT1A1, 1A3, 1E1において硫酸抱合体が合成された.そこで,reticulineに対して活性を有していた硫酸転移酵素をreticuline生産システムに導入することで,微生物発酵法による新規アルカロイド生産を行った(30)30) E. Matsumura, A. Nakagawa, Y. Tomabechi, S. Ikushiro, T. Sakaki, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Sci. Rep., 8, 7980 (2018)..SULT1E1をreticuline生産株に導入した菌株において,グルコースを原料として3′位に硫酸基が付加したreticuline 3′-O-sulphateを生産できた(90.9 mg/L).また,SULT1A3に対しても,reticuline生産株とSULT1A3発現株を段階的に培養することで,グルコースを原料として7位に硫酸基が付加したreticuline 7-O-sulphateを生産できた(55.8 mg/L)(図5図5■硫酸転移酵素による(S)-Reticuline O-sulphate生産30)).

図5■硫酸転移酵素による(S)-Reticuline O-sulphate生産30)

さらに,各々の新規化合物の有効性を明らかにするために,reticuline,reticuline 3′-O-sulphate, reticuline 7-O-sulphateに対して,ヒト由来の初代培養細胞の疾患モデルを用いて薬効反応を予測した(BioMAP)(30)30) E. Matsumura, A. Nakagawa, Y. Tomabechi, S. Ikushiro, T. Sakaki, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Sci. Rep., 8, 7980 (2018)..BioMAPは,既知の各種薬剤をヒト初代培養細胞に投入した場合の細胞の応答プロファイルをデータとして集積したものであり,その応答パターンがどの既知の薬剤のプロファイルに似ているかを照合することによって,生理活性未知の新規化合物にどのような薬剤能が期待できるか推測するものである.その結果,reticuline 3′-O-sulphateは,非ステロイド性抗炎症薬カルプロフェン様の働きがあることが予測されたことから,抗炎症薬としての候補となりうることが考えられた.一方,reticuline 7-O-sulphateは,アルツハイマー病薬であるセマガセスタットと似た働きがあることから,アルツハイマー病薬としての働きが期待された.また,(S)-reticulineには,血圧降下薬アムロジピンと似たような働きがあることが推測された.これまでに,(S)-reticulineにはカルシウム輸送阻害効果が報告されており,抗高血圧にはカルシウム輸送阻害が効果的であることから,BioMAPの推測結果と一致している.単純に硫酸基を付加することで,アルカロイドの生理活性を変えることが可能であった.すなわち,単純な側鎖修飾を行うだけで薬効の異なる化合物の生成が可能であり,生産プラットフォームにさまざまな官能基転移酵素を導入することで,IQAを中心とした創薬研究が可能となる.

おわりに

二次代謝産物の微生物発酵生産は世界的に注目されているが,アルカロイドに関してはいまだに実用生産システムは確立されていない.アルカロイドの生合成経路はアミノ酸から10~20段階に及ぶため,従来の遺伝子工学の手法では生合成経路を最適化することは難しく,実用化のレベルにまで生産効率を上げることは容易ではない.そのため,最近では合成生物学的手法を利用した試みが盛んに行われている.筆者らも,情報解析分野の研究者と連携し,バイオインフォマティクス技術によりボトルネックとなる代謝経路をショートカットするとともに生産性向上に寄与する新規の代謝経路を設計することで,THPの生産性を2倍以上向上させることに成功している(51)51) C. J. Vavricka, T. Yoshida, Y. Kuriya, S. Takahashi, T. Ogawa, F. Ono, K. Agari, H. Kiyota, J. Li, J. Ishii et al.: Nat. Commun., 10, 2015 (2019)..これらの技術を利用することで,アルカロイド実用生産システムの構築が近い将来可能になるものと考えられる.アルカロイドの微生物発酵への取り組みによって,複数の生物種の酵素を用いて天然には存在しない生合成経路を構築し,多段階の反応を必要とする化合物の発酵生産が可能であることを示した.これは,アルカロイドだけでなく,複雑な反応を必要とするほかの化合物の生産にも応用できる基盤技術であり,微生物発酵における新たな展開をもたらすものである.

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