解説

エピジェネティクスを基盤とした代謝プログラミングの牛肉生産への応用のポテンシャル医療だけでなく,食料生産にも応用できるエピジェネティック機構!

Potential of Metabolic Programming Based on Epigenetics for Beef Production: We Could Apply Epigenetics Not Only to Medical Field but Also Animal and Meat Production

Takafumi Gotoh

後藤 貴文

国立大学法人鹿児島大学農水産獣医学域農学系食肉科学教育研究分野

国立大学法人九州大学客員教授

Published: 2020-05-01

和牛飼養システムに,エピジェネティクスを応用する.初期栄養による代謝プログラミングにより,輸入の穀物飼料に過度に依存しない,国土の植物資源を活用した新しい美味な和牛肉の生産システムを構築する.

はじめに:わが国の牛肉生産における問題点など背景について

牛肉は,美味で世界の多くの国々で親しまれる食肉である.世界には,アンガス種,ヘレフォード種,シャロレイ種などを代表として多くの牛の品種が飼養されている.わが国では,和牛が飼養されるが,なかでも黒毛和牛は,骨格筋の中に大理石のような細かな脂肪を沈着させ,美しく,そして美味な牛肉,いわゆる霜降り肉を生産する牛として,世界でも注目される品種である.このように黒毛和牛は,世界に類をみない脂肪蓄積能力をもつユニークな品種である.筆者の研究グループでは,これまでの黒毛和種に関する研究により,その脂肪交雑能力の高さ(1)1) T. Gotoh, E. Albrecht, F. Teuscher, K. Kawabata, K. Sakashita, H. Iwamoto & J. Wegner: Meat Sci., 82, 300 (2009).,骨格筋の組織化学的特徴(2)2) T. Gotoh: Anim. Sci. J., 74, 339 (2003).を確認し,黒毛和牛のユニークな産肉能力を報告してきた(図1図1■黒毛和牛去勢雄の27カ月齢で出荷された牛肉の写真(A, B)と組織図(C: HE染色,D: アザン染色)Cの黒い矢印は,脂肪組織を示し,白い矢印は筋線維を示す).

図1■黒毛和牛去勢雄の27カ月齢で出荷された牛肉の写真(A, B)と組織図(C: HE染色,D: アザン染色)Cの黒い矢印は,脂肪組織を示し,白い矢印は筋線維を示す

その生産には,子牛を生産する繁殖農家と,その子牛を購入して肥育する肥育農家に分かれており,妊娠期間(約10カ月間)を入れると,1頭の和牛を生産するために約40カ月の時間を要する(図2図2■黒毛和牛生産の概要図).和牛を生産するために1頭当たりかなりの穀物飼料(1頭当たり4~5.5トン)を給与する必要があるが,その穀物飼料の90%以上を海外から輸入している.近年では,粗飼料(牧草の乾燥したものなど)も安定に供給できるということで,輸入に依存する割合が多くなっている.肥育牛の価格は肉質がよいもの(A-5)で140~150万円と,かなり高価な取引となるが,子牛の価格が現在約80万円と高騰しており,輸入飼料の高騰と相まって,肥育農家の経営は苦しい情況である.和牛生産において,近年,輸入飼料,特に輸入穀物飼料に過度に依存している日本の飼養システムはBSE(牛海綿状脳症)などの発生に見られる食の安全性や口蹄疫などの侵入に見られる伝染病感染に関する問題,集約的経営形態から排出される大量の糞尿処理問題,それにかかわる環境問題,集約的な飼養形態における家畜福祉への課題などの多くの問題を抱えている.経営的にも輸入穀物飼料の価格高騰,国内における子牛価格の高騰により,和牛の肥育農家は苦しい経営を迫られている.

図2■黒毛和牛生産の概要図

一方,ウシという動物を機能的に見てみると,ウシは本来,家畜としてヒトが消化できない植物中の粗い繊維質(繊維性の高い通常の動物では消化できない植物多糖資源)を,第一胃(ルーメン)の中に共生している微生物の力を借りて消化し,ルーメン発酵からエネルギーを産生して,タンパク質源としての食肉や乳を生産し,それをヒトに供給するという重要な物資循環機能を担った反芻家畜(草食動物)である.過去には,働き手の役牛としても活躍してきた.ルーメンという胃の容積は成体で150リットル以上にもなり,内臓の80%を占める.言い換えるとウシは,セルロースなどから,牛肉やミルクといったタンパク質栄養源を生産する大型のコンバーター的アニマルと言える.筆者らは,このユニークな産肉能力を輸入濃厚飼料に過度に依存した飼養システムで発揮させるのではなく,新しい生物科学的コンセプトを導入し,融合させ革新し,現在の牛肉生産の問題点を解決したいと考えた.可能であれば,できる限り,本来の草食獣の飼養形態を基盤とする,すなわち,牧草など,植物資源(粗飼料)給与を基盤とした肥育システムへ,シフトしたいと考えて研究を進めている.

しかしながら,脂肪蓄積能力の高い黒毛和種においても濃厚飼料を使用せずに,粗飼料のみで肥育あるいは,放牧飼養した場合,そこで生産される牛肉の量および質は,かなり低くなる(3)3) K. Sithyphone, M. Yabe, H. Horita, K. Hayashi, T. Fumita, Y. Shiotsuka, T. Etoh, F. Ebara & T. Gotoh: Anim. Sci. J., 82, 352 (2011)..粗飼料で肥育した場合の乏しい肉量と肉質という問題を,いかに解決するかが問題となる.ウシの栄養摂取機構では,ルーメン(草食獣の特殊な大型の胃)での微生物による草中の繊維性植物多糖の分解に相当の時間を要してしまう.すなわち,草食獣であるウシを草で生産するのは,本来の姿であるが,ビジネスが成立する一定の期間で出荷するには肉量と肉質に乏しく,現マーケットに耐えうる肉量と肉質のレベルを一定期間内にクリアするための戦略が必要となる.

近年,生物科学,特に医学分野では胎児期や生後の初期成長期に受けた栄養刺激により,その後の動物体の代謝システム,体質および形態,特に最近の研究では,特に肝臓,骨格筋および脂肪組織の代謝に多大な影響を及ぼすことが明らかになりつつある.すなわち,後に示す胎児期の極端な貧栄養,あるいは富栄養,また栄養のバランス(素栄養成分,微量栄養素などのバランスや,個々の栄養成分の多少)により,そして哺乳期の栄養も同様の違いにより,結果として表現型が異なるということである.近年,実験動物を用いた研究が医学分野で進められている.これはDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease:成長過程の栄養状態や環境因子の作用に起因する疾患の発生)という概念として医学分野で捉えられ(4)4) P. D. Gluckman & M. A. Hanson: Science, 305, 1733 (2004).,エピジェネティクス研究分野と関連して代謝プログラミングあるいは代謝インプリンティングとも呼ばれる(5, 6)5) R. A. Waterland & C. Garza: Am. J. Clin. Nutr., 69, 179 (1999).6) R. A. Waterland: Nutritional epigenetics. In ‘Present Knowledge in Nutrition, Tenth edition’ (ed. by Erdman Jr. JW, Macdonald IA, Zeisel SH) (International Life Sciences Institute, publishd by John Wiley & Sons, Inc.), (2012).(Waterland & Gorza, 1999; Waterland, 2012).筆者らは,これまでの和牛,特に黒毛和種に関する研究により脂肪交雑の高さ,骨格筋の組織化学的特徴を確認しており,黒毛和種のユニークな能力を示してきた(1, 2)1) T. Gotoh, E. Albrecht, F. Teuscher, K. Kawabata, K. Sakashita, H. Iwamoto & J. Wegner: Meat Sci., 82, 300 (2009).2) T. Gotoh: Anim. Sci. J., 74, 339 (2003)..現在,輸入濃厚飼料に過度に依存した黒毛和種の飼養システムを新しい生物科学的コンセプトを導入して革新し,現在の牛肉生産の問題点を解決したいと考えている.そのために,黒毛和種の飼養を,輸入穀物飼料多給ではなく,本来の草食獣の飼養形態を基盤として,代謝プログラミングを組み合わせることで,粗飼料(牧草など,植物資源)を基盤とした肥育システムへシフトしたいと考えている(図3図3■代謝プログラミングの牛肉生産への応用の概念図).本稿では,代謝プログラミングに関する研究の背景と筆者らの取り組みを紹介しながら,新しい牛肉生産システムの可能性を論じたい.

図3■代謝プログラミングの牛肉生産への応用の概念図

エピジェネティクスを基盤とした代謝プログラミングという概念

この概念の基盤となる“エピジェネティクス”という語は,Conrad Waddington博士によって名づけられた(5)5) R. A. Waterland & C. Garza: Am. J. Clin. Nutr., 69, 179 (1999)..われわれ動物生産の分野において興味深いのは,エピジェネティクスは,DNA配列の変化を伴うものではなく,DNA修飾にかかわる変化であることである.食肉となる動物の遺伝子改変などを実施した場合,安全性の担保の証拠を集める研究には時間を要し,消費者に受け入れられるのが難しい.エピジェネティクス修飾には,おもに3つのパターンがある.一つはDNAメチル化,ヒストン修飾,およびnoncoding microRNA修飾などである(7~9)7) R. A. Waterland, R. Kellermayer, M.-T. Rached, N. Tatevian, M. V. Gomes, J. Zhang, L. Zhang, A. Chakravarty, W. Zhu, E. Laritsky et al.: Hum. Mol. Genet., 18, 3026 (2009).8) R. B. Canani, M. D. Costanz, L. Leone, G. Bedogni & P. Brambilla: Nutr. Res. Rev., 24, 198 (2011).9) R. N. Funston & A. F. Summers: Annu. Rev. Anim. Biosci., 1, 339 (2013)..これらのなかで特にDNAメチル化およびヒストン修飾は,栄養環境により影響を強く受ける.したがって,この修飾機構を栄養刺激により制御できれば,ポジティブに動物生産技術として応用できる可能性がある.家畜の飼養を考えるとき,遺伝子改変などではなく,栄養での代謝プログラミングによる代謝制御は,技術として有効となる.

代謝プログラミングには時期という点から,大きく胎児期プログラミングと新生時期プログラミングにわけられる.畜産における食肉生産という観点から胎仔期における骨格筋の形成を考えるとき,胎仔期の栄養は,まず優先的に重要な器官,たとえば,脳,心臓,肝臓などの主要器官の形成に用いられ,骨格筋の優先度は低くなる(10, 11)10) D. E. Bauman, J. H. Eiseman & W. B. Currie: Fed. Proc., 41, 2538 (1982).11) W. H. Close & J. F. Pettigrew: J. Reprod. Fertil., 40, 83 (1990)..そのため,骨格筋に対する栄養シグナルが減少すると,Wnt(Wingless and Int)シグナルに作用しβカテニンを介し,筋細胞の分化が抑えられ,逆に脂肪細胞の分化抑制レベルも低減する(12, 13)12) M. Du, J. Tong, J. Zhao, K. R. Underwood, M. Zhu, S. P. Ford & P. W. Nathanielsz: J. Anim. Sci., 88 (Suppl.), E51 (2010a).13) J. Novakofski: J. Anim. Sci., 82, 905 (2004)..一方,逆に母畜の過剰な栄養摂取,あるいは母畜の肥満は,炎症という現象により,NFKB(nuclear factor-kB)およびJNK(c-Jun N-terminal kinase)シグナルを介して,筋細胞分化を抑制し,脂肪細胞分化を亢進する(14)14) M. Du, X. Yan, J. F. Tong, J. X. Zhao & M. J. Zhu: Biol. Reprod., 82, 4 (2010b)..すなわち,母体からの栄養シグナルが減少しても,逆に過剰な栄養摂取時のどちらにおいても,胎児における筋細胞分化の抑制と脂肪細胞の分化亢進が起こる可能性が示されている.

筆者らの研究グループの実験において,和牛における妊娠後期の栄養制限により,その仔牛は,栄養要求量100%の母畜から生まれた仔牛に比較して,胸最長筋内の脂肪形成に関連した遺伝子発現が有意に高く変化することを確認している.今後追試が必要であるが,和牛における胎児期の代謝プログラミングの可能性が示唆されている.

しかしながら,今後,この代謝プログラミングというコンセプトを,畜産分野,特に和牛肉生産の現場において,積極的に応用していく場合,実験的には可能であるが,現場において体重に個体差の大きな妊娠母畜を,大きな牛群で,妊娠期のステージごとに個体管理して,栄養を詳細に制御していくことは,現在のところ畜産の現場では物理的に難しいと実感している.また,母畜への飼料給与を変化させても,胎盤による子宮内ホメオスタシスを考慮すると,ますます胎児の栄養制御が難しく思われる.アメリカ北部のような広大な放牧地をもった国で放牧飼養の母牛を栄養コントロールする場合でも牛群に補助飼料を給与することは可能であるが,妊娠期のステージを詳細に同期化させる難しさや気象の違いなど,あるいは時に,干ばつなどの発生もあり,自然環境の変化も考慮せねばならず課題が多く,応用が難しいのが現状である(12, 15)12) M. Du, J. Tong, J. Zhao, K. R. Underwood, M. Zhu, S. P. Ford & P. W. Nathanielsz: J. Anim. Sci., 88 (Suppl.), E51 (2010a).15) D. L. Robinson, L. M. Café & P. L. Greenwood: J. Anim. Sci., 91, 1428 (2013)..克服すべき課題が多い.

和牛を穀物主体ではなく,牧草のみで肥育した場合の哺乳期・育成期の代謝プログラミング効果

離乳期まで(ウシでは,6~8カ月齢)のみ栄養を変化させてその後は,草資源(粗飼料)のみの実験を行って見た.脂肪蓄積能力の高い黒毛和牛の去勢牛と通常乳牛の雄去勢牛で実験を行った.両実験とも同様の設定で,処理区は3カ月齢から10カ月齢まで高栄養にして,対照区は,草資源で飼養し,その後は両区とも同質の草資源(粗飼料,乾草)のみで26カ月齢まで肥育し屠畜した(図4図4■黒毛和種(上段)とホルスタイン種(下段)去勢雄牛における代謝プログラミングの処理区と対照区の試験牛の出荷時の比較).この実験を黒毛和牛とホルスタイン種で実施した(16)16) T. Gotoh: Anim. Prod. Sci., 55, 145 (2015)..両品種とも体重とロース芯(胸最長筋)の脂肪含量について有意な差異が認められた.また黒毛和種においては,メチル化感受性制限酵素を用いたDNAメチル化動態の調査において,脂肪細胞の分化のマスタージーンのPPARγのエクソンで,その動態が異なることが,観察されている(未発表データ).

図4■黒毛和種(上段)とホルスタイン種(下段)去勢雄牛における代謝プログラミングの処理区と対照区の試験牛の出荷時の比較

右側の処理区の牛が代謝プログラミング牛.3~10カ月齢のみ右側の牛は高栄養にしたのみで,11~26カ月齢までは,同質の草資源(粗飼料)のみで肥育された.体重と胸最長筋(ロース芯)内脂肪含有割合において両区間で有意な差異が認められた(p<0.05).

筆者の研究室では,成分の異なる代用乳を用いて,仔牛の成長や増体にどのように影響するかを検討した(17)17) T. Gotoh, H. Terao, K. Etoh, S. Khounsaknalath, K. Saito, K. Sakuma, T. Abe, T. Etoh, Y. Shiotsuka, A. Saito et al.: The proceedings of the XVIth AAAP animal science congress, 110 (2014)..生後4日から90日齢まで異なる質と量の代用乳を,哺乳ロボットを用いて黒毛和種仔牛に哺乳したところ,摂取タンパク質量と日増体量(Dairy gain; DG),体高,体長,血中IGF-IおよびBAP濃度との間に正の有意な相関関係が認められ(p<0.01),摂取脂肪の量は,DG,胸囲および血中グルコース濃度との間に正の有意な相関が認められた(p<0.01).一方,摂取炭水化物量は,DG,体高との間に有意な正の相関関係が認められた(p<0.01).以上のように代用乳の質と量は,著しく仔牛の増体と生理に影響を与えることが明らかとなっている.

次に,黒毛和種における初期成長期の代謝プログラミングの効果を調べるために哺乳期も考慮し,高タンパクおよび高脂肪の代用乳(crude protein 26%,crude fat 25.5%)を多給し,その後4カ月齢から10カ月齢まで濃厚飼料により高栄養を給与し,その後は,放牧あるいは粗飼料で31カ月齢まで肥育する処理区を設定した(n=12)(独立行政法人 家畜改良センターとの共同研究).対照区として,同様の代用乳を通常哺乳(1日最大600 g)にした牛群を設定し,離乳後の4カ月齢以降は,粗飼料のみで同様に31カ月齢まで肥育し(n=11),処理区と比較検討した.体重に関して,離乳時3カ月齢時は対照区で約103 kg,処理区で約126 kgとなり,10カ月齢時には,対照区で約205 kg,処理区で約370 kgとなり,3および10カ月齢時とも有意に処理区で大きくなった(それぞれともにp<0.01).黒毛和種仔牛に高タンパク質および高脂肪の代用乳を多給することで,増体は,和牛の飼養標準に示された最大限値に近い増体パフォーマンスを示した.

この実験には半兄弟の牛群を用いた.屠畜時の31カ月齢時には処理区で体重は約580 kg,胸最長筋内(ロース芯)の脂肪は13.2%を示し,対照区で体重約530 kg(図5図5■哺乳期の代用乳と育成期の栄養による代謝プログラミング実験),胸最長筋内の脂肪は9.4%となり,処理区で体重および筋内脂肪割合は有意に高かった(それぞれともにP<0.05,図5図5■哺乳期の代用乳と育成期の栄養による代謝プログラミング実験).その差異は体重で1.1倍,筋内脂肪割合で1.4倍の差異であった.このことは,初期成長期の栄養環境の違い,すなわち哺乳期の高タンパク質と高脂肪の代用乳の多給と育成期の高蛋タンパク質飼料の多給による代謝プログラミング効果,特に哺乳期の栄養環境の効果が,その後ウシ本来の同様の質の粗飼料(牧草)で肥育した場合に,産肉性を明らかに高めることを示した(図5図5■哺乳期の代用乳と育成期の栄養による代謝プログラミング実験).

図5■哺乳期の代用乳と育成期の栄養による代謝プログラミング実験

処理区:代謝プログラミング牛,生後3カ月齢まで高タンパク質,高脂肪の代用乳を多給され,その後10カ月齢まで高タンパク質育成飼料多給で高栄養で飼養された.その後は,31カ月齢まで草資源(粗飼料)のみで肥育された.対照区:生後3カ月齢まで通常哺乳され,4カ月齢から31カ月齢まで草資源(粗飼料)のみで飼養・肥育された.体重と胸最長筋(ロース芯)内脂肪含有割合において両区間で有意な差異が認められた(p<0.05).

また両区の枝肉について解体調査したところ,処理区で骨格筋59%,脂肪23%および骨16%,一方,対照区で骨格筋61%,脂肪20%および骨17%となった.枝肉中の脂肪割合(枝肉中の皮下脂肪,内臓脂肪,筋間脂肪などの割合)は同様であった.すなわち枝肉中の廃棄脂肪は,哺乳期および育成期の代謝プログラミングした牛群と,全く粗飼料で飼養した牛群と同様であったが,筋内脂肪割合は代謝プログラミングした牛群で高くなるという結果が得られた.つまり無駄な脂肪蓄積は少ないが,骨格筋内の脂肪交雑度(肉質)は向上する傾向がある.バイオプシーにより胸最長筋の微量サンプルを成長に伴い採取し,脂肪形成に関連した遺伝子群の動態を調査したところ,PPARγ, PPARγ2, CEBPα(CCA AT/enhancer binding protein alpha),Leptin, FABP4(fatty acid binding protein 4),IGFBP4(insulin-like growth factor binding protein 4)およびPRMT5(protein arginine methyltransferase 5)の発現について,10カ月齢までの高栄養処理の時期に処理区で対照区よりも有意に高く,その後いったん発現が低下し,両区間の差異は消失するが,30カ月齢時に再び処理区で対照区よりも有意に高くなった.今後,DNAメチル化動態などの調査を要するが,30カ月齢時において,胸最長筋内の脂肪含量が有意に高い結果を裏付けるデータが出ており,それらは,代謝プログラミング効果の可能性が示唆されている(現在投稿準備中データ).一方,FASN(fatty acid synthesis)とSCD(stearoyl-CoA desaturase)では,10カ月齢時には処理区で対照区よりも有意に高い発現を示したが,20および30カ月齢時には,処理区で対照区よりも有意に低い値を示した.給与飼料が,10カ月齢までの穀物飼料では豊富に含まれていたスターチと脂肪分が,粗飼料主体になったことにより減少しために,脂肪酸合成と脂肪酸の不飽和化の減少を導き,FASNとSCDの発現の低下に結びついたのではないかと考察している.

本実験の動物群に関して,肉質に関する調査も行った.代謝プログラミングした処理区のロース芯(胸最長筋)における理化学特性,脂肪酸構成(18)18) T. Gotoh, K. Etoh, K. Saitoh, H. Sakuma, K. Sakuma, S. Kaneda, T. Abe, T. Etoh, Y. Shiotsuka, K. Matsuda et al.: The proceedings of the 7th world congress on developmental origins of health and disease (2011).,アミノ酸構成,うま味成分を含む核酸関連物質,およびビタミンEについて,一貫して牧草のみで飼養した対照区牛群と比較した.成分に関して詳細に見ると代謝プログラミング処理の有無の違いのみで,その後,同様の粗飼料により肥育された処理区と対照区のロース芯を比較すると,処理区の牛群で筋内脂肪割合が高くなり,脂肪酸構成においてオレイン酸とリノール酸の割合が高くなり,アミノ酸構成においてアラニンとカルノシンの割合が低くなった.また,処理区のロース芯で対照区よりも,(筋内脂肪含有量の影響と思われるが)ビタミンEが有意に多かった(p<0.01).総コラーゲン量および剪断力価(かたさ)について処理区間で差異は示さなかった.上述の経時的に採取したバイオプシーサンプルを用いて骨格筋の酵素組織科学的な調査を行ったところ,IIA型(中間型)およびIIB型筋線維(いわゆる速筋線維)のサイズが屠畜直前の30カ月齢時に処理区で有意に大きかった(それぞれp<0.05, p<0.01).組織化学的な脂肪細胞のサイズの調査において,一貫して処理区が対照区よりも有意に大きかった(投稿準備中データ).

そのほか,シミュレーションによる解析で,牛肉生産におけるCO2の排出が一般肥育牛群に比較して,粗飼料で肥育した牛群で30%以上軽減されることも示された(3)3) K. Sithyphone, M. Yabe, H. Horita, K. Hayashi, T. Fumita, Y. Shiotsuka, T. Etoh, F. Ebara & T. Gotoh: Anim. Sci. J., 82, 352 (2011)..味に関して,トレーニングを受けた官能評価者へのテストではないが,東京在住のプロフェッショナルのシェフに調理していただいた粗飼料で肥育された牛群のローストビーフによる試食試験でも,味に関して,代謝プログラミング後に粗飼料のみで肥育した牛群と生後から粗飼料のみで一貫して肥育された牛群の牛肉を用いて,比較検討した.一貫して粗飼料のみで肥育された牛群の牛では,約20%が“おいしくない”,約60%が“十分に食べることができる”であったが,20%弱の方からのみ““非常においしい”という評価を得たが,代謝プログラミング後に粗飼料のみで肥育された牛群の牛肉では,5%以下の方から“おいしくない”と評価されたが,45%が“十分に食べることができる”,50%の方から“非常においしい”という評価を得た(33) K. Sithyphone, M. Yabe, H. Horita, K. Hayashi, T. Fumita, Y. Shiotsuka, T. Etoh, F. Ebara & T. Gotoh: Anim. Sci. J., 82, 352 (2011).).このことは,代謝プログラミング処理により粗飼料肥育でも,肉質をかなり良好にすることができることを示している.

以上,黒毛和種における哺乳期の高タンパク質と高脂肪の代用乳の多給と育成期の高タンパク質飼料の多給による代謝プログラミングは,最終的な肉量と肉質および生産のシステムにおける環境負荷にも強く影響することが明らかとなった.今後さらに研究を進めて,可能な限り,本来の草食獣の飼養形態を基盤とする,すなわち,牧草等,植物資源(粗飼料)給与を基盤とした肥育システムへ,シフトしたい.

おわりに

現在,和牛の価格は高く,多くの国民が食しているのは,輸入の赤身肉である.輸入肉の卸価格を押し並べると700円/kg程度であり,約50万トンの程度の牛肉を輸入しているので,これだけでも3,500億円以上のお金が海外の農家に支払われていることになる.先端科学を基盤として,新しい持続的牛肉生産システムを構築し,山地,限界集落や荒廃した農地の植物資源を活用し,国土の環境を保全しながら,このマーケットの一部でも日本に戻したいと思う.

近年,胎児期や新生仔期の栄養環境とエピジェネティクスについて,マウスやラットの実験動物において,多くの研究が行われている.それらは,胎児期の栄養環境と栄養の質が,生産された子畜の基盤的な体質に著しい影響を与えることを示唆している.一部,家畜においてのデータも報告されているが,真に代謝プログラミングを動物生産に活かそうという研究は依然として少ない.畜産分野でこのメカニズムをポジティブに活用することができれば,これまでにない革新的な家畜飼養システムの構築が可能となる.何よりも,初期成長期の家畜の健全な育成,すなわち骨格形成,免疫の向上,健全な消化管発達,体質制御などは,どのような肉質が求められる時代においても,家畜生産において普遍的な重要性を有している.また,将来的に飼養者の望む肉量や肉質を制御するための,胎児期および新生仔期の栄養によるエピジェネティクス・デザインが可能となれば,家畜飼養はますます有意義になるだろう.

Acknowledgments

本研究は,文部科学省 科学研究補助金 基盤研究(B)「次世代型ウシ飼養システムの創造:初期成長期の代謝インプリンティング機構の解明(課題番号:20380150)」および「代謝プログラミングによるウシ産肉制御システム構築:胎児期と新生時期の代謝制御機構(課題番号:25292162)」およびキヤノン財団(R15-0089)の助成によって遂行されました.深謝いたします.また,本研究はおもに筆者が,九州大学農学部附属農場高原農業実験実習場に在職時に実施したものであり,当時の関係者に深謝する.さらには共同研究を実施していただいた独立行政法人家畜改良センターの当時の関係者の皆様にもご協力,ご支援ならびにご助言をいただいた.ここに心より深謝する.

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