解説

情報伝達・体内動態・糖鎖修飾の観点から生理活性ペプチドの機能を探る多角的アプローチが拓く新たな地平

Functional Analyses of Biologically Active Peptides with Regard to Signal Transductions, Endogenous Dynamics, and Glycosylations: Multilateral Approaches to Open Up New Horizons

Chiaki Nagai-Okatani

岡谷(永井) 千晶

産業技術総合研究所細胞分子工学研究部門

Published: 2020-05-01

ホルモンや神経伝達物質などの生理活性ペプチドは,生体内の情報伝達を担う最重要生体分子群の一つである.内在性の生理活性ペプチドは,不活性型の前駆体から特異的酵素による切断や翻訳後修飾などのプロセシングを経て活性型となり,受容体との相互作用を介して多様な機能を発揮する.本稿では,筆者らの研究成果を交えつつ,甲殻類にて重要な内分泌制御を担う甲殻類血糖上昇ホルモン(CHH)族ペプチドによる生体制御の分子基盤について解説する.また,心不全のマーカーおよび治療薬として応用されているナトリウム利尿ペプチドに関し,分子型の個別定量の方法と臨床的意義,および心不全に伴う糖鎖修飾変化の分子基盤について解説する.

CHH族ペプチドによる生体制御の分子基盤

1. CHH族ペプチドとは:構造,種類および機能

甲殻類や昆虫を含む節足動物には,哺乳類と同様に,生理活性ペプチドによる内分泌制御系が存在する.しかし,血管系の違いだけでなく生理活性ペプチドの種類が異なることにより,その内分泌制御機構は大きく異なっている.その代表例がCHH族ペプチドである.これは,最初に単離同定されたCHHと一次構造上の高い相同性を有する神経ペプチドファミリーである(1)1) S. G. Webster, R. Keller & H. Dircksen: Gen. Comp. Endocrinol., 175, 217 (2012)..その特徴としては,約70~80残基から成り,分子内に3対のジスルフィド結合を有し,その立体構造はαヘリックスに富む.また,N末端がピログルタミル化された分子やC末端がアミド化された分子も存在する.生物活性を指標とした単離精製または相同性に基づく分子クローニングにより,これまでに100以上のCHH族ペプチドが節足動物を含む脱皮動物から同定されており,これらの種に特有で広く保存されたペプチドファミリーであるとされている.昆虫では,血中のイオン濃度の恒常性に寄与するとされているイオン輸送ペプチド(ITP),およびITPのスプライシングバリアントであるITP様ペプチド(ITPL)が広く保存されている.甲殻類では,血糖であるグルコースの恒常性に寄与するCHHのほか,エクジステロイド(脱皮ホルモン)の産生器官(Y器官)の生合成機能を抑制する脱皮抑制ホルモン(MIH),雌の卵巣成熟を抑制する卵黄形成抑制ホルモン(VIH),および大顎器官におけるファルネセン酸メチル(幼若ホルモン)の産生を抑制する大顎器官抑制ホルモン(MOIH)の4種類が知られている.これらは検定に用いた生物活性に基づき命名されており,各ペプチドの生体内での機能が十分に理解されているとはいえないのが現状である.

2. CHH族ペプチドの機能解明に向けた重要課題

甲殻類にはエビやカニなどの水産業上重要な種が多いため,養殖技術への応用を目指した,CHH族ペプチドの生理機能および作用機構の解明が求められている.それらの理解を困難としている主な要因は,CHH族ペプチドの「構造類似性」および「多機能性」にある.つまり,遺伝子重複により多様化したCHH族ペプチドが一個体に複数存在し,それらの生物活性も多様で重複していることが多い.たとえば,日本において水産業上重要な甲殻類であるクルマエビMarsupenaeus japonicusの場合,6種類のCHH族ペプチド(SGP-I~III, V~VII)がCHH活性およびVIH活性を有し,SGP-VおよびVIはさらにMIH活性も示す(2)2) H. Katayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 633 (2016)..また,CHHとされているペプチドは血糖上昇活性を有するが,糖代謝のほかにも,脂質代謝,脱皮,生殖,ストレス応答など,多様な生体制御を担うことが知られている.このような混沌とした状況のため,各ペプチドの生理機能および作用機構,またCHH族ペプチド全体としてどのように協調的に個体を制御しているかを理解することが困難となっている.

このような状況から,CHH族ペプチドによる生体制御の全容を理解するためには,各ペプチドが生体内でどのように識別され,使い分けされているかを明らかにする必要がある.一次構造に基づく構造活性相関から,CHH族ペプチドはType I, Type II,およびそのほかの3つに分類でき,生物活性とおよそ一致する.また,CHHとMIHの立体構造の比較から,配列長およびアミド化の有無によるC末端領域の立体構造の違いが生物活性の違いに重要であることが示されている(2)2) H. Katayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 633 (2016)..しかし,上述のように,CHH活性とMIH活性など複数の生物活性を併せもつペプチドも存在する.それゆえ,CHH族ペプチドの分子認識機構を明らかにするためには,鍵となるリガンドだけでなく,鍵穴となる受容体の構造解析も重要である.しかし,CHH族ペプチドの受容体は長らく明らかになっていなかった.

3. CHH族ペプチドのシグナル伝達機構の解明を目指した取り組み

そこで筆者らは,クルマエビで高いCHH活性およびVIH活性を示すSGP-VIIを対象とし,その血糖上昇作用機構の解明を目指して,受容体の同定に取り組んだ.筆者らが受容体の探索に着手した時点では,受容体分子の種類や生体内での発現部位に関する知見が乏しかった.そこで,受容体を介した細胞内シグナル伝達機構の解析および受容体の生化学的解析のため,まず,天然ペプチドと同一の一次・二次構造および同等のCHH活性を有する組換えSGP-VIIの調製法を確立した(3)3) C. Nagai, H. Asazuma, S. Nagata, T. Ohira & H. Nagasawa: Peptides, 30, 507 (2009)..次に,受容体の下流で機能するセカンドメッセンジャーを同定するため,CHHの主要な標的組織と考えられている肝膵臓について,ex vivoでの組換えSGP-VIIの曝露の影響を解析した.その結果,肝膵臓ではcGMPがCHHの主要なセカンドメッセンジャーとして機能することがわかった(4)4) C. Nagai, H. Asazuma, S. Nagata & H. Nagasawa: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1163, 478 (2009)..また,非代謝性cGMPアナログのin vivo投与実験およびグリコーゲン合成酵素・分解酵素の遺伝子発現解析から,CHHの血糖上昇作用にはcGMPシグナルを介した肝膵臓でのグリコーゲン分解亢進が関与することが示唆された(5)5) C. Nagai, S. Nagata & H. Nagasawa: Gen. Comp. Endocrinol., 172, 293 (2011)..クルマエビのMIHおよびVIHのシグナル伝達機構においてもcGMPが機能するという知見を考慮すると,クルマエビのCHH族ペプチドには,その細胞内シグナル伝達にcGMPが関与しているという共通点が見いだされた.そこで,ex vivoでの組換えSGP-VIIの曝露による細胞内cGMP濃度の増加を指標として,クルマエビの11種の組織に対するSGP-VIIの作用を評価した結果,これらの組織にSGP-VIIを認識する受容体が存在することが示された(6)6) 永井千晶,馬橋(浅妻)英章,永田晋治,長澤寛道:“脱皮と変態の生物学—昆虫と甲殻類のホルモン作用の謎を追う”,東海大学出版会,2011, p. 419..これは,125I標識組換えSGP-VIIおよび各組織の膜画分を用いたin vitro結合実験からも示された(7)7) C. Nagai-Okatani, S. Nagata & H. Nagasawa: Gen. Comp. Endocrinol., 266, 157 (2018)..また,この結合実験から6種類の主要標的組織が同定でき,125I標識リガンドと受容体との化学架橋実験から,それらの組織で34~62 kDaのSGP-VII受容体が存在することがわかった.

これらの解析結果から,Gタンパク質共役型受容体(GPCR)がCHH族ペプチド受容体として機能する可能性が考えられた.クルマエビのゲノム配列は明らかになっていなかったため,筆者らは,神経ペプチド受容体として機能すると考えられるクラスAおよびBのGPCRsがクローニングされていたカイコBombyx moriに着目した(8)8) N. Yamanaka, S. Yamamoto, D. Žitňan, K. Watanabe, T. Kawada, H. Satake, Y. Kaneko, K. Hiruma, Y. Tanaka, T. Shinoda et al.: PLOS ONE, 3, e3048 (2008)..当時オーファン受容体であった34種のカイコGPCRsをHEK293T細胞で一過性発現させ,組換えカイコITPおよびITPLに対する応答を解析したところ,3種のGPCRs(BNGR-A2, A24, A34)がこれらCHH族ペプチドにEC50=1.1~2.6×10−8 Mで応答することを見いだした(9)9) C. Nagai, H. Mabashi-Asazuma, H. Nagasawa & S. Nagata: J. Biol. Chem., 289, 32166 (2014)..CHO細胞で一過性発現させたGPCRsと蛍光標識ITPsとの結合実験から,BNGR-A2およびA34はITPの,またA24はITPLの受容体として機能することが確認された.このリガンド-受容体の組合せは,カイコ卵巣由来BmN細胞のリガンド応答性に対する外来GPCRsの過剰発現および内在GPCRsのノックダウンの影響解析からも確認された.さらに,ITPL受容体として同定したBNGR-A24は,カイコの内在タキキニン関連ペプチド(TRPs)の受容体としても機能すること,また,BNGR-A24に対するTRPsとITPLの結合が競争的であることが示された(10)10) C. Nagai-Okatani, H. Nagasawa & S. Nagata: PLOS ONE, 11, e0156501 (2016)..このように,リガンドと受容体は必ずしも1対1で対応するわけではなく,異なるファミリーのペプチドが受容体を共有することで機能的に連関し得ることは,非常に興味深い.これらの成果と既存の知見とを総合すると,CHH族ペプチド標的細胞におけるシグナル伝達経路がある程度は推定できた(図1図1■カイコのCHH族ペプチド標的細胞における推定シグナル伝達経路(文献9より,一部改変)).

図1■カイコのCHH族ペプチド標的細胞における推定シグナル伝達経路(文献9より,一部改変)

BNGR-A2およびA34はITP受容体として,また,BNGR-A24はITPL受容体として機能する.BNGR-A24はITPにも弱く応答するほか,TRPs受容体としても機能する.リガンドの結合によりこれらのGPCRsが活性化すると,膜型グアニル酸シクラーゼ(mGC)および可溶型グアニル酸シクラーゼ(sGC)の活性化が引き起こされ,細胞内cGMP濃度が上昇する.また,アデニル酸シクラーゼ(AC)の活性化により産生されるcAMPはプロテインキナーゼA(PKA)を介して細胞内Ca2+濃度を上昇させ,これがカルモジュリン(CaM)を介して一酸化窒素合成酵素(NOS)を活性化させ,そのNO産生により,阻害剤(ODQ)感受性のsGCが活性化される.一方,mGCの活性化機構は不明である.これらの機構により産生されたcAMPおよびcGMPは,PKAおよびプロテインキナーゼG(PKG)を介して下流にシグナルを伝達する.

4. まとめと今後の展望

CHH族ペプチド受容体は,リガンドと同様,種間で類似した構造を有すると考えられる.筆者らがCHH族ペプチド受容体を世界に先駆けて分子同定したことで,相同性に基づくin silicoでのCHH族ペプチド受容体の探索が可能となった.実際,ゲノム配列が明らかとなっている甲殻類や昆虫での探索結果が報告されつつある(11)11) J. A. Veenstra: Gen. Comp. Endocrinol., 224, 84 (2015)..クルマエビをはじめとする多くの種でCHH族ペプチド受容体が同定され,各受容体の発現部位および機能との関連,ならびにリガンド-受容体の組合せが明らかになれば,混沌としたCHH族ペプチドによる生体制御機構の分子レベルでの理解が深まると考えられる.クルマエビなどのエビ類では,人工養殖が盛んに行われている現在でも,親エビをほぼ天然に依存しているのが現状である.CHH族ペプチドは生育制御や卵黄形成制御に重要なホルモンであるため,本成果は,人工催熟技術など養殖技術の発展に大きく寄与すると期待できる.また,甲殻類以外の脱皮動物におけるCHH族ペプチドの生理機能は限定的にしか解っていないことから,受容体の同定により,その機能解明が飛躍的に進むと期待できる.CHH族ペプチドの「構造多様性」と「多機能性」を受容体から明らかにしていくこれらの取り組みは,リガンド-受容体の共進化のモデルとして,その洞察への重要な情報をもたらすと考えられる.

心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の個別定量の方法と臨床的意義

1. ナトリウム利尿ペプチドとは:構造,種類および機能

ナトリウム利尿ペプチドは,脊椎動物に広く保存された生理活性ペプチドファミリーで,構造的に類似した心房性/A型のANP,脳性/B型のBNP,およびC型のCNPが存在する(12)12) A. Matsuo, C. Nagai-Okatani, M. Nishigori, K. Kangawa & N. Minamino: Peptides, 111, 3 (2019)..一次構造上の特徴として,1対の分子内ジスルフィド結合による生物活性に重要な環状構造を有し,その環状構造中のアミノ酸配列はよく保存されている.受容体にはcGMP合成酵素を分子内に含むNPR-AとNPR-Bがあり,ANPとBNPはNPR-Aに,CNPはNPR-Bに作用する.また,cGMP合成酵素を分子内に含まないNPR-Cは,いずれのペプチドとも結合し,クリアランス受容体として血中からの迅速な除去に寄与するとされている.CNPは心臓,脳,内皮細胞,軟骨性骨,生殖系など多様な部位で発現し,オートクライン・パラクライン因子として局所的制御に関与する.一方,心臓の心筋細胞を主な産生部位とするANPとBNPは,循環調節ホルモンとして,ナトリウム利尿・利尿・血管拡張・アルドステロン分泌抑制作用を示し,レニン–アンジオテンシン–アルドステロン系と拮抗し,体液量を減少させ心臓リモデリングを抑制することで,心保護因子として働く.また,急性的にはANPは心房の進展刺激により,またBNPは主に心室の負荷により産生・分泌が亢進し,慢性的な刺激により心室のANP産生も亢進する.これらの特徴から,ANPおよびBNPは急性心不全治療薬として,また血中濃度は心不全マーカーとして臨床応用されている.

2. ANP分子型の個別定量の方法

ヒトANPには活性型α-ANP,二量体型β-ANP,前駆体型proANPの3種類の分子型があり(図2a図2■ヒトANP分子型の個別定量法(文献13より,一部改変)),健常者の血中ではα-ANPが主要であるが,心不全の発症・重症化に伴いほかの分子型も検出されるようになる(13)13) C. Nagai-Okatani, K. Kangawa & N. Minamino: J. Pept. Sci., 23, 486 (2017)..そのため,各分子型の血中濃度を定量できれば,心不全の状態把握および予後予知に役立つと考えられる.しかし,既存のイムノアッセイ系ではこれらANP3分子型の総和を測定しており,各分子型を個別定量するためにはゲルろ過クロマトグラフィーなどの分離法と組合せる必要があった.

図2■ヒトANP分子型の個別定量法(文献13より,一部改変)

(a)ヒトANPの3分子型およびそれらの検出に用いたサンドイッチ抗体.3種類のCLEIAsの補足抗体およびTotal ANP(α-ANP+β-ANP+proANP)に対するCLEIAの検出抗体は,3分子型に共通した配列を認識する.(b)本CLEIAsの測定原理.捕捉抗体を固相化後,PEG化を行った96ウェルプレートに,ANP分子型を含む試料を加え,抗原-抗体反応の後,アルカリホスファターゼ(AP)を標識した検出抗体を反応させ,化学発光法により検出する.(c)各ANP分子型の個別定量の原理.Total ANP, β-ANP, proANPに対するCLEIAsの測定結果を基に,α-ANP量を算出可能である.

そこで筆者らは,より簡便にヒトANP分子型を個別定量するためのイムノアッセイ系の構築を目指した.高感度かつ簡便な定量のため,測定方法は96ウェルプレートでのサンドイッチ型化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)を採用した(図2b図2■ヒトANP分子型の個別定量法(文献13より,一部改変)).プロトコルの検討過程で,固相化IgG抗体のFc領域をポリエチレングリコール鎖で修飾(PEG化)することが血液試料の直接測定に有用であることを見いだし,ラット・マウスANP測定系の高感度化に成功した(14)14) C. Nagai & N. Minamino: Anal. Biochem., 461, 10 (2014)..また,ヒトANP分子型の個別定量法の構築にあたり,β-ANPおよびproANPの特異的抗体の取得を試みた.前駆体proANPは,N末端ペプチドに特異的な抗体を使用することで,活性型α-ANPと容易に識別可能であった.一方,β-ANPはα-ANPの逆平行二量体で同一のアミノ酸配列を有するため,β-ANP特異的抗体の作製には工夫が必要であった.そこで筆者らは,α-ANPとβ-ANPの立体構造の違いに注目した.すなわち,α-ANPは分子内ジスルフィド結合によりペプチド主鎖が湾曲した構造を有する一方で,β-ANPは2本のペプチド鎖が分子間ジスルフィド結合で架橋されており,α-ANPよりも直線的でフレキシブルな構造を取り得る.この発想に基づき,非環状型ANPを抗原としたところ,α-ANPと比較してβ-ANPに約1,000倍高い親和性を示すモノクローナル抗体が取得できた.以上の結果から,β-ANPおよびproANPが0.1 pM(絶対量で5 amol)まで正確に定量可能となり,同等の感度を有するTotal ANP(α-ANP+β-ANP+proANP)用のCLEIAと組合せて使用することで,α-ANP濃度も算出可能となった(15)15) C. Nagai-Okatani, K. Kangawa, S. Takashio, H. Takahama, T. Hayashi, T. Anzai & N. Minamino: J. Appl. Lab. Med., 1, 47 (2016).図2c図2■ヒトANP分子型の個別定量法(文献13より,一部改変)).

3. ANP分子型の個別定量の臨床的意義

ANP各分子型の個別定量の有用性を検証するため,筆者らが構築した3種類のCLEIAsを用い,急性非代償性心不全症例の治療経過における各ANP分子型の血漿中濃度を経時的に測定した.その結果,分子型によって挙動が異なり,とくにproANPは既存の心不全マーカーであるBNPとは異なる挙動を示したことから,新たな心不全マーカーとしての有用性が示唆された(15)15) C. Nagai-Okatani, K. Kangawa, S. Takashio, H. Takahama, T. Hayashi, T. Anzai & N. Minamino: J. Appl. Lab. Med., 1, 47 (2016)..さらにその後の解析により,急性心不全の急性期の血漿中proANP濃度と長期予後との間,また,血漿中proANP濃度と左心室サイズや心機能パラメータとの間に有意な相関が認められたことから,心不全の予後評価マーカーとしてのproANPの有用性が示唆された(16)16) S. Takashio, H. Takahama, T. Nishikimi, T. Hayashi, C. Nagai-Okatani, A. Matsuo, Y. Nakagawa, M. Amano, Y. Hamatani, A. Okada et al.: Open Heart, 6, e001072 (2019).

4. まとめと今後の展望

筆者らの成果により,ヒトANPの3分子型が定量可能となったことで,各分子型の比活性に基づき血中ANPの総活性量が算出可能となった.同様に,ヒトBNPの分子型についても,2種類のCLEIAs(BNP前駆体用および総BNP用)を組合せて使用することで,活性型BNP-32量およびBNP総活性量が算出可能である(17)17) T. Nishikimi, H. Okamoto, M. Nakamura, N. Ogawa, K. Horii, K. Nagata, Y. Nakagawa, H. Kinoshita, C. Yamada, K. Nakao et al.: PLOS ONE, 8, e53233 (2013)..これらの測定系を用いて,ANPおよびBNPの総活性量を同時に算出すれば,NPR-Aを介したこれらのペプチドによる心保護作用の程度を評価することが可能となり,これも重要な心不全マーカーになると期待できる.さらに,β-ANPが特異的に定量できることになったことは,ヒトでしか見られないβ-ANPの生成機序の解明に大きく貢献すると考えられる.

心不全に伴うBNP分子型異常と糖鎖変化との関連

1. BNPのプロセシングにおける糖鎖修飾の影響

ANPは前駆体proANPからプロセシング酵素corinにより切断されN末端ペプチドとC末端の活性型α-ANPが生じる一方で,BNPは前駆体proBNPからプロセシング酵素furinにより切断されN末端ペプチドとC末端の活性型BNP-32に変換される(12)12) A. Matsuo, C. Nagai-Okatani, M. Nishigori, K. Kangawa & N. Minamino: Peptides, 111, 3 (2019)..上述のような分子型の個別定量はANPよりもBNPで先行して進められ,心不全に伴い血中の総BNPにおけるproBNPの比率が増加することがわかってきた.そして,この主な要因として考えられているのが,proBNPの糖鎖修飾の異常である(図3図3■ヒトBNPのプロセシングに対する糖鎖修飾の影響(文献12より,一部改変)).すなわち,proBNPのN末端ペプチドは少なくとも7カ所のSer/Thr残基がO型糖鎖修飾を受けるが,切断部位の近傍のThr71が糖鎖修飾されるとプロセシングが阻害される.また,Thr48の糖鎖修飾もプロセシング効率の低下に寄与する(18)18) Y. Nakagawa, T. Nishikimi, K. Kuwahara, A. Fujishima, S. Oka, T. Tsutamoto, H. Kinoshita, K. Nakao, K. Cho, H. Inazumi et al.: J. Am. Heart Assoc., 6, e003601 (2017)..これらの知見から,心不全に伴い生じる心筋細胞での糖鎖修飾機構の異常によって,不活性型proBNPからの活性型への変換が阻害されることで,BNP発現亢進による代償機構が破綻し,病態が悪化・慢性化する,というモデルが提唱されている(12)12) A. Matsuo, C. Nagai-Okatani, M. Nishigori, K. Kangawa & N. Minamino: Peptides, 111, 3 (2019)..しかし,心不全の発症や重症化に伴い,心臓組織や心筋細胞でどのような糖鎖修飾機構の異常が生じているかは不明であった.

図3■ヒトBNPのプロセシングに対する糖鎖修飾の影響(文献12より,一部改変)

BNP前駆体(proBNP)は,主にO型糖鎖で修飾された状態(g-proBNP)で存在する.7カ所の糖鎖修飾部位の中でThr71およびThr48が糖鎖修飾されると,プロセシング酵素furinによる切断が阻害され,未切断のg-proBNPが血中に分泌される.一方,これらの部位が糖鎖修飾されていない場合,切断を受けて活性型BNP-32および糖鎖修飾あり/無しのN末端ペプチド(g-NT-proBNP/non-g-NT-proBNP)が産生され,血中に分泌される.心不全に伴い,心筋細胞の糖鎖修飾機構が破綻し,proBNPのO型糖鎖修飾が増加するとされている.

2. 心不全に伴う心臓での糖鎖修飾異常

そこで筆者らは,心不全に伴うBNP分子型異常の分子基盤解明を目指し,心不全状態の心臓におけるタンパク質上の糖鎖修飾変化の実態を調べた.まず筆者らは,高血圧性心不全モデルDahl salt-sensitiveラットの高塩食群(心不全群)と低塩食群(対照群)の左心室組織について,糖転移酵素群の遺伝子・タンパク質発現量および酵素活性を比較解析した.その結果,心不全群ではムチン型O型糖鎖の一種であるdisialyl-T(Siaα2→3Galβ1→3[Siaα2→6GalNAc]α-Thr/Ser)の生合成に関与する糖転移酵素群の遺伝子発現および酵素活性が上昇する一方で,その生合成中間体からほかの糖鎖構造への変換を担う糖転移酵素群の発現は抑制されていた(19)19) C. Nagai-Okatani & N. Minamino: PLOS ONE, 11, e0150210 (2016).図4図4■心不全モデルラット心臓組織における糖転移酵素遺伝子の発現変動(文献19より,一部改変)).これらの結果と一致して,心不全群ではTn(GalNAcα-Thr/Ser)からT(Galβ1→3GalNAcα-Thr/Ser)への変換を担うT-synthaseの酵素活性が上昇していた.また,レクチンアレイを用いた糖鎖プロファイル解析(20)20) H. Narimatsu, H. Kaji, S. Y. Vakhrushev, H. Clausen, H. Zhang, E. Noro, A. Togayachi, C. Nagai-Okatani, A. Kuno, X. Zou et al.: J. Proteome Res., 17, 4097 (2018).により,左心室組織中のタンパク質上の糖鎖修飾を群間で比較したところ,心不全群ではO型糖鎖結合レクチンAmaranthus caudatus agglutinin(ACA)と結合する糖タンパク質が減少していた.一方,シアリダーゼ処理した左心室組織ライセートのACAブロット解析では,心不全群においてACA結合糖タンパク質は増加した.ACAがTおよびTnを認識するがdisialyl-Tは認識しないことを考慮すると,以上の結果から,心不全状態の左心室組織ではdisialyl-Tの生合成が亢進されるとともに,ほかの糖鎖構造への変換は抑制されていることが示唆された.これらの結果は,proBNPの糖鎖修飾に関する知見,とくに,中川らにより示されたメカニズムと一致する(18)18) Y. Nakagawa, T. Nishikimi, K. Kuwahara, A. Fujishima, S. Oka, T. Tsutamoto, H. Kinoshita, K. Nakao, K. Cho, H. Inazumi et al.: J. Am. Heart Assoc., 6, e003601 (2017)..すなわち,心不全状態の心臓では,microRNA-30ファミリーによる発現抑制の低下によりTn合成を担う主要な糖転移酵素GALNT1/2の発現が増加し,結果としてproBNPのO型糖鎖修飾が亢進する,というメカニズムである.そのため,筆者らの成果から,心不全におけるBNP分子型の異常発現に寄与する分子基盤の一端を明らかにできたと言える.

図4■心不全モデルラット心臓組織における糖転移酵素遺伝子の発現変動(文献19より,一部改変)

ムチン型O型糖鎖の生合成初期経路に関与する糖転移酵素群について対照群と心不全群とで遺伝子発現を比較し,心不全群で発現が亢進(実線),発現が低下(破線),または発現変動が認められなかった遺伝子を示す.これらの結果を総合すると,disialyl-Tの合成経路(太矢印)が亢進するように,協調的な遺伝子発現変動を示した.

しかし,上述の糖鎖解析では多様な細胞種を含む組織試料を用いていたため,検出される糖鎖変化がどの細胞のどのような要因を反映しているかまではわからなかった.この問題を解決するため,筆者らはレーザーマイクロダイセクションとレクチンアレイを組合せた組織糖鎖プロファイリング法を確立した(20, 21)20) H. Narimatsu, H. Kaji, S. Y. Vakhrushev, H. Clausen, H. Zhang, E. Noro, A. Togayachi, C. Nagai-Okatani, A. Kuno, X. Zou et al.: J. Proteome Res., 17, 4097 (2018).21) X. Zou, M. Yoshida, C. Nagai-Okatani, J. Iwaki, A. Matsuda, B. Tan, K. Hagiwara, T. Sato, Y. Itakura, E. Noro et al.: Sci. Rep., 7, 43560 (2017)..この手法を用いて,心不全を発症する拡張型心筋症モデルマウスの心臓組織切片の微小領域に対する糖鎖プロファイル解析を行った.この解析では,心筋細胞における糖鎖変化よりもむしろ,心筋線維化に関連したN型糖鎖修飾の変化が検出され,その糖鎖変化を特異的に検出するレクチンの同定に成功した(22, 23)22) C. Nagai-Okatani, M. Nishigori, T. Sato, N. Minamino, H. Kaji & A. Kuno: Lab. Invest., 99, 1749 (2019).23) 岡谷(永井)千晶:メディカル・サイエンス・ダイジェスト,45,668(2019)..この糖鎖変化は主に,心筋線維化に関連する細胞外マトリックス構成タンパク質において生じていたことから,その産生を担う細胞での糖鎖修飾機構の破綻が示唆された.

3. まとめと今後の展望

BNPの分子型異常に関する知見をヒントにしたこれらの研究により,糖鎖生合成機構およびグライコプロテオームの両サイドから,心不全状態の心臓組織における糖鎖異常には特徴があることがわかってきた.そのため,心不全に伴い変化する糖鎖構造およびその糖鎖修飾を有する糖タンパク質は,細胞の生理状態を鋭敏に反映する糖鎖バイオマーカーになり得ると考えられる(23)23) 岡谷(永井)千晶:メディカル・サイエンス・ダイジェスト,45,668(2019)..また,BNPの分子型異常における糖鎖修飾の役割のように,糖鎖変化は病態形成・悪化の原因にもなり得る.実際,心筋細胞特異的にN型糖鎖修飾を改変したマウスは,心臓の形態異常およびカルシウムチャネルの機能異常による心機能低下を生じる(24)24) A. R. Ednie, W. Deng, K. P. Yip & E. S. Bennett: FASEB J., 33, 1248 (2019)..そのため,心不全に伴う糖鎖変化の実態およびその分子基盤を明らかにしていくことは,バイオマーカーの開発だけでなく,治療法の開発につながる可能性も秘めている.

おわりに:ぺプチド研究における糖鎖解析の意義

糖鎖構造が多様かつ複雑でその解析がいまだチャレンジングであること,また,生理活性ペプチド自体が糖鎖修飾されている例があまり知られていないことから,その作用機構における糖鎖の役割に関しては,これまでほとんど研究対象とはなっていなかった.しかし,ホルモン受容体やプロセシング酵素などの膜タンパク質の多くは糖鎖修飾されており,その糖鎖が立体構造や細胞内局在に影響することでタンパク質の機能を制御している可能性がある.また,生理活性ペプチドや前駆体の糖鎖修飾は抗体による認識を立体的に阻害するため,糖鎖の有無および付加位置はイムノアッセイ系を構築するうえで重要な情報となる.最近になって,これまでは糖鎖修飾されないと考えられてきたANPにもO型糖鎖が付加することが見いだされ,さらに,活性型α-ANPに付加した糖鎖は受容体への結合親和性に影響することがわかった(25)25) L. H. Hansen, T. D. Madsen, C. K. Goth, H. Clausen, Y. Chen, N. Dzhoyashvili, S. R. Iyer, S. J. Sangaralingham, J. C. Burnett Jr., J. F. Rehfeld et al.: J. Biol. Chem., 294, 12567 (2019)..この例で示されるように,糖鎖解析技術がより発展すれば,これまでは見えていなかった現象が見えるようになり,生理活性ペプチドによる生体制御の全容解明への新たな地平が拓かれる.——と信じて,筆者は,さまざまなアプリケーションへの利用を念頭に置いた糖鎖解析技術の開発を進めている(20)20) H. Narimatsu, H. Kaji, S. Y. Vakhrushev, H. Clausen, H. Zhang, E. Noro, A. Togayachi, C. Nagai-Okatani, A. Kuno, X. Zou et al.: J. Proteome Res., 17, 4097 (2018).

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