Kagaku to Seibutsu 58(5): 309-315 (2020)
バイオサイエンススコープ
プレシジョン栄養学が拓く未来の健康栄養学個人対応型オーダーメイド栄養学を可能にする個別化技術と提供システム
Published: 2020-05-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
すべてのヒトが健康で健やかな加齢,ウェルビーイング,「幸福度(ハピネス)」を保証する食事や栄養を求められる時代になってきた.それに答える栄養学が個人対応型栄養学(個別化栄養学),またはプレシジョン栄養学である(図1A図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)).最新の技術を使って個人に最適化された個別化された栄養学である.オーダーメイド(テーラーメイド)栄養学ともいわれてきた.これまで集団を対象とした一般化された(「集団対応型」)食事ガイドラインが策定され,日本では主に集団に対応した「日本人の食事摂取基準」があるが,ガイドラインを個人にあてはめる「(演繹的)ルール指向型」であった.これらのガイドラインは各国で成功を収めてきた.これはオーダーメイドに比べると,ちょうどone-size-fits-all(フリーサイズ)の栄養学ということもできる(図1図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)).集団を対象とするガイドラインは,特に栄養素の不足に対応した「不足の栄養学」の有効な手段であった.しかし「過剰の栄養学(過剰によって起きる疾患に対応した栄養学)」に時代が変わってから,集団を対象とした食事ガイドラインの有効性には疑問が呈されるようになり(1)1) S. Bashiardes, A. Godneva, E. Elinav & E. Segal: Curr. Opin. Biotechnol., 51, 57 (2018).,「日本人の食事摂取基準」では2015年版で初めて生活習慣病の重症化予防に対応した状況である.
(A)医療はもともと患者ごとに行われていたので,個別化医療は行われてきた.しかし,プレシジョン医学では,ゲノム情報をはじめ個人のもつビッグデータを病気になる前から得ておき,そのデータをAIが解析する.個人ビッグデータからAIが作ったルールに基づいて予防法や治療法を提案するものであり,一般化された治療法ではなくその人に最適の新しい治療法となる.一方,栄養学では,病院などで栄養療法をうけている患者を除いて,一般化されたルールを人にあてはめるものであった.プレシジョン栄養学では,個人のもつビッグデータをAIが解析して,そのルールに基づきそれぞれの個人に対応した食事が提案され,病気を予防するものである.(B)それを可能にするさまざまな技術と今後の技術革新をリストアップした.
プレシジョン栄養学のための科学・技術の進歩に著しいものがあり,生物学的にはオミックスバイオロジーといわれるような網羅的解析,ゲノム,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム,マイクロバイオームなどである.また,それを処理する情報技術,通信技術,人工知能技術(AI)の進歩とあいまって,個人対応するプレシジョン栄養学の基盤ができるようになってきた(図1B図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)).プレシジョン栄養学は,単なる新しい分野というより,栄養学の考え方を大きく変化させるパラダイムシフトのようなものである(図1A図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)).近い将来,意識しなくても健康的でおいしい食事ができ,少しでも身体に異常があればそれを予知して,未然に食事や運動よって健康を維持し,健やかな加齢と高いQOLのある幸福度の高い社会がくるだろう(図2図2■プレシジョンヘルス,プレシジョン栄養学サイクルの将来像).それを推し進める力にプレシジョン栄養学がなると期待されている.
プレシジョン医学は,オバマ前アメリカ大統領の一般教書演説によって,広く使用されるようになった(直後のホワイトハウスでの講演がYouTubeで見られる(2)2) “President Obama Speaks on the Precision Medicine Initiative”https://www.youtube.com/watch?v=MKiw7yAqqsU).先制医療,先進医療などといわれ,最新のゲノム情報を駆使して,個人対応させた医療を推進しようとするものである(3, 4)3) F. S. Collins & H. Varmus: N. Engl. J. Med., 372, 793 (2015).4) J. L. Jameson & D. L. Longo: N. Engl. J. Med., 372, 2229 (2015)..医学の分野では早くからゲノム情報と疾患との関係が調べるようになっていた.特定の遺伝子の変異によって疾患が発症する遺伝病や病気になりやすい遺伝子変異,SNPのような僅かな変異が環境因子と相互作用してある疾患になりやすいことがわかった.がんは,変異した遺伝子の蓄積により発症するため,がん組織の遺伝子変異を調べることによって,そのがんの正確な状況を把握して,その治療法や治療薬などを対応させることができるような時代になった.2019年から日本でもがんゲノム医療に保険適用がされるようになった.
医学では,一般に患者に症状が現れて病院に行く「症状駆動型医療」だった.しかし,生活習慣病の多くは,症状が現れてからでは完治することは困難であり,悪化させないことに重点を置いた治療がなされている.したがって,複合要因による疾患に対して対応が遅れがちであった.メタボ健診に代表される「スクリーニング型医療」が始まった.また,これまでの医療は「単一疾患対応医療」であったが,予防医学では未病状態でどのような疾患が起こるか推測しなければならないため(「多疾患対応医療」),いかに多くの有効な情報を集めるかがカギとなる.
プレシジョン医学では,網羅的に患者の情報を集めることにより,コンピューターにより計算され「健康」というアウトカム(成果)を目指すことが重視される(「アウトカム指向型」).ビッグデータでは,個別のデータは些細であって,そこに既存のルールは存在しない(5)5) 矢野和男:“データの見えざる手”,草思社文庫,2018..得られたビッグデータから疾患の初期症状を発見したり,将来の疾患の蓋然性を検討することによって対応する「データ駆動型医療」へと変貌しつつある(図1A図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)).
Snyderらのグループは,縦断的なビッグデータによる予防医療を考え,プレシジョンヘルスの総合的な試みを行った(6)6) S. Miryam et al.: Nat. Med., 25, 792 (2019)..参加者は最長8年の間定期的にさまざまなオミックスデータ,臨床検査データ,画像データ,リアルタイムモニタリングデータをとり,そこから多くの疾患が発見された.この研究では,糖尿病などになりやすい人の食事や運動の行動変容に成功した,現時点での「データ駆動型予防医療」のモデルである(図2図2■プレシジョンヘルス,プレシジョン栄養学サイクルの将来像).
栄養が予防医療の一翼を担うとはいえ,何を食べるかは全く個人の自由であり,実生活においては個人の嗜好が最も重要な要素になる.医療では患者の判断を尊重するとはいえ,選択肢は無限ではない.プレシジョン栄養学の難しさは,医療よりも個人の多様性が大きいことにある.「不足の栄養学」が栄養素の不足という比較的単純な原因に対して,「過剰の栄養学」によるメタボや生活習慣病は多因子の複合的な原因によるため,一栄養素だけでは解決するのが難しいことは想像できる.一方,「日本人の食事摂取基準」の詳細かつ膨大なデータが十分活用されていない可能性もある.ましてや一般の人には,これらの科学的データが十分に伝わって活かされることはほとんど期待できない.
私たちは,「日本人の食事摂取基準」が広く活用されるようにしようと考え,「「日本人の食事摂取基準2015年版」完全準拠食」を実際に一週間分作り,科学的根拠を伴う健康食にトランスレーションできることを示してきた(7)7) 小田裕昭,阪野朋子,内田友乃,大川敏生,池田彩子:信学技報(電子情報通信学会),118, 15 (2018)..また,健康診断の値を入力することで,個人対応させた食事摂取基準を算出するWebツールを開発し(「N式パーソナル食事摂取基準」),「ルール指向型」の集団対応型ガイドラインを個人対応させたオーダーメイド栄養学の試みを7年前から始めた(8, 9)8) “N式パーソナル食事摂取基準2015年版” https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~jtaiman/9) 小田裕昭,内田友乃,阪野朋子,池田彩子:信学技報(電子情報通信学会),113, 63 (2013).(後述).しかし,プレシジョン医学でも述べたように,予防医療を目指した,「データ駆動型」プレシジョン栄養学への変換が求められている.
すでにいくつかの論文でプレシジョン栄養学,個別化栄養学のコンセプトが紹介されている(10~14)(図2図2■プレシジョンヘルス,プレシジョン栄養学サイクルの将来像).しかしまだ実践例は多くない.Zeeviらはおよそ900人の被験者に対し,個人差の大きい食後血糖値の上昇に与える食事因子の影響を検討し,「データ駆動型」個別化栄養を行った(15)15) D. Zeevi, T. Korem, N. Zmora, D. Israeli, D. Rothschild, A. Weinberger, O. Ben-Yacov, D. Lador, T. Avnit-Sagi, M. Lotan-Pompan et al.: Cell, 163, 1079 (2015)..食後血糖値の上昇は食品の糖質によって影響を受けるが,同じGI値の食品であっても食後血糖値の上昇には個人差が大きく,GI値の有効性には疑問も呈されていた.そこで彼らは,その個人差がどこに由来するのかを明らかにするとともに,それぞれの被験者の食後血糖値の上昇を抑える食事を個別に提供することを考えた.これまでの研究と異なるのは,個人差を特定するため,食後血糖値上昇というアウトカムに対して,常時血糖測定のほか,マイクロバイオーム,身体測定データ,問診データをAIが解析して,「データ駆動型」で個別化対応させたことである.
従来から栄養学も健康という成果(アウトカム)を追究してきた.しかし,プレシジョン栄養学という新車は,すでに確立している知見(ルール(栄養学車輪))だけを当てはめるのではなく,ビッグデータ(オミックス生物学車輪,リアルタイムモニタリング車輪)を使ったデータ駆動型エンジンを使って,AI運転手がルールを作って走る車である.そのときに情報通信技術車輪がなくては,ゴールである健康アウトカムに向かうことができない.
まず論文で示されたのは同じ食品成分でも個人によって血糖値が急激に上がる人や全く変わらない人がいることである.次に日常生活で食べる食事によって食後血糖値の上昇がどうなるかも検討した.想像されたように個人差が非常に大きく,ある人にとってピザは血糖値を上昇させるが,ある人にとっては血糖値を上昇させない食事であった(ちなみに寿司はだれでも血糖値を上げる食品であった).食後血糖値は消化吸収というと比較的単純な経路の結果にもかかわらず,個人の属性(「体質」)のによる依存性がとても大きいことが明らかとなった.
さまざまなビッグデータをAIに学習させることにより食後血糖値を推測できるか検討した.別の言い方をすると,一見無関係と思われるビッグデータを利用して,AIがルール(法則)を作り(「データ駆動型」),そのルールに従って期待するアウトカムを実現できるか検討した(「アウトカム指向型」).そして食後血糖値上昇には個人の体質が強く働き,AIを使って個人のビッグデータを解析することによって食後血糖値上昇を高い精度で推測できることが明らかになった.
次に,AIによる食事介入により食事血糖値上昇が抑制されるか検討した.AIが個人対応させた,食後血糖値が上昇しにくいグッド食と上がりやすいバッド食をそれぞれ一週間は与えることによって血糖値上昇を検討した.グッド食では大きな食後血糖値の急激な増加(スパイク)はほとんど見られず,食後血糖値を管理することに成功した.一方,バット食では,食後に大きなスパイクが1日3回観察された.さらに管理栄養士などの専門家による食事提案との比較を行ったところ,AIの介入は専門家のものと全く遜色のない結果であった.
この個人差の由来を突き止めるため,AIが作ったルールに影響した因子の抽出を試みた.多くの因子が影響を及ぼしていたが,マイクロバイオームに強い影響力があることを見いだした.実際に,グッド食もしくはバッド食を与えた一週間でマイクロバイオームは劇的に変化していた.改めてマイクロバイオームが糖代謝を中心とする食事の管理においてとても重要であることを示している.
一方,Mathiasらはブラジルの子どもたちを対象にマルチ微量栄養素サプリメントの介入を行い,各人の応答能をAIに計算させて個人対応させることに成功した(16)16) M. G. Mathias, C. A. Coelho-Landell, M.-P. Scott-Boyer, S. Lacroix, M. J. Morine, R. G. Salomão, R. B. D. Toffano, M. O. R. V. Almada, J. M. Camarneiro, E. Hillesheim et al.: Mol. Nutr. Food Res., 62, 1700613 (2018)..
血糖値や血圧など,食事に対する応答の個人差は大きい.メタボリックシンドローム,生活習慣病などは環境因子の影響が強いと考えられ,大きい個人差は,遺伝子因子,特にSNPと環境因子の相互作用の影響が大きいと考えられてきた.SNPと環境因子の相互作用の仕方もさまざまであり(17~23),ゲノム情報の網羅的解析によってその個人差が明らかになることが期待された.一方,ヒトの遺伝子は99.9%同じであり,SNPだけでは個人差を説明することは難しいのではないかと想像されていた(24, 25)24) E. Holmes, J. V. Li, J. R. Marchesi & J. K. Nicholson: Cell Metab., 16, 559 (2012).25) J. K. P. Vanamala, R. Knight & T. D. Spector: Cell Metab., 22, 960 (2015)..マルチオミックスの網羅的解析により,個人差が説明できる可能性がある.また,エピジェネティックな修飾は生活習慣の蓄積を反映する可能性もあり,今後エピゲノム解析も必要だろう.最近になり腸内細菌叢が疾患に重要な役割を果たすことが次々を明らかになり注目を浴びている(26, 27)26) J. A. Gilbert, M. J. Blaser, J. G. Caporaso, J. K. Jansson, S. V. Lynch & R. Knight: Nat. Med., 24, 392 (2018).27) P. D. Cani: Gut, 67, 1716 (2018)..上で述べたオミックス解析に比べその多様性は圧倒的に大きい.非常に大きい個人差はむしろマイクロバイオームの多様性の方が数量的にも説明しやすいと考えられる.食事と関係する個人差は主にマイクロバイオームに由来する可能性は高い(6, 15, 28, 29)6) S. Miryam et al.: Nat. Med., 25, 792 (2019).15) D. Zeevi, T. Korem, N. Zmora, D. Israeli, D. Rothschild, A. Weinberger, O. Ben-Yacov, D. Lador, T. Avnit-Sagi, M. Lotan-Pompan et al.: Cell, 163, 1079 (2015).28) G. D. Wu, J. Chen, C. Hoffmann, K. Bittinger, Y. Y. Chen, S. A. Keilbaugh, M. Bewtra, D. Knights, W. A. Walters, R. Knight et al.: Science, 334, 105 (2011).29) A. York: Nat. Rev. Microbiol., 17, 721 (2019)..
最近になりウエアラブルデバイスが急速に普及し,活動量やエネルギー消費量,心拍数,睡眠時間やその質を算出してくれる.近い将来,血圧や血糖値も精度良く測定できるだろう.これらのビッグデータを使った「データ駆動型」“フィジオーム(physiome)”研究も進められ(30)30) X. Li, J. Dunn, D. Salins, G. Zhou, W. Zhou, S. M. Schüssler-Fiorenza Rose, D. Perelman, E. Colbert, R. Runge, S. Rego et al.: PLOS Biol., 15, e2001402 (2017).,環境からくる生物,化学物質への被爆をモニターする“エクスポゾーム(exposome)”などへ発展していく可能性がある(31)31) C. Jiang, X. Wang, X. Li, J. Inlora, T. Wang, Q. Liu & M. Snyder: Cell, 175, 277 (2019)..最近になり体内時計が健康に大きな影響を与え,その乱れが疾患に結びつくことが次々と明らかになってきている(32)32) 香川靖雄,柴田重信,小田裕昭,加藤秀夫,堀江修一,榛葉繁紀:“時間栄養学”,女子栄養大学出版部,2009..特に内臓の代謝時計は食事のタイミングでリセットされることが明らかとなり(33)33) D. Yamajuku, T. Inagaki, T. Haruma, S. Okubo, Y. Kataoka, S. Kobayashi, K. Ikegami, T. Laurent, T. Kojima, K. Noutomi et al.: Sci. Rep., 2, 439 (2012).,体内時計も個人差を決定する因子として働く.現在,内臓時計を推測するアプリを作成し,“リズモーム(rhythmome)”を進めている(34)34) 小田裕昭,孫 淑敏,金 多恩:プラクティス,36, 167 (2019)..現時点では,ウエアラブルデバイスは,個人差決定のツールいうより評価系として利用されており,まだ十分活用されているとはいえない.
個人差に対応した介入を考えると,個人差の時間的持続性を考える必要がある.個人差は「体質」といわれるが,その体質も一生もしくは何十年と変わらない体質(長期的体質),生活習慣が変化したら変わる体質(中期的体質),数日の食習慣で変わるような体質(短期的体質)がある.このような時間的視点を入れた個人差(体質)は,栄養介入の仕方にも大きく影響する.
ところが,最も進んでいない分野がプレシジョン栄養学の「実践プラットフォーム」である.つまり,「行動変容」の方法である.以前から食事指導を含めて生活習慣への介入による行動変容は難しいことがわかっており,この問題は解決していない.これは大きく分けると,1)介入システムと,2)評価システムである.プレシジョン栄養学ではインターネットを利用して,Webやモバイルデバイスをインターフェイスにすることになる.コンピューターを使用した方法は早くから提案されている(35, 36)35) J. Brug: Eur. J. Clin. Nutr., 53(Suppl. 2), S78 (1999).36) S. Kannan, A. Schulz, B. Israel, I. Ayra, S. Weir, T. J. Dvonch, Z. Rowe, P. Miller & A. Benjamin: Prog. Community Health Partnersh., 2, 41 (2008)..さらに電子メールでの自動フィードバックシステムの有効性も示されている(37)37) D. F. Tate, E. H. Jachvony & R. R. Wing: Arch. Intern. Med., 166, 1620 (2006)..
ヨーロッパ7カ国からおよそ5,600人が参加した「Food4Me」プロジェクトは,インターネットのウェブを利用した国際的な個人対応栄養学の実践の試みである(38~42).国際的で大規模な栄養介入に関する研究インフラである.個人差は「データ駆動型」ではなく「ルール指向型」の「指導駆動型」ではあるが,個人対応させるレベルを4段階に分けて,その強度(頻度)を変えて7つの群を設けて効果を比較している.集団対応のガイドラインを提示するだけの対照群と,個人の基本身体測定と食事履歴からアドバイスをする群,それに血液検査データを加味する群,さらにいくつかの遺伝子のSNPデータを加味する群に対して,アドバイスの頻度を2種類設けている.研究は現在も進行中のようであるが,集団をサブタイプ(メタボタイプ)に分類できることや,遺伝子型と栄養介入の効果も明らかにされつつある.
私たちのグループも,集団をサブグループに類型化して個別化栄養学を行ってきた(8, 43)8) “N式パーソナル食事摂取基準2015年版” https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~jtaiman/43) “【デジタルな生活はいかが?】健康情報をオーダーメイドで” https://digitalist-web.jp/life/113000030/(図4図4■「N式パーソナル食事摂取基準」を中核とした,プレシジョン栄養学実践サイクルの概念図).個人の属性(体質)を,長期,中期,短期的な因子に分けて,性別,年齢,身体計測値,健康診断結果,生活活動強度などを元に,すべての人は100万とおりに類型化できることを示した.生活習慣病予防を考えて,類型化した個人に必要な栄養素を決定し,それを「個人対応栄養素基本テーブル」とした.「個人対応栄養素基本テーブル」を誰でも簡単に計算できるようにWebツールとして「N式パーソナル食事摂取基準」を開発し公開した(7)7) 小田裕昭,阪野朋子,内田友乃,大川敏生,池田彩子:信学技報(電子情報通信学会),118, 15 (2018)..メタボや生活習慣病の予防につながる栄養素は限られており,「個人対応栄養素基本テーブル」はおよそ15万とおりに絞られることがわかった.次にその個別化された栄養素テーブルに対応するメニューを提案するシステムの構築を試みた.ある特定の人へのメニューを,1食あたり10メニュー提案しようとすると,一週間で210食,そして約3,000万食用意すれば,日本人すべての人に健康食メニューを毎食提供できることになる.この健康食メニューは個別ディシュの組み合わせで構成するため,それほど膨大な数ではない.健康的な主菜,副菜などさまざまな個別ディシュを,たとえば数千用意すれば一定数の人に対応できることになる.そのためすべての栄養素情報が入って,旬や食べ合わせなどさまざまな属性を入れた詳細な個別ディシュデータベース(DB)の構築を行い,現在1,000を超えるところまでいっている(その一部はブログで紹介している(44)44) “健康レシピプロジェクトの料理日記” http://recipenagoya.blogspot.com/).具体的なメニューを組み立てるアルゴリズムを現在作成中である.ここにAIを利用して個人の嗜好にも対応できると考えている.
筆者らの開発したWebツールである「N式パーソナル食事摂取基準」を中核にして,プレシジョン栄養学が実生活で実施されて健康アウトカムに向けて回るサイクルをイメージ図としたものである.図には書かれていないが,図1図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)の技術が随所で使用されている.
個人に対応させた最適な健康食を提供しても,最終的なアウトカムに結びつかなければ意味がない.まずは実際に食べたものをモニターし,それを評価してフィードバックする必要がある.以前から使われている食事調査では限界がある.食事の写真を撮影して,それを評価することも考えられたが,最初は管理栄養士・栄養士が行う手間のかかるものであった.画像解像度と解析技術,AI技術の目覚ましい進歩が,人に頼らず分析できるようになってきている.さらに,スマホのカメラが複眼になり量的な計算も可能になってきた.しかし,食材情報や味付けまでは現在の方法では調べることができない.どんなに進歩した食事調査法でも,最終的には化学分析しない限り正確なデータは得られないため,どれだけ近似できるかが課題となる.私たちは,音声認識によって,食べたものをスマホに語り掛けることによって食事を調べる方法を構築している.音声認識でも,画像解析に匹敵する精度は可能である.すでに述べた詳細な健康食ディシュDBを構築しており,個別ディシュのデータベースの数と栄養素情報を拡充することで,近似させるという作戦である.インターネット上には,膨大なレシピ情報があるが,現実には栄養素データなどの情報が限られている.私たちのDBは,実際に作っておいしいものを入力し,栄養素以外の旬などの情報が豊富なものになっている.今後はプレシジョン栄養学を意識したレシピDBが重要であり,統合するなどのことができれば,これは大きな社会インフラとなると考えられる.
長い食習慣や食の好みを変えるのは一筋縄ではいかない.たとえ悪い食習慣だとわかっていても意識で変えられるものではない.この理由にも大きな個人差があり,介入方法こそ個別化すべきであり,プレシジョン栄養学であれば「データ駆動型」によって,個人に対応した栄養介入法を生み出すことも可能になるだろう.そうすれば意識しなくても行動変容へ導くことが可能になると期待される.
個人差を明らかにして個別対応させる方法は,オミックス生物学,情報科学,AIを使って,「データ駆動型」・「アウトカム指向」により実現できる日は近い.評価してフィードバックし,介入するシステム全体をどうやって「データ駆動」・「アウトカム指向」にするか,今後のイノベーションが課題となる(図1B図1■プレシジョン栄養学のパラダイムシフト(A)とそれを支える技術革新(B)).
これまでは行動変容を起こすためには,当人の意識改革が必要だとされてきた.しかし,プレシジョン栄養学では栄養の知識がない人でも誰でも健康になることができる.そして,プレシジョン栄養学サイクルの巡回は人々に栄養や健康への関心を引き起こすようになり,マスコミより専門家である管理栄養士・栄養士からの正しい情報を求めたくなると考えられる.誰しも時には食べ過ぎることもあるし,お酒を飲むこともあるし,ジャンクフードが食べたくなることもある.プレシジョン栄養学は常に寄り添い,そのときに合わせたアドバイスをくれるシステムになる.ちょうど知らない土地で,地図がなくてもカーナビが目的地に連れて行ってくれるようなものであり,道を間違えても修正して新たな道を教えてくれる.カーナビに出てくるその土地の名所・名物の情報にも興味が沸く.時に寄り道をしてもそれに合わせて目的地というアウトカムに導いてくれるのに似ている.
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