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カイコの糖鎖生物学と糖鎖工学カイコの糖鎖構造改変と複合型糖鎖生合成酵素の解析

Takatsugu Miyazaki

宮崎 剛亜

静岡大学グリーン科学技術研究所

Published: 2020-06-01

糖鎖付加は最も普遍的なタンパク質の翻訳後修飾であり,一部のバクテリア,アーキア,真核生物にわたってすべてのドメインに見られる.特に真核生物においてはおよそ半分以上のタンパク質が糖鎖付加を受けると考えられている.真核生物のN結合型糖鎖はタンパク質のAsn-X-Ser/Thrモチーフ(Xはプロリン以外のアミノ酸残基)のアスパラギン(Asn)残基に付加し,糖タンパク質の機能や安定性,品質管理,輸送などにかかわる重要な役割を果たす.糖鎖は複数の単糖がいくつか枝分かれして連なったものであるが,その構造は生物種によって大きく異なる.タンパク質の組換え発現に最も広く用いられている大腸菌は糖鎖付加機構をもたないため,糖タンパク質の生産が苦手であり,代わりに酵母や昆虫細胞,哺乳動物細胞が用いられる.酵母は安価で培養も容易であるが,糖鎖構造がヒトと大きく異なるため,機能をもったヒトの糖タンパク質を生産できない場合があり,一方で哺乳動物細胞はコストが高いという問題がある.昆虫細胞はその中間の性質を有しタンパク質の生産性も高いことから,研究室レベルから産業レベルまで広く用いられている.昆虫細胞発現系は組換えバキュロウイルスを介した遺伝子導入法が主であり,昆虫の虫体にも適用可能である.古くから絹の生産に利用され,飼育方法が確立されているカイコ(Bombyx mori)でもバキュロウイルスを利用した組換え発現系が開発されている(1).しかし,昆虫細胞やカイコが産生する糖タンパク質の糖鎖はヒトなどの哺乳動物のそれと全く同じではなく,たとえば抗体医薬やエリスロポエチンなどのヒト用バイオ医薬品の生産には向いていない.そこで,これらの生産する糖タンパク質の糖鎖構造をヒトと同様の構造にしようとする試みがなされてきた.N結合型糖鎖の生合成は小胞体からゴルジ体にかけて進行するが,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)とマンノースからなる中間体構造(図1図1■N結合型糖鎖生合成経路の一部の赤い矢印)までは昆虫も哺乳動物も共通している.哺乳動物では複数の糖転移酵素(図1図1■N結合型糖鎖生合成経路の一部のGnTII, GalT, SiaT)により糖鎖が伸長され,ガラクトースやシアル酸を含む複合型糖鎖を形成するのに対し,昆虫ではGlcNAcを取り除く酵素(FDL)により,短いパウチマンノース型糖鎖が形成される(図1図1■N結合型糖鎖生合成経路の一部).したがって,糖転移酵素の導入あるいはFDLのノックダウンが基本的なアプローチであり,昆虫細胞においては主に米国のDonald Jarvisらによって精力的に進められてきた(2).カイコ虫体を用いた糖鎖構造改変研究は日本国内の複数のグループが報告しており,昆虫細胞と同様のアプローチによってヒト型糖鎖に近い構造を有するタンパク質の生産に成功している.筆者らのグループは,ヒトの複合型糖鎖生合成酵素であるN-アセチルグルコサミン転移酵素II(GnTII)およびガラクトース転移酵素(GalT)の遺伝子を有するカイコ核多角体ウイルス(BmNPV)バクミド(バキュロウイルスのゲノムDNAを改変し大腸菌で複製可能にした環状DNAベクター)をカイコ蛹に導入することにより,末端にガラクトースまで付加した糖鎖を有する糖タンパク質を生産することに成功した(3).また,Suganumaらはバキュロウイルス発現系を用いてGalTおよびシアル酸転移酵素(SiaT)をカイコ幼虫で発現させ,シアル酸が付加した複合型糖鎖の生成を確認している(4).カイコはシアル酸転移酵素の基質となるシチジン一リン酸(CMP)–シアル酸を生合成する経路を欠いているため,これを経口あるいは注射によって補うというものであった.カイコではバキュロウイルスを利用した系だけではなく,糖転移酵素を絹糸腺で発現するように改変したトランスジェニックカイコも作出されている.トランスジェニックカイコの作製はバキュロウイルスを利用した一過性発現より時間を要するが,絹糸腺で発現させた糖タンパク質を繭から抽出できるというメリットがある.完全にヒト型糖鎖構造を有する糖タンパク質を生産するには課題が多いが,今後さらに効率的に糖鎖構造を改変する研究が期待される.

図1■N結合型糖鎖生合成経路の一部

ゴルジ体における糖鎖生合成経路を簡略的に示した.種々の糖質加水分解酵素(Golgi ManII, FDLなど)や糖転移酵素(GnTI, GnTII, GalT, SiaT, FucTなど)によって,糖が付加されたり取り除かれたりして多様な糖鎖構造を生んでいる.赤矢印で示した糖鎖が哺乳動物と昆虫の生合成経路の分岐点である.また近年,チョウ目昆虫で検出された特徴的な複合型糖鎖の一例を括弧内に示した.

一方,ヒトなどに比べてカイコの糖鎖の構造と機能については,不明な部分が多い.昆虫のモデル生物であるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)やコクヌストモドキ(Tribolium castaneum)を用いた研究では,糖鎖生合成にかかわる酵素をノックダウンすることによって,発生や変態に異常をきたしたり,中枢神経系や免疫に影響したりすることが報告されているが,カイコではそのような研究例は報告されていない.また,カイコなどの昆虫がなぜこのような短い糖鎖を作るのか,という問いに対する答えは見つかっていない.興味深いことにカイコのゲノムには哺乳動物の複合型糖鎖生合成にかかわる糖転移酵素と相同性を有する遺伝子が存在している.筆者はカイコのGnTIIオルソログ(BmGnTII)とGalTオルソログ(BmGalNAcT)をクローニングし,組換え酵素を上述のバクミドを利用したカイコ発現系にて調製して性質を調べた.その結果,BmGnTIIはヒトのGnTIIと同様のGlcNAc転移活性を示し,pH依存性やマンガンイオン(Mn2+)を要する性質は類似していた(5).一方,BmGalNAcTはヒトGalTと同じくMn2+要求性であるが,ガラクトースよりむしろN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を好むことを明らかにした(6).ヒト由来の酵素の立体構造との比較からBmGnTIIの基質認識にかかわるアミノ酸残基は完全に保存されているものの,GalTのガラクトースの2-OH基を認識するアミノ酸残基がBmGalNAcTでは保存されていなかった(図2図2■BmGalNAcTと哺乳動物GalTの基質結合部位の構造).この部位(Ile298とIle310)を異なるアミノ酸に置換した変異体のGalNAc転移活性が低下したことから,この残基が基質特異性に重要であることが明らかになった.これらの酵素はキイロショウジョウバエやほかのチョウ目昆虫でも見いだされており,昆虫間で広く保存されていることがわかる.さらに興味深いことに昆虫にも複合型糖鎖と呼べるようなさまざまな糖鎖構造が見つかっている.カイコと同じチョウ目であるイラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)の幼虫や培養細胞やマイマイガ(Lymantria dispar)の培養細胞では,GlcNAcだけでなく,GalNAc,ガラクトース,グルクロン酸などで伸長された特徴的な糖鎖が検出されている(7)図1図1■N結合型糖鎖生合成経路の一部).カイコではそのような例は報告されていないが,同様の糖鎖を有している可能性は十分に考えられる.しかしながら,前述の糖転移酵素とこれらの複合型糖鎖とのかかわりについては未知である.

図2■BmGalNAcTと哺乳動物GalTの基質結合部位の構造

BmGalNAcTのホモロジーモデル(緑)と哺乳動物のGalTと基質であるUDP-GalNAcの複合体構造(Protein Data Bank ID, 1OQM,水色)を重ね合わせた.保存されていないアミノ酸残基を赤枠で囲った.

ここまで述べてきた研究がすべてではないが,カイコにおける糖鎖研究は組換え糖タンパク質の糖鎖工学の観点から行われてきたものが多い.昆虫では前述の糖転移酵素に加えて,活性を有するシアル酸転移酵素やCMP-シアル酸合成酵素のオルソログ遺伝子が見いだされており,ヒト型糖鎖構造を生合成できるポテンシャルは秘めているが,内在的な発現やその局在などを明らかにすることが課題となろう.また,糖鎖構造を改変することによるカイコ虫体や培養細胞への影響も定かではない.カイコにおいてより効率的にヒト型糖鎖を産生するためには,さらなる基礎的な研究が求められる.その過程で昆虫がなぜわれわれ哺乳動物と異なる糖鎖構造をもつようになったか明らかになることが期待される.

Reference

1) S. Maeda, T. Kawai, M. Obinata, H. Fujiwara, T. Horiuchi, Y. Saeki, Y. Sato & M. Furusawa: Nature, 315, 592 (1985).

2) T. Kato, N. Kako, K. Kikuta, T. Miyazaki, S. Kondo, H. Yagi, K. Kato & E. Y. Park: Sci. Rep., 7, 1409 (2017).

3) C. Geisler, H. Mabashi-Asazuma & D. L. Jarvis: Methods Mol. Biol., 1321, 131 (2015).

4) M. Suganuma, T. Nomura, Y. Higa, Y. Kataoka, S. Funaguma, H. Okazaki, T. Suzuki, K. Fujiyama, H. Sezutsu, K. I. Tatematsu et al.: J. Biosci. Bioeng., 126, 9 (2018).

5) T. Miyazaki, R. Miyashita, S. Mori, T. Kato & E. Y. Park: J. Biosci. Bioeng., 127, 273 (2019).

6) T. Miyazaki, R. Miyashita, S. Nakamura, M. Ikegaya, T. Kato & E. Y. Park: Insect Biochem. Mol. Biol., 115, 103254 (2019).

7) R. Stanton, A. Hykollari, B. Eckmair, D. Malzl, M. Dragosits, D. Palmberger, P. Wang, I. B. H. Wilson & K. Paschinger: Biochim. Biophys. Acta, Gen. Subj., 1861, 699 (2017).