解説

土壌,そして植物への放射性セシウムの動態新たに解明されたイネのセシウムの吸収機構

Dynamics of Radio-Cesium in the Soils and Plants: Newly Elucidated Mechanism of the Cesium Uptake into Rice Plants

Hiroki Rai

泰樹

秋田県立大学生物資源科学部

Miku Kawabata

河端 美玖

秋田県立大学生物資源科学部

Published: 2020-06-01

2011年の東日本大震災は福島第一原発の事故をも引き起こした.9年近くが経過したが,放射性セシウム(Cs)による土壌汚染は今なお復興の障壁となっている.放射性Csは土壌に強く吸着しており,雨水の浸透などでは動かない.しかし,植物の吸収力は強く,その一部を吸収し,生態系への再拡散や,食品の放射能汚染の要因となる.環境を構成する主要なピースである植物のCs動態は重要であるが,高等植物の詳細なCsの吸収メカニズムは今まで不明であったが,震災後,農作物へのCs吸収に関する研究は大きく進みつつある.本解説では農地を中心とした環境中のCs動態とその対策,植物におけるカリウムとの関係,そして新たに解明されたイネのCs吸収経路についての知見を紹介する.

はじめに

1986年の旧ソ連のチェルノブイリ,2011年のわが国の福島第一原発の原発事故により,人類は広範囲の放射能汚染を二度経験した.チェルノブイリの事故では放射性キセノン(133Xe),ヨウ素(131I),セシウム(134,137Cs),ストロンチウム(90Sr),ジルコニウム(95Zr),ルテニウム(103,106Ru),プルトニウム(239Pu)など数多くの放射性核種が放出された(1)1) 今中哲二:科学,86, 3 (2016).図1図1■チェルノブイリ原子力発電所事故と福島第一原発事故の違い).半減期が比較的短い131Iなどが減衰した後も137Csや90Srなどの半減期が長い核種が今なお環境中に残留している.なかでも134,137Csによる汚染は深刻であり,土壌汚染による高い空間線量と,農作物もしくは牧草を通した乳製品といった食品の放射能汚染が大きな問題となった(2, 3)2) S. V. Fesenko, R. M. Alexakhin, M. I. Balonov, I. M. Bogdevitch, B. J. Howard, V. A. Kashparov, N. I. Sanzharova, A. V. Panov, G. Voigt & Y. M. Zhuchenka: Sci. Total Environ., 383, 1 (2007).3) 国際原子力機関:チェルノブイリ原発事故による環境への影響とその修復ISBN 92-0-114705-8, 2006

図1■チェルノブイリ原子力発電所事故と福島第一原発事故の違い

チェルノブイリ原子力発電所の事故では格納容器自体が爆発し,炉心が露出状態となったため,高沸点の(重い)放射性核種までが放出された.それに対し,福島第一原発では格納容器から漏れ出た低沸点の放射性核種が原発から放出され,短寿命の核種が減衰した現在では放射性セシウム(134,137Cs)が環境中に残留している.この放射性セシウムによる外部被ばく,食品を通した内部被ばくが問題となる.

わが国で発生した東京電力福島第一原発の事故でも133Xe,131I,134,137Csが放出された.チェルノブイリでは格納容器が爆発・破損し,炉心が露出したため,沸点が高い239Puや90Srなどの炉心の構成核種までもが拡散した.それに対し,福島第一原発の事故では格納容器自体は大きく破損せず,ベントや水素爆発による建屋の破損で格納容器から漏れ出していた133Xeや沸点の低い131I,134,137Csが大気に放出され,風にのって拡散した点が大きく異なる(1, 4)1) 今中哲二:科学,86, 3 (2016).4) M. Chino, H. Nakayama, H. Nagai, H. Terada, G. Katata & H. Yamazawa: J. Nucl. Sci. Technol., 48, 1129 (2011).133Xeは大気拡散し,131Iは半減期が8.04日と短いため,事故後数カ月で減衰し,完全に検出されなくなった.その一方で,放射性Csの半減期は長く(134Cs; 2.06年,137Cs; 30.2年),また,土壌に吸着しやすい性質があるため,降下した地域に長期にわたって留まり続け,被災地域の放射能汚染の原因となっている(5)5) 浅見輝男:福島原発事故 土壌と農作物の放射性核種汚染,アグリ技術センター図1図1■チェルノブイリ原子力発電所事故と福島第一原発事故の違い).

原発自体の廃炉や汚染水の処理といった原発敷地内の問題を除くと,福島第一原発事故による被災地域への影響は,環境に残留した放射性Csの問題に尽きるといえよう.

環境中にとどまる放射性Csには2つの問題がある.一つは放射性Csの崩壊によりベータ線,ガンマ線が放出され,ヒトが外部被ばくを受けること.もう一つは放射性Csを農作物が取り込み,それをヒトが摂取することによって放射性Csの崩壊時に内部被ばくを受けることである(図1図1■チェルノブイリ原子力発電所事故と福島第一原発事故の違い).

そのため,震災直後から多くの研究者や行政機関がモニタリングを続け,環境中における放射性Csの挙動の把握を進めてきた.地上に降下した放射性Cs量,土壌や河川水の放射性Cs濃度,また,コメをはじめとする農作物中のCs濃度の調査が網羅的に実施されている(6~8)6) 神山和則:日本土壌肥料学雑誌,85, 73 (2014).7) 三浦吉則:日本土壌肥料学雑誌,85, 144 (2014).8) N. Nihei: “Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident.” ed. by T. M. Nakanishi & K. Tanoi, Springer ISBN 978-4-431-543228-2_8, 2013, 73.そのなかで放射性Csは汚染地域の多くの土壌でほぼ不可逆的に吸着すること,そのため土壌の垂直方向への移動度が低いこと,土壌から植物へどの程度吸収されるかなど実際の環境における放射性Csの動態把握は着実に進んでいる(9)9) 山口紀子:土壌の物理性,126, 11 (2014).

農作物については継続的なモニタリングの結果,初期には一部基準値を超過している例も見られたが,現時点では,放射性Csの基準値を超過した農作物は発生しておらず,出荷されることはない(10)10) N. Nihei, K. Tanoi & T. M. Nakanishi: Sci. Rep., 5, 8653 (2015)..しかし,今後も,われわれは放射性Csの植物への移行をモニタリングし,農作物への吸収を可能な限り抑止し,農作物の安全性を担保していかなくてはならない.

震災以降,放射性Csが降下した地域では農産物への放射性Csの吸収を可能な限り抑止するため,除染やカリ肥料の増施,土壌改良資材の投入など物理・化学的な対策が実施されている(11~14)11) S. Fujimura, K. Yoshioka, T. Saito, M. Sato, M. Sato, Y. Sakuma & Y. Muramatsu: Plant Prod. Sci., 16, 166 (2013).12) N. Kato, N. Kihou, S. Fujimura & M. Ikeba: Soil Sci. Plant Nutr., 61, 179 (2015).13) 農林水産省:農地除染対策の技術書,https://www.maff.go.jp/j/nousin/seko/josen/, 2013.14) 佐久間祐樹,佐藤 誠:福島県農業総合研究センター研究報告,放射性物質対策特集号37(2013)..しかしその一方で,農作物をはじめとする高等植物の輸送体レベルのCs吸収機構や体内輸送についてはほとんど特定されていなかった.

そこで本解説では,土壌中のCs動態の概要からモデル植物を中心とした高等植物におけるこれまでのCs動態の知見,震災後,新たに解明されたイネのCs吸収メカニズムを解説する.

事故後の環境中での放射性セシウムの動態

CsはNaやKと同じアルカリ金属系列に属し,環境中では通常一価の陽イオンCsの形態をとる.NaやKと同様,その塩の溶解度は非常に高い(DNAの密度勾配遠心ではCsClを数モル溶かした比重液が使われる).原発から放出された大気中の放射性Csは,水とともに地上へ降下する.農地では土壌表面に,森林では樹木の葉や樹皮に付着し,いずれ落ち葉などが堆積した有機物層に入る.そして,有機物の分解に伴い粘土鉱物のあるA層に徐々に移行する(15)15) 金子真司,高橋正通,池田重人,赤間亮夫:日本土壌肥料学雑誌,85, 86 (2014)..ここで放射性Csは,同族のKやNaと明らかに異なる挙動を示す.

土壌に含まれる粘土や腐植は,通常マイナスに帯電し,陽イオンであるCsやKなどを吸着する置換座をもつ.それに加え,土壌中にはCsを特異的に吸着するサイトが存在する.土壌には層状構造をもつ粘土鉱物(雲母類)が含まれており,その層間はKやMg2+といった陽イオンが接着剤の役割をしてつなぎとめている.これら土壌中の雲母は風化作用を受け,外縁部から層間のイオンが徐々に脱離し,粘土鉱物の端では層と層の間が少し開いた状態になっている.イオン半径が大きく,水和水の少ないCsに対し,この綻んでいる部分(Frayed edge site)は特異的に高い吸着性を示す.その吸着の強さはKへの1,000倍以上であり,ほぼ不可逆的な吸着となる(9, 16, 17)9) 山口紀子:土壌の物理性,126, 11 (2014).16) 山口紀子,高田裕介,林健太郎,石川 覚,倉俣正人,江口定夫,吉川省子,坂口 敦,朝田 景,和穎朗太:農環技報,31, 75 (2012).17) 中尾 淳:学術の動向,10, 40 (2012)..多くの土壌でフレイドエッジサイトは,放射性Csの吸着に必要な数よりもはるかに多く存在するため,時間の経過とともにこのサイトに放射性Csが捕捉していくことで固定化が進み,土壌中ではほとんど移動しなくなる(18, 19)18) 塩沢 昌:学術の動向,10, 28 (2012).19) S. Almgren & M. Isaksson: J. Environ. Radioact., 91, 90 (2006).図2図2■土壌中でのセシウムの動態と農地の土壌汚染への対策左).

図2■土壌中でのセシウムの動態と農地の土壌汚染への対策

土壌に入った放射性セシウムはKなどのほかの陽イオンと同様に土壌のマイナス電荷に吸着するのに加え,フレイドエッジサイトに強く固定化される.そのため放射性セシウムは下層には移行せず土壌の表土にほとんどが集積する.そこで放射性Csが高い地域の農地では表土の剥ぎ取り,低い農地では下層土との混和や吸着材となる土壌改良資材の施用,作物への吸収において競合するカリ肥料の増施などが行われている.

人為的なかく乱がない場合,放射性Csの大部分は土壌の表層数cmに集中して存在するのはこのためである.

農地について,土壌の放射性Cs濃度が比較的高い地域では,表層5 cm程度の表土を除去する除染作業が行われている(13, 20)13) 農林水産省:農地除染対策の技術書,https://www.maff.go.jp/j/nousin/seko/josen/, 2013.20) 宮下淸貴:学術の動向,10, 46 (2012).図2図2■土壌中でのセシウムの動態と農地の土壌汚染への対策右上).しかし,僅か数cmの表土でも,取り除く土壌は莫大な量であり,除去された汚染土壌の保管・処理は,今後数十年にも及び,大きな問題となっている.また,表土を除去した土壌の肥沃度の低下は深刻であり,地力の回復には堆肥など有機物の継続的な投入と相当な時間が必要となる.土壌学では土壌が1 cm形成されるには100年以上の年月がかかることを必ず最初に教えられる.数百年分という途方もないストックを失ってしまった農地の生産性を回復させることは容易ではないことは明らかである.

一方,土壌中の放射性Cs濃度が低い農地では,反転耕による天地返しや深耕によって作土の放射性Cs濃度を低下させるとともに,ゼオライトなどの土壌改良資材の投入,カリ肥料の増施などの農作物の放射性Csの吸収抑制対策が実施され,作付けが再開されている(14, 20~22)14) 佐久間祐樹,佐藤 誠:福島県農業総合研究センター研究報告,放射性物質対策特集号37(2013).20) 宮下淸貴:学術の動向,10, 46 (2012).21) 小林浩幸:日本土壌肥料学雑誌,85, 94 (2014).22) 渡邊好昭:日本土壌肥料学雑誌,85, 129 (2014).図2図2■土壌中でのセシウムの動態と農地の土壌汚染への対策右下).

以上のように,震災後9年が経過した現在では,放射性Csの大部分は土壌に移行していると考えられ,その移動にかかわるのは「水」,「植物」,「ヒト」にほぼ限られる.先にも述べたとおり,Csは粘土のフレイドエッジサイトに捕捉されているため,雨水の浸透ではほぼ移動しない.したがって,人為的な影響を除くと,放射性Csの挙動に影響を与えるのは残る「植物」となる.

植物はなぜセシウムを吸収するのか?

植物は,物理的性質が近い必須元素のKと間違ってCsを吸収していることが以前から考えられてきた.Kと同族イオンであるRbの植物における挙動は全く同じであり,RbはKのトレーサーとしてKの吸収・移行解析に用いられている.Csについては1941年にKと同じ吸収メカニズムで植物に取り込まれる説が提唱されて以降,栽培試験などによりKとCsの吸収には拮抗性があることが明らかにされてきた(23)23) R. Collander: Plant Physiol., 16, 691 (1941)..その知見に基づき,農作物の放射性Csの吸収抑制対策の一つとしてチェルノブイリではカリ肥料の施肥が行われた(24)24) International Atomic Energy Agency : Technologies for remediation of radioactively contaminated sites., IAEA-TECDOC-1086 (1999).

日本でも震災以降,作付けが再開された低濃度の汚染圃場ではカリ肥料の増施が実施されている.カリ肥料を水田に施用するとイネの放射性Csの吸収量は大幅に低下する.植物が利用可能なK量を示す交換性Kが一定量以上になると,コメの放射性Csの吸収量はそれ以上低下しにくくなることが明らかになった.現在は土壌の交換性Kに目標値(25 mg K2O/100 g soil)が設定され,カリ肥料が施用されている(12, 25~27)12) N. Kato, N. Kihou, S. Fujimura & M. Ikeba: Soil Sci. Plant Nutr., 61, 179 (2015).25) 太田 健:日本土壌肥料学雑誌,85, 90 (2014).26) 神山和則,小原 洋,高田裕介,齋藤 隆,佐藤睦人,吉岡邦雄,谷山一郎:農環研報,34, 63 (2015).27) M. Kondo, H. Maeda, A. Goto, H. Nakano, N. Kiho, T. Makino, M. Sato, S. Fujimura, T. Eguchi, M. Hachinohe et al.: Soil Sci. Plant Nutr., 61, 133 (2015)..また,イネの水耕栽培による実験でもK濃度が高くするとCsの吸収量は激減する.CsがKとほぼ同じ吸収メカニズムが植物に取り込まれているのは間違いない.

以上のように,植物はCsを吸収量の多いKと同じく吸収する.しかし,実際の環境中では植物はCsを僅かにしか吸収しない(できない).土壌中にはCsよりもはるかに多くのKが存在している.さらに,このKはCsのように土壌に特異的に吸着されず,植物への可給態量が圧倒的に多い.また,後述するが水溶液にイオンとして溶存している状態でも,植物への吸収では,その選択性においてCsはKよりも劣位である.よって,土壌–植物間では実際にはCsは植物にほとんど移行せず,特に放射性Csは植物にまさしくトレーサーとしてしか取り込まれない.

震災後に,菜種やヒマワリを栽培して土壌から植物で放射性Csを除去しようとするファイトレメディエーション(ファイレメ)が各地で試みられた.しかし,ファイレメの有効性を検証した実験では,アマランサス,ヒマワリ,ソルガムの放射性Cs除去率(淡色黒ボク土で栽培)は0.109, 0.059, 0.056%に過ぎず,壊変による自然減衰のほうがはるかに速いという結果となった(28)28) 佐藤睦人:日本土壌肥料学雑誌,85,136 (2014).

つまり,土壌への強い吸着,植物のそこそこ強い吸収力,Kとの競合などにより,極めて不完全かつ中途半端に放射性Csを吸収してしまうことが,植物と放射性Csとの関係の本質である.

植物にとってのカリウムの重要性

植物のKの吸収メカニズムはどのようなものか.植物体内ではKは主に細胞の浸透圧調節を担っており,その吸収量は窒素に次いで非常に多い.細胞内のK濃度はそれ自体が細胞内の生体反応の場として重要である.植物は体内の部位,組織によって細胞膜上でさまざまなK輸送体を使用して濃度の調整を行っており,細胞内のK濃度の調整機構は複雑である.また,Kはすべての細胞でもれなく一定の濃度で必要とされる.そのため,すべての組織にKを輸送するため,植物の体内では相当数のK輸送体が常に協業する複雑な輸送ネットワークが構築されている.

ゲノム解析の結果,細胞にKを取り込む(もしくは排出する)輸送体としてシロイヌナズナでは35種類,イネでは50種類もの遺伝子が見つかっている(29~31)29) Z. Yang, Q. Gao, C. Sun, W. Li, S. Gu & C. Xu: J. Genet. Genomics, 36, 161 (2009).30) R. N. Amrutha, P. N. Sekhar, R. K. Varshney & P. B. K. Kishor: Plant Sci., 172, 708 (2007).31) M. Gupta, X. Qiu, L. Wang, W. Xie, C. Zhang, L. Xiong, X. Lian & Q. Zhang: Mol. Genet. Genomics, 280, 437 (2008)..K輸送体はタイプ別に5つの遺伝子ファミリーに分かれる輸送体群であり,その数は極めて多い.

以上のように,Kの吸収・輸送経路は多くの輸送体で構築されており,これまで根へのKの吸収などその一部しか明らかになっていない.

カリウム輸送体による植物のカリウムイオン吸収メカニズム

植物の基本的な養分(イオン)の吸収メカニズムとこれまでに明らかにされているK輸送体の種類と機能についてその概略を示す.

植物は土壌溶液中に溶け込んでいる無機イオンを養分として成長する.近年の分子生物学的な手法により,植物の根毛や表皮細胞の細胞膜上にはポンプ,キャリア,チャンネルといった膜タンパク質が配置されており,これらが協業して効率的に無機イオンを細胞に取り込んでいることが明らかにされている(32)32) L. テイツ,E. ザイガー編:“植物生理学”第3版,培風館,84.

植物は根に無機イオンを取り込むおおもとの駆動力に水分子由来のHを利用している.根の細胞は細胞外にH-ATPaseでHを常時排出しており,細胞質のpHが7~8であるのに対し,根のアポプラスト(根の細胞間隙,細胞壁)もしくは根近傍のpHは5~6であり,細胞内外のHの濃度差は100倍にも達する.

また,プラスの電荷のHを能動的に細胞外へくみ出すことで,細胞膜の内外で内側が-,外側が+という電位差(−100~−200 mV)を膜電位に生じさせている.

細胞内に陽イオンを取り込む輸送体は,主にキャリアタイプとチャンネルタイプの2つに分けられる.Kの取り込みでは,キャリアタイプのK輸送体はKUP/HAK/KT familyもしくは単純にHAK family(High Affinity K transporter)と呼ばれ,Hとの共輸送によってKを細胞内に取り込む.HAKによるKの取り込みには膜タンパク質自体へのKとHの結合が必要であり,K濃度と細胞内への吸収速度をプロットした吸収曲線は酵素反応と同様にMichaelis–Menten式に従う.キャリアタイプの輸送体は高親和性であり,細胞外のK濃度が低い場合でもKを細胞内に取り込むことができる(33, 34)33) A. Rodríguez-Navarro: Biochim. Biophys. Acta, 1469, 1 (2000).34) M. W. Szczerba, D. T. Britto & H. J. Kronzucker: J. Plant Physiol., 166, 447 (2009).図3図3■植物のカリウムイオンの吸収メカニズム).HAKファミリーはK輸送体のなかでも最も数が多く,シロイヌナズナではAtHAK1から13,イネではOsHAK1から27までがそれぞれのゲノム上に見つかっている(29)29) Z. Yang, Q. Gao, C. Sun, W. Li, S. Gu & C. Xu: J. Genet. Genomics, 36, 161 (2009).

図3■植物のカリウムイオンの吸収メカニズム

植物は常にH-ATPaseでHを細胞外に汲み出している.その結果生じるHの濃度勾配と細胞膜を隔てた膜内外の電位差により,Kを取り込んでいる.K濃度が低いときには主にHAKなどのキャリアタイプのK輸送体がHとの共輸送によりKを取り込み,K濃度が高いときにはチャンネルタイプのK輸送体が電位差を利用してKを細胞内に取り込んでいる.

一方,チャンネルタイプは,主にK濃度が高いときにその能力を発揮する.チャンネルタイプの輸送体は膜タンパク質への基質の結合が必要ないため,1秒間に106個ものイオンを透過させることができる.Kチャンネルは,細胞内に取り込む内向き整流タイプ(Inward Rectifying K(KIR)channel)と細胞外に排出する外向き整流タイプ(Outward Rectifying K(KOR)channel)があり,イオンを透過させる方向性がそれぞれ決まっている.植物の根は,細胞外のK濃度が比較的高いときには,KIRチャンネルを利用して受動的にKを細胞内に取り込むとされている.しかし,植物の細胞内のK濃度は100 mM以上であるのに対し,Kを相当多く含む土壌でも土壌溶液中のK濃度は1 mM程度に過ぎない.すなわち,細胞内のK濃度は細胞外に比べて,常に100倍以上高く,単純なKの濃度勾配だけではチャンネルはKを取り込めないはずである(逆流すら起きる).植物の根の細胞では,Hを細胞外にくみ出し,膜電位をKの平衡電位よりも負にすることで,その電位差によりプラスの電荷のKを引き込んでいる(図3図3■植物のカリウムイオンの吸収メカニズム).さらに,KIRチャンネルは,膜電位がKの平衡電位よりも負になったときにだけ孔(pore)が解放される機能(整流性)を備えている(33, 34)33) A. Rodríguez-Navarro: Biochim. Biophys. Acta, 1469, 1 (2000).34) M. W. Szczerba, D. T. Britto & H. J. Kronzucker: J. Plant Physiol., 166, 447 (2009).

植物の根へのKの取り込みは,土壌のK濃度に応じて,これらのキャリアタイプ,チャンネルタイプが使い分けられていることが示されている.土壌溶液中のK濃度が低いとき(0.1 mM以下)には,イネではOsHAK1やOsHAK5,シロイヌナズナではAtHAK5やAtKUP7などの高親和性のHAKファミリーが主に働き,K濃度が高いとき(0.1 mM以上)にはイネではOsAKT1,シロイヌナズナではAtAKT1(AKT1; Arabidopsis K Transporter)などのKIRチャンネルが主にKの取り込みを担うモデルが提唱されている(35)35) M. Nieves-Cordones, V. Martínez, B. Benito & F. Rubio: Front. Plant Sci., 7, 992 (2016).図3図3■植物のカリウムイオンの吸収メカニズム).

また,イネの根におけるK輸送体の遺伝子発現を解析した研究では,HAKについてはOsHAK1, 7, 16の発現量は常に高く,K欠乏時にはさらに多くのHAKが高発現することも示されている(36)36) T. Okada, H. Nakayama, A. Shinmyo & K. Yoshida: Plant Biotechnol., 25, 241 (2008)..このように根においてだけでも,植物は主要なK輸送体を中心としたその他多くのK輸送体でKを取り込み,体内輸送している.

根の細胞に取り込まれた後のKは,原形質連絡を経由して,中心柱の導管の隣接細胞より外向き整流チャンネル(KOR)で細胞から放出され,その後導管に入り,地上部に輸送される(35)35) M. Nieves-Cordones, V. Martínez, B. Benito & F. Rubio: Front. Plant Sci., 7, 992 (2016)..中心柱付近ではOsHAK5などの一部のHAKも強く発現して何らかの調節を行っているが,Kの詳しい導管ローディングのメカニズムはいまだ明らかになっていない.

カリウム輸送体のセシウムイオン輸送性

植物のK輸送体がCsも輸送しているかについては,これまでに水耕栽培の溶液のイオン組成を変えた吸収競合試験,微細電極を用いた電気化学的手法,シロイヌナズナなどのK輸送体のノックアウト系統を用いて研究されてきている.

K, Rb, Csが同じメカニズムで根に吸収されるという説が提唱されて以降,大麦や小麦などの水耕栽培でこれらアルカリ金属イオンの吸収試験が行われた.そのなかでCsはKと同じく,溶液中のCs濃度に対し,2段の曲線からなる双曲線で吸収されるということが明らかにされた(37)37) E. Epstein: “Mineral nutrition of plants: principles and perspectives”, Wiley, 1972.これは至適濃度が異なる2種類の輸送体(高親和性と低親和性)によりCsが根に取り込まれる可能性を示唆している.

Csの吸収競合については,Li≦Na<NH4<Rb≦Kで吸収阻害の効果が強くなり,アルカリ金属イオン内でも差があること,また2価イオンでも阻害はおこり,Ca2+≦Mg2+<Ba2+の順に阻害が高まることも明らかにされている(38~40).しかし,2価イオンの吸収阻害効果は不完全であり,ホウレンソウではCa2+濃度を500 µM以上に高めても,Csの吸収抑制は頭打ちになり,一定量のCsが取り込まれる(41)41) E. Smolders, L. Sweeck, R. Merckx & A. Cremers: J. Environ. Radioact., 34, 161 (1997)..すなわち,2価イオンの阻害を受ける輸送体と受けない輸送体でCsが取り込まれている可能性が考えられている.

電気化学的手法を用いた研究ではKの取り込み,輸送に関与する高親和性のHAK,低親和性のKIRチャンネル,KORチャンネル,および電圧非感受性陽イオンチャンネル(Voltage Insensitive Cation(VIC)channels)のいずれもがCs透過性であることが示されている(42)42) P. J. White & M. R. Broadley: New Phytol., 147, 241 (2000).

また,KIRチャンネル,VICチャンネルについてはCsの透過性がKとの比較で詳しく調べられている.大麦のKIRチャンネルのCs透過量はK比で0.39~0.43,シロイヌナズナではさらに低く0.07であり,KIRチャンネルのCsの透過性はKよりも低い.通常の土壌の濃度比(Kと比較してCsの濃度は極めて低い)を考慮すると,CsはKIRチャンネルからはほぼ取り込まれない(Cs濃度が高いと逆にKの透過が阻害されると予測されている)(43, 44)43) L. Wegner & K. Raschke: Plant Physiol., 105, 799 (1994).44) F. J. M. Maathuis & D. Sanders: Planta, 197, 456 (1995).

それに対し,VICチャンネル(ライ麦)のCs透過性はK比0.85と高く,また,その機能はCa2+で一部阻害されることが明らかにされている(45)45) P. J. White & M. A. Tester: Planta, 186, 188 (1992)..VICチャネルはイオンの透過性における選択性が低い,膜電位に依存しないチャンネル群であり,主にKやNH4, Naなどの1価のカチオンを取り込むと考えられている(NSCCNon-Selective Cation Channelとも呼ばれる).近年,植物のNa吸収に関与していると注目されているが,HAKやKIRチャンネルに比べ,VICチャンネルについてはその種類や機能,役割など明らかにされていないところが多い(46, 47)46) A. Amtmann & D. Sanders: Adv. Bot. Res., 29, 75 (1999).47) P. J. White: Trends Plant Sci., 4, 245 (1999)..Cs吸収にはこのVICチャンネルが大きく関与していると予想されている.

最後に,モデル植物であるシロイヌナズナの変異体解析による研究結果を紹介する.シロイヌナズナではHAKやAKTなどのK輸送体の欠失変異体が得られており,これらを用いてCs吸収への影響が調べられている.AtHAK5はK濃度が低いときに,主にKを取り込む高親和性のK輸送体だが,このAtHAK5欠失変異体ではCsの吸収量が有意に低下する(48)48) Z. Qi, C. R. Hampton, R. Shin, B. J. Barkla, P. J. White & D. P. Schachtman: J. Exp. Bot., 59, 595 (2008)..それに対し,KIRチャンネルのAtAKT1欠失変異体ではCs吸収は大きく変化しない(49)49) M. R. Broadley, A. J. Escobar-Gutiérrez, H. C. Bowen, N. J. Willey & P. J. White: J. Exp. Bot., 52, 839 (2001)..このことは,後ほど紹介するWhiteらによるモデルと合致する.しかし,この研究ではK欠乏時のAtHAK5欠失変異体のCs吸収量はそこまで大きく低下しなかったため,CsがほかのK輸送体により吸収されることが考えられていた(ごく最近AtHAK5欠失変異体を放射性Cs汚染土壌で栽培すると野生型より吸収量が大幅に低下するという結果が報告されている(50)50) K. Tanoi, T. Nobori, S. Shiomi, T. Saito, N. I. Kobayashi, N. Leonhardt & T. M. Nakanishi: “Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident (III),” ed. by T. M. Nakanishi, M. O’Brien & K. Tanoi, Springer, ISBN 978-981-13-3217-3, 15 (2019).).

Kにおいては,AtHAK5, AtAKT1の欠失変異体および両者の二重変異体のK吸収を調べた結果,K濃度が0.01 mM以下ではAtHAK5しかK取り込みに関与せず,0.01~0.05 mMではAtHAK5とAtAKT1の両者がKを取り込む.そしてそれ以上のK濃度ではAtAKT1とそのほかの低親和性輸送体がKを取り込むことが示唆されている(51)51) F. Rubio, F. Alemán, M. Nieves-Cordones & V. Martínez: Physiol. Plant., 139, 220 (2010)..またAtHAK5, AtAKT1という主要なK輸送体の両方をノックアウトしてもK濃度が0.05 mM以上では生育可能であった.AtHAK5, AtAKT1以外のK輸送体がKを取りこみ,2つのK輸送体の欠失を補完した(できる)と考えられる.

これらの研究から,要約すると

以上が,高等植物のCs吸収について示唆されている.

これらの結果から,Whiteらは,VICチャンネルとHAK familyが主にCsを根に取り込んでおり,AKT1などのKIRチャンネルは取り込みにほぼ関与しないという植物のCs吸収モデルを提案している(42)42) P. J. White & M. R. Broadley: New Phytol., 147, 241 (2000)..このモデルの証明のためには,やはり突然変異などによる主要経路の欠失によるCs吸収が低下した系統もしくは完全なノックアウトした系統による解析が望まれる.しかし,モデル植物にこれらの主要経路を欠失した変異系統がない,もしくは欠失した系統でもKと同様に,残存する経路によりCs吸収が補完され,予想通りには低下しなかったという結果になっていた.K輸送体の数やその経路に見られる養分獲得の多重性がCs吸収経路の証明を妨げてきたと考えられる.

明らかになったイネの根へのセシウムの吸収メカニズム

震災以降の研究で,日本の主要な農作物であるイネについてはカリ肥料の施肥効果のほかに,即応的に多品種の栽培試験が実施され,品種間のCs吸収量の差などが調べられた.ジャポニカ種とインディカ種ではジャポニカ種のほうが玄米の放射性Csは低いこと,ジャポニカ種のなか(18種類)では最大2.5倍程度異なるが,K濃度が高い品種は放射性Cs濃度も高い傾向があること,主要品種の「コシヒカリ」および「日本晴」の吸収量は中程度であることが示された(52)52) 小野勇治,佐藤弘一,佐久間秀明,根本圭介,田野井慶太朗,中西友子:福島県農業総合研究センター研究報告,放射性物質対策特集号29(2013)..しかし,極端な低吸収品種(玄米)もしくは高吸収品種(茎葉部)は見つかっていない.

変異系統を用いた実験も進められ,突然変異体の解析でイネの根へのCsの吸収メカニズムが明らかになった.われわれの研究グループは化学変異処理で突然変異を誘発させた8,027個体のイネ突然変異体の元素吸収量を分析した結果,玄米のCs濃度が野生型の10%以下になるCs低吸収系統を発見した.原因遺伝子を同定したところ,根で発現する高親和性のHAK familyの一つであるOsHAK1であった(53)53) H. Rai, S. Yokoyama, N. Satoh-Nagasawa, J. Furukawa, T. Nomi, Y. Ito, S. Fujimura, H. Takahashi, R. Suzuki, Y. E. L. Mannai et al.: Plant Cell Physiol., 58, 1486 (2017)..多段階のK濃度を設けて行った水耕栽培の結果,このOsHAK1欠失変異体が,根に取り込むCsは,通常の土壌のK濃度の範囲では1/8以下に激減する.この変異体を137Cs濃度が高く,K濃度が低い現地圃場で栽培すると,野生型の玄米の137Csが44 Bq/kgであったのに対し,低吸収系統は検出限界の4.9 Bq/kg以下とその吸収量は約1/10となった.Csの吸収量が激減する一方で,Kの吸収量は野生型と大きく変化せず,OsHAK1が欠失してもほかのK輸送体が,OsHAK1のKの吸収分を補完していることから,イネの根の表面で発現するOsHAK1以外の(OsAKT1を中心とする)K輸送体はCsをほとんど吸収しないことが合わせて示された(53)53) H. Rai, S. Yokoyama, N. Satoh-Nagasawa, J. Furukawa, T. Nomi, Y. Ito, S. Fujimura, H. Takahashi, R. Suzuki, Y. E. L. Mannai et al.: Plant Cell Physiol., 58, 1486 (2017).図4図4■イネのセシウム吸収メカニズム).この結果は先述のWhiteらが提案した高等植物のCsの吸収モデルによく合致している(42)42) P. J. White & M. R. Broadley: New Phytol., 147, 241 (2000).

図4■イネのセシウム吸収メカニズム

左図上:野生型イネはほとんどのCsをOsHAK1から取り込んでいる.左図下:OsHAK1欠失変異体は根へのCs吸収が激減するが,KはOsHAK1以外のK輸送体から取り込まれており,変異体にKを取り込むOsHAK1以外のK輸送体はCsを透過させない.右図:K濃度が100 μM時,変異体の根へのCsの取り込み速度は,野生型と比較し1/8程度に低下する.僅かに取り込まれるCsの吸収速度は溶液のK濃度によらずほぼ一定である.

K獲得の面からみると,OsHAK1のKの吸収への寄与率は,K濃度が低い条件下で高くなる(50~100 µM Kでは50~55%,1 mM Kでは30%とされている).また,OsHAK1はK欠乏条件下では8~12倍に発現誘導され,逆にK濃度が高くなると,その発現が大きく抑制されることがすでに明らかにされている(36, 54)36) T. Okada, H. Nakayama, A. Shinmyo & K. Yoshida: Plant Biotechnol., 25, 241 (2008).54) G. Chen, Q. Hu, L. Luo, T. Yang, S. Zhang, Y. Hu, L. Yu & G. Xu: Plant Cell Environ., 38, 2747 (2015)..これらの知見からもカリ肥料の使用ではK: Cs比の増加によるCsの吸収割合の低下だけでなく,OsHAK1発現抑制によるCsの吸収抑制も起こっていると思われる.

また,イネのOsHAK1については逆遺伝学的手法でもCsの吸収の制御遺伝子であったことが示されている.CRISPR-Cas9によるゲノム編集によりOsHAK1の機能を欠損させたイネのノックアウト系統は,Cs溶液に根を浸漬させても脱分極しなくなる(Csが取り込まれず,根の膜電位が変化しない).この系統をK欠乏の放射性Cs汚染土壌で栽培すると,野生型よりも放射性Csの吸収量が大幅に低下したという結果も報告されている(55)55) M. Nieves-Cordones, S. Mohamed, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, K. Takagi, A. Vernet, E. Guiderdoni, C. Perin, H. Sentenac & A. A. Very: Plant J., 92, 43 (2017).

順遺伝学的および逆遺伝学的の両方から同じ原因遺伝子にたどり着いたことは貴重な成果であり,通常のイネの栽培条件下ではほとんどのCsがOsHAK1で取り込まれていることが明らかになった.

また,間接的にHAKの発現を抑制することで,Csの吸収を低下できたという結果も報告されている.イオンビームを照射した突然変異集団から,放射性Csの吸収を親品種の30%程度に低減できる系統が得られ,この系統の原因遺伝子はOsSOS2Salt Overly Sensitive)であった.OsSOS2はイネの根の細胞中でOsSOS1(Na/H Antiporter)をリン酸化するキナーゼをコードしている.OsSOS1はリン酸化によって活性化されるため,OsSOS2のノックアウトによりOsSOS1が活性化されずに,その結果,根からのNaの排出量が減少する.細胞内Na濃度の増加は浸透圧上昇をもたらし,それが細胞に感知され,OsHAK1, OsHAK5, OsAKT1, OsHKT2などのHAKやAKT familyといったK輸送体の発現が抑制され,結果としてCsの吸収量も減少するというメカニズムが提案された.根のNa濃度の上昇というストレスによっても,イネのCsの吸収量は低下させられることが示された(56)56) S. Ishikawa, S. Hayashi, T. Abe, M. Igura, M. Kuramata, H. Tanikawa, M. Lino, T. Saito, Y. Ono, T. Ishikawa et al.: Sci. Rep., 7, 2432 (2017)..このようにイネの耐塩性のメカニズムもCs吸収抑制に利用可能である.

そのほか,明らかにされた高等植物のセシウム吸収と制御

福島第一原発の事故で,陸域に降下した放射性Csの大部分は,森林生態系に入ったと考えられる.そのため,樹木の放射性Csの吸収も重要となる.樹木のモデル植物であるポプラは長日,短日条件といった日長の違いでKの吸収が変化しないにもかかわらず,短日で6週間処理したポプラのCsの吸収量(/時間)が,長日で9週間処理したポプラの約1/4に低下した.この際,主要なHAKおよびVICチャンネルの発現量は変化しておらず,樹木は新規のCs吸収経路をもつ可能性が考えられている(57)57) Y. Noda, J. Furukawa, T. Aohara, N. Nihei, A. Hirose, K. Tanoi, T. M. Nakanishi & S. Satoh: Sci. Rep., 6, 38360 (2016).

また,K輸送体のCsとKの分子認識についても有益な成果が発表されている.PCRでシロイヌナズナのAtHAK5のcDNAにランダムに変異を入れ,酵母で異種発現させた結果,Kが結合する孔を含む第2と第3膜貫通領域の間にアミノ酸置換が生じた場合,CsやNaに対するKの選択性が100倍以上高まることが報告された(58)58) F. Alemán, F. Caballero, R. Rodenas, R. M. Rivero, V. Maetinez & F. Rubio: Front. Plant Sci., 5, 430 (2014)..このことは高親和性K輸送体のアルカリ金属系列のイオンに対する選択性をさらに高められる可能性(余地)があることを意味しており,変異導入によるHAKのアミノ酸配列の改変によりKだけを選択的に取り込む輸送体をもった植物を作出できる可能性がある(もしかするとCsを優先的に取り込む植物の作出も可能かもしれない).

イネではOsHAK1が根にほとんどのCsを取り込んでいるが,大麦や小麦の実験では低親和性の輸送体(VIC channel)がCsを取り込む割合が高い可能性も示唆されており,植物のKの取り込みはイオンの選択的透過性や輸送体の役割分担などにおいて,いまだ進化の過程なのかもしれない.

そのほか,植物のCs吸収については野田らによる解説も最近発表されている(59)59) 野田祐作,古川 純:RADIOISOTOPES, 67, 233 (2018)..また,Whiteらによる総説も植物によるCs吸収に関するこれまでの研究を網羅している(42)42) P. J. White & M. R. Broadley: New Phytol., 147, 241 (2000)..興味があれば,是非参考にしていただきたい.

最後に

東京電力福島第一原発事故は日本に大きな衝撃を与えた.私自身,発電所の建屋が爆発したテレビ中継を見て絶句したことを明確に覚えている.原発事故以降,現場では農作物の放射性Cs検査,農地の除染,土壌改良材やカリ肥料の増施など,数多くの対策が実施されてきた.しかし,風評被害や除染土壌の保管・処理などさまざまな課題も生じている.

多くの放射性核種が拡散したチェルノブイリと比べると,福島第一原発による土壌汚染は放射性Csによるものにほぼ限られている.放射性Csは土壌への吸着が強い.それゆえに表土の除去により,大部分のCsの除去が可能であった.またカリ肥料の増施や低吸収品種の導入などの対策も考えられる.対応策があったことは一方では幸運であったかもしれない.しかし,僅か試薬瓶1, 2本分に過ぎない物質(カドミウムやヒ素といったこれまでの有害元素の土壌汚染と比較すると桁外れに少量である)がこれほどまでの広範囲の汚染を引き起こし,数兆円という途方もない費用を必要とする事態になったことは事実である.私たちはこの問題を忘れてはいけないし,なかったことにはできない.この先,放射性Cs(半減期が短い134Csがこの9年間で1/8以下に減衰し,放射性Cs全体は事故当初から約半分になっている.)は緩やかにしかなくなっていかない(図5図5■福島第一原発から放出された放射性セシウムの量的な動態).今後,原発の廃炉作業に加え,環境中の放射性Csのモニタリングを長期間続けて,この問題を直視し,向き合っていく必要がある.

図5■福島第一原発から放出された放射性セシウムの量的な動態

思い出されるのは震災直後の混乱のなかで,さまざまな説が飛び交ったことである.なかには波動で放射能が消えるというとんでもない話もあった.Csについて土壌中での動態や植物への吸収機構が解明されていなかったこと,あるいはわれわれが熟知していなかったことが多かったことなどが思いだされる.しかし,このような混乱のなかでも,われわれは正しい知識を得て,科学的に正しい判断をする必要がある.環境中の放射性Csについては,たとえ喉元をすぎても,土壌,土壌から植物,植物体中の動態を地道に明らかにし,その知見をさらに蓄積していく必要があると思う.

本解説が,この原子力災害にどのように向き合い,対処するべきかを考える材料の一つになれば幸いである.

最後に,原発事故対応では事故直後から多くの研究者が被災地に入り,被災地復興のため,懸命に調査,研究を続けられています.そのことに心から敬意を表します.

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