解説

意識にのぼらない入力による食欲調節糖に対する食欲のネガティブ・フィードバック制御

Appetite Control by Subconscious Inputs: Negative Feedback Control of Sugar Appetite

Tsutomu Sasaki

佐々木

京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻栄養化学分野

Published: 2020-06-01

食品はどのようにして食欲を調節するのか? 意識にのぼる入力がもたらす「おいしさ(嗜好)」が,食欲を調節することは理解しやすい.他方,嗜好以外の栄養や生体調節といった食品機能も,意識にのぼらない代謝性シグナルを介して食欲を調節する.「食べたい」食品が,代謝性シグナルを動かす「体調」に応じて変わることからも,この点が理解できる.つまり,食品がリアルな満足感をもたらすには,味嗅覚などの感じとれる感覚入力と,意識にのぼらない深層レベルで作用する代謝性シグナルの両方が必要である.そこで本稿では,糖に対する食欲を調節する代謝性シグナルを例に,意識にのぼらない入力による食欲調節について解説する.

食と生活習慣(病)

Global Burden of Disease研究によれば,生活習慣病とその関連疾患は世界疾病負荷の上位(1, 3, 4, 7位)を占めている世界的な医療問題である(1)1) GBD2015 Risk Factors Collaborators: Lancet, 388, 1659 (2016)..生活習慣病への介入には,生活習慣への介入(食事療法と運動療法)と医学的介入(薬物療法と手術療法)がある.生活習慣病の予防と治療の両方に用いることができる生活習慣への介入(改善)は,言うは易く行うは難しである.日常の活動に追加する形で運動療法を実践できればよいが,時間と場所の確保の観点から継続することの難しさを感じて,全く運動しない人は多いのではないか.

他方,ヒトは毎日食事を食べる(生活習慣の一部である)ため,その気になれば誰でも食生活を改善する機会はあるうえに,その効果は大きいはずである.健康的な食生活の重要性は,誰もが知っている.しかし,適切な食生活を実践できずに生活習慣病を発症し,増悪させる人は多い.適切な食生活を実践できない理由の一つとして,食欲をコントロールできないことが挙げられる.

なぜ食欲に着目するのか?

生物は,物質を外界から取り込み,それらを消化・吸収・代謝してエネルギー源や体の構成成分として利用することにより,生命活動を維持している.物質の外界からの取り込みを促す食欲は,生体恒常性の維持に不可欠な欲求である(2)2) 中村丁次:“楽しくわかる栄養学”,羊土社,2020, p. 13.

食を通して健康を実現するためには,体に良い食を知り(栄養学),そのような食品を準備・供給したうえで(食品科学),「食べてもらう」必要がある.しかし,食欲のサイエンス(食行動科学)は,既に学術領域として確立している栄養学や食品科学とは異なり,いろんな学術分野が混ざり合う複合領域である.また,栄養学には食品から生体への作用というベクトルがあり,食品科学は食品そのもの(もしくは,食品→生体)を対象とするのに対し,食行動科学では,生体による食品の摂取(生体から食品のベクトル)と摂取した食品による生体の食行動の修飾(食品から生体のベクトル)の両方向が存在する.つまり,両方向のベクトルを理解して取り組む必要があるため,学術的に複雑になりやすく,取り組む研究者の総数(研究エフォート)が不足している(図1図1■食と健康をつなぐサイエンスとのその特性).

図1■食と健康をつなぐサイエンスとのその特性

しかし,食品は食べてもらえない限り,食品三機能(栄養・嗜好・生体調節)のような生体に対する作用を発揮できないため,「なぜ食べる?」を科学的に解明することが重要である.ここで述べる科学的解明とは,単なる経験論・現象論に留まるのではなく,分子レベルから生体レベルまでメカニズムを統合的に解明することを意味する.その結果,メカニズムのレベルの科学的基盤に立脚した「科学的根拠のある機能性食品」が開発できるようになる.

食行動を引き起こす食欲

「食べる」という食行動は,食べる側(生物)が食べられる側(食品)を食べにいく行為である.言い換えると,生物が「食べたい」と思って積極的に食品を食べにいく,意欲(食欲)にもとづいた能動的な行動である.われわれは食欲を勘案しつつ,「いつ,何を,どれだけ」食べるかを判断し,「これを食べよう」と思って食行動を起こす毎日を繰り返している.そこで,食欲を理解するには,意思決定(判断)がおこなわれる仕組みを知る必要がある.

意思決定プロセスは,簡略化すると「IDAサイクル」によって動いていると理解できる(図2図2■意思決定のIDAサイクルと食行動).各種の入力情報(Information)をもとに判断(Decision)し,行動(Action)をおこす.起こした行動の結果,新たな状況がうまれ,入力情報が変化する.新たな入力情報をもとに,新たな判断がくだされ,行動が変化する.このIDAサイクルの繰り返しにより,環境に適応した行動をとっていくことで,生物は生き残る.

図2■意思決定のIDAサイクルと食行動

食行動は,生体側のニーズを反映する体内からの入力と,摂取した食品などの体外環境からの入力をもとに,脳が判断して行動の指令を出す「IDAサイクル」の繰り返しでコントロールされている.脳内には,Homeostaticな生体恒常性に基づく調節系(視床下部—脳幹など)とHedonicな報酬性に基づく調節系(ドーパミン系,オピオイド系など)という2つの食欲調節系がある.つまり,食行動は,脳の外(末梢組織)からの入力に対する脳(中枢)の調節系の反応として表出する.栄養・嗜好・生体調節に分かれている食品三機能は,食欲の調節系とおおむね図3図3■食品三機能と食欲の調節系の関係性のようにマッチングすると考えられる(図3図3■食品三機能と食欲の調節系の関係性).

図3■食品三機能と食欲の調節系の関係性

食欲を調節する各種の入力

食欲に関連する主な末梢からの入力として,視覚,嗅覚,味覚,内臓感覚,代謝内分泌(代謝性シグナル)の5つが挙げられる.これらの入力は,それぞれに異なる特性をもっている(Graphical Abstract参照).

作用のタイミングの特性は,摂食前(視覚,嗅覚),摂食中(味覚,嗅覚),摂食後(内臓感覚,代謝性シグナル)の3つにわけることが出来る.情報伝達の方法とスピードは,支配神経を介して秒単位で作用する神経性情報伝達(視覚,嗅覚,味覚,内臓感覚)と,血流を介して分~時間単位で作用する液性情報伝達(代謝性シグナル)がある.さらに,意識にのぼりやすい入力(視覚,嗅覚,味覚)と,意識にのぼりにくい入力(内臓感覚,代謝性シグナル)がある.食品は,このようにさまざまな特性をもつ入力刺激を,さまざまなタイミングで生体に与えることにより,食欲の調節に寄与する.各入力間の相互作用や統合のメカニズムは,現在進行形で解明が進んでいる領域であり,その全容は未解明である.

糖に対する食欲のネガティブ・フィードバック制御

食欲の研究では,「どれだけ食べるか?」といった摂食量とエネルギーバランスの観点からの研究が盛んである.視床下部弓状核のメラノコルチン系神経細胞がその一次中枢であり,それらの神経細胞の投射先である視床下部室傍核や視床下部外側野がそれぞれ満腹,空腹の二次中枢として機能する.これらの一次,二次中枢の投射先としての三次中枢の解明が現在進んでいる(3)3) 佐々木 努:“特集企画「食欲と食嗜好のサイエンス」”,実験医学,35, 900 (2017).

他方,栄養や生体恒常性の観点から考えると,食べる目的にはカロリー面のニーズを満たすことに加えて,その時々の栄養素ニーズを満たすことも含まれることが想定できる.しかし,栄養素に対する食欲調節のしくみは,カロリー摂取調節のしくみに比べて解明が遅れている(4)4) T. Sasaki: Nutrients, 9, E1151 (2017)..また,栄養素摂取の調節系が未解明であるため,カロリー摂取と栄養素摂取の統合的な調節メカニズムも未解明である.

筆者は,糖に対する食欲の調節系を偶然解明することができた(5)5) S. Matsui, T. Sasaki, D. Kohno, K. Yaku, A. Inutsuka, H. Yokota-Hashimoto, O. Kikuchi, T. Suga, M. Kobayashi, A. Yamanaka et al.: Nat. Commun., 9, 4604 (2018)..筆者は元々,長寿遺伝子として知られているNAD依存性タンパク質脱アセチル化酵素SIRT1が,脳において食欲調節に果たす役割を研究していた.その研究の一環として,脳特異的にSIRT1を増加,もしくは欠損させた遺伝子組換えマウスを作製し,これらのマウスの食行動の解析を行った.これらのマウスを食事の選択肢がない条件下で飼育すると,普通食,高脂肪食,高ショ糖食,高タンパク質食のいずれを与えても,摂食量に差は認められなかった.そこで,カロリーベースの食欲には違いがないと考えた.他方,二種類の食餌を呈示する食選択試験を行い,各食餌に対する嗜好性を評価した.その結果,脳のSIRT1は高脂肪食に対する嗜好性を高めるが,高ショ糖食に対する嗜好性を抑えることがわかった.マウスにとっては,高脂肪食も高ショ糖食も「おいしい」食事と言われており,味覚や脳内報酬系の変化では説明できないと解釈し,「特定の栄養素に対する食欲調節のしくみが,SIRT1により変化した」との作業仮説を立てた.そして,遺伝学,神経科学,内分泌代謝学,分子生物学,栄養学などのさまざまな実験手法を5年以上かけて駆使することで,単純糖質に対する食欲のネガティブ・フィードバック制御系をFGF21-オキシトシン系が担うことを解明した(図4図4■糖への食欲を調節するネガティブ・フィードバックサイクル).そして,オキシトシン神経細胞のSIRT1は,FGF21感受性を高めることにより,単純糖質に対する嗜好性を抑制していることを明らかにした(5)5) S. Matsui, T. Sasaki, D. Kohno, K. Yaku, A. Inutsuka, H. Yokota-Hashimoto, O. Kikuchi, T. Suga, M. Kobayashi, A. Yamanaka et al.: Nat. Commun., 9, 4604 (2018)..つまり,同じように糖分を摂取しても,「十分食べた」と感じやすくなっていたと考えられる.

図4■糖への食欲を調節するネガティブ・フィードバックサイクル

FGF21は各種の代謝性ストレスに応じて肝臓から分泌される内分泌型FGF(Fibroblast Growth Factor)である(6)6) S. A. Kliewer & D. J. Mangelsdorf: Cell Metab., 29, 246 (2019)..オキシトシンは,脳視床下部から下垂体後葉を経て全身に作用するペプチド性のホルモンとして古典的には知られており,分娩時には子宮収縮を,授乳時には射乳を引き起こす.また,オキシトシンは脳内では神経伝達物質としても作用し,社交性の促進作用やストレス耐性の強化作用がある.さらに,オキシトシンには糖分摂取を抑制する作用もあることが報告されていた(7)7) V. Grinevich, M. G. Desarménien, B. Chini, M. Tauber & F. Muscatelli: Front. Neuroanat., 20, 164 (2015)..筆者らの研究により,糖に対する食欲に基づいて単純糖質(単糖類,二糖類)を摂取すると,肝臓からFGF21分泌が起こり,脳視床下部のオキシトシン神経細胞が活性化されて,脳内のどこかのオキシトシン受容体陽性神経の活性化が起こり,糖に対する食欲が収まることが判明した.つまり,糖による「甘い」と意識できる甘味刺激とは別個に,意識にのぼらない「FGF21—オキシトシン系」による糖に対する食欲の調節系があることが判明した.なお,解明の詳細な経緯については他稿に譲る(8)8) 佐々木 努:“単純糖質嗜好性の制御メカニズムの解明物語”,糖尿病学2019,診断と治療社,2019, p. 43.

糖尿病や肥満症の患者は,甘いものを控えるように食事指導を受けるが,多くは遵守できていない.これらの病態においては,脳レベルでのFGF21作用不全がある可能性を示唆するヒトや実験動物のデータが報告されている(9, 10)9) B. K. Tan, M. Hallschmid, R. Adya, W. Kern, H. Lehnert & H. S. Randeva: Diabetes, 60, 2758 (2011).10) F. M. Fisher, P. C. Chui, P. J. Antonellis, H. A. Bina, A. Kharitonenkov, J. S. Flier & E. Maratos-Flier: Diabetes, 59, 2781 (2010)..つまり,これらの病態においては,健常者と同じように食べても,脳のレベルで同じように感じない(代謝性入力の作用が弱い)ため,「食べ足りない」と感じるため,糖分の摂取量が増えている可能性が考えられる.

リアルな満足感をもたらすのに必要な要素

病態での代謝性シグナルの作用不全による食欲亢進(仮説)が正しいのであれば,病態との裏返しとして,健常者に対して「代謝性シグナル入力」を増やせば,食欲を抑えることが出来る可能性がある.実際,オキシトシン神経特異的SIRT1増加マウスでは,単純糖質に対する食欲(嗜好性)のみが低下しており,一種類の食餌のみで摂食量を測ると変化はなかった.つまり,カロリー摂取とは独立して,栄養素摂取の調節系を操作することが可能であることを示唆している.

食品業界では,嗜好を刺激するための人工物(人工甘味料,香料など)の開発が盛んで,実用化例も多い.他方,これらが添加された模倣食品には,どこか「ウソくさい」違和感があり,食品本来の「リアルな」食体験を忠実には再現できていない.リアルな経験を再現するには,食品が生体にもたらす多面的かつ複合的な入力を再現する一方で,望まれない作用(たとえば,カロリーそのもの)を控えるなどの工夫が必要である.そのためには,意識にのぼらない入力にも着目すべきである(図5図5■リアルな食体験を再現するには).

図5■リアルな食体験を再現するには

これまでは,意識にのぼる感覚入力のみに焦点が当てられていたが,味嗅覚の化学受容のメカニズム解明がおおむね終わった現段階では,競合との差別化の余地は少ない.他方,意識にのぼらない入力(代謝性シグナルなど)については,まだ未解明な点も多く,新規性を確保しやすい.代謝性シグナルには「カロリーとしての効果と,シグナルとしての効果を切り分けることが出来るのか」という課題はあるが,検討の余地は存在する.また,「意識にのぼらない入力」は,「ある」と思って調べない限り見つからないため,同じものを検討している競合が少ないという利点もある.意識にのぼる入力と,意識にのぼらない入力をうまく組み合わせて部分的に再現することにより,リアルな満足感に近い感覚をもたらすことが出来るのではないかと,筆者は考えている.

まとめ

本解説原稿では,これまであまり注目されてこなかった「意識にのぼらない入力」である代謝性シグナルによる食欲調節について,糖に対する食欲の調節系である「FGF21—オキシトシン系」を例に概説した.生活習慣病においても,代謝性シグナルの作用不全が食行動異常の背景にある可能性が推察されるため,代謝性シグナルそのものやシグナル作用を増強する機能をもつ食品を提供することにより,食事療法を守りやすくして,生活習慣病の予防・改善に資する機能性食品を筆者は開発したいと考えている.本稿が,食行動科学の研究分野に対する興味喚起につながれば,幸いである.

Reference

1) GBD2015 Risk Factors Collaborators: Lancet, 388, 1659 (2016).

2) 中村丁次:“楽しくわかる栄養学”,羊土社,2020, p. 13.

3) 佐々木 努:“特集企画「食欲と食嗜好のサイエンス」”,実験医学,35, 900 (2017).

4) T. Sasaki: Nutrients, 9, E1151 (2017).

5) S. Matsui, T. Sasaki, D. Kohno, K. Yaku, A. Inutsuka, H. Yokota-Hashimoto, O. Kikuchi, T. Suga, M. Kobayashi, A. Yamanaka et al.: Nat. Commun., 9, 4604 (2018).

6) S. A. Kliewer & D. J. Mangelsdorf: Cell Metab., 29, 246 (2019).

7) V. Grinevich, M. G. Desarménien, B. Chini, M. Tauber & F. Muscatelli: Front. Neuroanat., 20, 164 (2015).

8) 佐々木 努:“単純糖質嗜好性の制御メカニズムの解明物語”,糖尿病学2019,診断と治療社,2019, p. 43.

9) B. K. Tan, M. Hallschmid, R. Adya, W. Kern, H. Lehnert & H. S. Randeva: Diabetes, 60, 2758 (2011).

10) F. M. Fisher, P. C. Chui, P. J. Antonellis, H. A. Bina, A. Kharitonenkov, J. S. Flier & E. Maratos-Flier: Diabetes, 59, 2781 (2010).