解説

酵素の特異性のあいまいさと植物特化代謝の進化:フラボノイド生合成から示唆されること特異性を矯正する影武者タンパク質の発見

Promiscuity of Enzyme Specificity and Evolution of Plant Specialized Metabolism: Implications from Flavonoid Biosynthesis: A Mission of a “Body Double” Protein

Toru Nakayama

中山

東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻応用生命化学講座

Seiji Takahashi

高橋 征司

東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻応用生命化学講座

Toshiyuki Waki

和氣 駿之

東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻応用生命化学講座

Published: 2020-06-01

植物は,フラボノイド,イソプレノイドなど,自らの生育には必須でないようにみえる化合物群を生産し,その構造は20万を超える多様性を示す.これらの化合物群は二次代謝産物とよばれ,生育に明らかに必須な代謝物(一次代謝産物)とは区別されていた.最近,これら二次代謝産物が植物の環境適応や生殖において数々の役割を果たし,その構造と役割が植物種ごとに特徴的であることが明らかになり,植物特化代謝産物と呼ばれるようになった.本解説ではフラボノイド生合成を例にして,植物特化代謝経路が新規に形成され代謝産物の構造的多様性が生み出されるしくみについて,酵素の進化的起源や特異性のあいまいさとの関連で考察する.

陸上植物によるフラボノイド生合成

フラボノイドはC6-C3-C6の基本骨格(図1A図1■フラボノイドの一般構造(A)とフラボノイド生合成経路(B))をもつ植物特化代謝産物の一群であり,陸上植物(コケ植物,シダ植物,裸子植物,被子植物)によって普遍的に生産される.フラボノイドは,そのC3部分の構造の違いに基づいて10種類のおもなカテゴリーに分類され,さらにさまざまな修飾(ヒドロキシ化,グリコシル化,メチル化,プレニル化,グリコシル基部分のアシル化など)を受けることによりその構造的多様性を増大させている.フラボノイドの構造は,データベースに収載されているものだけでも7,000を超える.

図1■フラボノイドの一般構造(A)とフラボノイド生合成経路(B)

フラボノイドの10のおもなカテゴリーの名称を四角枠で示す.実線矢印は1段階の酵素反応を,破線矢印は複数の酵素反応からなる代謝過程を示す.シトクロムP450反応が含まれる代謝過程を矢印の下に*印を付して示す.

フラボノイドの基本骨格の合成の第1ステップはカルコン合成酵素(CHS)により触媒される(図1B図1■フラボノイドの一般構造(A)とフラボノイド生合成経路(B)).この酵素は,1分子のp-クマロイルCoAに3分子のマロニルCoAを逐次的に縮合させ,カルコン(テトラヒドロキシカルコン,THC;図1B図1■フラボノイドの一般構造(A)とフラボノイド生合成経路(B))を生成する.基質の一つであるp-クマロイルCoAは,アミノ酸のL-フェニルアラニンからフェニルプロパノイド経路を経て供給され,リグニンなど他の重要な植物特化代謝産物の前駆体としても利用される.したがって,CHSはフラボノイド生合成経路の入り口に位置し,フェニルプロパノイド経路をフラボノイド生成に仕向ける鍵酵素であるといえる.生成したTHCは,カルコン異性化酵素(CHI)の作用により立体特異的異性化を受けフラバノン(ナリンゲニン)を生成する.ナリンゲニンはさらに,図1B図1■フラボノイドの一般構造(A)とフラボノイド生合成経路(B)に示した分岐経路を経て他のさまざまなフラボノイド基本骨格に変換される.その代謝過程に含まれる酸化反応のいくつかには,小胞体膜上に繋留される膜結合型ヘム酵素(シトクロムP450)がかかわる(図1B図1■フラボノイドの一般構造(A)とフラボノイド生合成経路(B),*印).いくつか植物種において,CHS, CHI,およびフラボノイド生合成にかかわる他のいくつかの酵素が,植物細胞内で弱いタンパク質間相互作用を介して多酵素複合体(メタボロン)を形成していることが示されている(1)1) T. Nakayama, S. Takahashi & T. Waki: Front. Plant Sci., 10, 821 (2019).

フラボノイドは,植物がその進化の過程で生育環境を水中から陸上に拡大した際に,陸上環境に適応するために合成するようになったと推定されている.最初の陸上植物はおよそ4億7000万年前に出現し,それはシャジクモ藻類に近縁な原始藻類から派生したコケ植物であったらしい(2)2) 馬渡峻輔(監修),加藤雅啓(編集),岩槻邦男:“植物の多様性と系統”,裳華房,1997..4億7000万年前の地球の大気中酸素濃度は現在とほぼ同レベルに達していたと推定されるので,この原始陸上植物は,水中とは異なり高濃度の酸素の存在下で紫外線を含む太陽光に直接的に曝露され,酸化的ストレスや乾燥ストレスを受けながらの生育を余儀なくされたと考えられる(3)3) A. Mouradov & G. Spangenberg: Front. Plant Sci., 5, 620 (2014)..最近の研究によって,水生藻類のなかにも,痕跡量ではあるがフラボノイドを生成するものが存在することが明らかになっており(4)4) K. Goiris, K. Muylaert, S. Voorpoels, B. Noten, D. De Paepe, J. E. Baart, G. J. E. Baart & L. De Cooman: J. Phycol., 50, 483 (2014).,上陸前の原始藻類はフラボノイドを生成する潜在能力を前適応的に有していた可能性がある.ただし,原始陸上植物の環境適応において,フラボノイドが具体的にどのような役割を果たしたかについては十分に明らかではない.現生陸上植物におけるフラボノイドの役割の一つとして,その紫外線吸収能に基づく有害な紫外線(UV-B)からの細胞の保護が提案されてきた.しかしながらフラボノイドのUV-B吸収能は実際にはそれほど高くなく,原始陸上植物について推定される細胞内濃度のフラボノイドではUV-Bからの細胞保護作用は必ずしも十分ではないとする考えがある(4)4) K. Goiris, K. Muylaert, S. Voorpoels, B. Noten, D. De Paepe, J. E. Baart, G. J. E. Baart & L. De Cooman: J. Phycol., 50, 483 (2014)..一方,現生陸上植物においてフラボノイドは核にも存在し,シグナル分子として遺伝子の転写制御にかかわる事例が見いだされていることから,原始陸上植物においても,フラボノイドはまず,環境ストレス応答におけるシグナル分子として利用されたのではないかと考えられている(4)4) K. Goiris, K. Muylaert, S. Voorpoels, B. Noten, D. De Paepe, J. E. Baart, G. J. E. Baart & L. De Cooman: J. Phycol., 50, 483 (2014)..その後,植物の進化や種の多様化とともにフラボノイドの構造や生物学的役割も多様化し,現生陸上植物におけるフラボノイドの役割は,【コラム】に記載したように多岐にわたっている.

フラボノイド生合成酵素に見る特異性のあいまいさ

酵素の「特異性」は,酵素の触媒としての基本的性質の一つであり,基質特異性,生成物特異性,反応特異性など,着眼点に応じてさまざまな特異性がある.生化学の入門的な教科書ではしばしば,酵素は厳密な特異性を示すものとして説明される.しかしながら実際には,酵素の特異性は必ずしも厳密でないことが多い.これを特異性のあいまいさ(promiscuityまたはambiguity)という(5)5) B. J. Leong & R. L. Last: Curr. Opin. Struct. Biol., 47, 105 (2017).

高い特異性を示すと一般的に理解されている一次代謝酵素にも,特異性のあいまいさは少なからず認められる.たとえば,植物による炭酸固定反応を担うリブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(Rubisco)は,リブロース 1,5-ビスリン酸に対するカルボキシ化活性とともに酸素添加活性も示す.炭酸固定という同酵素の生理的意義に照らせば,酸素添加活性は無駄な活性である.酸素添加活性を全く示さないパーフェクトな「リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ」は,自然界には知られていない.

一方,少なくとも試験管内で調べる限り,フラボノイド生合成をはじめとする植物特化代謝にかかわる酵素群の特異性のあいまいさの度合いは大きいことが多い.基質特異性があいまいでも,利用できる基質が細胞内に1種類しか存在しない場合には代謝的には問題にならない.また利用できる基質が細胞内に2種類以上存在する場合にはメタボリックグリッドとよばれる格子状の代謝経路が形成される.一方,生成物特異性があいまいであると,代謝に無益な副成物の生成を制御する方法がなければ,代謝経路全体の効率が低下するリスクをはらんでいる.たとえば,CHS(上述)はフラボノイド生合成経路の入り口に位置する鍵酵素でありながら,試験管内ではその生成物特異性はきわめてあいまいである(図2図2■カルコン合成酵素反応経路と副生成物).CHSは,p-クマロイルCoAに3分子のマロニルCoAを逐次的に縮合させ,直鎖状のジケチド,トリケチド1,テトラケチド中間体2を生成し,2の分子内クライゼン環化によってTHCを生成する.中間体1,2は酵素の活性部位から拡散により遊離しうると考えられており,遊離したこれらの中間体は分子内ラクトン化によりそれぞれbis-ノリャンゴニン(BNY)やp-クマロイル三酢酸ラクトン(CTAL)を与える.またCHSが,中間体2のアルドール環化によってスティルベンの一種であるレスベラトロール(赤ワインの健康機能成分)を副成する事例も報告されている(6)6) T. Yamaguchi, F. Kurosaki, D. Y. Suh, U. Sankawa, M. Nishioka, T. Akiyama, M. Shibuya & Y. Ebizuka: FEBS Lett., 460, 457 (1999)..CHSの起源によっては,試験管内の反応生成物に占めるこうしたTHC以外の副生成物の割合は50~90 mol%にも達する(7)7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020)..BNY, CTAL,レスベラトロールはどれもフラボノイドの前駆体となり得ないので,CHSの生成物特異性のこうしたあいまいさは,フラボノイド生合成のためには明らかに非効率である.

図2■カルコン合成酵素反応経路と副生成物

Enz-Sは酵素の活性部位のシステイン残基を表す.BNY, bis-ノリャンゴニン;CTAL, p-クマロイル三酢酸ラクトン;THC, テトラヒドロキシカルコン.

植物特化代謝経路の進化的起源

近年,上述のような植物特化代謝酵素の特異性のあいまいさが,酵素の機能進化との関連で理解されるようになってきた.植物特化代謝産物はいずれも,もとをたどれば一次代謝物をその究極の前駆体としている.植物特化代謝にかかわる酵素群も,アミノ酸配列にもとづく系統解析を行うと,ほとんどの場合,一次代謝に関連する酵素やタンパク質と系統的な関係をもつ(遠い親類関係にある)ことがわかる(8)8) K. Yonekura-Sakakibara, Y. Higashi & R. Nakabayashi: Front. Plant Sci., 10, 943 (2019)..すなわち,植物において新しい特化代謝経路が形成される際,植物は新しい酵素機能を得るために新しいタンパク質フォールドをゼロから作り上げているわけではなく,既存の一次代謝関連酵素タンパク質を祖先としてそこから新しい酵素機能を進化させていることが伺われる.フラボノイド生合成においても,たとえばCHSとCHIは,いずれも脂肪酸代謝に関連する酵素やタンパク質と進化的に関係がある.すなわち,CHSは,構造的にも反応機構のうえからも,脂肪酸生合成の鍵酵素であるβ-ケトアシル-アシルキャリアプロテイン合成酵素に近縁であり(9)9) M. B. Austin & J. P. Noel: Nat. Prod. Rep., 20, 79 (2003).,CHIは原核生物や植物の脂肪酸結合タンパク質(fatty-acid binding protein; FAP)を祖先タンパク質としている(10)10) M. N. Ngaki, G. V. Louie, R. N. Philippe, G. Manning, F. Pojer, M. E. Bowman, L. Li, E. Larsen, E. S. Wurtele & J. P. Noel: Nature, 485, 530 (2012).(後述).植物特化代謝酵素群の系統解析により得られるこうした観察結果から,新しい植物特化代謝経路が形成されるプロセスとして,たとえば次のようなシナリオが考えられている(11)11) J.-K. Weng: New Phytol., 201, 1141 (2013)..上述のように一次代謝酵素にも特異性のあいまいさは存在し,それは一つには酵素タンパク質の構造のゆらぎに起因する.ある一次代謝経路の酵素E1が,その主要な活性e1とともに別のごく微弱な活性ε1を副次的に示すとき(図3図3■特化代謝経路の成立仮説),この副次的な酵素活性の度合いは,変異導入や反応環境の違いによって変化しうる.E1遺伝子のコピーが生じ(遺伝子重複),E1遺伝子の機能が保たれたまま,コピー遺伝子の方に突然変異が蓄積され,特異性の変化したE1アイソザイムが生成する.活性ε1の度合いがより大きいE1アイソザイムが生成したとき,活性ε1がその植物の生存に有利であれば,このアイソザイム遺伝子はその後の世代で固定されるであろう.世代を重ねるうちにそのアイソザイム遺伝子にさらなる突然変異が導入され,正の選択圧がはたらいて活性ε1の度合いがさらに高まった酵素の遺伝子が選択されていき,やがて活性ε1を主要な活性としてもつ酵素E1′が生じる.同様な事象が同じ代謝経路の別の酵素や他の代謝経路の酵素についても起こり(図3図3■特化代謝経路の成立仮説;酵素E8′, E10′の生成),それらの事象の細胞内での確率的な組み合わせによって,細胞内の代謝物Wを代謝産物Zに変換できる初期特化代謝経路が偶然に成立する(図3図3■特化代謝経路の成立仮説).この代謝経路は出現当初には非効率なものかもしれないが,代謝物Zが宿主植物の生存に有利であればこの経路は世代を超えて保存されるばかりでなく,正の選択圧によりその効率が増大していき,特化代謝経路として確立される.

図3■特化代謝経路の成立仮説

さまざまな植物のゲノム配列を調べると,特化代謝酵素遺伝子が多重遺伝子ファミリーを形成している例がいくつも見つかる.そうした例では,遺伝子重複を介した酵素遺伝子の出生死滅過程(birth-and-death process)により,酵素機能の喪失や新たな分化がもたらされている様子が伺われる.CHS遺伝子もそのような例のひとつである.たとえば,ダイズのゲノムには11ものCHSパラログが存在し(図4図4■アミノ酸配列に基づくCHSの系統解析(近隣結合法)),あるパラログは紫外線に対する応答に,別のパラログはアントシアニン合成を介する種皮の着色に,さらに別のパラログはイソフラボン合成を介するダイズ植物体の生物間相互作用にそれぞれかかわることがわかっている.

植物特化代謝は現在もなお進化の途上にあると考えられるため,経路を構成する酵素の特異性には依然としてあいまいさが残されている一方で,それはさらに別の特異性をもつ新たな特化代謝酵素の進化の基盤にもなりうる.その具体的な事例を,CHS,ブドウのスティルベン合成酵素(STS),およびアジサイのp-クマロイル三酢酸合成酵素(CTAS)の関係にみることができる.STSやCTASは,CHSと同じ基質を用いて,それぞれもっぱらレスベラトロールおよびCTALを生成し,それらの反応は図2図2■カルコン合成酵素反応経路と副生成物に示した経路で進行すると考えられる.系統解析の結果から,ブドウSTSやアジサイCTASは,種子植物の分化後に,それぞれの植物において祖先となるCHS遺伝子から派生したことが示唆される(図4図4■アミノ酸配列に基づくCHSの系統解析(近隣結合法)).すなわち,ブドウのSTSやアジサイのCTASは,図2図2■カルコン合成酵素反応経路と副生成物のレスベラトロール生成経路やp-クマロイル三酢酸生成経路が支配的となったCHSの変種とみることができる(7)7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020).

図4■アミノ酸配列に基づくCHSの系統解析(近隣結合法)

特異性のあいまいさを克服する―アサガオの花色変異研究が端緒となった発見

上述のように,酵素の特異性のあいまいさは新しい酵素機能出現の基盤となり,特化代謝産物の植物種特異的な構造的多様性を生み出す源となっている.しかしながら,今まさに特化代謝産物を合成してストレスに適応しようとする植物体の生存にとって,このあいまいさが有利に作用するとは考えにくい.上述のように,細胞内におけるCHSの生成物特異性が,試験管内反応と同様に50~90%もの副成物を生じるような非効率なものであれば,フラボノイド生合成のエントリー酵素としての役割は十分に果たせないであろう.植物細胞内にはこれを克服する何らかのしくみがあるのであろうか? 最近,CHSについて,この問いに対する答えが見つかった.

アサガオには薄い花色を示す変異体が知られており,この変異体の花弁では,赤色~青色の花色の原因物質であるアントシアニンのみならず,フラボノールなど他のフラボノイドの含量も野生型の含量の3分の1程度にまで減少している.2014年に,この薄い花色の表現型をもたらす原因遺伝子が同定され,この表現型は,CHIに類似のタンパク質(chalcone isomerase-like protein; CHIL)をコードするゲノムDNAまたはそのプロモーターにトランスポゾンが挿入されることによるものであることがわかった.CHILはその機能に基づいてenhancer of flavonoid production(フラボノイド生産増強因子,EFP)と命名された(12)12) Y. Morita, K. Takagi, M. Fukuchi-Mizutani, K. Ishiguro, Y. Tanaka, E. Nitasaka, M. Nakayama, N. Saito, T. Kagami, A. Hoshino et al.: Plant J., 78, 294 (2014).

CHILはその名のとおり,一次構造も,立体構造も,CHIに非常によく似たタンパク質である.しかしながらCHILではCHI活性に必須な触媒残基が他のアミノ酸で置き換わっているため,CHI活性は示さない.CHILのEFP機能が見いだされるまでは,多くの研究者にとって,CHILは機能未知の,いわばCHIの「影武者」のような存在であったと思われ,実際,過去のフラボノイド代謝工学研究において,CHILをCHIと誤認し,これをCHIとして「利用」している例もみられる.構造の類似性から容易に推測されるように,CHILとCHIは互いに進化的に関係が深く,系統解析の結果はCHILがCHIと同様にFAPから派生したこと示している(10)10) M. N. Ngaki, G. V. Louie, R. N. Philippe, G. Manning, F. Pojer, M. E. Bowman, L. Li, E. Larsen, E. S. Wurtele & J. P. Noel: Nature, 485, 530 (2012).図5図5■FAP, CHI, CHILの系統関係と構造類似性).興味深いことに,CHIL遺伝子はCHS遺伝子と同様にコケ植物から被子植物まで陸上植物のゲノムに例外なく見いだされるが,CHIは必ずしもそうではなく,コケ植物の中にはこれを欠いているものが存在する.CHIL遺伝子がCHS遺伝子と同様に陸上植物のゲノムに普遍的にコードされている事実は,陸上植物におけるCHIL機能の必須性を示唆している.そこでCHILによるフラボノイド生産増強のしくみが調べられた.

図5■FAP, CHI, CHILの系統関係と構造類似性

系統樹の右側に示した結晶構造のリボンモデルはシロイヌナズナ(赤字)起源のタンパク質のもので,上からCHI, CHIL, FAP.

CHSの特異性を制御する陸上植物に普遍的な戦略

まず,フラボノイド生合成にかかわる酵素のメタボロン形成がよく調べられているキンギョソウやダイズにおいて,CHILがフラボノイドメタボロンの構成要素となっていることが確かめられた.次に,CHILがフラボノイドメタボロンのなかでどの酵素と相互作用するのかが網羅的に調べられた(7)7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020)..その結果,CHILはCHSやシトクロムP450(キンギョソウではII型フラボン合成酵素,ダイズではイソフラボン合成酵素)と相互作用することが明らかになった.上述のようにCHSとCHILはすべての陸上植物に普遍的に存在するので,CHSとCHILの間の相互作用も同様に陸上植物に普遍的にみられるかどうかが調べられた.その結果,コケ植物から被子植物にいたる調べられたすべての陸上植物種において,CHILはCHSと相互作用できることがわかった(7)7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020).

続いてCHS活性に及ぼすCHIL結合の影響が調べられた.前述のように,CHSはカルコン(THC)のほかに,副成物としてBNY, CTALのようなラクトンやレスベラトロールのようなスティルべンを生成しうる.実験に用いられた反応条件下ではCTALがおもな副成物であり,生成物のモル比(THC : CTAL)は,たとえばキンギョソウのCHSでは4 : 6,ヒメツリガネゴケ(コケ植物)のCHSでは1 : 9であった.これに対してCHILの存在下では,CHS反応の生成物比はいずれの植物の場合でも9 : 1となった(7)7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020)..調べられた他の陸上植物においても同様に,CHILの存在下において,CHS反応の副生成物の量が減少しTHCの生成量の増大がもたらされることがわかった.さらにシロイヌナズナのCHIL欠損変異体を用いた機能相補実験によって,CHILのin vivoにおけるフラボノイド生産増強効果が確認された.以上のことから,CHILはCHSのあいまいな生成物特異性を矯正し,副成物の生成を抑制してもっぱらTHCを生成するようにする役割を担い,しかもその役割は陸上植物において普遍的に保存されていることが明らかになった(7)7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020).

フラボノイドは現存するすべての陸上植物によって生合成され,コラムにおいて述べたようにその役割は陸上植物の生存戦略にとって欠かせない.図6図6■CHILのCHS生成物特異性矯正機能のポンチ絵に示したように,4億7000万年に及ぶ陸上植物進化の過程で,CHSは常にCHILとの相互作用能を維持することによりカルコン生成能をフルに発揮し,この重要な特化代謝産物の生合成のエントリー酵素としての役割を全うしてきたと考えられる.陸上植物におけるCHILの存在の普遍性はこのタンパク質の機能の必須性を物語っている.CHIとCHILの進化的関係は現時点では詳らかではないが,コケ植物の中にはCHIをもたないものが存在することから,FAPからまずCHILが先に派生し,次いでCHILからCHIが生じたと推定する研究者もいる.前述のように筆者らはCHILをCHIの影武者になぞらえたが,もしその進化経路が正しければ,むしろCHIの方が,CHILから機能分化して酵素機能を担うようになった「CHILの影武者」であるとみるべきかもしれない.

図6■CHILのCHS生成物特異性矯正機能

下向きの矢印に付した赤い2重線は,副成物(スティルベン,CTAL)の生成を抑制するCHILの作用を表す.

おわりに

植物特化代謝は現在もなお進化の途上にあると考えられる.植物は,代謝機能のさらなる進化の基盤として,酵素に備わる特異性のあいまいさを温存しながら,現生の植物体では,そうしたあいまいさに基づく代謝の非効率さを,CHILのようなアクセサリータンパク質の助けを借りることにより克服している様子がうかがわれる.そこで浮上するキーワードはタンパク質間相互作用である.細胞内における酵素群の特異的相互作用に基づくメタボロン形成がいろいろな植物特化代謝において立証されつつある.これまで,メタボロン形成の意義として,代謝中間体の媒質中への拡散・ロスの防止(代謝中間体のプールの最小化),酵素の活性部位から別の酵素の活性部位への代謝中間体の到達時間の短縮,不安定な代謝中間体の安定な中間体への迅速な変換,細胞毒性のある代謝中間体の細胞内への拡散防止または迅速な無毒化等が提案されてきた(1)1) T. Nakayama, S. Takahashi & T. Waki: Front. Plant Sci., 10, 821 (2019)..今回のCHILの役割の発見により,植物特化代謝におけるメタボロン形成の意義に新たな1項目を付け加えることができるように思われる.すなわち特異性のあいまいな酵素が数多く参画する植物特化代謝において,タンパク質間相互作用により酵素の特異性が矯正され,反応を無駄なく進行できるようになっている可能性がある.今後,この考えの一般性を裏づける実験結果が蓄積していくことを期待したい.

Acknowledgments

本解説記事の執筆の機会を与えて下さいました近畿大学農学部の倉田淳志博士に感謝いたします.イラスト(図6図6■CHILのCHS生成物特異性矯正機能)の作成に多大なるご助力を賜りました東北大学大学院生命科学研究科の渡辺正夫教授に感謝いたします.本研究の一部は科学研究費(18H03938)による助成を受けています.

Reference

1) T. Nakayama, S. Takahashi & T. Waki: Front. Plant Sci., 10, 821 (2019).

2) 馬渡峻輔(監修),加藤雅啓(編集),岩槻邦男:“植物の多様性と系統”,裳華房,1997.

3) A. Mouradov & G. Spangenberg: Front. Plant Sci., 5, 620 (2014).

4) K. Goiris, K. Muylaert, S. Voorpoels, B. Noten, D. De Paepe, J. E. Baart, G. J. E. Baart & L. De Cooman: J. Phycol., 50, 483 (2014).

5) B. J. Leong & R. L. Last: Curr. Opin. Struct. Biol., 47, 105 (2017).

6) T. Yamaguchi, F. Kurosaki, D. Y. Suh, U. Sankawa, M. Nishioka, T. Akiyama, M. Shibuya & Y. Ebizuka: FEBS Lett., 460, 457 (1999).

7) T. Waki, R. Mameda, T. Nakano, S. Yamada, M. Terashita, K. Ito, N. Tenma, Y. Li, N. Fujino, K. Uno et al.: Nat. Commun., 11, 870 (2020).

8) K. Yonekura-Sakakibara, Y. Higashi & R. Nakabayashi: Front. Plant Sci., 10, 943 (2019).

9) M. B. Austin & J. P. Noel: Nat. Prod. Rep., 20, 79 (2003).

10) M. N. Ngaki, G. V. Louie, R. N. Philippe, G. Manning, F. Pojer, M. E. Bowman, L. Li, E. Larsen, E. S. Wurtele & J. P. Noel: Nature, 485, 530 (2012).

11) J.-K. Weng: New Phytol., 201, 1141 (2013).

12) Y. Morita, K. Takagi, M. Fukuchi-Mizutani, K. Ishiguro, Y. Tanaka, E. Nitasaka, M. Nakayama, N. Saito, T. Kagami, A. Hoshino et al.: Plant J., 78, 294 (2014).