Kagaku to Seibutsu 58(6): 369-377 (2020)
プロダクトイノベーション
微生物コンソーシアを利用したバイオレメディエーションの検討微生物による低コスト・低環境負荷な環境修復技術の実用化・普及に向けて
Published: 2020-06-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
わが国の土壌・地下水汚染に関しては,土壌汚染対策法が2003年に施行され,特定有害物質(表1表1■土壌汚染対策法における特定有害物質の種類とその環境基準値)の指定基準に不適合状態であり,健康被害が生じる恐れがある土地には,都道府県知事から土壌・地下水汚染に対する指示措置が出され,適切な土壌・地下水汚染対策が求められることとなる.また,土地の売買等の契機による自主的な土壌調査や土壌・地下水汚染対策も多数行われている.
環境省HPより引用(http://www.env.go.jp/water/dojo/pamph_law-scheme/pdf/10_chpt8.pdf) |
土壌汚染対策法で定められている特定有害物質の中でも,第1種特定有害物質に分類されている揮発性有機化合物(以後,VOCs)は,そのほとんどが自然環境下においては難分解性であり,比重が大きいものが多い.したがって,ひとたび地盤中に浸透すると長期間環境中に残留し,深部まで浸透しながら,地下水を介して汚染が拡散していく場合が多い.その結果,周辺の生態系へ影響がでる可能性や,周辺の井戸への混入,河川や海へ流入後に魚介類等に生物濃縮されることで,ヒトの体内に入る可能性なども懸念されることから,いわゆる土壌・地下水汚染対策は非常に重要である.
ところが,広範囲に広がった土壌・地下水汚染対策費用は,非常に高額になることが多く,いわゆる「ブラウンフィールド」化する事例も多く(1)1) 環境省:土壌汚染をめぐるブラウンフィールド問題の実態等について中間とりまとめ,http://www.env.go.jp/press/files/jp/9506.html, 2009.,土壌・地下水汚染対策が進まない悪循環に陥ることも多い.
土壌・地下水汚染対策は大きく分けて,物理的に土壌・地下水を掘削・除去して区域外の処理場へ搬出して処理する手法(区域外処理)と,土壌・地下水を区域から移動することなく区域内で処理をする手法(区域内処理)の2種類がある.このうち,区域内処理は,汚染土壌・地下水の搬出を行なわず,区域外への汚染拡散リスクはない.さらに,区域内における処理の中でも原位置浄化と呼ばれる手法は,土壌・地下水を掘削することなく処理する手法で,コストも低く抑えることが可能である.化学酸化,還元処理,物理的な処理およびバイオレメディエーションなどがある.
バイオレメディエーションは,微生物等の働きを利用して汚染物質を分解・無害化等することによって土壌・地下水等を浄化する技術である.原位置浄化のなかでも最も低コスト,低環境負荷であり,優れた浄化手法である.バイオレメディエーションにはバイオスティミュレーションとバイオオーグメンテーションの2つの手法がある.バイオスティミュレーションは薬剤を投入することで,土着の微生物を活性化させる手法である.薬剤を投入するだけで浄化が可能な優れた方法であるが,土着の微生物の種類や菌密度によって,分解活性が大きく左右されてしまい,適用できないサイトも多い(3)3) Y. Men, E. C. Seth, Y. Shan, S. C. Terence, H. A. Robert, E. T. Michiko & A. C. Lisa: Environ. Microbiol., 17, 4873 (2015)..一方,バイオオーグメンテーションは分解能を有する微生物を薬剤と一緒に投入する手法であり,サイトに土着の微生物の分解活性を依存することなく浄化が可能である.バイオオーグメンテーションを活用すれば,土着の微生物の菌叢や活性の問題があるサイト等においてもバイオレメディエーションの適用が可能になる.また,これまで難分解性とされてきた汚染物質に対してもバイオレメディエーションの適用が可能となると期待される.しかし,バイオオーグメンテーションでは,投入する分解微生物の安全性を確認することが求められる.また,投入した微生物が現場に適応できない,土着の微生物との競合等により投入した微生物が生育できず,十分にその分解活性を維持できないという課題も指摘されている(3, 5)3) Y. Men, E. C. Seth, Y. Shan, S. C. Terence, H. A. Robert, E. T. Michiko & A. C. Lisa: Environ. Microbiol., 17, 4873 (2015).5) Y. Men, E. C. Seth, S. Yi, R. H. Allen, M. E. Taga & L. Alvarez-Cohen: Appl. Environ. Microbiol., 80, 2133 (2014)..そのような事象を防ぐためには,導入した菌種の導入後における適切な分析や解析,また,サイトに存在する微生物種全体の群集析等のさまざまなモニタリングが必要となる.さらに,土壌汚染自体に関する管理やリスクコミュニケーション等も同時に必要であり,実用化の実現は簡単ではない.
わが国においては,環境省と経済産業省が共同で事業者に対し,バイオオーグメンテーション事業の発展および環境保全に資することを目的として,生態系等への影響に配慮した適正な安全性評価および管理手法のための基本的な考え方を「バイオレメディエーション利用指針」として制定(平成17年3月)し,指針に適合しているかを確認する審査制度を導入している.しかし,これまでの約15年間で11件しか適合が確認された事業はなく(6)6) 環境省:微生物によるバイオレメディエーション利用指針適合確認状況,https://www.env.go.jp/air/tech/bio/05.html, 2019.,継続的に実施されている例はほとんどない.すなわち,バイオオーグメンテーションはほとんど普及していないのである.
VOCsのうち,最も汚染事例が多いのは,テトラクロロエチレン(以後,PCE)やトリクロロエチレン(以後,TCE)である.PCEやTCEなどは嫌気的微生物による還元脱ハロゲン呼吸により脱塩素化されることから,水素供与体の供給によるバイオスティミュレーションによる浄化が行われている.しかし,PCEやTCEをエチレンまで完全に脱塩素化できるのは,数種のDehalococcoides属細菌のみであり(7)7) H. Smidt & W. M. de Vos: Annu. Rev. Microbiol., 58, 43 (2004).,これらのDehalococcoides属細菌が存在しない場合には,中間体であるcis-1,2-ジクロロエチレン(以後,cis-DCE),クロロエチレン(以後,CE)で分解が止まってしまう.このため,Dehalococcoides属細菌を用いたバイオオーグメンテーションが期待されている.ところが,Dehalococcoides属の細菌は栄養要求性等の理由から,単独では非常に生育が遅く,純粋培養が困難である(8)8) J. He, K. M. Ritalahti, K. L. Yang, S. S. Koenigsberg & F. E. Loffler: Nature, 424, 62 (2003)..また,Dehalococcoides属の細菌は,サイトに適用しても機能しない事例が多くある(3)3) Y. Men, E. C. Seth, Y. Shan, S. C. Terence, H. A. Robert, E. T. Michiko & A. C. Lisa: Environ. Microbiol., 17, 4873 (2015)..
われわれはPCEやTCEにより汚染されていることがわかっているサイトの近傍から土壌・地下水を採取し,PCEやTCEを添加して継代培養を実施し,Dehalococcoides属の細菌を含む微生物群(以後,コンソーシア)を増殖させ,PCEやTCEの分解活性を高めた後に,サイトに戻す新しい手法を試みた(図1図1■既存のバイオレメディエーション手法と本報告の手法の概要).
本手法のメリットは,1)Dehalococcoides属の細菌を含む微生物群を元のサイトから取得しているため,その環境に合った生残性が高い微生物群が取得でき,高い分解活性が期待できること,2)元々サイト由来の微生物のため,生態系に与える影響が最小限と考えられること,である.一方,コンソーシアを用いたバイオオーグメンテーションで最も大きな問題となるのは,投入するコンソーシアの安全性の評価である.近年のDNA解析技術が進歩により,コンソーシアの微生物群の遺伝情報を解析することで安全性の評価が可能となっている(4)4) M. Yohda, K. Ikegami, Y. Aita, M. Kitajima, A. Takechi, M. Iwamoto, T. Fukuda, N. Tamura, J. Shibasaki, S. Koike et al.: Sci. Rep., 7, 2230 (2017)..
本研究においては,沖縄県のある試験サイトにおいて,TCE分解微生物コンソーシアの取得と構築,解析,また,実サイトにおける実証試験の実施を行い,TCE分解微生物コンソーシアの有用性を確認することができた.しかし,本手法で構築されたTCE分解微生物コンソーシアは構成する細菌の種数が多く,安定的な維持が難しいこと,適用できるまでの順化作業に時間を要するという課題があることがわかった.そこで,われわれは,Dehalococcoides属の細菌とその生育を補助する数種の細菌を混合培養することで,より少ない細菌種からなる単純化されたTCE分解コンソーシアを構築した.構築したコンソーシアは,Dehalococcoides属の細菌とその生育を補助すると考えられる細菌を含む4種により構成されている.今後は,本コンソーシアを用い,実汚染サイトから採取した土壌・地下水における室内試験を実施した後,実サイトに適用する検討を行っていく予定である.
以降は,コンソーシアを利用したバイオオーグメンテーションについて詳細を示す.
サンプリングした土壌・地下水は嫌気的に塩素化エチレン類の脱塩素分解が促進される条件で培養を行った.炭素源や微量ミネラルおよびTCEもしくはPCEを添加した培地を用い,アルゴンで置換した気相中に水素を添加し,密閉したバイアル中で培養した.定期的にTCEやPCEおよび分解生成物の濃度測定を行い,分解が確認された場合,培養液の一部を新しい培地に接種し,継代を行い,安定してTCEやPCEをエチレンまでを完全に脱塩素化できるコンソーシア(以後,OKINAWAコンソーシア)を構築した.また,次世代シーケンサー(MiSeq, Illumina社)の解析により菌叢解析も行った.安全性については,次世代シークエンサーで得られた菌叢情報を独立行政法人製品評価技術基盤機構の微生物有害情報リストと比較することで確認した.
実証試験の実施サイトから取得したOKINAWAコンソーシアについて,実際の土壌中における分解活性の有無や,OKINAWAコンソーシアの添加率,また,使用する薬剤の検討を行う目的で,事前検討を行った.事前検討は,実証試験を実施するサイトから採取した土壌・地下水を100 mL容バイアルに入れ,TCE, PCEと浄化薬剤,そしてOKINAWAコンソーシアを添加し,培養を行った.培養期間中は,定期的にTCEやPCEおよび分解生成物の濃度を分析し,分解の状況を確認した.
実証試験は沖縄県内のあるサイトにおいて,関係者に合意をとった後に行った.当該サイトの汚染原因は不明であるが,当該サイトは地下水において環境基準前後で,PCEやTCEとその分解生成物が検出されていることが事前の調査から判明していた.
実証試験においては,1回のみ注入する浄化薬剤は注入管を用いて注入し,OKINAWAコンソーシアは中心の注入井戸を用いて注入した.また,観測井戸を用いて,PCEやTCEとその分解生成物の濃度について定期的に測定を実施した.井戸の配置と深度を図2図2■実証試験における井戸配置(平面), 図3図3■実証試験における井戸配置(深度)に示す.井戸は周囲の観測井戸と中心の注入井戸を設置した.反応区においては,ポリ乳酸系の薬剤をあらかじめOKINAWAコンソーシアを注入する実証試験範囲全体に注入した.ポリ乳酸系の薬剤注入2週間後,培養後のOKINAWAコンソーシアを注入井戸からおよそ5 L程度注入した.対照区は反応区においてOKINAWAコンソーシアを注入したのと同時期に約5 Lのミネラルウォーターを注入した.注入後は約120日間にわたって地下水のモニタリングを継続した.地下水をサンプリングし,ガスクロマトグラフィーによる塩素化エチレンの定量と定量PCRによるDehalococcoides属細菌16S rRNA遺伝子の定量を行った.
愛知県内のTCE汚染サイトより採取した地下水から構築したAichiコンソーシアから単離されたDehalococcoides mccartyi UCH-ATV1(以降,ATV1とする)と先行研究(11)11) M. Yohda, O. Yagi, A. Takechi, M. Kitajima, H. Matsuda, N. Miyamura, T. Aizawa, M. Nakajima, M. Sunairi, A. Daiba et al.: J. Biosci. Bioeng., 120, 69 (2014).によって構築されたIBARAKIコンソーシアの共存菌を混合することで,新規のコンソーシアを作製し,ATV1コンソーシアとした.
構築したコンソーシアからメタゲノムを抽出し,16SrRNA遺伝子を標的としたPCR-DGGEと次世代シークエンサー(MiSeq, Illumina社)で解析を行い,コンソーシアの構成細菌を網羅的に解析した.安全性については,次世代シークエンサーで得られた菌叢情報を独立行政法人製品評価技術基盤機構の微生物有害情報リストと比較することで確認した.
塩素化エチレンの分解は,実験全体を通して,容器内の気相部分(ヘッドスペース)を分取し,ガスクロマトグラフィーによって評価した.ガスクロマトグラフ装置はShimadzu GC 1024,検出器は水素炎イオン化検出器(FID)を使用した.ヘッドスペース成分は100 µLを分取し,ガスクロ装置へ注入した.ヘッドスペース成分は,DB-624カラム(60 m by 0.32 mm, Agilent Technology)を用いて分離した.
沖縄県内のさまざまな地点の湧水や土壌のサンプリングを行い,塩素化エチレン類分解コンソーシアの構築を行った.その結果,PCEやTCEを速やかにエチレンまで脱塩素するOKINAWAコンソーシアの獲得に成功した(図4図4■OKINAWAコンソーシアの塩素化エチレン類の脱塩素分解活性).OKINAWAコンソーシアにはDehalococcoides属細菌が非常に高い密度(1.0×107 copies/mL以上)で存在していた.また,次世代シーケンサーの解析により,およそ1,118種の細菌により構成されていると推定され,既知の病原菌の存在は確認されなかった.
室内試験の結果から,土壌の体積に対して0.1%程度のOKINAWAコンソーシアを添加することで十分な分解活性が得られることがわかった(図5図5■事前の室内試験におけるOKINAWAコンソーシアによる塩素化エチレン類の脱塩素分解活性).Dehalococcoides属細菌の培養で使われる水素ガスは屋外において大量に使用することは難しいので,有機物から嫌気分解の過程で発生する水素を利用する試験を実施した.その結果,ポリ乳酸系の薬剤を用いることでDehalococcoides属細菌への水素供給に問題がないことが確認された.
注入井戸における地下水モニタリング結果を図6図6■実証試験の結果(塩素化エチレン類の濃度とDehalococcoides属細菌の菌密度)に示す.対照区においては,濃度にばらつきがあり,突発的に検出下限値未満となる日もあるが,TCE濃度が緩やかに減少していき,80日後以降TCEが検出下限値未満となった.一方,TCEの脱塩素化生成物であるcis-DCE濃度が上昇し,およそ120日目でピークとなった.しかし,cis-DCEがさらに脱塩素されたCEは試験期間中検出されなかった.Dehalococcoides属細菌以外の細菌もTCEからcis-DCEまでは脱塩素できるので(9)9) C. Holliger, D. Hahn, H. Harmsen, W. Ludwig, W. Schumacher, B. Tindall, F. Vazquez, N. Weiss & A. J. Zehnder: Arch. Microbiol., 169, 313 (1998).,対照区においては,Dehalococcoides属細菌が存在せず,土着のさまざまな分解微生物によるTCEの脱塩素反応が進行したと考えられる.一方,反応区においては,TCEが速やかに減少していき,30日前後で定量下限値未満となった.さらに,分解生成物であるcis-DCEは20日前後でピークを迎え,CEも30日後に検出された後,検出下限値未満となった.その後は,cis-DCEが定量下限値前後でわずかに検出されたものの,そのほかの塩素化エチレン類は検出されなかった.したがって,反応区においては,TCEが投入されたOKINAWAコンソーシアにより速やかにエチレンまで脱塩素化されて,消失したと考えられる.
定量PCRで地下水中のDehalococcoides細菌の16SrRNA遺伝子を測定し,Dehalococcoides属細菌の存在量をモニタリングした(図6図6■実証試験の結果(塩素化エチレン類の濃度とDehalococcoides属細菌の菌密度)).Dehalococcoides属細菌は,対照区においては検出下限値前後であった.一方,反応区においては,OKINAWAコンソーシア投入直後にDehalococcoides属細菌が1.0×107 copies/mLの密度で存在し,最大値を示している.その後,1.0×106 copies/mL程度で約50日間にわたり維持された.50日間の間にTCEの分解生成物であるCEの発生まで確認されていることから,TCEの脱塩素反応は,Dehalococcoides属細菌が1.0×106copies/mL程度を維持している50日間において特に活発であったと考えられる.その後,塩素化エチレン類の濃度が低下した60日目以降は徐々に減少傾向となり,100日目でほとんど検出下限値近くにまでに下がった.投入されたDehalococcoides属細菌は地下水中のTCEやその分解生成物を脱塩素することで,密度を維持していた一方,TCEやその分解生成物濃度が十分下がった後には,基質となる塩素化エチレン類がなくなったことで徐々にその密度を減らしていった可能性が考えられる.このことは,外部から投入されたDehalococcoides属細菌は塩素化エチレン類が脱塩素されて役目を終えた後に,すみやかにその密度を減らすことを示唆している.また,OKINAWAコンソーシアは,共存する微生物も沖縄県内由来のものであり,環境影響もないと考えて良い.なお,次世代シーケンサーによる解析からは安全性が確認されている.
以上から,Dehalococcoides属の細菌を含む微生物群を汚染源の近傍のサイトから取得する手法が有効であることが確認された.ただし,本手法は,コンソーシアの構築に要する時間や,コンソーシアを構成する細菌種が非常に多く安全性の評価には次世代シーケンサーによる高精度の解析が必要という問題がある.このため,時間的制約や利害関係者の多い実汚染案件には適用が難しく,実用化には課題がある.そこで,現実的に実用可能なバイオオーグメンテーションの技術を構築することを目的とし,より単純化した汎用性のあるコンソーシアを構築することを考えた.
われわれは以前,愛知県内のTCE汚染サイトより採取した地下水から,TCEをエチレンまで脱塩素化するコンソーシアを構築している.このAichiコンソーシアは非常に高い分解能を有していたが,比較的多数の菌が共存していることから,そのままバイオオーグメンテーションに利用することは困難であると判断した.その後,独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター内野氏により,シェイクアガー法にてAichiコンソーシアに存在するDehalococcoides属細菌の単離が行われた.単離されたDehalococcoides属細菌は脱塩素酵素のコードする遺伝子であるtceAとvcrAを保有しており,Dehalococcoides mccartyi UCH-ATV1(以降,ATV1とする)と命名した.単離したATV1の増殖は遅く,バイオオーグメンテーションに利用することは不可能であった.
また,先行研究(11)11) M. Yohda, O. Yagi, A. Takechi, M. Kitajima, H. Matsuda, N. Miyamura, T. Aizawa, M. Nakajima, M. Sunairi, A. Daiba et al.: J. Biosci. Bioeng., 120, 69 (2014).によって,蓮池の底泥を接種源とし,cis-DCEを添加して継代培養を繰り返すことで,Dehalococcoides属細菌を含むcis-DCEをエチレンにまで完全に分解するIBARAKIコンソーシアを取得していた.PCR-DGGEおよび次世代DNAシーケンサーによる解析により,Dehalococcoides属細菌以外にDesulfovibrio属とClostiridium属の微生物のみが存在することが示された.しかし,IBARAKIコンソーシアはAichiコンソーシアと比較して分解能が低く実用性は低かった.IBARAKIコンソーシアに共存する微生物がDehalococcoides属細菌細菌の生育を促進していると考え,ATV1と組み合わせてコンソーシアを再構築することを考えた.まず,IBARAKIコンソーシアを,cis-DCEを添加せずに培養を行い,元々のDehalococcoides属細菌を死滅させたコンソーシアに単離したATV1を加え,ATV1-IBARAKIコンソーシアを構築した.このATV1-IBARAKIコンソーシアは,単離したATV1と比較して高い脱塩素化能を示したが,Aichiコンソーシアと比較してエチレンまでの脱塩素化は遅かった(図7図7■ATV1-IBARAKIコンソーシアによる塩素化エチレン類の脱塩素分解活性).
そこで,元のIBARAKIコンソーシアの共存菌を単離し,ATV1との共培養を行った.その結果,Desulfovibrio属細菌と共培養した系において,TCEからcis-DCEへの脱塩素が確認された(Data not shown).この結果からATV1-IBARAKIコンソーシアにおいては,Desulfovibrio属細菌がATV1の脱塩素を促進する細菌の一つであることが推定された.以後,本コンソーシアをATV1コンソーシアとする.
ATV1とDesulfovibrio属細菌との共培養系であるATV1コンソーシアについて,継代を4代続けたところ,TCEの脱塩素分解活性が非常に高い結果が得られた(図8図8■ATV1コンソーシアによる塩素化エチレン類の脱塩素分解活性).この結果は,Desulfovibrio属細菌の代謝産物がATV1の脱塩素や生育を促進していることを示唆すると考えた.ここで,TCEの脱塩素が安定した本コンソーシアについて,念のため,その菌叢について解析を行った(図9図9■ATV1コンソーシアのにおける世代シーケンサーを用いた菌叢解析結果).ATV1コンソーシア内には,ATV1, Desulfovibrio属細菌以外にPetrimonas属細菌とClostridium属細菌が存在していた.なお,Clostridium属細菌はIBARAKIコンソーシアの共存菌の一つであることから,Desulfovibrio属細菌の単離が不完全であることが原因であった.一方,Petrimonas属細菌は,初期の段階のIBARAKIコンソーシアに存在していたことから,微量に残存していたPetrimonas属細菌によるものであると考えられる.4代目以降も脱塩素分解活性が安定していた(Data not shown)ことから,継代を続ける段階で,徐々に存在比が増え,4代目のTCE分解能力が非常に高くなってきた段階において,現在の組成になったと推定される.
したがって,ATV1, Desulfovibrio属細菌,Petrimonas属細菌,Clostridium属細菌の図9図9■ATV1コンソーシアのにおける世代シーケンサーを用いた菌叢解析結果に示す構成をもって,高いTCEの脱塩素能力をもつATV1コンソーシアの完成とした.
Petrimonas属細菌とCLostridium属細菌はともにその近縁種がDehalococcoides属細菌の生育に欠かせない酢酸や水素を生成できることや,Petrimonas属細菌はDesulfovibrio属細菌が生育に必要な硫酸塩を生成できることなどがわかっている(13, 14)13) A. Grabowski, B. J. Tindall, V. Bardin, D. Blanchet & J. Christian: Syst. Evol. Microbiol., 55, 1113 (2005).14) P. A. Lawson, B. Wawrik, T. D. Allen, C. N. Johnson, C. R. Marks, R. S. Tanner, B. H. Harriman, D. Strapoc & A. V. Callaghan: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 64, 198 (2014)..さらにPetrimonas属細菌は,遺伝子解析の結果,Dehalococcoides属細菌の生育に必須なビタミンB12の前駆物質を生成する遺伝子を保有していることがわかった(Data not shown).Dehalococcoides属細菌は自らコリノイドの合成ができないことができないことがわかっており(15)15) R. Seshadri, L. Adrian, D. E. Fouts, J. A. Eisen, A. M. Phillippy, B. A. Methe, N. L. Ward, W. C. Nelson, R. T. Deboy, H. M. Khouri et al.: Science, 307, 105 (2005).,Petrimonas属細菌はATV1コンソーシア内においてもDehalococcoides属細菌へのコリノイドの供給に深く関与していることが示唆され,ATV1コンソーシア内において,脱塩素に寄与していると考えられる.以上からATV1コンソーシアの推定される細菌同士のやり取りを図10図10■ATV1コンソーシア内の推定される細菌同士の関係性に示す.
今後は,実用化に向けて,実汚染サイトの試料等を用い,適用可能性を検討するとともに,汚染現場への適用を踏まえ,安全性評価や大量培養の手法等を検討していく必要がある.
なお,本コンソーシアは,微生物によるバイオレメディエーション利用指針への適合確認申請を行うために,追加の解析を現在実施中である.
昨今の遺伝子解析技術の革新により,より安価で高度な遺伝子解析技術が使える時代となった.バイオレメディエーションのように環境中において微生物を用いるような手法は,現象を直接目でみることができないため,遺伝子解析技術等を活用して,できる限り情報を集めることで,起きている現象を正確に理解することが重要である.今後は,医療分野や食品分野等に留まらず,環境分野においても分子生物学的手法を利用し,微生物のような目では見えない有用な「資源」を理解することで,バイオレメディエーションのように環境負荷が小さく持続可能な社会に見合った技術の開発をますます進めていく必要があると考えられる.
Acknowledgments
本研究は,沖縄県のライフサイエンスネットワーク形成事業<環境分野> “原位置由来微生物コンソーシアを利用するバイオオーグメンテーション法の開発と沖縄県内汚染土壌への利用”で行ったものです.
Reference
1) 環境省:土壌汚染をめぐるブラウンフィールド問題の実態等について中間とりまとめ,http://www.env.go.jp/press/files/jp/9506.html, 2009.
2) 環境省:平成29年度土壌汚染対策法の施行状況および土壌汚染調査・対策事例等に関する調査結果,4. 土壌汚染対策事例,http://www.env.go.jp/water/report/h31-01/04.pdf, 2019.
6) 環境省:微生物によるバイオレメディエーション利用指針適合確認状況,https://www.env.go.jp/air/tech/bio/05.html, 2019.
7) H. Smidt & W. M. de Vos: Annu. Rev. Microbiol., 58, 43 (2004).
8) J. He, K. M. Ritalahti, K. L. Yang, S. S. Koenigsberg & F. E. Loffler: Nature, 424, 62 (2003).
10) 二神泰基,後藤正利,古川謙介:タンパク質 核酸 酵素,50,1548(2005).