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清酒産業において芽胞菌は重要なリスクなのか?伝統的発酵酒類の安全性を科学的に裏付ける

Masayuki Takahashi

髙橋 正之

独立行政法人酒類総合研究所醸造微生物研究部門

Published: 2020-07-01

これまで酒類はアルコールを含有するなど細菌の生育にとって過酷な環境であることから,乳酸菌など特定のバクテリア以外は生育しないと考えられてきた.これは食中毒起因菌に関しても同様であり,従来それらの食中毒起因細菌に関する検討はほとんど行われてきていなかった.ただ,他の食品でそうであるように,原料からもち込まれ残存する場合もあれば,作業従事者からもち込まれる場合もあるため,酒類中に食中毒起因菌が全く存在しないというわけではない.清酒やビール,ワインなどに存在する食中毒細菌を調査した過去の研究によれば,芽胞を形成するような細菌が検出されたと報告されている(1)1) S. H. Jeon, N. H. Kim, M. B. Shim, Y. W. Jeon, J. H. Ahn, S. H. Lee, I. G. Hwang & M. S. Rhee: J. Food Prot., 78, 812 (2015)..では,これら残存している食中毒起因菌は酒類にとって危害を及ぼすようなものなのであろうか? 結論から言うと,ノーである.本記事ではそのことについて,過去の研究および筆者らの研究を紹介しながら解説したいと思う.

アルコールを含むことやpHが低いこと,ホップ精油成分や亜硫酸塩など種々の抗菌作用を示す物質を含んでいることもあり,古くから酒類の飲用による細菌性の食中毒は知られていない.これが酒類の特性であることは,ワインやビールについて,いくつかの研究により科学的に証明されている.たとえば,ワインに関しては,BobanらやMøretrøら,Waiteらの研究があり(2~4)2) N. Boban, M. Tonkic, D. Budimir, D. Modun, D. Sutlovic, V. Punda-Polic & M. Boban: J. Food Sci., 75, M322 (2010).3) T. Møretrø & M. A. Daeschel: J. Food Sci., 69, M251 (2004).4) J. G. Waite & M. A. Daeschel: J. Food Sci., 72, M286 (2007).,いずれの検討においても,きわめて短時間の接触が食中毒起因菌を速やかに不活化することが明らかとなっている.この要因として,含有するアルコールの作用に加え,ワインのpHが非常に低いこと,酒石酸やリンゴ酸などの有機酸を含みそれらが殺菌作用を示すことなどによると考えられている.同様に,ビールに関しても複数の検討がなされており,アルコールの作用に加え,やはりpHの低さやホップに由来するイソα酸,有機酸の殺菌作用など製品特性として微生物安定性が高いことが知られている(5)5) G. Menz, P. Aldred & F. Vriesekoop: Beer in Health and Disease Prevention, Academic Press, 2009, pp.403–413..また,ビールにおいては,その製造工程初期において原料混合物の煮沸を長時間行うため原料由来の微生物の大半が死滅すること,また,その後の工程のほとんどが密閉系で行われることなどから製造工程上も外部からの混入が少ないことも要因の一つとなっている.

さて,清酒に関してはどうだろうか.これまでのところ,清酒における食中毒起因菌のリスクに関して調査した報告はほぼない.一般的な清酒はアルコール分が15~18%程度で,pHが4.5程度,また有機酸を含んでおり,病原性微生物の生育が非常に起こりにくい微生物学的に安全な製品特性をもっていると考えられている.一方で,海外の研究グループの調査報告では清酒のセレウス菌汚染実態を調査した結果,当該国で入手可能な市販製品の内,25%でセレウス菌が検出されたとの報告がある.セレウス菌は土壌等環境中に広く分布している芽胞形成細菌であり,主に穀類原料の食品などで問題となることが多い.セレウス菌のハビタットから考えても,清酒原料である米に付着しており芽胞状態のまま最終製品に移行していた可能性があるが,過去の研究で明らかとなっていたのは検査点数に対する検出点数で算出される汚染率のみであり,検出された製品中にどの程度含まれているかについては明らかとなっていなかった.また,セレウス菌による食中毒は,生菌の喫食により起こる感染型と,セレウス菌が産出した毒素を摂取することで起こる毒素型の2つがある.清酒では多くの工程があり,比較的長期間にわたって製造が続けられることから,生菌が最終的に許容できない水準で製品に含まれないことはもちろん途中の製造工程で毒素を生産しないことを示す必要があった.

われわれは,研究の目的を清酒およびその製造工程でセレウス菌がリスクとなり得るのかを明らかにすることと位置づけ,①清酒製造工程でセレウス菌が生育しうるか,②清酒製造工程でセレウス菌が毒素生産を行うか,③市場製品の実態として,生菌または毒素が許容できない水準で含まれることがあるか,の3点について検討を実施した.まず,製造工程における増減について検討した結果について述べる.基本的には原料である白米にセレウス菌の芽胞が付着しているケースを想定し,製麹(蒸米から麹を製造する工程),酒母およびもろみ工程を経ることによるセレウス菌の増減および毒素生産の有無を調査した.セレウス菌はいずれの工程においても生育,毒素生産を行うことは無く,実製造において仮に芽胞化したセレウス菌が各工程に残存したとしても生育・毒素生産のリスクは非常に低いと考えられた.加えて,清酒の製成工程である上槽(もろみから酒粕と清酒を分離する操作)において,セレウス菌芽胞は大きく減少し,製成した清酒中では芽胞の発芽・増殖は起こらないことが確認された.続いて,市場流通製品における分布について調査を実施した.調査対象酒は全国から流通量や特定名称の区分などを考慮したうえで,160点強調達した.生菌に関する調査の結果,検出された菌数の幾何平均は0.39 CFU/mL,最大値は50 CFU/mL, 1 CFU/mL以上の菌数が検出された清酒の点数の分析点数に対する割合(汚染率)は6.7%(2.9%~10.6%:95%信頼区間)であり,低い水準であった.毒素に関しても,今回分析に供したすべての酒で検出限界未満(0.22 ng/mL未満)であり,生菌および毒素のいずれも市場流通製品では問題とならないことが確認できた(図1図1■清酒製造の各工程および製品におけるBacillus cereusの挙動).

図1■清酒製造の各工程および製品におけるBacillus cereusの挙動

近年は,消費者の食の安全に対する意識が変化しており,安心であることを説明するうえでは科学的根拠があることは一つの重要な材料となる.また,平成30年6月に公布された改正食品衛生法によりHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)方式による衛生管理が制度化されることとなった.HACCPに基づく衛生管理は,従来の衛生管理手法では実現が困難だった全品保証を実用上可能としており非常に有用な方法であるが,その肝である危害要因分析を行う際には各工程で洗い出される危害要因が管理しなくてはならないものか否か判断するための根拠が必要となる.過去の研究および筆者らの研究によれば,清酒の危害要因分析における生物的危害要因はリスクの低いものと考えることができる.また,本年3月には酒類製造業界団体により,HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書が策定・公開されており,小規模の製造者の方は手引書を参考に衛生管理に取り組んでいくこととなる.酒類製造業においても衛生管理への取り組み方が変わるなかで,製造者の方が,新たな知見を随時取り入れ,消費者に安全な製品はもちろん,安心も提供していただけることを願っている.

Reference

1) S. H. Jeon, N. H. Kim, M. B. Shim, Y. W. Jeon, J. H. Ahn, S. H. Lee, I. G. Hwang & M. S. Rhee: J. Food Prot., 78, 812 (2015).

2) N. Boban, M. Tonkic, D. Budimir, D. Modun, D. Sutlovic, V. Punda-Polic & M. Boban: J. Food Sci., 75, M322 (2010).

3) T. Møretrø & M. A. Daeschel: J. Food Sci., 69, M251 (2004).

4) J. G. Waite & M. A. Daeschel: J. Food Sci., 72, M286 (2007).

5) G. Menz, P. Aldred & F. Vriesekoop: Beer in Health and Disease Prevention, Academic Press, 2009, pp.403–413.