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諸外国で始まった乳児用調製粉乳への2′-フコシルラクトース添加—その科学的背景と現状—母乳オリゴ糖とビフィズス菌

Mikiyasu Sakanaka

阪中 幹祥

デンマーク工科大学

Takane Katayama

片山 高嶺

京都大学

Published: 2020-07-01

近年の社会構造の変革により乳児用調製粉乳の市場は拡大の一途をたどっているが,2016年にこの市場は新たなフェーズに突入した.欧米を中心とした諸外国にて,人乳に含まれるオリゴ糖(母乳オリゴ糖)の一種である2′-フコシルラクトース(2′-FL)の添加が始まったのである.これが実現可能となった科学的な背景には,後述するように,母乳オリゴ糖がビフィズス因子であることが分子レベルで解明されたこと,多くの母親(分泌型個体,後述)の母乳に2′-FLが最も多く含まれていること,および,2′-FLの大量生産が可能となったことなどが挙げられる.

ヒト成人の腸内には数百種類もの腸内細菌が棲息し,いわゆる多様性の高い菌叢が形成されているが,それとは対照的に母乳栄養児の腸内ではビフィズス菌が50%以上を占める比較的多様性の低い菌叢,いわゆるビフィズスフローラが形成される(1)1) M. Sakanaka, A. Gotoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Koguchi, J. Z. Xiao, M. Kitaoka & T. Katayama: Nutrients, 12, 71 (2020)..乳児期に形成される腸内細菌叢は生涯にわたりヒトの健康に影響を及ぼす(たとえば,乳児期にビフィズス菌が多いとワクチンに対する免疫応答や免疫記憶が良くなることが示されている(2)2) M. N. Huda, S. M. Ahmad, M. J. Alam, A. Khanam, K. M. Kalanetra, D. H. Taft, R. Raqib, M. A. Underwood, D. A. Mills & C. B. Stephensen: Pediatrics, 143, e20181489 (2019).)という事実から,いかにして乳児腸内での菌叢が形成されるのか,すなわちビフィズスフローラ形成の分子機序解明が待たれていた.

われわれを含むいくつかのグループは十数年前に,ビフィズス菌には母乳に含まれるオリゴ糖(母乳オリゴ糖)の資化経路が存在することを見いだしていた.その後,国内外の多くのグループがさまざまなアプローチでビフィズスフローラ形成機構の解明に取り組み,母乳オリゴ糖がビフィズス菌の選択的増殖に寄与していることが徐々にわかってきた(1)1) M. Sakanaka, A. Gotoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Koguchi, J. Z. Xiao, M. Kitaoka & T. Katayama: Nutrients, 12, 71 (2020)..母乳オリゴ糖は,人乳中で乳糖,脂質に次いで三番目に多く含まれる固形成分であり,グルコース,ガラクトースおよびN-アセチルグルコサミンからなる基本骨格に加え,フコースやシアル酸の修飾を受けているため,百種類以上の構造を有している(3).母乳オリゴ糖の骨格は基本的に同じであるが,フコースによる修飾に関しては個体間で大きな差異が見られ,その違いを決定付ける因子の一つは,α1,2フコシル化を触媒するフコース転移酵素FUT2である.この酵素活性を有する分泌型個体(約80%)においては,2′-FL(フコースα1,2ガラクトースβ1,4グルコース)を含むα1,2フコシル化母乳オリゴ糖が大量に生合成され,結果として2′-FLが母乳オリゴ糖の中で最も多い成分となる(重量換算にして全体の約20~50%を占める)(3, 4)3) 浦島 匡,福田健二:応用糖質科学,8, 155 (2018).4) M. K. McGuire, C. L. Meehan, M. A. McGuire, J. E. Williams, J. Foster, D. W. Sellen, E. W. Kamau-Mbuthia, E. W. Kamundia, S. Mbugua, S. E. Moore et al.: Am. J. Clin. Nutr., 105, 1086 (2017)..一方で,当該遺伝子の両アリルに変異が生じている非分泌型個体では,2′-FLを含むα1,2フコシル化母乳オリゴ糖を合成することができず,母乳オリゴ糖全体の量も少ない(3, 4)3) 浦島 匡,福田健二:応用糖質科学,8, 155 (2018).4) M. K. McGuire, C. L. Meehan, M. A. McGuire, J. E. Williams, J. Foster, D. W. Sellen, E. W. Kamau-Mbuthia, E. W. Kamundia, S. Mbugua, S. E. Moore et al.: Am. J. Clin. Nutr., 105, 1086 (2017)..分泌型個体の母乳で哺育した乳児では非分泌型個体の場合と比べて,ビフィズスフローラがより速やかに,また,より優勢に形成されることが最近の研究から明らかになっている(5)5) Z. T. Lewis, S. M. Totten, J. T. Smilowitz, M. Popovic, E. Parker, D. G. Lemay, M. L. Van Tassell, M. J. Miller, Y. S. Jin, J. B. German et al.: Microbiome, 3, 13 (2015)..さらに同論文では,分泌型個体の母乳で哺育した乳児の糞便からは,2′-FLを資化可能なビフィズス菌株が頻繁に単離されることを示している.これらのことから,2′-FLをはじめとするα1,2フコシル化母乳オリゴ糖は,当該オリゴ糖を利用可能なビフィズス菌の腸内増殖を選択的に促進し,その結果として,ビフィズスフローラが形成されるというメカニズムが見えてきた.

ビフィズスフローラ形成における2′-FLなどのフコシル化母乳オリゴ糖の重要性に鑑みて,ここ数年の間に,ビフィズス菌の2′-FL利用機構に関する研究成果が立て続けに報告されている(1, 6, 7)1) M. Sakanaka, A. Gotoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Koguchi, J. Z. Xiao, M. Kitaoka & T. Katayama: Nutrients, 12, 71 (2020).6) K. James, F. Bottacini, J. I. S. Contreras, M. Vigoureux, M. Egan, M. O’Connell-Motherway, E. Holmes & D. van Sinderen: Sci. Rep., 9, 15427 (2019).7) M. Sakanaka, M. E. Hansen, A. Gotoh, T. Katoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Yachi, Y. Sugiyama, S. Kurihara, J. Hirose et al.: Sci. Adv., 5, eaaw7696 (2019)..最近,筆者らも母乳オリゴ糖利用能が最も高いビフィズス菌種Bifidobacterium longum subspecies infantisにおいて2種のFLトランスポーター(FLトランスポーター1および2と命名)を逆遺伝学・生化学・構造学的解析により同定した(7)7) M. Sakanaka, M. E. Hansen, A. Gotoh, T. Katoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Yachi, Y. Sugiyama, S. Kurihara, J. Hirose et al.: Sci. Adv., 5, eaaw7696 (2019)..FLトランスポーター1および2は互いにホモログの関係にあり,どちらも2′-FLを菌体内に取り込むことが可能であったが,FLトランスポーター2は2′-FLに加えて他のフコシル化母乳オリゴ糖に対しても高い親和性を示した.また,母乳栄養児の糞便DNA解析を行ったところ,FLトランスポーター2がFLトランスポーター1よりも高頻度で検出され,その存在率はフコシル化母乳オリゴ糖の腸管内での消費およびビフィズスフローラ形成率に強く相関していることが明らかとなった.興味深いことに,FLトランスポーター1および2の基質結合部位にはいくつかのアミノ酸置換が観察され,それらの違いによってFLトランスポーター2が2′-FLだけでなく他のフコシル化母乳オリゴ糖も効率良く取り込めるようになったと考えられた.すなわち,FLトランスポーターに見られる適応進化(FLトランスポーター2の存在)がビフィズスフローラ形成に大きく関与しており,母乳成分を介したビフィズス菌とヒトの緊密な共生を支える分子基盤となっていると推察された(7)7) M. Sakanaka, M. E. Hansen, A. Gotoh, T. Katoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Yachi, Y. Sugiyama, S. Kurihara, J. Hirose et al.: Sci. Adv., 5, eaaw7696 (2019).

本題に戻るが,以上のような科学的背景により,2016年以降,2′-FLおよび別の母乳オリゴ糖であるラクト-N-ネオテトラオース(LNnT)を乳児用調製粉乳に添加する動きが諸外国で加速している(残念ながら日本ではまだ認可されていない).近年まで母乳オリゴ糖を大量合成することは非常に困難であり,母乳オリゴ糖の代替品として,ガラクトオリゴ糖,フルクトオリゴ糖,ラクチュロース,ラフィノースなどのオリゴ糖がビフィズス菌を増殖させる目的で添加されていたが,最近,組換え大腸菌を用いた発酵法などを用いることで2′-FLやLNnTの工業生産が可能となった(8)8) K. Bych, M. H. Mikš, T. Johanson, M. J. Hederos, L. K. Vigsnæs & P. Becker: Curr. Opin. Biotechnol., 56, 130 (2019)..まだ報告例が限られているが,2′-FLまたは2′-FL/LNnTを添加した乳児用調製粉乳の安全性,アレルギー症状の改善,感染症の減少などの有用効果がいくつかのヒト臨床試験で示されている(母乳オリゴ糖はビフィズス因子としての機能だけでなく,抗感染作用や免疫調節作用を有することがin vitroや動物実験などで明らかとされていた)(3).さらにごく最近の2020年3月には,2′-FL/LNnTを添加した乳児用調製粉乳は,無添加の調製粉乳と比べて,ヒト乳児腸内のビフィズス菌の増加を促進することが示され,2′-FL/LNnT添加の有用性が腸内細菌叢形成の観点から初めて実証された(9)9) B. Berger, N. Porta, F. Foata, D. Grathwohl, M. Delley, D. Moine, A. Charpagne, L. Siegwald, P. Descombes, P. Alliet et al.: mBio, 11, e03196-19 (2020)..同論文では個々のビフィズス菌株の表現型は調べていないが,おそらく2′-FLやLNnTを利用可能なビフィズス菌が乳児腸内で選択的に増加したのではないかと筆者らは推測している.現在,諸外国で市販されている乳児用調製粉乳に添加されている母乳オリゴ糖は2′-FLとLNnTの2種類にとどまるが,他の母乳オリゴ糖の添加も認可され始めているようである.乳児期に形成される腸内菌叢が成長後の健康に大きくかかわるというライフステージ研究の成果を鑑みると,社会構造が大きく変化しつつある現在,母乳オリゴ糖組成を母乳により一層近づけた“ヒトとビフィズス菌両方にとって有益な”乳児用調製粉乳の開発が急務であり,諸外国においてそれは確実に進んでいる.

Reference

1) M. Sakanaka, A. Gotoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Koguchi, J. Z. Xiao, M. Kitaoka & T. Katayama: Nutrients, 12, 71 (2020).

2) M. N. Huda, S. M. Ahmad, M. J. Alam, A. Khanam, K. M. Kalanetra, D. H. Taft, R. Raqib, M. A. Underwood, D. A. Mills & C. B. Stephensen: Pediatrics, 143, e20181489 (2019).

3) 浦島 匡,福田健二:応用糖質科学,8, 155 (2018).

4) M. K. McGuire, C. L. Meehan, M. A. McGuire, J. E. Williams, J. Foster, D. W. Sellen, E. W. Kamau-Mbuthia, E. W. Kamundia, S. Mbugua, S. E. Moore et al.: Am. J. Clin. Nutr., 105, 1086 (2017).

5) Z. T. Lewis, S. M. Totten, J. T. Smilowitz, M. Popovic, E. Parker, D. G. Lemay, M. L. Van Tassell, M. J. Miller, Y. S. Jin, J. B. German et al.: Microbiome, 3, 13 (2015).

6) K. James, F. Bottacini, J. I. S. Contreras, M. Vigoureux, M. Egan, M. O’Connell-Motherway, E. Holmes & D. van Sinderen: Sci. Rep., 9, 15427 (2019).

7) M. Sakanaka, M. E. Hansen, A. Gotoh, T. Katoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Yachi, Y. Sugiyama, S. Kurihara, J. Hirose et al.: Sci. Adv., 5, eaaw7696 (2019).

8) K. Bych, M. H. Mikš, T. Johanson, M. J. Hederos, L. K. Vigsnæs & P. Becker: Curr. Opin. Biotechnol., 56, 130 (2019).

9) B. Berger, N. Porta, F. Foata, D. Grathwohl, M. Delley, D. Moine, A. Charpagne, L. Siegwald, P. Descombes, P. Alliet et al.: mBio, 11, e03196-19 (2020).