解説

好熱性酵素を用いた細胞外カスケード反応の構築と有用物質生産への利用細胞の外側でつくる人工代謝経路

Chemical Manufacturing through an In Vitro Cascade Reaction with Thermophilic Enzymes: Synthetic Metabolic Pathway Outside of Cells

Kohsuke Honda

本田 孝祐

大阪大学生物工学国際交流センター

Kenji Okano

岡野 憲司

大阪大学生物工学国際交流センター

Published: 2020-07-01

コリネ型細菌によるグルタミン酸の発酵生産が商業化されて以来,わが国では有用微生物の育種研究が精力的に進められてきた(1)1) 栃倉辰六郎,山田秀明,別府輝彦,左右田健次監修:“発酵ハンドブック”,共立出版,2001..この過程で先人たちは,膨大な数の突然変異株ライブラリーから所望の特性を有した株を効率的に選抜するため,栄養要求性やアナログ物質耐性に着目するといったさまざまな工夫を施してきた.やがて時代がくだり,遺伝子組換え技術を用いた微生物ゲノムの改変が可能となったことで,発酵生産菌の育種研究も大いに加速化された.これらの研究は1998年のStephanopoulosらの著作(2)2) G. N. Stephanopoulos, A. A. Aristidou & J. Nielsen: “Metabolic Engineering, Principles and Methodologies”, Academic Press, 1998.を契機に,metabolic engineering(代謝工学)という一つの学術分野として体系化されるに至っている.

Key words: 好熱性酵素; 代謝工学; 合成生物学; カスケード反応; ニコチンアミド補酵素

細胞の外側で代謝経路をつくる

発展著しい代謝工学ではあるが,本法に則って微生物ゲノムに所定の改変を加えても,目的物質の過剰生産に結び付かないケースも少なくない.そもそも微生物は,われわれが所望するような商業的価値を有した代謝物を生産するためにこの世に生を受けてきたわけではない.自身の生育・生存に必要な代謝物をバランス良く生産することこそが彼/彼女らにとって最も重要なタスクである.われわれと微生物の間にこうした利害対立があることを理解せず,ただやみくもに目的物質の生合成経路ばかりを増強したのでは,微生物はたちまち機嫌を損ねてしまうのである.各種のオミクス解析で得られる遺伝子発現変動や,代謝物プロファイルの情報を駆使し,微生物細胞内で起こっている代謝の流れをより深く理解することで,何とか微生物たちに機嫌よく働いていただこうという試みが,近年の代謝工学分野における大きな潮流の一つとなっている.

一方で筆者らは,代謝工学における微生物と人間の利害対立を解決するための手段として,所望の代謝物の生産に必要な経路を細胞の外側に取り出し,これらを微生物の生育・生存から切り離すことに取り組んでいる.つまり,目的代謝物の生合成にかかわる酵素群を細胞外(in vitro)で組み合わせ,代謝経路を模したカスケード反応を構築・作動させようというものである.筆者らはこの際,(超)好熱菌に由来する代謝酵素が示す優れた耐熱性に着目し,これらの酵素をカスケード反応(以下,in vitro代謝経路と呼ぶ)構築のための触媒素子として利用することとした.図1図1■好熱性酵素を用いたin vitro人工代謝経路の構築のスキームに好熱性酵素によるin vitro代謝経路構築のスキームを示す.本法ではまず,①好熱菌由来の代謝酵素を大腸菌などの中温菌内で発現させ,②70~80oC程度の熱処理により宿主由来のタンパク質を変性させることで,組換え好熱性酵素を簡易精製し,③これらを同一の反応容器内で混合することでin vitro代謝経路を構築する.好熱性酵素の耐熱性は一般に,これらの酵素分子の堅牢な構造,すなわちアミノ酸配列に起因する.したがって,好熱性酵素の遺伝子を中温菌(あるいは好冷菌)内で異種発現させたとしても,得られる組換え酵素は好熱菌から取得されたそれと同等の耐熱性を示す.このため,好熱性酵素を中温性宿主内で発現させた後,これらの無細胞抽出液を熱処理に供することで,宿主由来のタンパク質を変性・除去し,所望の好熱性酵素を高い純度で得ることができる.熱処理による組換え好熱性酵素の簡易精製は,これらの酵素を扱う研究者らの間で古くから利用されてきた手法であり,本研究において筆者らもこれと同様の手法を採用したのである.

図1■好熱性酵素を用いたin vitro人工代謝経路の構築のスキーム

本田,生物工学会誌,9, 115 (2019)より許可を得て転載.

ATPをつくらない人工解糖経路の構築

In vitro代謝経路の構築法を着想した筆者らがまずはじめに取り組んだのは,最もよく知られた代謝経路の一つであろうEmbden–Meyerhof経路(EM経路),すなわち解糖系の構築であった.EM経路は好熱菌を含む多くの生物で広く保存された経路であり,筆者らが研究に着手した時点でも,酵母由来の酵素を用いたEM経路のin vitroでの再構築とそれを用いたエタノール生産の事例がすでに報告されていた(3)3) P. Welch & R. K. Scopes: J. Biotechnol., 2, 257 (1985)..さてEM経路に限らず細胞外で代謝経路を再構築し,これらを物質生産に利用する場合,考慮すべき問題の一つとして補酵素の供給が挙げられる.たとえばEM経路の場合,グルコース1分子を2分子のピルビン酸へと酸化する過程で,2分子のADPが消費され,2分子のATPが得られる.つまり,in vitroで再構築されたEM経路を用いてグルコースをピルビン酸やそれを前駆体とする他の有用代謝物へと変換する場合,グルコース1分子あたり,2分子のADPを供給し続ける必要が生じる.しかし,ADPをはじめとする補酵素類はいずれも高価な物質である.有用物質の商業生産を目的としたin vitro人工代謝経路を構築するためには,理想的にはこれら補酵素類を要求しない酵素反応のみからなる経路を設計することが望ましい.あるいは,これら補酵素の消費量と生産量(ATP⇔ADP, NAD⇔NADH間の消費・再生)がバランスした経路を設計することにより,少量の補酵素をリサイクルしつつ継続的に利用可能な経路を構築するという方策も考えられよう.こうした考えに基づき,筆者らは,一部の超好熱性アーキアが有する変形EM経路に由来するユニークな補酵素要求を有した酵素群に着目し,図2図2■真核生物やバクテリアで保存された一般的なEM経路(左),一部の超好熱性アーキアに見られる変形EM経路(中),ならびに本研究で構築されたATP非生産性の人工EM経路(右)に示すようなATP⇔ADPの収支がバランスした人工EM系をin vitroで構築した(4)4) X. Ye, K. Honda, T. Sakai, K. Okano, T. Omasa, R. Hirota, A. Kuroda & H. Ohtake: Microb. Cell Fact., 11, 120 (2012)..バクテリアや真核生物にみられる一般的なEM経路と同様,変形EM経路はグルコースからピルビン酸への酸化に伴い,2分子のADPを2分子のATPへと変換する.一方で変形EM経路を構成する酵素群には,ADP依存性キナーゼや,AMPからATPへのピロリン酸化を伴う反応など,独特な補酵素要求性を示すものが少なくない.筆者らが構築した人工EM経路は,一般的なEM経路においてグリセルアルデヒド-3-リン酸(GAP)脱水素酵素(GAPDH)およびホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)の2酵素によって担われるGAPから3-ホスホグリセリン酸への酸化反応を,変形EM経路由来のリン酸非依存性GAP脱水素酵素(non-phosphorylating GAP dehydrogenase; GAPN)と呼ばれる酵素で置換している.こうすることにより,一般的EM経路におけるATP生産ステップの一つであるPGKの触媒反応がスキップされ,ATP⇔ADPの消費・再生がバランスした経路が構築される.筆者らはこうして構築した人工EM経路に対して,GAPNの反応で生じるNADHを用いてピルビン酸をL-乳酸へと還元する乳酸脱水素酵素をカップリングし,ATP⇔ADP, NAD⇔NADHの両補酵素の消費・再生がバランスしたin vitro経路を構築した.同経路よるグルコースからL-乳酸への変換試験では,初期濃度1 mMのATPを含む反応液中にて,6 mMのグルコースから12 mMのL-乳酸が生産されており,高い生産物収率とATP⇔ADPのリサイクルが期待どおりに達成されていることが示されている.またこうして構築されたATP非生産型の人工EM経路をさらに拡張(あるいは一部の酵素を別の酵素に置換)することでL-乳酸のほか,グルコースをL-リンゴ酸(5)5) X. Ye, K. Honda, Y. Morimoto, K. Okano & H. Ohtake: J. Biotechnol., 164, 34 (2013).や1-ブタノール(6)6) B. Krutsakorn, K. Honda, X. Ye, T. Imagawa, X. Bei, K. Okano & H. Ohtake: Metab. Eng., 20, 84 (2013).,システイン(7)7) Y. Hanatani, M. Imura, H. Taniguchi, K. Okano, Y. Toya, R. Iwakiri & K. Honda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 103, 8009 (2019).といった物質へと変換することにも成功している.あるいは経路の上流側を拡張・置換することにより,グリセロール(8)8) C. Jaturapaktrarak, S. C. Napathorn, M. Cheng, K. Okano, H. Ohtake & K. Honda: Bioresour. Bioprocess., 1, 18 (2014).やコロイドキチン(9)9) K. Honda, K. Kimura, P. H. Ninh, H. Taniguchi, K. Okano & H. Ohtake: J. Biosci. Bioeng., 124, 296 (2017).などグルコース以外の物質を出発物質とした生産経路を構築することもできている.人工EM経路の場合と同様,これらのin vitro経路もまた,天然に存在する代謝経路を単純にコピー&ペーストしただけでなく,必要に応じた創意工夫のうえ設計されたものであることを申し添えたい.

図2■真核生物やバクテリアで保存された一般的なEM経路(左),一部の超好熱性アーキアに見られる変形EM経路(中),ならびに本研究で構築されたATP非生産性の人工EM経路(右)

文献4より適宜改変.変形EM経路に特徴的な酵素反応を緑で示す.略語の説明:G6P, glucose-6-phosphate; F6P, fructose-6-phosphate; FBP, fructose-1,6-bisphosphate; GAP, glyceraldehyde-3-phosphate; DHAP, dihydroxyacetone phosphate; 1,3-BPG, 1,3-bisphosphoglycerate; 3-PG, 3-phosphoglycerate; 2-PG, 2-phosphoglycerate; PEP, phosphoenolpyruvate; GAPDH, glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase; PGK, phosphoglycerate kinase; GAPOR, glyceraldehyde-3-phosphate ferredoxin oxidoreductase; GAPN, non-phosphorylating glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase; Fdox, oxidized ferredoxin; and Fdred, reduced ferredoxin.

壊れたらまたつくれ~NADサルベージ合成経路の構築~

上記のとおり筆者らは,in vitro代謝経路を構成する触媒素子として,熱処理による簡易精製が可能な組換え好熱性酵素を用いている.このため,構築されたin vitro代謝経路による変換反応も好熱性酵素の最適温度に近い高温域(50~80°C程度)で実施されることが望ましい.中温域で実施される一般的な酵素反応の場合,酵素の安定性が反応の継続性(長時間化),ひいては生産物濃度の向上のための鍵パラメーターとなることが多いが,好熱性酵素を用いた高温での反応の場合,酵素以外の因子の熱安定性が反応の継続性を律する場合も少なくない.特に筆者らのケースではNAD,NADH(以下,NAD(H)と総称する)の熱安定性の低さが大きな問題として顕在化した.たとえば,上述の人工EM経路を用いたL-乳酸試験では,反応開始から約5時間でL-乳酸の生産速度の急速な低下がみられた.本反応液を構成する因子(酵素,補酵素,金属など)を個別に再添加し,L-乳酸生産速度の回復をモニターしたところ,NAD(H)を再添加した場合にのみ,顕著な生産速度の回復が見られた(4)4) X. Ye, K. Honda, T. Sakai, K. Okano, T. Omasa, R. Hirota, A. Kuroda & H. Ohtake: Microb. Cell Fact., 11, 120 (2012)..しかし,ATPやADPと同様,NAD,NADHも高価な物質であり,先にも述べたとおりこれら補酵素類の使用量を小さく保つことはin vitro人工経路を用いた物質生産の経済性を保つ上で極めて重要なポイントとなる.NAD(H)の熱分解問題を解決すべく文献調査を行ったところ,NAD(H)の構造をミミックした人工補酵素を化学合成し,これらでNAD(H)を代替するという報文が複数見られた.しかしながらこれらの人工補酵素は,NAD(H)に比べ確かに優れた安定性を有する一方で,人工補酵素を用いた反応速度(kcat/Km)は,天然の補酵素であるNAD(H)を使用した場合に比べ大きく見劣りするものであった.酵素に進化工学的な改変を施し,人工補酵素に対する親和性を高めたという事例も報告されてはいるものの,構築したin vitro経路に複数のNAD(H)依存型酵素が含まれるような場合,そのすべてに対して,進化工学的改変を施すことは現実的ではないと考えた.

ところでNAD(H)の熱安定性の問題は,われわれにある一つの基礎学術的な疑問をもたらす.NAD(H)は,すべての生物で普遍的に利用される酸化還元補酵素であり,好熱菌もその例外ではない.一方で,上述のようにNAD(H)は好熱菌が生育するような高温環境下では速やかに分解を受けてしまう.では,好熱菌はいかにして高温環境下におけるNAD(H)の細胞内濃度を維持しているのだろうか?その分子機構がわかれば,in vitro人工経路を用いた物質生産におけるNAD(H)の熱分解の問題にも解決の糸口が見つかるのではないだろうか? この発想のもと筆者らは,好熱菌におけるNAD(H)ホメオスタシス維持の機構として,そのサルベージ合成経路に着目した.好熱菌に限らず多くの生物は,アスパラギン酸やトリプトファンを前駆体とするde novo生合成経路に加え,NAD(H)が分解して生じるニコチンアミドやニコチン酸を原料にNAD(H)を再合成するサルベージ合成経路を有している.このサルベージ合成経路を構成する酵素群を好熱菌より取得し,in vitro代謝工学のスキームに則って再構築すれば,NAD(H)をその熱分解物から再合成するための人工代謝経路が作成できると考えられる.このアイデアを実現すべく,筆者らはまずNADの熱分解実験を行い,分解物としてニコチンアミドおよびADP-リボースが得られること,またこれらの物質は高温条件下でも比較的安定であることを確認した.次にこれらの熱分解物からNADを再合成可能な経路を各種データベース上の情報をもとに設計し,必要となる酵素遺伝子群を好熱菌より取得した.遺伝子ソースとしては,好熱性細菌Thermus thermophilus HB8の1遺伝子発現プラスミドライブラリー(10)10) S. Yokoyama, H. Hirota, T. Kigawa, T. Yabuki, M. Shirouzu, T. Terada, Y. Ito, Y. Matsuo, Y. Kuroda, Y. Nishimura et al.: Nat. Struct. Biol., 7 (Suppl.), 943 (2000).を主に使用し,同ライブラリー中に含まれない酵素,あるいは活性や熱安定性が不十分と思われた酵素に関してのみ,研究室保有の好熱菌ゲノムDNAライブラリーより再取得を行った.本研究でデザインしたNADサルベージ合成経路では1分子のNADの合成に伴い,3分子のATPが消費されAMPにまで脱リン酸化される.そこで,アデニル酸キナーゼとポリリン酸を組み合わせたポリリン酸をリン酸基供与源とするAMPからのATP再生反応を組み込んだ(図3a図3■(a)本研究で構築されたin vitro NADサルベージ合成経路).こうして構築されたin vitro NADサルベージ合成経路の存在下でNADの熱分解プロファイルをモニターしたところ,期待どおりNAD濃度の維持が確認され,その「見かけ上の」安定化(分解されるが,再合成される)が果たされていることが示された(11, 12)11) K. Honda, N. Hara, M. Cheng, A. Nakamura, K. Mandai, K. Okano & H. Ohtake: Metab. Eng., 35, 114 (2016).12) H. Taniguchi, M. Imura, K. Okano & K. Honda: Microb. Cell Fact., 18, 75 (2019).図3b図3■(a)本研究で構築されたin vitro NADサルベージ合成経路).

図3■(a)本研究で構築されたin vitro NADサルベージ合成経路

略語の説明:NAM, nicotinamide; NA, nicotinate; R5P, ribose-5-phosphate; PRPP, 5-phosphoribosyl-1-pyrophosphate; NaMN, nicotinate mononucleoside; NaAD, deamino NAD; PolyP, polyphosphate.
(b)サルベージ合成酵素群の存在下(青)および非存在下(桃)におけるNADの熱分解プロファイル
初期濃度1 mMのNADをpH 8, 60°Cにてインキュベートし,残存濃度を経時的に定量した12)12) H. Taniguchi, M. Imura, K. Okano & K. Honda: Microb. Cell Fact., 18, 75 (2019)..

NADサルベージ合成能が好熱菌の生育上限温度に及ぼす影響

以上のように筆者らは,NADサルベージ合成経路のin vitro構築により,好熱性酵素を用いた物質生産における大きな障壁であった補酵素の熱分解問題に一つの解決策を示すことができた.一方でわれわれは,同研究の着想の契機となった「NAD(H)サルベージ合成能は好熱菌のNAD(H)ホメオスタシスを支える分子機構の一つではないか?」という仮説の真偽にも強い興味を抱き,T. thermophilus HB8をモデルにその検証に取り組んだ(13)13) H. Taniguchi, S. Sungwallek, P. Chotchuang, K. Okano & K. Honda: J. Bacteriol., 199, e00359 (2017).

本研究に着手した当初,HB8株のデータベース上のゲノムアノテーション情報には,NAD(H)サルベージ合成の初発反応を担うニコチンアミダーゼ(NAMase)に関する記載がみられなかった.そこで,すでに機能が同定された他の微生物由来のNAMaseの配列情報をもとに再度HB8株のゲノムに対する相同性検索を行ったところ,データベース上ではisochorismataseとアノテーションされた遺伝子(TTHA0328)が既知のNAMaseと高い相同性を示すことを見いだした.TTHA0328を大腸菌内で過剰発現させ,NAMase活性(ニコチンアミドをニコチン酸へと脱アミノ化する活性)を測定したところ,その値(kcat/Km)は2,900 s−1 mM−1と,報告済みのNAMase群と比較しても遜色のないものであることが明らかとなった.またTTHA0328破壊株を作成し,その無細胞抽出液中のNAMase活性を測定したところ,野生株では確認できた活性が消失したことから,T. thermophilus HB8においては,TTHA0328がコードするタンパク質がNAMaseとして機能するものと結論付けた.これらの結果を踏まえ,TTHA0328破壊株を用いてNAD(H)サルベージ合成能がT. thermophilus HB8の高温での生育に及ぼす影響を評価した.T. thermophilus HB8の最適生育温度付近である70°Cで,野生株およびTTHA0328破壊株を無機塩最小培地上で培養したところ,意外にもそれらの生育には目立った違いは見られなかった.一方で,同様の実験を80°Cにて実施したところ,TTHA0328破壊株で顕著な生育の遅れが認められた.また,この生育遅延はNAMaseが触媒する反応の産物であるニコチン酸を培地に添加することにより緩和された.以上の結果より,T. thermophilus HB8は,最適生育温度付近ではde novo合成のみでも必要なNAD(H)を確保できる一方,これを上回る高温条件下でのNAD(H)ホメオスタシスの維持には,サルベージ合成経路の駆動が不可欠となることが示された.少し大げさな表現をお認めいただくならば,この発見は高度好熱菌の生育温度の上限を決定する因子の一つを分子レベルで明らかにしたものということもできよう.ただし上記のとおり,この実験は無機塩最小培地で行われたものであり,酵母エキスなどを含む栄養培地上では,同様の現象の観察は期待できない.栄養培地中にはニコチン酸などのNAD(H)サルベージ合成の中間体が比較的多く含まれるため,必ずしも完全なサルベージ合成経路が要求されないためである.蛇足ではあるが,しばしばメディアなどで見られる「○○によって××が△△倍になった!」といった表現の多くは,上記の実験結果と同様,ある特定の条件下でのみ成立する結果を取り上げたものであることを,本研究を通じて改めて理解するに至った.

おわりに

以上のように筆者らのグループでは,好熱性酵素の優れた熱安定性に着目することで,既存の代謝工学の欠点を相補しうる新たな方法論(in vitro代謝工学)の開発に取り組んできた.好熱性酵素の自由な組み合わせにより,さまざまな人工代謝経路をデザインするのみにとどまらず,NAD(H)サルベージ合成経路の再構築実験に代表されるように,in vitro代謝工学の応用可能性を高めるための各種要素技術の開発も進めている.この結果,多数の好熱性酵素遺伝子の人工オペロンへの集積と共発現株の作成(14)14) P. H. Ninh, K. Honda, T. Sakai, K. Okano & H. Ohtake: Biotechnol. Bioeng., 112, 189 (2015).や,in vitro代謝経路のフラックス(=目的物質の生産速度)を最大化させることを目的とした好熱性酵素群の添加濃度比の最適化プログラム開発(7)7) Y. Hanatani, M. Imura, H. Taniguchi, K. Okano, Y. Toya, R. Iwakiri & K. Honda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 103, 8009 (2019).などの成果を得ることもできている.今後,これらの要素技術を集約して有用物質の実生産に資する技術体系を築き上げていくことが筆者らの大きな目標である.一方で国内外の関連研究を俯瞰すると,筆者らのようにin vitro代謝経路を直接的に物質生産に利用するものとは異なる発想で,細胞外人工代謝経路の利用に取り組む事例もみられる.たとえばJewettらは,通常の代謝工学(生きた細胞内の代謝経路の改変)における経路デザインのプロトタイピングとして,細胞外人工代謝経路を用いている.ある代謝経路を構成する酵素群をさまざまな濃度比で混ぜ合わせた酵素カクテルを多数用意し,ここに基質を添加,目的とする物質の生産速度を指標としたスクリーニングに供する.こうすることで当該代謝経路のフラックスを最大化するための最適酵素濃度比が実験的に決定される.こうして最適化されたカクテル中の酵素濃度情報は,生きた微生物の代謝経路を改変する際の設計指針として利用される(15, 16)15) A. S. Karim & M. C. Jewett: Metab. Eng., 36, 116 (2016).16) Q. M. Dudley, K. C. Anderson & M. C. Jewett: ACS Synth. Biol., 5, 1578 (2016)..また近年では,欧州を中心に酵素と水溶性の有機金属触媒を組み合わせたchemo-enzymatic型のカスケード反応の構築と利用に関する研究も活発化している.たとえば,鈴木・宮浦カップリングは,水溶性のパラジウム触媒を用いて有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物をクロスカップリングさせる反応であるが,水系かつ温和な条件で進行するため,酵素反応とのアフィニティが高い.Borchertら(17)17) S. Borchert, E. Burda, J. J. Schatz, W. Hummel & H. Gröger: J. Mol. Catal., B Enzym., 84, 89 (2012).は本反応を用いて芳香族化合物よりビアリールケトンを生成し,同反応系へアルコールデヒドロゲナーゼを添加し,カルボニル基を不斉還元することで,キラルなビアリールアルコールを合成した.しかしながら,有機合成において水系かつ温和な条件で進行する反応は決して多くはなく,酵素反応を広範な条件下で実施できることが望ましい.筆者らが主に取り扱う好熱性酵素群は,その優れた頑健性により耐熱性だけでなく,有機溶媒や界面活性剤などのケミカルストレスに対する耐性の面でも,中温性酵素に比して優位性をもつとされる.その特性を活かし,今後,化学触媒あるいはそのほかの非生物素材とのマッチングによる新たな機能創出も期待できよう.

Reference

1) 栃倉辰六郎,山田秀明,別府輝彦,左右田健次監修:“発酵ハンドブック”,共立出版,2001.

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