解説

酵母細胞センサー:メタノールの1細胞センシング技術生物学・資源循環科学・酵素工学への展開

Yeast Cell Sensor: Single-Cell Technology for Methanol DetectionIts Use in Biological Researches, Environmental Sciences, and Enzyme Engineering

Yasuyoshi Sakai

阪井 康能

京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻

Published: 2020-07-01

メタノール資化性酵母(C1酵母)を,単一の炭素源としてメタノール(MeOH)を用いて培養すると,MeOHを代謝するために必要なC1代謝酵素群は数百~数千倍に,同時に細胞内容積の80%にも達する巨大なペルオキシソームが誘導される.これを“MeOH誘導性”という.MeOH誘導性プロモーターは真核細胞における最も強力な遺伝子発現系として異種タンパク質生産に利用されている.筆者らは“MeOH誘導性”の新たな応用例として“MeOH細胞センサー”を開発した.本稿では,細胞センサーの特性,それにより初めて明らかになった葉上MeOH濃度と日周変動,MeOH生成酵素の1細胞活性測定および選抜技術について紹介する.

Key words: methanol; methylotroph; heterologous gene expression; methane cycle; microbe-plant synbiosis

MeOH誘導性の分子機構

C1酵母Komagataella phaffii(旧名Pichia pastoris)やCandida boidiniiにおいて,MeOHの代謝に必要なC1代謝酵素群はグルコース培地からMeOH培地に移すと強力に誘導される.また脂肪酸β酸化やC1代謝など酸化代謝を担うオルガネラであるペルオキシソームも,MeOH培地では細胞内の数十%の容積に達するほど,顕著に発達する.これまでにMeOH誘導性プロモーターの支配下に多くの異種タンパク質が産業レベルで生産されてきたが,MeOH誘導性の分子機構,特にMeOHを感知する分子やそのシグナル伝達系については永年,不明であった.われわれはK. phaffii細胞表層分子KpWsc1/KpWsc3,これらと相互作用するKpRom2が,MeOHを感知する分子装置の一部であることを世界に先駆けて明らかにした(1, 2)1) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017).2) 由里本博也,大澤 晋,阪井康能:バイオサイエンスとインダストリー,76, 30 (2018)..細胞表層ストレスセンサーWsc(cell wall integrity and stress response component)ならびにグアニンヌクレオチド交換因子であるRom2(RHO1 multicopy suppressor)は,Saccharomyces cerevisiaeにおいてcell wall integrity(CWI)経路と呼ばれる細胞壁損傷ストレスにかかわるMAPキナーゼ経路に関与する分子である(3, 4)3) J. Verna, A. Lodder, K. Lee, A. Vagts & R. Ballester: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 13804 (1997).4) K. Ozaki, K. Tanaka, H. Imamura, T. Hihara, T. Kameyama, H. Nonaka, H. Hirano, Y. Matsuura & Y. Takai: EMBO J., 15, 2196 (1996).

酵母のC1代謝は,アルコールオキシダーゼ(AOX)によりMeOHから酸化されたホルムアルデヒド(HCHO)を分岐点とし,これをCO2まで順次酸化してエネルギーを獲得する異化経路と,HCHOを五単糖リン酸であるキシルロース5-リン酸に付加する資化経路から構成される.C1代謝の中心に位置するHCHOは強い細胞毒性をもつため,MeOH誘導時の代謝制御は,単純な遺伝子発現のon/offにとどまらず,MeOH濃度の変化を感知して各遺伝子が適切に応答してHCHOを資化経路と異化経路に適切に配分,HCHOの毒性を回避できるよう非常に厳密である.実際にMeOH感知能に欠陥のあるKpwsc1∆株ではMeOH生育時に代謝バランスが崩れてHCHOが過剰に蓄積し,野生株に比較して大幅な生育遅延が認められた(1)1) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017).

MeOH誘導性にかかわる転写因子として,筆者らはC. boidiniiから7種の転写因子CbTrm1, CbTrm2, CbHap3, CbHap4, CpHap5, CbMig1, CbMpp1を同定した.これらはK. phaffiiなど,他のC1酵母においても保存されている(5)5) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019).

C. boidiniiは,MeOHのないグリセロール培地でも中程度の発現レベルを示し,この遺伝子発現は脱抑制と呼ばれている(図1図1■MeOH資化性酵母におけるMeOH誘導性:脱抑制とMeOH依存的遺伝子発現(概念図)).一方,K. phaffiiでは,グリセロール培地において脱抑制は見られない.筆者らはC. boidinii転写因子の各種遺伝子破壊株の表現型解析から,グルコース代謝からMeOH代謝への変換時には,グルコースによる抑制状態から,i)炭素源のない条件でも起こる転写活性化(脱抑制:derepression),ii)MeOH濃度に依存した活性化(MeOH依存的発現:MeOH induction)の2段階でMeOH誘導性遺伝子が達成されるモデルを提唱している(5)5) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019).

図1■MeOH資化性酵母におけるMeOH誘導性:脱抑制とMeOH依存的遺伝子発現(概念図)

両酵母ともグルコース培地では全く発現が見られないが,MeOH培地では強い発現が起こる(MeOH誘導性).C. boidiniiでは,MeOHが培地中になくても,グリセロール培地では脱抑制による発現が見られる.一方,K. phaffiiではグリセロール培地での脱抑制は見られず,MeOHがなくても起こる脱抑制とMeOH依存的遺伝子発現とを区別しにくい.アルコールオキシダーゼをコードする遺伝子(K. phaffii AOX1もしくはC. boidinii AOD1)のプロモーター支配下にレポーターとして酸性フォスファターゼを連結し酵素活性で評価し,両酵母ともMeOH培地での活性を100%としたときの相対値として得られた値を元に,発現パターンの概念図として表現した.

また,これら転写因子やプロモーターの改変株を用いることにより,異種遺伝子発現生産量の増強や,引火性化合物であるMeOHを貯蔵する必要のないMeOHフリー培地での遺伝子発現も可能である(6, 7)6) S. Takagi, N. Tsutsumi, Y. Terui, X. Kong, H. Yurimoto & Y. Sakai: FEMS Yeast Res., 19, foz059 (2019).7) J. Wang, X. Wang, L. Shi, F. Qi, P. Zhang, Y. Zhang, X. Zhou, Z. Song & M. Cai: Sci. Rep., 7, 41850 (2017).

MeOH細胞センサーの開発

MeOH誘導性遺伝子発現の分子機構に関する研究の過程で,MeOH濃度が低濃度(約0~0.05%)のとき,遺伝子発現(mRNA量)がMeOH濃度に応じて直線的に増加することを見いだした(図2図2■MeOH濃度に応答したMeOH誘導性遺伝子AOXの遺伝子発現).そこでMeOH誘導性プロモーター支配下に蛍光タンパク質を発現させ,MeOH濃度に依存して蛍光強度を与えるC1酵母C. boidiniiおよびK. phaffiiの構築を試みた(8, 9)8) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS ONE, 6, e25257 (2011).9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018)..レポーターである蛍光タンパク質のC末端にはペルオキシソーム輸送配列(-SKL)を付加してペルオキシソームに蛍光タンパク質を集積させ,蛍光が細胞質に分散せずペルオキシソームの強い輝点とすることにより感度を高めた.MeOHの存在しない脱抑制時の発現が低く,MeOH濃度依存性の高い適切なプロモーターを検討した結果,両C1酵母とも,C1資化経路初発酵素ジヒドロキシアセトンシンターゼ(DAS)のプロモーター領域が最適であった(8, 9)8) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS ONE, 6, e25257 (2011).9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018).

図2■MeOH濃度に応答したMeOH誘導性遺伝子AOXの遺伝子発現

K. phaffiiにおけるAOXAOX1, AOX2) mRNA量.0.05%ぐらいまで直線的に増加し,それ以上になると減少する.その制御域は,葉上のMeOH濃度域(0~約30 mM)とおおよそ一致することから,これがMeOH資化性酵母にとっての“生理的MeOH濃度”といえる.一方,実験室内,工業生産における回分培養では,MeOHを炭素源として加える必要があるので,これより少し高めのMeOH濃度で管理されることが多い.

このようにして作製したC. boidinii MeOH細胞センサーを,炭素源としてさまざまな濃度のMeOHを含む平板培地におき,4時間後の蛍光強度を蛍光顕微鏡で観察,デジタル画像処理による定量化を行うことで,MeOH濃度依存的な蛍光強度が,250~250 mMの範囲で直線性を示した(8)8) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS ONE, 6, e25257 (2011).

微生物・植物生理学における意義:植物葉上MeOH濃度と日周変動の発見

通常の方法で,固体表面である生きた植物葉表層の局所的なMeOH濃度を直接計測することは不可能である.1990年代,植物葉からMeOHが放出されることが報告された(10)10) M. Nemecek-Marshall, R. C. MacDonald, J. J. Franzen, C. L. Wojciechowski & R. Fall: Plant Physiol., 108, 1359 (1995)..この論文では植物体のうち,葉の部分のみをチャンバー内におき,大気中に放出されたMeOHをガスクロマトグラフィーにより計測している.一方,われわれはC. boidinii細胞センサーを人工気象器内(明期16 h,暗期8 h)で栽培したArabidopsis thaliana葉上にスポットし,4時間後の蛍光強度から葉上MeOH濃度を推定した(図3図3■MeOH濃度を測定する細胞センサー法(右)と従来法(左)の違い).興味深いことに,若い生長中のA. thaliana葉上MeOH濃度は,夜間にMeOH濃度が約30 mMと高く,朝方から昼にかけてはほとんど検出できないレベルまで低くなっていた(8)8) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS ONE, 6, e25257 (2011).図4図4■植物葉上におけるMeOH濃度の日周変動).すなわち葉上MeOH濃度は昼夜で日周変動することを見いだした.

図3■MeOH濃度を測定する細胞センサー法(右)と従来法(左)の違い

細胞センサーでは,固体である葉上環境にあるMeOHを直接計測できる.ガスクロマトグラフィーにより計測できるのは大気中MeOH濃度であり葉上MeOH濃度の推定はできない.

図4■植物葉上におけるMeOH濃度の日周変動

(A)発芽後2-3週のA. thalianaと(B)C. boidinii細胞センサーで計測した葉上MeOH濃度.文献(8)8) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS ONE, 6, e25257 (2011).を改変.

C1酵母C. boidiniiは,A. thaliana葉上でMeOHを炭素源とし,7~10日で3~4回の細胞分裂していた.この間,C1酵母はC1代謝ならびにペルオキシソームの合成とそのオートファジー分解をMeOHの日周変動に応じて行っていた.さらにこれらは植物葉上における増殖に必要であった(8)8) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS ONE, 6, e25257 (2011).

MeOH資化性Methylobacterium属細菌は,葉や植物地上部に普遍的に優占化して共生し,植物への定着時にはMeOHを炭素源として利用することが知られている(11)11) A. Sy, A. C. Timmers, C. Knief & J. A. Vorholt: Appl. Environ. Microbiol., 71, 7245 (2005)..また,酵母ほど顕著でないもののMeOH誘導性を示す(12)12) A. L. Springer, C. J. Morris & M. E. Lidstrom: Microbiology, 143, 1737 (1997).Methylobacterium属細菌において.時計遺伝子のホモログであるKaiCは,時計遺伝子としての機能はもたないが,日周性の環境因子である温度適応ならびにUV適応という両方の環境応答に対して,互いのバランスをとるのに重要な役割を果たしていた(13)13) H. Iguchi, Y. Yoshida, K. Fujisawa, H. Taga, H. Yurimoto, T. Oyama & Y. Sakai: Environ. Microbiol. Rep., 10, 634 (2018)..MeOHの日周変動とMeOH誘導性に加え,植物葉上における温度とUVというさらに2つの日周性環境因子への微生物の適応はたいへん興味深い.

C1酵母も,MeOH資化性細菌も,ほぼ同じMeOH濃度範囲でのMeOH誘導性遺伝子発現を示す.従来は有用物質生産を目的に培地中MeOH濃度が最適化されてきたが,これらMeOH資化性微生物にとっての“生理的”MeOH濃度とそれに対する環境適応というコンセプトはなかった.細胞センサーを用いた解析から得られた植物葉上におけるMeOH濃度の変動範囲(0~約30 mM)は,MeOH誘導性遺伝子発現によるMeOHの制御濃度範囲と一致し,葉上MeOH濃度が,MeOH資化性微生物にとっての生理的MeOH濃度であることがわかる(図2図2■MeOH濃度に応答したMeOH誘導性遺伝子AOXの遺伝子発現).昼夜繰り返されるMeOH濃度の日周変動,それに適応する“MeOH誘導性”は,葉上という栄養源が限られた環境下,MeOH資化性微生物が,植物との共進化の過程で獲得した生存戦略なのであろう.

一方,微生物にMeOHを提供している植物にとって,MeOH日周変動の生理学的な意義は不明である.植物細胞壁の構成成分であるペクチンは多くのメチルエステル基をもち,ペクチンメチルエステラーゼ(PME)により加水分解されてカルボキシル基が生じ,Ca2+の保持,細胞壁の堅さに関係することが知られている(14)14) 横山隆亮,鳴川秀樹,工藤光子,西谷和彦:化学と生物,53, 107 (2015)..植物地上部の表層環境は,昼夜で変動する光合成代謝の影響を強く受けるであろう.植物表層MeOHの日周変動はPMEによる細胞壁ペクチンのメチルエステル化度の調節を反映しているのかもしれない.

炭素循環・資源環境科学におけるMeOHの役割

森林圏大気中のMeOH濃度は,細胞センサーから得られた結果とは逆に,昼に高く,夜は低いことが報告されている(15)15) R. Fall & A. A. Benson: Trends Plant Sci., 1, 296 (1996)..細胞センサーによって計測しているのは“葉表面”,大気化学ではその名のとおり,植物から放出された“大気(気相)中”のMeOH濃度をガスクロマトグラフィーで計測したものである(図3図3■MeOH濃度を測定する細胞センサー法(右)と従来法(左)の違い).

暗期は葉の気孔は閉じ,明期は開く.植物細胞壁で産生されたMeOHは,夜は植物葉の内部に閉じ込められ植物表層濃度は高くなるが,朝は気孔が開いてMeOHが放出されるため,大気中MeOH濃度は高くなるが,葉表層MeOH濃度は低くなると考えられる(図5図5■明期と暗期における気孔の開閉とそれに伴う葉上MeOH濃度の日周変動).われわれの結果は細胞センサーがミクロレベルでの局所的濃度測定に適していることと同時に,従来の大気中における測定法から得られたデーターを生物学的に考察する際には注意を要することを示している.

図5■明期と暗期における気孔の開閉とそれに伴う葉上MeOH濃度の日周変動

地球上における植物片葉面の推定総面積は5.1×108 km2に達し,総陸地面積1.47×108 km2の3倍以上に相当する.MeOHは植物から放出される代表的なVOC(volatile organic compound)で,年間約1億tのMeOHが植物葉から大気中に放出されているとされる(16)16) J. Laothawornkitkul, J. E. Taylor, N. D. Paul & C. N. Hewitt: New Phytol., 183, 27 (2009)..MeOHは,2大温室効果ガスであるメタンとCO2間の炭素循環(メタンサイクル)における重要な中間体で,MeOHの存在はメタン酸化を阻害するので環境中のメタン消費に大きく影響する.一方,葉上における優先種としてMethylobacterium sp.などのMeOH資化性細菌,上述したようにC1酵母もA. thaliana葉上でMeOHを利用して細胞増殖する.MeOH資化性微生物が利用しているMeOHは,その生理的な存在濃度から考えるとVOCではなく,細胞表層に存在する液状MeOHであろう.また植物から放出され大気化学で観察される約1億tのMeOHは,植物から産生されたMeOHの一部で,MeOH資化性微生物によって消費されたMeOHの残りである.したがって,大気中にVOCとして放出されたもののみならず,植物由来MeOHの存在がメタンサイクルに大きな影響を及ぼしていることになる.このように細胞センサーによるMeOHの測定結果は,微生物と植物の生理学のみならず,炭素循環・資源環境科学にとっても重要な知見である.

FACS1細胞解析による高感度化

C. boidinii細胞センサーを用いて顕微鏡イメージのデジタル解析によるMeOHの検出下限界は,約250 μMであった.MeOH細胞センサー技術を酵素工学に利用しようとすれば,その感度をμMレベルまで向上させる必要があった.

FACS(fluorescence-activated cell sorting)は,細胞をフローセルに流し,1細胞ごとに蛍光強度と2つの散乱光(前方散乱光と側方散乱光)を記録,その後,データーを解析することにより蛍光強度・散乱光についての多細胞集団内の分布データーを取得するのみならず,特定の細胞を選別分取することができる(図6A図6■MeOH生成酵素活性の1細胞可視化).蛍光顕微鏡による解析では,顕微鏡画像にある102~103個の細胞から蛍光強度を定量化するのに約10分を要するが,FACS解析により1分間に104~106細胞の蛍光強度の1細胞解析データーをハイスループットで取得できる.FACSにおいて散乱光は,細胞の大きさや形に強く影響を受ける.たとえば10万細胞のデーターから1細胞当たりの蛍光強度を知りたいとき,Gatingと呼ばれる作業により,まず散乱光データーを元にして2細胞以上の細胞集塊を除いた後,1細胞の有する蛍光強度の解析を行うことができる.K. phaffiiの細胞は球形で,散乱光解析おいて球形として近似しやすくFACS解析には適していると考えた.

図6■MeOH生成酵素活性の1細胞可視化

(A)酵素遺伝子導入の後,1細胞ごとに酵素活性を可視化した細胞をFACSに供して,1細胞ごとに散乱光と蛍光強度のデーターを取得する.蛍光強度による選別も可能.(B)構成的プロモーターの支配下にMeOH酵素遺伝子を発現させる.このとき,反応基質はないので蛍光強度は基底レベル.その後,反応基質を添加して酵素反応を行い,MeOHが生成すると,MeOH誘導性プロモーター支配下にある蛍光タンパク質が発現して蛍光を提示する.その蛍光強度により1細胞ごとの酵素活性を測定できる.(C)PME発現カセットを1コピーもしくは2コピー導入した細胞センサーのFACS解析.培養液中のPME活性は,2コピー株は1コピー株の約2倍.コピー数の増加により蛍光強度分布が蛍光強度の高い右にシフトする.

MeOHを高感度で検出するためには,培地中にMeOHが含まれない条件での発現が低く,かつ,添加したMeOH量に応じて発現を示す細胞を構築する必要がある(図1図1■MeOH資化性酵母におけるMeOH誘導性:脱抑制とMeOH依存的遺伝子発現(概念図)).AOX1プロモーターに比較して脱抑制レベルの発現が最も低く,MeOH応答性に優れたDAS2プロモーターを選抜した.さらに脱抑制による遺伝子発現を最小化し,かつ低MeOH濃度に応答した蛍光を得るためには,前培養条件の最適化が必要であった.前培養は,通常グルコースを含む培地で行うが,グルコースが枯渇するか,枯渇しないかの時期,すなわち脱抑制による遺伝子発現が起こる直前で集菌しアッセイに供することが重要であった(9)9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018).

この細胞センサーを,さまざまな濃度のMeOH培地に移して4時間MeOH誘導をかけた後,FACS解析を行った.1度のアッセイにつき,約10万細胞の蛍光強度を計測,Gatingにより各MeOH濃度で適応させた細胞センサーについて,集団の中から酵母1細胞のエリアを抽出し,蛍光強度を解析した.するとMeOH濃度の上昇とともに,蛍光細胞の分布が蛍光強度が高いほうにシフトし,分布幅も拡がった.さらに高感度検出を目指して低濃度MeOHでの条件検討を進め,μMレベルのMeOHを検出できるK. phaffii細胞センサーアッセイ系を構築した(9)9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018)..これはC. boidinii細胞センサーを用いた蛍光顕微鏡画像イメージ解析の約100倍の感度に相当する.

MeOH生成酵素活性の1細胞可視化への原理とアプローチ

μMレベルでの高感度MeOH細胞センサーが構築できたので,酵素反応により生成した微量のMeOHを1細胞レベルで可視化し,さらにFACSを用いることで,高活性酵素のスクリーニングなど,酵素工学的な応用を視野に入れ,研究を進めることにした.

C1酵母K. phaffiiは,コドン頻度の偏りも小さく,世界中で有用タンパク質生産宿主として用いられている.この異種タンパク質の生産能とMeOH誘導性を組み合わせ,独自のMeOH生成酵素活性の1細胞可視化技術を開発できるではないかと考えた.すなわちK. phaffii MeOH細胞センサーを宿主として,MeOHを生成する酵素の遺伝子を導入し,酵素活性を示せば,基質添加によるMeOHの生成量,すなわち発現酵素の細胞当たりの活性に応じて細胞センサーは蛍光強度を提示することになる.

MeOH生成酵素活性を有する(と想定される)DNA断片やDNAライブラリーを,構成的な高発現プロモーターであるGAPプロモーター支配下においたプラスミドを作製し,細胞センサー内に導入してグルコース培地で生育させ,酵素タンパク質を生産させ集菌する(酵素生産)(図6B図6■MeOH生成酵素活性の1細胞可視化).このとき,レポーター蛍光タンパク質の発現は抑制されているので蛍光は微弱である.次に集菌した菌体をグルコースを含まない培地に懸濁し,MeOH生成酵素の基質を添加して4時間培養する.この間,菌体のもつ酵素の触媒作用によりMeOHが生成し,生成量に応じた蛍光を細胞センサーが発することになる(酵素活性測定)(9)9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018).図6B図6■MeOH生成酵素活性の1細胞可視化).

1種類の発現プラスミドを細胞センサーに導入した株をFACS解析に供すれば,発現酵素が低活性であってもμMレベル濃度に相当するMeOH生成活性があれば有意な蛍光強度の増加が認められ,菌体当たりの酵素活性に関して比較評価ができる.一方,DNAライブラリーを導入すれば,FACSを用いて1細胞を1本の試験管と見立てたハイスループットスクリーニングが可能となり,高い蛍光を与えた細胞を分取し,DNAを回収することにより,高い酵素活性を与えるMeOH生成酵素遺伝子を取得することができる(図6A図6■MeOH生成酵素活性の1細胞可視化).本稿ではPME活性の1細胞可視化を例に紹介する.

ペクチンメチルエステラーゼ活性の1細胞可視化

多くのエステラーゼ活性の測定は,人工基質を用いての加水分解活性により測定されている.MeOH細胞センサーを宿主として用いれば,メチルエステラーゼに限定されるが,本来の基質を用いてそのMeOH生成活性を測定できる.上述のようにPMEは植物の細胞壁構成成分であるペクチンを基質にしてそのメチルエステル基を加水分解してMeOHを生成する酵素で,植物においては,上述のようにカルボキシ基を露出させCa2+の保持にかかわり,細胞壁の強固さにかかわっていると言われている(14)14) 横山隆亮,鳴川秀樹,工藤光子,西谷和彦:化学と生物,53, 107 (2015).A. thalianaには60以上のPMEオルソログがあり,その機能についてはあまりわかっていない(14)14) 横山隆亮,鳴川秀樹,工藤光子,西谷和彦:化学と生物,53, 107 (2015)..植物病原性カビは,植物感染時にPMEなどのクチナーゼを分泌して植物細胞壁を破壊することにより細胞内に侵入する.またPMEは最も大きな需要のある食品産業酵素であり,食品加工処理にはAspergillus属などカビ由来のものが用いられている.ただしカビ由来PMEは大腸菌内での活性発現は報告されておらず,食品用酵素ということもあって遺伝子工学を用いた酵素工学的改良もあまり検討されてこなかった.われわれはAspergillus niger PMEをC. boidiniiで活性発現させた実績から(17)17) K. Kawaguchi, H. Yurimoto & Y. Sakai: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 718 (2014).,本酵素遺伝子をK. phaffii MeOH細胞センサー宿主に導入した.発現プラスミドを1コピーもしくは2コピー K. phaffii染色体上に挿入した形質転換株を比較すると,培養液中に分泌された酵素活性はgene dosage効果により2コピー株は1コピー株の約2倍であった(9)9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018)..このようにPME活性の異なる2株の細胞センサーにおける発現を確認できたので,前述したように両形質転換株について,PMEをグルコース培地でPMEを生産した後,ペクチンを基質として反応後,FACS解析に供した.その結果,蛍光強度の分布は,2コピー形質転換株では1コピー形質転換株より蛍光強度の強い側にシフトした(図6C図6■MeOH生成酵素活性の1細胞可視化).さらに形質転換株を1:1で混合すると,蛍光強度の分布は2つのピークを示し,これらは互いに分取可能なことも実証した.このようにMeOH細胞センサーとFACSを組み合わせることで,MeOH生成酵素活性を可視化し,その発現株間の蛍光強度により高発現株を峻別できた(9)9) T. Takeya, H. Yurimoto & Y. Sakai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 7017 (2018).

PMEは分泌酵素である.PME酵素生産時には,培養液中にPMEは分泌されるが,FACS解析前には菌体を洗浄する.その後,ペクチンを加えて反応させるので,培養液中に分泌されているPMEの酵素活性というより,菌体が細胞表層やペリプラズムに保持しているPME活性により与える蛍光強度が異なると考えられ,分泌酵素であってもMeOH細胞センサーを用いた活性評価が可能であった.

このようにPME活性の1細胞レベルでの可視化が可能になり,原理的にはPME変異遺伝子ライブラリーを酵母センサーに導入した後FACS解析を行うことにより,高活性変異体の取得やペクチン以外の基質反応の探索などが可能となった.

今後の展望

MeOH生成酵素としてその応用に最も期待と興味が寄せられているのはメタン酸化酵素(methane monooxygenase; MMO)であろう.MMOをもつほとんどすべてのメタン酸化菌はC2以上の炭素源を利用できず,メタン・MeOHなどのC1化合物しか炭素源として用いることができない.そのため生育が遅く単離も時間を要して困難である.最近,大腸菌内可溶性pMMO(particulate MMO)断片が活性をもつという論文が発表されたが(18)18) H. J. Kim, J. Huh, Y. W. Kwon, D. Park, Y. Yu, Y. E. Jang, B. R. Lee, E. Jo, E. J. Lee, Y. Heo et al.: Nat. Catal., 2, 342 (2019).in vitroで検出されたメタン酸化反応が,酵素反応液中に加えた還元剤による非酵素反応によることが別グループから報告された(19)19) M. O. Ross, F. MacMillan, J. Wang, A. Nisthal, T. J. Lawton, B. D. Olafson, S. L. Mayo, A. C. Rosenzweig & B. M. Hoffman: Science, 364, 566 (2019)..メタン酸化菌以外の異宿主における異種遺伝子発現菌体反応によるメタンからのMeOH生成についても報告がない.現時点ではこれまで報告されたすべてのin vitroにおけるpMMO活性は非酵素反応であろうと結論づけられている.

現在,われわれは異宿主で発現可能なMMOをスーパーメタン酸化生体触媒(super methane oxidizing baiocatalyst; superMOB)と位置づけ,MeOH細胞センサーを用いて開発を行っている.MeOH資化性菌におけるMMOの活性発現は,メタンを基質とした直接発酵による有用物質生産への第一歩である.また単離が困難で手間のかかるメタン酸化菌を単離することなく,活性のあるDNA断片を,直接自然界から,細胞センサーを宿主としてのスクリーニングも可能になるかもしれない.細胞センサーを用いることにより,未知の分野の開拓,新技術開発など,今後の研究の発展に期待している.

Reference

1) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017).

2) 由里本博也,大澤 晋,阪井康能:バイオサイエンスとインダストリー,76, 30 (2018).

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