解説

酵母を用いたS-アデノシルメチオニン蓄積機構の解析と応用展開について清酒酵母の新たな特徴

Analysis and Application of S-Adenosylmethionine Accumulation Mechanism in Yeasts: Novel Characteristic and Attraction in Sake Yeast

Muneyoshi Kanai

金井 宗良

独立行政法人酒類総合研究所醸造微生物研究部門

Published: 2020-07-01

S-アデノシルメチオニン(SAM)は, さまざまな微生物(カビ,バクテリア,放線菌,乳酸菌など)のなかでも酵母,特に清酒酵母の細胞内に高蓄積することが知られており,近年,清酒酵母におけるSAM高蓄積機構の解析をはじめ,SAM蓄積に寄与する酵母遺伝子の過剰発現,突然変異,または欠失によるSAM高蓄積機構の解析や,その遺伝的アプローチを利用したSAMの効率的な工業生産を視野に入れた研究が盛んに行われている.本稿では,これまでに明らかとなっているSAMの蓄積に関与する酵母遺伝子と,その遺伝子情報を用いたSAMの工業生産をより促進させるための遺伝学的および生化学的取り組みについて解説する.

Key words: yeast; S-adenosylmethionine; S. cerevisiae; sake yeast

清酒酵母とは

清酒は,日本古来より日本人の生活および文化に深く密着した,長い歴史をもつ伝統的な発酵飲料である.また,世界の醸造酒と比較しても珍しい「並行複発酵」という発酵様式をとり,同じタンク内で「糖化」と「発酵」という現象が同時に起こり,アルコール濃度は最終的に約20%にまで達する.近年,「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり,現在では,清酒も健康志向および和食との相性等の概念とともに輸出量が順調に伸びており,海外でもより親しまれるようになった日本の誇るべき醸造酒である.

清酒および清酒製造は,長い歴史とともに先人の英知と長年の試行錯誤によって現在に至るが,ここで不思議に思うのは,清酒醸造に適した「清酒酵母」はどういう変遷を経て現在の「清酒酵母」になったのだろうという点である.少し酵母の気持ちになって考えてみれば,古来よりさまざまな酵母の「仲間」が世界中に無限に存在していたが,日本での清酒醸造の現場では,清酒造りという特殊な環境で何百年もかけて酵母同士が切磋琢磨しながら競争し,醸造現場に適さない仲間が淘汰されていった結果,清酒醸造にのみ特化した優秀な職人酵母だけが現代まで生き残り「清酒酵母」を名乗っている.そこで,清酒酵母とそのほかさまざまな醸造用酵母(ビール酵母,ワイン酵母など)および実験室酵母との特徴を比較してみると,清酒酵母が特異的にもつさまざまな特徴として,アルコール高発酵能,低温での良好な増殖能および香気成分高生成(エステル高生成)能などの醸造特性に優れている一方,グリシン,プロリン,ビオチン,チアミン,エルゴステロール,葉酸やS-アデノシルメチオニン(SAM)などさまざまな栄養成分(機能性成分)を多く蓄積させる特性も持ち合わせている(1~5)1) 堤 浩子:生物工学会誌,85, 476 (2007).2) M. Shobayashi, E. Ukena, T. Fujii & H. Iefuji: Biosci. Biotechnol. Biochem., 69, 2381 (2005).3) M. Shobayashi, N. Mukai, K. Iwashita, Y. Hiraga & H. Iefuji: Appl. Microbiol. Biotechnol., 69, 704 (2006).4) H. Izu, M. Shobayashi, Y. Manabe, K. Goto & H. Iefuji: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2982 (2006).5) S. Shiozaki, S. Shimizu & H. Yamada: Agric. Biol. Chem., 48, 2293 (1984).図1図1■清酒酵母の醸造特性と栄養(機能)特性との関係性).

図1■清酒酵母の醸造特性と栄養(機能)特性との関係性

それがなぜかはいまだ不明であるが,清酒酵母による水・米・米麹を用いた清酒醸造として直接現れる特性(アルコール高発酵性,香気成分高生成などの醸造特性)のほかに,清酒酵母が特異的にもつさまざまな特徴(さまざまな機能性成分高蓄積性や低い胞子形成率など)は偶然に得られたものではなく,長い清酒醸造の歴史の中で必然的に獲得されたと考えられる.そこで本解説では,清酒酵母が高蓄積する成分の中で,さまざまな機能性をもち,かつ研究が非常に進んでいる成分であるSAMに注目した.

SAMは,生体内の硫黄アミノ酸代謝に関する重要な物質であり,活性型のメチルチオエーテル基をもつため生体内のタンパク質・核酸・ホルモン・多糖類・リン脂質・脂肪酸などのメチル基転移反応を触媒する主要なメチル基供与体として機能している.また,ポリアミン生合成経路やエルゴステロールの合成にも深く関与している(3, 6)3) M. Shobayashi, N. Mukai, K. Iwashita, Y. Hiraga & H. Iefuji: Appl. Microbiol. Biotechnol., 69, 704 (2006).6) J. Jänne, L. Alhonen, M. Pietilä & T. A. Keinänen: Eur. J. Biochem., 271, 877 (2004)..SAMは,methionine adenosyltransferaseの触媒によってメチオニンとアデノシン三リン酸(ATP)から合成されるが,SAM合成にはメチオニン代謝経路が重要な役割を果たしている(図2図2■酵母におけるメチオニン・SAM合成経路).

図2■酵母におけるメチオニン・SAM合成経路

そのようにSAMはさまざまな機能を有するため,アルコール性肝疾患(4, 7~9)4) H. Izu, M. Shobayashi, Y. Manabe, K. Goto & H. Iefuji: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2982 (2006).7) C. S. Lieber: Am. J. Clin. Nutr., 76, 1183S (2002).8) M. L. Martínez-Chantar, E. R. García-Trevijano, M. U. Latasa, I. Pérez-Mato, M. M. Sánchez del Pino, F. J. Corrales, M. A. Avila & J. M. Mato: Am. J. Clin. Nutr., 76, 1177S (2002).9) V. Purohit & D. Russo: Alcohol, 27, 151 (2002).,うつ病(10~12)10) K. M. Bell, L. Plon, W. E. Bunney Jr. & S. G. Potkin: Am. J. Psychiatry, 145, 1110 (1988).11) M. Fava, A. Giannelli, V. Rapisarda, A. Patralia & G. P. Guaraldi: Psychiatry Res., 56, 295 (1995).12) D. Mischoulon & M. Fava: Am. J. Clin. Nutr., 76, 1158S (2002).,変形性関節症(13)13) J. D. Bradley, D. Flusser, B. P. Katz, H. R. Schumacher Jr., K. D. Brandt, M. A. Chambers & L. J. Zonay: J. Rheumatol., 21, 905 (1994).,アルツハイマー病(14)14) L. D. Morrison, D. D. Smith & S. J. Kish: J. Neurochem., 67, 1328 (1996).,結腸がん(15)15) S. Guruswamy, M. V. Swamy, C. I. Choi, V. E. Steele & C. V. Rao: Int. J. Cancer, 122, 25 (2008).およびAIDS(16)16) R. A. Shippy, D. Mendez, K. Jones, I. Cergnul & S. E. Karpiak: BMC Psychiatry, 4, 1 (2004).を含むさまざまな疾患の治癒および予防効果として大きな臨床的効果を上げている.さらに,SAMは酵母,線虫,ハエの寿命調節や(17~19)17) F. Obata & M. Miura: Nat. Commun., 6, 8332 (2015).18) T. Ogawa, R. Tsubakiyama, M. Kanai, T. Koyama, T. Fujii, H. Iefuji, T. Soga, K. Kume, T. Miyakawa, D. Hirata et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 11913 (2016).19) M. Schosserer, N. Minois, T. B. Angerer, M. Amring, H. Dellago, E. Harreither, A. Calle-Perez, A. Pircher, M. P. Gerstl, S. Pfeifenberger et al.: Nat. Commun., 6, 6158 (2015).,睡眠の質の改善との相関関係も示唆されている(20)20) N. Monoi, A. Matsuno, Y. Nagamori, E. Kimura, Y. Nakamura, K. Oka, T. Sano, T. Midorikawa, T. Sugafuji, M. Murakoshi et al.: J. Sleep Res., 25, 116 (2016).

以上より,SAMを含む食品・サプリメントなどの需要が今後ますます高まると予想されるが,工業的生産においては数多くの課題がある.たとえば, SAMの工業的生産は一般的にSaccharomyces cerevisiaeS. cerevisiae)からの抽出により行われているが,S. cerevisiaeにおけるSAMの生産機構については不明な点が多く,同物質の作用機序の解明が現状の課題となっている.また,SAMは高コストでかつ不安定な物質であるため,SAM自体の性質にもクリアすべき問題が存在する.したがって,これらの問題を解決するためには,SAMに関する生化学的および分子生物学的アプローチにより,工業レベルで従来のSAM生産系よりも迅速かつ安価で大量生産が可能な系の構築が急務となっている.本稿ではそれらの課題を解決するために,基礎的なSAM蓄積に関与する遺伝子の同定・解析,さらには工業生産を視野に入れた遺伝学的および生化学的なアプローチについて紹介する.

酵母内のSAM蓄積量を調節する遺伝子

1. SAM1およびSAM2(SAM synthetase)

生体内の大部分の有機分子はメチル化の影響を受けやすいが,これらの反応の大部分でSAMがメチル基供与体として機能している.SAMを直接合成する出芽酵母SAM synthetaseをコードする遺伝子としてSAM1およびSAM2(SAM synthetase)の2つがあり,L-メチオニンとATPからSAMの合成を直接触媒する.SAM1SAM2遺伝子の相同性はかなり高いが(アミノ酸レベルでSimilarity 99%),それぞれが果たす役割はまだ解明されていない.たとえば,培地中に過剰なメチオニンが存在する場合,SAM2のmRNAは誘導されるが,SAM1のmRNAは抑制がかかることが知られている(21)21) D. Thomas, R. Rothstein, N. Rosenberg & Y. Surdin-Kerjan: Mol. Cell. Biol., 8, 5132 (1988).

2. SAH1(SAH hydrolase)

SAMが関与するすべてのトランスメチル化反応は,メチル基受容体としての物質とともにS-アデノシルホモシステイン(SAH)も同時に生成する.この生成経路を触媒するSAH1については,水沼らにより,Δzds1株のCa2+感受性の表現型(カルシウム誘導によるSwe1pおよびCln2pを介した細胞周期G2期遅延および芽の異常極性成長)を抑制する変異体としてsah1変異体が同定されている(22)22) M. Mizunuma, K. Miyamura, D. Hirata, H. Yokoyama & T. Miyakawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 6086 (2004)..また興味深いことに,sah1-1変異体はSAMおよびSAHを高蓄積していた.メチオニン高含有培地(0.15%メチオニン:O-培地)で37°Cで培養したsah1-1変異体のSAHおよびSAM蓄積量は,野生株と比較して,それぞれ8.4倍(1.4 nmol/mg cells),37.2倍(13.4 nmol/mg cells)を示した.また,細胞内のSAM/SAH比は,cystathionine beta-synthase(CBS)変異体を用いた報告では1.5であったのに対し(23)23) S. A. Christopher, S. Melnyk, S. J. James & W. D. Kruger: Mol. Genet. Metab., 75, 335 (2002).sah1-1変異体のSAM/SAH比は,YPD(Yeast extract・Peptone・Dextrose)培地,O培地での培養においてそれぞれ6.3, 10.0を示した.さらに,DNAマイクロアレイ解析により,sah1-1変異体では脂質,リン酸,ポリリン酸およびメチオニンの合成にかかわる遺伝子など64個の遺伝子が2倍以上有意に発現上昇していた.このsah1-1株においてSAMが蓄積する理由としては,当該変異により引き起こされるSAH蓄積による細胞増殖の抑制効果を軽減させるために,メチオニンとATPからSAM合成が促進された結果ではないかと推測されている.SAMとSAHはメチオニン生合成経路に近接しており(図2図2■酵母におけるメチオニン・SAM合成経路),SAHはSAMのメチル化反応の競合阻害物質として働くことや,酵母においてSAHが情報伝達の刺激となり細胞内にSAMが蓄積することも明らかとなっており(18)18) T. Ogawa, R. Tsubakiyama, M. Kanai, T. Koyama, T. Fujii, H. Iefuji, T. Soga, K. Kume, T. Miyakawa, D. Hirata et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 11913 (2016).,今後,sah1-1株におけるSAMおよびSAH蓄積機構の生理学的意義の解明が期待される.

3. CYS4(cystathionine beta-synthase, CBS)

この遺伝子の研究はS. cerevisiaeではなく,主にメタノール資化性酵母であり異種タンパク質の物質生産によく用いられるPichia pastorisP. pastoris)での報告があり,ホモシステインに注目したSAM高蓄積の戦略が研究されている.ホモシステインは,メチオニン代謝経路の中間代謝物として生成されるチオール基をもつ含硫アミノ酸であり,小児および心血管疾患患者の血漿および動脈血栓症とアテローム性動脈硬化症の発症におけるホモシステイン濃度の増加と高い相関があるため,SAMの生成メカニズムにおいてホモシステインレベルの調節は非常に重要である(24, 25)24) K. S. McCully: Am. J. Pathol., 56, 111 (1969).25) M. Den Heijer, S. Lewington & R. Clarke: J. Thromb. Haemost., 3, 292 (2005)..ホモシステインは,メチオニンまたはシステイン合成経路に至る2つの経路で代謝され,CYS4はシステイン合成経路に至る代謝を担う(図2図2■酵母におけるメチオニン・SAM合成経路).したがって,メチオニン合成経路へのホモシステイン代謝をより活性化することが予想されるCYS4破壊により,高いSAM蓄積量を達成することが予想され,P. pastorisにおいてCYS4遺伝子を破壊するとSAM蓄積量が増加した(26)26) J. He, J. Deng, Y. Zheng & J. Gu: J. Biotechnol., 126, 519 (2006)..さらに,P. pastorisにおいてSAM2遺伝子のノックイン(SAM synthaseの過剰発現)およびCYS4遺伝子のノックアウト(CYS4遺伝子破壊)を同時に誘導すると(Gsam-cbs株),その相乗効果により,P. pastoris内のSAM生産能力が大幅に向上した(3.6 g/L in shake flask,または,13.5 g/L in 5L fermenter).

4. ERG4(C-24(28)sterol reductase)およびERG6(Delta(24)-sterol C-methyltransferase)

ERG6は,エルゴステロール生合成経路でzymosterolをfecosterolに変換し,SAMはこの反応においてメチル基供与体として機能する.井上らは,エタノール感受性株を取得し(es5株),この原因遺伝子がERG6変異でありエルゴステロールの生成量が少ない株であることを明らかとした(27)27) T. Inoue, H. Iefuji, T. Fujii, H. Soga & K. Satoh: Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 229 (2000)..そこで,庄林らは,エルゴステロール合成能が欠損している酵母株は,SAMの消費量が減少するため,SAMが酵母内に余剰に蓄積するのではと推測し,エルゴステロール合成能の低いエタノール感受性を示すes5株のSAM蓄積量を解析した結果,親株の約3.5倍を示した(45.7 mg/g DCW)(3)3) M. Shobayashi, N. Mukai, K. Iwashita, Y. Hiraga & H. Iefuji: Appl. Microbiol. Biotechnol., 69, 704 (2006)..さらに,実験室酵母(X2180-1A)および清酒酵母(K9)を使用して得られたポリエン系抗生物質であるナイスタチン耐性株のSAM蓄積量は,約4.2~5.5倍および1.7~3倍高くなった.ナイスタチンは,真菌の細胞膜の主要成分であるエルゴステロールに結合し細胞膜に穴をあけ細胞死を引き起こすため,真菌のエルゴステロール合成経路の変異体取得に利用される.実験室酵母株におけるΔerg4(16.3 mg/g DCW)およびΔerg6破壊株(18.0 mg/g DCW)においても,親株(11.1 mg/g DCW)と比較して顕著なSAMの蓄積が確認された.理由として,ERG6はエルゴステロール合成経路でSAMからのメチル基転移反応を触媒する直接的な機能を有するため,ERG6の機能欠損はSAMの蓄積につながると推測されているが,ERG4の機能とSAMとの直接的な因果関係はわかっておらず,SAMとエルゴステロール合成経路間には未知の相互作用メカニズムが存在すると考えられる.

5. ADO1(adenosine kinase)

金井らは,酵母のSAM蓄積に寄与する新規遺伝子の同定を目的に,高メチオニン耐性株のスクリーニングを行った(28)28) M. Kanai, M. Masuda, Y. Takaoka, H. Ikeda, K. Masaki, T. Fujii & H. Iefuji: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 1183 (2013)..具体的には,生育に非必須な遺伝子破壊株ライブラリー約5,000株(S. cerevisiae BY4742株)について,高メチオニン培地条件下で高増殖性を示す123株を選抜し,O培地(0.15% L-メチオニンを含む)で培養した際のSAM蓄積量を分析した結果,特にCYS4(cystathionine beta-synthase)とADO1(adenosine kinase: アデノシンからAMPへの変換を触媒(図2図2■酵母におけるメチオニン・SAM合成経路))破壊株において顕著なSAM蓄積を示した.Δado1におけるDNAマイクロアレイ解析により,メチオニン生合成経路,リン酸代謝およびヘキソース輸送に関与する遺伝子が主に発現上昇していることが明らかになった.さらに,Δado1におけるメチオニン生合成経路に関与するさまざまな代謝産物量を分析した結果,テトラヒドロ葉酸(THF),無機リン酸(Pi),ポリリン酸およびSAHが増加していた.一方,5-メチル-THF(5-CH3-THF),ホモシステイン(Hcy),グルタチオンおよびアデノシンの蓄積量は減少していた.これらの結果は,Δado1株におけるSAM高蓄積の理由としてメチオニン生合成経路全体の活性化によることが示唆された.しかし,Ado1pの機能はメチオニン合成経路に直接関与しておらず,ADO1の機能とSAM蓄積の因果関係はいまだ不明である.

一方,ADO1の機能欠損変異株はコルディセピン(3-デオキシアデノシンであり核酸系の抗生物質)という薬剤に耐性をもつことが知られているため,産業利用を目的に遺伝子組換え体ではない新規SAM高蓄積株を取得するため,金井らは,清酒酵母きょうかい9号を親株としADO1変異を目的としたコルディセピン耐性株を選抜し,新規SAM高蓄積株の育種に成功した(29)29) Patent No. P5641192 (2014)..育種株(NY9-10)のADO1遺伝子は,ATP結合部位に一つの変異(T258I)が挿入されており,その部位は進化上高度に保存され,NY9-10株が示すSAM高蓄積とコルディセピン耐性は,上記変異によるADO1の機能欠損によることが示唆された.この株は遺伝子組換え体ではないため,SAMの大量生産や清酒製造など,醸造,食品および医薬産業への貢献が期待される.

6. ERC1(encoding a protein with antiporter activity)

YHR032W/ERC1遺伝子は,S. cerevisiaeのSAM蓄積とエチオニン耐性に関与し(30)30) R. N. Hvorup, B. Winnen, A. B. Chang, Y. Jiang, X. F. Zhou & M. H. Saier Jr.: Eur. J. Biochem., 270, 799 (2003).,アンチポーター活性を有する多剤および毒素排出(MATE)の機能をもつ.塩見らは,S. cerevisiae DKD-5D-H株からエチオニン(メチオニンアナログ)耐性遺伝子としてYHR032W/ERC1をクローニングし,SAM蓄積に寄与することを明らかとした(31)31) N. Shiomi, H. Fukuda, K. Murata & A. Kimura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 42, 730 (1995).

一方,小川らは,メチオニン代謝に異常のある変異株(sah1)の寿命が短命であることを見いだし,この性質を利用して逆に長寿となる変異株の取得を試みた結果,通常の酵母の最大寿命は12日程度だが,20日程度まで寿命が延長した変異株の取得に成功した(SSG1変異株)(18)18) T. Ogawa, R. Tsubakiyama, M. Kanai, T. Koyama, T. Fujii, H. Iefuji, T. Soga, K. Kume, T. Miyakawa, D. Hirata et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 11913 (2016)..興味深いことに,SSG1変異株の原因変異はYHR032W/ERC1の変異であり,メチオニン代謝産物であるSAMやSAHも高蓄積していた.また,SSG1変異株についてDNAマイクロアレイ法で網羅的に調べた結果,ERC1遺伝子変異による寿命延長メカニズムはカロリー制限などの食餌制限を模倣していることも明らかとなっている.

また,金井らは,清酒酵母において高蓄積することが知られているSAM高蓄積機構の解明を目的に,清酒酵母と実験室酵母の交配による量的形質遺伝子座(QTL)解析を行い,第8番染色体上にある有意なQTLを同定した(32)32) M. Kanai, T. Kawata, Y. Yoshida, Y. Kita, T. Ogawa, M. Mizunuma, D. Watanabe, H. Shimoi, A. Mizuno, O. Yamada et al.: J. Biosci. Bioeng., 123, 8 (2017)..さらに,第8番染色体のQTL近傍に存在する165個の遺伝子の中から,YHR032W/ERC1を候補遺伝子として絞り込んだ(図3図3■実験室酵母型および清酒酵母型Erc1pの構造比較).

図3■実験室酵母型および清酒酵母型Erc1pの構造比較

実験室酵母のERC1破壊株を,清酒酵母型または実験室酵母型ERC1発現プラスミドを用いて形質転換させ,経時的なSAM蓄積量を分析した結果,清酒酵母がもつSAM高蓄積能に,清酒酵母型ERC1が深く関与していることが示唆された.また,SAM蓄積に寄与するERC1のSNPを調べた結果,醸造用酵母と実験室酵母ERC1の塩基長の差の原因である変異(N545I)が,清酒酵母のSAM高蓄積に大きく寄与していることが示唆された.なお,この変異は,清酒酵母において,1627番目の塩基近辺に存在するアデニン(A)リピート配列中の一つのAが欠失した結果生じるフレームシフト変異であり(7A→6A),結果アミノ酸で比較すると,清酒酵母Erc1pは実験室酵母Erc1pと比べて36アミノ酸が長くなるものである.さらに驚いたことに,この変異(N545I)は,上記小川らが見いだしたSSG1変異体の原因変異と同一の変異であった.さらに,金井らは,清酒酵母型ERC1の機能が,清酒酵母のテトラヒドロ葉酸(THF)の蓄積にも寄与していることを見いだしている(33)33) M. Kanai, T. Kawata, T. Morimoto, M. Mizunuma, D. Watanabe, T. Akao, T. Fujii & H. Iefuji: Biosci. Biotechnol. Biochem., (2020), in press.

7. ERC1およびSLT2(serine/threonine MAP kinase)

Breunigらは,実験用酵母株BY4716とワイン酵母RM11-1aを用いたQTL解析を行い,メタボローム変動の原因となる遺伝子座を探索した結果,LC-MSを使用して34の代謝物について52の有意なQTLが同定された.特に,SAMおよびSAH蓄積量のレベルと,2つの遺伝子ERC1SLT2の発現レベルとの間に密接な関連性を見いだした(34)34) J. S. Breunig, S. R. Hackett, J. D. Rabinowitz & L. Kruglyak: PLOS Genet., 10, e1004142 (2014).

SAMの効率的工業生産のための遺伝的および生化学的取り組み

清酒酵母(SAM高蓄積酵母)は2倍体であり,胞子形成能の低下が明らかとなっているため,遺伝的操作が困難である.そこで,阿野らは,清酒酵母株における遺伝子操作を容易にするために,URA3, HIS3またはLYS4の栄養要求性株を構築した.sah1-1変異体は高いSAHおよびSAMを蓄積するという知見を活用し(22)22) M. Mizunuma, K. Miyamura, D. Hirata, H. Yokoyama & T. Miyakawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 6086 (2004).,異なるマーカーを使用して2つのステップで構築したsah1変異体(RAK3618:sah1-1/sah1Δ::URA3)は,野生株(0.04 g/g DCW)よりも高いSAM蓄積量を示した(0.1 g/g DCW)(35)35) A. Ano, D. Suehiro, K. Cha-Aim, K. Aritomi, P. Phonimdaeng, N. Nontaso, H. Hoshida, M. Mizunuma, T. Miyakawa & R. Akada: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 633 (2009).

エチオニン耐性とSAM synthaseの強化

エチオニンは,タンパク質の組成に必須なメチオニンの競合アナログとして機能し,含硫アミノ酸の形成を制御している.Caoらは,出芽酵母におけるSAM生産性の改善を目的に,UV照射にて変異を導入後,エチオニン耐性を指標にスクリーニングを行い,SAM高生産株(CGMCC 2842)を得た(36)36) X. Cao, M. Yang, Y. Xia, J. Dou, K. Chen, H. Wang, T. Xi & C. Zhou: Ann. Microbiol., 62, 1395 (2012)..この株のSAM synthase活性およびSAM産生は,親株と比較してそれぞれ約2.7倍および4.3倍増加していた.さらに,この株は,15L発酵槽でのSAM生産量が36時間の流加発酵で6 g/Lに達し,親株と比較して4.3倍増加した.

メチオニンレベルとATPの利用効率の増強

Chenらは,S. cerevisiae CGMCC 2842株において,SAM2MET6の共発現によるメチオニンとATPの利用効率の増強,ならびにクエン酸ナトリウムの添加によりSAM蓄積を誘導できると報告した(37)37) H. Chen, Z. Wang, Z. Wang, J. Dou & C. Zhou: World J. Microbiol. Biotechnol., 32, 56 (2016).MET6SAM2を共発現させたYGSPM株はSAM蓄積量が2.34倍増加した(1.85 g/L).理由として,酵母細胞におけるメチオニンの利用効率がMET6SAM2の共発現によって改善されたこと,またクエン酸ナトリウムの添加は,細胞内のATPレベルとイソクエン酸デヒドロゲナーゼ活性を亢進させることで,メチオニンからSAMへの変換が促進されたと推測されている.

SAM2過剰発現

Zhaoらは,ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)プロモーターを使用したSAM2遺伝子を,S. cerevisiae ZJU001株の染色体に導入した株を構築した(R1-ZJU001)(38)38) W. Zhao, F. Shi, B. Hang, L. Huang, J. Cai & Z. Xu: Appl. Biochem. Biotechnol., 178, 1263 (2016)..結果,メチオニンアデノシルトランスフェラーゼが高い活性を示し,SAM蓄積量も親株(64.6 mg/g)と比較して高い値を示した(91.0 mg/g DCW).

おわりに

機能性食品は,現代人の健康に対する意識の高まりと共に今後もますます注目を集めることが予想され,医薬品メーカー,化粧品メーカー,そのほかさまざまな業界が機能性食品市場に参入している.その中で,SAMの工業生産は通常,S. cerevisiaeの培養・抽出によって行われるが,実態は抽出工程が煩雑でコストもかかることから,従来のSAM生産システムよりも,より迅速で,費用対効果が高いシステムの構築が急務となっている.本解説で紹介したとおり,これまで主に酵母研究により,SAM蓄積に関与するいくつかの遺伝子が同定されているが,酵母における詳細なSAM高蓄積機構にはまだまだ不明な点も多く,SAMをより安価で市場に流通・普及させるためには,多くのハードルを克服する必要がある.

今後の酵母によるSAM高蓄積機構の解明,さらにはSAM自体の生理的意義・機能の全容解明が積極的に促進されることで,現代人が今の生活を豊かに暮らすためのさまざまな病気の予防・治癒効果などにつながり,健全な健康長寿社会の構築に貢献してほしいと強く願っている.

Reference

1) 堤 浩子:生物工学会誌,85, 476 (2007).

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