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哺乳動物細胞PDIファミリー酵素の生理的な基質の同定ヒト由来分泌タンパク質の効率良い生産系の開発に向けて

Hiroshi Kadokura

門倉

東北大学多元物質科学研究所

Published: 2020-08-01

ジスルフィド結合は,2つのシステインが酸化されて形成される共有結合であり,分泌タンパク質や膜タンパク質の立体構造形成に重要である.ヒトペプチドホルモンや抗体など有用なタンパク質の多くは分子内にジスルフィド結合をもつ分泌タンパク質である.このようなタンパク質を微生物で生産する際には,正確なジスルフィド結合形成が上手く行えないことが,障害の一つになっている.これは微生物のジスルフィド結合形成システムと哺乳動物のシステムの何らかの違いに起因していると考えられる.よって,哺乳動物の分泌タンパク質にジスルフィド結合が形成される仕組みの解明は物質生産の面からも重要である.

真核生物では分泌タンパク質へのジスルフィド結合の導入は,分泌タンパク質の生合成の場である小胞体で行われ,protein disulfide isomerase(PDI)ファミリー酵素と呼ばれる一群の酵素によって触媒されている.PDIファミリー酵素の特徴としては,システインの酸化還元活性を有するチオレドキシンドメインを分子内にもち,小胞体内に局在することが挙げられる.PDIファミリー酵素は,基質上の2つのシステインを酸化する,あるいは基質上のジスルフィド結合を切断・異性化することによって,基質への正しいジスルフィド結合の導入を促進すると考えられている.ヒトを含む哺乳動物細胞の小胞体には,PDIファミリー酵素が20種類も存在する(1)1) M. Okumura, H. Kadokura & K. Inaba: Free Radic. Biol. Med., 83, 314 (2015)..多くの酵素が存在するのは,基質タンパク質がもつ多様な構造に対応するためだと考えられる.しかし,個々の酵素の役割の違いはまだよくわかっていない.その要因の一つとして,各酵素の生体内における基質が不明であることが挙げられる.筆者らは,マウス組織からPDIファミリー酵素の基質を網羅的に同定する手法を開発し,特定のPDIファミリー酵素の生理機能の一端を解明することに成功したので,その概略を紹介する(2)2) T. Fujimoto, O. Nakamura, M. Saito, A. Tsuru, M. Matsumoto, K. Kohno, K. Inaba & H. Kadokura: J. Biol. Chem., 293, 18421 (2018).

PDIファミリー酵素を含むチオレドキシン様の酵素が基質タンパク質に作用する際には,酵素と基質が分子間のジスルフィド結合で連結した酵素・基質複合体が一過的に形成する(3)3) H. Kadokura, H. Tian, T. Zander, J. C. A. Bardwell & J. Beckwith: Science, 303, 534 (2004).図1A図1■PDI酵素の生理的な基質の同定).この中間体は一般的には不安定であるが,筆者らは,哺乳動物の組織中で生成する中間体をトリクロロ酢酸(TCA)とN-エチルマレイミド(NEM)を利用して安定化し,精製する技術を確立した(4, 5)4) H. Kadokura, M. Saito, A. Tsuru, A. Hosoda, T. Iwawaki, K. Inaba & K. Kohno: Biochem. Biophys. Res. Commun., 440, 245 (2013).5) T. Fujimoto, K. Inaba & H. Kadokura: Protein Sci., 28, 30 (2019).図1B図1■PDI酵素の生理的な基質の同定).次に,精製した複合体に含まれるタンパク質を質量分析法で調べることにより,特定のPDIファミリー酵素の基質候補タンパク質をマウスの組織から網羅的に同定することに成功した(2, 4, 5)2) T. Fujimoto, O. Nakamura, M. Saito, A. Tsuru, M. Matsumoto, K. Kohno, K. Inaba & H. Kadokura: J. Biol. Chem., 293, 18421 (2018).4) H. Kadokura, M. Saito, A. Tsuru, A. Hosoda, T. Iwawaki, K. Inaba & K. Kohno: Biochem. Biophys. Res. Commun., 440, 245 (2013).5) T. Fujimoto, K. Inaba & H. Kadokura: Protein Sci., 28, 30 (2019).

図1■PDI酵素の生理的な基質の同定

(A) PDIファミリー酵素による基質タンパク質へのジスルフィド結合の導入機構.(B)特定のPDIファミリー酵素の生理的な基質をマウス組織から網羅的に同定する手法5)5) T. Fujimoto, K. Inaba & H. Kadokura: Protein Sci., 28, 30 (2019).

以下,PDIファミリー酵素の一つであるPDIpについて行った解析の事例について述べる.PDIpは膵臓で特異的に発現することが知られていたが,その生理機能は不明だった.PDIpに対する抗体を用いて,本酵素のマウス個体における臓器分布を調べたところ,これまでの報告どおりPDIpは膵臓で特異的に発現していた(図2A図2■膵臓特異的PDIファミリー酵素PDIpの特質,レーン7).さらに,PDIpを含む複合体が高分子領域に観察された(図2A図2■膵臓特異的PDIファミリー酵素PDIpの特質,レーン7).そこで,本複合体をPDIpに対する抗体で精製した後,その中に含まれるタンパク質を質量分析法で調べた.その結果,PDIpは膵臓中でトリプシン,キモトリプシン,エラスターゼなどの消化酵素の前駆体タンパク質と結合することがわかった(2)2) T. Fujimoto, O. Nakamura, M. Saito, A. Tsuru, M. Matsumoto, K. Kohno, K. Inaba & H. Kadokura: J. Biol. Chem., 293, 18421 (2018).

図2■膵臓特異的PDIファミリー酵素PDIpの特質

(A)図1図1■PDI酵素の生理的な基質の同定の方法で調製したマウス組織ライセート中におけるPDIpを抗PDIp抗体によって検出.膵臓ライセート中にPDIpを含む複合体が観察される.(B) PDIpにはプロエラスターゼの凝集体形成を抑制する働きがある(詳しくは本文を参照).同様の内容を含むデータは文献2にて報告.

膵臓には,インスリンなどの血中ホルモンを生産する内分泌細胞と,消化酵素を生産する外分泌細胞が存在する.マウス膵臓から内分泌細胞と外分泌細胞を分取し,PDIpの分布を調べた.その結果,PDIpは消化酵素を作る膵臓の外分泌細胞で働いていることがわかった.この結果はPDIpが消化酵素の前駆体タンパク質と結合するという上記の知見と合致する.

興味深いことに,同定されたタンパク質の一つであるエラスターゼをヒト由来培養細胞株であるHeLa細胞で発現させると,エラスターゼの前駆体であるプロエラスターゼが細胞内で凝集体を形成した(図2B図2■膵臓特異的PDIファミリー酵素PDIpの特質,レーン2).一方,エラスターゼと一緒にPDIpを発現させると,プロエラスターゼの凝集体の形成が抑制され,正しい立体構造をもつプロエラスターゼが細胞中に作られ(図2B図2■膵臓特異的PDIファミリー酵素PDIpの特質,レーン3),細胞外へと放出された.したがって,消化酵素の一つであるエラスターゼの正しい折り畳み過程に,PDIpが必要になることが判明した(2)2) T. Fujimoto, O. Nakamura, M. Saito, A. Tsuru, M. Matsumoto, K. Kohno, K. Inaba & H. Kadokura: J. Biol. Chem., 293, 18421 (2018)..さらに,PDIp以外の代表的なPDIファミリー酵素を,HeLa細胞中でエラスターゼと一緒に発現させても,PDIp以外の酵素は,PDIpの機能を代替できなかった.よって,PDIpは,進化の過程で,エラスターゼの折り畳み過程を促進する機能を獲得したと考えられる(2)2) T. Fujimoto, O. Nakamura, M. Saito, A. Tsuru, M. Matsumoto, K. Kohno, K. Inaba & H. Kadokura: J. Biol. Chem., 293, 18421 (2018).

以上とは逆に,特定の分泌タンパク質に結合する酵素を同定することもできる.筆者らは上述の方法で酵素基質複合体を安定化し,インスリンの前駆体であるプロインスリンと結合するPDIファミリー酵素を5種類同定することに成功している(6)6) Y. Tsuchiya, M. Saito, H. Kadokura, J.-I. Miyazaki, F. Tashiro, Y. Imagawa, T. Iwawaki & K. Kohno: J. Cell Biol., 217, 1287 (2018)..インスリンは分子内に3本のジスルフィド結合をもつが,5種類ものPDIファミリー酵素がプロインスリンに結合するのは予想外であった.インスリンの生合成における各酵素の機能の違いは今後の重要課題である.

以上の解析から,分泌タンパク質の中には,立体構造形成に特定のPDIファミリー酵素を必要とするものが存在することが判明した.したがって,このような分泌タンパク質を生産する際には,その生合成に特化したPDIファミリー酵素を同時に発現させることが有効になると予想される.今後,本法を含むさまざまな手法を利用して哺乳動物細胞の小胞体内で進行するジスルフィド結合形成の仕組みを解析することにより,分泌タンパク質の効率良い生産系を作る上で必要な知見を得ていきたい.

Reference

1) M. Okumura, H. Kadokura & K. Inaba: Free Radic. Biol. Med., 83, 314 (2015).

2) T. Fujimoto, O. Nakamura, M. Saito, A. Tsuru, M. Matsumoto, K. Kohno, K. Inaba & H. Kadokura: J. Biol. Chem., 293, 18421 (2018).

3) H. Kadokura, H. Tian, T. Zander, J. C. A. Bardwell & J. Beckwith: Science, 303, 534 (2004).

4) H. Kadokura, M. Saito, A. Tsuru, A. Hosoda, T. Iwawaki, K. Inaba & K. Kohno: Biochem. Biophys. Res. Commun., 440, 245 (2013).

5) T. Fujimoto, K. Inaba & H. Kadokura: Protein Sci., 28, 30 (2019).

6) Y. Tsuchiya, M. Saito, H. Kadokura, J.-I. Miyazaki, F. Tashiro, Y. Imagawa, T. Iwawaki & K. Kohno: J. Cell Biol., 217, 1287 (2018).