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酵素を用いた紅茶テアフラビンの効率的な生産法紅茶の健康機能研究を支える紅茶色素の生産

Asako Narai-Kanayama

奈良井(金山) 朝子

日本獣医生命科学大学応用生命科学部食品科学科

Published: 2020-08-01

紅茶の飲用量は世界中で水の次に多い.その原料となるチャCamellia sinensisはツバキ科属に分類される常緑樹で,葉にはカテキン(flavon-3-ol)に分類されるポリフェノールが15~35%も含まれている(1)1) T. Samanta, V. Cheeni, S. Das, A. B. Roy, B. C. Ghosh & M. Adinpunya: J. Food Sci. Technol., 52, 2387 (2015)..代表的なチャの種類として中国種とアッサム種が知られるが,紅茶は主にカテキン量が多いアッサム種の葉を萎凋(摘んだ後の葉をしばらく置いて萎れさせ,酸化させること)・揉捻(葉の細胞を壊すようにねじったり丸めたりして揉むこと)した後,室温~40°Cの多湿環境に置く工程(発酵)と乾燥を経て製造される.発酵では,葉内部の酸化酵素(ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)ならびにペルオキシダーゼ(POD))によってカテキン類が酸化され,酸化型カテキンはさらに非酵素的に縮合し,紅茶特有のポリフェノール系色素であるテアフラビン類(カテコール型カテキンとピロガロール型カテキンが1 : 1で縮合したもの:黄橙色)を生成する.チャの葉に豊富な4種のカテキン類,(−)-エピカテキン(EC),(−)-エピガロカテキン(EGC),(−)-エピカテキンガレート(ECg),(−)-エピガロカテキンガレート(EGCg)からは4種のテアフラビン類(TF1, TF2A, TF2B, TF3)が生成される(2)2) A. Narai-Kanayama, A. Kawashima, Y. Uchida, M. Kawamura & T. Nakayama: J. Mol. Catal., B Enzym., 133, S452 (2016).図1図1■カテキン類からのテアフラビン生成機構).発酵が進むと,カテキン類やテアフラビン類はより複雑に酸化・重合した物質の集合体テアルビジン(赤褐色)に変換する.テアフラビン類はテアルビジンに比べて含有量が少ないが,その組成は水色(茶葉浸出液の色)や試飲鑑定の結果を指標とする紅茶の品質に影響する(3)3) L. P. Wright, N. I. K. Mphangwe, H. E. Nyirenda & Z. Apostolides: J. Sci. Food Agric., 82, 517 (2002)..ちなみに,カテキンの量が少ない中国種から摘み取った葉からは主に緑茶が製造される.緑茶の製造では高温でチャの葉を蒸して(蒸熱),葉内部に存在する酵素を失活させた後に揉捻,乾燥を行う.そのため,発酵による色素生成は起こらず,最終製品中のカテキン量は紅茶より多い.

図1■カテキン類からのテアフラビン生成機構

酸化型カテキン(キノン類)どうしのマイケル付加,酸化,脱炭酸を経てテアフラビンが生成する.紫色で示した反応(*1~3)はテアフラビンの収率低下の原因となる反応.

茶ポリフェノールは,多種多様なin vitro, in vivo実験および疫学研究を通じて,茶の摂取による健康維持増進効果(心血管疾患のリスク低下や抗酸化作用,抗炎症作用,抗がん作用,血中コレステロール低下作用など)に寄与する生理活性成分と考えられている.カテキン類の中でもエピガロカテキンガレート(EGCg)は緑茶に豊富に含まれるだけでなくさまざまな生理活性が比較的高いため,多くの研究者がその生体利用性(bioavailability)や活性発現機構の解明に取り組んでいる.一方で,テアフラビン類は紅茶中の含有量が少ないことから単離精製した標品を入手しづらく,カテキン類よりも研究例が少ない.構造が不特定の物質の集合体であるテアルビジンについても物理化学的性質や生理活性に関する研究は少なく,構造的類似性が高いと予想されるテアフラビン類の知見が優先される傾向がある.紅茶ポリフェノールのような縮合型カテキンは難吸収性でbioavailabilityが低いとされるが(4)4) T. Matsui: Eur. J. Pharmacol., 765, 495 (2015).,テアフラビン類は口腔内で苦渋味を与え,消化管においては抗糖尿病や抗肥満につながる消化酵素に対する阻害作用(5, 6)5) T. Matsui, T. Tanaka, S. Tamura, A. Toshima, K. Tamaya, Y. Miyata, K. Tanaka & K. Matsumoto: J. Agric. Food Chem., 55, 99 (2007).6) S. L. Glisan, K. A. Grove, N. H. Yennawar & J. D. Lambert: Food Chem., 216, 296 (2017).,交感神経を介した骨格筋血流増加や血圧降下作用(7)7) A. Saito, R. Nakazato, Y. Suhara, M. Shibata, T. Fukui, T. Ishii, T. Asanuma, K. Mochizuki, T. Nakayama & N. Osakabe: J. Nutr. Biochem., 32, 107 (2016).などを示すことが報告されている.テアフラビン類の生理活性は種類(=構造)によって強度が異なり,カテキン類よりも高い活性を示す場合もある.紅茶の世界的な消費量を考えると,紅茶ポリフェノール特有の生理活性発現機構の解明や構造活性相関の解析を進める意義は大きいが,精製したテアフラビン類の大量かつ安定な供給は十分とは言えない.

これまでにも,チャまたはチャ以外を起源とするPPOやPODを用いてカテキン類を原料にしたテアフラビン合成が試みられてきた(8~11)8) T. Tanaka, C. Mine, K. Inoue, M. Matsuda & I. Kouno: J. Agric. Food Chem., 50, 2142 (2002).9) T. Tanaka, Y. Miyata, K. Tamaya, R. Kusano, Y. Matsuo, S. Tamaru, K. Tanaka, T. Matsui, M. Maeda & I. Kouno: J. Agric. Food Chem., 57, 5816 (2009).10) S. Sang, J. D. Lambert, S. Tian, J. Hong, Z. Hou, J. H. Ryu, R. E. Stark, R. T. Rosen, M. T. Huang, C. S. Yang et al.: Bioorg. Med. Chem., 12, 459 (2004).11) S. Lei, M. Xie, B. Hu, L. Zhou, Y. Sun, M. Saeeduddin, H. Zhang & X. Zeng: Int. J. Biol. Macromol., 94(Pt A), 709 (2017)..新しい方法としては高いPOD活性を有するチャ培養細胞にECとEGCを過酸化水素とともに加えて反応させてTF1を合成し,高脂肪食の糖尿病マウスに投与して体重増加と内臓脂肪の蓄積を抑える機能を評価した例がある(12)12) M. Takemoto, H. Takemoto & A. Sakurada: Tetrahedron Lett., 55, 5038 (2014)..いずれの合成反応でもカテキン酸化物(キノン)によるテアフラビン類の非酵素的な酸化・消失が同時進行する.そのため,一度の酵素反応でテアフラビン類を最大収量で得るには基質濃度と反応時間の絶妙な制御が要求される.そのような古典的な反応制御とは別の方法として,最近筆者らはPPOのモデル酵素として頻用されるマッシュルーム由来チロシナーゼ(EC 1.14.18.1)を用い,1–オクタノール/緩衝液の二相系によるTF2A合成を提案した(13)13) A. Narai-Kanayama, Y. Uekusa, F. Kiuchi & T. Nakayama: J. Agric. Food Chem., 66, 13464 (2018)..これは,基質であるEC, EGCgと生成物TF2Aの分配係数の違いを利用することで溶媒相へTF2Aを選択的に分離・回収するだけでなく,収率低下を引き起こす非酵素的な反応を抑制できる方法で(図2図2■1-オクタノール/緩衝液二相系を用いたTF2A合成),緩衝液単独の反応系に比べてTF2Aの収量が約3倍に増加した.溶媒の影響により酵素が反応途中で失活する問題は残るが,一度生成したTF2Aは溶媒相に安定に保持され,精製を一段階進められるメリットがある.またさらに,筆者らは緩衝液単独系において,ウシ肝臓由来カタラーゼ(EC 1.11.1.6)の共存下でチロシナーゼによるテアフラビン合成を行い,テアフラビンの生成速度と収量が増加することを報告した(14)14) A. Narai-Kanayama, Y. Uchida, A. Kawashima & T. Nakayama: Process Biochem., 85, 19 (2019)..カテキン類の非酵素的あるいは酵素的な酸化により微量の過酸化水素が発生して反応系に蓄積すること,この過酸化水素がチロシナーゼを不活化することから,カタラーゼによる過酸化水素の分解をテアフラビン合成反応系に組み込んだのである.この方法は特にTF2B合成に対して効果的で,酵素の基質特異性を考慮した基質濃度の調整を行ったところ,TF2Bの収量は2~3倍に増加した.

図2■1-オクタノール/緩衝液二相系を用いたTF2A合成

模式図内に記した成分名のサイズの違いは,二相分配比をわかりやすく示すためのものであり,正確な値を反映してはいない.Qはキノン型のカテキンであることを示す.

紅茶の健康機能研究を支えるべく酵素を用いたテアフラビン合成方法に取り組んでいくと,紅茶製造工程におけるポリフェノール組成の制御に関する知見を得ることにもつながる.カテキン標品ではなく,緑茶抽出物を原料にテアフラビン類を選択的に合成できる反応条件を確立すれば,嗜好面で高品質かつ高い健康機能を有する紅茶の開発・製造も実現できるかもしれない.

Reference

1) T. Samanta, V. Cheeni, S. Das, A. B. Roy, B. C. Ghosh & M. Adinpunya: J. Food Sci. Technol., 52, 2387 (2015).

2) A. Narai-Kanayama, A. Kawashima, Y. Uchida, M. Kawamura & T. Nakayama: J. Mol. Catal., B Enzym., 133, S452 (2016).

3) L. P. Wright, N. I. K. Mphangwe, H. E. Nyirenda & Z. Apostolides: J. Sci. Food Agric., 82, 517 (2002).

4) T. Matsui: Eur. J. Pharmacol., 765, 495 (2015).

5) T. Matsui, T. Tanaka, S. Tamura, A. Toshima, K. Tamaya, Y. Miyata, K. Tanaka & K. Matsumoto: J. Agric. Food Chem., 55, 99 (2007).

6) S. L. Glisan, K. A. Grove, N. H. Yennawar & J. D. Lambert: Food Chem., 216, 296 (2017).

7) A. Saito, R. Nakazato, Y. Suhara, M. Shibata, T. Fukui, T. Ishii, T. Asanuma, K. Mochizuki, T. Nakayama & N. Osakabe: J. Nutr. Biochem., 32, 107 (2016).

8) T. Tanaka, C. Mine, K. Inoue, M. Matsuda & I. Kouno: J. Agric. Food Chem., 50, 2142 (2002).

9) T. Tanaka, Y. Miyata, K. Tamaya, R. Kusano, Y. Matsuo, S. Tamaru, K. Tanaka, T. Matsui, M. Maeda & I. Kouno: J. Agric. Food Chem., 57, 5816 (2009).

10) S. Sang, J. D. Lambert, S. Tian, J. Hong, Z. Hou, J. H. Ryu, R. E. Stark, R. T. Rosen, M. T. Huang, C. S. Yang et al.: Bioorg. Med. Chem., 12, 459 (2004).

11) S. Lei, M. Xie, B. Hu, L. Zhou, Y. Sun, M. Saeeduddin, H. Zhang & X. Zeng: Int. J. Biol. Macromol., 94(Pt A), 709 (2017).

12) M. Takemoto, H. Takemoto & A. Sakurada: Tetrahedron Lett., 55, 5038 (2014).

13) A. Narai-Kanayama, Y. Uekusa, F. Kiuchi & T. Nakayama: J. Agric. Food Chem., 66, 13464 (2018).

14) A. Narai-Kanayama, Y. Uchida, A. Kawashima & T. Nakayama: Process Biochem., 85, 19 (2019).