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セスバニア根粒菌がR-bodyを生産する意義とは共生菌の病原菌的側面

Toshihiro Aono

青野 俊裕

東京大学

Published: 2020-08-01

R-bodyとは,ヒメゾウリムシ(Paramecium aurelia)の絶対内生菌であるCaedibacter属細菌群で最初に発見された巨大構造体であり,低分子タンパク質群(70–100アミノ酸残基)の重合体である.細菌細胞内におけるR-bodyは,リボンがコイル状に巻かれた筒のような形状をしている.このR-bodyを細菌より取り出し,酸性条件下におくと,そのコイルが瞬時に伸張して針状の形状になる.この形状変化は可逆的であり,中性に戻すとまた筒状に戻る.

多くの読者にとってR-bodyは聞き慣れない存在であるかもしれない.しかし,R-bodyにまつわる研究の歴史は意外にも古い.今から約80年前,一部のゾウリムシが他のゾウリムシを殺すという現象が発見され(1)1) T. M. Sonneborn TM: Proc. Am. Philos. Soc., 79, 411 (1983).,この特徴は“Killer trait”と呼ばれるようになった.後に,この“Killer trait”はR-bodyを生産するCaedibacter属細菌によりもたらされることが判明した.すなわち,「R-bodyを生産するCaedibacter属細菌を体内に保持するゾウリムシ」は「R-bodyを生産するCaedibacter属細菌を保持しないゾウリムシ」を殺傷するのである(2)2) F. Pond, I. Gibson, J. Lalucat & R. Quackenbush: Microbiol. Rev., 53, 25 (1989)..前者のキラーゾウリムシは,細胞肛門から環境中にR-body生産Caedibacter属細菌を放出し,後者の感受性ゾウリムシがそれらを補食するとそのゾウリムシは直ちに死に至るのだと現在は考えられている.

その後,R-body生産にかかわる遺伝子群がCaedibacter taeniospiralisのもつプラスミド上で遺伝子クラスターとして同定され,rebA, rebB, rebC,およびrebDと名づけられた.これらの遺伝子群は,およそ8–18 kDaの低分子タンパク質群をコードしており,RebA, RebB,およびRebDのアミノ酸配列はそれぞれ互いに相同的であり,とりわけRebAとRebBの相同性が高い.一方,RebCはRebA, RebB,およびRebDの相同タンパク質ではなく,C. taeniospiralis以外の生物でもRebCの相同タンパク質は見つかっていない.これらの低分子タンパク質のうちRebAとRebBがC. taeniospiralisが生産するR-bodyの主要構造タンパク質であると考えられている.RebA, RebB,およびRebDの相同タンパク質をコードする遺伝子群は,“reb相同遺伝子群”もしくは“reb遺伝子群”と慣例的に呼ばれている.

R-body生産Caedibacter属細菌が感受性ゾウリムシに対して毒性をもつ理由,および,キラーゾウリムシがR-body生産Caedibacter属細菌に対して耐性をもつ理由はいまだに全く解明されていない.かつてはR-bodyそのものがゾウリムシの細胞に対して何らかの毒性をもつのであろうと考えられていた.しかし,C. taeniospiralis由来のreb遺伝子群の導入によりR-bodyを体内生産する大腸菌を,感受性ゾウリムシに捕食させても,感受性ゾウリムシは死なない(3)3) R. L. Quackenbush & J. A. Burbach: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 80, 250 (1983)..このことから,R-body自体はゾウリムシにとっての毒素そのものではなく,Caedibacter属細菌が生産する何らかの毒素の分泌にかかわっているのではないかとも一部では考えられている.

R-bodyはCaedibacter属細菌で発見されて以来,Pseudomonas属細菌の一部でも発見されたが,Caedibacter属細菌とゾウリムシとの関係性以外においては余り着目されてこなかった.しかし,ゲノム解析技術の発展に伴い,プロテオバクテリアに属する多く細菌群がreb相同遺伝子群をゲノム上に保持することが判明し,それらの一部ではR-bodyが生産されることが明らかになってきた.興味深いことに,reb遺伝子群を保持する細菌群の多くが動植物と何らかの相互作用をもつ細菌群であることから,各細菌におけるR-bodyの存在意義が問われるようになってきた.

根粒菌Azorhizobium caulinodans ORS571は,熱帯水生マメ科植物であり緑肥としても優秀なセスバニア(Sesbania rostrata)の茎と根に,窒素固定器官(茎粒・根粒)を形成させる細胞内共生細菌である.本菌は,根粒菌としてマメ科植物と共生するのみならず,エンドファイトとしてイネ・コムギ・トマトなどの非マメ科植物の維管束組織の細胞間隙にも定着する.また,多くの根粒菌がマメ科植物と共生している状態でのみ窒素固定活性を発揮するのに対し,本菌は自由生活状態でも高い窒素固定活性を示す.筆者らは,本菌の強い感染能と窒素固定能を利用し,非マメ科植物に高い窒素固定活性を発揮させることを目標とし,本菌の特性解明を多面的に推進している.その過程において,本菌の染色体上にはreb遺伝子群がオペロン(rebオペロン)として存在することが明らかになり,reb遺伝子群の発現制御機構の解明を全細菌に先駆けて進めてきた(4, 5)4) N. Akiba, T. Aono, H. Toyazaki, S. Sato & H. Oyaizu: Appl. Environ. Microbiol., 76, 3475 (2010).5) J. Matsuoka, F. Ishizuna, K. Kurumisawa, K. Morohashi, T. Ogawa, M. Hidaka, K. Saito, T. Ezawa & T. Aono: mBio, 8, e00715 (2017).図1図1■セスバニア根粒菌におけるrebオペロンの発現制御機構).

A. caulinodansrebオペロンには,4つのreb遺伝子群のほかに,3つの機能未知遺伝子群,および転写因子RebRをコードする遺伝子が含まれている.RebRはrebオペロンのプロモーター領域に直接作用することで,rebオペロンの発現を促進する.しかし,rebオペロンの発現は,通常はアルファプロテオバクテリアで高度に保存されているグローバル転写因子PraRにより直接的・優勢的に抑制されている.また,rebオペロンの発現抑制には,Lonプロテアーゼなど,PraR以外の複数の因子も関与している.

図1■セスバニア根粒菌におけるrebオペロンの発現制御機構

praR破壊株ではrebオペロンが高発現し,体内にR-bodyが生産される.praR破壊株の感染により形成された茎粒内では,宿主細胞は2つの運命をたどることになる.通常,野生型株が感染した宿主細胞では,根粒菌が高密度に内包され,液胞はほとんど観察されない.しかし,praR破壊株が感染した宿主細胞の約半数は,核が崩壊して細胞の形が萎縮し,その萎縮細胞内にはR-body生産根粒菌が高密度で存在する.また,残りの半数の宿主細胞では,核も細胞形状も正常ではあるが,液胞が発達して根粒菌が取り込まれ,根粒菌は消滅していく.これはつまり,rebオペロンが高発現しR-bodyが生産されると,根粒菌と宿主細胞が互いに殺しあうようになり,前者の状況では根粒菌が宿主細胞に勝ち,後者の状況では宿主細胞が根粒菌に勝った結果と考えられる.

このように筆者らはゾウリムシ内生細菌以外で初めてR-body生産細菌の宿主殺傷性を示した.しかし,A. caulinodansの野生型株がR-bodyを生産し,宿主細胞を殺傷するという状況は見つかっておらず,果たしてrebオペロンが野生型株で高発現することはあるのだろうか,という疑問が生じた.そこで,rebオペロンの発現を制御する環境要因を探索したところ,本菌の至適生育温度(37–38°C)よりも低温,かつ,2-オキソグルタル酸(2OG)濃度が高い環境条件下(数mM以上)において,野生型株でもrebオペロンの高発現が誘導され,R-bodyが合成されることが判明した.なお,2OGはrebオペロンのプロモーター領域に対するPraRの結合を阻害するのだが,温度による制御機構は依然不明である.セスバニアは通常25–30°C程度で生育しており,共生時におけるR-body生産のための要件の一つは満たしている.あとは,茎粒内の宿主細胞においても2OGが蓄積する状況があるのならば,茎粒内の野生型株でもR-bodyが合成されて共生が破綻するのかもしれない.目下の所,そのような状況を探索し,本菌の野生型株が宿主細胞を殺傷する現場を目撃しようと奮闘中である.勿論,温度や2OG以外の環境因子によってもR-body合成は制御されている可能性があり,そのような環境因子を同定すれば,本菌におけるR-body合成の生理的・生態的意義がより深く理解されるであろう.

Reference

1) T. M. Sonneborn TM: Proc. Am. Philos. Soc., 79, 411 (1983).

2) F. Pond, I. Gibson, J. Lalucat & R. Quackenbush: Microbiol. Rev., 53, 25 (1989).

3) R. L. Quackenbush & J. A. Burbach: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 80, 250 (1983).

4) N. Akiba, T. Aono, H. Toyazaki, S. Sato & H. Oyaizu: Appl. Environ. Microbiol., 76, 3475 (2010).

5) J. Matsuoka, F. Ishizuna, K. Kurumisawa, K. Morohashi, T. Ogawa, M. Hidaka, K. Saito, T. Ezawa & T. Aono: mBio, 8, e00715 (2017).