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細胞はどうやってリピート遺伝子の数を数えるのか?適正なゲノムの記憶の仕組み

Tetsushi Iida

飯田 哲史

東京大学定量生命科学研究所

Published: 2020-08-01

わたしたちの細胞は,ゲノムに変異が生じた場合,遺伝の仕組みにより変異も次世代の細胞に受け継ぎ,その変異を本来の配列に戻すことはできない.リピートを形成する多コピー遺伝子のコピー数の場合も,DNA組換え反応などにより変化したコピー数は通常回復しない.しかし,出芽酵母のリボソームRNA遺伝子(rDNA)リピートには,コピー数が減少した場合,細胞分裂を繰り返しながら適正なrDNAのコピー数にまで回復し維持する制御機構がある.あたかも細胞が,ゲノムに適正なrDNAのコピー数を記憶し,コピー数を数えることで異常(コピー数減少)を感知し,適正なコピー数まで回復させるかのようである.ここでは,細胞がもつ「ゲノムの記憶」現象の一つであるrDNAのコピー数を適正に維持する仕組みを紹介する.

大量のリボソームを供給するためにゲノム上でリピートを形成しているrDNAは,コピー数変動が起きやすいにもかかわらず*1,各生物種で一定のコピー数が安定に維持されている.たとえば,単細胞の真核生物である出芽酵母で約150,多細胞生物であるヒトで約350コピーのrDNAがゲノム(1倍体あたり)で維持されている(1)1) T. Kobayashi: Cell. Mol. Life Sci., 68, 1395 (2011)..rDNAを安定に維持する仕組みは,高度な遺伝学的解析が可能な出芽酵母を中心に研究が進められており,次のようなrDNAの不思議な性質が見いだされてきた.(I)通常,rDNAの150コピーはすべてが転写されているわけではなく,約半数のrDNAコピーしか転写されていない(2)2) S. L. French, Y. N. Osheim, F. Cioci, M. Nomura & A. L. Beyer: Mol. Cell. Biol., 23, 1558 (2003)..たとえrDNAコピー数が大きく減少しても,細胞は減少した遺伝子の転写を活発にすることで増殖に必要なリボソームRNAを供給できる.(II)rDNAに結合する因子Fob1によって,DNA合成期にDNA二本鎖切断(Double Strand Break; DSB)が誘発される.このDSBが不均等な組換え修復機構によって修復されることでコピー数の変動が起こる.rDNAのコピー数が減少している場合,DSB修復を利用してコピー数の回復が行われる(1)1) T. Kobayashi: Cell. Mol. Life Sci., 68, 1395 (2011)..(III)コピー数を変動(減少または増幅)させるDSBの修復機構は,サーチュイン(NAD依存性ヒストン脱アセチル化酵素)Sir2によって抑えられる(1)1) T. Kobayashi: Cell. Mol. Life Sci., 68, 1395 (2011)..したがって,SIR2遺伝子破壊細胞でrDNAは不安定となりコピー数が変動しやすくなる.逆に,FOB1遺伝子破壊(fob1∆)細胞ではDSBが生じなくなり,低コピー状態でもコピー数変動がほぼなくなる.(I)の性質は,リボソーム合成制御とrDNAの適正なコピー数制御が異なる機構によって制御されていることを示唆している.われわれは,(II)のコピー数回復機構と(III)のSir2を介したコピー数変動抑制が,適正なrDNAコピー数を記憶し管理する機構にかかわっている可能性を考えた.そこで,SIR2遺伝子の発現制御が異常となる変異体の解析を行う古典的な遺伝学的アプローチで「ゲノムの記憶」の謎に迫った(3)3) T. Iida & T. Kobayashi: Mol. Cell, 73, 645 (2019).

fob1∆細胞を用いてrDNAのコピー数が通常の1/10(15コピー)となった低コピー細胞を作製し解析した結果,rDNA低コピー細胞では,SIR2遺伝子の発現が抑制され,rDNAのコピー数が回復しやすくなるよう制御されていることが明らかとなった(図1図1■適正なrDNAコピー数を回復・維持する仕組み. SIR2遺伝子).rDNAのコピー数に応答し,SIR2遺伝子発現を抑制する因子の変異体(抑制解除となる変異体)の単離・解析を行った.その結果,RRN5, RRN9, RRN10, UAF30遺伝子の変異体が多数得られた.Rrn5, Rrn9, Rrn10, Uaf30は,ヒストンH3, H4とともにタンパク質複合体UAF(Upstream Activating Factor)を形成する.変異体を用いた解析から,UAFは,RNAポリメラーゼI(rDNAの転写に特化したRNA合成酵素)の転写活性化因子として機能するいっぽうで,RNAポリメラーゼII(一般的な遺伝子の転写を行うRNA合成酵素)で転写されるSIR2の転写を抑制することが明らかとなった.UAFは,適正なコピー数のrDNAをもつ細胞で,rDNAにのみ作用しrDNAの転写活性化を行っている.このとき,SIR2の発現は抑制されず,十分な量のSir2によってrDNAのコピー数が安定に維持される(図1図1■適正なrDNAコピー数を回復・維持する仕組み右).リピート内の相同組換えにより突発的にrDNAコピーの減少が起こると,rDNAに結合できずあぶれたUAFが,SIR2のプロモーター領域にも結合し,SIR2の転写を抑制しコピー数回復を促進する(図1図1■適正なrDNAコピー数を回復・維持する仕組み左).UAFの細胞内の量は,~150分子程度と,rDNAのコピー数によらず一定であり,rDNAに結合しコピー数を数える因子として適当な量で維持されている.実際に,ゲノム上のUAFの遺伝子を2倍,3倍と増やすと,適正なrDNAコピー数が150コピーから段階的に増加する.これらのことから,細胞内のUAFの分子数が適正なrDNAのコピー数を決めていることがわかった.このUAFを介した単純な負のフィードバック制御によって(図1図1■適正なrDNAコピー数を回復・維持する仕組み),150コピーというrDNAの適正コピー数の維持が行われ,「ゲノムの記憶」が形成されている(4)4) T. Iida & T. Kobayashi: Curr. Genet., 65, 883 (2019).

図1■適正なrDNAコピー数を回復・維持する仕組み

出芽酵母のrDNAリピートは,通常150コピーのrDNAユニットにより形成されている(右).各rDNAユニットは,18S, 5.8S, 25S rRNAをコードする領域が連なった35S-rDNAと,5S rRNAをコードする5S-rDNAがスペーサーによって仕切られた構造をとる(吹出し).UAFが結合する35S-rDNAプロモーターとDNA複製起点からなるスペーサーと,Fob1が結合しDSBが誘発される複製阻害点(Replication Fork Barrier; RFB)を含むスペーサーの二種類がrDNAを制御する.Sir2タンパク質は両スペーサーに作用することで,RNAポリメラーゼIIによる転写や異常な組換え反応を抑制している.適正なrDNAコピー数では,コピー数の変動を抑えるSIR2が十分に発現し,rDNAコピー数の変動が抑えられ安定に維持される(右).突発的な相同組換えによりrDNAのコピーを失うと(右→左),rDNAリピートからあぶれた35S-rDNAの転写活性化因子UAFがSIR2遺伝子の発現を抑制し,rDNAコピー増幅を促進し,rDNAコピー数の回復をはかる(左).コピー数が通常よりも多くなった細胞の場合,すべてのUAFはrDNAに結合しSir2が十分に発現するため,低コピーrDNAの細胞に比べて,コピー数は比較的安定に保たれると考えられる.詳細は本文参照.

細胞レベルの記憶といえば,発生過程の遺伝子発現制御などを担う,エピジェネティックな制御が思い浮かぶ.分子生物学の教科書によれば,エピジェネティックな制御を成立させる仕組みとして,DNAメチル化やヒストン修飾,発生を誘導する転写活性化因子による正のフィードバック制御や,プリオンタンパク質の伝播などが挙げられている(5)5) B. Alberts, A. Johnson, J. Lewis, D. Morgan, M. Raff, K. Roberts & P. Walter: “Molecular Biology of the Cell, 6th edition,” Garland Science, 2014, 413..しかし,古典的な遺伝学的解析は,転写因子UAFを介した単純な負のフィードバック制御による,「ゲノムの記憶」の分子機構を明らかにした.概日リズムなど,外部からの刺激に対してロバストな性質をもつ「記憶」は,単純な負のフィードバック制御で維持されている.rDNAのコピー数制御が,リボソーム合成制御の影響をほとんど受けないのは,単純な負のフィードバック制御によるせいかもしれない.本研究で用いたように,変異体を単離する古典的な遺伝学のアプローチは,摩訶不思議な生命現象を解き明かす“最強のアプローチ”であり,極めて単純で綺麗な結果を与えてくれる.今後も遺伝学的アプローチを駆使して,UAFを介した絶妙な転写抑制の分子機構を明らかにし,核小体を形成するrDNAとゲノムを制御する新しい分子機構の一例を提示できるよう研究を発展させたい.

Reference

1) T. Kobayashi: Cell. Mol. Life Sci., 68, 1395 (2011).

2) S. L. French, Y. N. Osheim, F. Cioci, M. Nomura & A. L. Beyer: Mol. Cell. Biol., 23, 1558 (2003).

3) T. Iida & T. Kobayashi: Mol. Cell, 73, 645 (2019).

4) T. Iida & T. Kobayashi: Curr. Genet., 65, 883 (2019).

5) B. Alberts, A. Johnson, J. Lewis, D. Morgan, M. Raff, K. Roberts & P. Walter: “Molecular Biology of the Cell, 6th edition,” Garland Science, 2014, 413.

*1リピート内の組換え反応では,コピー数の減少が主要な変化である.まれではあるが,リピート間や染色体(姉妹染色分体)間のずれた組換え反応では,コピー数が増加する場合も起こる.しかし,出芽酵母の変異体を用いた研究では,コピー数が通常よりも増加した場合,積極的にコピー数を減らす現象は観察されないことから,コピー数減少に対応した制御機構のみが存在していると考えられる(図1図1■適正なrDNAコピー数を回復・維持する仕組み説明).