Kagaku to Seibutsu 58(8): 453-460 (2020)
解説
酢酸菌におけるセルロースの合成セルロースナノファイバーを紡ぎ出す超精密ナノマシンの秘密に迫る
Cellulose Synthesis in an Acetic Acid Bacterium: Closing in on the Secret Behind an Ultra-Precision Nanomachine Spinning a Cellulose Nanofiber
Published: 2020-08-01
ある種の酢酸菌は,グルコースなどの糖を基質としてセルロースを合成する.セルロースは,ターミナルコンプレックス(TC)と呼ばれる細胞膜に局在する酵素複合体によって合成される.酢酸菌によって合成されるセルロースは,太さが50~100 nmであり,TCはナノファイバーを紡ぎ出す超精密なナノマシンであるといえる.酢酸菌のTCには少なくとも4つのサブユニット(CeSABCD)が含まれており,糖転移反応による重合,排出,繊維化,結晶化という非常に複雑な過程を司っている.本解説では,これら4つのサブユニットの構造・機能について,他のセルロース合成菌における最近の知見を含めて紹介する.
Key words: セルロースナノファイバー; ターミナルコンプレックス; 糖転移反応; 酢酸菌; ナタデココ
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
セルロースはグルコースがβ1,4グリコシド結合によって結合した直鎖状の高分子である.セルロースのほとんどは,細胞壁の一成分として植物によって作られており,その生産量は年間2千億トンともいわれている.セルロースは光合成によって大気中の二酸化炭素と水から作られる環境循環型の材料であり,そのまま衣類や紙として,またエステル,エーテルなどのさまざまな誘導体として,食品,医薬品,化粧品,建築材料など,身の回りのありとあらゆる製品に使われている.他方,ある種のバクテリアもセルロースを合成することが知られている.セルロース合成菌の中で最も古くから研究されているのが酢酸菌(Komagataeibacter=Gluconacetobacter)で(1)1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886).,デザートとして知られているナタデココは,ココナッツ水に酢酸菌を含むいくつかの微生物を入れて培養することによって作られている(図1図1■酢酸菌によるセルロース合成).
最近,ナノオーダーの繊維幅からなるナノセルロース(CNFあるいはNFC)が新規の機能性材料として注目されている.CNFは軽くて表面積が大きく強度が強いなどのさまざまな特長を有しており,樹脂補強材(フィラー)として広く研究されている.一般的にCNFはパルプを原料として,TEMPO酸化法(2)2) T. Saito, Y. Nishiyama, J.-L. Putaux, M. Vignon & A. Isogai: Biomacromolecules, 7, 1687 (2006).,グラインダー法(3)3) K. Abe & H. Yano: Cellulose, 16, 1017 (2009).,水中対向衝突法(4)4) R. Kose, I. Mitani, W. Kasai & T. Kondo: Biomacromolecules, 12, 716 (2011).,酸・酵素加水分解法などのさまざまな方法によってトップダウン的に調製され,それぞれの構造的特徴を活かした用途開発が全世界で精力的に行われている.一方,セルロース合成菌(酢酸菌)をカルボキシメチルセルロース(CMC)などの分散剤を添加した培地中で通気撹拌培養することによって,砂糖などの低分子バイオマスからボトムアップ的にCNF(NFBC)を調製することが可能である(5)5) S. Warashina, S. Kimura, M. Wada, S. Kuga: セルロース学会第17回年次大会講演要旨集,98 (2010)..小瀬・田島らはジャーファーメンターを用いたNFBCの大量調製法の開発に成功し(6)6) R. Kose, N. Sunagawa, M. Yoshida & K. Tajima: Cellulose, 20, 2971 (2013).,産業レベルでの大量生産,さまざまな産業用材料への利用を目指し,基礎研究(7, 8)7) K. Tajima, R. Kusumoto, R. Kose, H. Kono, T. Matsushima, T. Isono, T. Yamamoto & T. Satoh: Biomacromolecules, 18, 3432 (2017).8) K. Tajima, K. Tahara, J. Ohba, R. Kusumoto, R. Kose, H. Kono, T. Matsushima, K. Fushimi, T. Isono, T. Yamamoto et al.: Biomacromolecules, 21, 581 (2019).および企業との応用研究を進めている.
Brownらは,1986年に酢酸菌がセルロースを合成することを報告している(1)1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886)..また,最近のゲノム解析の結果,大腸菌,アグロバクテリウムなどを含むさまざまなバクテリアのゲノム中にセルロース合成に関係する遺伝子(cesAなど)が存在していることが確認されている(9~11)9) S. Kawano, K. Tajima, Y. Uemori, H. Yamashita, T. Erata, M. Munekata & M. Takai: DNA Res., 9, 149 (2002).10) N. Sunagawa, K. Tajima, M. Hosoda, S. Kawano, R. Kose, Y. Satoh, M. Yao & T. Dairi: Cellulose, 19, 1989 (2012).11) U. Römling & M. Y. Galperin: Trends Microbiol., 23, 545 (2015).(図2図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター).酢酸菌はその名のとおり,お酢の発酵生産に用いられるバクテリアであるが,セルロースを合成する菌として最も古くから研究されている(1)1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886)..酢酸菌は絶対好気性,グラム陰性の桿菌で,自然界においては果物の表面など,糖質が多く存在するところに生息している.実際,現在われわれがセルロースナノファイバーの生産に用いている酢酸菌(Gluconacetobacter intermedius)は北海道産のフルーツから取得されたものである(6)6) R. Kose, N. Sunagawa, M. Yoshida & K. Tajima: Cellulose, 20, 2971 (2013)..酢酸菌などのバクテリアによって合成されるセルロースは,バクテリアセルロース(BC)と呼ばれ,ナノファイバーからなるち密な3次元ネットワーク構造を有している(図1d図1■酢酸菌によるセルロース合成).酢酸菌によって合成されるBCの特徴として,以下のような点があげられる:(1)リグニン,ヘミセルロース不含,(2)微細繊維構造(太さ50~100 nm程度),(3)発達した3次元ネットワーク構造,(4)高い機械的強度(高ヤング率,高引張強度),(5)高い生分解性,(6)高い生体適合性,(7)高い保水性.これらのユニークな特徴を活かした応用例として(12)12) J. Wang, J. Tavakoli & Y. Tang: Carbohydr. Polym., 219, 63 (2019).,スピーカーの音響振動板,人工血管,創傷被覆材,UVカット材,高強度透明材料,表示デバイス,キャパシタなどがある.
酢酸菌(Gluconacetobacter)における糖の代謝経路を図3図3■酢酸菌(Gluconacetobacter)における糖の代謝経路(13)に示す(13)13) P. Ross, R. Mayer & M. Benziman: Microbiol. Rev., 55, 35 (1991)..酢酸菌では解糖系の上流で機能するフォスフォフラクトキナーゼの遺伝子が欠損しており,ピルビン酸はペントースリン酸経路などの別経路を経て供給されている.一方,菌体内に取り込まれたグルコースは,グルコース6リン酸,グルコース1リン酸,ウリジン2リン酸グルコース(UDPグルコース)と変換され,CeSAによる糖転移反応によってβ1,4グルカンが(セルロース分子)生成する.最終的にCeSAを含むセルロース合成酵素複合体の多量体で複数のグルカン鎖が束ねられ,サブエレメンタリーフィブリル(SEF)として菌体外に排出される.菌体の長軸に沿って線状に集積した酵素複合体TCで排出されたSEFがさらに集まることでミクロフィブリル,さらにミクロフィブリルが集まることで最終的に一本のリボンと呼ばれる繊維(太さ50~100 nm)が形成される(13)13) P. Ross, R. Mayer & M. Benziman: Microbiol. Rev., 55, 35 (1991).(図1c図1■酢酸菌によるセルロース合成).
植物を含め,すべてのセルロースは細胞膜に局在するTCによって合成される.TCは電子顕微鏡により細胞膜上に観察されるセルロース合成酵素の顆粒状構造のことを指し,セルロース繊維の末端に観察される複合体「ターミナルコンプレックス」として命名された.酢酸菌においては菌体長軸に沿って直線状に顆粒構造が並んだ「直線型」TCが観察される(14, 15)14) R. M. Brown Jr., J. H. M. Willison, and C. L. Richardson : Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 73, 4565 (1976).15) S. Kimura, H. P. Chen, I. M. Saxena, R. M. Brown Jr. & T. Itoh: J. Bacteriol., 183, 5668 (2001).(図1c図1■酢酸菌によるセルロース合成).
セルロース合成酵素をコードする遺伝子群は,1990年にWongら(16)16) H. C. Wong, A. L. Fear, R. D. Calhoon, G. H. Eichinger, R. Mayer, D. Amikam, M. Benziman, D. H. Gelfand, J. H. Meade & A. W. Emerick: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 8130 (1990).およびSaxenaら(17)17) I. M. Saxena, F. C. Lin & R. M. Brown Jr.: Plant Mol. Biol., 15, 673 (1990).によって初めて報告された.これらの報告によって,酢酸菌のTCには少なくとも4つのサブユニットCeSABCDが含まれている可能性が示唆され,CeSAの相同性検索によって,植物におけるセルロース合成酵素も同定されるに至った.酢酸菌において,cesABCDはオペロン(CeSオペロン)を形成しており,1994年にエンドグルカナーゼ(CMCax)遺伝子およびCellulose complementing factor(Ccp)遺伝子(18)18) R. Standal, T. G. Iversen, D. H. Coucheron, E. Fjaervik, J. M. Blatny & S. Valla: J. Bacteriol., 176, 665 (1994).,1997年にβグルコシダーゼ遺伝子がそれぞれクローニングされ(19)19) N. Tonouchi, N. Tahara, Y. Kojima, T. Nakai, F. Sakai, T. Hayashi, T. Tsuchida & F. Yoshinaga: Biosci. Biotechnol. Biochem., 61, 1789 (1997).,これらは何れもCeSオペロンとクラスターを形成していることがわかった(図2図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター).以上のサブユニットのうち,TCに存在する直接の証拠が現在までに示されたのはCeSA(20)20) S. Sun, T. Imai, J. Sugiyama & S. Kimura: Cellulose, 24, 2017 (2017).,CeSB(15, 20)15) S. Kimura, H. P. Chen, I. M. Saxena, R. M. Brown Jr. & T. Itoh: J. Bacteriol., 183, 5668 (2001).20) S. Sun, T. Imai, J. Sugiyama & S. Kimura: Cellulose, 24, 2017 (2017).,CeSD(20, 21)20) S. Sun, T. Imai, J. Sugiyama & S. Kimura: Cellulose, 24, 2017 (2017).21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013).,Ccp(21)21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013).の4つである.
以下に,酢酸菌のセルロース合成において重要な役割を果たしていると推定されているこれらのタンパク質の機能,構造について,他のセルロース合成菌の知見も含めて記載する.
CeSAは,グリコシルトランスフェラーゼ・ファミリー2(GT-2)ドメイン,PilZドメイン,8個の膜貫通ドメイン(Transmembrane helix)を含む膜タンパク質であり,内膜に存在する糖転移酵素の一種である.Morganらは,2013年にRhodobacter spheroids(R. spheroids)由来の組換えCeSAB複合体の立体構造を報告した(22)22) J. L. W. Morgan, J. Strumillo & J. Zimmer: Nature, 493, 181 (2013).(図4図4■RhodobacterにおけるCeSABの立体構造(22)).この報告によって,UDPグルコース由来のグルコース残基が一つずつグルカン鎖の非還元末端に追加されることによって伸長が起こっていることが明らかとなった.また,CeSAにはβグリコシルトランスフェラーゼに保存されているD, D, D, QXXRWモチーフが存在しており(23)23) I. M. Saxena & R. M. Brown Jr.: Cellulose, 4, 33 (1997).,QXXRWモチーフ中のトリプトファン残基が伸長しているグルカン鎖の非還元末端と相互作用していることがわかった(22)22) J. L. W. Morgan, J. Strumillo & J. Zimmer: Nature, 493, 181 (2013)..Phyre2(http://www.sbg.bio.ic.ac.uk/~phyre2/html/page.cgi?id=index)を用いてGluconacetobacter hansenii(G. hansenii)ATC C2376由来CeSAのモデリングを行ったところ,高次構造はR. spheroids由来のCeSAとかなり類似していることが示唆された.さらに,MorganらはPilZドメインにbis-(3′-5′)-サイクリックグアノシン一リン酸(c-di-GMP)の二量体(セルロース合成のアクティベーター)が結合することによってGating loopが大きく移動し,これによって基質であるUDPグルコースが活性部位にアクセス可能になることを報告している(24)24) J. L. W. Morgan, J. T. McNamara & J. Zimmer: Nat. Struct. Mol. Biol., 21, 489 (2014)..2013年に藤原らによって報告されたG. hansenii ATC C2376由来PilZ(25)25) T. Fujiwara, K. Komoda, N. Sakurai, K. Tajima, I. Tanaka & M. Yao: Biochem. Biophys. Res. Commun., 431, 802 (2013).とR. spheroids由来PilZにも類似性が見られたことから(図5図5■PilZドメインの重ね合わせ),G. hanseniiにおいても同様なメカニズムによってセルロース合成が制御されていると考えられる.