解説

酢酸菌におけるセルロースの合成セルロースナノファイバーを紡ぎ出す超精密ナノマシンの秘密に迫る

Cellulose Synthesis in an Acetic Acid Bacterium: Closing in on the Secret Behind an Ultra-Precision Nanomachine Spinning a Cellulose Nanofiber

田島 健次

Kenji Tajima

北海道大学大学院工学研究院応用化学部門高分子化学研究室

今井 友也

Tomoya Imai

京都大学生存圏研究所バイオマス形態情報分野

Min Yao

北海道大学大学院先端生命科学研究院先端融合科学研究部門X線構造生物学分野

Published: 2020-08-01

ある種の酢酸菌は,グルコースなどの糖を基質としてセルロースを合成する.セルロースは,ターミナルコンプレックス(TC)と呼ばれる細胞膜に局在する酵素複合体によって合成される.酢酸菌によって合成されるセルロースは,太さが50~100 nmであり,TCはナノファイバーを紡ぎ出す超精密なナノマシンであるといえる.酢酸菌のTCには少なくとも4つのサブユニット(CeSABCD)が含まれており,糖転移反応による重合,排出,繊維化,結晶化という非常に複雑な過程を司っている.本解説では,これら4つのサブユニットの構造・機能について,他のセルロース合成菌における最近の知見を含めて紹介する.

Key words: セルロースナノファイバー; ターミナルコンプレックス; 糖転移反応; 酢酸菌; ナタデココ

はじめに

セルロースはグルコースがβ1,4グリコシド結合によって結合した直鎖状の高分子である.セルロースのほとんどは,細胞壁の一成分として植物によって作られており,その生産量は年間2千億トンともいわれている.セルロースは光合成によって大気中の二酸化炭素と水から作られる環境循環型の材料であり,そのまま衣類や紙として,またエステル,エーテルなどのさまざまな誘導体として,食品,医薬品,化粧品,建築材料など,身の回りのありとあらゆる製品に使われている.他方,ある種のバクテリアもセルロースを合成することが知られている.セルロース合成菌の中で最も古くから研究されているのが酢酸菌(KomagataeibacterGluconacetobacter)で(1)1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886).,デザートとして知られているナタデココは,ココナッツ水に酢酸菌を含むいくつかの微生物を入れて培養することによって作られている(図1図1■酢酸菌によるセルロース合成).

図1■酢酸菌によるセルロース合成

a: セルロースナノファイバー(リボン)を分泌している酢酸菌のTEM観察像,b: ナタデココ,c: TCの配列と階層的な繊維(リボン)の形成過程,d: ナタデココのSEM観察像

セルロースナノファイバー(ナノフィブリル化セルロース)

最近,ナノオーダーの繊維幅からなるナノセルロース(CNFあるいはNFC)が新規の機能性材料として注目されている.CNFは軽くて表面積が大きく強度が強いなどのさまざまな特長を有しており,樹脂補強材(フィラー)として広く研究されている.一般的にCNFはパルプを原料として,TEMPO酸化法(2)2) T. Saito, Y. Nishiyama, J.-L. Putaux, M. Vignon & A. Isogai: Biomacromolecules, 7, 1687 (2006).,グラインダー法(3)3) K. Abe & H. Yano: Cellulose, 16, 1017 (2009).,水中対向衝突法(4)4) R. Kose, I. Mitani, W. Kasai & T. Kondo: Biomacromolecules, 12, 716 (2011).,酸・酵素加水分解法などのさまざまな方法によってトップダウン的に調製され,それぞれの構造的特徴を活かした用途開発が全世界で精力的に行われている.一方,セルロース合成菌(酢酸菌)をカルボキシメチルセルロース(CMC)などの分散剤を添加した培地中で通気撹拌培養することによって,砂糖などの低分子バイオマスからボトムアップ的にCNF(NFBC)を調製することが可能である(5)5) S. Warashina, S. Kimura, M. Wada, S. Kuga: セルロース学会第17回年次大会講演要旨集,98 (2010)..小瀬・田島らはジャーファーメンターを用いたNFBCの大量調製法の開発に成功し(6)6) R. Kose, N. Sunagawa, M. Yoshida & K. Tajima: Cellulose, 20, 2971 (2013).,産業レベルでの大量生産,さまざまな産業用材料への利用を目指し,基礎研究(7, 8)7) K. Tajima, R. Kusumoto, R. Kose, H. Kono, T. Matsushima, T. Isono, T. Yamamoto & T. Satoh: Biomacromolecules, 18, 3432 (2017).8) K. Tajima, K. Tahara, J. Ohba, R. Kusumoto, R. Kose, H. Kono, T. Matsushima, K. Fushimi, T. Isono, T. Yamamoto et al.: Biomacromolecules, 21, 581 (2019).および企業との応用研究を進めている.

バクテリアセルロース(BC)

Brownらは,1986年に酢酸菌がセルロースを合成することを報告している(1)1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886)..また,最近のゲノム解析の結果,大腸菌,アグロバクテリウムなどを含むさまざまなバクテリアのゲノム中にセルロース合成に関係する遺伝子(cesAなど)が存在していることが確認されている(9~11)9) S. Kawano, K. Tajima, Y. Uemori, H. Yamashita, T. Erata, M. Munekata & M. Takai: DNA Res., 9, 149 (2002).10) N. Sunagawa, K. Tajima, M. Hosoda, S. Kawano, R. Kose, Y. Satoh, M. Yao & T. Dairi: Cellulose, 19, 1989 (2012).11) U. Römling & M. Y. Galperin: Trends Microbiol., 23, 545 (2015).図2図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター).酢酸菌はその名のとおり,お酢の発酵生産に用いられるバクテリアであるが,セルロースを合成する菌として最も古くから研究されている(1)1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886)..酢酸菌は絶対好気性,グラム陰性の桿菌で,自然界においては果物の表面など,糖質が多く存在するところに生息している.実際,現在われわれがセルロースナノファイバーの生産に用いている酢酸菌(Gluconacetobacter intermedius)は北海道産のフルーツから取得されたものである(6)6) R. Kose, N. Sunagawa, M. Yoshida & K. Tajima: Cellulose, 20, 2971 (2013)..酢酸菌などのバクテリアによって合成されるセルロースは,バクテリアセルロース(BC)と呼ばれ,ナノファイバーからなるち密な3次元ネットワーク構造を有している(図1d図1■酢酸菌によるセルロース合成).酢酸菌によって合成されるBCの特徴として,以下のような点があげられる:(1)リグニン,ヘミセルロース不含,(2)微細繊維構造(太さ50~100 nm程度),(3)発達した3次元ネットワーク構造,(4)高い機械的強度(高ヤング率,高引張強度),(5)高い生分解性,(6)高い生体適合性,(7)高い保水性.これらのユニークな特徴を活かした応用例として(12)12) J. Wang, J. Tavakoli & Y. Tang: Carbohydr. Polym., 219, 63 (2019).,スピーカーの音響振動板,人工血管,創傷被覆材,UVカット材,高強度透明材料,表示デバイス,キャパシタなどがある.

図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター

酢酸菌におけるセルロース合成

酢酸菌(Gluconacetobacter)における糖の代謝経路を図3図3■酢酸菌(Gluconacetobacter)における糖の代謝経路13)に示す(13)13) P. Ross, R. Mayer & M. Benziman: Microbiol. Rev., 55, 35 (1991)..酢酸菌では解糖系の上流で機能するフォスフォフラクトキナーゼの遺伝子が欠損しており,ピルビン酸はペントースリン酸経路などの別経路を経て供給されている.一方,菌体内に取り込まれたグルコースは,グルコース6リン酸,グルコース1リン酸,ウリジン2リン酸グルコース(UDPグルコース)と変換され,CeSAによる糖転移反応によってβ1,4グルカンが(セルロース分子)生成する.最終的にCeSAを含むセルロース合成酵素複合体の多量体で複数のグルカン鎖が束ねられ,サブエレメンタリーフィブリル(SEF)として菌体外に排出される.菌体の長軸に沿って線状に集積した酵素複合体TCで排出されたSEFがさらに集まることでミクロフィブリル,さらにミクロフィブリルが集まることで最終的に一本のリボンと呼ばれる繊維(太さ50~100 nm)が形成される(13)13) P. Ross, R. Mayer & M. Benziman: Microbiol. Rev., 55, 35 (1991).図1c図1■酢酸菌によるセルロース合成).

図3■酢酸菌(Gluconacetobacter)における糖の代謝経路13)

セルロース合成酵素複合体(ターミナルコンプレックス=TC)

植物を含め,すべてのセルロースは細胞膜に局在するTCによって合成される.TCは電子顕微鏡により細胞膜上に観察されるセルロース合成酵素の顆粒状構造のことを指し,セルロース繊維の末端に観察される複合体「ターミナルコンプレックス」として命名された.酢酸菌においては菌体長軸に沿って直線状に顆粒構造が並んだ「直線型」TCが観察される(14, 15)14) R. M. Brown Jr., J. H. M. Willison, and C. L. Richardson : Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 73, 4565 (1976).15) S. Kimura, H. P. Chen, I. M. Saxena, R. M. Brown Jr. & T. Itoh: J. Bacteriol., 183, 5668 (2001).図1c図1■酢酸菌によるセルロース合成).

セルロース合成酵素をコードする遺伝子群は,1990年にWongら(16)16) H. C. Wong, A. L. Fear, R. D. Calhoon, G. H. Eichinger, R. Mayer, D. Amikam, M. Benziman, D. H. Gelfand, J. H. Meade & A. W. Emerick: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 8130 (1990).およびSaxenaら(17)17) I. M. Saxena, F. C. Lin & R. M. Brown Jr.: Plant Mol. Biol., 15, 673 (1990).によって初めて報告された.これらの報告によって,酢酸菌のTCには少なくとも4つのサブユニットCeSABCDが含まれている可能性が示唆され,CeSAの相同性検索によって,植物におけるセルロース合成酵素も同定されるに至った.酢酸菌において,cesABCDはオペロン(CeSオペロン)を形成しており,1994年にエンドグルカナーゼ(CMCax)遺伝子およびCellulose complementing factor(Ccp)遺伝子(18)18) R. Standal, T. G. Iversen, D. H. Coucheron, E. Fjaervik, J. M. Blatny & S. Valla: J. Bacteriol., 176, 665 (1994).,1997年にβグルコシダーゼ遺伝子がそれぞれクローニングされ(19)19) N. Tonouchi, N. Tahara, Y. Kojima, T. Nakai, F. Sakai, T. Hayashi, T. Tsuchida & F. Yoshinaga: Biosci. Biotechnol. Biochem., 61, 1789 (1997).,これらは何れもCeSオペロンとクラスターを形成していることがわかった(図2図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター).以上のサブユニットのうち,TCに存在する直接の証拠が現在までに示されたのはCeSA(20)20) S. Sun, T. Imai, J. Sugiyama & S. Kimura: Cellulose, 24, 2017 (2017).,CeSB(15, 20)15) S. Kimura, H. P. Chen, I. M. Saxena, R. M. Brown Jr. & T. Itoh: J. Bacteriol., 183, 5668 (2001).20) S. Sun, T. Imai, J. Sugiyama & S. Kimura: Cellulose, 24, 2017 (2017).,CeSD(20, 21)20) S. Sun, T. Imai, J. Sugiyama & S. Kimura: Cellulose, 24, 2017 (2017).21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013).,Ccp(21)21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013).の4つである.

以下に,酢酸菌のセルロース合成において重要な役割を果たしていると推定されているこれらのタンパク質の機能,構造について,他のセルロース合成菌の知見も含めて記載する.

TCサブユニット:CeSAB

CeSAは,グリコシルトランスフェラーゼ・ファミリー2(GT-2)ドメイン,PilZドメイン,8個の膜貫通ドメイン(Transmembrane helix)を含む膜タンパク質であり,内膜に存在する糖転移酵素の一種である.Morganらは,2013年にRhodobacter spheroidsR. spheroids)由来の組換えCeSAB複合体の立体構造を報告した(22)22) J. L. W. Morgan, J. Strumillo & J. Zimmer: Nature, 493, 181 (2013).図4図4■RhodobacterにおけるCeSABの立体構造22)).この報告によって,UDPグルコース由来のグルコース残基が一つずつグルカン鎖の非還元末端に追加されることによって伸長が起こっていることが明らかとなった.また,CeSAにはβグリコシルトランスフェラーゼに保存されているD, D, D, QXXRWモチーフが存在しており(23)23) I. M. Saxena & R. M. Brown Jr.: Cellulose, 4, 33 (1997).,QXXRWモチーフ中のトリプトファン残基が伸長しているグルカン鎖の非還元末端と相互作用していることがわかった(22)22) J. L. W. Morgan, J. Strumillo & J. Zimmer: Nature, 493, 181 (2013)..Phyre2(http://www.sbg.bio.ic.ac.uk/~phyre2/html/page.cgi?id=index)を用いてGluconacetobacter hanseniiG. hansenii)ATC C2376由来CeSAのモデリングを行ったところ,高次構造はR. spheroids由来のCeSAとかなり類似していることが示唆された.さらに,MorganらはPilZドメインにbis-(3′-5′)-サイクリックグアノシン一リン酸(c-di-GMP)の二量体(セルロース合成のアクティベーター)が結合することによってGating loopが大きく移動し,これによって基質であるUDPグルコースが活性部位にアクセス可能になることを報告している(24)24) J. L. W. Morgan, J. T. McNamara & J. Zimmer: Nat. Struct. Mol. Biol., 21, 489 (2014)..2013年に藤原らによって報告されたG. hansenii ATC C2376由来PilZ(25)25) T. Fujiwara, K. Komoda, N. Sakurai, K. Tajima, I. Tanaka & M. Yao: Biochem. Biophys. Res. Commun., 431, 802 (2013).R. spheroids由来PilZにも類似性が見られたことから(図5図5■PilZドメインの重ね合わせ),G. hanseniiにおいても同様なメカニズムによってセルロース合成が制御されていると考えられる.

図4■RhodobacterにおけるCeSABの立体構造22)

CeSBはBcsBドメイン(機能未知)とC末端側に一つ膜貫通領域が存在しており,2つのセルロース結合ドメイン(CBD1・2)と2つのフラボドキシン様のドメイン(FD1・2)からなっている(22)22) J. L. W. Morgan, J. Strumillo & J. Zimmer: Nature, 493, 181 (2013).図4図4■RhodobacterにおけるCeSABの立体構造22)では伸長しているグルカン鎖が折れ曲がってCeSBの外側に伸びているが,本来はCeSBの内側を通って外膜のほうに移動するトランスロケーションに関与していると推定されている(22)22) J. L. W. Morgan, J. Strumillo & J. Zimmer: Nature, 493, 181 (2013).

TCサブユニット:CeSC

CeSCはCeSオペロンによってコードされているタンパク質の中で最も大きく(約130 kDa),N末端側にテトラトリコペプチドリピート(TPR),C末端側にBcsCドメインが存在している.CeSBと同様に遺伝子欠損によってin vivoにおけるセルロース合成能が欠失することから,酢酸菌におけるセルロース合成に必須のタンパク質であることがわかっている(26)26) I. M. Saxena, K. Kudlicka, K. Okuda & R. M. Brown Jr.: J. Bacteriol., 176, 5735 (1994)..最近,Achesonらは,Escherichia coliE. coli)由来BcsC(=CeSC)の立体構造解析に成功した(27)27) J. F. Acheson, Z. S. Derewenda & J. Zimmer: Structure, 27, 1855 (2019)..Phyre2を用いてG. hansenii由来CeSCのモデリングを行ったところ,高次構造はE. coli由来のCeSCと類似していることが示唆された(図6図6■CeSCの重ね合わせ,緑:E. coli27),白:G. hansenii).CeSCは外膜に局在し,E. coliでは6位がフォスフォエタノールアミン修飾されたグルカン鎖1本がβバレルによって形成されるトンネルを通過して菌体外に排出されていると推定されている(27)27) J. F. Acheson, Z. S. Derewenda & J. Zimmer: Structure, 27, 1855 (2019)..一方,G. hanseniiでは,太さ約1.5 nmのサブエレメンタリーミクロフィブリルとして排出されていることが電子顕微鏡などによって観察されており(13)13) P. Ross, R. Mayer & M. Benziman: Microbiol. Rev., 55, 35 (1991).,後述するCeSDの存在も含めてCeSCの配置や分泌機構には差異があると推定される.

図6■CeSCの重ね合わせ,緑:E. coli27),白:G. hansenii

C末端側にあるTPRは,ターン構造でつながれた2本の逆並行αヘリックスで構成され,これらは互いにスタックし,分子全体としては時計回りの超らせん構造をとっている(28)28) L. D. D’Andrea & L. Regan: Trends Biochem. Sci., 28, 655 (2003).図7図7■Enterobacter CJF-002由来CeSC-TPR(N6)の構造29)Enterobacter CJF-002由来CeSCのTPRである(29)29) S. Nojima, A. Fujishima, K. Kato, K. Ohuchi, N. Shimizu, K. Yonezawa, K. Tajima & M. Yao: Sci. Rep., 7, 13018 (2017)..α5とα6の間にあるヒンジ(ターン構造)によってC末端側の部分が動くことができ,これがグルカン鎖の排出に関与している可能性が示唆されている(30)30) S. Q. Hu, Y. G. Gao, K. Tajima, N. Sunagawa, Y. Zhou, S. Kawano, T. Fujiwara, T. Yoda, D. Shimura, Y. Satoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 17957 (2010).

図7■Enterobacter CJF-002由来CeSC-TPR(N6)の構造29)

TCサブユニット:CeSD

CeSDの遺伝子はCeSオペロンの一番下流側に存在し,分子量は約17 kDaと最も小さい.CeSDのアミノ酸配列は,これまで機能が知られているタンパク質とほとんど相同性がなく,その機能については全くわかっていなかった.Huらは,大腸菌組換え株を使ってCeSDを調製し,X線結晶構造解析によってその構造を決定した(30)30) S. Q. Hu, Y. G. Gao, K. Tajima, N. Sunagawa, Y. Zhou, S. Kawano, T. Fujiwara, T. Yoda, D. Shimura, Y. Satoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 17957 (2010)..CeSDには5つのαヘリックスが存在しており,八量体(オクタマー)で環状構造を形成していることがわかった(図8図8■CeSD(オクタマー)の構造30)).各サブユニットのN末端はすべて環の内側に存在し,それらによって4つのトンネル構造が形成されている(30)30) S. Q. Hu, Y. G. Gao, K. Tajima, N. Sunagawa, Y. Zhou, S. Kawano, T. Fujiwara, T. Yoda, D. Shimura, Y. Satoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 17957 (2010)..このトンネルをグルカン鎖が通っている可能性を検証するために,グルカン鎖のモデル化合物であるセロペンタオースとの共結晶化を行った.その結果,環内側の4つのトンネルに一つずつのセロペンタースが配置していることが確認された(30)30) S. Q. Hu, Y. G. Gao, K. Tajima, N. Sunagawa, Y. Zhou, S. Kawano, T. Fujiwara, T. Yoda, D. Shimura, Y. Satoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 17957 (2010)..またcesD遺伝子欠損株(DBCD)においてN末端をさまざまな長さで欠損したCeSDを発現することによって,セルロース合成における環状構造内部のN末端によって形成されるトンネル構造の関与を検証した.その結果,N末端によって形成されるトンネル構造が消失することによって,DBCDほどではないもののセルロース収量がかなり低下することが判明し,このトンネル構造がセルロースの効率的な合成において重要な役割を果たしていることが確認された(30)30) S. Q. Hu, Y. G. Gao, K. Tajima, N. Sunagawa, Y. Zhou, S. Kawano, T. Fujiwara, T. Yoda, D. Shimura, Y. Satoh et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 17957 (2010)..CeSDはセルロース合成菌のなかでも酢酸菌を含むいくつかのバクテリアにしか存在していないTCサブユニットである.上述のように酢酸菌では合成されたグルカン鎖は,階層的に集積していくことによって最終的に一本のセルロース繊維(リボン)が形成される(図1c図1■酢酸菌によるセルロース合成).この構造は大腸菌などCeSDをもっていないバクテリアによって合成されるセルロースと大きく異なっており,TCの構造と繊維形成メカニズムにおける相関関係に興味がもたれる.

図8■CeSD(オクタマー)の構造30)

その他の関連タンパク質:エンドグルカナーゼ(CMCax),Cellulose complementing factor(Ccp),βグルコシダーゼ(Bgl)

cmcax遺伝子は,ccp遺伝子とともにCeSオペロンの上流側に存在している(18)18) R. Standal, T. G. Iversen, D. H. Coucheron, E. Fjaervik, J. M. Blatny & S. Valla: J. Bacteriol., 176, 665 (1994).図2図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター).CMCaxはグルカン鎖を加水分解して低分子量化するendo型のグルカナーゼで,GycosylhydrolaseのFamily 8(GH-8)に分類される.CMCaxは(α/α)6のバレル構造を有しており,基質を補足して加水分解を行うクレフトには−3~+2までの5つのサブサイトが存在していた(31)31) Y. Yasutake, S. Kawano, K. Tajima, M. Yao, Y. Satoh, M. Munekata & I. Tanaka: Proteins, 64, 1069 (2006)..また,抗CMCax抗体を用いた免疫染色・TEM観察の結果,CMCaxは培地中だけでなく菌体表面に存在してることが確認された(31)31) Y. Yasutake, S. Kawano, K. Tajima, M. Yao, Y. Satoh, M. Munekata & I. Tanaka: Proteins, 64, 1069 (2006)..中井らはcmcax遺伝子欠損酢酸菌において,セルロース収量が顕著に減少することと,野生株によって合成されるリボンに比べて極端にねじれていることを報告している(32)32) T. Nakai, Y. Sugano, M. Shoda, H. Sakakibara, K. Oiwa, S. Tuzi, T. Imai, J. Sugiyama, M. Takeuchi, D. Yamauchi et al.: J. Bacteriol., 195, 958 (2013)..これらの結果から,CMCaxは乱れた構造を形成しているグルカン鎖を切断することによって歪を解消し,リボン形成を円滑にする機能を果たしていることが推定されている(32)32) T. Nakai, Y. Sugano, M. Shoda, H. Sakakibara, K. Oiwa, S. Tuzi, T. Imai, J. Sugiyama, M. Takeuchi, D. Yamauchi et al.: J. Bacteriol., 195, 958 (2013).

Ccpは酢酸菌のセルロース合成に必須のタンパク質であり,遺伝子の欠損によってセルロース合成は全く行われなくなる(18)18) R. Standal, T. G. Iversen, D. H. Coucheron, E. Fjaervik, J. M. Blatny & S. Valla: J. Bacteriol., 176, 665 (1994)..砂川らはCcpを蛍光タンパク質(EGFP)でラベルして融合タンパク質を形成し,これをccp遺伝子欠損株で発現させることによって,セルロース合成能の回復とCcpの局在性の確認を行った(21)21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013)..その結果,相補株においてセルロース合成能は回復し,蛍光顕微鏡観察の結果から,CcpはTCと同様に菌体の長軸に沿って直線的に存在していることが確認された(21)21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013)..また,TCのサブユニットの一つであるCeSDとの直接的な相互作用を有していることをプルダウンアッセイによって確認し,Ccpが酢酸菌におけるTCのメンバーであることを提案した(21)21) N. Sunagawa, T. Fujiwara, T. Yoda, S. Kawano, Y. Satoh, M. Yao, K. Tajima & T. Dairi: J. Biosci. Bioeng., 115, 607 (2013)..現在までのところCcpの詳細な機能は明らかとなっていないが,これも酢酸菌など一部のセルロース合成菌にしか存在していないタンパク質であり,CeSDとの相互作用を有していることから,CeSDと協働してセルロース合成に関与していると推測している.

βグルコシダーゼ遺伝子(bgl)は,CeSオペロン下流に位置している(図2図2■さまざまなバクテリアにおけるセルロース合成関連遺伝子クラスター).BglはGycosylhydrolaseのFamily 3(GH-3)に分類され,セロオリゴ糖を用いた加水分解試験の結果から,セロトリオース以上のセロオリゴ糖を末端から加水分解するexo型の加水分解酵素であることが知られている(33)33) N. Tahara, N. Tonouchi, H. Yano & F. Yoshinaga: J. Biosci. Bioeng., 85, 589 (1998)..また,Bglは条件によって糖転移反応を触媒し,さまざまなβグリコシド二糖を生成することがわかっている(34)34) S. Kawano, K. Tajima, H. Kono, Y. Numata, H. Yamashita, Y. Satoh & M. Munekata: J. Biosci. Bioeng., 106, 88 (2008)..これらの内,グルコースがβ1,6結合したゲンチオビオースにはCMCaxの発現誘導活性があることが報告されており,2つの遺伝子発現の継時変化から,BglとCMCaxが協働して培養後期におけるセルロース合成の制御に関与している可能性が示唆されている(34)34) S. Kawano, K. Tajima, H. Kono, Y. Numata, H. Yamashita, Y. Satoh & M. Munekata: J. Biosci. Bioeng., 106, 88 (2008).

おわりに

セルロースのほとんどは植物によって合成されるが,バクテリアも含めてその合成機構にはまだ不明な点が残されている.現在われわれは,酢酸菌由来TCの構造・機能解析を進めている.今後,酢酸菌におけるTCの全体構造を解明することによって,ナノファイバーを紡ぎ出す超精密なナノマシンの秘密を明らかにし,それらの知見をバクテリアを用いたセルロースの大量調製やin vitro合成(化学合成を含む)に活用していきたいと考えている.

Acknowledgments

この総説には多くの先生方,卒業生との共同研究の成果が含まれています:高井光男,棟方正信,田中 勲,大利 徹,天野良彦,湯井敏文,佐藤敏文,恵良田知樹,大久保賢二,甲野裕之,五十嵐圭日子,河野 信,山本拓矢,沼田ゆかり,佐藤康治,水野正浩,小瀬亮太,磯野拓也,宇都卓也,山下ひとみ,樋口 恵,伊勢香織,志村大輔,依田貴範,酒井麻衣子,砂川直輝,細田真梨子,吉田誠,松田恵利子,藤原孝彰,S.-Q. Hu, Y.-G. Gao, Y. Zhou, 野島慎五,大内香予子(敬称略,順不同).関係の皆様方に厚く御礼申し上げます.

Reference

1) A. J. Brown: J. Chem. Soc., 49, 432 (1886).

2) T. Saito, Y. Nishiyama, J.-L. Putaux, M. Vignon & A. Isogai: Biomacromolecules, 7, 1687 (2006).

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