Kagaku to Seibutsu 58(8): 461-468 (2020)
解説
宿主特異性がもたらす根粒共生の多様性マメ科植物と根粒菌のさまざまな共生相互作用因子
Diversity of Symbiotic Nodulation by Host Specificity: Various Symbiotic Factors between Legume and Rhizobia
Published: 2020-08-01
マメ科植物と土壌細菌の一種である根粒菌は,双方が保有する因子を介した分子間相互作用により,宿主植物に根粒を形成することで,互いが有益となる相利共生を成立させる.この共生相互作用は,宿主範囲が限定された宿主特異性が存在し,特定の共生相手との間のみで行われる.この宿主特異性は狭小であり,双方間の“好み”を決定するメカニズムは多岐にわたっている.そこで本稿では,この根粒共生相互作用における共生因子を紹介するとともに,宿主特異性の分子機構の一端を具体的な例を挙げながら植物側と根粒菌側の双方から解説する.
Key words: マメ科植物; 根粒菌; 根粒; 宿主特異性; 共生相互作用
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
外を歩けば堤防沿いに生えるシロツメクサやカラスノエンドウなど,さまざまなマメ科植物を簡単に見つけることができる.普段何気なく見ているこれらのマメ科植物の『根』に注目すると,必ずと言って良いほど小さなコブ状の組織を観察することができ,われわれはこの特徴的な組織を根粒と呼んでいる(図1図1■マメ科植物と根粒菌の共生相互作用によって形成される根粒).読者の皆さんには,外を歩いているだけでは見ることができない植物の根や根粒を散歩がてらに観察してもらいたい.図1図1■マメ科植物と根粒菌の共生相互作用によって形成される根粒に示したように,根粒の中には無数の根粒菌が生育し,この根粒菌が大気中の窒素をアンモニアに固定して植物へ提供する.一方で宿主となる植物は,根粒菌が必要とするエネルギー源を光合成によって得られた産物で供給する.このように両者は,窒素(N)と炭素(C)の交換により相利共生が成立する.
(A)発芽したマメ科植物に親和性のある根粒菌を接種すると1~2週間ほどで根粒が観察される.赤矢印は,根粒形成部位を示す.(B)ミヤコグサの根粒.(C)蛍光DsRedで標識した根粒菌を接種時の根粒切片.根粒細胞内に無数の根粒菌が生存していることが観察される.(D)蛍光DsRedで標識した根粒菌の感染糸を示す.
窒素は,植物が生育するのに必須なDNA(RNA)やアミノ酸,そして光合成に必須なクロロフィルを構成する元素の一つである.通常の植物は,窒素源をアンモニウムイオンや硝酸イオンの形態で土壌から吸収することを可能としている一方,大気の約80%を占める窒素分子(N2)は三重結合で安定した構造を保つためこれを利用することができない.しかしながら,マメ科植物は,共生微生物である根粒菌を介してこの窒素分子を反応性が高い窒素化合物に固定して利用することを可能とする.
根粒共生の過程では,宿主植物と根粒菌との間でさまざまな因子を介した相互作用が行われ,これらの相互作用をすべてクリアすることで共生関係が成立する.すなわち,さまざまな相互作用の結果が宿主特異性に直結していると言える.次の項からは,マメ科植物と根粒菌との相互作用の分子メカニズムや,これに伴う宿主特異性の機構を共生過程の順に追って説明する.このような相互作用の解説では,宿主となる植物側の話や根粒菌側の話,そして双方の話など,視点が複数にわかれてしまうので,読者には混同しないように注意していただきたい.
被子植物の一部に分類されるマメ科植物は,草本から木本まで幅広く751属19,500種で形成された一大群衆であり,これらの多くは先に挙げたように根粒を形成している(1)1) Phylogeny, Legume Group, Working: Taxon, 62, 217 (2013)..一方,共生相互作用を可能とする土壌細菌の根粒菌は,Rhizobium属,Bradyrhizobium属,Mesorhizobium属,Sinorhizobium(Ensifer)属, Azorhizobium属,Methylobacterium属,Burkholderia属,やCupriavidus属などが分離されている.このように,多属のマメ科植物と根粒菌が存在するなかで,分子間相互作用を行いながら根粒形成を可能とするペアは限られている(2)2) M. Andrews & M. E. Andrews: Int. J. Mol. Sci., 18, 705 (2017)..たとえば表1表1■マメ科植物に共生可能な根粒菌にも示したように,ダイズ(Glycine max),アズキ(Vigna angularis)やシロツメクサ(Trifolium repens)などは,Bradyrhizobium属,Sinorhizobium(Ensifer)属やRhizobium属と,エンドウ(Pisum sativum)は, Rhizobium属と,タルウマゴヤシ(Medicago truncatula)は, Sinorhizobium(Ensifer)属と,ミヤコグサ(Lotus japonicus)は,Mesorhizobium属と,そして,オジギソウ(Mimosa pudica)は, Bradyrhizobium属,Burkholderia属,Cupriavidus属やRhizobium属などと共生することが可能である.このように,マメ科植物が共生することを可能にする根粒菌は限られている.相互作用の研究で面白い点は,視点を変えると見え方が異なることである(図2図2■根粒共生の研究を行ううえでの視点の違い).上記では,植物側から見た共生パートナーを列挙したが,根粒菌側からの視点になるとBradyrhizobium属は,ダイズ,アズキ,シロツメクサやオジギソウと,Rhizobium属は,これらに加えてエンドウとも共生することができる.
植物 | 根粒菌 |
---|---|
Glycine max(ダイズ) | Bradyrhizobium, Sinorhizobium, Rhizobium |
Pisum sativum(エンドウ) | Rhizobium |
Cicer arietinum(ヒヨコマメ) | Mesorhizobium |
Vigna angularis(アズキ) | Bradyrhizobium, Sinorhizobium, Rhizobium |
Lupinus angustifolius(ルピナス) | Bradyrhizobium |
Lathyrus odoratus(スイートピー) | Rhizobium |
Trifolium repens(シロツメクサ) | Bradyrhizobium, Sinorhizobium, Rhizobium |
Lotus japonicus(ミヤコグサ) | Mesorhizobium |
Medicago truncatula(タルウマゴヤシ) |