Kagaku to Seibutsu 58(8): 469-476 (2020)
解説
慢性腎臓病発症に関する第2の「キノリン酸仮説」の提唱腎線維化の発症メカニズムの解明と「腎」を守る機能性食品の創出を目指して
“Quinolinic Acid Hypothesis” in Chronic Kidney Disease: Elucidation of a Novel Pathological Mechanism for Renal Fibrosis and Creation of Functional Food for Renal Protection
Published: 2020-08-01
キノリン酸は,必須アミノ酸であるトリプトファンの中間代謝産物であり神経毒である.キノリン酸の脳内蓄積が,ハンチントン舞踏病などの神経変性疾患と関連するという「キノリン酸仮説」が提唱されてから40年が経つ.筆者らは,キノリン酸を体内に蓄積できる遺伝子改変マウスを用いた解析で,このマウスが腎線維化と腎性貧血様の症状を呈することを見いだした.これは,キノリン酸と慢性腎臓病とが関連するという第2の「キノリン酸仮説」といえる.本稿では,キノリン酸と慢性腎臓病とのかかわりについて解説するとともに,これらを踏まえて「腎」を守る機能性食品の創出が可能かどうかについて考えてみたい
Key words: キノリン酸; トリプトファン; 慢性腎臓病; 腎線維化; ポリフェノール
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease; CKD)は,一つの個別の疾患名ではなく,腎機能が低下していくさまざまな疾患を包括した概念である.CKDの概念は,2002年に米国で提唱されて以来,全世界に瞬く間に広まっていった(1)1) National Kidney Foundation: Am. J. Kidney Dis., 39, S1 (2002)..その背景として,第一に人工透析や腎臓移植が必要な末期腎不全患者数が著しく増加し,医療経済上の圧迫要因となっていること,第二に人工透析患者の生命予後が悪いこと,第三に心血管疾患(cardiovascular disease; CVD)の強力な発症リスクであることなどが挙げられる.わが国においても,CKD患者数は成人人口の12.9%,およそ1,330万人にもおよび,「国民病」といえるほどの疾患である(2)2) 腎疾患対策検討会:腎疾患対策検討会報告書~腎疾患対策の更なる推進を目指して~,厚生労働省,2018..特に,わが国の人工透析患者数は,増加の一途をたどり,現在では約30万人に上る.ここ数年は,透析患者数の増加は鈍化しているものの,減少には至っていないのが現状である(2)2) 腎疾患対策検討会:腎疾患対策検討会報告書~腎疾患対策の更なる推進を目指して~,厚生労働省,2018..また人工透析は,その頻度と拘束時間の長さなどQuality of Life(QOL)を著しく低下させる.一方,腎臓移植については,患者のQOLは確かに改善されるものの,ドナーの出現までの待機時間が長いといった問題があり,医療ニーズは満たされているとは言えない.また,糖尿病,高血圧などのメタボリックシンドロームなどと密接に関連していることが,CKDが注目される一因でもある.しかし,CKDは,その原疾患は何であれ,進行して悪化すると,腎線維化と腎性貧血を引き起こすことが知られている.したがって,CKDの病態解明および,有効な治療法の探索が急務である.現在,特に腎線維化の発症機構についての検討が精力的に進められている.
キノリン酸は,必須アミノ酸であるトリプトファンからナイアシンの活性型であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を生合成するキヌレニン代謝経路の中間代謝産物である(図1図1■キヌレニン代謝経路とキノリン酸).このキノリン酸は,グルタミン酸を認識して神経興奮に関与しているN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体のアゴニストとして知られており,神経毒性を有することが知られている.これまで,脳神経関連分野での研究の結果,キノリン酸やそのほかのキヌレニン代謝産物が,神経変性や神経炎症と関連していることが明らかにされてきた.特に,ハンチントン舞踏病(3)3) P. Guidetti, R. E. Luthi-Carter & S. J. Augood: Neurobiol. Dis., 17, 455 (2004).,エイズ痴呆(4)4) M. P. Heyes, B. J. Brew, K. Saito, B. J. Quearry, R. W. Price, K. Lee, R. B. Bhalla, M. Der & S. P. Markey: J. Neuroimmunol., 40, 71 (1992).,てんかん(5)5) M. P. Heyes, A. R. Wyler, O. Devinsky, J. A. Yergey, S. P. Markey & N. S. Nadi: Epilepsia, 31, 172 (1990).,アルツハイマー病(6)6) G. J. Guillemin, K. R. Williams, D. G. Smith, G. A. Smythe, J. Croitoru-Lamoury & B. J. Brew: Adv. Exp. Med. Biol., 527, 167 (2003).の患者の脳内でキノリン酸が高濃度で存在していることも明らかにされてきた.Schwarczらは,このように神経変性疾患発症とキノリン酸との関連性を「キノリン酸仮説」と名づけた(7)7) R. Schwarcz, W. O. Whetsell Jr. & R. M. Mangano: Science, 219, 316 (1983)..このキノリン酸仮説の提唱以来,約40年にわたり中枢神経系を中心にしてキノリン酸研究が進められてきた.Fukuokaらは,このことを明らかにする目的で,キノリン酸をNAD+へと異化する酵素であるキノリン酸リボシルトランスフェラーゼ(QPRT)の遺伝子を欠損させ,キノリン酸を蓄積可能なQPRTノックアウトマウスの作出に成功した(8)8) M. Terakata, T. Fukuwatari, M. Sano, N. Nakao, R. Sasaki, S. Fukuoka & K. Shibata: J. Nutr., 142, 2148 (2012)..このマウスを用い,キノリン酸が中枢神経系に及ぼす影響について,現在も解析が進められている.
一方,キノリン酸が尿毒症物質としての側面を有していることは,それほど知られていない.そもそも尿毒症とは,腎機能の低下に伴い,体内の老廃物を尿として排出できなくなり,体内に蓄積したことによって生じるさまざまな症状のことである.症状としては,全身性浮腫や腹水といった体液貯留や体液異常,食欲不振や悪心といった消化器症状,そのほかにも貧血や意識障害などがある(9)9) 『腎と透析』編集委員会:“腎疾患治療薬マニュアル2013–2014”,東京医学社,2013..この尿毒症を引き起こすものと考えられてきた尿毒症物質に注目が集まっている.尿毒症物質とは読んで字のごとく,“尿毒症状を引き起こす物質”である(10)10) 斎藤 明:透析会誌,42, 127 (2009)..しかし,尿毒症物質がこのような古典的定義にとどまらず,最近では“腎不全病態での生体障害因子”として,腎不全進行因子から透析合併症の原因・増悪因子までも含めた広い定義で捉えられている(10, 11)10) 斎藤 明:透析会誌,42, 127 (2009).11) 丹羽利充,宮崎高志:透析会誌,31, 1423 (1998)..つまり,尿毒症物質はCKDの進行や合併症の発症に重要であると考えられている.実際,CKD患者では,腎機能低下に伴い,さまざまな尿毒症物質の血中濃度が上昇する.尿毒症物質が体内に蓄積すると,血管内皮細胞,メサンギウム細胞,尿細管上皮細胞に作用することで,酸化ストレスや慢性炎症,細胞増殖の抑制が起こる.それらは,腎線維化やCKD進行に関与していることが以前からわかっていた(12)12) 久間昭寛,田村雅仁,尾辻 豊:産業医科大学雑誌,38, 23 (2016)..
尿毒症物質は,低分子,中分子,タンパク質結合型物質の3つのカテゴリーに分類される(13)13) R. Vanholder, R. De Smet, G. Glorieux, A. Argilés, U. Baurmeister, P. Brunet, W. Clark, G. Cohen, P. P. De Deyn, R. Deppisch et al.; European Uremic Toxin Work Group (EUTox): Kidney Int., 63, 1934 (2003).(表1表1■尿毒症物質の分類(文献1313) R. Vanholder, R. De Smet, G. Glorieux, A. Argilés, U. Baurmeister, P. Brunet, W. Clark, G. Cohen, P. P. De Deyn, R. Deppisch et al.; European Uremic Toxin Work Group (EUTox): Kidney Int., 63, 1934 (2003).より)).このうち,いくつかの尿毒症物質は,キヌレニン経路やインドール経路といったトリプトファン代謝によって生じるものが多く含まれているのも特筆すべきことである.キノリン酸は,そのうちのタンパク質結合型尿毒素の一つであり,人工透析においてもなかなか取り去ることができない厄介な存在である.
水溶性,低分子型物質 | タンパク結合型物質 | 中分子型物質 |
---|---|---|
1-メチルアデノシン | インドール-3-酢酸 | アドレノメジュリン |
1-メチルグアノシン | インドキシル硫酸 | 心房性ナトリウム利尿ペプチド |
1-メチルイノシン ADMA | キヌレニン | β2-マイクログロブリン |
α-ケト-δ-グアニジノ吉草酸 | キヌレン酸 | β-エンドルフィン |
α-N-アセチルアルギニン | キノリン酸 | コレシストキニン |
アラビトール アルギン酸 | 2-メトキシレゾルシノール | クララ細胞分泌タンパク |
ベンジルアルコール | 3-デオキシグルコソン | 補体D因子 |
β-グアニジノプロピオン酸 | CMPF | システチンC |
β-リポトロピン クレアチン | フルクトースリジン | 脱果粒抑制タンパク質Ic |
クレアチニン シチジン | グリオキサール | デルタ睡眠誘発ペプチド |
ジメチルグリシン エリスリトール | 馬尿酸 | エンドセリン |
γ-グアニジノ酪酸 グアニジン | ホモシステイン | ヒアルロン酸 |
グアニジノ酢酸 グアニジノコハク酸 | ヒドロキノン | インターロイキン-1β |
ヒポキサンチン | レプチン | インターロイキン-6 |
マロンジアルデヒド マンニトール | メラトニン | κ-Ig短鎖 |
メチルグアニジン ミオイノシトール | メチルグリオキサール | λ-Ig短鎖 |
N2, N2-ジメチルグアノシン | Nε-カルボキシメチルリジン | レプチン |
N4-アセチルシチジン | p-クレゾール | メチオニン-エンケファリン |
N6-メチルアデノシン | ペントシジン | ニューロペプチドY |
N6-スレオニルカルバモイルアデノシン | フェノール | 副甲状腺ホルモン |
オロト酸 オロチジン シュウ酸 | p-ヒドロキシ馬尿酸 | レチノール結合タンパク質 |
フェニルアセチルグルタミン | プトレシン | 腫瘍壊死因子(TNF)-α |
プソイドウリジン SDMA | レチノール結合タンパク質 | |
ソルビトール タウロシアミン | スペルミジン | |
スレイトール チミン ウラシル | スペルミン | |
尿素 尿酸 ウリジン | ||
キサンチン キサントシン |
そこで,キノリン酸が体内に蓄積すると,腎機能に影響を及ぼすものと考えられるが,そのような報告例がほとんどなかった.そんな中,血液透析患者や腎障害ラットにおいて,血中・尿中キノリン酸濃度の上昇が報告された(14)14) K. Saito, S. Fujigaki, M. P. Heyes, K. Shibata, M. Takemura, H. Fujii, H. Wada, A. Noma & M. Seishima: Am. J. Physiol. Renal Physiol., 279, F565 (2000)..また尿毒症モデルラットでは,血中キノリン酸濃度が増加するとともに,腎臓で合成される造血ホルモンであるエリスロポエチン産生量が減少するという興味深い報告がなされ,キノリン酸が腎機能に影響を及ぼす可能性が示唆された(15)15) D. Pawlak, M. Koda, S. Pawlak, S. Wolczynski & W. Buczko: Am. J. Physiol. Renal Physiol., 284, F693 (2003)..しかし,その詳細については,それ以降ほとんど明らかにされることはなかった.そこで筆者らは,前述のQPRTノックアウトマウスの腎組織を解析した結果,体内にキノリン酸が高度に蓄積しているとともに,腎組織におけるエリスロポエチン遺伝子発現量,ヘマトクリット値,ヘモグロビン濃度が低下していることを見いだした(16)16) 小林謙一,友永省三,藤田 萌,飯塚宏和,伊勢 瑛,後藤圭太,瀬崎沙織,武井史郎,福岡伸一,佐々木隆造他:アミノ酸研究,9,91 (2015) ..これは,腎性貧血様の表現型といえる.近年,Asadaらによって,腎性貧血は,エリスロポエチン産生細胞が線維化されることによって引き起こされると報告され,腎線維化と腎性貧血との関連が俄然注目を集めるようになった(17)17) N. Asada, M. Takase, J. Nakamura, A. Oguchi, M. Asada, N. Suzuki, K. Yamamura, N. Nagoshi, S. Shibata, T. N. Rao et al.: J. Clin. Invest., 121, 3981 (2011)..そこで,本マウスの腎臓におけるDNAマイクロアレイおよび定量的PCRの結果,コラーゲン遺伝子発現が軒並み増加していることを見いだした.また組織学的解析の結果,コラーゲンの蓄積や平滑筋アクチン(α-SMA)の陽性像なども認められ,本マウスが腎線維化を起こしていること,それによって軽度の腎性貧血の状態であることを明らかにした(図2図2■キノリン酸による腎線維化発症メカニズム).これは,トリプトファン代謝異常がCKDと関連している可能性を示唆した初めての例である(現在論文投稿中).また,本マウスがこれまでにほとんど存在しなかった非侵襲性の慢性腎臓病モデルマウスとなりうることも明らかにしてきた(現在論文投稿中).以上の結果より,キノリン酸が腎線維化惹起因子となっている可能性が示唆された.これは,キノリン酸と神経変性疾患との関連性を指摘した「キノリン酸仮説」に続く,キノリン酸とCKDとの関連性を指摘した第2の「キノリン酸仮説」といえる.
次に,興味が魅かれるのは,キノリン酸による腎線維化の分子メカニズムである.そこで,キノリン酸の受容システムに焦点を当てることにした.しかし,腎組織におけるキノリン酸受容システムについては,ほとんど明らかではない.では,キノリン酸受容システムとしてどのようなものが想定されるのかについて考えてみたい(図3図3■腎臓において想定されるキノリン酸受容機構).
AhR: Aryl Hydrocarbon Receptor 芳香族炭化水素受容体),NMDA受容体,RAGE: Receptor for Advanced Glycation End Products 終末糖化産物受容体)
NMDA受容体は,前述のように,グルタミン酸受容体の一つであり,NMDAをアゴニストとして選択的に受容することからこの名前がつけられている.NMDA受容体は,主に脳内の神経細胞で発現していることが知られている.従来キノリン酸は,NMDA受容体のアゴニストとして知られており,脳神経系におけるキノリン酸仮説を説明するうえでの分子基盤となっている(18)18) M. D. Johnson, W. O. Whetsell Jr. & W. R. Crowley: Exp. Brain Res., 59, 57 (1985)..このNMDA受容体は,脳神経以外にも,腎組織の糸球体や近位尿細管などで発現していることが報告されている(19)19) R. S. Petralia, Y. X. Wang & R. J. Wenthold: Eur. J. Neurosci., 15, 583 (2002)..しかし,腎組織のNMDA受容体については,腎臓の血管拡張の調節,近位尿細管での再吸収,糸球体濾過量の調節そして糸球体濾過バリアーの構造維持などの役割をもつといわれているものの,不明な点も多い(20, 21)20) A. Deng & S. C. Thomson: Am. J. Physiol. Renal Physiol., 296, F976 (2009).21) L. Giardino, S. Armelloni, A. Corbelli, D. Mattinzoli, C. Zennaro, D. Guerrot, F. Tourrel, M. Ikehata, M. Li, S. Berra et al.: J. Am. Soc. Nephrol., 20, 1929 (2009)..
最終糖化産物受容体(RAGE)は,細胞表面受容体の免疫グロブリンスーパーファミリーに属するマルチリガンドレセプターで,タンパク質が還元糖により非酵素的に糖化,修飾されるメイラード反応で生成される最終糖化産物(AGE: advanced glycation endproducts)の受容体として同定された(22)22) A. M. Schmidt, O. Hori, R. Cao, S. D. Yan, J. Brett, J. L. Wautier, S. Ogawa, K. Kuwabara, M. Matsumoto & D. Stern: Diabetes, 45(Suppl 3), S77 (1996)..AGEは,糖尿病患者の病変部に蓄積していることが明らかにされ,AGEと糖尿病との関係が注目されている.またRAGEは,AGEのみならず,アルツハイマー病において脳に蓄積するアミロイド-β,がん転移や炎症との関連があるHMGB1(High Mobility Group Box 1)とも相互作用することが明らかにされている(23~26)23) R. Ramasamy, S. J. Vannucci, S. S. D. Yan, K. Herold, S. F. Yan & A. M. Schmidt: Glycobiology, 15, 16R (2005).24) S. F. Yan, S. D. Yan, R. Ramasamy & A. M. Schmidt: Ann. Med., 41, 408 (2009).25) J. Todorova & E. Pasheva: Oncol. Lett., 3, 214 (2012).26) L. J. Sparvero, D. Asafu-Adjei, R. Kang, D. Tang, N. Amin, J. Im, R. Rutledge, B. Lin, A. A. Amoscato, H. J. Zeh et al.: J. Transl. Med., 7, 17 (2009)..近年,ラットの線条体におけるキノリン酸の毒性にRAGEが関与していることが示された(27)27) E. Cuevas, S. Lantz, G. Newport, B. Divine, Q. Wu, M. G. Paule, J. C. Tobón-Velasco, S. F. Ali & A. Santamaría: Neurosci. Lett., 474, 74 (2010)..また,キノリン酸がRAGEと結合し,RAGEによるシグナル伝達が惹起されることが報告された(28)28) I. N. Serratos, P. Castellanos, N. Pastor, C. Millán-Pacheco, D. Rembao, R. Pérez-Montfort, N. Cabrera, F. Reyes-Espinosa, P. Díaz-Garrido, A. López-Macay et al.: PLOS ONE, 10, e0120221 (2015)..また,RAGEは加齢に伴い,肝臓,腎臓そして筋肉で発現が上昇するとの報告もある(29)29) F. N. Ziyadeh, M. P. Cohen, J. Guo & Y. Jin: Mol. Cell. Biochem., 170, 147 (1997)..
キノリン酸と同じくトリプトファン由来の尿毒素であるインドキシル硫酸が,芳香族炭化水素受容体(AhR)に結合することが報告されている(30, 31)30) J. C. Schroeder, B. C. Dinatale, I. A. Murray, C. A. Flaveny, Q. Liu, E. M. Laurenzana, J. M. Lin, S. C. Strom, C. J. Omiecinski, S. Amin et al.: Biochemistry, 49, 393 (2010).31) S. Heath-Pagliuso, W. J. Rogers, K. Tullis, S. D. Seidel, P. H. Cenijn, A. Brouwer & M. S. Denison: Biochemistry, 37, 11508 (1998)..AhRは,そもそもダイオキシン受容体として知られてきた細胞質型受容体である(32)32) M. S. Denison & L. M. Vella: Arch. Biochem. Biophys., 277, 382 (1990)..細胞内に取り込まれたインドキシル硫酸が,細胞質でAhRと結合すると,核内に移行して,細胞内の解毒に関連するCYP1a1などの遺伝子発現を制御することが報告されている(33)33) B. Gondouin, C. Cerini, L. Dou, M. Sallée, A. Duval-Sabatier, A. Pletinck, R. Calaf, R. Lacroix, N. Jourde-Chiche, S. Poitevin et al.: Kidney Int., 84, 733 (2013)..慢性腎不全のヒトやラットでは,インドキシル硫酸が近位尿細管に蓄積していることも報告されており,CKDとAhRは密接に関連していると考えられる(34, 35)34) K. Taki, S. Nakamura, M. Miglinas, A. Enomoto & T. Niwa: J. Ren. Nutr., 16, 199 (2006).35) A. Enomoto, M. Takeda, A. Tojo, T. Sekine, S. H. Cha, S. Khamdang, F. Takayama, I. Aoyama, S. Nakamura, H. Endou et al.: J. Am. Soc. Nephrol., 13, 1711 (2002)..しかし,キノリン酸とAhRとの関係は,両者が結合することも含めて,明らかにはされていない.そこで,筆者らはQPRTノックアウトマウスを用いた解析で,キノリン酸蓄積がAhRの標的遺伝子であるCYP1a1やCYP1b1の発現量に及ぼす影響を検討したが,変化は認められなかった.したがって,キノリン酸は,インドキシル硫酸などと同じトリプトファン由来の尿毒素であっても,その作用メカニズムは異なるかもしれない.
以上のように,キノリン酸蓄積が,これらの候補受容体にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにすることは,この腎線維化メカニズムの解明において重要である.
では次に,キノリン酸の腎線維化惹起機構は,腎組織に対する「直接的」な作用なのか,または「間接的」な作用なのかを考えることが重要となってくる.そこで,線維化の発症メカニズムについて考えてみることにした.そもそも線維化は,健常な線維芽細胞がα-SMA陽性筋線維芽細胞(myofibroblast)に形質転換することで引き起こされる.この筋線維芽細胞の由来についても諸説あり,①間質に存在する正常な線維芽細胞,②腎に浸潤した骨髄由来細胞,そして③尿細管上皮細胞などが形質転換する可能性が指摘されている(36~39)36) M. Iwano, D. Plieth, T. M. Danoff, C. Xue, H. Okada & E. G. Neilson: J. Clin. Invest., 110, 341 (2002).37) W. Kriz, B. Kaissling & M. Le Hir: J. Clin. Invest., 121, 468 (2011).38) B. D. Humphreys, S. L. Lin, A. Kobayashi, T. E. Hudson, B. T. Nowlin, J. V. Bonventre, M. T. Valerius, A. P. McMahon & J. S. Duffield: Am. J. Pathol., 176, 85 (2010).39) N. Sakai, T. Wada, H. Yokoyama, M. Lipp, S. Ueha, K. Matsushima & S. Kaneko: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 14098 (2006)..そこで筆者らは,ラット腎間質由来培養細胞株であるNRK49F細胞を用いた解析を行った結果,NRK49Fにキノリン酸を添加しても,α-SMAの発現に影響がなく,「直接的」に線維化を惹起することはなかった.それに対して,線維化惹起因子である形質転換増殖因子β(TGFβ)の発現に及ぼす影響について検討した結果,TGFβ1遺伝子発現量に変化はなかったが,TGFβ2, TGFβ3遺伝子発現量に影響がみられた.このことから,キノリン酸はTGFβ2, TGFβ3を介して,間接的にmyofibroblastに変換させる可能性が示唆された.また,QPRTノックアウトマウスを用いた解析で,腎組織におけるTGFβ遺伝子発現量の上昇とSmadシグナル伝達系の活性化が認められた.
以上より,キノリン酸蓄積による腎間質細胞の線維化が,キノリン酸の「直接的」な作用ではなく,腎細胞におけるTGFβ遺伝子の発現誘導を介した「間接的」なものである可能性が示唆された.
上記のように,CKDの病態解明が進むと,CKDを治療するための薬剤開発が精力的に進められるはずである.しかし,CKDの薬物治療としては,レニン・アンギオテンシン系(RAS)阻害薬,ステロイド,シクロスポリン,血糖降下薬などが挙げられるが,この10年にわたり市場に出た抜本的新薬は存在しない.また,栄養治療にしても,タンパク質制限などの厳密な栄養管理が主であり,患者に肉体的・精神的苦痛を強いるものである.したがって,CKDを予防・改善しうる因子,特に食生活因子の探索が急務となっている.しかし,腎疾患をターゲットにした機能性食品成分の探索は,本格的にほとんど行われていないのが実情である.そこで筆者は,このような機能性食品成分を探索する上で次のような3つの視点から攻めていくことを考えた.一つ目は腸内細菌叢を改善することにより腸内でのインドールの産生を抑える,2つ目は肝臓でのインドキシル硫酸やキノリン酸の産生を抑える,3つ目としては,尿毒素が産生されたとしても,腎臓でそれらからのストレスを抑えることが挙げられる(図4図4■「腎保護」のための標的).現在筆者は,培養細胞実験系とQPRTノックアウトマウスを用いた動物実験系を駆使し,腎臓自体を尿毒素から守る,強い腎臓を作り上げる(筆者は,これを強「腎」化と名づけている)食品因子の探索を行っている(図5図5■慢性腎臓病を予防・改善する機能性食品成分の探索).現在までのところ,オリーブ葉ポリフェノールであるヒドロキシチロソール,ブドウポリフェノールであるレスベラトロールに腎線維化惹起因子の低減作用,コーヒーポリフェノールであるコーヒー酸に腎線維化抑制作用がある可能性が示されつつある.今後,非侵襲性慢性腎臓病モデルであるQPRTノックアウトマウスを用いて,これらの機能性食品成分の影響が評価できれば,これまでにない「腎」を守る機能性食品の創出につながるかもしれない.
本稿では,トリプトファン代謝産物であるキノリン酸が,CKD特に腎線維化に大きく関与していることを紹介した.これらの知見より筆者は,従来脳の神経変性疾患で語られることの多かった「キノリン酸仮説」に対して,CKDと関連する第2の「キノリン酸仮説」を提唱したい.近年,急性腎障害(Acute Kidney Injury; AKI)患者でのキノリン酸濃度の上昇についても注目され始めていることから,あながち荒唐無稽な仮説でもない(40)40) A. Poyan Mehr, M. T. Tran, K. M. Ralto, D. E. Leaf, V. Washco, J. Messmer, A. Lerner, A. Kher, S. H. Kim, C. C. Khoury et al.: Nat. Med., 24, 1351 (2018)..キノリン酸の作用機序に関しても,そのほかのトリプトファン由来の尿毒素とも異なることが予想され,メタボリックストレスという観点からも興味深いといえる.今後,キノリン酸蓄積型腎障害の分子メカニズムをさらに明らかにするとともに,この腎障害を抑えられる食品の開発につなげていくことによって,CKDの治療戦略,栄養管理に一風を吹き込みたい.
Acknowledgments
本稿における研究報告の一部は,日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)「キノリン酸蓄積型慢性腎臓病モデルの提唱とそれに基づく「腎」を守る食品成分の探索」により実施された.
Reference
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