セミナー室

高圧力がDNAに及ぼす影響非標準構造と分子クラウディングの視点

Shuntaro Takahashi

高橋 俊太郎

甲南大学先端生命工学研究所

Naoki Sugimoto

杉本 直己

甲南大学先端生命工学研究所

甲南大学大学院フロンティアサイエンス研究科

Published: 2020-08-01

はじめに

遺伝物質である核酸(DNAやRNA)の化学的構造は共有結合で結ばれたリン酸,糖および核酸塩基からなるヌクレオチドを最小単位(モノマー)とした高分子である.DNAの核酸塩基は,アデニン(Adenine; A),グアニン(Guanine; G),シトシン(Cytosine; C),チミン(Thymine; T)であり,RNAの場合はTの代わりにウラシル(Uracil; U)が使われる.1953年にWatsonとCrickによって2本のDNA鎖からなる二重らせん(二重鎖)構造が報告されて以降,この構造が遺伝子の分子構造として広く認知されてきた.一方,核酸塩基同士はWatson–Crick塩基対だけでなく,Hoogsteen型等の塩基対を形成し,三重鎖や四重鎖を形成することができる.これらの非標準的な構造は,近年細胞内のDNAやRNAで実際に形成されていることが次々と明らかになり,その生物学的役割が非常に注目されている核酸構造である.これらの非標準構造はその立体構造だけで無く,周囲の環境に対する挙動が二重鎖構造と大きく異なるという特徴を有する.その結果,物理的および化学的摂動によって,非標準構造の形成がダイナミックに制御されうる.本稿では,われわれがこれまで摂動の一つとして検討してきた,高圧力によるDNAの非標準構造の形成に及ぼす影響について解説する.更にこの圧力効果が,細胞のような高濃度の共溶質が存在する分子クラウディング状態によって変化することも見いだしており,分子クラウディングの視点から見た高圧力の影響についても併せて紹介する.

核酸構造とその機能

まず,核酸の構造とその生体内における機能について解説する.核酸の標準構造である二重鎖構造では,AとT(RNAの場合はU),GとCの塩基が互いに相補的に水素結合を介して,Watson–Crick型塩基対を形成する(図1A図1■核酸構造と安定性の概略図).このA, T, G, Cの配列から一義的に相補的なDNA鎖を作ることができるため,遺伝情報を子孫へ伝えるための構造として二重鎖構造は非常に優れている.塩基対間にはπ–πスタッキング相互作用が働き,2本の相補的なDNA鎖はらせんを巻くように二重鎖を形成する.塩基配列の偏りや特殊な溶媒環境でない限り,DNA二重鎖の構造はB型と呼ばれる右巻きらせん構造をとる.

図1■核酸構造と安定性の概略図

二重鎖構造(A),三重鎖構造(B),および四重鎖構造(C)の構造形成の模式図と塩基対構造.二重鎖構造はWatson–Crick(W-C)塩基対形成によって,三重鎖W-CおよびHoogsteen(H)塩基対によって,四重鎖構造はH塩基対によって形成される.これらの構造は熱によって解離し,UV吸収の変化からその解離過程が観察できる(D).体積測定には融解温度(Tm)を圧力を変えながら測定し,Clapeyronの式によって構造変化に伴う体積変化∆Vを算出する.

一方,核酸は標準構造である二重鎖構造以外にも,三重鎖や四重鎖構造等の非標準構造を形成できる(図1B, C図1■核酸構造と安定性の概略図).これら非標準構造はHoogsteen型塩基対を介して形成される.三重鎖の場合はWatson–Crick塩基対を形成しているT–A塩基対のAにTが,あるいはC–G塩基対のGにC(プロトン化したC)がHoogsteen塩基対形成をする(図1B図1■核酸構造と安定性の概略図).四重鎖(グアニン(G)四重鎖)の場合は四分子のG塩基が同一平面上に互いにHoogsteen塩基対を形成する(図1C図1■核酸構造と安定性の概略図)これらの構造は情報保持のための二重鎖構造と形が大きく異なることから,情報では無く,機能としての役割をもつモチーフとして注目されている(1~3)1) J. Spiegel, S. Adhikari & S. Balasubramanian: Trends Chem., 2, 123 (2020).2) S. Takahashi, J. A. Brazier & N. Sugimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 9605 (2017).3) S. Takahashi, K. T. Kim, P. Podbevšek, J. Plavec, B. H. Kim & N. Sugimoto: J. Am. Chem. Soc., 140, 5774 (2018)..実際にこれらの非標準構造は,微生物や植物から哺乳類に至るまで,遺伝子発現や細胞分裂を制御する役割があることが明らかになってきた.例えば,大腸菌のSD配列周囲に形成するG四重鎖によってその翻訳が制御されることが報告されている(4)4) M. Wieland & J. S. Hartig: Chem. Biol., 14, 757 (2007)..また,がんや老化といったヒトの細胞機能に,核酸の非標準構造が深くかかわっており(1)1) J. Spiegel, S. Adhikari & S. Balasubramanian: Trends Chem., 2, 123 (2020).,近年非常に注目を集めている.

生体内ではこれらの核酸構造の形成・解離がダイナミックに生じている.例えば遺伝子の複製や転写の際には核酸構造を融解する酵素ヘリカーゼ等の働きによって二重鎖構造が過渡的にほどけて一本鎖状態になる必要がある.構造変化は構造安定性(−∆G)によってその起こりやすさが決定される.この核酸構造の安定性を決定しているのが塩基対の水素結合とスタッキング相互作用である(図1D図1■核酸構造と安定性の概略図).二重鎖構造の場合,A–T塩基対は2つ,G–C塩基対は3つの水素結合をもつため,一般的にG–C塩基対のほうが安定である.また前後の塩基対同士とのπ電子雲の重なりが大きいほど,スタッキング相互作用が強くなる.したがって,塩基の配列の違いによって二重鎖構造の安定性が異なる.核酸構造は熱によって可逆的に変化するので(図1D図1■核酸構造と安定性の概略図),その過程を各種分光学的手法を用いて解析し,核酸構造の安定性(−∆G)を求めることができる.核酸二重鎖構造は塩基対がシンプルに繰り返し連なった形をしているため,二重鎖全体の形成に伴う安定性(−∆G)はそれぞれの塩基対とその前後の塩基対の組み合わせで決まる安定性の総和と考えることができる(最近接塩基対モデル:Nearest neighbor model)(5)5) N. Sugimoto, R. Kierzek, S. M. Freier & D. H. Turner: Biochemistry, 25, 5755 (1986)..すなわち,最近接塩基対の組み合わせから実際の配列の安定性を予測することができる(Nearest neighbor parameters).三重鎖や四重鎖においても,スタッキング相互作用による安定化も重要であり,塩基対の枚数から計算される安定性から実際の安定性をある程度予測できる.

DNA二重鎖への圧力効果

上述のとおり,核酸は加熱することで高次構造の違いにかかわらず,塩基対形成が解離して一本鎖状態になる.では,同じ物理的摂動としての圧力効果はどうだろうか.ギブス自由エネルギーの変化がdG=−TdSpdVと表せることからわかるように,体積パラメータは構造安定性の圧力依存性を評価することで得られる.圧力を上げると系の体積が小さくなる方向へ分子平衡が移動する.温度変化することで得られる熱エネルギー変化(∆H, ∆S)と比較して,体積変化(∆V)は分子の構造情報に直結するパラメータである.そのため,核酸の圧力依存性はその高次構造の違いを強く反映すると考えられる.生体高分子に及ぼす高圧力の効果は,1914年にBridgman(1946年ノーベル物理学賞受賞)が高圧力で蛋白質の構造が壊れる(変性する)ことを初めて発見してから(6)6) P. W. Bridgman: J. Biol. Chem., 19, 511 (1914).,主に蛋白質への影響を中心に研究が進展してきた.蛋白質は一般的に100~400 MPa(1 MPa=約10気圧)程度の圧力で変性するものが多い.一方核酸に関しては,1964年にToplinらによってその圧力効果が報告された(7)7) C. Heden, T. Lindahl, I. Toplin, A. Melera & L. Nilsson: Acta Chem. Scand., 18, 1150 (1964)..しかし,同じ生体高分子の蛋白質と比べて,核酸二重鎖構造の安定性に及ぼす圧力の効果はほとんど無いかわずかに安定化することが報告されている.構造形成(一本鎖から高次構造の方向)にかかる∆V値で示すと,蛋白質では∆V値が+10から+100 cm3 mol−1である一方,DNA二重鎖は−5~0 cm3 mol−1であるとの報告がほとんどであり(8)8) J. Q. Wu & R. B. Macgregor Jr.: Biopolymers, 35, 369 (1995).,DNA二重鎖の体積変化量は負でかつ絶対値がとても小さいことがわかる.そのため,核酸に対する圧力効果はこれまでほとんど注目されてこなかった.

DNA非標準構造への圧力効果

三重鎖や四重鎖といった非標準構造の形成・解離もダイナミックに生じている.制御因子の一つとしてヘリカーゼが知られており,RecQファミリーヘリカーゼのように,微生物から哺乳類まで広く保存されている四重鎖ヘリカーゼも存在する(9)9) O. Mendoza, A. Bourdoncle, J.-B. Boulé, R. M. Brosh Jr. & J.-L. Mergny: Nucleic Acids Res., 44, 1989 (2016)..一方これらの非標準構造は,カチオン濃度等周囲の環境に応じてその安定性を変化させることが明らかになってきたことから,筆者らは,これら非標準構造は圧力に対して二重鎖とは異なる挙動を示すと予測した.そこで,非標準構造の中でも代表的なG四重鎖に着目し,その一つであるトロンビン結合性アプタマー(Thrombin binding aptamer(TBA):配列はd[GGT GGT GTG GTG G])が形成する分子内G四重鎖構造の高圧力下での熱安定性を解析した(10)10) S. Takahashi & N. Sugimoto: Angew. Chem. Int. Ed., 52, 13774 (2013)..高圧下での分光測定を行うために,光学窓付の高圧セルを紫外分光光度計に組み込み,高圧下でのUV吸収を測定した(図2図2■高圧力下で行うUV測定の装置セットアップ).TBAはアンチパラレル型と呼ばれる四重鎖構造を形成し,構造が原子レベルで明らかになっている(図3A図3■トロンビン結合性アプタマーの構造(A)と,各圧力および溶液条件下でのUV融解曲線(B)).このDNAの熱安定性を100 mM KCl存在下において,大気圧から400 MPaまでの各圧力下で追跡すると,高圧力下においてTm値が大きく減少することが観察された(図3B図3■トロンビン結合性アプタマーの構造(A)と,各圧力および溶液条件下でのUV融解曲線(B)).∆V値は+54.6 cm3 mol−1と算出された.この値は通常の二重鎖DNAとは異なり,圧力を上げることによって構造が不安定化することを示す.更にその体積変化の大きさは,蛋白質で見られるものと匹敵するほど大きい値であった.更に,ハイブリッド型と呼ばれる別のトポロジーの四重鎖構造を形成するヒトテロメア配列由来DNA((T2AG34)の安定性についてもTBAと同程度の圧力効果が観察された(11)11) T. V. Chalikian & R. B. Macgregor Jr.: Phys. Life Rev., 4, 91 (2007).

図2■高圧力下で行うUV測定の装置セットアップ

(A)装置概略.温度変化はサーキュレーターで制御し,測定中の圧力が一定になるように圧力容器で圧力を調整する.(B)高圧セル.光路に沿うように光学窓が備え付けられている.(C)高圧用キュベット.サンプルは専用の水晶キュベットに入れ,伸縮性の高いチューブ部分が縮むことで圧力による容器の損傷を防ぐ.

図3■トロンビン結合性アプタマーの構造(A)と,各圧力および溶液条件下でのUV融解曲線(B)

G四重鎖構造の検出には構造特有の波長295 nmのUV吸収が用いられる.

核酸への圧力効果の分子論

二重鎖構造と四重鎖構造の∆V値の違いは,それぞれがもつ構造転移における体積変化の要素が異なることから説明できる(12)12) I. Son, Y. L. Shek, D. N. Dubins & T. V. Chalikian: J. Am. Chem. Soc., 12, 4040 (2014)..体積変化は一般的に,

と記述される.∆VMは分子構造に由来する体積変化で,化学反応による共有結合の変化が起こらない構造変化では溶媒分子がアクセスできないキャビティー体積の変化を表す.一方,∆Vsolvは核酸への水和によって生じる溶媒である水分子由来の体積変化の項である.流体中の溶質の熱力学を記述するためのScaled particle theoryによると,Vsolvは,溶質分子と溶媒分子の熱運動により生じるキャビティー体積であるVT(thermal volume)と水和水の水素結合や静電収縮による生じる体積であるVI(interaction volume)のそれぞれ互いに独立したパラメータに分類できる.すなわち,核酸が一本鎖状態から二重鎖構造等への構造転移するときの体積変化∆Vは以下の式のように記述できる(図4図4■構造形成に伴い生じる各体積パラメータの概略図).

ここでVTは核酸分子の表面積(SA: solvent-accessible surface area)と熱揺らぎの厚みδの積として考えられる(核酸分子のδは一般的な剛直な分子と同じ0.5 Åが用いられる).つまり,

と記述できる.核酸の構造が形成されると一本鎖状態と比較して溶媒に露出する部分が減る.つまり構造形成に伴い表面積は減少するために,∆VTは常に負になる.一方,∆VI値は水和による水分子の体積変化なので,

と記述できる.式(4)で∆nwは構造形成で脱水和した水分子の個数,Vhは水和水の体積,V0はフリーのバルク水(溶媒)の体積である.核酸への水和水はバルク水より小さいことから(VhV0<0,平均的な値としてVhV0=−1.8 cm3 mol−1),式(4)より∆VIは構造形成に脱水和が伴う場合は正,水和が伴う場合は負になる.

図4■構造形成に伴い生じる各体積パラメータの概略図

一本鎖状態から構造が形成されれるに伴い,キャビティー体積が生じることでVMが増加する(∆VM>0).また,表面積が減少することでVTが減少する(∆VT<0).さらに(脱)水和によってVIが変化する.VIは,バルク水(V0)が水和水(Vh)より大きいため,構造形成の(脱)水和によって∆VI値が変化する.四重鎖の場合脱水和が起こるので∆VI値は負になる.

上述の体積の理論的扱いがある一方,各体積成分を実験的に求めることは現状難しい.そこで,既知の構造から計算機的手法で求める取り組みが進んでいる.Chalikianらの報告(12)12) I. Son, Y. L. Shek, D. N. Dubins & T. V. Chalikian: J. Am. Chem. Soc., 12, 4040 (2014).から,二重鎖DNAに関しては,∆V=−17 cm3 mol−1の実験値に対して各成分の内訳が∆VM値が+39 cm3 mol−1,∆VT値が−382 cm3 mol−1,および∆VI値は約+326 cm3 mol−1と計算された.G四重鎖構造に関しては,ヒトテロメア配列由来DNAの場合,∆V=+67 cm3 mol−1の実験値に対して∆VM値が+233 cm3  mol−1,∆VT値が−370 cm3 mol−1,∆VI値は約+186 cm3  mol−1,および四重鎖構造の中心に配位するナトリウムイオンの脱水和に伴う体積変化∆VNa+値が+17.7 cm3  mol−1と計算された(13)13) H. Y. Fan, Y. L. Shek, A. Amiri, D. N. Dubins, H. Heerklotz, R. B. Macgregor Jr. & T. V. Chalikian: J. Am. Chem. Soc., 133, 4518 (2011)..DNA二重鎖構造と比べて,G四重鎖の場合,∆VM値がかなり正に大きいことが特徴であった.一本鎖状態にはキャビティーがほとんどないと考えられることから,この結果はG四重鎖の中心に大きいキャビティーが存在することを示している.また正の∆VI値は構造形成で脱水和を伴うことを示している.この2つの項の総和がG四重鎖の方が二重鎖よりも大きいことが要因となって,G四重鎖が正の比較的大きな∆Vを示し,圧力によってその構造が顕著に不安定化する.

核酸構造に及ぼす分子クラウディング効果

では,このような核酸構造に対する圧力効果は,実際に核酸が機能する環境である細胞内においてはどうなるのだろうか.細胞内は分子クラウディングと呼ばれる高分子が高濃度に存在する環境である(14)14) S. Nakano, D. Miyoshi & N. Sugimoto: Chem. Rev., 114, 2733 (2014)..細胞内は生体分子の濃度がおよそ400 mg/mLにもなる場合もあり,分子クラウディング環境では水の活量や比誘電率の低下,溶媒和構造の変化,粘度の増加等が起こる.細胞内環境を擬似的に再現するためにポリエチレングリコール(poly(ethylene glycol); PEG)が広く用いられている.PEGは中性高分子であり,核酸と直接相互作用しない分子である.筆者らをはじめさまざまなグループの報告から,PEG(代表的なものは平均分子量200のPEG(PEG200))を含む溶液中では,三重鎖や四重鎖等の非標準構造は希薄溶液中と比べて安定化することが知られている.PEGによる水の活量の低下がその原因であり,三重鎖や四重鎖構造は構造形成に脱水和が伴うと考えられる.実際,G四重鎖がもつ正の∆V値には正の∆VI値を示す脱水和の寄与が大きいことから,分子クラウディング環境下では構造安定性の圧力効果が変化することが期待される.

そこで,筆者らは代表的な分子クラウディング剤である40 wt%のPEG200存在下でTBA DNAの高圧力下における安定性を検討した(10)10) S. Takahashi & N. Sugimoto: Angew. Chem. Int. Ed., 52, 13774 (2013)..前述の通り,希薄溶液中では高圧力によりUV融解曲線が低温側へ大きくシフトする.しかし,興味深いことに,40 wt% PEG200存在下ではそのシフトがほとんど顕著ではなかった(図3B図3■トロンビン結合性アプタマーの構造(A)と,各圧力および溶液条件下でのUV融解曲線(B)).すなわち,高濃度のPEG200が共存することで高圧力によるG四重鎖構造の安定性低下は僅かであった.∆V値は+12.9 cm3 mol−1と算出され,これはPEG200非条件下の∆V値(+54.6 cm3 mol−1)と比較して,約20%の体積変化でしかないという結果である.別のG四重鎖構造であるヒトテロメア由来のDNAに関しても同様の効果が観察された(+82.8 cm3 mol−1→+27.5 cm3 mol−1(15)15) S. Takahashi, S. Bhowmik & N. Sugimoto: J. Inorg. Biochem., 166, 199 (2017)..円二色性(CD)測定からはPEG200存在下においてもTBA DNAおよびヒトテロメア由来DNAはそれぞれ希薄溶液条件と同様のスペクトルを示した.すなわち,PEG200はDNAの三次構造へ影響を与えないことを示している.前述の∆V値の各成分から考慮すると,∆VM値,∆VT値はそれぞれ核酸の立体構造,表面積から決定される体積であり,したがってこれらの体積パラメータはPEG200存在下によって変化しないと仮定できる.したがって,PEG200存在下での∆V値の減少は∆VI値が小さくなったことが原因であると示唆される.G四重鎖は構造形成時に脱水和が起こるので,式(4)から∆VI値の低下はバルク水の体積Vhの低下と,水和水の体積V0の増加が原因として考えられる.それぞれの寄与を明確にするために,∆VI値は式(4)にPEG200の影響を考慮して,

と記述することができる.ここで∆ncs値は四重鎖形成で解離した共溶質(cosolute)であるPEG200の数,Vcsは溶媒和しているPEG200の部分モル体積,そしてVcs0はバルク水中にあるフリーのPEG200の部分モル体積である.PEG200は核酸と直接相互作用しない分子であるため,第二項は無視することができる.したがって,水和水がPEG200と置き換わることもないことから∆nw値も変化しない.また,バルク水体積V0はPEG存在下においても体積変化がほとんど生じないことが報告されている.したがって,PEG200は核酸の水和水の体積Vhを増加させる効果がある(VhV0が負に小さくなる)と考えられる.PEG200が水和水を取り囲むことで,水和水が孤立し,よりバルク水に近い体積を示すようになったと推測される(図5図5■分子クラウディング下における四重鎖形成の体積変化の概略図).

図5■分子クラウディング下における四重鎖形成の体積変化の概略図

圧力を用いた核酸の細胞内機能の解析

以上から∆V値は対象となる分子が周囲の環境に応じてその構造をどのように変化するかを定量的に示す指標であると考えられる.前述したとおり,高圧力によるG四重鎖構造の不安定化効果の抑制から,PEG200による分子クラウディング環境では∆VI値の減少による∆V値の減少が生じることが示された.一方で,∆VM値を変化させるような影響についても,高圧力を用いれば解析することができる.筆者らは一例として,G四重鎖のループ(図2A図2■高圧力下で行うUV測定の装置セットアップ)周辺に存在するキャビティー体積を変化させるためにTBAのループ領域に変異を加え,その高圧力下での安定性を評価した(16)16) S. Takahashi & N. Sugimoto: Biophys. Chem., 231, 146 (2017)..その結果,∆V値が異なる変異体が得られたことから,変異に伴う∆VM値の変化が生じたと考えられる.興味深いことにこれらの熱安定性は等しく,したがって,圧力を用いることで通常可視化が困難な構造変化に伴うキャビティーや(脱)水和の影響を定量的に解析することができるということである.

このような体積情報を得ることで,溶液環境が変化するような状況下での核酸の機能発現に関する知見が得られると考えられる.細胞内を局所的に見ると細胞小器官や細胞膜上等多様で不均一な分子クラウディング環境にある.特に,細胞内成分によって膜構造のない液液相分離構造が数多く形成され,その中で特異的な転写反応等が生じていることが近年明らかになりつつあり,局所的環境における核酸分子の振る舞いに非常に注目が集まっている(17)17) R. Stadhouders, G. J. Filion & T. Graf: Nature, 569, 345 (2019)..したがって,核酸分子も細胞内の局所的な環境の違いによって,その構造変化の生じやすさが大きく異なると考えられる.このような振る舞いの違いを予測するためにも,高圧力を用いた体積情報は有効である.例えば水の活量変化やクラウディング分子の直接的な相互作用は∆VI項の変化を生じうる.また,クラウディング分子による排除体積効果はキャビティー体積の変化をもたらし,∆VM項を変化させる可能性がある.つまり,対象とする核酸構造の体積パラメータ(∆VM∆VT∆VI)に対し,特異的な分子クラウディング環境が各体積パラメータに及ぼす影響の大小を評価することで,その環境において核酸構造が形成しやすいかが判断できる.われわれの最近の報告で,ヒト細胞において核内の相分離構造である核小体は周囲よりPEG200存在下のような分子環境にあることを見いだしている(18)18) S. Takahashi, J. Yamamoto, A. Kitamura, M. Kinjo & N. Sugimoto: Anal. Chem., 91, 2586 (2019)..G四重鎖はループやカルテットの枚数で微視的に異なる構造をもつため,配列によって各体積パラメータの大小が異なる.したがって,PEG200のような環境にある核小体内では∆VI値が比較的大きい値をもつ(すなわち構造形成に伴う脱水和をより生じる)G四重鎖構造が優先的に形成されると考えられる.G四重鎖等非標準構造が形成される配列はがん遺伝子をはじめ,さまざまな遺伝子に存在し,その遺伝子発現を制御している.しかし,それぞれの非標準構造の形成がどのように制御されているかはいまだわからないことが多い.今後,配列の違いによる非標準構造の体積パラメータの違いが知見として蓄積することで,それらの構造の機能発現が細胞内のどのような分子クラウディング環境の際に発揮されるかが明らかになってくるであろう.

おわりに

以上のように,高圧力を活用した体積情報の解析により,細胞内での核酸の構造と機能の関係性が分子クラウディングの観点から導かれつつある.一方で,基礎的な研究だけでなく,高圧力により得られた体積情報をアプリケーションとして用いる取り組みも進んでいる.一例として,核酸構造を安定化したり検出したりするために用いるリガンドとなる小分子化合物の開発に,高圧力が活用できる可能性がある.リガンドとなる分子は,静電的相互作用のような化学的な相補性だけでなく,鍵と鍵穴のような形の相補性も重要である.構造の相補性が高ければ高いほど,キャビティー体積の減少,表面積の減少,更には結合面の脱水和が生じる.いずれも各体積パラメータに依存するため,高圧力を用いた核酸とリガンド複合体の解析で,核酸構造に対するリガンドの適合性を評価することができる(11)11) T. V. Chalikian & R. B. Macgregor Jr.: Phys. Life Rev., 4, 91 (2007)..また,高圧力によってG四重鎖が不安定化したことから,実際に細胞に高圧力をかけた際にG四重鎖を介した遺伝子発現が影響を受けると考えられる.その一方で,分子クラウディングによってその不安定化効果が抑えられたことから,対象とする細胞の細胞内環境によっては遺伝子発現に対する高圧力の効果が異なると考えられる.そのため,高圧力下で生息する生物の代謝機構において,分子クラウディングが深く関与している可能性がある.更に,食品分野における高圧力を用いた殺菌技術の開発においてもその条件を検討するうえで,分子クラウディングの影響を考慮する必要があると考えられる.ほかにも,圧力変化が胚細胞の運命決定に影響を及ぼすことが報告されており(19)19) C. J. Chan, M. Costanzo, T. Ruiz-Herrero, G. Mönke, R. J. Petrie, M. Bergert, A. Diz-Muñoz, L. Mahadevan & T. Hiiragi: Nature, 571, 112 (2019).,医工学分野においても遺伝子発現に対する圧力効果が注目を集めている.以上から,高圧核酸化学の重要性が今後ますます高まってくるであろう.

Reference

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