セミナー室

野菜の生産に生分解性プラスチック製農業資材を使い,労力とゴミを減らす農業用プラスチックへの挑戦

Hiroko Kitamoto

北本 宏子

農研機構 農業環境変動研究センター

Published: 2020-08-01

はじめに

農業や土木業など屋外の作業では,さまざまなプラスチック資材が使われるが,使い終わったときに完全に回収することが難しい.また,プラスチックは軽いので,風や水などによって使っていた場所から移動されやすい.プラスチックによる自然環境の汚染を防ぐ配慮から,わが国では,1990年代から生分解性プラスチックの市場開発が進み(1)1) 尾崎憲治:“生分解性プラスチックの現状と今後の展開”, 53, 36 (2000).,さまざまな製品が試された.しかし,当時は生分解性プラスチックの耐久性や分解速度の情報が十分ではないうえ,生分解性プラスチック樹脂は従来品よりも価格が高いなどのため,多くの製品は,性能と価格の面で顧客満足を得られないまま,市場から消えてしまった.

このなかで,農業用生分解性マルチフィルムは,リピーターが多い.従来の分解しないポリエチレン製品に比べて価格が2~3倍高いにもかかわらず,販売量が伸びており,最近の普及率は,国内のマルチフィルムの1割程度と見込まれる.初期の製品は,農家に「使い物にならん」と言われるほど壊れやすかったが,毎年,製造者による改良と,農家による栽培地での評価が積み重ねられてきた.新しい樹脂も導入されて,耐久性と分解性のバランスが改善されている.しかし生分解性マルチフィルムの技術は,まだ発展途上にある.

このテーマの前半では,「農家が生分解性マルチフィルムを選ぶ理由」に焦点を当てて日本の農業の現状と,生分解性マルチフィルムの効果について解説する.

後半では,生分解性マルチフィルムをより使いやすくするために,「使っている間に壊れずに,使用後“分解酵素”を処理して分解を加速させる」方法の開発を目指す私たちの取り組みを紹介する.

なぜ,農家は,生分解性プラスチック製のマルチフィルムを選ぶのか?

従来の分解しないポリエチレン製の農業用マルチフィルムは,使用後きちんと回収し産業廃棄物として処理することが義務付けられている.フィルムを回収する手順は,まず表面にある作物残さを取り除いた後,畝から剥がす.次に根など絡んでいる植物体や付着している土をできるだけ除去し,乾かす.指定された形態に梱包して,産業廃棄物として処理する(図1図1■使用済みポリエチレン製生分解性マルチフィルムの片付け).重労働で汚れる作業であり,近い将来,ポリエチレン製のマルチフィルムを回収する人がいなくなるという危機感ももたれている.このように手をかけても,使用後のマルチフィルムから土を完全に除去できないので,熱回収以外の再生利用が難しい.そのうえ,いままでプラスチック廃棄物の輸入を受け入れていた中国などの国々が,2018年以降受け入れを制限したため,日本国内で処理するプラスチックの量が急増している状況下,使用済みマルチフィルムは,処理業者が受け入れ難く,処理費用も高騰している.2021年1月から,汚れたプラスチックの輸出を規制するバーゼル条約が発効されるので,対策が必要である.

図1■使用済みポリエチレン製生分解性マルチフィルムの片付け

一方,生分解性マルチフィルムは,微生物によって水と二酸化炭素まで分解される樹脂(生分解性プラスチック)を配合して作られている.このことから,特例として,使い終わったら畑に鋤き込んで,分解を促すことが認められている.野菜の収穫作業にはマルチフィルムが邪魔になるが,生分解性マルチフィルムを使うと,フィルムが破れてもよいので,畑に軽トラックを乗り入れて収穫物を積み込んだり,機械収穫ができるなど,収穫作業も軽減できる.2016年に行われた野菜生産者へのアンケート(3)3) 生分解性マルチについて露地野菜農家アンケート,農業用生分解性資材普及セミナー2017, 農業用生分解性資材普及会,2017.では,生分解性マルチを使う理由として,農作業の省力化が57%と半分以上を占めた(図2A図2■野菜生産者へのアンケート(2016年に全国800名の生産者に調査票を送り,88名の方から回答を得た結果)(3)).ポリエチレン製マルチを使っていた農業者に生分解性マルチを使ってもらうと,「今までの使用済みマルチにかかわるさまざまな負担が(感覚として)1/50くらいに軽減されるので,多少価格が高くても継続して使いたい,手間が減るので,栽培面積を広げることができる」という.野菜生産者へのアンケートでは,生分解性マルチの価格が高いという回答が多いが(図2B図2■野菜生産者へのアンケート(2016年に全国800名の生産者に調査票を送り,88名の方から回答を得た結果)(3)),回収作業労賃や処理費を含む総コストは変わらないか,生分解性マルチのほうが安いという試算がある.

図2■野菜生産者へのアンケート(2016年に全国800名の生産者に調査票を送り,88名の方から回答を得た結果)(3)

生分解性マルチフィルムと農家が不満に思っている課題

現在,一般的な生分解性マルチフィルムに使われている生分解性プラスチックは,グリコールとジカルボン酸のポリエステルであるポリブチレンサクシネート(PBS),ポリブチレンサクシネートアジペート(PBSA)や,芳香族化合物であるテレフタル酸も含むポリブチレンアジペートテレフタレート(PBAT)である.樹脂の一般的な生分解性が高い順にPBSA>PBS>PBATであり,さらに分解が遅いポリ乳酸(PLA)を配合した製品もある.それぞれの樹脂の引張強度や柔軟性,生分解性などの特徴を考慮して,各社で配合が工夫されてきた.

しかし,野菜生産者に,生分解性マルチの改良するべき点を聞くと(3)3) 生分解性マルチについて露地野菜農家アンケート,農業用生分解性資材普及セミナー2017, 農業用生分解性資材普及会,2017.,4割程度が,強度が足りない,分解が望んだ時期でないと答えている(図2B図2■野菜生産者へのアンケート(2016年に全国800名の生産者に調査票を送り,88名の方から回答を得た結果)(3)).実際に,畑の環境はさまざまであり,生分解性フィルムの分解速度は,畑によって異なる(4)4) K. Yamamoto-Tamura, S. Hiradate, T. Watanabe, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Yarimizu & H. Kitamoto: AMB Express, 5, 10 (2015)..初めて生分解性マルチを使う畑では,分解の傾向が予想できないうえ,その年の気象条件によって,期待したよりも早すぎたり遅すぎたりする場合がある.また,栽培する品目によって被覆が必要な期間が異なる.このようにさまざまな環境条件では,「分解するように設計してある」生分解性マルチフィルムが,使い手の期待と異なる分解を示すケースが出てくる.また,生分解性プラスチック製品は在庫できないため,短期間で消費が見込める量だけを製造するので,特殊なタイプの入手が難しいという点も使い難い.

理想の生分解性マルチフィルムを目指して

こうした背景下,私たちは,もう少し丈夫な生分解性マルチフィルムを使って,使用後「酵素処理」などによって分解を加速する,新しい生分解性マルチフィルムの使い方を提案している.生分解性マルチフィルムの耐久性を高くすれば,製造後の保管期間を延ばせるし,使用中に壊れて被覆機能を失うケースが減る.生分解性マルチフィルムを使い手が分解させたくなったときに,使い手自身が酵素を処理して分解を加速することができれば,分解のコントロールが容易になるであろう.生分解性プラスチックの「分解スイッチ機能」は,2019年に国内の産業界がプラスチック対策のために発表した「生分解性プラスチックに関する技術開発の方向性」の一つに挙げられている(5)5) クリーン・オーシャン・マテリアル.アライアンス(CLOMA)事務局:“CLOMA VISION” p. 22, 2019. http://www.jemai.or.jp/cloma/v90m4s0000002t35-att/CLOMA_vision.pdf

生分解マルチフィルムが市場に出た頃から,分解促進酵素を使うというアイディアがあり,さまざまな研究者や民間企業において酵素の探索や利用法の検討が試みられてきた.土壌から分解細菌を探索した研究例が多いが,実用的な酵素剤は,まだ発表されていない.フィルムを速やかに分解する酵素は,どこにあるのだろうか?

葉面常在菌が分泌する生分解性プラスチック分解酵素

私たちは,従来とは異なる視点で,分解酵素を探すことにした.植物の表面を覆うクチクラ層は,長鎖の脂肪酸ポリエステルや脂肪酸で構成されている.クチクラ層も生分解性プラスチックも,常温で固体のポリエステルであることに着目し,植物表層に常在している微生物が,植物の表層から栄養を得るために分解酵素を分泌しているかもしれないと考えた.この酵素が,生分解性プラスチックを分解する可能性を期待して,実験で確かめてみた.PBSAエマルジョンを含む平板培地に葉の洗い液を塗布すると,エマルジョンを分解して透明の領域を形成する微生物のコロニーが容易に得られた.このコロニーを釣り上げて同じ平板培地に広げて,その上にマルチフィルムと同じように成型した黒色のPBSAやPBSのフィルム断片(厚み20 µm)を張り付けた.フィルムは,貼りつけてから1週間以内にその面積が減少した(図3図3■植物表面から生分解性プラスチック分解菌をスクリーニングする方法(6)).フィルム分解菌の種類は,植物の種類にかかわらず,Pseudozyma属やCryptococcus属の担子菌酵母であった(6)6) H. Kitamoto, Y. Shinozaki, X. Cao, T. Morita, M. Konishi, K. Tago, H. Kajiwara, M. Koitabashi, S. Yoshida, T. Watanabe et al.: AMB Express, 1, 44 (2011)..作物の葉から採集したさまざまな糸状菌約1,200株についても一つずつ調べると,PBSAやPBSのフィルム分解性を示す株が選抜できた(7)7) M. Koitabashi, M. Noguchi, Y. Sameshima-Yamashita, H. Syuntaro, K. Suzuki, S. Yoshida, T. Watanabe, Y. Shinozaki, S. Tsushima & H. Kitamoto: AMB Express, 21, 36 (2012)..しかし,いずれの方法でもフィルムを分解する細菌は取得できていない.

図3■植物表面から生分解性プラスチック分解菌をスクリーニングする方法(6)

酵素が生分解性フィルムを壊す仕組み

分解菌の細胞と接触していたフィルムが溶けていたことから,分解菌は,細胞外にフィルム分解酵素を分泌すると考えられた.酵素の活性測定は,PBSAエマルジョンの濁度減少量を指標にして,さまざまな液体培地で分解菌を培養し,生分解性プラスチック分解活性が高い培養ろ液を得て,酵素を精製した.

1. 酵素によるフィルムの分解

イネから採ったPseudozyma antarctica由来のエステラーゼ(PaE)の溶液に,1 cm四方に切ったPBSやPBSA,市販生分解性マルチフィルムを浸漬すると,フィルムは崩壊した(8)8) T. Watanabe, Y. Shinozaki, S. Yoshida, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Fujii, T. Fukuoka & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 117, 325 (2014).図4A図4■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)を含む培養ろ液による市販生分解性マルチフィルムの分解).オオムギの葉から取得したParaphoma属の糸状菌B47-9由来の酵素(PCLE)でも同様の結果を得た(9)9) Y. Sameshima-Yamashita, M. Koitabash, W. Tsuchiya, K. Suzuki, T. Watanabe, Y. Shinozaki, K. Yamamoto-Tamura, T. Yamazaki & H. Kitamoto: J. Oleo Sci., 65, 257 (2016).

図4■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)を含む培養ろ液による市販生分解性マルチフィルムの分解

A: 酵素液に浸漬(8),B: 酵素液塗布後に土壌中に埋設(16)16) Y. Sameshima-Yamashita, H. Ueda, M. Koitabashi & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 127, 93 (2019).

2. 酵素によるフィルム分解基質特異性の評価

酵素によるフィルムの分解量は,酵素溶液とフィルムを接触させて,プラスチックが反応液中に溶けだしてきた量を,全有機炭素計(TOC計)で計測する方法が知られている.この実験を行う際に,フィルムの成型は,テフロンプリントで区切られたスライドガラスの区画に有機溶媒に溶解したプラスチックを滴下して溶媒を気化させる方法が簡便で,成形したフィルムの表面に酵素溶液を滴下して保湿条件下で酵素反応をさせると,少量の酵素を用いて実験ができる.また,フィルムに色素を混ぜて成型して,酵素反応液中に溶けだしてくる色素の量を,分光光度計を用いて測定したところ,TOC計を用いる方法と相関した.TOC計がない場合でも,同一のフィルムに対し,複数の酵素の分解性を比較することができる.これらの方法で,PaEやPCLEがさまざまなフィルムを分解することを示した(10, 11)10) Y. Shinozaki, T. Watanabe, T. Nakajima-Kambe & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 115, 111 (2013).11) K. Suzuki, M. Noguchi, Y. Shinozaki, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, S. Yoshida, T. Fujii & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 4457 (2014).

3. フィルムが酵素で溶かされる様子をリアルタイムに観察する

上記の実験では,フィルムを酵素で処理した後に反応液中に溶出した成分を解析していたが,フィルムを酵素が溶かしている様子を観察したいと考え,表面プラズモン共鳴装置(SPR)を用いる方法を開発した(12)12) Y. Shinozaki, Y. Kikkawa, S. Sato, T. Fukuoka, T. Watanabe, S. Yoshida, T. Nakajima-Kambe & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8591 (2013)..SPRは通常,物質の相互作用を調べるために使われる.装置のセンサー表面に物質Aを固定し,その表面に流した液体中の物質Bが結合した結果,増えた質量の変化は,センサー表面で反射される光の角度の変化量(SPRシグナル)に相関する.センサー表面にプラスチック膜(非結晶のポリ乳酸)を成型し,その表面にP. antarcticaの酵素(PaE)の溶液を3分間流すと,SPRシグナルがベースラインよりもあがり,酵素の結合量が測定された.続いて3分間緩衝液を流した後にエタノールを流して酵素を剥がすと,SPRシグナルがベースラインよりも下がった.実験に用いたセンサーチップ表面を原子間力顕微鏡(AFM)で観察すると,酵素を流した流路にあたる部分が削られており,その深さはSPRシグナル減少量と相関した(図5A図5■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)による生分解性プラスチックの分解特性).センサー表面に異なるプラスチックを成型すれば,プラスチックごとに酵素が分解する様子を観察することができる.

図5■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)による生分解性プラスチックの分解特性

A: 表面プラズモン共鳴装置(SPR)を用いフィルムへの酵素の結合と分解の様子を観察(非結晶PLAをPaEで分解した事例)(11)11) K. Suzuki, M. Noguchi, Y. Shinozaki, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, S. Yoshida, T. Fujii & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 4457 (2014).
B: PaEによるフィルム分解物のLC-MS分析結果まとめ(PBSAをモデルにして記載)(12)12) Y. Shinozaki, Y. Kikkawa, S. Sato, T. Fukuoka, T. Watanabe, S. Yoshida, T. Nakajima-Kambe & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8591 (2013).
C: PaE処理後残存したPBSAフィルムの分子量変化(12)12) Y. Shinozaki, Y. Kikkawa, S. Sato, T. Fukuoka, T. Watanabe, S. Yoshida, T. Nakajima-Kambe & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8591 (2013).

4. 酵素がフィルムのポリマー鎖を分解する様子を観察する

PBSやPBSAフィルムの表面にPaEやPCLE酵素溶液を乗せ反応後,溶液中に溶解したポリマー分解物を,LC-MSで解析した.いずれのフィルムからも,さまざまなサイズに分断されたポリマー鎖(オリゴマー)が検出され,これらの酵素がポリマー鎖をランダムに分解していることが示された.PaEのほうがPCLEよりもポリマー分解活性が高く,反応時間を延ばすと,低分子のオリゴマーの量が増え,モノマーまで分解した(図5B図5■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)による生分解性プラスチックの分解特性).反応後に残ったフィルムを有機溶媒に溶かして,ゲル濾過クロマトグラフィーに供すると,分子量が低下していた(図5C図5■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)による生分解性プラスチックの分解特性(13)13) S. Sato, A. Saika, Y. Shinozaki, T. Watanabe, K. Suzuki, Y. Sameshima-Yamashita, T. Fukuoka, H. Habe, T. Morita & T. H. Kitamoto: Polym. Degrad. Stabil., 141, 26 (2017)..これらの結果から,フィルムは,酵素によってポリマーが分断されることにより形が保てなくなり,図3A図3■植物表面から生分解性プラスチック分解菌をスクリーニングする方法(6)で示したように崩壊すると考えられる.

イネから単離したP. antarctica野生株から生分解性プラスチック分解酵素の大量生産

畑に展張していたマルチフィルムを使用後に,酵素処理によって分解促進させる方法を実用化するためには,分解酵素を安価に大量生産する方法が必要である.酵素は,遺伝子組換え生物に作らせた場合でも,最終的な製品(酵素)から組換え体そのものが除去されていれば「酵素」として扱うことができる.しかし,今まで,畑に酵素を散布すること自体が行われていないので,農業者や消費者に受け入れやすいように,可食歴がある作物から単離した微生物の酵素を用いるのが適切だと考えた.また酵素を生産させる微生物は,野生株を用いる方法と,酵素生産菌を宿主株に用いたセルフクローニング(自身の遺伝子のみで遺伝子操作をする)株を用いる方法を検討した.

野生株のP. antarcticaは,さまざまな炭素源のうちキシロースを与えると,PaEを多く分泌することを見いだした.ジャー培養装置を用いたキシロース流加培養により,培養ろ液中に生産されるPaEの濃度は,キシロースを用いる前のフラスコ培養液に比べて約100倍に上昇した(8)8) T. Watanabe, Y. Shinozaki, S. Yoshida, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Fujii, T. Fukuoka & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 117, 325 (2014)..次に,P. antarcticaの遺伝子を操作して,酵素生産量を増やすことにした.野生株をキシロースで培養した培養ろ液中には,副産物としてキシラナーゼも大量に生産されていた.そこで,キシラナーゼプロモーターの下流にPaEの遺伝子を接続した「PaE高生産カセット」を作製し,外来の薬剤耐性遺伝子を導入マーカーに用いてP. antarctica染色体内に挿入した.この遺伝子組換え体は,キシロース培地におけるジャー培養で,PaEの濃度が,野生株に比べてさらに10倍以上上昇した(14)14) T. Watanabe, T. Morita, H. Koike, T. Yarimizu, Y. Shinozaki, Y. Y. Sameshima-Yamashita, S. Yoshida, M. Koitabashi & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 3207 (2016)..さらに,セルフクローニング株を作出するために,紫外線照射によってP. antarctica野生株から栄養要求性変異株を取得した.この株は,リジン合成にかかわる遺伝子であるLYS12の一部が脱落してリジン要求性を示した.そこで,LYS12を導入マーカーに用いて染色体内に「PaE高生産カセット」を挿入したセルフクローニング候補株を取得している(15)15) Y. Sameshima-Yamashita, T. Watanabe, T. Tanaka, S. Tsuboi, T. Yarimizu, T. Morita, H. Koike, K. Suzuki & H. Kitamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 1, 10 (2019).

市販生分解性マルチへの酵素処理による分解促進

畑を被覆した市販生分解性マルチフィルムの分解を酵素処理によって促進させること想定して,実験室でフィルム断片をトレーに並べて,PaE溶液を塗布したところ,翌日にはフィルムの強度が下がった.タッパーに入れた畑の土に,このフィルム断片を埋設したところ,PaE溶液を塗布したフィルムは,土の中で早く分解した(16)16) Y. Sameshima-Yamashita, H. Ueda, M. Koitabashi & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 127, 93 (2019).図4B図4■イネ由来酵母P. antarcticaのエステラーゼ(PaE)を含む培養ろ液による市販生分解性マルチフィルムの分解).この間,土の中の微生物群集をDNAレベルで解析したところ,真菌では大きな変化が生じたが,それ比べて細菌の変化は少なかった.また,土の中で,PaEを前処理したフィルムの形が肉眼で見えなくなった後に,菌叢は元に戻る傾向が示された.このことから,土壌埋設前にフィルムへ酵素処理することによって,フィルム埋設後の土壌微生物叢の変化と回復が速くなることが示された(16)16) Y. Sameshima-Yamashita, H. Ueda, M. Koitabashi & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 127, 93 (2019).

現在は,実際の畑を想定して,屋外に展張した市販生分解性マルチへPaE溶液を処理した場合のフィルム劣化効果の検証を進めている.PCLEを用いた検討の方を先に進めており,PBSA, PBS,市販生分解性マルチフィルムいずれも,PCLE溶液を散布処理すると割れ目が生じ,分解が促進された(17)17) M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Watanabe, Y. Shinozaki & H. Kitamoto: Jpn. Agric. Res. Q., 50, 229 (2016)..最近の市販生分解性マルチフィルムは,分解が遅い樹脂の配合割合が増えている.このフィルムに対し,酵素の効き目を高める処理方法の開発を行うとともに,並行して,フィルムの分解を適切に評価する方法の作出を行っている.

(補足)植物常在菌酵素は植物表層へ作用するのか?

本稿では,葉面常在菌が,生分解性プラスチック分解酵素を分泌することを紹介したが,筆者らは,この酵素の植物への作用も調べている.生分解性マルチフィルムを分解する濃度の酵素(PaE)を植物の葉に処理すると,葉の表面を覆う脂質の層であるクチクラ層が薄くなる様子が観察された.クチクラ層を構成する炭素鎖長16や18の脂肪酸が検出されたことから,自然環境下でも,酵母が,葉から脂肪酸を抽出して炭素源として利用している可能性が推測される(18, 19)18) H. Ueda, I. Mitsuhara, J. Tabata, S. Kugimiya, T. Watanabe, K. Suzuki, S. Yoshida & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 6405 (2015).19) H. Ueda, D. Kurose, S. Kugimiya, I. Mitsuhara, S. Yoshida, J. Tabata, K. Suzuki & H. Kitamoto: Sci. Rep., 8, 16455 (2018).

Acknowledgments

本稿で解説した酵素による生分解性プラスチックの分解に関する研究は,農業環境技術研究所で開始され,産総研との共同研究で,農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業25017 A, 25017ABで実施した.現在は,生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業01029Cの支援を得て先を進めている.酵素の植物への作用は,科研費(23658083, 16H04904)で取り組んだ.解説した内容の実施に深く携わった,植田浩一,吉川佳広,小板橋基夫,雑賀あずさ,佐藤 俊,篠崎由紀子,鈴木 健,曹 暁紅,福岡徳馬,森田友岳,吉田重信,山下結香,山元季実子,渡部貴志(敬称略,五十音順)ほか,多くの皆様に心より感謝申し上げます.

Reference

1) 尾崎憲治:“生分解性プラスチックの現状と今後の展開”, 53, 36 (2000).

2) 農林水産省:食料・農業・農村の動向,p. 147, 2019. https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h30/attach/pdf/zenbun-23.pdf

3) 生分解性マルチについて露地野菜農家アンケート,農業用生分解性資材普及セミナー2017, 農業用生分解性資材普及会,2017.

4) K. Yamamoto-Tamura, S. Hiradate, T. Watanabe, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Yarimizu & H. Kitamoto: AMB Express, 5, 10 (2015).

5) クリーン・オーシャン・マテリアル.アライアンス(CLOMA)事務局:“CLOMA VISION” p. 22, 2019. http://www.jemai.or.jp/cloma/v90m4s0000002t35-att/CLOMA_vision.pdf

6) H. Kitamoto, Y. Shinozaki, X. Cao, T. Morita, M. Konishi, K. Tago, H. Kajiwara, M. Koitabashi, S. Yoshida, T. Watanabe et al.: AMB Express, 1, 44 (2011).

7) M. Koitabashi, M. Noguchi, Y. Sameshima-Yamashita, H. Syuntaro, K. Suzuki, S. Yoshida, T. Watanabe, Y. Shinozaki, S. Tsushima & H. Kitamoto: AMB Express, 21, 36 (2012).

8) T. Watanabe, Y. Shinozaki, S. Yoshida, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Fujii, T. Fukuoka & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 117, 325 (2014).

9) Y. Sameshima-Yamashita, M. Koitabash, W. Tsuchiya, K. Suzuki, T. Watanabe, Y. Shinozaki, K. Yamamoto-Tamura, T. Yamazaki & H. Kitamoto: J. Oleo Sci., 65, 257 (2016).

10) Y. Shinozaki, T. Watanabe, T. Nakajima-Kambe & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 115, 111 (2013).

11) K. Suzuki, M. Noguchi, Y. Shinozaki, M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, S. Yoshida, T. Fujii & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 4457 (2014).

12) Y. Shinozaki, Y. Kikkawa, S. Sato, T. Fukuoka, T. Watanabe, S. Yoshida, T. Nakajima-Kambe & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8591 (2013).

13) S. Sato, A. Saika, Y. Shinozaki, T. Watanabe, K. Suzuki, Y. Sameshima-Yamashita, T. Fukuoka, H. Habe, T. Morita & T. H. Kitamoto: Polym. Degrad. Stabil., 141, 26 (2017).

14) T. Watanabe, T. Morita, H. Koike, T. Yarimizu, Y. Shinozaki, Y. Y. Sameshima-Yamashita, S. Yoshida, M. Koitabashi & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 3207 (2016).

15) Y. Sameshima-Yamashita, T. Watanabe, T. Tanaka, S. Tsuboi, T. Yarimizu, T. Morita, H. Koike, K. Suzuki & H. Kitamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 1, 10 (2019).

16) Y. Sameshima-Yamashita, H. Ueda, M. Koitabashi & H. Kitamoto: J. Biosci. Bioeng., 127, 93 (2019).

17) M. Koitabashi, Y. Sameshima-Yamashita, T. Watanabe, Y. Shinozaki & H. Kitamoto: Jpn. Agric. Res. Q., 50, 229 (2016).

18) H. Ueda, I. Mitsuhara, J. Tabata, S. Kugimiya, T. Watanabe, K. Suzuki, S. Yoshida & H. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 6405 (2015).

19) H. Ueda, D. Kurose, S. Kugimiya, I. Mitsuhara, S. Yoshida, J. Tabata, K. Suzuki & H. Kitamoto: Sci. Rep., 8, 16455 (2018).