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真核生物に最も近い原核生物アスガルドアーキア真核生物の起源を解き明かす鍵

Takaaki Sato

佐藤 喬章

京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻

Published: 2020-09-01

真核生物はどのように誕生したのか? 興味深いところであるが,さまざまな説があり議論が続けられている.しかし,その議論に大きなインパクトを与える研究成果が2015年頃から次々と報告されている.それが真核生物に最も近い原核生物アスガルドアーキアの発見・ゲノム解析・可培養化である.本稿ではこのアスガルドアーキアについて概説したい.

まず,アーキアとは真核生物・細菌とは異なる第三の生物群である.細菌と同じ原核生物でありながら,遺伝子の転写装置などは真核生物のものに似ている.一方,膜脂質の疎水性尾部は特徴的で,枝分かれ構造のあるイソプレノイドがグリセロールとエーテル結合でつながっている(真核生物と細菌では脂肪酸由来の直鎖型炭化水素がグリセロールとエステル結合).真核生物の誕生については諸説あるが,「真核生物の元になった細胞」が後にミトコンドリアとなるバクテリアを取り込んで細胞内共生させ,やがて真核生物へと進化したという説が比較的広く受け入れられている.しかし,その「真核生物の元になった細胞」については2つの説があり,議論が絶えない(1)1) T. Watson: Nature, 569, 322 (2019)..Carl Woeseらが提唱した「全生命の共通祖先(LUCA)が細菌と別の生物に分岐し,その別の生物からアーキアと真核生物へと分岐した」とする説(3ドメイン説:図1図1■3ドメイン説と2ドメイン説における進化系統樹の概念図左)と,James Lakeらが提唱した「LUCAが細菌とアーキアに分岐し,(クレンアーキオータ門の)アーキアがバクテリアを取り込んで真核生物へと進化したとする説(エオサイト説)」である.つまり「真核生物の元になった細胞」がアーキアか否かがポイントである.

図1■3ドメイン説と2ドメイン説における進化系統樹の概念図

C: クレンアーキオータ門,E: ユーリアーキオータ門,TACK: TACK上門,Asgard: アスガルドアーキア上門.2ドメイン説では真核生物はアーキアドメインに含まれると捉える.

かつてはユーリアーキオータ門(メタン生成菌・好塩菌・好熱菌・硫酸還元菌などを含む)とクレンアーキオータ門(好熱好酸性菌などを含む)の2つに分類されるアーキアがほとんどであった.エオサイト説では遺伝子翻訳装置の類似性からクレンアーキオータから真核生物が誕生したとされた.しかし,近年のDNAシーケンシング技術の発展によりほかにもさまざまなアーキアが存在することが明らかになっている.これにより,系統学的にクレンアーキオータより真核生物の近くに位置付けられる,タウムアーキオータ・アイグアーキオータ・コルアーキオータの3門が同定された(クレンアーキオータを加えてTACK上門とされる).TACK上門のアーキアは,真核生物しかもたないとされてきたタンパク質(Eukaryotic signature protein[ESP])を複数もっていたことから,TACK上門から真核生物へと進化したとするエオサイト説の発展版(TACK説)も提唱された.

さらに,2015年に大きなインパクトを与える報告がなされた.Anja SpangやThijs Ettemaらのグループにより,TACK上門よりもさらに系統学的に真核生物に近いとされるロキアーキオータ門が発見されたのである(2)2) A. Spang, J. H. Saw, S. L. Jørgensen, K. Zaremba-Niedzwiedzka, J. Martijn, A. E. Lind, R. van Eijk, C. Schleper, L. Guy & T. J. G. Ettema: Nature, 521, 173 (2015).(どのタンパク質を用いるかによって系統学的解析の結果は異なることから,異論もある(3)3) V. Da Cunha, M. Gaia, D. Gadelle, A. Nasir & P. Forterre: PLOS Genet., 13, e1006810 (2017).).ロキアーキオータは北極海のLoki’s castleという熱水噴出孔の近海における深海堆積物から検出された(その存在はDeep-Sea Archaeal Group/Marine Benthic Group Bなどとして以前から報告はされていた).メタゲノム解析の結果,アクチン・プロフィリン・細胞膜のリモデリングを行うESCRTタンパク質群などを含む,TACK上門よりさらに多くのESPを有していることがわかった.プロフィリンに関しては高い濃度を必要とはするものの,真核生物由来のプロフィリンと同様にアクチンの重合を制御する作用をもつことが示唆されている(4)4) C. Akil & R. C. Robinson: Nature, 562, 439 (2018)..さらにロキアーキオータと近縁であるトールアーキオータやオーディンアーキオータ・ヘイムダルアーキオータ(5)5) K. Zaremba-Niedzwiedzka, E. F. Caceres, J. H. Saw, D. Bäckström, L. Juzokaite, E. Vancaester, K. W. Seitz, K. Anantharaman, P. Starnawski, K. U. Kjeldsen et al.: Nature, 541, 353 (2017).も同定され(いずれも北欧神話の神にちなんで名づけられている),これらが形成するアスガルドアーキア上門が提唱された(アスガルドとは北欧神話の神々が住む世界).これによりアスガルドアーキアが真核生物の元になった細胞である可能性が浮上し,かつてエオサイト説と呼ばれた説(今で言う2ドメイン説)が見直されつつある(図1図1■3ドメイン説と2ドメイン説における進化系統樹の概念図右).アスガルドアーキアの中でも最も真核生物に近いと位置付けられるのはヘイムダルアーキオータであり,本菌のゲノム情報からさまざまな代謝特性も予測されている(6)6) P. A. Bulzu, A. Ş. Andrei, M. M. Salcher, M. Mehrshad, K. Inoue, H. Kandori, O. Beja, R. Ghai & H. L. Banciu: Nat. Microbiol., 4, 1129 (2019).

しかしアスガルドアーキアはいずれも培養できていなかったことから,その生態は不明であった.そのようななか,2020年になってHiroyuki Imachi, Masaru NobuやKen Takaiらのグループにより,南海トラフの深海堆積物からロキアーキオータとメタン生成アーキアを共濃縮培養したことが報告された(7)7) H. Imachi, M. K. Nobu, N. Nakahara, Y. Morono, M. Ogawara, Y. Takaki, Y. Takano, K. Uematsu, T. Ikuta, M. Ito et al.: Nature, 577, 519 (2020)..このアーキアは北欧神話の神・プロメテウスにちなんでプロメテオアーキウムと名づけられた.プロメテオアーキウムはアミノ酸を資化する嫌気性アーキアであり,メタン生成菌のほかにも硫酸還元細菌などと共生していると推測される.電子顕微鏡観察によって,直径550 nm程度の比較的小さな球菌であり,膜小胞を生産し,さらに特徴的なのが細胞の表面に複数の触手のような長い突起物を有することがわかっている.一方,残念ながら,真核生物が有するような細胞内小器官のような構造物は観察されていない.ゲノムを解析したところ,系統学的解析ではやはり真核生物の近くに位置づけられ,またほかのアスガルドアーキアと同様多くのESPを有していた.これにより今までアスガルドアーキアのゲノムで検出されてきたESPが真核生物由来のコンタミネーションによるものだった可能性はほぼなくなったと言える.これらの観察に基づき,アスガルドアーキアが長い突起物と小胞により細菌を巻き込んで,共生し,真核生物へと進化していったのではないかというモデルが提唱されている.しかし,これに関してはほかのアスガルドアーキアの生態が明らかになってから議論すべきことであろう.今後,別のアスガルドアーキアの培養や,研究に資する細胞量の確保などが達成されアスガルドアーキアの研究が進めば,真核生物誕生の謎を解明できることが期待される.

Reference

1) T. Watson: Nature, 569, 322 (2019).

2) A. Spang, J. H. Saw, S. L. Jørgensen, K. Zaremba-Niedzwiedzka, J. Martijn, A. E. Lind, R. van Eijk, C. Schleper, L. Guy & T. J. G. Ettema: Nature, 521, 173 (2015).

3) V. Da Cunha, M. Gaia, D. Gadelle, A. Nasir & P. Forterre: PLOS Genet., 13, e1006810 (2017).

4) C. Akil & R. C. Robinson: Nature, 562, 439 (2018).

5) K. Zaremba-Niedzwiedzka, E. F. Caceres, J. H. Saw, D. Bäckström, L. Juzokaite, E. Vancaester, K. W. Seitz, K. Anantharaman, P. Starnawski, K. U. Kjeldsen et al.: Nature, 541, 353 (2017).

6) P. A. Bulzu, A. Ş. Andrei, M. M. Salcher, M. Mehrshad, K. Inoue, H. Kandori, O. Beja, R. Ghai & H. L. Banciu: Nat. Microbiol., 4, 1129 (2019).

7) H. Imachi, M. K. Nobu, N. Nakahara, Y. Morono, M. Ogawara, Y. Takaki, Y. Takano, K. Uematsu, T. Ikuta, M. Ito et al.: Nature, 577, 519 (2020).