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サンゴ–微生物の生物間相互作用白化・病気の予防法開発を目指して

Toshiyuki Takagi

髙木 俊幸

東京大学大気海洋研究所

Published: 2020-09-01

美しい海といえば,南の島のサンゴ礁を最初に思い浮かべてしまう.青く透き通った海,カラフルで多種多様な生物,複雑な地形の造形美,サンゴ礁は人をひきつけてやまない魅力の宝庫である.サンゴはその形状から植物と思われることが多いが,クラゲやイソギンチャクの仲間の刺胞動物であり,サンゴが作り出す地形をサンゴ礁と呼ぶ.「生命のゆりかご」とも呼ばれるサンゴ礁には全海洋生物の約25%が生息しており,生物多様性の保全上,極めて重要な生態系でもある(1)1) N. Knowlton, R. E. Brainard, R. Fisher, M. Moews, L. Plaisance & M. J. Caley: “Life in the World’s Oceans: Diversity, Distribution, and Abundance,” ed. by A. D. McIntyre, Wiley-Blackwell, 2010, p. 65..サンゴには,褐虫藻と呼ばれる単細胞藻類が細胞内共生しており合成した光合成産物の約60~80%を提供させている(2)2) P. Tremblay, R. Grover, J. F. Maguer, L. Legendre & C. Ferrier-Pagès: J. Exp. Biol., 215, 1384 (2012)..そのほかにも体表・体内に細菌などの多様な微生物を共在させており,まるで一つの生物のように振る舞うさまざまな生命体は,まとめて「ホロビオント(Holobiont)」と言い表される.しかし,気候変動に伴う海水温上昇などの環境ストレスを受けると,ホロビオントは崩壊しサンゴ細胞内の褐虫藻密度の著しい低下や,褐虫藻自体の色素消失を引き起こす(図1図1■サンゴの白化・病気の予防法開発を目指したプロバイオティクス研究).サンゴの組織は半透明であり白い炭酸カルシウムの骨格が透けて見えてしまうため,サンゴの「白化現象」と表現される.このような環境ストレスが原因の白化に加えて,病原菌感染を原因とする細菌性白化も世界中で報告が相次いでいる(3)3) E. Rosenberg, O. Koren, L. Reshef, R. Efrony & I. Zilber-Rosenberg: Nat. Rev. Microbiol., 5, 355 (2007)..褐虫藻からの栄養供給が途絶えるため長期間の白化はサンゴを死に追いやり,そこに生息する多様な生物は住処を失いサンゴ礁生態系全体が崩壊する.1997から1998年にかけて,海水温上昇に伴い世界中のサンゴ礁において大規模な白化現象が起きた.日本でも1998年夏,琉球列島を中心として,北は熊本県天草沖までの広範囲な海域で大規模な白化現象が報告された(4)4) H. Taniguchi, K. Iwao & M. Omori: Galaxea, JCRS, 1, 59 (1999)..さらに,2015から2016年にかけてもエルニーニョ現象による記録的な高温が続き世界遺産グレートバリアリーフの90%を超えるサンゴが白化するという壊滅的な被害が報告されており(5)5) T. P. Hughes, J. T. Kerry, M. Álvarez-Noriega, J. G. Álvarez-Romero, K. D. Anderson, A. H. Baird, R. C. Babcock, M. Beger, D. R. Bellwood, R. Berkelmans et al.: Nature, 543, 373 (2017).,このペースが続くと数十年後には世界のサンゴ礁は完全に消滅してしまう.

図1■サンゴの白化・病気の予防法開発を目指したプロバイオティクス研究

サンゴ–褐虫藻は細胞内共生の関係にあり,サンゴからは住処,二酸化炭素,及び無機栄養塩が,褐虫藻からは光合成産物(栄養)と酸素がそれぞれ供給される.高温・強光・病原菌感染などのさまざまなストレスによってこの共生関係は崩壊し,サンゴは白化する.これらのストレスを軽減することができるプロバイオティクスを用いて,サンゴの白化・病気の予防法開発を目指す.

この白化現象が起こる詳細なメカニズムについては議論が続いているが,最も有力な学説は,褐虫藻に高温ストレスと光ストレスが同時にかかることで光化学系が機能不全に陥り,過剰な活性酸素種(Reactive oxygen species; ROS)を産生することが引き金になるというものである(6)6) M. P. Lesser: “Coral reefs: an ecosystem in transition,” ed by Z. Dubinsky and N. Stambler, Springer, 2011, p. 405.光合成は光合成色素が吸収した光エネルギーを利用してATPとNADPHを生産する明反応と,これらの生産物を使って二酸化炭素を糖へ炭酸固定する暗反応の2つの過程によって構成されている.光合成活性は光の強度と比例関係にあるが,ある光強度で飽和に達し,それ以上の強光へ長時間さらされると光合成活性の低下が見られる.これは光化学系II(PSII)が強光により損傷を受けて不活性化することにより引き起こり,このような過剰な光暴露による光合成活性の低下は光阻害と呼ばれている.褐虫藻においても光阻害が起きることが知られているが(7)7) B. E. Brown, R. P. Dunne, M. E. Warner, I. Ambarsari, W. K. Fitt, S. W. Gibb & D. G. Cummings: Mar. Ecol. Prog. Ser., 195, 117 (2000).,PSIIには修復機能が備わっており,強光により損傷を受けても速やかに再活性化されるため,サンゴは強い直射日光にさらされる熱帯の浅海域に生息することができるのである.しかしながら,サンゴが白化を起こす30度を超えるような高温ストレス下においては,PSII修復能力が急激に落ちることがわかっている(8)8) S. Takahashi, T. Nakamura, M. Sakamizu, R. van Woesik & H. Yamasaki: Plant Cell Physiol., 45, 251 (2004)..これは高温ストレスがカルビンサイクルにおける炭酸固定を阻害することが一つの要因であり,光合成色素に過剰に吸収されて行き場を失った光エネルギーが酸素に渡ることでROSを産生する.さらに,産生したROSはPSII修復機構の中心的な役割を担っているD1タンパク質合成を阻害するため,PSII修復速度の低下を引き起こす.その結果,光損傷速度が修復速度を上回って光阻害が起きるため,サンゴは白化を引き起こす.

褐虫藻には遺伝的タイプの異なるA–Iの9つのクレードが存在し(最近その多くが独立した属として格上げされた),それぞれのクレードごとに生理学的な特徴が異なる(9)9) T. C. LaJeunesse, J. E. Parkinson, P. W. Gabrielson, H. J. Jeong, J. D. Reimer, C. R. Voolstra & S. R. Santos: Curr. Biol., 28, 2570 (2018)..たとえば,クレードDは温度や濁度などの環境変動への耐性が高いことが知られており,白化現象が繰り返し起きたサンゴにおいてもこの褐虫藻の割合が高くなることが報告されている(10)10) R. S. Peixoto, P. M. Rosado, D. C. Leite, A. S. Rosado & D. G. Bourne: Front. Microbiol., 8, 341 (2017)..そのため褐虫藻組成のマニピュレーションによるサンゴへの高温ストレス耐性の付与などもチャレンジされているが,共生する褐虫藻はサンゴの種類・ライフサイクル・生息域などによっても異なるため,長期的な安定性という観点において課題が残る.そこで,16S rRNA細菌叢解析などの技術を用いた,よりミクロな視点からのサンゴホロビオント研究が急速に進んでおり,白化や病気の予防法開発を目的としたプロバイオティクスにも注目が集まっている(図1図1■サンゴの白化・病気の予防法開発を目指したプロバイオティクス研究). 2018年には世界で初めてプロバイオティクスがサンゴにおいて機能する実験的なデータが示され,細菌性白化がプロバイオティクス投与によって緩和できることが実証された(11)11) P. M. Rosado, D. C. A. Leite, G. A. S. Duarte, R. M. Chaloub, G. Jospin, U. N. da Rocha, J. P. Saraiva, F. Dini-Andreote, J. A. Eisen, D. G. Bourne et al.: ISME J., 13, 921 (2019)..

さらに最近になって筆者たちの研究グループは,褐虫藻の細胞表面に共在して熱や光などの環境ストレスを軽減する機能的な役割をもつ細菌を世界で初めて発見した(12)12) K. Motone, T. Takagi, S. Aburaya, N. Miura, W. Aoki & M. Ueda: mBio, 11, e01019-19 (2020)..GF1株と名付けた本菌は,16S rRNA遺伝子の相同性検索の結果,フラボバクテリウム科のMuricauda lutaonensis CC-HSB-11株と95.7%の相同性を示した.GF1株はフラボバクテリウム科の特徴である黄色~オレンジ色を呈したコロニーを形成し,ゲノム解析と代謝物解析によりカロテノイドの一種であるゼアキサンチンを合成する機能をもつことが明らかになった.ゼアキサンチンはROSを消去する抗酸化物質であり,過剰な光エネルギーを熱として捨てる反応である非光化学的消光(Non-photochemical quenching; NPQ)を介した光防御機能をもっている.つまり褐虫藻に共生しているGF1株は,ROS消去と光損傷の回避などの役割を果たしていると考えられた.実際に,抗生物質処理により共生するフラボバクテリウム科細菌を除去した褐虫藻は,熱ストレスおよび光ストレス条件下において光合成収率が減少してROS産生量が上昇していた.一方でGF1株を再接種した褐虫藻は,両ストレス条件下において光合成収率が回復して,ROS産生量も改善したことから,GF1株はゼアキサンチン生産を介して褐虫藻のストレス耐性向上に寄与していると考えられた.現在筆者の研究グループでは,GF1株のようなカロテノイド生産細菌や,病原菌に対して生育抑制能を示す細菌を用いたマイクロバイオームエンジニアリングによって(12, 13)12) K. Motone, T. Takagi, S. Aburaya, N. Miura, W. Aoki & M. Ueda: mBio, 11, e01019-19 (2020).13) N. Miura, K. Motone, T. Takagi, S. Aburaya, S. Watanabe, W. Aoki & M. Ueda: Mar. Biotechnol. (NY), 21, 1 (2019).,高温などのストレス環境下においても適応可能なサンゴホロビオントのデザインを進めている.われわれは細菌などの微生物の力を最大限に活用することで,本気でサンゴ礁を守りたいと考えて研究に取り組んでいる.今後は,生態系への影響などを最大限に考慮してフィールド実験なども進めていき,世界のサンゴ礁保全に役立つ技術開発に取り組んでいきたい.

Reference

1) N. Knowlton, R. E. Brainard, R. Fisher, M. Moews, L. Plaisance & M. J. Caley: “Life in the World’s Oceans: Diversity, Distribution, and Abundance,” ed. by A. D. McIntyre, Wiley-Blackwell, 2010, p. 65.

2) P. Tremblay, R. Grover, J. F. Maguer, L. Legendre & C. Ferrier-Pagès: J. Exp. Biol., 215, 1384 (2012).

3) E. Rosenberg, O. Koren, L. Reshef, R. Efrony & I. Zilber-Rosenberg: Nat. Rev. Microbiol., 5, 355 (2007).

4) H. Taniguchi, K. Iwao & M. Omori: Galaxea, JCRS, 1, 59 (1999).

5) T. P. Hughes, J. T. Kerry, M. Álvarez-Noriega, J. G. Álvarez-Romero, K. D. Anderson, A. H. Baird, R. C. Babcock, M. Beger, D. R. Bellwood, R. Berkelmans et al.: Nature, 543, 373 (2017).

6) M. P. Lesser: “Coral reefs: an ecosystem in transition,” ed by Z. Dubinsky and N. Stambler, Springer, 2011, p. 405

7) B. E. Brown, R. P. Dunne, M. E. Warner, I. Ambarsari, W. K. Fitt, S. W. Gibb & D. G. Cummings: Mar. Ecol. Prog. Ser., 195, 117 (2000).

8) S. Takahashi, T. Nakamura, M. Sakamizu, R. van Woesik & H. Yamasaki: Plant Cell Physiol., 45, 251 (2004).

9) T. C. LaJeunesse, J. E. Parkinson, P. W. Gabrielson, H. J. Jeong, J. D. Reimer, C. R. Voolstra & S. R. Santos: Curr. Biol., 28, 2570 (2018).

10) R. S. Peixoto, P. M. Rosado, D. C. Leite, A. S. Rosado & D. G. Bourne: Front. Microbiol., 8, 341 (2017).

11) P. M. Rosado, D. C. A. Leite, G. A. S. Duarte, R. M. Chaloub, G. Jospin, U. N. da Rocha, J. P. Saraiva, F. Dini-Andreote, J. A. Eisen, D. G. Bourne et al.: ISME J., 13, 921 (2019).

12) K. Motone, T. Takagi, S. Aburaya, N. Miura, W. Aoki & M. Ueda: mBio, 11, e01019-19 (2020).

13) N. Miura, K. Motone, T. Takagi, S. Aburaya, S. Watanabe, W. Aoki & M. Ueda: Mar. Biotechnol. (NY), 21, 1 (2019).