Kagaku to Seibutsu 58(9): 520-528 (2020)
解説
ヒト栄養素トランスポーターと分子標的創薬研究糖やアミノ酸の取り込み装置を制御して病気を治す
Human Nutrient Transporters and Drug Discovery Targeting the Transporters: Controlling the Uptake of Sugars and Amino Acids to Cure Diseases
Published: 2020-09-01
薬物の標的のうち,70%ほどが膜タンパク質であるとされており,さらに近年はこれまでは研究の難しかった膜輸送体,特にトランスポーターが,新しい創薬標的として注目を集めている.生命の根源である物質の不均衡分布はトランスポーターやチャネル,ポンプといった膜輸送体が司っている.たとえば,細胞はその機能を維持するために,トランスポーターによって外部から糖やアミノ酸といった栄養素を取り入れる.こうした栄養素トランスポーターを標的とした創薬研究について,基礎から応用までを紹介する.
Key words: Transporter; Drug development; Nutrient; Metabolic diseases; Cancer
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
栄養素は,生物がその生体機能を維持するために外界から取り込む物質である.したがって,栄養素を取り込む分子装置は生体と栄養素が一番最初に交わる箇所である.ところが,平成の初め,筆者(の一人)が栄養素について学んだ際,栄養素を取り入れる仕組みについて何を学んだのか,全く思い出せない.そこで古い教科書を掘り出したところ,栄養素を取り入れる分子装置である膜輸送体(Transporterトランスポーター)に関する記述はほとんど見当たらなかった(少しほっとした).
トランスポーターの研究は,Kabackらによる糖などの膜輸送体分子の詳細な輸送機能解析が進められていたが,それはバクテリアを用いて進められた研究であった.ほ乳類の栄養素トランスポーターに関する詳細な研究は,分子生物学によるクローニング技術の発達に伴い,1980年代後半から1990年代になってから急速に発展した.糖トランスポーターについては1950年代には臓器や細胞を用いた研究でその存在が予測され,1977年に笠原とHinkleがグルコーストランスポーター(後のGLUT1)の精製と輸送機能の人工膜小胞への再構成に成功し分子レベルでの機能解析を可能としたが(1)1) M. Kasahara & P. C. Hinkle: J. Biol. Chem., 252, 7384 (1977).,GLUT1やナトリウム依存性グルコーストランスポーターSGLT1の遺伝子がクローニングされたのは80年代後半になってからである.アミノ酸トランスポーターについても,1950年代にはその存在は予測され,Christensenらにより基質選択性とイオン要求性を基に細胞にアミノ酸を輸送する「システム」としての分類がなされていたが,その輸送を担う分子の実態が明らかになったのは90年代に入ってからである.また疎水的な物質,たとえば脂質などについては,受動拡散で細胞膜を透過すると考えられており,トランスポーターを介した輸送が存在することが最近まで想定されていなかった.
すべての細胞は,親水的な頭部を外側に疎水的な尾部を内側に向けたリン脂質二重層からなる生体膜で覆われている(図1図1■トランスポーターの構造変化).トランスポーターはこの生体膜を貫通することで,外部からのバリア機能をもつ生体膜に基質が通過する経路を作り出している.そのためトランスポーターは,複数回の膜貫通領域によってリン脂質から隔離された空間を分子内部にもつ.膜貫通領域に囲まれたこの空間には基質の結合部位が存在し,通常は片側だけが開き一方が閉じている窪みのような状態になっている.開いている側から基質が分子内部に入り結合すると窪みが閉じ,膜の反対側のみが開いて基質が解離することによって,基質の膜を超える輸送が行われる(図1図1■トランスポーターの構造変化).このトランスポーター分子の構造変化による基質輸送機序はalternating access model(交互アクセスモデル)と呼ばれ,ほとんどのトランスポーターに見られる.したがって,トランスポーター分子の構造変化と輸送機構の詳細な理解は,これからのトランスポーターを標的とした創薬にとって非常に重要である.
トランスポーターは,生体膜であるリン脂質二重層を貫通し,基質が通過する経路を作りだす.この経路は常時開通しておらず,リン脂質の内側(細胞内)もしくは外側(細胞外)のどちらかが閉じられている状態になっている.このトランスポーター分子の構造変化による基質輸送機序は交互アクセスモデルと呼ばれている.
また,すでに創薬研究が進められている,もしくは上市にまで至ったトランスポーター創薬研究により作り出された化合物は,トランスポーターの輸送機構のより深い理解,さらには新たなトランスポーター分子の同定にも重要な役割を果たしてきた.応用研究である創薬研究がトランスポーターの基礎研究を推進し,そこから得られた新たな知見から,さらに優れた薬が作られるという良い循環を生み出している.このような循環を起こしている,もしくは起こすことが期待される栄養素トランスポーターを標的とした代表的な創薬研究を以下に紹介する.
糖(グルコース)は,もっとも重要な栄養素の一つである.ところが生体内において糖が過剰になると,糖は毒性を示す.栄養素トランスポーターを標的とした創薬において最も有名で成功しているものが,糖の取り込みを司るナトリウム/グルコース共輸送体SGLT2(SLC5A2)を選択的に阻害する糖尿病治療薬である.糖尿病は,長期間にわたって血液中のグルコースが高濃度,つまり血糖値が高くなることによりグルコースが血管内皮のタンパク質と反応し,糖尿病網膜症・糖尿病腎症・糖尿病神経障害といった三大合併症(細小血管障害)などを起こす.通常,血液中のグルコースは1日に約180 gが腎糸球体で濾過された後,尿細管に存在するグルコーストランスポーターSGLT1とSGLT2によりほぼすべて再吸収される(図2図2■腎近位尿細管におけるSGLT2阻害薬作用メカニズム).ところが,糖尿病による高血糖の場合,過剰のグルコースが腎臓において再吸収されきれず尿中に排泄される.そのために糖尿病と名前はついているが,尿糖が多いことは病態の本質では無い.そこで,腎臓における糖の再吸収を阻害し,尿中へのグルコースの排泄をさらに増やすことで血糖値を下げることを目的として開発された薬物が,SGLT2阻害薬である(図2図2■腎近位尿細管におけるSGLT2阻害薬作用メカニズム).SGLT2は,腎近位尿細管S1セグメントに特異的に局在しており,グルコース再吸収の90%を担っている.SGLT1はよりグルコースへの親和性が高く,S2-3セグメントにおいて残り10%のグルコースの再吸収を行っている.SGLT2の発現がほぼ腎臓に限られている一方で,SGLT1は小腸,心臓などでも発現していることが知られている.したがって,SGLT2を阻害することでグルコース再吸収の多くを止めることが可能になるうえ,他の臓器における影響は少ないと考えられた.
正常な腎臓では,血液中のグルコースが腎糸球体で原尿とともにろ過された後,尿細管に存在するグルコーストランスポーターSGLT1およびSGLT2によりほぼすべて再吸収される.一方で糖尿病患者の場合,過剰のグルコースが腎臓において再吸収されきれず尿中に排泄される.SGLT2は,腎近位尿細管S1セグメントに特異的に局在しており,グルコース再吸収の90%を担っている.一方で,SGLT1は腎近位尿細管S3セグメントに局在しており,10%のグルコースを再吸収する.SGLT2阻害薬を服用することにより,腎臓における糖の再吸収を阻害し,尿中へのグルコースの排泄をさらに増やすことで高血糖が改善される.
SGLT2阻害薬としての糖尿病治療薬は,本邦において6剤がほぼ同時に上市された.そのうちカナグリフロジンは,田辺三菱製薬が創製した2型糖尿病治療薬として初めて米国で承認されたSGLT2阻害薬である.また,イプラグリフロジンはアステラス製薬と寿製薬により開発され,日本で初めて承認された.これらのSGLT2阻害薬は,リンゴなどの樹皮に含まれる天然化合物フロリジンをもとに作られた(図3図3■フロリジンおよびSGLT2阻害薬).20世紀初頭より,フロリジンには尿中への糖排泄を増やす作用があることが知られていた.田辺製薬は1990年頃からフロリジンを基に尿糖排出促進作用を指標にしてT-1095を創製し,これが臨床試験において血糖低下作用を示した.この頃からフロリジンを基にした尿糖排泄促進薬の開発競争が始まったと考えられる(2)2) 栗山千亜紀:日本薬理学雑誌,148, 245 (2016)..さらに,1994年に腎臓における糖の再吸収のほとんどを担っているトランスポーターSGLT2が金井らによりクローニングされたこともあり(3)3) Y. Kanai, W. S. Lee, G. You, D. Brown & M. A. Hediger: J. Clin. Invest., 93, 397 (1994).,SGLT2選択的阻害薬の開発競争に拍車がかかった.その結果として国内外で複数の阻害薬が販売され,国内において2018年には700億円以上の売り上げ(他の成分との配合剤含む)となっている.フロリジンやSGLT2阻害薬は配糖体であり,糖とそれ以外の部分であるアグリコンが酸素原子,もしくは炭素原子で連結している.フロリジンの酸素原子から炭素原子による連結に代わったことで,接合部位での加水分解がされない安定性の高い化合物になっている.臨床的に大成功しているだけではなく,天然物を基に開発され,分子標的がわかった後にさらに改良され,複数の類似構造をもつが性質の異なる化合物が作り出されたことで,基礎研究にも極めて重要な情報がもたらされるようになっている.
コレステロールは生体に必須な脂質であるが,高コレステロール血症となると動脈硬化さらには心筋梗塞・脳卒中を起こす.このため,コレステロールエステル化の阻害化合物の探索の過程で,偶然に見いだされた化合物エゼチミブ(商品名ゼチーア)が,小腸におけるコレステロールの吸収を阻害する薬としてシェリング・プラウ社(メルクと吸収合併)により開発された(4)4) S. B. Rosenblum, T. Huynh, A. Afonso, H. R. Davis Jr., N. Yumibe, J. W. Clader & D. A. Burnett: J. Med. Chem., 41, 973 (1998)..エゼチミブは動物実験で血中コレステロール濃度を低下させたが,その標的分子は明らかになっていなかった.そこでシェリング・プラウのAltmannらは,バイオインフォマティクスを用いて小腸上皮に発現する遺伝子の中からNiemann–Pick C1-like 1 (NPC1L1/SLC65A2)を見いだした(5)5) S. W. Altmann, H. R. Davis Jr., L. J. Zhu, X. Yao, L. M. Hoos, G. Tetzloff, S. P. N. Iyer, M. Maguire, A. Golovko, M. Zeng et al.: Science, 303, 1201 (2004)..NPC1L1は小腸上部の上皮細胞刷子縁膜に発現しており,その遺伝子を欠失させたマウスではコレステロール吸収の低下とエゼチミブ感受性の消失が生じたことから,エゼチミブの標的であるコレステロール輸送分子がNPC1L1であると示された.また,NPC1L1はコレステロールを輸送するだけではなく,脂溶性ビタミンであるビタミンEやビタミンKも輸送していることが高田らにより示されている(6)6) T. Takada, Y. Yamanashi, K. Konishi, T. Yamamoto, Y. Toyoda, Y. Masuo, H. Yamamoto & H. Suzuki: Sci. Transl. Med., 7, 275ra23 (2015)..
興味深いことに,NPC1L1が基質を輸送する機序は,前述のalternating access modelによるものではなく,基質に結合したNPC1L1分子そのものがエンドサイトーシスによって細胞に取り込まれることでコレステロールが細胞内に輸送されると考えられている.こうした効率が良くないと思われる輸送機序を使う理由は不明だが,コレステロールや脂溶性ビタミンの生体における役割を真に理解するためにも,この輸送機序の詳細な解析は重要である.
一部のウイルスは,ほ乳類細胞に感染する際に栄養素トランスポーターを感染受容体として利用している.したがって,輸送体としてではなくウイルスの受容体として同定されたトランスポーターも少なくない.たとえば, cationic amino acid transporter 1(CAT1)/SLC7A1は最初に同定されたほ乳類アミノ酸トランスポーターであるが,もともとレトロウイルスの受容体として分子同定された(7)7) J. W. Kim, E. I. Closs, L. M. Albritton & J. M. Cunningham: Nature, 352, 725 (1991)..また,リン酸トランスポーターPiT1/PiT2もウイルス受容体として同定されている.前述のグルコーストランスポーターGLUT1もヒトT細胞白血病ウイルス1型Human T-cell leukemia virus type I(HTLV-I)の受容体であることが示されており(8)8) N. Manel, F. J. Kim, S. Kinet, N. Taylor, M. Sitbon & J. L. Battini: Cell, 115, 449 (2003).,ユビキタスに発現する中性アミノ酸トランスポーターASCT1/2もまたレトロウイルスの受容体である.また,COVID-19を引き起こす新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染受容体として報告されているAngiotensin converting enzyme 2(ACE2)は,アミノ酸トランスポーターSLC6A19/B0AT1の補助因子としても知られている(9)9) S. M. R. Camargo, D. Singer, V. Makrides, K. Huggel, K. M. Pos, C. A. Wagner, K. Kuba, U. Danilczyk, U. Danilczyk, F. Skovby et al.: Gastroenterology, 136, 872 (2009)..ACE2とSLC6A19/B0AT1は,小腸上皮の管腔側で複合体を形成しており,COVID-19における消化管症状に関与している可能性が考えられる.
こうしたウイルスがトランスポーターを足場に感染するメカニズムを利用し,ウイルスとトランスポーター分子の相互作用を阻害することでウイルス感染を防ごうという試みがある.以下にその一例を紹介する.
NTCP(sodium taurocholate cotransporting polypeptide)/SLC10A1は,肝臓に特異的に発現するナトリウム依存的胆汁酸トランスポーターである.胆汁酸そのものは栄養素ではないが,脂溶性物質の取り込みに重要である.このNTCPは,B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus; HBV)感染に必須の因子であることが明らかになっている(10)10) H. Yan, G. Zhong, G. Xu, W. He, Z. Jing, Z. Gao, Y. Huang, Y. Qi, B. Peng, H. Wang et al.: eLife, 1, e00049 (2012)..B型肝炎ウイルスは感染した後,ヒト肝細胞内で複製され,放出し再感染するというサイクルを繰り返す.したがって,ウイルスとNTCPの相互作用を阻害することで,感染後であっても再感染を抑えることができると考えられる.こうした考えに基づいて,いくつかの化合物の開発が進められており,たとえばウイルスタンパク質側の結合部位ペプチドであるMyrcludex-Bは臨床試験において効果を示している.トランスポーターが感染症の創薬標的になりうる例として興味深い.
栄養素トランスポーターは,ほとんどがSLC(Solute Carrier)トランスポーターファミリーに含まれる.SLCファミリーは65のサブファミリーと500以上の分子から構成されているが,アミノ酸を輸送するトランスポーターは,アミノ酸の種類の多さを反映してSLCファミリーのうちの10%以上を占める.ここでは,そのなかでもわれわれが研究を進めている分子を標的とした創薬研究について,簡単に説明する.
前述のように,すべての細胞が栄養素を必要とするが,特にがん細胞では急速な増殖や亢進した細胞内代謝を維持するために,栄養素トランスポーターが高発現し,栄養素の取り込み量が増加している.糖トランスポーターはGLUT1が,アミノ酸トランスポーターはLAT1(SLC7A5)やASCT2(SLC1A5)の発現がほぼすべてのがん細胞で亢進している(11)11) 永森收志,金井好克:生化学,86, 338 (2014)..特にLAT1(L-type amino acid transporter 1)は,正常組織においては血液脳関門や血液胎盤関門などに僅かに発現が見られるだけで,がん特異性が高い.大腸がん,肺がん,前立腺がん,胃がん,乳がん,肝がん,膵臓がん,腎臓がん,喉頭がん,食道がん,脳腫瘍など多くのがんで発現が上昇し,膵がんや前立腺がんなどでLAT1の高発現群が予後不良であることが示されている.がん細胞に加えて,胎児期の細胞にも発現が見られることから,LAT1は増殖が盛んな細胞に重要なトランスポーターであると考えられている.細胞の成長・増殖は,mTOR(mammalian target of rapamycin)による制御系がよく知られており,ロイシンはmTORを中心とする巨大タンパク質複合体mTORC1を活性化する.LAT1は,Na+非依存的に多くの必須アミノ酸を含む大型側鎖をもつ中性アミノ酸を輸送するが,その基質にはロイシンが含まれている.がん細胞に取り込まれるロイシンのほとんどがLAT1により取り込まれたものであり,LAT1が取り込んだロイシンはmTORC1を活性化させる(12)12) S. Nagamori, P. Wiriyasermkul, S. Okuda, N. Kojima, Y. Hari, S. Kiyonaka, Y. Mori, H. Tominaga, R. Ohgaki & Y. Kanai: Amino Acids, 48, 1045 (2016).(図4A図4■がん細胞増殖におけるLAT1の役割).がん特異性が高いこと,多くの必須アミノ酸を輸送すること,特にmTOR系を活性化させるロイシンを輸送することから,LAT1はがん診断・治療における創薬標的として注目されてきた.
A)がん細胞増殖におけるLAT1の経路の模式図LAT1はロイシンを輸送し,ロイシンがシグナル分子として機能してmTORC1を活性化する.活性化されたmTORC1はがん細胞の増殖を促進する.診断薬候補化合物は,輸送される基質類似化合物である.一方で,がん治療薬候補化合物は輸送されない.B)新規LAT1選択的PETプローブを用いた,担がんマウスのPET担がんマウスを用いたPET試験において,NKO開発候補化合物の腫瘍への顕著な蓄積が見られた(三角印△ががん部位).腎への集積(矢印↑)は,芳香族アミノ酸を輸送する複数の有機酸トランスポーターにより,輸送されたことによる.大阪大学医学部において渡部医師により撮像.C) LAT1阻害薬の構造(17)17) P. Kongpracha, S. Nagamori, P. Wiriyasermkul, Y. Tanaka, K. Kaneda, S. Okuda, R. Ohgaki & Y. Kanai: J. Pharmacol. Sci., 133, 96 (2017).すべての化合物のコア構造は,アミノ酸骨格とかさばる側鎖を含む.距離(aおよびb)と角度は,軸の同一平面上の共有分子を参照して測定される.LAT1を選択的に阻害するSKN101は,既知のLAT1阻害物質であるT3と類似の角度をもつ.一方,SKN102はLAT1高親和性阻害薬JPH203と類似の角度をもつが,LAT1を阻害しない.原子カラー:グレー=C, 青=N, 赤=O, 緑=紫=I,緑=Cl.
がん診断のためには,LAT1の高いがん細胞特異性が利用可能である.がん診断には画像診断であるPET(positron emission tomography)がよく用いられ,最も広く使われるPETプローブは,18F-FDG(18F-fluorodeoxyglucose)である.FDGはグルコース誘導体であり,グルコーストランスポーターGLUT1によって取り込まれる.しかしながら,GLUT1が正常組織や良性病変や炎症巣にも発現しているため,FDGは脳などの正常組織や良性病変や炎症にも取り込まれ,高い背景値や偽陽性を示すことも問題になっている.そこで,よりがん選択性の高いPETプローブとして,アミノ酸を母核とした化合物の開発が進められた.そのなかで,α-メチルチロシン(α-methyl tyrosine)にフッ素を付加したL-3-F-α-methyl tyrosine(FAMT)は, LAT1と相同性の高い正常細胞に発現するアミノ酸トランスポーターLAT2には輸送されず,LAT1に高い特異性をもって輸送される(13)13) P. Wiriyasermkul, S. Nagamori, H. Tominaga, N. Oriuchi, K. Kaira, H. Nakao, T. Kitashoji, R. Ohgaki, H. Tanaka, H. Endou et al.: J. Nucl. Med., 53, 1253 (2012)..さらには,中性アミノ酸の輸送能をもつ17種類のアミノ酸トランスポーターの中で,FAMTを輸送することが可能な分子はLAT1のみであった(14)14) L. Wei, H. Tominaga, R. Ohgaki, P. Wiriyasermkul, K. Hagiwara, S. Okuda, K. Kaira, N. Oriuchi, S. Nagamori & Y. Kanai: Cancer Sci., 107, 347 (2016)..このように,FAMTはLAT1への高い選択性を示すため,LAT1の発現がみられない正常組織や良性病変,炎症部位にはほとんど取り込まれない.したがって,LAT1を標的としたアミノ酸PETプローブが,がん診断に有効であることがわかる.しかしながら,18F-FAMTは合成コストが高いため,汎用性に欠けている.そこでわれわれはLAT1発見者である金井らとともに,より実用的なPETプローブの開発を目指して,FAMTの構造を基に新規LAT1選択的PETプローブの開発を進めた.
LAT1もしくは正常細胞型トランスポーターであるLAT2を安定発現させた細胞株を用いたin vitro試験系を構築し(15)15) N. Khunweeraphong, S. Nagamori, P. Wiriyasermkul, Y. Nishinaka, P. Wongthai, R. Ohgaki, H. Tanaka, H. Tominaga, H. Sakurai & Y. Kanai: J. Pharmacol. Sci., 119, 368 (2012).,LAT1親和性・選択性がともに高く,ポジトロン核種である18Fの標識が比較的容易な構造をもつ化合物を選択した.多くの化合物のなかから選ばれた開発候補化合物群(NKO化合物)は,担がん動物を用いたPET試験において,腫瘍への顕著な蓄積がみられた(図4B図4■がん細胞増殖におけるLAT1の役割).NKO化合物のfirst-in-human試験は2019年に大阪大学医学部付属病院において渡部らによって行われ,ヒトへの安全性が確認されている.今後はがん患者を対象としたがん診断における有用性の確認が計画されている.
NKOやFAMTなどのLAT1選択的なPETプローブで検査,診断を行った後は,当然そのがんの治療が求められる.ある分子を標的として治療を行う薬を分子標的治療薬と呼ぶが,LAT1を標的としたがん治療薬も開発が進められている.
前述のようにLAT1は,がん細胞の増殖に非常に重要であるため,その輸送機能の阻害は抗がん作用を引きおこすと考えられた.遠藤と金井らは,甲状腺ホルモンのTriiodothyronine(T3)がLAT1の高親和性阻害薬であることを見いだし,その構造を基に構造展開を行いLAT1選択性・阻害活性の高い化合物としてLAT1高親和性阻害薬JPH203(KYT-0353)を開発した(16)16) K. Oda, N. Hosoda, H. Endo, K. Saito, K. Tsujihara, M. Yamamura, T. Sakata, N. Anzai, M. F. Wempe, Y. Kanai et al.: Cancer Sci., 101, 173 (2010)..現在,JPH203は注射薬として進行性胆道がんを対象とした第II相臨床試験が進められている.
またわれわれは,T3とJPH203の構造をもとに,JPH203とは異なるSKN化合物を創出した(17)17) P. Kongpracha, S. Nagamori, P. Wiriyasermkul, Y. Tanaka, K. Kaneda, S. Okuda, R. Ohgaki & Y. Kanai: J. Pharmacol. Sci., 133, 96 (2017).(図4C図4■がん細胞増殖におけるLAT1の役割).SKN化合物は,図に示すように,2-アミノ-3-[3, 5-ジクロロ-4-(ナフタレン-1-メトキシ)-フェニル]-プロパン酸をコア構造としている.その中で,ナフタレンのC-7位にフェニル基を有するSKN101やSKN103はLAT1の輸送活性を阻害するが,LAT2の輸送活性は阻害しなかった.ところが,C-6位にフェニル基を有するSKN102はLAT1とLAT2の両方を阻害しない.3次元化学構造モデルにおいて,参照においたアミノ基の酸素原子とSKN101や103のナフタレンC-7位のフェニル基との距離と角度は,T3の末端フェニル基のヨウ素に近いのに対し,SKN102のナフタレンC-6位のフェニル基の距離と角度は大きく異なっていることがわかった.このことは,末端の疎水性部位(SKN101や103のフェニル,T3のヨウ素)の空間構成がLAT1の基質結合部位に受け入れられるために重要であることを示唆している.一方で,JPH203の遠位フェニル基と参照酸素原子との間の距離および角度は,むしろLAT1を阻害しないSKN102の値と類似している.この明らかな矛盾は,JPH203のbenzo oxazoleとSKN102のナフタレン部位の静電的性質の違いによるかもしれないし,JPH203がT3やSKN化合物と若干異なる部位でLAT1と結合している可能性も考えられる.これらの化合物とLAT1の結合様式の詳細が明らかになることで,より優れた阻害薬の開発が進むことが期待される.
さらにわれわれはSKNやJPH203とは全く異なる母核をもち,経口投与が可能なOKY-034を創出した.OKY-034とその周辺化合物はアミノ酸骨格をもたず,競合阻害活性を示すSKN化合物やJPH203と異なり阻害形式は非競合阻害を示す.生体内には高濃度の遊離アミノ酸が存在するため,化合物が競合的にLAT1を阻害するにはLAT1の内在性基質を遥かに上回る濃度で化合物が存在するか,LAT1に対して極めて高い親和性をもつ必要がある.一方で非競合阻害作用をもつ化合物は,内在性基質と競争することなく標的であるトランスポーター分子に結合し輸送機能を阻害することが可能であるため,栄養素トランスポーターの阻害薬として優れていると考えられる.実際に,OKY化合物は,担がんマウスを用いた非臨床試験において高い抗腫瘍効果を示した.非げっ歯類を用いた安全性試験などを経て,大阪大学医学部附属病院において医師主導臨床試験(UMIN000036395)を実施中である.抗がん剤を用いた標準的な化学療法に不応・不耐でほかに有効な標準化学療法がなくかつ外科的切除不能な膵がん患者を対象とし,安全性と有効性を探索する第I相/IIa相試験が進められている.
現代の創薬研究にとって,標的分子の構造解析は欠かすことができない.それは栄養素トランスポーターの場合も同様である.トランスポーターのような膜タンパク質の構造解析は容易でないとされているが,近年のX線結晶解析,さらにクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)技術の進展に伴い,多くの栄養素トランスポーターの構造が明らかにされてきた.
LAT1は,Heterodimeric Amino acid Transporter(HAT)ファミリーの一員であり,糖タンパク質CD98hc(4F2hc, SLC3A2)とヘテロ二量体を形成して初めて細胞膜上で輸送機能をもつ.このCD98hc-LAT1複合体のCryo-EMを用いた3次元構造解析は,中国の研究グループと東京大学濡木研究室を中心とするわれわれのグループによって2019年にそれぞれ報告された(18, 19)18) R. Yan, X. Zhao, J. Lei & Q. Zhou: Nature, 568, 127 (2019).19) Y. Lee, P. Wiriyasermkul, C. Jin, L. Quan, R. Ohgaki, S. Okuda, T. Kusakizako, T. Nishizawa, K. Oda, R. Ishitani et al.: Nat. Struct. Mol. Biol., 26, 510 (2019)..CD98hcは,C末端側に巨大な細胞外ドメインをもつ一回膜貫通型タンパク質である(図5図5■CD98hc-LAT1の低温電子顕微鏡(Cryo-EM)構造).細胞外ドメインには,LAT1とジスルフィド結合を形成するシステイン(Cys)残基が存在する.このジスルフィド結合はHATファミリーに保存されているが,ヘテロ二量体形成に必須ではなく,ジスルフィド結合のほかに, CD98hcの膜貫通ドメインに沿った残基と細胞外ドメインの表面残基による疎水的,また親水的相互作用を介して複合体安定性を高めている.
CD98hc-LAT1(PDB:6JMQ)の構造を示す.CD98hc(肌色)は,単一の膜貫通ドメイン(TM)と,糖鎖修飾部位(ボール)をもつ巨大な細胞外ドメインから構成されている.LAT1(レインボー)は12個のTMを含む(立体構造の下に2次元構造を示した).コレステロール分子(マゼンタ)は,LAT1の膜貫通領域表面に見られる.左枠は,TM1(青)とTM6(緑)の巻き戻し領域に低親和性阻害薬でもある基質(BCH: マゼンタ)が結合したLAT1の構造(PDB: 6IRT)を示した.基質の重要な結合部位であるF252(シアン)は,基質側鎖上に位置している.右枠はLAT1(PDB: 6JMQ)の切断面を示し,基質輸送のための内側に開いた空洞を示している.
LAT1の構造は,1–5番目の膜貫通ドメイン(TM1–5)およびその反転構造を示す6–10番目の膜貫通ドメイン(TM6–10)をもつ計12本の膜貫通ドメインから構成されている.LAT1は,神経伝達物質輸送体の細菌オルソログとして知られるLeuT(LeuT-fold)(20)20) A. Yamashita, S. K. Singh, T. Kawate, Y. Jin & E. Gouaux: Nature, 437, 215 (2005).と構造的に保存されている.LeuT-foldは,多くの二次活性トランスポーターに見られる共通の折りたたみ構造である.LeuT-foldの大きな特徴は,TM1とTM6が不連続な2つの短いらせんであり,基質結合の鍵となる残基を提供していることである(図5図5■CD98hc-LAT1の低温電子顕微鏡(Cryo-EM)構造).また,得られているLAT1の構造はいずれも内向きに開いており,Yanらは低親和性阻害薬BCHが結合している構造も報告していることから,LAT1の基質結合部位は構造の中核に位置していることが示唆される.さらに,どちらの構造もLAT1表面にコレステロール様分子を観察している.
現在のLAT1構造解析は多くの有用な情報を提供しているが,創薬研究にとってはまだ不十分な点も多い.たとえば,LAT1の構造は内向きに開いた構造をしているため,高親和性阻害薬であるJPH203やSKN103の結合部位の予測が困難である.われわれは生化学的解析により,LAT1の基質結合ポケットは巨大で,いくつかの疎水性残基に囲まれていることを予測していたが(12, 17)12) S. Nagamori, P. Wiriyasermkul, S. Okuda, N. Kojima, Y. Hari, S. Kiyonaka, Y. Mori, H. Tominaga, R. Ohgaki & Y. Kanai: Amino Acids, 48, 1045 (2016).17) P. Kongpracha, S. Nagamori, P. Wiriyasermkul, Y. Tanaka, K. Kaneda, S. Okuda, R. Ohgaki & Y. Kanai: J. Pharmacol. Sci., 133, 96 (2017).,その推測は,LAT1構造の基質結合部位の上部に位置するF252の存在と一致しており,疎水性ポケットの場所を示唆している.しかしながら,現在の構造にはJPH203やSKN103が結合可能なスペースは見当たらない.したがって,LAT1と薬物の相互作用を詳細に明らかにするためには,異なるLAT1の構造,すなわち図1図1■トランスポーターの構造変化で示される外向きや閉塞状態といったさまざまな構造や,それぞれの薬物と結合した状態の構造が必要であり, それらにより構造を基にした創薬研究が進められることが期待される.
生体にとって欠かすことのできない栄養素を吸収・排出し,さらにはその代謝物などを排出する役目を担う栄養素トランスポーターは,多くの疾患と密接な関係をもつ.その栄養素トランスポーターを標的とした基礎研究,その応用である創薬研究はまちがいなく重要であるが,まだまだ手つかずの分子を多く残す研究分野である.筆者の一人も農芸化学のバックグラウンドをもつが,栄養素トランスポーターの基礎研究・応用研究は,農芸化学と非常に親和性が高いのではないかと考えている.本稿を目にした学生,若い研究者,加えて経験豊かな手練研究者らが,栄養素トランスポーター研究に興味をもつことを期待している.
本稿執筆中,トランスポーター研究の父とも評されるH. Ronald Kabackがこの世を去った(21, 22)21) N. Carrasco: Nat. Struct. Mol. Biol., 27, 223 (2020).22) Gary Rudnick: Ron Kaback (1936–2019), https://www.asbmb.org/asbmb-today/people/031620/ron-kaback (2020).彼が作り上げてきたトランスポーター研究の世界に育ったものとして,この分野の一層の発展を願い,そしてわれわれもそれに貢献することを固く誓い,彼の誕生日である6月5日に本稿を閉じる.
Reference
1) M. Kasahara & P. C. Hinkle: J. Biol. Chem., 252, 7384 (1977).
2) 栗山千亜紀:日本薬理学雑誌,148, 245 (2016).
3) Y. Kanai, W. S. Lee, G. You, D. Brown & M. A. Hediger: J. Clin. Invest., 93, 397 (1994).
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8) N. Manel, F. J. Kim, S. Kinet, N. Taylor, M. Sitbon & J. L. Battini: Cell, 115, 449 (2003).
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18) R. Yan, X. Zhao, J. Lei & Q. Zhou: Nature, 568, 127 (2019).
20) A. Yamashita, S. K. Singh, T. Kawate, Y. Jin & E. Gouaux: Nature, 437, 215 (2005).
21) N. Carrasco: Nat. Struct. Mol. Biol., 27, 223 (2020).
22) Gary Rudnick: Ron Kaback (1936–2019), https://www.asbmb.org/asbmb-today/people/031620/ron-kaback (2020)