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エンドソームにおけるTORC1シグナリング異なる場所で異なる機能

Riko Hatakeyama

畠山 理広

University of Aberdeen

Published: 2020-10-01

エンドソームは真核生物がもつ細胞小器官の一つであり,細胞内物質輸送のハブとして機能する.しかし最近エンドソームの新たな,シグナル伝達の場としての機能が明らかになってきたので,一端をここで紹介したい.

筆者らはTORC1(Target of Rapamycin Complex 1)シグナル経路の研究を行っている.TORC1は真核生物全般に保存されたキナーゼ複合体であり,栄養源や増殖因子,種々のストレスに応答して細胞の成長を制御する(1)1) G. Y. Liu & D. M. Sabatini: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 21, 183 (2020)..TORC1が制御する細胞機能はタンパク質,脂質および核酸の代謝,遺伝子発現や物質輸送など多岐にわたる.TORC1経路の異常はがんや糖尿病の原因の一つと考えられており,その機能や制御機構の理解は医学的見地からも重要である.TORC1は主にリソソーム(物質分解を担う細胞小器官)の表面ではたらくことが知られる.リソソーム以外の局在もさまざまに報告されてはいるが(2)2) C. Betz & M. N. Hall: J. Cell Biol., 203, 563 (2013).,場所と機能の対応についてはほとんどわかっていない.

TORC1研究の優れたモデルの一つに出芽酵母がある.出芽酵母の細胞においても,TORC1は液胞(酵母におけるリソソーム)に局在する.しかしそれに加えて正体不明のドット状局在を示すことが長く知られていた(図1図1■出芽酵母におけるTORC1の細胞内局在).筆者らはこのドットが一群のエンドソームであることを見いだし,エンドソームにおけるTORC1の機能をいくつか見いだした(3, 4)3) R. Hatakeyama, M. P. Peli-Gulli, Z. Hu, M. Jaquenoud, G. M. Garcia Osuna, A. Sardu, J. Dengjel & C. De Virgilio: Mol. Cell, 73, 325 (2019).4) R. Hatakeyama & C. De Virgilio: Curr. Genet., (2019)..詳細は原著に譲るが,TORC1はAtg13やVps27をリン酸化することで細胞内物質分解を阻害する.Atg13とVps27はそれぞれマクロオートファジー(専用の隔離膜生成による物質分解.単にオートファジーとも呼ばれる)およびマイクロオートファジー(リソソーム膜の陥入による物質分解)の制御タンパク質である.

図1■出芽酵母におけるTORC1の細胞内局在

GFPを融合したTor1(TORC1の触媒サブユニット)の蛍光顕微鏡写真.大きなリング状構造は液胞(リソソーム),近傍の小さなドット状構造はエンドソーム.

重要なこととして,エンドソームのTORC1プールは液胞のそれとは機能的に異なっている(図2図2■2つの酵母TORC1プールの特異的機能).液胞TORC1に特異的な機能としては,Sch9キナーゼのリン酸化を介したタンパク質翻訳の促進がある.キナーゼ分子が空間的に近傍のタンパク質をリン酸化することを考えれば,TORC1が場所に応じて異なる基質・機能をもつのは理にかなっている(ただしそれを実験的に証明するためには,各プールの活性を選択的に測定および操作する手法が必要になり,そう簡単ではない).なおエンドソームTORC1も未知の基質を介して翻訳にかかわる,あるいは液胞TORC1が物質分解にもかかわる可能性は残されており,2つのTORC1プール間の協調やクロストークといった関係性は今後の研究課題と言える.

図2■2つの酵母TORC1プールの特異的機能

液胞のTORC1プールはSch9のリン酸化を介してタンパク質翻訳を,エンドソームのプールはAtg13とVps27のリン酸化を介してマクロおよびマイクロオートファジーを制御する.TORC1は進化的に保存された3つのコアサブユニット(Tor1/mTOR, Kog1/Raptor, Lst8/mLST8, それぞれ前者が酵母,後者が哺乳類での名前)からなる.ほかにも生物種特異的なサブユニットが複数知られ,また実際にはTORC1は二量体化しているが,簡略化のためこの図では示していない.

エンドソームにおけるTORC1経路の解明は始まったばかりである.今後の課題として,エンドソームの古典的機能である物質輸送はTORC1によってどう制御されているのだろうか.TORC1は下流のキナーゼを介して間接的にエンドサイトーシスを制御することが知られるが(5)5) J. A. MacGurn, P. C. Hsu, M. B. Smolka & S. D. Emr: Cell, 147, 1104 (2011).,それに加えてエンドソーム上で輸送関連タンパク質を直接リン酸化制御しているかもしれない.また逆にTORC1が特定の物質輸送をモニターしている可能性も考えられる.たとえば細胞表面でシグナルを受け取ったレセプター分子がエンドソームへと輸送され,そこでTORC1活性を制御するというシナリオは想像しやすい.実際にある種のレセプターがエンドソームにおいてシグナル分子cyclic AMPの産生を促すことが知られている(6)6) J. P. Vilardaga, F. G. Jean-Alphonse & T. J. Gardella: Nat. Chem. Biol., 10, 700 (2014).

もう一点興味深いのは,TORC1がエンドソームの中で特定の一群にのみ局在することである.筆者らはこの特定のエンドソーム群をシグナリングエンドソームと呼んでいるが(7)7) R. Hatakeyama & C. De Virgilio: Autophagy, 15, 915 (2019).,この一群とそれ以外とで組成や機能がどのように異なるのか,ほとんど何もわかっていない(位置的にも,酵母ではすべてのエンドソームが液胞近傍に観察され,シグナリングエンドソームとそれ以外とで見分けはつかない).

TORC1経路を場所に応じて切り分けることには医学的な意義もある.TORC1をがんや糖尿病の薬剤標的として見た場合,その機能の多彩さに起因する副作用のリスクが問題となる.そこで場所特異的に,TORC1機能の一部に選択的に干渉することができれば,より安全かつ効果的な治療法につながる可能性がある.その意味で,エンドソームでのTORC1局在と機能が(過去に出芽酵母でなされた多くのTORC1にまつわる発見と同様に)ヒトでも保存されているかを調べることは重要である.またリソソームやエンドソーム以外の局在にも注目することで,TORC1経路をさらに切り分けられるかもしれない.実際にゴルジ体に局在するTORC1プールの機能およびがんへの寄与に着目した研究もある(8)8) D. C. Goberdhan, C. Wilson & A. L. Harris: Cell Metab., 23, 580 (2016)..いずれにせよ選択的な治療法開発のためには,異なるTORC1プールが特異的に活性制御される仕組みを解明し,そこに干渉する方法を探っていく必要がある.

真核細胞は細胞小器官によって区画化されており,異なる場所で異なる反応が起こる.これまでTORC1と言えばリソソームであったが,今後はエンドソームをはじめとしたほかの細胞小器官にも注目することで,この重要なシグナル伝達経路の新たな面が見えてくるだろう.

Reference

1) G. Y. Liu & D. M. Sabatini: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 21, 183 (2020).

2) C. Betz & M. N. Hall: J. Cell Biol., 203, 563 (2013).

3) R. Hatakeyama, M. P. Peli-Gulli, Z. Hu, M. Jaquenoud, G. M. Garcia Osuna, A. Sardu, J. Dengjel & C. De Virgilio: Mol. Cell, 73, 325 (2019).

4) R. Hatakeyama & C. De Virgilio: Curr. Genet., (2019).

5) J. A. MacGurn, P. C. Hsu, M. B. Smolka & S. D. Emr: Cell, 147, 1104 (2011).

6) J. P. Vilardaga, F. G. Jean-Alphonse & T. J. Gardella: Nat. Chem. Biol., 10, 700 (2014).

7) R. Hatakeyama & C. De Virgilio: Autophagy, 15, 915 (2019).

8) D. C. Goberdhan, C. Wilson & A. L. Harris: Cell Metab., 23, 580 (2016).