Kagaku to Seibutsu 58(10): 555-561 (2020)
解説
メグスリノキと化学合成立体認識型のチロシナーゼ阻害剤をつくる
Megusurinoki and Chemical Synthesis: Development of Stereospecific Tyrosinase Inhibitors
Published: 2020-10-01
エピロドデンドリンは,メグスリノキに含まれるフェニルブタノイド配糖体である.化学合成により,その構造を少しだけ変えた誘導体をつくり,生理活性評価を行うことで,新しいチロシナーゼ阻害剤を開発した.チロシナーゼが触媒する酸化反応は,自然界における着色現象およびポリマー化現象の初期段階の一つである.したがって,その阻害剤は,機能性化粧品,抗菌剤や褐変防止剤などに利用することができる.開発したチロシナーゼ阻害剤は,エピマー間で活性差を有し,かつジグリコシド化しても活性が低下しない特徴をもつ.このような,メグスリノキ成分から立体認識型のチロシナーゼ阻害剤の開発に至った経緯について,簡単に解説する.
Key words: メグスリノキ; フェニルブタノイド配糖体; エピロドデンドリン; グリコシル化; チロシナーゼ阻害剤
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
平成19(2007)年の初夏であった.宇都宮大学の知的財産センターから一本の電話がかかってきた.「先生は天然物化学の研究をされていますよね.」「はあ,まあ一応.」「メグスリノキの成分に興味ありませんか.」というような内容であったと思う.数日後,栃木県内の企業の取締役の方が来られた.そこから,当研究室でのメグスリノキ成分に関する化学的な研究が始まった.
メグスリノキ(Acer nikoense)はムクロジ科の樹木であり,栃木県では山間部などに自生している.宇都宮大学の構内にも植樹されており(図1図1■メグスリノキ(Acer nikoense)と関連する天然物),紅葉は息を呑むほど美しい.和名が示すように,中世から民間薬として利用されてきたが,メグスリとしての直接的な効果については不明な点が多い.しかしながら,その抽出物には,肝臓の保護作用や骨芽細胞の増殖促進作用などのさまざまな生理活性が認められる(1~4)1) 篠田雅人,太田節子,熊坂昌子,藤田正雄,永井正博,井上隆夫:生薬学雑誌,40,177 (1986).2) T. Yonezawa, J. Lee, H. Akazawa, M. Inagaki, B. Chan, M. Nagai, K. Yagasaki, T. Akihisa & J. Woo: Bioorg. Med. Chem. Lett., 21, 3248 (2011).3) H. Morita, J. Deguchi, Y. Motegi, S. Sato, C. Aoyama, J. Takeo, M. Shiro & Y. Hirasawa: Bioorg. Med. Chem. Lett., 20, 1070 (2010).4) Y. Konishi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 67, 2297 (2003)..
メグスリノキからは,ジアリールヘプタノイドおよびフェニルブタノイドなどの興味深い天然物が単離・構造決定されている(5~7)5) 久保正良,高橋邦夫,井上隆夫,永井正博:天然有機化合物討論会講演要旨集,22,283 (1979)6) S. Nagumo, N. Kaji, T. Inoue & M. Nagai: Chem. Pharm. Bull. (Tokyo), 41, 1255 (1993).7) S. Kurimoto, Y. F. Sasaki, Y. Suyama, N. Tanaka, Y. Kashiwada & T. Nakamura: Chem. Pharm. Bull. (Tokyo), 64, 924 (2016)..アセロシドIに代表されるジアリールヘプタノイド配糖体は,ジフェニルエーテルもしくはビフェニルなどの特徴的な環状構造を有し,多くの天然物化学者がそれらの全合成および生理活性評価に関する研究に取り組んでいる(8~10)8) G. I. Gonzalez & J. Zhu: J. Org. Chem., 62, 7544 (1997).9) M. Q. Salih & C. M. Beaudry: Org. Lett., 14, 4026 (2012).10) T. Ogura & T. Usuki: Tetrahedron, 69, 2807 (2013)..
一方,フェニルブタノイドとしては,配糖体であるエピロドデンドリン(1)がよく知られている(5)5) 久保正良,高橋邦夫,井上隆夫,永井正博:天然有機化合物討論会講演要旨集,22,283 (1979).そのエピマーであるロドデンドリン(2)は,複数の植物から単離・構造決定されているが(11~14)11) W. H. Tallent: J. Org. Chem., 29, 988 (1964).12) M. S. Khan, I. Kumar, J. S. Prasad, G. R. Nagarajan, M. R. Parthasarathy & H. G. Krishnamurty: Planta Med., 30, 82 (1976).13) H. Fuchino, S. Konishi, T. Satoh, A. Yagi, K. Saitsu, T. Tatsumi & N. Tanaka: Chem. Pharm. Bull. (Tokyo), 44, 1033 (1996).14) H. Li, H. Song, H. Li, Y. Pan & R. Li: Arch. Pharm. Res., 35, 1887 (2012).,エピロドデンドリン(1)は,メグスリノキとカバノキ科のヨーロッパダケカンバ(Betula pubescens)からしか見つかっていない(5, 15)5) 久保正良,高橋邦夫,井上隆夫,永井正博:天然有機化合物討論会講演要旨集,22,283 (1979)15) H. Pan & L. N. Lundgren: Phytochemistry, 36, 79 (1994)..私たちはこれらフェノールの構造を化学的に進化させることで,新しい配糖体型のチロシナーゼ阻害剤を開発できるのではないかと考えた.
チロシナーゼおよびその類縁酵素は,動物,植物および微生物など,自然界に広く分布する(16~19)16) X. Lai, H. J. Wichers, M. Soler-Lopez & B. W. Dijkstra: Chem. Eur. J., 24, 47 (2018).17) M. Sugumaran: Pigment Cell Res., 15, 2 (2002).18) 村田容常:化学と生物,45,403 (2007).19) G. Faccio, K. Kruus, M. Saloheimo & L. Thöny-Meyer: Process Biochem., 47, 1749 (2012)..フェノール骨格およびカテコール骨格をもつさまざまな芳香族化合物がチロシナーゼの基質となり,それらはo-キノンへと酸化される.キノンがさらに酵素的および化学的に変換されることで,生体内の色素やポリマーなどが生成する(図2図2■チロシナーゼによる酸化反応とその阻害剤).このようなチロシナーゼによる酸化反応は,メラニン色素の沈着,食品の褐変および昆虫の外皮形成の初期段階に相当する.したがって,チロシナーゼの働きを抑える阻害剤は,機能性化粧品および抗菌剤の成分や食品の酸化防止剤などとして利用可能である(20~22)20) T. Phillaiyar, V. Namasivayam, M. Manickam & S. Jung: J. Med. Chem., 61, 7395 (2018).21) Y. Yuan, W. Jin, Y. Nazir, C. Fercher, M. A. T. Blaskovich, M. A. Copper, R. T. Barnard & Z. M. Ziora: Eur. J. Med. Chem., 187, 111892 (2020).22) S. Parvez, M. Kang, H. Chung & H. Bae: Phytother. Res., 21, 805 (2007)..
現在まで,コウジ酸(3)やトロポロン(4)などの多くの化合物が,チロシナーゼ阻害剤として開発されてきた(23, 24)23) R. Saruno, F. Kato & T. Ikeno: Agric. Biol. Chem., 43, 1337 (1979).24) V. Kahn & A. Andrawis: Phytochemistry, 24, 905 (1985)..私たちは以前,対称性ある天然物の構造と生理活性に興味をもち,オリズルランの一種のChlorophytum arundinaceumに含まれるビベンジルの化学合成研究を行った(25, 26)25) H. Oozeki, R. Tajima & K. Nihei: Bioorg. Med. Chem. Lett., 18, 5252 (2008).26) R. Tajima, H. Oozeki, S. Muraoka, S. Tanaka, Y. Motegi, H. Nihei, Y. Yamada, N. Masuoka & K. Nihei: Eur. J. Med. Chem., 46, 1374 (2011)..残念なことに,化学合成したビベンジルと天然ビベンジルとの核磁気共鳴(NMR)スペクトルのデータは,一致しなかった.ところが,対称なビベンジル5のほかに,その配糖体6も強いチロシナーゼ阻害活性を示すことがわかった.
チロシナーゼの活性中心は,主に銅原子とヒスチジン残基によって構成されている(16, 27)16) X. Lai, H. J. Wichers, M. Soler-Lopez & B. W. Dijkstra: Chem. Eur. J., 24, 47 (2018).27) W. T. Ismaya, H. J. Rozeboom, A. Weijn, J. J. Mes, F. Fusetti, H. J. Wichers & B. W. Dijkstra: Biochemistry, 50, 5477 (2011)..基質のフェノールと同じぐらいの大きさの化合物は,その混みあった活性中心に対して容易に接近することができる.したがって,アグリコンである対称ビベンジル5が,チロシナーゼ阻害剤として働くことはあらかじめ予測できた.その一方で,かさ高い糖構造をもつビベンジル配糖体6は,強い阻害活性を示さないだろうと予測していた.しかしながら,その予測は良い方向に裏切られた.
エピロドデンドリン(1)の構造を見たとき(図1図1■メグスリノキ(Acer nikoense)と関連する天然物),その芳香環部に水酸基を追加することで,新しいチロシナーゼ阻害剤が開発できるのではないかと考えた.また,このフェニルブタノイドは配糖体であり,かつアグリコンにはキラル中心が存在する.したがって,糖構造およびキラリティーと,チロシナーゼ阻害活性との関係を研究するためのリード天然物に適していると判断した.そこで,エピロドデンドリン型の2S誘導体7およびロドデンドリン型の2R誘導体8の化学合成に着手した(図3図3■エピロドデンドリン誘導体7とロドデンドリン誘導体8の化学合成).
誘導体のアグリコン部分9は,アルドール縮合と選択的な水素添加を鍵反応として化学合成した(28)28) T. Iwadate, Y. Kashiwakura, N. Masuoka, Y. Yamada & K. Nihei: Bioorg. Med. Chem. Lett., 24, 122 (2014)..初めに,アセトンと,フェノール性水酸基をベンジル(Bn)基で保護したアルデヒド10とのアルドール縮合により,エノン11を得た後,パラジウム–エチレンジアミン複合体を触媒とした水素添加を行い(29)29) H. Sajiki, K. Hattori & K. Hirota: J. Org. Chem., 63, 7990 (1998).,いったん,ケトンに導いた.このケトンをヒドリド還元することで,目的とするアグリコン部分9を合成した.これら各工程の反応収率は,それぞれ80%以上であった.なお,収率は低い(<30%)が,エノン11からアグリコン部分9を得る2段階の工程は,塩化コバルト存在下,水素化ほう素ナトリウムを用いて還元を行う1段階へと短縮可能であった(30)30) A. Aramini, L. Brinchi, R. Germani & G. Savelli: Eur. J. Org. Chem., 2000, 1793 (2000)..
このようにして,アグリコン部分9がラセミ体で得られた.しかしながら,その光学分割は行わず,2位の水酸基をグルコシル化した後,得られたエピマーを分離することを計画した.この分離がうまくいけば,エピロドデンドリン型とロドデンドリン型の誘導体7および8が,最終段階で一挙に入手できる.ところが,このグリコシル化の段階で,ちょっとした困難が待ち受けていた.
初めに,臭化糖をグルコース供与体として,アグリコン部分9とのKoenigs–Knorrグリコシル化を行った(31)31) W. Koenigs & E. Knorr: Ber. Dtsch. Chem. Ges., 34, 957 (1901)..古くからよく知られるこの反応によって,一応,目的とするグルコシドの生成が確認できた.しかしながら,大量にできたほかの混合物との分離が困難であった.その混合物の構造を解析したところ,糖部分の2″位のアセチル基とアグリコン部分が反応してできたオルソエステルが含まれていることがわかった(32, 33)32) F. Kong: Carbohydr. Res., 342, 345 (2007).33) A. V. Demchenko: “Handbook of Chemical Glycosylation: Advances in Stereoselectivity and Therapeutic Relevance,” ed. by A. V. Demchenko, Wiley-VCH, 2008..
そこで次に,糖イミデート12をグルコース供与体としたSchmidtグリコシル化を検討した(34)34) R. R. Schmidt & J. Michel: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 19, 731 (1980)..当初,ルイス酸として三臭化ほう素–ジエチルエーテル錯体を用い,いろいろな条件を試したが,やはり,グリコシル化はうまくいかなかった.さらなる試行錯誤の結果,トリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリルをルイス酸として用い,反応温度を-40°Cにコントロールすることで,中程度の収率(50%)で目的のグルコシドが得られることがわかった.
最後に,すべての保護基を除去し(収率73%,2段階),エピロドデンドリン型の2S誘導体7およびロドデンドリン型の2R誘導体8の化学合成を達成した.得られたエピマーは,オクタデシルシリル(ODS)カラムを装着した逆相高速液体クロマトグラフィー(逆相HPLC)により,分離可能であった.ただし,ODSカラムの種類によって,それらの分離には若干のばらつきが生じた.エピロドデンドリン(1)およびロドデンドリン(2)の13C NMRデータの帰属は,すでに報告されている(15)15) H. Pan & L. N. Lundgren: Phytochemistry, 36, 79 (1994)..それらを参考に,単離した2S誘導体7および2R誘導体8の絶対配置を決定した.
チロシナーゼの働きによって,ジフェノール骨格をもつL-ドーパは475 nmに極大吸収を示す比較的安定なドーパクロムへと変換される(35)35) H. S. Mason: J. Biol. Chem., 172, 83 (1948)..したがって,分光光度計により,475 nmの吸光度を追跡することで,誘導体のチロシナーゼ阻害活性が評価できる.
この方法を用いて,エピロドデンドリン型の2S誘導体7およびロドデンドリン型の2R誘導体8の50%阻害濃度(IC50)を求めたところ,前者は4.7 µMを示したのに対し,後者は2.3 µMを示した(図4図4■チロシナーゼ阻害活性の評価).標準的なチロシナーゼ阻害剤であるコウジ酸のIC50は,9.2 µMであったため(図2図2■チロシナーゼによる酸化反応とその阻害剤),誘導体はどちらも,コウジ酸より強い活性をもつことがわかった.さらに,2R誘導体8の方が,2S誘導体7よりも約2倍強いチロシナーゼ阻害活性を有することが明らかになった.
このような活性差は,チロシナーゼ内の立体的な環境が2S誘導体7と2R誘導体8によって識別されていることを意味する.しかしながら,このエピマーの一例だけでは,その確証はつかめない.また,過去のチロシナーゼ阻害剤の研究で,グルコースよりも単純なキシロースを糖構造にもつ化合物が,強い活性を示すとの結果が得られている(25, 26)25) H. Oozeki, R. Tajima & K. Nihei: Bioorg. Med. Chem. Lett., 18, 5252 (2008).26) R. Tajima, H. Oozeki, S. Muraoka, S. Tanaka, Y. Motegi, H. Nihei, Y. Yamada, N. Masuoka & K. Nihei: Eur. J. Med. Chem., 46, 1374 (2011)..したがって,阻害剤の立体認識性および糖の存在意義の確認と,さらなる活性の向上を目指し,ほかのさまざまな糖構造を有する誘導体をつくり,それらのチロシナーゼ阻害活性の比較を行った.
初めに,キシロース誘導体の化学合成を行った.キシロース供与体を使ったアグリコン部9のSchmidtグリコシル化は,グルコース供与体を用いたときと同じように,中程度の収率(48%)で進行し,目的とするキシロシドが得られた.その保護基を2段階,収率64%で除去した後,逆相HPLCにより,エピマーの分離を行い,エピロドデンドリン型のキシロース誘導体13とロドデンドリン型のキシロース誘導体14の化学合成を達成した(図4図4■チロシナーゼ阻害活性の評価).
次に,二糖であるセロビオース誘導体の化学合成を計画した.しかしながら,キシロシル化と同じ反応条件では,セロビオシドを得ることはできなかった.代わりにこの反応では,アグリコン部分9のアセチル化体が大量に生成した(32, 33)32) F. Kong: Carbohydr. Res., 342, 345 (2007).33) A. V. Demchenko: “Handbook of Chemical Glycosylation: Advances in Stereoselectivity and Therapeutic Relevance,” ed. by A. V. Demchenko, Wiley-VCH, 2008..これは,セロビオース供与体から発生したアシロキソニウムイオンのかさ高さが一因であると推定される.
そこで,反応系中のアグリコン部分9の当量数を調節し,セロビオシル化の再検討を行った.その結果,2当量程度のアグリコン部分を用いることで,単離収率は低かったが(20%),目的とするセロビオシドを得ることに成功した.この反応条件をマルトシド化にも利用し,目的とするマルトシドを収率13%で合成した.
得られたセロビオシドとマルトシドのすべての保護基を除去した後(収率85および55%,2段階),逆相HPLCを用いて,それぞれのエピマーの分離を行った.それにより,エピロドデンドリン型のセロビオース誘導体15とマルトース誘導体17および,ロドデンドリン型のセロビオース誘導体16とマルトース誘導体18をそれぞれ入手できた.
グルコース誘導体7および8と同様の生理活性測定法を用いて,合成した配糖体13~18のチロシナーゼ阻害活性を評価した.その結果,すべての配糖体でエピロドデンドリン型よりもロドデンドリン型の方が,1/2から1/3程度小さいIC50を示した.このように,糖の種類が変わっても,2R配置をもつロドデンドリン型の配糖体は,チロシナーゼをより強く阻害することがわかった.
キシロース誘導体13もしくは14のチロシナーゼ阻害活性は,残念なことに,グルコース誘導体7もしくは8よりも弱かった.しかしながら,二糖誘導体15~18を比較すると,マルトース誘導体17と18よりも,セロビオース誘導体15と16の阻害活性が強力であった.特に,ロドデンドリン型のセロビオース誘導体16のIC50は,1.5 µMとコウジ酸の6倍を示し,化学合成した配糖体のなかで最強であることがわかった.このことは,セロビオシドのような構造に広がりのある配糖体型の阻害剤でも,チロシナーゼ内の空隙は,それを許容して親和性を示すことを示唆している.
以上のように,エピロドデンドリン(1)をリード分子として,新しいチロシナーゼ阻害剤の開発が達成された.その結果を論文にまとめていた平成25(2013)年の夏だった(28)28) T. Iwadate, Y. Kashiwakura, N. Masuoka, Y. Yamada & K. Nihei: Bioorg. Med. Chem. Lett., 24, 122 (2014)..ロドデノール含有化粧品の自主回収に関するニュースが流れた(36)36) 株式会社カネボウ化粧品:2013年7月美白商品自主回収について,https://www.kanebo-cosmetics.co.jp/ (2013)..それらの化粧品の使用者のなかに,深刻な皮膚の脱色素斑が認められたことが原因である.ロドデノールとロドデンドリンは化合物名が酷似している.あわてて構造を調べたところ,やはり,ロドデノールはエピロドデンドリン(1)とロドデンドリン(2)のアグリコン部分,すなわちロドデンドロール(19)のことであった.
フェノールであるロドデンドロール(19)は,チロシナーゼの基質となり,生成したロドデンドロール酸化体20は,ヒトのメラニン細胞に作用して毒性を示す(図5A図5■ロドデンドロール(19)の酸化(A)およびアグリコン21と22の化学合成(B)).そのために,脱色素斑が生じると後の論文では報告されている(37~39)37) M. Sasaki, M. Kondo, K. Sato, M. Umeda, K. Kawabata, Y. Takahashi, T. Suzuki, K. Matsunaga & S. Inoue: Pigment Cell Melanoma Res., 27, 754 (2014).38) S. Ito, W. Gerwat, L. Kolbe, T. Yamashita, M. Ojika & K. Wakamatsu: Pigment Cell Melanoma Res., 27, 1149 (2014).39) 日本皮膚科学会:ロドデノール含有化粧品について,https://www.dermatol.or.jp/modules/public/index.php?content_id=5 (2015)..確かに,チロシナーゼの働きによって,グリコシドであるエピロドデンドリン(1)も酸化され,弱いけれども細胞毒性を示すソンネルフェノリックCへと変換される(40, 41)40) T. Nguyen, H. Pham, N. Pham, N. Quach, K. Pudhom, P. E. Hansen & K. Nguyen: Bioorg. Med. Chem. Lett., 25, 2366 (2015).41) T. Iwadate & K. Nihei: Bioorg. Med. Chem. Lett., 27, 1799 (2017)..
このような逆風のなかでは,たとえ強い活性をもっていたとしても,エピロドデンドリン(1)およびロドデンドリン(2)を骨格としたチロシナーゼ阻害剤の実用化の見込みは極めて低い.しかしながら,エピマー間で明確な活性差を示すチロシナーゼ阻害剤に関する研究は,私たちの知る限り存在せず,また,配糖体型のチロシナーゼ阻害剤は稀少である.したがって,それらの新奇性に望みを託して,研究をさらに推進した.
ここまでで,ロドデンドリン誘導体が優位にチロシナーゼに対する阻害剤として作用すること,および,かさ高い糖構造を有していても,それらは強い阻害活性を示すことがわかった.次の疑問は,エナンチオマー間においてもチロシナーゼ阻害活性に差が表れるかということである.そこで,エピロドデンドリン型のアグリコン21およびロドデンドリン型のアグリコン22を化学合成し,それらの阻害活性を評価した(42)42) T. Iwadate & K. Nihei: Bioorg. Med. Chem., 23, 6650 (2015).(図5B図5■ロドデンドロール(19)の酸化(A)およびアグリコン21と22の化学合成(B)).
アグリコン21および22は,Schmidtグリコシル化の原料であるアグリコン部分9の加水素分解(ベンジル基の脱保護)を行うことで化学合成した.得られたラセミ体の光学分割を,キラルカラムを装着したHPLCにより試みたが,身近にあるカラムをすべて試しても,それらエナンチオマーの分割の最適な条件を見つけることはできなかった.そこで,アグリコン21および22の構造を基に,文献検索を行ったところ,類似した化合物が順相系のキラルHPLCで分割されていることがわかった(43)43) R. Kuwano, T. Uemura, M. Saitoh & Y. Ito: Tetrahedron Asymmetry, 15, 2263 (2004)..その条件を参考に,アグリコン部分9のキラルHPLC分析を行った結果,エナンチオマー間でのピークの分離が確認できた.分取したエナンチオマーの絶対配置を改良Mosher法により決定した後(44)44) I. Ohtani, T. Kusumi, Y. Kashman & H. Kakisawa: J. Am. Chem. Soc., 113, 4092 (1991).,それぞれの加水素分解を行って,アグリコン21および22を得た.
チロシナーゼ阻害活性を評価したところ,エピロドデンドリン型,すなわち2Sの絶対配置をもつエナンチオマー21は,ロドデンドロリン型の2R体22よりも,活性が弱いことがわかった(図4図4■チロシナーゼ阻害活性の評価).この傾向は,今までの配糖体型の阻害剤のエピマー間と同様である.しかしながら,アグリコン21と22との活性差は1.2倍程度であり,配糖体と比べて明らかに小さい.また,糖構造の有無にかかわらず,ロドデンドロリン型の阻害剤のIC50は1.5–2.3 µMを示したが,エピロドデンドロリン型の阻害剤は,グリコシル化により,活性が著しく弱くなることがわかった.以上の結果から,開発された阻害剤のアグリコン部分の2S方向に位置するチロシナーゼ内の空隙には制限があるが,2R方向には,二糖糖構造を包括できるような空間が広がっているのではないかと推察している.
本研究の推進によって,10種類の強力なチロシナーゼ阻害剤を新しく開発し,それらの立体認識性についての一定の知見を得た.しかしながら,まだわからないことはたくさんある.たとえば,どのように阻害するのか,どこに親和性を示すのか,細胞レベルで効き目があるのかなどである.したがって,酵素反応速度論に基づく阻害様式の決定,コンピューターを使った結合解析およびメラニン細胞培養系を使った生理活性評価などが今後の研究目標となる.
特に,タンパク質の立体構造データが充実している昨今,コンピューターを使った低分子の結合解析により,新たな阻害剤を設計するための有益な情報が取得できる.ここまでの本研究のように,そのような手法を全く使用せず,誘導体の化学合成と活性評価のみで阻害剤を開発しようとする試みは,古き良き時代の香りがしないわけではない.しかしながら,阻害剤の構造を通して,直接的に,酵素内の重要な部位を探っているようなある種の臨場感が存在する.また,実際に生理活性が向上したりすると,大いに好奇心が刺激され,それが次の研究の推進力になる.
酵素阻害剤に関する有機化学的な研究を開始した当初は,天然物のアグリコンの構造だけに興味をもっていた.糖部分は生体内や試料中などで結局,加水分解されてしまうだろうと考えていたからである.ところが,グリコシル化により,生理活性に明らかな差が観察された本研究を通して,やはり,化合物全体の構造が大切であると実感している.
Acknowledgments
メグスリノキの成分に関する共同研究について,ご提案いただきました元宇都宮大学知的財産センター長の山村正明先生および,長きにわたり本研究を援助していただきました冨士鋼業株式会社取締役統括部長の柏倉 裕氏に心から感謝いたします.
Reference
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