今日の話題

植物性食品の消化特性模擬消化系を用いた植物性食品の消化性評価

Yukiharu Ogawa

小川 幸春

千葉大学大学院園芸学研究科

Masatsugu Tamura

田村 匡嗣

宇都宮大学農学部

Published: 2020-11-01

食品の消化性に関する研究は医学,栄養学をはじめとしたさまざまな関連分野で古くから進められている.「消化」は消化器官で生じる生体現象の一つである.したがってその評価は,食品を摂取した後の人体に生じるさまざまな現象を利用することが多い.たとえば糖質食品の消化性を評価するために食後血糖値の経時的な変化が測定,解析されている.一方で「食品の性質」としての消化性に焦点を当てた場合,消化作用によって食品自体に生じるさまざまな変化を測定,解析することが必要となる.しかし消化中の食品の変化をヒトで直接確認することはできない.このため模擬的にin vitroで人体の消化系を再現し,そこで生じるさまざまな現象を測定,解析する評価手法も広く利用されている.in vitroでの消化系の再現には,薬品の消化性評価法を参考に開発されてきた「胃–小腸2段階式」,咀嚼も含めた「口腔–胃–小腸3段階式」,さらに胃での蠕動を考慮した動的な系などさまざまな手法が工夫されている.これらin vitroでのアプローチであれば模擬的に消化されている途中のサンプルを採取し,その状態を測定,解析することで消化作用に対する食品としての特性を評価することが可能となる.これにより構造を有する食品,特に消化性が悪いとされる植物性食品の消化面での理解が進みつつある(1)1) Y. Ogawa, N. Donlao, S. Thuengtung, J. Tian, Y. Cai, F. C. Reginio Jr., S. Ketnawa, N. Yamamoto & M. Tamura: Curr. Opin. Food Sci., 19, 36 (2018).

一般的な知見として,食品は食べたあとに胃でドロドロに溶解され,その後,小腸に送られて栄養成分として吸収される,と考えることが多い.動物性食品の場合はほぼそのようなプロセスをたどる.しかしヒトの場合,“草”を摂食しても“肉”と同じことにはならない.“草”の主要な構成要素である「繊維」がヒトには消化できないからである.では“野菜”や“果物”の場合はどうなるのだろうか.またそれらが煮込まれていたら? 同じ植物性食品である“ゴハン”の場合は?

穀類や野菜・果実類などの植物性食品は,糖質,タンパク質などの主要成分とともにカロテノイドやポリフェノールなどフィトケミカルとしての機能性成分も含有することが多い.それら含有成分のほぼすべてが植物組織の最小構成単位である「細胞内」に存在する(図1図1■植物細胞の構造).植物細胞は,オルガネラなどの内部構造体がリン脂質からなる「細胞膜」とセルロースなどの難消化性成分からなる「細胞壁」で包まれる立体的なマトリックス構造によって形成されている.植物細胞についての教科書的な解説では,細胞壁は全透性,細胞膜は半透性の性質を有することになっている.特に細胞壁は原形質連絡なる構造も有し,生命活動の一環として細胞内物質の交換が可能である.ただしあらゆる物質が瞬間的に次々と移動可能なわけではなく,細胞膜の機能や細胞としての構造が変化しない限り,水分や分子量の小さな物質を除いたほとんどの含有成分は細胞内にとどまる.生体として当然の仕組みではあるが,逆に考えると細胞外からの物質浸透,たとえば消化酵素など高分子物質の浸透も容易には生じない.しかし食品として摂取した場合,咀嚼によって組織構造が損壊し,細胞内成分が露出・流出してそれらを消化吸収できると捉えることも可能である.実際,マクロな観点ではそうした構造変化が生じる.ただ,植物の細胞はミクロンサイズであり,力学的にもある程度の強度や靭性を有しているため,咀嚼などのマクロな動作ですべての細胞を完全に破砕することはできない.したがって,野菜や果物を生食しても実際には含有成分の一部しか流出せず,全部は消化吸収できないと考える方が自然である.一方,加熱調理などによって細胞膜や細胞壁の機能が失われれば,細胞が破砕されなくとも細胞内成分流出の可能性は高まる.しかしその場合も細胞壁で区切られたマトリックスが連なった状態を保っていれば,細胞の構造自体が何重にも重なるバリアのような存在となるため細胞内外の双方向的な物質の移動には時間がかかる.このような現象は,胃酸によって加水分解作用を受けた細胞でもある程度生じていると推測できる.したがって植物性食品が消化される過程は,包括的には細胞膜,細胞壁やそれらが連なる立体的なマトリックス構造を介した細胞内成分あるいは消化酵素の経時的な移動現象とみなすことができる.すなわち,消化作用による生成物量をパラメータとして速度論的にアプローチ可能である(1)1) Y. Ogawa, N. Donlao, S. Thuengtung, J. Tian, Y. Cai, F. C. Reginio Jr., S. Ketnawa, N. Yamamoto & M. Tamura: Curr. Opin. Food Sci., 19, 36 (2018).

図1■植物細胞の構造

粉砕して利用するコムギなどとは異なり,コメは種子としての粒構造を残したまま食される糖質食品である.しかも炊飯によって含有デンプンが糊化した後も粒の形状を保っている.さらに粒内の細胞組織もある程度は構造を保っていることが判明している(2)2) M. Tamura, T. Nagai, Y. Hidaka, T. Noda, M. Yokoe & Y. Ogawa: Food Struct., 1, 164 (2014)..したがって,米飯の糖質消化性に粒の構造的な特性が関与していることは明らかである.Tamuraら(3)3) M. Tamura, J. Singh, L. Kaur & Y. Ogawa: Food Chem., 191, 91 (2016).は,米飯粒とその構造を破砕してスラリー状にしたサンプルをin vitroの胃–小腸2段階式模擬消化試験法(図2図2■模擬消化試験装置の例)によって消化処理し,測定されたグルコース生成量の変化を速度論的に比較,検討した.その結果,十分に消化処理した際のデンプンの平衡加水分解率は構造の有無にかかわらず88%前後であったが,構造を失ったスラリーのデンプン加水分解速度は粒に比べて約8倍の値を示した.これは米飯粒の構造が「消化後のグルコース吸収量」ではなく,「消化途中のグルコース生成速度」(≈「食後血糖値の変動速度」)に関係していることを意味する.食後血糖値の急激な変動による人体への負荷は,血糖値スパイクや糖尿病などの代謝系疾患発症と深くかかわる.すなわち,米飯の構造的な特性は消化現象を介して代謝系疾患発症の問題と強く結び付いていることになる.同様に咀嚼による米飯粒の構造変化と糖質消化性の関係も調査した結果(4)4) M. Tamura, Y. Okazaki, C. Kumagai & Y. Ogawa: Food Res. Int., 94, 6 (2017).,粒が構造を失うにつれてデンプンの加水分解速度は増加することを確認した.以上の知見は,米飯粒内のデンプンに消化酵素が作用する際,粒構造や細胞構造によってそのアクセス性が制限され,その結果,糖質としての消化速度も低下することを表している.すなわち,米飯粒および細胞の構造は,含有デンプンが消化酵素を介して加水分解される際のアクセス性(バイオアクセシビリティ(Bioaccessibility),生体到達度)を左右する因子の一つであると結論できる.もちろん,咀嚼による満腹中枢の刺激など人体に生じる生理作用も加味しなければ真の現象評価にはならないが,「食品」としてのゴハン粒の消化特性には植物組織としての構造因子が大きく関与する.逆に考えると,粒や細胞の構造変化にかかわる因子を調節すれば,米飯の糖質消化性,特に消化中のデンプン加水分解速度もコントロールできることになる.現在,それら糖質消化性を調節可能な構造因子について研究を進めている.同様に,野菜や果物も植物性食品として同じ現象を示すはずである.消化性を評価するためのパラメータとして生理活性物質や抗酸化活性などの変化を調査すれば,単なる機能性物質供給源としてだけではない野菜や果物の新たな側面が見いだせるかもしれない.

図2■模擬消化試験装置の例

Reference

1) Y. Ogawa, N. Donlao, S. Thuengtung, J. Tian, Y. Cai, F. C. Reginio Jr., S. Ketnawa, N. Yamamoto & M. Tamura: Curr. Opin. Food Sci., 19, 36 (2018).

2) M. Tamura, T. Nagai, Y. Hidaka, T. Noda, M. Yokoe & Y. Ogawa: Food Struct., 1, 164 (2014).

3) M. Tamura, J. Singh, L. Kaur & Y. Ogawa: Food Chem., 191, 91 (2016).

4) M. Tamura, Y. Okazaki, C. Kumagai & Y. Ogawa: Food Res. Int., 94, 6 (2017).