Kagaku to Seibutsu 58(11): 599-605 (2020)
解説
明らかになり始めた生理活性脂質N-アシルエタノールアミンの生合成機構N-アシル転移酵素の構造と機能
Recent Progress in the Research of N-Acylethanolamine Biosynthesis: Structures and Functions of N-Acyltransferases
Published: 2020-11-01
N-アシルエタノールアミンは長鎖脂肪酸がエタノールアミンに結合した一群の脂質分子で,動植物組織で生理活性物質として機能する(1)(図1).結合している脂肪酸種の種類によって異なる受容体に作用し,抗炎症・食欲抑制・神経保護等の幅広い生物活性を発揮する.N-アシルエタノールアミンは必要に応じて局所的に合成され,生理機能を示した後は速やかに分解される.このように,N-アシルエタノールアミンは生理機能を保有するのに加えて,その生体内含量がダイナミックに増減することから,生合成や分解にかかわる酵素が注目されている(2).本稿では,全貌が明らかになりつつあるN-アシルエタノールアミンの生合成機構,特にN-アシル転移酵素に焦点を当て,われわれの知見を中心に概説したい.
Key words: N-アシルエタノールアミン; N-アシル転移酵素; cPLA2ε; PLAATファミリー; エンドカンナビノイド
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
N-アシルエタノールアミンを構成している脂肪酸種には飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸があり,これらは炭化水素鎖の長さや二重結合の数が異なる(図1図1■N-アシルエタノールアミンと関連化合物の名称,構造,作用する受容体と機能).動物組織において,パルミチン酸(C16:0)が結合したパルミトイルエタノールアミド(PEA)やオレイン酸(C18:1)が結合したオレオイルエタノールアミド(OEA)は量的にみて主要なN-アシルエタノールアミンであり,アラキドン酸(C20:4)が結合したアラキドノイルエタノールアミドなど,高度不飽和脂肪酸が結合したものは微量存在する.アラキドノイルエタノールアミドはアナンダミドとも呼ばれ,大麻の精神作用にかかわるカンナビノイド受容体の内因性リガンドとして単離されたことから最も注目を集めてきた(3)3) W. A. Devane, L. Hanus, A. Breuer, R. G. Pertwee, L. A. Stevenson, G. Griffin, D. Gibson, A. Mandelbaum, A. Etinger & R. Mechoulam: Science, 258, 1946 (1992)..そのほかのN-アシルエタノールアミンもそれぞれの分子種に固有の作用を示す.
大麻(マリファナ)に含まれる精神作用物質であるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)とその類縁化合物はカンナビノイドと呼ばれ,その化学構造は1960年代に決定された(4)4) Y. Gaoni & R. Mechoulam: J. Am. Chem. Soc., 86, 1646 (1964).(図1図1■N-アシルエタノールアミンと関連化合物の名称,構造,作用する受容体と機能).動物にΔ9-THCを投与すると,「カンナビノイドの四徴」として知られる自発運動減少,痛み感受性の低下,体温低下,カタレプシー(受動的にとらされた姿勢を保ち,自分の意志で変えようとしない状態)誘発が生じる.Δ9-THCが作用するカンナビノイド受容体として,CB1とCB2の2種類が同定されている(5)5) R. Mechoulam & L. A. Parker: Annu. Rev. Psychol., 64, 21 (2013)..同受容体に対する主要な内因性リガンド(エンドカンナビノイド)として2つの脂質分子が見いだされており,一つはアナンダミドで(3)3) W. A. Devane, L. Hanus, A. Breuer, R. G. Pertwee, L. A. Stevenson, G. Griffin, D. Gibson, A. Mandelbaum, A. Etinger & R. Mechoulam: Science, 258, 1946 (1992).,もう一つはグルセロールのsn-2位にアラキドン酸が結合した2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)である(6, 7)6) R. Mechoulam, S. Ben-Shabat, L. Hanus, M. Ligumsky, N. E. Kaminski, A. R. Schatz, A. Gopher, S. Almog, B. R. Martin, D. R. Compton et al.: Biochem. Pharmacol., 50, 83 (1995).7) T. Sugiura, S. Kondo, A. Sukagawa, S. Nakane, A. Shinoda, K. Itoh, A. Yamashita & K. Waku: Biochem. Biophys. Res. Commun., 215, 89 (1995)..
CB1とCB2は多くの生理活性脂質に対する受容体と同様にGタンパク質共役型であり,cAMPレベルを低下させるGi/oと共役している.CB1は主に神経系に発現しており,前シナプスに局在して神経伝達物質の放出を抑制的に制御する.CB2は脾臓やリンパ節などに発現し,免疫や炎症に関与する.アナンダミドと2-AGにはいくつかの違いがあり,2-AGがCB1とCB2の完全アゴニストとして機能するのに対して,アナンダミドはCB1の部分アゴニストであり,CB2には弱い作用しか示さない.2-AGの生体内含量はアナンダミドの数百倍以上高く,2-AGを分解するモノアシルグリセロールリパーゼ欠損マウスや同酵素の特異的阻害剤の長期投与では,2-AGの蓄積によりCB1のダウンレギュレーションを伴う脱感作が起きる.一方,アナンダミドを分解するfatty acid amide hydrolase(FAAH)欠損マウスではアナンダミドが増加するが,そのような現象は生じない.これより現在では,2-AGがCB1とCB2の主要な内因性リガンドであると考えられている(8)8) T. Sugiura, S. Kishimoto, S. Oka & M. Gokoh: Prog. Lipid Res., 45, 405 (2006)..しかしながら,FAAH欠損マウスでカンナビノイドの四徴の一つである痛覚の低下などのCB1に依存した表現型が見られることから,局所的に増加したアナンダミドがリガンドとして機能する可能性はある.アナンダミドはヴァニロイド受容体TRPV1のアゴニストとして機能する点でも2-AGと異なっている.アナンダミド以外の高度不飽和脂肪酸のエタノールアミドもCB1とCB2に対して多少のリガンド活性を示す.
PEAは,動物組織において最も豊富に存在するN-アシルエタノールアミンであり,核内受容体であるペルオキシソーム増殖剤活性化受容体PPARαのアゴニストとして機能することで,抗炎症・鎮痛・細胞保護作用を示す(9)9) J. Lo Verme, J. Fu, G. Astarita, G. La Rana, R. Russo, A. Calignano & D. Piomelli: Mol. Pharmacol., 67, 15 (2005)..欧米では神経因性疼痛などの慢性疼痛に有効なサプリメントや医療用食品として市販されている.
OEAは小腸において食事の摂取によって増減し,食後に増加する一方で飢餓時には低下する.OEAをマウスに投与すると食餌摂取量の減少と体重増加の抑制効果が見られるが,この効果はPPARα欠損マウスでは消失する.これより,OEAの食欲抑制効果はPPARαを介して行われると考えられ,同分子は抗肥満薬としての開発が期待される(10)10) J. Fu, S. Gaetani, F. Oveisi, J. Lo Verme, A. Serrano, F. Rodríguez de Fonseca, A. Rosengarth, H. Luecke, B. Di Giacomo, G. Tarzia et al.: Nature, 425, 90 (2003)..また,OEAはGタンパク質共役型受容体GPR119のアゴニストとしても報告されている.
高度不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(C22:6)が結合したドコサヘキサエノイルエタノールアミドはシナプタミドとも呼ばれ,脳に比較的多く存在している.シナプタミドを初代培養系に添加すると,神経幹細胞の神経への分化が促進することや,大脳皮質の神経突起形成を増強することなどが報告されている(11)11) H.-Y. Kim & A. A. Spector: Mol. Aspects Med., 64, 34 (2018)..これらの機能はGPR110を通じて行われると考えられている.
なお,植物にも種々のN-アシルエタノールアミンが存在するが,主要な分子種はリノール酸(C18:2)が結合したリノレオイルエタノールアミドである.FAAHを過剰発現させてN-アシルエタノールアミンのレベルを低下させたシロイヌナズナでは,実生の成長や開花を促進することが報告されている.これより,N-アシルエタノールアミンはシロイヌナズナにおいて実生や花などの生育に対して阻害的に作用することが示唆されている(12)12) E. B. Blancaflor, A. Kilaru, J. Keereetaweep, B. R. Khan, L. Faure & K. D. Chapman: Plant J., 79, 568 (2014)..
N-アシルエタノールアミンは膜脂質を構成するグリセロリン脂質から「トランスアシレーション–ホスホジエステラーゼ経路」と呼ばれる2段階の酵素反応によって合成される(1, 2)1) K. Tsuboi, T. Uyama, Y. Okamoto & N. Ueda: Inflamm. Regen., 38, 28 (2018).2) Z. Hussain, T. Uyama, K. Tsuboi & N. Ueda: Biochim. Biophys. Acta, 1862, 1546 (2017).(図2図2■N-アシルエタノールアミンの生合成と分解).最初の反応はアシル基の転移で,ホスファチジルコリン(PC)等のグリセロリン脂質のsn-1位のアシル基がホスファチジルエタノールアミン(PE)のアミノ基に転移される.これによって3本の脂肪酸鎖をもった特殊なトリアシル型リン脂質であるN-アシル-PEが合成され,この反応はN-アシル転移酵素によって触媒される.2つ目の反応はN-アシル-PEからのN-アシルエタノールアミンの遊離で,N-アシル-PEに特異的なホスホリパーゼDであるNAPE-PLDによって触媒される.われわれを含む多くの研究から,NAPE-PLDを用いない多段階の代替経路の存在も明らかになっている(1, 2)1) K. Tsuboi, T. Uyama, Y. Okamoto & N. Ueda: Inflamm. Regen., 38, 28 (2018).2) Z. Hussain, T. Uyama, K. Tsuboi & N. Ueda: Biochim. Biophys. Acta, 1862, 1546 (2017)..生成されたN-アシルエタノールアミンは対応する受容体を介して生理機能を発揮し,その後は小胞体膜酵素であるFAAHやリソソーム酵素であるN-acylethanolamine-hydrolyzing acid amidase(NAAA)によって遊離脂肪酸とエタノールアミンに分解される.
上述のように,生体内ではPEAやOEAが量的に主要なN-アシルエタノールアミンであるが,これはその前駆体であるN-アシル-PEのN-アシル基の組成を反映している.一方,グリセロリン脂質のsn-1位は,通常,パルミチン酸などの飽和脂肪酸やオレイン酸などの一価不飽和脂肪酸が結合している.このことはN-アシル転移酵素がアシル基供与体基質であるグリセロリン脂質のsn-2位からではなくsn-1位から選択的に脂肪酸を引き抜くという事実と合致している.逆に,sn-2位に豊富なアラキドン酸とドコサヘキサエン酸をそれぞれ有するアナンダミドとシナプタミドが微量であることもこれで説明される.N-アシルエタノールアミンは受容体リガンドとして機能することから生体内レベルは厳密に制御される必要がある.N-アシル転移酵素の活性は1980年代にイヌの心臓で最初に検出され(13)13) P. V. Reddy, V. Natarajan, P. C. Schmid & H. H. O. Schmid: Biochim. Biophys. Acta, 750, 472 (1983).,その後,ラット脳の部分精製標品等を用いて解析が進められた(14, 15)14) H. Cadas, E. di Tomaso & D. Piomelli: J. Neurosci., 17, 1226 (1997).15) H. Cadas, S. Gaillet, M. Beltramo, L. Venance & D. Piomelli: J. Neurosci., 16, 3934 (1996)..活性発現にはmMオーダーのCa2+が必要で,アシル基供与体基質としてアシルCoAではなくグリセロリン脂質を用いること,そして上述のようにそのsn-1位から脂肪酸鎖を引き抜くこと,さらには脳での活性は出生直後が高く,その後徐々に減少することなどが報告された.しかしながら同酵素は膜タンパク質であり,比活性の高い精製標品を得ることが困難であったことからその実体は長い間不明であった.以下,Ca2+要求性で区別される2群のN-アシル転移活性を有する酵素について,われわれが見いだした知見を中心に紹介する.
筆者らは,N-アシル転移酵素を同定する目的でPLAATファミリーというタンパク質群に着目した(図3A図3■ヒトPLAATファミリー・メンバー).ファミリーは5つの分子から成り,がん原遺伝子Rasの機能を阻害するがん抑制遺伝子として単離されていたが,タンパク質としての機能は不明であった(16)16) T. Uyama, K. Tsuboi & N. Ueda: FEBS Lett., 591, 2745 (2017)..しかしながらその一次構造はビタミンAの代謝を制御する脂質代謝酵素であるlecithin retinol acyltransferase(LRAT)に類似しており,特に,LRATの活性中心を構成するHisとCys残基を保有していた(17)17) W. J. Jahng, L. Xue & R. R. Rando: Biochemistry, 42, 12805 (2003).(図3B図3■ヒトPLAATファミリー・メンバー).LRATはPCのsn-1位のアシル基をall-trans-レチノールの水酸基に転移することでレチニルエステルを生成するが,筆者らはこの反応機構がN-アシル転移酵素に類似していることに着想を得て,PLAATファミリーの脂質代謝酵素活性について検討を行った.精製組換えタンパク質を用いたin vitroにおける酵素活性測定から,同ファミリーの5分子すべてがグリセロリン脂質を基質とする脂質代謝酵素であり,いずれの分子もN-アシル転移酵素活性を示すことが明らかとなった(18, 19)18) N. Shinohara, T. Uyama, X.-H. Jin, K. Tsuboi, T. Tonai, H. Houchi & N. Ueda: J. Lipid Res., 52, 1927 (2011).19) Z. Hussain, T. Uyama, K. Kawai, I. A. S. Rahman, K. Tsuboi, N. Araki & N. Ueda: J. Lipid Res., 57, 2051 (2016).(図3A図3■ヒトPLAATファミリー・メンバー).しかしながら,sn-1位に加えてsn-2位のアシル基も基質とする点や,活性発現にCa2+を必要としないなど,その性状はラット脳等で報告されていたN-アシル転移酵素とは異なっていた.また,同活性以外にも,グリセロリン脂質のsn-1位またはsn-2位から脂肪酸を遊離させるホスホリパーゼA1/A2活性とリゾリン脂質に別のリン脂質分子からアシル基を転移するO-アシル転移酵素活性も併せ持っていたが,これら3種の相対的な活性の強さは分子種によって異なっていた.PLAATファミリーの構造は,Proに富んだproline-richドメイン,活性中心のHisを含むHボックスとCysを含むNCドメイン,そして疎水性ドメインから構成されている(図3B図3■ヒトPLAATファミリー・メンバー).変異体を用いた実験からこれらのドメインすべてが酵素活性に重要であることや(20)20) T. Uyama, J. Morishita, X.-H. Jin, Y. Okamoto, K. Tsuboi & N. Ueda: J. Lipid Res., 50, 685 (2009).,PLAAT-3の結晶構造解析からもHisとCysが活性中心を形成することが示されている(21, 22)21) M. Golczak, P. D. Kiser, A. E. Sears, D. T. Lodowski, W. S. Blaner & K. Palczewski: J. Biol. Chem., 287, 23790 (2012).22) X.-Y. Pang, J. Cao, L. Addington, S. Lovell, K. P. Battaile, N. Zhang, J. L. U. M. Rao, E. A. Dennis & A. R. Moise: J. Biol. Chem., 287, 35260 (2012)..
(A)名称,遺伝子座,酵素活性および発現部位.NAT, N-アシル転移酵素;PLA1/A2,ホスホリパーゼA1/A2; OAT, O-アシル転移酵素.(B)一次構造の概略.括弧内はアミノ酸数を示す.PB, 多塩基性ドメイン;Pro, proline-richドメイン;H, Hボックス;NC, NCドメイン;HD, 疎水性ドメイン;HisおよびCys, 活性中心を構成する両アミノ酸残基を示す.
PLAATファミリーが細胞内でもN-アシル転移酵素として機能するかを検討するため,それぞれの分子をCOS-7細胞で一過性に発現させたところ,対照細胞と比較してPLAAT-3を除くすべての分子でN-アシル-PEの増加が見られた(23)23) T. Uyama, N. Ikematsu, M. Inoue, N. Shinohara, X.-H. Jin, K. Tsuboi, T. Tonai, A. Tokumura & N. Ueda: J. Biol. Chem., 287, 31905 (2012)..特にPLAAT-1や-2で増加が顕著で,精製酵素による結果とよく一致した.さらにPLAAT-1や-2を安定発現するHEK293細胞を樹立し,これらの細胞のN-アシル-PEを液体クロマトグラフィー・タンデムマススペクトロメトリー(LC-MS/MS)によって分析した(23, 24)23) T. Uyama, N. Ikematsu, M. Inoue, N. Shinohara, X.-H. Jin, K. Tsuboi, T. Tonai, A. Tokumura & N. Ueda: J. Biol. Chem., 287, 31905 (2012).24) T. Uyama, M. Inoue, Y. Okamoto, N. Shinohara, T. Tai, K. Tsuboi, T. Inoue, A. Tokumura & N. Ueda: Biochim. Biophys. Acta, 1831, 1690 (2013)..その結果,どちらのPLAATを発現させたときもN-アシル-PEは増加し,とりわけN-アシル基として飽和脂肪酸または一価不飽和脂肪酸を含む分子種が増加していた.N-アシルエタノールアミンも増加しており,N-アシル-PEと類似のアシル基組成を示した.これより,PLAATファミリーはリン脂質のsn-1位とsn-2位のいずれからもアシル基を転移できるが,細胞内では主としてsn-1位のアシル基を利用していることが示唆された.逆に,内因性のPLAAT-1や-2をもともと発現しているATDC5細胞やHeLa細胞でそれぞれの発現をsiRNAによってノックダウンすると,N-アシル-PEが減少した.
PLAATファミリーはヒトを含む霊長類では-1~-5の5分子存在するが,マウス等の齧歯類では-1,-3および-5の3分子のみが存在する(16)16) T. Uyama, K. Tsuboi & N. Ueda: FEBS Lett., 591, 2745 (2017)..各分子の組織分布は異なっており,PLAAT-1は脳,心臓,筋肉や精巣で,PLAAT-3は脂肪組織で,PLAAT-5は精巣で特に高発現しているのに対し,PLAAT-2や-4は普遍的に発現している(図3A図3■ヒトPLAATファミリー・メンバー).細胞内局在に関しては,主に細胞質全体に存在しているが,PLAAT-1だけは核にも分布しており,N末端にある多塩基性ドメインが核移行シグナルの役割を果たしていると考えられる(19)19) Z. Hussain, T. Uyama, K. Kawai, I. A. S. Rahman, K. Tsuboi, N. Araki & N. Ueda: J. Lipid Res., 57, 2051 (2016)..発現誘導に関して,PLAAT-3はPPARγのアゴニストで(25)25) S. Hummasti, C. Hong, S. J. Bensinger & P. Tontonoz: J. Lipid Res., 49, 2535 (2008).,PLAAT-4はレチノイン酸で誘導される(26)26) D. DiSepio, C. Ghosn, R. L. Eckert, A. Deucher, N. Robinson, M. Duvic, R. A. S. Chandraratna & S. Nagpal: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 14811 (1998)..筆者らはPLAAT-3を細胞で過剰発現させてもN-アシル-PE含量はほとんど変化しないが,ペルオキシソームが消失することを見いだした(27)27) T. Uyama, I. Ichi, N. Kono, A. Inoue, K. Tsuboi, X.-H. Jin, N. Araki, J. Aoki, H. Arai & N. Ueda: J. Biol. Chem., 287, 2706 (2012)..その後の解析から,PLAAT-3がペルオキシソーム形成に必須のタンパク質であるPex19pに結合し,その機能を酵素活性依存的に阻害することが明らかとなった(28)28) T. Uyama, K. Kawai, N. Kono, M. Watanabe, K. Tsuboi, T. Inoue, N. Araki, H. Arai & N. Ueda: J. Biol. Chem., 290, 17520 (2015)..各分子に固有の機能についてはさらに検討を進める必要がある.
米国のCravattらはマウス脳を用いたプロテオミクス解析を行い,Ca2+依存的にN-アシル転移活性を示す酵素として細胞質型ホスホリパーゼA2ε(cPLA2ε,別名PLA2G4E)を同定した(29)29) Y. Ogura, W. H. Parsons, S. S. Kamat & B. F. Cravatt: Nat. Chem. Biol., 12, 669 (2016).(図4A図4■ヒトcPLA2ファミリー・メンバー).cPLA2εは6つのアイソフォーム(α, β, γ, δ, ε, ζ)からなる細胞質型PLA2(cPLA2)ファミリーの一分子で,その構造はN末端側からCa2+結合にかかわるC2ドメイン,活性中心であるSerとAspを含むリパーゼドメイン,そして塩基性アミノ酸が連なった多塩基性クラスターから構成されている(30)30) Y. Kita, H. Shindou & T. Shimizu: Biochim. Biophys. Acta, 1864, 838 (2019).(図4B図4■ヒトcPLA2ファミリー・メンバー).マウスの組換えcPLA2εは膜結合型タンパク質で,活性発現にmMオーダーのCa2+を必要とし,アシル基供与体としてグリセロリン脂質を用い,そのsn-1位から選択的にアシル基を引き抜くなど,その性状は以前に報告されていたCa2+依存的N-アシル転移酵素のそれとよく一致していた.cPLA2ファミリーの他のアイソフォームはεと類似のドメイン構造を有するが,同活性の報告はない.
(A)名称,遺伝子座,酵素活性および発現部位.(B)一次構造の概略.括弧内はアミノ酸数を示す(cPLA2εについては2つのアイソフォームのアミノ酸数).SerおよびAsp, 活性中心を構成する両アミノ酸残基を示す.
筆者らがヒトのcPLA2εをクローニングしたところ,マウスの酵素とは違ってN末端側が異なる2種類のアイソフォームが見つかった(31)31) Z. Hussain, T. Uyama, K. Kawai, S. S. Binte Mustafiz, K. Tsuboi, N. Araki & N. Ueda: Biochim. Biophys. Acta, 1863, 493 (2018)..精製組換えタンパク質を用いた解析より,両アイソフォームはマウスcPLA2εと同様に膜結合タンパク質であり,Ca2+依存的にN-アシル転移酵素活性を示した.Ca2+以外による活性発現制御を検討するため,Ca2+結合に加えてリン脂質との結合に関与する可能性があるC2ドメインの存在に着目した.種々のリン脂質の存在下でcPLA2εの酵素活性を測定すると,酸性リン脂質であるホスファチジルセリン(PS)やホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸によってCa2+依存的酵素活性がさらに増強されることが明らかになった(32)32) S. S. Binte Mustafiz, T. Uyama, Z. Hussain, K. Kawai, K. Tsuboi, N. Araki & N. Ueda: J. Biochem., 165, 343 (2019)..cPLA2εは形質膜と細胞内小胞に局在しており,興味深いことにその分布はPSに対するプローブであるLactC2とほぼ一致した.また,cPLA2εを安定発現する細胞株を樹立し,2種類のPS合成酵素(PSS1とPSS2)をsiRNAによってノックダウンすると,PS合成酵素が減少するにつれてcPLA2εの発現量や酵素活性が有意に低下した.このことからcPLA2εは細胞内でPSが豊富な膜構造に存在しており,そこでPSによって活性化もしくは安定化されている可能性が示唆された.また,cPLA2ε発現細胞のCa2+の透過性を亢進させると,N-アシル-PEとN-アシルエタノールアミンの含量が著しく増加した(33)33) S. S. Binte Mustafiz, T. Uyama, K. Morito, N. Takahashi, K. Kawai, Z. Hussain, K. Tsuboi, N. Araki, K. Yamamoto, T. Tanaka et al.: Biochim. Biophys. Acta, 1864, 158515 (2019)..一方,PLAAT-1や-2の発現細胞では細胞の刺激がなくても両脂質分子が生成し,Ca2+の透過性を亢進させてもさらなる増加は見られなかった.以上の結果から,PLAATファミリーは定常状態におけるN-アシル-PEやN-アシルエタノールアミンの合成に寄与し,cPLA2εは種々の細胞刺激に伴う細胞内Ca2+レベルの増加に応じてこれらの脂質分子を供給しているものと考えられた.
N-アシルエタノールアミンに関連して医薬品を指向した創薬研究が進められており,代謝酵素の阻害剤やカンナビノイド受容体を標的とする化合物について特に欧米を中心として開発が展開されている.また,慢性疼痛や抗不安などの治療を目的とした医療大麻が世界各国で使用され始めている.
FAAHはアナンダミドを分解する主要酵素であることからこれまでに鎮痛や抗不安等の目的で多数の特異的阻害剤が開発されてきた.ファイザー社が開発したPF-04457845は変形性関節症の鎮痛薬として第II相試験まで治験が進められたが,鎮痛効果においてプラセボ群と有意な差が見られず,中止となった.また,バイアル社が開発したBIA 10-2474は,第I相試験で神経系に対する重大な副作用が観察され,中止となった.その後の研究から,BIA 10-2474はFAAH以外の酵素も阻害することが報告されている(34)34) A. C. M. van Esbroeck, A. P. A. Janssen, A. B. Cognetta III, D. Ogasawara, G. Shpak, M. van der Kroeg, V. Kantae, M. P. Baggelaar, F. M. S. de Vrij, H. Deng et al.: Science, 356, 1084 (2017)..
PEAは慢性疼痛に有効なニュートラシューティカル(機能性食品)やサプリメントとして既に欧米で市販されており,医薬品としての開発も進んでいる.NAAAはPEAを効率良く分解する酵素として注目され,特異的阻害剤の投与により増加したPEAが炎症や痛みを軽減することが動物実験で示されている(35)35) O. Sasso, M. Summa, A. Armirotti, S. Pontis, C. De Mei & D. Piomelli: J. Invest. Dermatol., 138, 562 (2018)..最近,ヒトNAAAの結晶構造も決定され,阻害剤の構造活性相関の研究がさらに進むことが期待される(36)36) A. Gorelik, A. Gebai, K. Illes, D. Piomelli & B. Nagar: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E10032 (2018)..
CB1受容体に対するアンタゴニストとしてリモナバンが抗肥満薬として欧州で承認され,禁煙補助薬としても注目を集めたが,うつ等の精神神経系の副作用によって自殺リスクが増加することが問題視され,販売は中止された.免疫細胞系に発現しているCB2受容体のアゴニストは抗炎症薬や鎮痛薬として期待されており,その開発が進められている(37)37) A. Dhopeshwarkar & K. Mackie: Mol. Pharmacol., 86, 430 (2014)..
脳虚血や心筋梗塞などの傷害部位ではN-アシルエタノールアミンとN-アシル-PEが著しく蓄積することが古くから知られている(38)38) N. Wellner, T. A. Diep, C. Janfelt & H. S. Hansen: Biochim. Biophys. Acta, 1831, 652 (2013)..前述のように両分子の増加は傷害部位での細胞変性に伴って増加した細胞内Ca2+がcPLA2εを活性化することによって引き起こされると考えられる.N-アシル-PEは膜安定化作用を示し,N-アシルエタノールアミンは神経保護作用等を示すことから(11, 39)11) H.-Y. Kim & A. A. Spector: Mol. Aspects Med., 64, 34 (2018).39) F. Palese, S. Pontis, N. Realini & D. Piomelli: Sci. Rep., 9, 15927 (2019).,これらは組織傷害に対して防御的に作用する可能性が提唱されている.また,これらの脂質分子は傷害部位に限局して増加するので,新しいバイオマーカーとしての開発が期待される.
これまでの研究からN-アシルエタノールアミンの生合成や分解に関与する多数の酵素が同定され,代謝経路の全体像がほぼ明らかになった.特に,長い間不明であったN-アシル転移酵素の分子実体が同定されたことは,本研究領域を大きく進展させたと言える.また,LC-MS/MSによる脂質分子の詳細な分析やプロテオミクス等の解析技術の向上により,これまで行うことができなかった研究が可能となってきている.しかしながら,N-アシルエタノールアミンやN-アシル-PEの生理機能が十分に解明されているとは言えず,この本質的な問いに対してさらなる取り組みが必要である.また,PLAATファミリー分子に関しても不明な点が多く残されており,報告されているがん抑制活性がN-アシルエタノールアミン等の脂質分子を介しているのかも不明である.今後,関連酵素の遺伝子改変動物や特異的阻害剤を駆使した個体レベルの解析を行うことで,本領域の研究がさらに加速することが期待される.
Reference
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