Kagaku to Seibutsu 58(11): 606-613 (2020)
解説
細胞遺伝学の新潮流―より速く,より広く,より細かく,そして創出へ古くて新しいゲノムの見える化技術
Currents in Cytogenetics—Faster, Wider, Finer, and Creation: Old but New Technology for Genome Visualization
Published: 2020-11-01
19世紀半ばに顕微鏡により発見された細胞小器官である核や染色体は,19世紀終わりのメンデルの法則の再発見により,遺伝学と結びつき細胞遺伝学が生まれた.その後,細胞遺伝学は,分子生物学や顕微鏡技術の発展とともに,より高い感度および解像度を得て,より広い観察空間,時間軸に沿った解析が可能となってきた.近年では,次世代シーケンサー(NGS)の発展により,DNAの核内配置やエピジェネティック情報などの時空的な変化をNGSベースの手法により解析可能となってきたが,細胞遺伝学的手法は,今なお色褪せることなく,これらの現象を視覚的に捉えるための重要な技術となっている.本稿では最新の細胞遺伝学技術と,その利用法として,動原体改変による半数体作製技術を紹介する.
Key words: 細胞遺伝学; 染色体; RGEN-ISL (CRISPR-FISH)
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
観ることは生物学の基本である.細胞で起こる遺伝現象を明らかにするため,細胞遺伝学が発展してきた.ゲノム/染色体を一様に染める酢酸カーミン染色による染色体の観察と数の決定に始まり,染色体の領域によって染色の濃淡が出るギムザ染色液などを用いた分染法により染色体の識別と同定が進められてきた.1990年以降は,顕微鏡観察にCCDカメラの導入,新たな蛍光物質の開発などでfluorescence in situ hybridization(FISH)法が広く普及した.FISH法は,DNAの相補性を利用して染色体上で任意の色で染め分けたプローブDNAと染色体DNAを結合させ,標的DNA配列を蛍光検出させる可視化技術である.その後,ゲノムDNAをプローブに用いてゲノム全体を可視化するGISH法や,複数のプローブを検出するマルチカラーFISH法,核にある染色体を物理的に伸ばすことによって,高解像度で解析が可能となるファイバーFISH法など多彩な可視化技術が開発されてきた.また2000年以降,エピジェネティックスの発展により,核や染色体を標的としたタンパク質などのDNA以外の情報を可視化できる免疫染色も盛んに行われてきた.その結果,染色体や核におけるメチル化シトシンやヒストン修飾,動原体タンパク質などの高次染色体制御因子の分布や細胞周期における変動が明らかにされている.さらには,免疫染色によりタンパク質を可視化し,その後にFISH法でDNAを検出すれば,核や染色体上でのDNAとタンパク質との相互作用が観察可能である.
これまでFISH解析に用いるプローブDNA配列は,BAC(Bacterial Artificial Chromosome,大腸菌人工染色体)クローンや単離された反復配列,GISH解析におけるゲノムDNAがほとんどであった.ところが近年のシークエンス技術の進展により,膨大なゲノム情報のすべてがプローブ作製の材料になった.たとえば,次のようにFISHプローブが作製できる.まず,(1)ゲノム情報から可視化したい領域の配列を抽出する.次に,(2)ゲノム配列の反復配列を検索するRepeatMaskerプログラムなどで抽出した配列に含まれる反復配列を検出する.(3)10 kb程度の反復配列を含まないユニークなDNA配列を再抽出する.(4)再抽出された配列がゲノムに単一の配列で存在しているかをBlast検索や短いゲノム配列間の類似度を算出するK-mer解析で確認する.(5)得られたゲノム中に単一の配列でFISHプローブを作製する.
BACクローンや反復配列,ゲノム全体の可視化は,その検出対象が十分に大きいことから容易である.一方,cDNAやシングルコピー配列をプローブに用いる場合は,10 kb程度の短い配列を検出する高い感度が必要となる(1)1) I. Kirov, M. Divashuk, K. Van Laere, A. Soloviev & L. Khrustaleva: Mol. Cytogenet., 7, 21 (2014)..植物の染色体に対し高感度なFISH解析を行う場合,細胞壁と細胞質にプローブが捕捉されて生じるバックグラウンドシグナルやプローブが類似配列に結合して生じる非特異的シグナルの除去が課題となる.そのため種や細胞ごとに異なるセルロースなどの細胞壁成分を酵素で完全に分解する条件を見つける必要がある.また,蓄積された配列情報からさまざまなプログラムで反復配列を検出して,それを避けるようにプローブ配列が設計できるようになってきた.今日までに,細胞壁や細胞質を完全に除去した植物染色体のさまざまな標本作製法が考案され,いくつかの研究室では短い数kb程度のDNA配列の検出法が確立されている(2~4)2) J. C. Lamb, T. Danilova, M. J. Bauer, J. M. Meyer, J. J. Holland, M. D. Jensen & J. A. Birchler: Genetics, 175, 1047 (2007).3) Q. F. Lou, Y. X. Zhang, Y. H. He, J. Li, C. Y. Cheng, W. Guan, S. Q. Yang & J. F. Chen: Plant J., 78, 169 (2014).4) L. Aliyeva-Schnorr, S. Beier, M. Karafiatova, T. Schmutzer, U. Scholz, J. Dolezel, N. Stein & A. Houben: Plant J., 84, 385 (2015)..筆者らの研究室では,上記の方法でゲノム情報からゲノム中に単一の配列を選び,さまざまな植物で2~10 kbの配列の可視化に成功している.1 kb以下を検出した報告も存在するが(5)5) L. Khrustaleva, J. M. Jiang & M. J. Havey: Theor. Appl. Genet., 129, 535 (2016).,その検出効率は著しく低くなる.一方,可視化したい領域において複数の配列を選び,作製したプローブDNAを混合して用いることが可能であれば,それぞれが1kb以下のシングル配列であっても検出が可能になる.筆者らの経験から言えば,10 kb程度のプローブが解析に十分なシグナル強度を有していた.
一方,ゲノム情報の利用から,大規模なオリゴ合成を基盤としたOligo-FISH法が近年,開発された(6)6) J. Jiang: Chromosome Res., 27, 153 (2019)..これまでも植物では,合成した2~4塩基のマイクロサテライトDNA配列(たとえば,(GAA)5の3塩基の5回繰り返し配列)がFISH解析に用いられていた.しかし,ゲノム情報から選抜した43~47塩基からなる数千種類の単一の配列を合成し,蛍光物質を標識したOligoプローブは,比較的低価格・低労力で研究者の観たい1本の染色体または任意の領域を「自由に」染め分けることが可能である.すでにさまざまな植物でOligoプローブが作製・利用されており,今後,新しいFISH法として広く普及すると考えられる.
ゲノム情報と細胞遺伝学が近年リンクすることで,ゲノム研究において細胞遺伝学はより利用しやすい研究ツールとなってきた.たとえば,FISH法はゲノム情報のアセンブリに利用可能である(7)7) A. M. Session, Y. Uno, T. Kwon, J. A. Chapman, A. Toyoda, S. Takahashi, A. Fukui, A. Hikosaka, A. Suzuki, M. Kondo et al.: Nature, 538, 336 (2016)..トマトゲノムでは,FISH解析と光学マッピングにより,減数分裂で組み換えが生じにくい動原体近傍を中心にゲノムの3分の1のScaffoldの配置と向きが修正された(8)8) L. A. Shearer, L. K. Anderson, H. de Jong, S. Smit, J. L. Goicoechea, B. A. Roe, A. Hua, J. J. Giovannoni & S. M. Stack: G3 (Bethesda), 4, 1395 (2014)..近年は数十kbと比較的長い配列を決定できるPAC-Bioや光学マッピングのBioNano,DNA同士の空間距離を明らかにするHi-C Seqが開発されアセンブルの大きな力になっている.しかし,それらの技術を用いて解読されたN50(連結された配列(コンティグ)を長い順に加算し,全体の50%を超えたときのコンティグの長さ)が18 Mbpを超える高精度なゲノムにおいても,筆者らのFISH実験によりミスアッセンブリが検出された(図1図1■Scaffoldの方向と2つのHi-Cマップ).結局のところ,動原体などの反復配列によって生じることが多いアセンブリのギャップは,そのシークエンス情報が完全に存在しないため,BioNanoやHi-C技術を用いても正しいScaffoldの配置や向きを知ることはできない.そのため,染色体構造を可視化することによって物理的に知ることのできるFISH法は,それらの複雑なゲノム領域を観る目として必要とされている.
光学顕微鏡を用いた観察による分解能は200 nmが限界とされてきた.しかし,超高解像度顕微鏡に代表される,これまでの分解能を凌駕する解像度での画像取得技術の革新は,新たな次元での細胞生物学を可能にした.超解像度顕微鏡で観察した画像は約50 nmの解像度を取得することが可能である(9)9) E. H. Rego, L. Shao, J. J. Macklin, L. Winoto, G. A. Johansson, N. Kamps-Hughes, M. W. Davidson & M. G. Gustafsson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, E135 (2012)..この技術によって,タンパク質やDNA配列の局在パターンをより詳しく簡便に知ることが可能になった.筆者らは超解像度顕微鏡を用いて,オオムギの動原体に局在する動原体特異的ヒストンH3タンパク質(CENH3,ヒトではCENP-A)の局在パターンを明らかにした(10)10) T. Ishii, R. Karimi-Ashtiyani, A. M. Banaei-Moghaddam, V. Schubert, J. Fuchs & A. Houben: Chromosome Res., 23, 277 (2015)..後述するように,CENH3は動原体改変による高速育種における標的因子である.オオムギはαCENH3, βCENH3の2種類のCENH3遺伝子を保有しており,その局在をそれぞれのCENH3に対する特異的な抗体によって免疫染色した.オオムギのαCENH3, βCENH3タンパク質は,動原体の異なる領域に識別され局在していた(10)10) T. Ishii, R. Karimi-Ashtiyani, A. M. Banaei-Moghaddam, V. Schubert, J. Fuchs & A. Houben: Chromosome Res., 23, 277 (2015)..また,胚発生の初期における動原体への局在の傾向が成熟した体細胞とは異なることも明らかにした(10)10) T. Ishii, R. Karimi-Ashtiyani, A. M. Banaei-Moghaddam, V. Schubert, J. Fuchs & A. Houben: Chromosome Res., 23, 277 (2015)..異なる発生段階でのオオムギのαCENH3, βCENH3の動原体への局在傾向の違い,2種類のCENH3遺伝子の機能分化などは,これからの研究課題である.さらに,この超解像度顕微鏡は一分子の解析にも応用可能であり,すでに分子と分子の作用に関する実験に利用され始めている(11)11) V. Schubert & K. Weisshart: J. Exp. Bot., 66, 1687 (2015)..われわれが将来,さまざまなタンパクやDNAの分子レベルの解像度で生物の謎を視覚的に観察することが可能になりつつある.
ゲノム編集技術は2012年にその有効性が動物細胞で明らかになり,簡便な実験手法と,応用範囲の広さからさまざまな動植物に利用されてきた.CRISPR/Cas9に代表されるゲノム編集技術には二本鎖DNAを切るCas9タンパク質と言われるハサミと,ハサミを特定の二本鎖DNA配列に導くためのガイドRNA(gRNA)と言われるRNAの2種類の部品から構成されている.gRNAの配列を自分の狙ったDNA配列に変えることにより,Cas9タンパク質を任意のDNA配列に導くことが可能になる.一般的に,CRISPR/Cas9はゲノムの狙った配列に変異を入れる用途で使用されている.CRISPR/Cas9で変異を導入することにより,遺伝子など狙った領域のDNA配列を改変することが可能であり,遺伝子の機能解析や動植物の品種改良などに急速に利用され始めている.一方,ゲノムの狙った領域に到達するCRISPR/Cas9は遺伝子発現の調節や,配列の可視化などにもその利用範囲を急速に広げている(12)12) H. F. Wang, M. La Russa & L. S. Qi: Annu. Rev. Biochem., 85, 227 (2016)..
これまでにも,CRISPR/Cas9を利用したゲノム配列の可視化技術は報告されていたが,形質転換法が必要(ほとんどの種で確立されていない),複雑なCas9タンパク質合成が必要,コストが非常に高いなどの問題があった.そこで,筆者らは速い安い,簡単を開発の理念にし,新規ゲノム配列ラベリング技術としてRNA-guided Endonuclease-In Situ Labelling法(RGEN-ISL法)(別名:CRISPR-FISH法)を開発した(13)13) T. Ishii, V. Schubert, S. Khosravi, S. Dreissig, J. Metje-Sprink, T. Sprink, J. Fuchs, A. Meister & A. Houben: New Phytol., 222, 1652 (2019)..RGEN-ISL法は3種類の部品すなわち,「1; 可視化したい配列に対する特異的なcrRNA,2; 任意の蛍光物質でラベリングされたtracrRNA,3; Cas9タンパク質」これら3種類の部品をチューブ内で混ぜることによりRGEN-ISL法に必要なRNPと言われるタンパク質とRNAの複合体が出来上がる.RNPを核もしくは染色体があるスライドガラスに滴下することによって,見たい配列を短時間で可視化することが可能である(図2図2■RGEN-ISL法(別名:CRISPR-FISH法)の概念図).RGEN-ISL法の配列の可視化に要した時間で最も短い例は20秒であり,筆者らもその検出の速さに驚いている.RGEN-ISL法によって,さまざまな動植物の配列を可視化することに成功しており,汎用性が非常に高い技術であることも証明されている.RGEN-ISL法は,これまでゲノムの特定領域を検出する方法として使われてきたFISH法とは異なり,DNAの変性処理が不要であり,ゲノムの構造を維持した状態での観察を可能にした.また,既存の細胞遺伝学的手法である,免疫染色,FISH, DNA複製の可視化法などと同時に使用することが可能であることが示されている(14)14) A. Nemeckova, C. Wasch, V. Schubert, T. Ishii, E. Hribova & A. Houben: Cytogenet. Genome Res., 159, 48 (2019)..RGEN-ISL法は生きた植物細胞核で最も強いシグナル強度を得ることができ,細胞固定の時間を長くするとシグナルが出なくなる現象を観察した.これは,固定により,DNA二重鎖間やDNAと核タンパク質の間に共有結合が生じ,Cas9複合体が標的配列に局在することができなくなるためと考えられるが詳細は不明である.RGEN-ISL法と同じ手法が動物の培養細胞細胞の生きた状態での観察に使用されており(Live FISH法),生きた細胞内でのゲノム領域の相互作用の可視化も可能になっている(15)15) H. Wang, M. Nakamura, T. R. Abbott, D. H. Zhao, K. W. Luo, C. Yu, C. M. Nguyen, A. Lo, T. P. Daley, M. La Russa et al.: Science, 365, 1301 (2019)..LiveFISH法によって,ヒトの病気に関係する染色体異常(第13番染色体のトリソミー),DNAの2重鎖切断,染色体の転座の生きた細胞での時空間における観察が可能になった.さらに遺伝子をCas9で標識し,Cas13dを用いてRNAを標識することによって,時空間における遺伝子からのRNA発現を観察することにも成功している.
1. 任意の配列特異的にデザインされたcrRNAと蛍光物質で標識されたtracrRNAを混ぜ,gRNAを作製する.2. gRNAとCas9タンパク質を反応させ,RNPを作製する,4°Cから37°Cの温度条件で検出可能.3. さまざまな生物種,配列で検出が可能.シロイヌナズナ,ヒトの動原体配列,タバコのテロメア配列をRGEN-ISL法で検出した(赤いドットが検出された配列).
近年の細胞遺伝学は生物の時空間における変化を捉えることを可能にしつつあり,生物の理解がこれから加速度的に早まることが予想される.
細胞遺伝学は,「染色体を観察すること」を研究の主目的として発展してきた.そのため,細胞遺伝学の初期においては,研究材料は「分裂細胞を含む組織」に限定され,植物では「根端」や「花芽」などの組織に限られていた.
近年は「遺伝的に同じ細胞がもつ異なった特徴」を明らかにするために,間期核内の生体高分子を解析することの重要性が高まり,細胞遺伝学的研究に用いる組織も「染色体を観察するための分裂組織」から「個体全体の組織」へと拡大された.
しかしながら,現在でも,多くの細胞遺伝学的研究は,「バラバラにした細胞」を対象に行われており,この手法では「細胞が組織の何処にいたのか?」という位置情報を知ることができない.実際の生体組織内では,さまざまな種類の細胞が,それぞれの場所で異なった役割を果たすために異なった制御を受けていると考えられるので,「位置情報を伴う観察」はそれらの制御を理解するために必要である.しかし,エピジェネティクス解析を例にとれば,現在の主要な手法は,組織をすり潰して得られた「バルクのクロマチン」を用いたクロマチン免疫沈降(ChIP)法であり,この方法で得られるのは「バルク細胞の平均値」で,「個々の細胞の状態や位置情報」を得ることはできず,従来の免疫染色法でも位置情報は失われてしまう.それに対して,組織内の個々の細胞のエピジェネティック修飾を免疫染色法により解析することができれば,これらの情報を得ることが可能となる.
筆者らは,根の切片を免疫染色することにより,根端組織内の個々の細胞のエピジェネティック修飾を可視化する方法および植物の地上部の器官・組織を観察するための手法(ePro-ClearSee法)を開発した(16, 17)16) K. Nagaki, K. Tanaka, N. Yamaji, H. Kobayashi & M. Murata: Frontiers in Plant Sci., 6, 912 (2015).17) K. Nagaki, N. Yamaji & M. Murata: Sci. Rep., 7, srep42203 (2017)..地上部組織観察の最大の問題点は,これらの組織が葉緑体のクロロフィルを筆頭に多くの色素や自家蛍光を発する物質を含むことであり,もう一つの問題点は,葉や花弁などの「薄く,切片作成が難しい器官」が存在することである.筆者らは,栗原らが開発した植物組織の透明化法(18)18) D. Kurihara, Y. Mizuta, Y. Sato & T. Higashiyama: Development, 142, 4168 (2015).に,抗体の組織内への透過性を上げるための細胞壁消化酵素処理,2プロパノール処理を加え問題を克服した.これまでにも植物細胞への透明化処理を用いた免疫染色法は存在したが,「長時間を要する」,「低検出感度」,「有害試薬の使用」などの問題点があった.ePro-ClearSee法は,これらの問題を克服し,ヒストン修飾を可視化するための十分な感度を有していた(図3図3■ePro-ClearSee法の効果).
図中の緑色の点は,免疫染色により可視化されたメチル化ヒストンシグナル.図は透過光写真に蛍光撮影したシグナルを重ねて示している.透明化していないコムギの葉(A)では,組織に抗体が入らず不透明な細胞内物質も残存している,免疫染色の前にClearSee処理のみを行った場合(B)には,組織は透明化されるが,抗体の侵入が不十分でサンプルの切断部位付近の細胞のみが染色される.ClearSee処理の前に細胞壁消化酵素および2プロパノール処理(ePro-ClearSee処理)を行うと抗体が組織深部に侵入可能となり,切断部位から離れた細胞でもシグナルが観察できるようになる(C).この方法では,パネルDに示したような葉の幅方向全域にわたる染色も可能となる.スケールバーは,100 µm.
一方,組織内エピジェネティクス解析のためには組織内で標的DNAを可視化する方法も必要となる.ヒストン修飾の可視化だけでは,漠然とした核の修飾状況を観察することはできるが,個々の座位の修飾状況を知るためには標的座位を可視化する必要がある.細胞遺伝学で一般的に使われるFISH法では,DNAを一本鎖化するための変性処理が必要であり,この処理が組織や核の構造に影響を与えるため,組織内での可視化には使用できない.それに対して,前項で紹介したRGEN-ISL法は,変性処理を必要としないので,組織内可視化に適した方法であると考えられた.しかし,RGEN-ISL法は固定に対してセンシティブで,組織を十分に固定するとシグナルを得ることができず,シグナルを得るために弱い固定を用いると切片作成時に組織が崩壊してしまった.筆者らは,この問題を固定後に切片を作成し,その切片を脱固定後にRGEN-ISL法を行うことにより克服し,組織切片内で標的DNA配列を可視化することに成功した(19)19) K. Nagaki & N. Yamaji: J. Exp. Bot., 71, 1792 (2020)..この3D-RGEN-ISL法は,免疫染色の結果に影響を与えることはなく,DNA配列とタンパク質を同時に検出することができた.また,この方法は地上部の組織においても固定したサンプルをePro-ClearSee処理後に脱固定することで機能し,組織の空間における任意配列の局在情報を取得することができた(図4図4■3D-RGEN-ISL法によるシロイヌナズナ葉内での動原体配列の可視化).
植物の育種は植物を人間が利用しやすいように改変する技術である.商店に行けばさまざまな色や形をした野菜や果物があるのは,長年の植物育種の賜物である.一般的に,一つの品種を育種するには10年,植物の種類によってはさらに長い年月が必要である.しかし,近年の気候変動による地球環境の急速な変化に対応した迅速な品種改良がますます重要になってきている.
育種年限の短縮方法に半数体育種(2~3年に短縮可能)の利用がある.半数体育種とは植物の半数体組織(花粉など)を培養する方法,遠縁交雑(コムギにトウモロコシの花粉を交配など)を行い雑種胚で片親の染色が脱落(トウモロコシの染色体がなくなる)する染色体脱落を利用して獲得される半数体植物を利用する方法などがある.半数体組織の培養や染色体脱落を利用した半数体植物を獲得する技術は,作物によっては利用できない系統や種がある問題点があった.
近年,染色体の動原体を改変することによる新規半数体植物獲得技術の開発が行われ,徐々にさまざまな種に利用され始めている(20)20) M. Ravi & S. W. Chan: Nature, 464, 615 (2010)..この技術は,細胞分裂時の染色体分配にかかわる機能的な動原体に局在しているCENH3を改変し,その改変した植物と野生型のCENH3をもつ植物を交配する.CENH3は動原体のDNA配列と直接結合する,ヒストンフォールドドメイン(Histone fold domain)領域と,DNAと結合しないヒストンテール領域がある.半数体を作るためのCENH3の改変は主にヒストンフォールドドメインへの改変が行われている.シロイヌナズナのCENH3の機能をなくし,異種のCENH3によって動原体機能を補完した系統を野生型のCENH3をもつシロイヌナズナと交配する方法(21)21) S. Maheshwari, E. H. Tan, A. West, F. C. H. Franklin, L. Comai & S. W. L. Chan: PLOS Genet., 11, e1004970 (2015).やヒストンフォールドドメイン内のアミノ酸に変異を入れた個体と野生型のCENH3をもつ個体を交雑する方法がある(22, 23)22) R. Karimi-Ashtiyani, T. Ishii, M. Niessen, N. Stein, S. Heckmann, M. Gurushidze, A. M. Banaei-Moghaddam, J. Fuchs, V. Schubert, K. Koch et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 11211 (2015).23) S. Kuppu, E. H. Tan, H. Nguyen, A. Rodgers, L. Comai, S. W. L. Chan & A. B. Britt: PLOS Genet., 11, e1005494 (2015)..交雑した子孫から半数体植物の獲得が可能である(20~23)20) M. Ravi & S. W. Chan: Nature, 464, 615 (2010).21) S. Maheshwari, E. H. Tan, A. West, F. C. H. Franklin, L. Comai & S. W. L. Chan: PLOS Genet., 11, e1004970 (2015).22) R. Karimi-Ashtiyani, T. Ishii, M. Niessen, N. Stein, S. Heckmann, M. Gurushidze, A. M. Banaei-Moghaddam, J. Fuchs, V. Schubert, K. Koch et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 11211 (2015).23) S. Kuppu, E. H. Tan, H. Nguyen, A. Rodgers, L. Comai, S. W. L. Chan & A. B. Britt: PLOS Genet., 11, e1005494 (2015).(図5図5■動原体改変による半数体植物の作成の概念図).このように交雑した個体から半数体が発生する現象はさまざまな生物の異種間交雑で起こる染色体脱落現象に似ており,2種類の異なる動原体の強さをもつゲノム間での競争による結果なのかもしれない(24)24) T. Ishii, R. Karimi-Ashtiyani & A. Houben: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 421 (2016)..すでに,トウモロコシ,トマト,イネ,キュウリ,メロンなどの作物でもCENH3の改変によって半数体の作成に成功例が出てきている(25)25) K. Kalinowska, S. Chamas, K. Unkel, D. Demidov, I. Lermontova, T. Dresselhaus, J. Kumlehn, F. Dunemann & A. Houben: Theor. Appl. Genet., 132, 593 (2019)..近い将来,いかなる種においても自由自在に半数体を作りだせる時代が来るのかもしれない.
本稿で紹介した技術を含む「新しい細胞遺伝学的手法」により,染色体の折りたたみ構造,核内配置と遺伝子発現制御,染色体高次構造形成と染色体分配,減数分裂における相同染色体のペアリングなどの細胞遺伝学に残されている重要な研究課題が解明されることが期待される.これらのなかでの課題の一つは,任意のシングルコピー領域の可視化を可能にする検出感度の向上である.検出感度の向上は,超解像度による詳細な分子の局在や,厚みのある組織を用いた深部の解析においても必要となる技術である.もう一つは,得られる膨大なデータの解析に関する問題であり,これについては機械学習などの自動解析技術の発達が期待される.動原体改変による半数体作出については,この手法がさまざまな作物で利用され作物育種の根幹的手法となることを期待する.研究者たちの探究心に後押しされ,10年前には考えもしなかったレベルの解析が可能となりつつある.細胞遺伝学も「古典的な学問」に止まることなく,常に新しい技術と結びつくことにより,「Chromosomics(クロモソミクス)」として発展していくことを期待する.
Acknowledgments
本研究はJSPS科研費JP19K15817および,鳥取大学乾燥地研究センター共同研究(課題番号No. 31C2002)の助成を受けたものです.
Reference
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