Kagaku to Seibutsu 58(11): 635-639 (2020)
セミナー室
高圧力が酵素に及ぼす影響深海微生物由来酵素の高圧力適応機構
Published: 2020-11-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
深海は,暗黒,低温(場所によっては超高温),高圧力の生物にとっては過酷な極限環境であるが,魚類,貝類,甲殻類,細菌類など多くの生物が生息している.これら深海生物の細胞内の温度と圧力は外部と同じであるため,これらの生物が産生する酵素は,その生物が生育している温度と圧力下で機能しており,極限環境への適応機構は酵素自身が保有している.このような深海生物由来酵素の環境適応機構はどのようになっているのだろうか? 本稿では,筆者が研究したMoritella profunda由来ジヒドロ葉酸還元酵素(MpDHFR)(1)1) E. Ohmae, C. Murakami, S. Tate, K. Gekko, K. Hata, K. Akasaka & C. Kato: Biochim. Biophys. Acta, 1824, 511 (2012).(図1A図1■深海生物由来酵素(緑)と常圧生物由来酵素(ピンク)の立体構造の比較)と,Shewanella benthica由来イソプロピルリンゴ酸脱水素酵素(SbIPMDH)(2)2) Y. Hamajima, T. Nagae, N. Watanabe, E. Ohmae, Y. Kato-Yamada & C. Kato: Extremophiles, 20, 177 (2016).(図1B図1■深海生物由来酵素(緑)と常圧生物由来酵素(ピンク)の立体構造の比較)の例を挙げて,深海生物由来酵素の高圧力環境への適応機構を紹介する.
M. profundaは,西アフリカ沖の深度2,815 mの大西洋海底で採集された泥の中から単離された深海微生物で,生育最適圧力が22 MPa,生育最適温度が2°Cの好圧・好冷性細菌である(3)3) Y. Xu, Y. Nogi, C. Kato, Z. Liang, H. J. Rüger, D. De Kegel & N. Glansdorff: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 53, 533 (2003)..16SリボゾーマルDNAの塩基配列の比較から,この菌は大腸菌(Escherichia coli)などの常圧微生物と近縁なことがわかっており,同じMoritella属の常圧微生物から進化して深海に適応したものと考えられる.またDHFRは,NADPHを補酵素としてジヒドロ葉酸(DHF)をテトラヒドロ葉酸(THF)に還元する酵素で,生成物のTHFは核酸のプリン塩基の生合成に関与するため,DHFRは生体に必須の酵素として生育環境下でハウスキーピング的に機能している.したがってMpDHFRは,酵素の高圧力環境適応機構の研究には好適なモデルである.
MpDHFRの一次構造を大腸菌由来のDHFR(EcDHFR)と比較すると,全長は3残基長い162残基で,3(Val),68(Asp),162(Lys)残基目に各1残基ずつの挿入があるが,アミノ酸残基の55%が両DHFRで一致している.またMpDHFRの立体構造をX線結晶構造解析で決定した結果,両DHFRの骨格構造はほとんど一致していた(図1A図1■深海生物由来酵素(緑)と常圧生物由来酵素(ピンク)の立体構造の比較).
MpDHFRの高圧力に対する構造安定性を蛍光スペクトルの変化を指標にして測定したところ,予想に反してMpDHFRよりもEcDHFRの方が高圧力に対して安定なことがわかった(図2A図2■(A) MpDHFR(●)およびEcDHFR(○)の蛍光重心波長の圧力依存性).MpDHFRは200 MPa程度の圧力で完全にunfoldしてしまうが,EcDHFRは200 MPa程度までは構造を保持しており,さらに高圧力をかけると徐々にunfoldした分子が増加し,400 MPa以上の圧力では概ね全ての分子がunfoldする.この結果は,深海微生物由来の蛋白質が必ずしも耐圧性が高いわけではないことと,逆に,常圧微生物由来の蛋白質が必ずしも耐圧性が低いとは限らないことを明瞭に示しており,たいへん興味深い.熱力学を用いると,圧力を変えた実験の結果から体積の変化を算出することができる.両DHFRの測定結果を解析したところ,MpDHFRの方がEcDHFRよりもunfoldに伴う体積変化(負数の絶対値)が小さいことがわかった(表1表1■MpDHFRおよびEcDHFRの変性に伴う体積変化).
(挿入図):変性に伴うGibbs自由エネルギー変化の圧力依存性.(B):様々な圧力でのEcDHFR(○)とMpDHFR(●)の蛍光重心波長の尿素濃度依存性.0.1 MPa(黒),50 MPa(赤),100 MPa(緑),150 MPa(青),200 MPa(シアン),250 MPa(マゼンタ).(挿入図):変性に伴うGibbs自由エネルギー変化の圧力依存性
体積変化(mL mol−1) | ||
---|---|---|
圧力変性 | 尿素変性 | |
MpDHFR | −45±3 | −53±7 |
EcDHFR | −77±8 | −85±7 |
測定条件は20 mM Tris–HCl, 0.1 mM EDTA, 0.1 mM DTT, pH 8.0, 25°C. |
さらに尿素に対する構造安定性を比較した.大気圧下での測定では,圧力と同様にMpDHFRの方がEcDHFRよりも尿素に対しても不安定であった.さらに様々な圧力下での尿素に対する安定性を測定し,その結果からunfoldに伴う体積変化を算出した(図2B図2■(A) MpDHFR(●)およびEcDHFR(○)の蛍光重心波長の圧力依存性).得られた結果から圧力のときと同様に,MpDHFRの方がEcDHFRよりもunfoldに伴う体積変化が小さいことがわかった(表1表1■MpDHFRおよびEcDHFRの変性に伴う体積変化).
ここで,蛋白質のunfoldに伴う体積変化は何に由来しているのだろうか? 蛋白質がfoldしていてもunfoldしていても,蛋白質を構成している原子の体積は同じである.しかし蛋白質がfoldしている場合,蛋白質分子の内部には原子が存在しない隙間(cavity)が生じる.蛋白質がunfoldするとcavityは消失するので,体積が減少することになる.また,蛋白質がunfoldすると表面積が増加するので,水和量が増加する.水和した水分子は蛋白質から束縛を受けるため,バルクの水分子よりも熱振動が小さくなり体積が減少する.DHFRを含む多くの蛋白質は溶液として存在しており,実験では溶液全体に圧力がかかっている(つまり溶液全体の体積変化を測定している)ため,この体積変化(水和による寄与)は蛋白質分子自身の体積変化ではないが,蛋白質のunfoldに伴う体積変化に含まれる.この両者,すなわちcavityと水和による寄与が蛋白質のunfoldに伴う体積変化の中身である(4)4) E. Ohmae, C. Murakami, K. Gekko & C. Kato: J. Biol. Macromol., 7, 23 (2007)..
MpDHFRとEcDHFRは分子量も同程度であり,unfold状態における体積に大きな差異はないと考えられる.したがってMpDHFRの方がEcDHFRよりもunfoldに伴う体積変化が小さいという事実は,EcDHFRよりもMpDHFRの方がfold状態において,cavityが少ないか水和量が多い(unfoldに伴う水和量の変化が小さい)ことを示している.熱安定性や比容などの測定結果から,MpDHFRのfold構造には多数の水分子が水和していることが示された.
一方,両DHFRの酵素活性の圧力依存性を調べたところ,EcDHFRは加圧に伴って活性が低下するのに対して,MpDHFRは約50 MPaで最大活性となる好圧性を示した(図3図3■MpDHFR(●),EcDHFR(○)およびEcDHFR D27E変異体(○)の酵素活性の圧力依存性).このような加圧による活性の増加は他の深海微生物由来DHFRでも観察されているが,深海微生物由来DHFRでも加圧に伴って活性が低下するものもあり,深海微生物由来酵素が必ずしも好圧性を示すというわけではない(5, 6)5) C. Murakami, E. Ohmae, S. Tate, K. Gekko, K. Nakasone & C. Kato: J. Biochem., 147, 591 (2010).6) C. Murakami, E. Ohmae, S. Tate, K. Gekko, K. Nakasone & C. Kato: Extremophiles, 15, 165 (2011)..
酵素の反応は多くの素過程から成り立っているが,酵素の代謝回転速度は,これらのうちの最も遅い過程(律速過程)の速度により決定される.DHFRの場合,補酵素(NADPH)と基質(DHF)の結合過程,酸化還元反応過程,2つの生成物(NADP+とTHF)の解離過程,の少なくとも5つの反応過程が存在している.それぞれの反応過程に対する圧力の効果は同じではないため,常圧下で律速過程になっている過程が加圧下では速くなり,逆に常圧下では速い過程が加圧下では遅くなって律速過程になることもある.このような場合には,特定の圧力で反応の圧力依存性が反転し,好圧性が発現する(7)7) M. Groß, G. Auerbac & R. Jaenicke: FEBS Lett., 321, 256 (1993)..EcDHFRの常圧下での律速過程はTHFの解離過程であることが知られており(8)8) C. A. Fierke, K. A. Johnson & S. J. Benkovic: Biochemistry, 26, 4085 (1987).,加圧下でも同じ過程が律速過程になっていると考えられるが,MpDHFRでは50 MPaを境に律速過程が変化していると考えられる.遷移状態理論を用いると,反応速度定数の圧力依存性から活性化体積(律速反応の遷移状態と,その前の中間体の状態との体積差)を算出できる.MpDHFRの0.1~50 MPaでの活性化体積は−8.6±2.5 mL mol−1と負の値であり,遷移状態の方が反応物よりも体積が小さかった.構造安定性の場合と同様に,この体積差はcavityの消失か水和量の増加に由来していることから,MpDHFRの0.1~50 MPaでの律速過程は酸化還元反応過程であり,反応中間体の部分電荷が水和により安定化されていると考えられる.
ところでEcDHFRの活性部位のAsp27をGluに置換した変異体(D27E)では,基質との結合能が低下すると同時に,活性の最適pHが酸性側にシフトする(9)9) C. L. David, E. E. Howell, M. N. Farnum, J. E. Villafranca, S. J. Oatley & J. Kraut: Biochemistry, 31, 9813 (1992).ことから,基質結合部位周辺の溶媒への露出度と水和量が増加していると考えられた.そこで,EcDHFR D27E変異体の酵素活性の圧力依存性を測定したところ,加圧に伴って活性が増加する好圧性酵素になっていることが分かった(10)10) E. Ohmae, Y. Miyashita, S. Tate, K. Gekko, S. Kitazawa, R. Kitahara & K. Kuwajima: Biochim. Biophys. Acta, 1834, 2782 (2013).(図3図3■MpDHFR(●),EcDHFR(○)およびEcDHFR D27E変異体(○)の酵素活性の圧力依存性).EcDHFR D27E変異体の低圧力条件下(0.1~50 MPa)での活性の増加は,MpDHFRとほぼ一致しており,0.1~250 MPaの範囲から得られた活性化体積も,−4.8±0.1 mL mol−1とMpDHFRと比較的近い値であった.AspからGluへの変異は,側鎖にメチレン基(–CH2–)を1個追加するだけであるから,EcDHFRでは立体構造がほとんど変化しない.実際,EcDHFR D27E変異体の結晶構造は既知である(PDB ID: 1dra)が,野生型とほとんど完全に一致する.これらの結果は,EcDHFR D27E変異体の酵素反応の律速過程がMpDHFRと同じ酸化還元反応過程になったことにより,見かけの活性の圧力依存性が変化したことを示している.図2A図2■(A) MpDHFR(●)およびEcDHFR(○)の蛍光重心波長の圧力依存性に示したようにEcDHFRのfold構造は200 MPa程度まで保持されることから,EcDHFRはD27Eの変異により,10,000 m以上の深海の高圧力環境下でも十分に機能できる耐圧性を獲得できることが分かった.
Shewanella属細菌は地表の川や湖沼から深海に至るまでの幅広い水圏に分布する細菌である.S. oneidensis MR-1株は米国ニューヨーク州のオナイダ湖で採取された常圧細菌である(11)11) K. Venkateswaren, D. P. Moser, M. E. Dollhopf, D. P. Lies, D. A. Saffarini, B. J. MacGregor, D. B. Ringelberg, D. C. White, M. Nishijima, H. Sano et al.: Int. J. Syst. Bacteriol., 49, 705 (1999).が,S. benthica DB21MT-2株は,地球上で最も深いマリアナ海溝チャレンジャー海淵(深度10,898 m)の海底で採取された泥から分離された生育最適圧力が70 MPaの深海細菌で,大気圧下では生育しない絶対好圧性を持っている(12)12) C. Kato, L. Li, Y. Nogi, Y. Nakamura, J. Tamaoka & K. Horikoshi: Appl. Environ. Microbiol., 64, 1510 (1998)..16SリボゾーマルDNAの塩基配列の比較から,この菌も同じShewanella属の常圧微生物から進化して深海に適応したものと考えられる.またIPMDHは,NAD+を補酵素として3-イソプロピルリンゴ酸を2-イソプロピル-3-オキソコハク酸に酸化する酵素で,ロイシン生合成経路に含まれるため,蛋白質に含まれる20種類のアミノ酸を全て生合成する植物や細菌類には必須の酵素である.したがってIPMDHも酵素の高圧力環境適応機構の研究には好適なモデルである.
S. oneidensis由来IPMDH(SoIPMDH)とS. benthica由来IPMDH(SbIPMDH)のアミノ酸配列は85%以上で一致しており,X線結晶構造解析で決定された両IPMDHの骨格構造もほぼ一致していた(13)13) T. Nagae, C. Kato & N. Watanabe: Acta Crystallog. F, 68, 265 (2012).(図1B図1■深海生物由来酵素(緑)と常圧生物由来酵素(ピンク)の立体構造の比較).しかし両IPMDHの酵素活性の圧力依存性を測定したところ,SoIPMDHは酵素活性が加圧により減少する圧力感受性酵素であったが,SbIPMDHは100 MPa程度までは大気圧下と同等の活性を保持する耐圧性酵素であった(図4図4■SbIPMDH(●),SoIPMDH(○),SbIPMDH A266S変異体(●)およびSoIPMDH S266A変異体(○)の酵素活性の圧力依存性).両IPMDHで異なるアミノ酸残基を入れ換える変異体を幾つか作成して測定した結果,266位を入れ換えたSoIPMDH S266A変異体は耐圧性酵素に,SbIPMDH A266S変異体は圧力感受性酵素になった(図4図4■SbIPMDH(●),SoIPMDH(○),SbIPMDH A266S変異体(●)およびSoIPMDH S266A変異体(○)の酵素活性の圧力依存性).一方,SoIPMDHとSbIPMDHの構造安定性は変異体も含めて同程度であった(14)14) E. Ohmae, Y. Hamajima, T. Nagae, N. Watanabe & C. Kato: Biochim. Biophys. Acta, 1866, 680 (2018)..
SerとAlaの違いはヒドロキシ基(–OH)1個である.266位の側鎖の高圧下での役割を知るために,SoIPMDHの野生型とS266A変異体を高圧X線結晶構造解析で比較した.266位はIPMDHの活性部位を挟む2つのドメインの蝶番部分の裏側にある.大気圧下ではどちらのIPMDHでも266位の側鎖の周辺に固定された水分子は存在しなかったが,高圧下では野生型のSer266側鎖の近くに3個の水分子が固定され,蝶番の開閉を裏側から押さえていた.一方Ala266側鎖では高圧下でも水分子の固定は起こっておらず,蝶番の開閉が自由なため活性も保たれていると考えられた(図5図5■SoIPMDH 266位近傍の固定化された水分子の有無).以上のことから,SoIPMDHはS266Aの変異により深海の高圧力環境に十分適応できることが分かった.
DHFRとIPMDHの2例を挙げて酵素の高圧力環境への適応機構を紹介してきた.そこで判明したのは,圧力感受性酵素と好圧性あるいは耐圧性酵素の違いはそれぞれメチレン基やヒドロキシ基1個だけであるが,これによって水との相互作用が大きく変化することである.酵素や蛋白質が水中で機能している以上,水との相互作用は必ず生じる.しかし蛋白質結晶の約50%が水であるように,酵素や蛋白質を水から取り出してしまうことはできない.このため,酵素や蛋白質の構造安定性や機能に果たす水の役割を明確にすることは難しい.高圧力は酵素や蛋白質と水との相互作用を研究する上での優れたツールであるため,今後はこれを一つの選択肢として利用する研究者が増えることを期待している.
Reference
4) E. Ohmae, C. Murakami, K. Gekko & C. Kato: J. Biol. Macromol., 7, 23 (2007).
5) C. Murakami, E. Ohmae, S. Tate, K. Gekko, K. Nakasone & C. Kato: J. Biochem., 147, 591 (2010).
6) C. Murakami, E. Ohmae, S. Tate, K. Gekko, K. Nakasone & C. Kato: Extremophiles, 15, 165 (2011).
7) M. Groß, G. Auerbac & R. Jaenicke: FEBS Lett., 321, 256 (1993).
8) C. A. Fierke, K. A. Johnson & S. J. Benkovic: Biochemistry, 26, 4085 (1987).
13) T. Nagae, C. Kato & N. Watanabe: Acta Crystallog. F, 68, 265 (2012).