農芸化学@High School

ヤマトシジミの食草の違いによる産卵と成長の比較

古川 雄大

熊本県立熊本北高等学校生物部

崎山

熊本県立熊本北高等学校生物部

若宮 千武

熊本県立熊本北高等学校生物部

一甲 絢子

熊本県立熊本北高等学校生物部

松村

熊本県立熊本北高等学校生物部

Published: 2020-11-01

ヤマトシジミは幼虫時期に単食性であるにもかかわらず,外来種のオッタチカタバミに産卵していることに気づいた.そこでカタバミ,アカカタバミ,オッタチカタバミ,ムラサキカタバミの4種を材料として,ヤマトシジミの産卵数や成長量,食草の色調や成分について調査をした.その結果,ヤマトシジミはムラサキカタバミ以外の3種で成育した.さらに,ムラサキカタバミをシュウ酸量以外の要因で区別している可能性が示された.

本研究の背景,材料および方法,結果と考察

【背景】

ヤマトシジミは,シジミチョウ科の一種で北海道以外の日本に広く生息しており,幼虫時期はカタバミ(Oxalis corniculata)だけを食草とする単食性の昆虫である(1)1) 川副昭人,若林守男,白水 隆:“原色日本蝶類図鑑”,保育社,1976, pp. 140–141..カタバミを採集していた際に,オッタチカタバミというカタバミによく似た別種を誤って採集していることに気づいた.しかし,オッタチカタバミにはあるはずのない,ヤマトシジミの卵が複数付着していた.オッタチカタバミは,北アメリカ原産の植物で1965年に初めて京都府で見つかり,その後広く国内に分布するようになったものである(2)2) 亀田龍吉,有沢重雄,近田文弘:“花と葉で見わける野草”,小学館,2010, p. 129..しかし,この植物についてのヤマトシジミの詳細な食性および成育については不明である.そこで近年日本に入ってきたばかりの外来種であるオッタチカタバミを食草とし,ヤマトシジミが正常に生育するかどうかを調査することにした.また,カタバミの一品種であるアカカタバミ(在来種),別種のムラサキカタバミ(外来種)についても同様に調査した.

本研究では,まず植物を変えた際の産卵数の変化,幼虫の成長の差異を調査した.さらに食草の色調とシュウ酸量の調査,栄養測定を行った.

【材料および方法】

採卵調査および成長測定において,ヤマトシジミ(Zizeeria maha)は,野外で採集した雌から採卵した個体を利用した.植物は,カタバミ(Oxalis corniculata),アカカタバミ(Oxalis corniculata forma rubrifolia),オッタチカタバミ(Oxalis dillenii),ムラサキカタバミ(Oxalis debilis)の4種を利用した.いずれも熊本北高校内(熊本県熊本市北区兎谷)で調査および採集し,実験は次のように行った.

1. 個体数調査

カタバミ属4種が同時に生育している場所を探し調査区とし,調査区内にあるすべてのカタバミ属4種の株数とヤマトシジミの食痕や卵がある株数を調査し,その割合を求めた.

2. 採卵実験

産卵数の違いを調査するため,ヤマトシジミの雌1個体をカタバミ属4種の葉を四隅にセットしたプラスチック容器内に入れて,日の当たる場所で1時間ほど置き,産卵数を調査した.

3. 食草ごとの成長測定

カタバミとそれ以外の食草で飼育した際の違いを比較するため,卵を1個体ずつプラスチック容器に入れ,それぞれカタバミ属3種(カタバミ,アカカタバミ,オッタチカタバミ)で育てた.その際,蛹から成虫になるまでの日数や蛹の体長と体重,羽化した際の前翅の長さを測定した.ムラサキカタバミには全く産卵せず,食痕もなかったため本実験では調査しなかった.

4. 色覚・色調調査

ヤマトシジミの色覚で食草がどのように見えているかを調査するため,デジタル一眼レフカメラに特定の波長のみを透過するフィルターを付けて,カタバミ属4種の葉を撮影した.ヤマトシジミは,400 nmと580 nmをピークとした400 nm付近の紫外領域から610 nm付近に可視領域があることが報告されているため(3)3) E. Eguchi, K. Watanabe, T. Hariyama & K. Yamamoto: J. Insect Physiol., 28, 675 (1982).,フィルターは色覚領域に近い青フィルター(440 nm付近を透過)と緑フィルター(530 nm付近を透過)を利用した.

さらにカタバミ属4種の葉の色素を分析するために,葉を200 mgに抽出液4.0 mL(80%メタノール,1%酢酸)を加えて抽出した.粗抽出液を分光光度計でスペクトル分析し,吸収極大や波形およびヤマトシジミの色覚のスペクトル感度の極大である400 nmと580 nmでの吸光度を測定した.

5. シュウ酸の定量

カタバミに特徴的な物質であり,ヤマトシジミの幼虫の主要な摂食因子と報告があるシュウ酸量を測定した(4)4) M. Yamaguchi, S. Matsuyama & K. Yamaji: Appl. Entomol. Zool., 51, 91 (2016)..カタバミ,アカカタバミ,オッタチカタバミの葉2.0 gを100 mLのHCl(1×10−3 mol/L)で30分間100°Cでボイルして抽出し,各抽出液を活性炭で精製したものをサンプルとした.シュウ酸量は,標準試薬を用いた比色定量により決定した.

6. 栄養分析

カタバミ属4種について,栄養分析を実施した.100 gの葉のサンプルを集め,エネルギー,タンパク質,脂質,炭水化物の分析を行った.分析は,日本食品分析研究所に依頼した.

【結果】

1. 個体数調査

オッタチカタバミやアカカタバミでも,確かに食痕が見つかった.この調査区では,カタバミ,オッタチカタバミ,アカカタバミの順で食痕の割合が多く,卵のある割合はオッタチカタバミ,カタバミ,アカカタバミの順で多かった(図1図1■調査区のカタバミ4種の株に食痕や卵がある割合).しかし,ムラサキカタバミには食痕,卵ともに見られなかった.

図1■調査区のカタバミ4種の株に食痕や卵がある割合

*調査区内における株数を示す.

2. 採卵実験

ヤマトシジミは,カタバミ(5.0±1.7個,n=3)よりもオッタチカタバミ(8.3±4.2個,n=3)により多く産卵した.ムラサキカタバミには個体数調査と同様に全く産卵せず,アカカタバミには,1個産む程度であった(n=3).

3. 食草ごとの成長測定

これまで詳細については不明であったアカカタバミ,オッタチカタバミでの生育が可能なことがわかった.それぞれの食草での成長に要する日数の比較を行ったところ,孵化してから蛹になるまで,カタバミは17.2±0.4日(n=5)であるのに対し,オッタチカタバミは18.1±1.3日(n=9),アカカタバミは20.7±1.3日(n=7)と,幼虫の期間がより長くなった.一方で,蛹化してから羽化するまでは,いずれも7日程度であった(カタバミ7.0±0日(n=5),オッタチカタバミ7.0±0.5日(n=4),アカカタバミ7.3±0.6日(n=4)).

蛹の時期では,体長,質量ともにアカカタバミ,オッタチカタバミ,カタバミの順で大きかった(表1表1■ヤマトシジミの蛹の体長,質量および成虫の前翅の長さの比較).前翅の長さは,オッタチカタバミで大きくなる傾向にあった.

表1■ヤマトシジミの蛹の体長,質量および成虫の前翅の長さの比較
成虫
体長(mm)質量(mg)前翅の長さ(mm)
カタバミ(n=5)8.4±0.344.8±8.812.6±0.9
オッタチカタバミ(n=4)8.7±0.550.0±8.813.0±0.5
アカカタバミ(n=4)9.0±0.753.5±9.312.4±1.4

4. 色覚・色調調査

ヤマトシジミの可視領域での写真では,カタバミ属4種共に440 nm付近では強い吸収を示した.しかし,アカカタバミだけが530 nm付近で強い吸収を示した(図2図2■カタバミ属4種のカラー写真およびヤマトシジミ可視領域(440, 530 nm)の写真).

図2■カタバミ属4種のカラー写真およびヤマトシジミ可視領域(440, 530 nm)の写真

左上:カタバミ 右上:アカカタバミ 左下:オッタチカタバミ 右下:ムラサキカタバミ.

カタバミ属4種の抽出液の吸収スペクトルを測定した結果,多少の違いはあるもののいずれも650~656 nmと422 nmに吸収極大を同程度有していた(表2表2■カタバミ属4種の葉の粗抽出液の色素分析).ただし,アカカタバミのみは,532 nmにも強い吸収極大がある点が特徴的であった.ヤマトシジミの色覚のスペクトル感度の極大である400 nmでは4種ともあまり差はなかったが,580 nmではアカカタバミのみカタバミの6.5倍ほど強い吸光度が測定された.この結果は,ヤマトシジミ可視光付近の写真で得られたデータとよく一致していた.

表2■カタバミ属4種の葉の粗抽出液の色素分析
吸収極大(400~700 nm)400 nmの吸光度*580 nmの吸光度*
カタバミ422, 6561.01.0
オッタチカタバミ422, 6500.91.5
アカカタバミ422, 476, 532, 6561.06.5
ムラサキカタバミ422, 606, 6561.21.5
*カタバミの吸光度を1.0としたときの相対値.

5. シュウ酸の定量

4種とも多くのシュウ酸を含んでおり,カタバミ(16.9 mg/g),オッタチカタバミ(16.7 mg/g),アカカタバミ(16.7 mg/g),ムラサキカタバミ(16.0 mg/g)のシュウ酸量に大きな差はなかった.

6. 栄養分析

栄養分析では,炭水化物はカタバミが最も多かったが,幼虫が成育可能なオッタチカタバミやアカカタバミと,成育ができないムラサキカタバミでは大差はなかった(表3表3■カタバミ属4種の葉の栄養分析).タンパク質も同様にカタバミが最も多かったが,オッタチカタバミとアカカタバミ,ムラサキカタバミでは差は見られなかった.脂質は,アカカタバミが最も多かったが,いずれも同程度含まれていた.なお,エネルギー量でも,ムラサキカタバミが極端に少ないといった結果にはならなかった.

表3■カタバミ属4種の葉の栄養分析
炭水化物(g/100 g)タンパク質(g/100 g)脂質(g/100 g)エネルギー(kcal/100 g)
カタバミ11.22.70.964
オッタチカタバミ8.02.70.749
アカカタバミ8.73.60.756
ムラサキカタバミ7.73.20.750

【考察】

ヤマトシジミの産卵のしやすさには,食草として利用可能なカタバミ3種間にも差があることがわかった(図1図1■調査区のカタバミ4種の株に食痕や卵がある割合).オッタチカタバミに最も多く産卵する理由として,地に這うように生えているカタバミと異なり,名前どおり立って生えているオッタチカタバミの葉には,メスチョウがとまりやすく,卵を産みやすくなっていることが考えられた.さらに,熊本北高校周辺では年間を通して外来種であるオッタチカタバミのほうがカタバミよりも安定して数も多く,周辺のヤマトシジミは,オッタチカタバミにより適応している可能性も考えられた(葉のある時期 カタバミ:初夏から秋に多い,オッタチカタバミ:春から秋まで多い).なお,オッタチカタバミは特に栄養価において優れた食草ではなく,栄養価が産卵の数に影響していないことが示唆された.野外において,ヤマトシジミがムラサキカタバミに産卵しない理由として,本来の食草であるカタバミが日向に多く分布しているのに対して,ムラサキカタバミは日陰に多く分布しており,ヤマトシジミのメスが普段カタバミを探索している場所とは異なる場所に多く存在していることが原因の一つとして考えられる.さらにヤマトシジミが多くみられる夏には,ムラサキカタバミの葉はなくなり,適応しにくいことが関係していると考えられる.アカカタバミには産卵はするが産卵数がカタバミとオッタチカタバミに比べて極めて少ないのは,ヤマトシジミの視覚では色調がカタバミの葉の色調と比較して差異があり,区別していると考えられる.幼虫をカタバミ3種で飼育した場合,アカカタバミで飼育した個体が体長,質量ともに最も大きくなる傾向があった.この原因として,蛹になるまで成長する時間がカタバミやオッタチカタバミにくらべて長いことが原因と考えられる.成長時間が長いというのは鳥や寄生蜂に狙われる期間が長くなるということにつながり,生存に不利になる可能性がある.さらに幼虫がアカカタバミを食草としている場合も体色は緑色のままであり,アカカタバミの葉の赤色にうまく擬態できていないことも生存に不利であると考えられる.これらのことからメスチョウはアカカタバミを区別し,産卵する植物として好まないと考えられる.

カタバミ,アカカタバミ,オッタチカタバミはいずれも日向で育ち,幼虫の摂食因子であるシュウ酸の量もほぼ等しいため食草として利用できると考えられる.今回の実験ではアカカタバミもオッタチカタバミも食草として利用できることが確認された.またムラサキカタバミは,ほかのカタバミ3種とシュウ酸量や栄養価にはさほどの違いはないことから(表3表3■カタバミ属4種の葉の栄養分析),ムラサキカタバミの葉を食べないことには,これら以外の要因があることが示唆された.

本研究の意義と展望

今回は「外来種のオッタチカタバミでも単食性のヤマトシジミは育つのか」という疑問に対して「育たないのでは」という仮説を立ててこれらの実験を行ってきた.結論としては問題なく生育することができた.外来種は「在来生物の食物や生息場所を奪ったりすることにより,在来生物の個体数を激減させたり,絶滅に追いやったりして,生態系のバランスを変化させているものも少なくない」と教科書に書いてある(5)5) 本川達雄,谷本英一:“生物基礎改訂版”,啓林館,2008, p. 214.今回の研究では在来生物が外来生物を利用し活動期間を長くしている可能性があること,より大きく成長している可能性が示されるといった,おもしろい結果を得ることができた.

今後は,ヤマトシジミの幼虫はムラサキカタバミになぜ産卵をしないか,なぜ食草として利用できないのかを明らかにするため,成分分析などを行っていこうと考えている.

Note

本研究は,日本農芸化学会2020年度大会(福岡)における「ジュニア農芸化学会」(発表は新型コロナウイルス感染症対策のため中止)に応募された研究のうち,本誌編集委員会が優れた研究として選定した6題の発表のうちの一つです.

Reference

1) 川副昭人,若林守男,白水 隆:“原色日本蝶類図鑑”,保育社,1976, pp. 140–141.

2) 亀田龍吉,有沢重雄,近田文弘:“花と葉で見わける野草”,小学館,2010, p. 129.

3) E. Eguchi, K. Watanabe, T. Hariyama & K. Yamamoto: J. Insect Physiol., 28, 675 (1982).

4) M. Yamaguchi, S. Matsuyama & K. Yamaji: Appl. Entomol. Zool., 51, 91 (2016).

5) 本川達雄,谷本英一:“生物基礎改訂版”,啓林館,2008, p. 214