Kagaku to Seibutsu 58(12): 645 (2020)
巻頭言
「温故知新」が導く御神木“海岸黒松”の再生技術
Published: 2020-12-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
黒松は,「御神木」として皇室の式典や学校の入学・卒業式の演壇に盆栽が置かれ,神の祝福に包まれ祝事が施行される.古来より,黒松は神が降臨し宿る「御神木」として,欠かせない樹木であった.
第2次大戦後「国破れて山河在り」の例えどおり,豊かな山河だけが残されていた.廃墟から再び戦前をはるかに上回る繁栄を築いた今日,山河をみると驚くべき惨状を目にする.すなわち「国栄えて山河なし」の荒廃した国土の姿である.
現在,わが国の広大な海岸を保全していた「海岸黒松林」はマツノザイセンチュウ(以下線虫)被害で急減し,崩壊の危機に瀕して久しい.その原因は,若い松の枝の傷(マツノマダラカミキリの噛み傷)から線虫が組織に侵入し,枯死させることによる.そのため,日本各地では“海岸黒松林”の再生・復元事業のため,主に農薬施用が実施されているが,その効果は極めて限定的で,減少は止まらない.線虫によるマツ枯れは日本だけではなく,アメリカを筆頭に世界中で発生し,世界の産業界にも大きな問題を提起している.
日本の各地の沿岸には昭和40年頃迄は,見事な黒松林が存在し,皇居や京都の寺院を思わせる『白砂青松』の屏風絵のような景観に覆われ,潮流や風食による海岸浸食の保全,飛砂の害・風害・潮害から農作物や市街地を守っていた.
そのため,日本の最先端技術を駆使し黒松の保全技術を新たに創生して,松に守られた『白砂青松』の国,日本再生が強く望まれる.
この原因は,昭和40年代から始まる燃料革命に起因する.それ以前では火力が強い松葉は貴重な燃料で,冬季に搔き取り,早春に除伐・間伐を行う行為は樹木生理と病害虫防除に適合する技術であった.しかしながら,現在は化石燃料が主体となり,松葉は不要となり放置され,農薬主体の「海岸黒松林」管理法は根本的な欠陥が想定される.したがって,「海岸黒松林」の再生の問題解決の鍵として先人の知恵「温故知新」に学び従うことが,急務である.そこで,芥屋の松原,虹の松原,銀閣寺裏山,三保の松原など,日本を横断的に土壌学の観点から詳細な調査を試みる端緒となった.
「土壌調査からの結論」: “海岸黒松林”を健全に保つには砂浜を常に貧栄養状態に保つことに尽きる.その結果,①腐生性微生物やマツノマダカミキリ繁殖地の消失,②線虫の松根侵入阻害,③拮抗菌と共生菌(茸)が好むアルカリ性に保つ,などの効果である.
「簡便・迅速な松原スマート管理法(機械化)の創生」:松葉掻きと腐植に富む表層土(A層)除去作業の迅速・効率化のため,重機メーカー「キャタピラー九州(株)」・独創的小型重機メーカー「(株)筑水キャニコム」との連携で,広大な「海岸松原林」の迅速・高率性が極めて高いスマート管理法の創生となった.
「黒松の新植栽法の創生」(植栽地は福岡県糸島市提供): 新植栽法は,①落葉落枝と表土(A層)は重機で剥ぎ取り,白砂とする.②スマート化管理を想定し,苗木の間隔4 m,中央に1本植える千鳥植えとする.新植栽方式による1年後の調査では,従来方式よりも樹高で20.2 cm高く,成長率で1.28倍も速かった.
「結論」:松を健全に保つ基本は“海岸黒松林”を『白砂青松』にすることにあった.本成果の根拠は,この“海岸黒松林”の「温故知新」そのものにあった.
「余談」:極めて興味深い発見があった.世界の常識では土壌1 cm生成に,アメリカ中央大平原のプレリー土では,約200年必要とされる.ところが,黒松林崩壊地では約55年で表層土(A層)が7 cmも生成されていた.日本の“海岸黒松林”は土壌1 cmを僅か8年で生成していた.これは世界の常識の約25倍も速い.今後“海岸黒松林”の土壌生成力の追試が楽しみである.