Kagaku to Seibutsu 58(12): 646-648 (2020)
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有用品種から紐解く植物の概日時計メカニズム栽培地域拡大に貢献した品種から明らかになる時間の重要性
Published: 2020-12-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
イネ,コムギ,オオムギ,ダイズ,ソルガムなど主要穀物を含めて多くの植物は,特定の日長で花成を誘導する(光周性花成).特定の日長で花成を誘導することは,最適な季節で繁殖するための植物の環境応答の一環であり,植物にとって極めて重要な反応である.しかし,作物を育てる側の視点で見ると,この反応は問題となってしまう.たとえば,原産地と異なる日長や気候の地域で栽培を始めようとすると,不適切な季節に収穫時期が訪れたり,そもそも花が咲かなかったりということが起こる.では人類は,このような問題にどのように対応してきたのであろうか.
多くの穀物は「肥沃な三日月地帯」とよばれるメソポタミア地域で栽培化されたのちに,比較的早く東西へと伝播した.一方で,ヨーロッパなど北方への伝播には長い年月が必要であった(Zoharyら(1)1) D. Zohary, M. Hopf & E. Weiss: “Domestication of plants in the old world 4th edition” Oxford University Press, 2011.).最終的に北方へ広がった穀物の品種の中には,原種と比べて花成時期が変わっているものが頻出している.メソポタミア以外の地域で栽培化した穀物の伝播にも花成時期の変更が必要であった.このような経緯から,現代人が口にする穀物のほとんどは,花成時期が変更された品種である.
1920年,アメリカ農水省のガーナーとアラードは,光周性花成を論文として発表した.彼らの論文から,ドイツのビュニングは植物の日長測定の仕組みの基礎としての「概日時計」の着想を得ている.ビュニングは,「光入力はインゲンの花成時期を変更する.その影響は,光の入力された時刻に依存する」という結果を示した.さらに膨大な実験結果に基づいてビュニングらは,概日時計による日長測定モデルを提案した(田澤(2)2) 田澤 仁:“マメから生まれた生物時計”,学会出版センター,2009.).この理論モデルは,花成の分子機構の解明へ向けて,不可欠な羅針盤となっていたと感じる.シロイヌナズナやイネなどで提案された時計・光周性花成の分子機構モデルは,この理論モデルとよく一致する.それでは,シロイヌナズナやイネで明らかになった時計・光周性花成の分子モデルは,他の植物種にも当てはまるのであろうか.この問いは,農業上重要な植物の花成制御技術にもつながるが,環境応答の多様性や進化シナリオを分子メカニズムの構造から紐解くことにほかならない.そしてこの問いへの挑戦は,冒頭でも紹介した花成時期が変更された主要穀物の品種の理解が一つの鍵となる.
コムギはメソポタミアで栽培化された作物で,晩秋に種をまき,葉をある程度つけた状態で冬を越し,春から夏にかけて成長して穂をつけるサイクルの栽培をされていた.コムギの花成誘導は春化とよばれる長期間の低温を要求する.しかし,ヨーロッパなど北方では,長く寒い冬に発生する霜や降雪が問題となっていた.そこで春化を要求しない春蒔きコムギが誕生していた.東アジア地域では,梅雨や夏の雨によって,実った穂から発芽する問題が起きていた.それを回避するために,早咲き(早稲:わせ)のコムギが選抜されていた.これは梅雨や夏に入る前に収穫できる品種であり,間接的に穂発芽の問題を緩和した.1900~1920年あたりに,この早稲品種の一つのアカコムギとヨーロッパコムギを掛け合わせて,ヨーロッパのコムギに「早稲」と「矮化」の形質を付与する育種プログラムが始まった(Strampelli’s breeding program).その育種で得られた矮化かつ早稲の品種は,イタリア,ハンガリー,ロシア,アルゼンチンなどのコムギ収穫量を1950~1980年にかけて約3倍に増やした.この早稲の原因は,シロイヌナズナの時計遺伝子の一つであるPSEUDO-RESPONSE REGULATOR 7(PRR7)のホモログが恒常的に発現してしまうことだった.コムギは6倍体であるため,仮に機能欠損型の変異のイベントが起きても重複遺伝子によって補われてしまう.このようにアカコムギのPRR7ホモログに起きた機能獲得型の変異は,6倍体のコムギの花成を変更するためには絶妙であった.ここではコムギの例を挙げたが,そのほかにオオムギ,イネ,ソルガム,ダイズ,コーンなどで花成時期が変わる品種が栽培地域の拡大に貢献しており,その花成時期の変更の原因となった遺伝子に花成時期調節,とりわけ時計関連遺伝子が頻出していることが知られている(Nakamichi(3)3) N. Nakamichi: Plant Cell Physiol., 56, 594 (2015).).シロイヌナズナの時計遺伝子群を欠損あるいは過剰発現させることで,花成時期を自在に制御できる.このように分子生物学で解明されつつある分子モデルは,穀物育種の基礎研究の結果とも合致する.
近年,大規模データの取得・解析技術の発展により,シロイヌナズナの時計因子による転写制御ネットワーク,野外での網羅的な経時的遺伝子発現の変化などが報告されている(たとえば:Kamiokaら(4)4) M. Kamioka, S. Takao, T. Suzuki, K. Taki, T. Higashiyama, T. Kinoshita & N. Nakamichi: Plant Cell, 28, 696 (2016).,Naganoら(5)5) A. J. Nagano, T. Kawagoe, J. Sugisaka, M. N. Honjo, K. Iwayama & H. Kudoh: Nat. Plants, 5, 74 (2019).).育種の研究と相まって,これらの研究はさまざまな植物における時計メカニズムの普遍性を示しつつある.シロイヌナズナで提案された時計分子機構「複数の時計関連遺伝子によるネットワークダイナミクス」は,さまざまな植物種の日周期的・季節依存的な遺伝子発現プロファイルの一部を説明できる.一方で,時計による出力現象の制御の多様性も明らかになってきている.たとえば時計関連因子のPRRは長日植物において花成を誘導する働きをもつが,短日植物では逆に花成を抑制する働きをもつ.そのほかにも適応の過程で誕生した植物種に特有な時計制御下の生理現象や,長日・短日植物で逆転している遺伝子の機能もあるだろう.植物の概日時計は,生物学分野全体のキーワードである「多様性・進化シナリオ」に,ネットワーク構造という点から切り込める絶好の題材だ.
それに向けて,より多様な植物の時系列オミクス解析,ネットワークの推定モデルなどが,重要なアプローチとなってくる.また推定されたネットワークの挙動を実験的に確かめることも重要だ.形質転換が可能であれば,着目する遺伝子の機能を自在に操作することが理想だ.形質転換体が扱えない植物では,数理モデルに基づいた環境シグナルの人為的入力や,時計に作用する化合物(生物活性物質)の利用などが有効な研究ツールとなるであろう(Masudaら(6)6) K. Masuda, R. Kitaoka, K. Ukai, I. T. Tokuda & H. Fukuda: Sci. Adv., 3, e1700808 (2017).,Ueharaら(7)7) T. N. Uehara, Y. Mizutani, K. Kuwata, T. Hirota, A. Sato, J. Mizoi, S. Takao, H. Matsuo, T. Suzuki, S. Ito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 11528 (2019).).
また花成時期の変更には時計遺伝子の変異が有効であったという歴史的事実から,時計ネットワークを変容させる遺伝子の変異や生物活性物質は,花成時期の変更によって多様な植物種の栽培地域の拡大に貢献すると期待される.
Reference
1) D. Zohary, M. Hopf & E. Weiss: “Domestication of plants in the old world 4th edition” Oxford University Press, 2011.
2) 田澤 仁:“マメから生まれた生物時計”,学会出版センター,2009.
3) N. Nakamichi: Plant Cell Physiol., 56, 594 (2015).
6) K. Masuda, R. Kitaoka, K. Ukai, I. T. Tokuda & H. Fukuda: Sci. Adv., 3, e1700808 (2017).