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ムーンライティングタンパク質サイモシンß4の多彩な機能その構造から多岐にわたる生理活性まで

Tsuyoshi Morita

森田

和歌山県立医科大学医学部教養医学教育大講座生物学教室

Published: 2020-12-01

サイモシンß4(thymosin-ß4, Tß4)は43アミノ酸からなるタンパク質であるが,その小さな分子に多様な生理機能をもち合わせている.当初の報告では,胸腺抽出液中に含まれるホルモン様免疫制御物質を単離する過程で,thymosin fraction 5と呼ばれる画分に含まれる活性因子の一つとして同定された(1)1) T. L. Low, S. K. Hu & A. L. Goldstein: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78, 1162 (1981)..実際,Tß4は胸腺におけるリンパ球の成熟を促進する活性を有している.その後,saferらにより血小板に含まれる単量体アクチン(G-actin)と結合するタンパク質factor x peptideがTß4であることが報告された(2)2) D. Safer, M. Elzinga & V. T. Nachmias: J. Biol. Chem., 266, 4029 (1991)..血小板には総タンパク質量の15~20%を占める非常に多くのアクチンタンパク質が存在しているが,Tß4はアクチンと同等のモル濃度(~0.5 mM)で血小板内に存在し,G-actinの自発的な重合を抑制している.このように,Tß4には一見無関係な少なくとも2つの機能が備わっており,しばしばムーンライティングタンパク質(moonlighting protein)と呼ばれる.“moonlighting”には副業という意味があり,主となる機能に加えて副業的な機能をもち合わせているタンパク質がそのように称される.Tß4の場合,タンパク質中央部に典型的なG-actin結合配列をもち(図1A図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)),ほぼすべての細胞種においてアクチン骨格の制御に関与していることから,アクチン結合タンパク質としての機能が本業であると考えられている.しかし,アクチンタンパク質がすべての真核生物に保存されている一方で,Tß4は主に脊椎動物でしか確認されていない.また,Tß4の発現はリンパ球や単球などの免疫細胞や血管内皮細胞において特に多い.これらのことから,Tß4の本業はアクチン骨格制御ではなく,むしろLowらが報告した免疫細胞に対するサイトカイン様因子としての機能のほうであるのかもしれない.いずれにせよ,Tß4のもつこのような多面性は,その構造と局在に起因すると考えられる.Tß4は,2つのαヘリックスとそれをつなぐリンカー部位から構成されるが,リンカー部位は生理的条件下で定まった立体構造を示さないため,結合相手により自在に自身の構造を変化させる天然変性タンパク質としての性質をもつ(図1A図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)).また,細胞内でアクチン骨格を制御する一方で,いくつかの細胞では細胞外へ分泌されることが知られており,実際に血清中に数pM~数十pMの濃度で存在している(図1B図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)).このような分子としての多面性が,機能の多様性につながっていると考えられる.

図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)

先に述べたように,Tß4はWH2ドメインと呼ばれるG-actin結合ドメインをもつ.G-actinは,生理的条件下において自発的に重合してアクチン線維を形成する性質をもつが,実際は細胞内において一定量のG-actinが重合せずに保持されている.これは,Tß4がG-actinと結合することで自発的な重合を阻害しているためであり,細胞外から重合促進シグナルを受けると,G-actinはTß4からprofilinというタンパク質へと引き渡されて重合する.このように,Tß4は細胞質におけるG-actinプールを管理する役割をもつが,この機能を介して,Tß4が転写因子であるmyocardin-related proteins(MRTFs)の活性制御に寄与していることが最近示された(3)3) T. Morita & K. Hayashi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 437, 331 (2013).図1B図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)).MRTFsには,RPELモチーフと呼ばれるG-actin結合配列が存在する.G-actinと結合したMRTFsは,核内への移行が抑制されることにより不活性の状態にある.一方で,G-actinプールの枯渇によりMRTFsからG-actinが解離すると,核内へと移行したMRTFsは細胞運動や炎症反応にかかわるさまざまな遺伝子の発現を誘導する.ここで重要なのは,WH2ドメインとRPELモチーフの間でG-actinの結合部位が重複しているため,Tß4とMRTFsが競合関係にあるということである.すなわち,Tß4と結合しているG-actinはMRTFsには結合できず,結果としてMRTFsの活性化を引き起こす.最近われわれは,このTß4によるMRTFsの活性化が,さまざまながん細胞の転移能促進に寄与していることを報告した(4)4) T. Morita & K. Hayashi: Mol. Cancer Res., 16, 880 (2018)..Tß4はがん細胞の悪性化マーカーとしての側面をもち,多くのがん細胞においてその発現が亢進している.Tß4の発現亢進は,MRTFsの活性化を介してがん細胞の転移を促進するさまざまな遺伝子の発現を誘導しているようである.また,細胞内におけるアクチン非依存的なTß4の機能としてintegrin-linked kinase(ILK)の活性化が挙げられる(図1B図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)).Tß4は,ILKやそのアダプタータンパク質であるPINCH-1と直接結合することで下流のAktシグナルを活性化させる(5)5) I. Bock-Marquette, A. Saxena, M. D. White, J. M. Dimaio & D. Srivastava: Nature, 432, 466 (2004)..このシグナル経路もまた,Tß4による大腸ガンの転移能促進に重要であると考えられている.

このような細胞内における機能に加え,Tß4は細胞外にも分泌されて機能している(図1B図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)).特に,血小板からは活性化に伴って多くのTß4が分泌され,第XIII因子によりフィブリンやコラーゲンと共有結合される.細胞外におけるTß4の機能は多岐にわたっており,胸腺細胞の成熟に加え,皮膚や心筋,神経の損傷修復, 抗炎症作用,抗線維化作用,血管新生の促進,マクロファージの遊走阻害,発毛の促進などさまざまであるが,その作用機序はほとんど明らかにされていない(6)6) A. Kuzan: Adv. Clin. Exp. Med., 24, 1331 (2016)..Tß4のように血中に分泌されるタンパク質の寿命は非常に短く,さまざまなプロテアーゼにより速やかに分解されてしまうが,Tß4の分解産物として生じるN末端側4アミノ酸からなるペプチドAc-Ser-Asp-Lys-Pro(Ac-SDKP)は,それ単体でさまざまな生理活性をもつペプチドとして盛んに研究が行われおり,細胞外におけるTß4の生理活性の多くがAc-SDKPに起因すると考えられている.また,C末端側の4ペプチド(AGES)には心不全に対する保護作用が,中央部の7ペプチド(LKKTETQ)には血管新生の促進やPDGFシグナル阻害効果が報告されている(7~9)7) R. Hinkel, H. L. Ball, J. M. DiMaio, S. Shrivastava, J. E. Thatcher, A. N. Singh, X. Sun, G. Faskerti, E. N. Olson, C. Kupatt et al.: J. Mol. Cell. Cardiol., 87, 113 (2015).8) D. Philp, T. Huff, Y. S. Gho, E. Hannappel & H. K. Kleinman: FASEB J., 17, 2103 (2003).9) R. Shah, K. Reyes-Gordillo & M. Rojkind: Am. J. Pathol., 178, 2100 (2011).図1A図1■サイモシンß4の構造(A)と機能(B)).このような生理活性から,Tß4はさまざまな疾患に対する治療効果が期待されており,特に創傷治癒の促進や抗炎症作用,神経の損傷修復などの効果を期待して,表皮水疱症やドライアイ,神経麻痺性角膜症に対する臨床治験第3相がそれぞれ海外で進められている(10)10) W. A. Yang, S. Kang, J. Sung & H. K. Kleinman: Eur. J. Dermatol., 29, 459 (2019)..今後,臨床応用を進めるためにも,細胞内外における作用を明確に区別したうえでTß4の機能をより詳細に解明する必要がある.特に,Tß4およびそれから生じるペプチドの細胞外受容体やそのシグナル伝達経路を明らかにすることで,生理活性ペプチドとしてのTß4の応用分野がさらに広がっていくものと期待される.

Reference

1) T. L. Low, S. K. Hu & A. L. Goldstein: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78, 1162 (1981).

2) D. Safer, M. Elzinga & V. T. Nachmias: J. Biol. Chem., 266, 4029 (1991).

3) T. Morita & K. Hayashi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 437, 331 (2013).

4) T. Morita & K. Hayashi: Mol. Cancer Res., 16, 880 (2018).

5) I. Bock-Marquette, A. Saxena, M. D. White, J. M. Dimaio & D. Srivastava: Nature, 432, 466 (2004).

6) A. Kuzan: Adv. Clin. Exp. Med., 24, 1331 (2016).

7) R. Hinkel, H. L. Ball, J. M. DiMaio, S. Shrivastava, J. E. Thatcher, A. N. Singh, X. Sun, G. Faskerti, E. N. Olson, C. Kupatt et al.: J. Mol. Cell. Cardiol., 87, 113 (2015).

8) D. Philp, T. Huff, Y. S. Gho, E. Hannappel & H. K. Kleinman: FASEB J., 17, 2103 (2003).

9) R. Shah, K. Reyes-Gordillo & M. Rojkind: Am. J. Pathol., 178, 2100 (2011).

10) W. A. Yang, S. Kang, J. Sung & H. K. Kleinman: Eur. J. Dermatol., 29, 459 (2019).