セミナー室

高圧力が糖質に及ぼす影響澱粉の圧力糊化

Kazutaka Yamamoto

山本 和貴

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門

Published: 2020-12-01

澱粉

澱粉は,地上の植物において普遍的かつ豊富に見られる粒子状の貯蔵物質であり,ヒトの栄養素としても重要である(1)1) H. F. Zobel: Starch: Chemistry and Technology (2nd ed.), ed. by R. L. Whistler, J. N. BeMiller, & E. F. Paschall, Academic Press, 1984, p. 285..澱粉を水存在下で加熱すると,澱粉分子の分子間結合が壊れ,水素結合が水分子と結合して水和する.この構造破壊は熱糊化(heat gelatinization)または単に糊化と呼ばれる.熱糊化は,澱粉を食品産業,工業,調理で利用する際に不可欠な現象であり,結晶性消失,偏光性消失,アミロース溶出,粒子の不可逆的膨潤によって特徴付けられる(2)2) T. A. Waigh, M. J. Gidley, B. U. Komanshek & A. M. Donald: Carbohydr. Res., 328, 165 (2000)..澱粉が糊化する性質は,食品の食感改良剤,接着剤等に利用される.

澱粉は,アミロース及びアミロペクチンの炭水化物が8割以上,水分が概ね1~2割の重量を占め,この他に,微量の蛋白質,脂質,灰分(ナトリウム,カリウム等)を含む.これら炭水化物分子は,いずれもα-D-グルコースを構成単位とするホモグルカンである.アミロースはα-1,4グルコシド結合した直鎖状のグルコース高分子であり,アミロペクチンはα-1,4グルコシド結合した直鎖状のグルコースオリゴマーまたはポリマーがα-1,6グルコシド結合により分岐鎖として房状の構造をとったものである.アミロース及びアミロペクチンの化学構造は,澱粉の植物起源,遺伝的要因,酵素発現特性,植物成長中のその他環境要因に依存し,澱粉粒子の形状は植物によって異なる.一般に,澱粉粒子の中心にはハイラム(hilum)が存在し,回転楕円体状の層状構造がそこを基点として幾層にも積み重なって「growth ring」(成長環)を形成するとされる.澱粉粒子表面には,いくつもの穴があり,そこから内部に向かうチャンネルを通じてハイラムに到達すると推測されている.

澱粉粒子の結晶層は,アミロペクチン短鎖からなる二重螺旋の規則的構造領域から構成されるが,この領域は,結晶ラメラとして知られる結晶性の構造体を更に構成する.一方,準結晶層はアモルファス領域であり,このアモルファス領域は,アミロースと,結晶に寄与しないアミロペクチン鎖とから構成される(3)3) T. A. Waigh, I. Hopkinson, A. M. Donald, M. F. Butler, F. Heidelbach & C. Riekel: Macromolecules, 30, 3813 (1997).

澱粉の物理化学的特性は,アミロース分子またはアミロペクチン分子の分岐鎖の長さまたは数によって影響を受ける.アミロースが欠損した澱粉は,ワキシー(waxy)澱粉と呼ばれ,粘性を示す.糯(もち)米澱粉は,ワキシー澱粉である.澱粉の結晶性は,アミロペクチンの短鎖二本が二重螺旋を作り,その二重螺旋が更に房状になって微結晶領域を構成することによると理解されている.広角X線回折により,澱粉の結晶回折図は3種類に分類され(4)4) S. Hizukuri, T. Kaneko & Y. Takeda: Biochim. Biophys. Acta, 760, 188 (1983).,A型図形はトウモロコシ,コムギ,コメといった穀類に由来する澱粉で観察されることが多い.B型図形は馬鈴薯,ユリ,チューリップ,ハス,カンナ等の塊茎澱粉または高アミロース含量の穀類澱粉等に見られることが多い.C型図形は独立した結晶形ではなく,A型とB型との混合結晶と考えられ,熱帯植物並びにクルミ,インゲン,ヒラマメ等のマメ科由来の各澱粉に見られる.結晶性の主要因とされるアミロペクチンについて,その化学構造に関する情報蓄積は進んでいるが,X線回折図形との関係については十分に解明されていない.また,澱粉粒子構造については,いくつかのモデルは提案されているものの,決定的なモデルはない.

糊化

澱粉は,水の共存下で加熱されると,秩序-無秩序転移によって不可逆的にゲルまたはペーストに変化して糊化する.糊化過程においては,澱粉粒子は水を吸収して膨潤し,growth ring及び結晶性を失う.馬鈴薯澱粉に関しては,完全な水和及び糊化のためには,構成単位のグルコース1分子あたり14分子より多い水が必要である(5)5) J. W. Donovan: Biopolymers, 18, 263 (1979)..これは概ね水分含量にして70%重量に相当する.また,糊化した澱粉は,例えば冷蔵庫で保存すると,新たな澱粉結晶の生成により硬くなることが知られている.この現象は老化(retrogradation)と呼ばれる(6)6) R. Hoover: Food Rev. Int., 11, 331 (1985)..熱糊化した澱粉は,酵素消化性が高くなってアミラーゼ類によりよく分解されるが,熱糊化澱粉が老化するとアミラーゼ消化に対して抵抗性を示す.

一方,澱粉のゲルまたはペーストは,澱粉と水との混合物を高圧処理することによっても得ることができる.この現象は,圧力糊化(pressure gelatinization)と呼ばれる.圧力糊化においても,熱糊化と同様に澱粉粒子は膨潤するが,しばしば粒子形状及び層状構造を保つ(7~9)7) R. Stute, R. W. Klingler, S. Boguslawski, M. N. Eshtiaghi & D. Knorr: Starke, 48, 399 (1996).8) M. Stolt, S. Oinonen & K. Autio: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 1, 167 (2000).9) K. Fukami, K. Kawai, T. Hatta, H. Taniguchi & K. Yamamoto: J. Appl. Glycosci., 57, 67 (2010).

高圧処理が澱粉に及ぼす影響については,近年特に研究が進んでいる.高圧処理により誘導される糊化の機構は,熱糊化の場合とは異なる傾向があるが,食品加工を想定した場合には,蛋白質の変性の場合と同様に,温度及び圧力が重要な操作因子である(10)10) D. Knorr, V. Heinz & R. Buckow: Biochim. Biophys. Acta, 1764, 619 (2006).

澱粉の等方的圧縮及び異方的圧縮

粉体等の比較的乾燥した澱粉試料を加圧する場合には,等方的か異方的か,圧縮手法に注意する必要がある.

澱粉の高圧処理についての恐らく最も古い記述の一つは,次のドイツ語である.「Stärke, bei 20000 atm. einem gleitenden Druck ausgesetzt, verliert ihr Röntgenogramm(11)11) K. H. Meyer, H. Hopff & H. Mark: Ber. Dtsch. Chem. Ges., 62, 1103 (1929), in German.」つまり,「2万気圧の磨り圧力に晒された澱粉のX線回折図形は失われる」ということで,澱粉が異方的に磨り潰される過程で高圧力が発生したことが記述されている.以降,澱粉の高圧処理研究の初期には,高圧力を糊化のために積極的に使う視点は見られず,ボールミル処理等による粉砕過程で,澱粉の力学的損傷に及ぼす圧力の影響を調べること等であった.例えばピストンシリンダー内で,圧力媒体を介さず澱粉を直接加圧する場合には,ピストンで一方向から圧縮されるため,澱粉粒子は変形して密に充填されるまで異方的に圧縮される.密に充填された後には,自らが圧力媒体として等方的に圧縮される.

一方,水等の液体圧力媒体に澱粉を懸濁し,パウチ容器内に密封した状態では,外部圧力は圧力媒体を介して澱粉に等方的に伝えられる.近年の澱粉高圧処理の研究は,食品産業で実用化が進んでいる高静水圧(high hydrostatic pressure; HHP)(12)12) K. Yamamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 672 (2017).による等方的圧縮により行われている.澱粉と水との混合物がパウチに密封され,主に水が用いられる圧力媒体で満たされた容器に入れられ,高圧処理されることで等方的圧縮が実現する(13)13) 山本和貴,深見 健,川井清司,小関成樹:食品と容器,47, 448 (2006).図1図1■澱粉懸濁水の等方的圧縮による圧力糊化13)).以下,高静水圧処理は,高圧処理と簡単に表記する.

図1■澱粉懸濁水の等方的圧縮による圧力糊化13)

圧力糊化澱粉の特徴

高圧処理澱粉の特性は,熱処理澱粉とは異なる.例えば,熱糊化澱粉からはアミロースが溶出するが,圧力糊化澱粉からは殆どない(14, 15)14) J. P. Douzals, J. M. Perrier Cornet, P. Gervais & J. C. Coquille: J. Agric. Food Chem., 46, 4824 (1998).15) H. E. Oh, Y. Hemar, S. G. Anema, M. Wong & D. N. Pinder: Carbohydr. Polym., 73, 332 (2008).か,全くない(7)7) R. Stute, R. W. Klingler, S. Boguslawski, M. N. Eshtiaghi & D. Knorr: Starke, 48, 399 (1996)..熱糊化では澱粉粒子は膨潤して粒子が崩壊するのが一般的であるが,圧力糊化では澱粉粒子は粒子形状を保持しながら膨潤する(8, 9)8) M. Stolt, S. Oinonen & K. Autio: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 1, 167 (2000).9) K. Fukami, K. Kawai, T. Hatta, H. Taniguchi & K. Yamamoto: J. Appl. Glycosci., 57, 67 (2010).

日本で高圧力の食品加工への利用が提唱(16)16) 林 力丸:食品と開発,22, 55 (1987).されて以来,圧力糊化の研究は活発になった.馬鈴薯澱粉は,コムギ澱粉,トウモロコシ澱粉よりも圧力耐性が高いことが報告され(17)17) R. Hayashi & A. Hayashida: Agric. Biol. Chem., 53, 2543 (1989).,馬鈴薯澱粉,ユリ澱粉のようなB型澱粉は,トウモロコシ澱粉のようなA型澱粉よりも圧力耐性が高く,甘藷(サツマイモ)澱粉のようなC型澱粉はA型とB型との中間的な圧力耐性を持つことが示された(18)18) S. Ezaki & R. Hayashi: High Pressure and Biotechnology, ed. by C. Balny, R. Hayashi, K. Heremans, & P. Masson, Colloque INSERM/John Libbey Eurotext, 1992, p. 163..高圧処理における圧力保持時間が糊化エンタルピー変化(ΔH)及びゲル物性に及ぼす影響はオオムギ澱粉で調べられ(8)8) M. Stolt, S. Oinonen & K. Autio: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 1, 167 (2000).,澱粉の高圧処理直後に老化が観察されている(7)7) R. Stute, R. W. Klingler, S. Boguslawski, M. N. Eshtiaghi & D. Knorr: Starke, 48, 399 (1996)..コメ澱粉を圧力糊化または熱糊化させて老化させると,圧力糊化試料の老化速度が熱糊化試料よりも低い(19)19) X. T. Hu, X. Xu, Z. Jin, Y. Tian, Y. Bai & Z. Xie: J. Food Eng., 106, 262 (2011)..また,圧力保持時間が1~66時間の範囲では糊化エンタルピー変化及び老化程度に影響がないことが馬鈴薯澱粉を用いて示されている(20)20) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 69, 590 (2007).

圧力糊化によっても,澱粉の酵素消化性が向上する.例えば,45°Cまたは50°Cで100~600 MPaの高圧処理(17)17) R. Hayashi & A. Hayashida: Agric. Biol. Chem., 53, 2543 (1989).により,澱粉のアミラーゼ消化性が増加する.一方,食品産業界では,例えば澱粉糖生産において,生澱粉と水とを混合して熱糊化することにより,酵素受容性が高い液化澱粉としてから酵素反応させ,グルコース,サイクロデキストリン等を生産するのが一般的である(21)21) 小巻利章:“澱粉科学の事典”,朝倉書店,2003, p. 431..いずれの場合にも,熱または圧力による酵素失活に配慮が必要である.例えば,圧力糊化させつつ酵素を作用させる場合には,処理圧力が高い程,糊化は進行するが,圧力が高すぎると共存させた酵素の圧力失活により酵素分解性が低下する(22)22) M. R. A. Gomes, R. Clark & D. A. Ledward: Food Chem., 63, 363 (1998).

圧力糊化の評価手法

圧力糊化の評価は,主に顕微鏡観察と示差走査型熱量分析(DSC)とによる.澱粉粒子を偏光条件で顕微観察すると,生澱粉粒子はハイラムを中心とした偏光性を示すが,糊化するとハイラム及び偏光性を消失する(1)1) H. F. Zobel: Starch: Chemistry and Technology (2nd ed.), ed. by R. L. Whistler, J. N. BeMiller, & E. F. Paschall, Academic Press, 1984, p. 285..そこで,偏光性を示す澱粉粒子を計数し,偏光性を消失した粒子数に対する偏光性粒子数の割合から糊化度を評価することがある.偏光性を利用した手法は,圧力糊化があまり進んでいない状態を検出するのに適し,利用されている(7, 8, 14, 23)7) R. Stute, R. W. Klingler, S. Boguslawski, M. N. Eshtiaghi & D. Knorr: Starke, 48, 399 (1996).8) M. Stolt, S. Oinonen & K. Autio: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 1, 167 (2000).14) J. P. Douzals, J. M. Perrier Cornet, P. Gervais & J. C. Coquille: J. Agric. Food Chem., 46, 4824 (1998).23) B. A. Bauer & D. Knorr: J. Food Eng., 68, 329 (2005)..しかしながら,偏光性での糊化度の定量性は,DSC測定結果と比較すると,若干高く見積もられる(24)24) J. P. Douzals, J. M. Perrier-Cornet, J. C. Coquille & P. Gervais: J. Agric. Food Chem., 49, 873 (2001)..また,偏光性判定は目視によるため,主観が入ることは否めない.一方,DSCは糊化度の定量分析に広く用いられる.過剰量の水存在下で各種澱粉を加熱すると,結晶溶解の吸熱ピークが60~80°C付近に観測される.この吸熱ピークの面積は,糊化時のエンタルピー変化(ΔHgel),つまり,糊化エンタルピー変化(または省略して「糊化エンタルピー」)を算出し,圧力糊化進展の指標として用いる.このΔHgelは生澱粉で最大値であり,完全に糊化すると零になる.吸熱ピークの特徴的な温度である糊化開始温度(To),糊化ピーク温度(Tp),糊化終了温度(Tc)は,高圧処理によって変化しうる(20, 24)20) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 69, 590 (2007).24) J. P. Douzals, J. M. Perrier-Cornet, J. C. Coquille & P. Gervais: J. Agric. Food Chem., 49, 873 (2001).

また,圧力糊化はX線回折でも評価できる.圧力糊化により,澱粉の回折図形におけるハロー(幅広い回折ピーク)の上に見られる特徴的なピークの強度減少が,結晶性低下を意味する.圧力により完全糊化した澱粉の回折図形には,非晶質(アモルファス)ハローしか見られない(17)17) R. Hayashi & A. Hayashida: Agric. Biol. Chem., 53, 2543 (1989)..ここで,B型結晶図形を示す澱粉の圧力糊化または老化を評価(7)7) R. Stute, R. W. Klingler, S. Boguslawski, M. N. Eshtiaghi & D. Knorr: Starke, 48, 399 (1996).する際には注意が必要である.圧力糊化した澱粉が老化すると,圧力糊化前と同じB型図形となるため,回折図形のみでは区別できない.よって,B型図形を示す澱粉の圧力糊化及び老化を評価する際には,X線回折のみならず,DSC等の他手法と組み合わせて解析する必要がある.その他,高圧処理澱粉の核磁気共鳴(NMR)による解析は,固体有機物の構造解析に威力を発揮する固体NMRでなされ,交差分極/マジック角スピニング(CP/MAS)13C NMRが利用されている(25)25) W. Błaszczak, J. Fornal, S. Valverde & L. Garrido: Carbohydr. Polym., 61, 132 (2005)..また,多くの研究では,高圧処理を施した後の澱粉を分析しているが,高圧下でのin situ観測の例もある.ダイアモンドアンヴィルセル(DAC)内での馬鈴薯澱粉の圧力糊化をその場(in situ)観測し,高圧力下で圧力糊化が開始すると,澱粉粒子の膨潤は糊化開始圧力よりも低い圧力にまで下げない限り止まらないことが示されている(26)26) J. Snauwaert & K. Heremans: Advances in High Pressure Bioscience and Biotechnology, ed. by H. Ludwig, Springer-Verlag, 1999, p. 349..DACを活用し,澱粉の圧力糊化挙動が,フーリエ変換赤外分光でin situ分析されている(27)27) P. Rubens & K. Heremans: Biopolym., 54, 524 (2000).

圧力糊化への澱粉含量の影響

熱糊化,圧力糊化いずれにおいても水は不可欠である.熱糊化においては,一定量以上の分子がないと完全糊化しない(5)5) J. W. Donovan: Biopolymers, 18, 263 (1979)..圧力糊化の研究報告においては,限られた水分含量条件,言い換えれば,限られた澱粉含量での実験が殆どである.澱粉含量が圧力糊化に及ぼす影響について,系統的かつ十分な検討事例は少ないが,水分含量が高い(≥70%),つまり澱粉含量が低い(≤30%)領域では,糊化,圧力,温度を軸とした幾つかの状態図が報告されている(10, 23, 24, 28, 29)10) D. Knorr, V. Heinz & R. Buckow: Biochim. Biophys. Acta, 1764, 619 (2006).23) B. A. Bauer & D. Knorr: J. Food Eng., 68, 329 (2005).24) J. P. Douzals, J. M. Perrier-Cornet, J. C. Coquille & P. Gervais: J. Agric. Food Chem., 49, 873 (2001).29) R. Buckow, L. Jankowiak, D. Knorr & C. Versteeg: J. Agric. Food Chem., 57, 11510 (2009).28) R. Buckow, V. Heinz & D. Knorr: J. Food Eng., 81, 469 (2007)..圧力糊化その他関連の実験は,澱粉含量を固定して実施した報告が多く,稀に澱粉含量を数点設定して実験した事例もある(30)30) K. Yamamoto, K. Kawai, K. Fukami & S. Koseki: Food, 3, 57 (2009).

このような状況において,圧力耐性についての知見が少なかった馬鈴薯澱粉を対象として,圧力糊化の系統的理解を試みた.40°C,400–1200 MPa(=0.400–1.200 GPa)の範囲での100 MPa刻みで1時間高圧処理し,澱粉含量の影響を10–70% w/wの範囲において10% w/w刻みでDSC分析により調べ,糊化及び老化のデータを1枚の状態図に纏めた(31)31) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 67, 530 (2007)..高圧処理した馬鈴薯澱粉–水混合物をDSCで分析すると,凡そ60°C近傍からΔHgelに対応する吸熱ピークが観測され,更に40°C近傍から開始し老化澱粉の溶解に対応する吸熱ピーク(ΔHretro)が同時に観測される場合がある.ΔHgelの値は生澱粉で最大で圧力糊化によって減少し,澱粉含量が低く圧力が高い程,糊化が進展する(図2A図2■馬鈴薯澱粉–水混合物の(A)ΔHgel又は(B)ΔHretroの処理圧力依存性及び澱粉含量依存性31)).馬鈴薯澱粉は圧力耐性が高く,0.4 GPa処理後のΔHgelは,生澱粉の値と同様である.一方,完全糊化または部分糊化した試料では老化が観測されることがあり,ΔHretroの値は澱粉含量が高く圧力が高い程大きい傾向があった(図2B図2■馬鈴薯澱粉–水混合物の(A)ΔHgel又は(B)ΔHretroの処理圧力依存性及び澱粉含量依存性31)).未処理の馬鈴薯澱粉がΔHgel=20±2 J/g(澱粉乾物重量あたり)であることに鑑み,高圧処理した馬鈴薯澱粉の状態が,完全糊化で老化なし(ΔHgel=0 J/g; ΔHretro=0 J/g),完全糊化で老化あり(ΔHgel=0 J/g; ΔHretro>0 J/g),部分糊化で老化なし(ΔHgel<18[=20–2]J/g; ΔHretro=0 J/g),部分糊化で老化あり(ΔHgel<18 J/g and ΔHretro>0 J/g),変化なし(ΔHgel≥18 J/g and ΔHretro=0 J/g)の5種類に分類した.この分類に従い,澱粉含量,圧力をそれぞれ横軸,縦軸とする状態図が提示されている(図3図3■高圧処理した馬鈴薯澱粉-水混合物の状態図(処理圧力vs. 澱粉含量)31)).このデータ(31)31) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 67, 530 (2007).は,小麦澱粉(澱粉含量:20–95% (w/w))についての独自データとともに物理化学的に解析され比較されている(32)32) T. Baks, M. E. Bruins, A. E. M. Janssen & R. M. Boom: Biomacromolecules, 9, 296 (2008)..更に,40°Cで得られた馬鈴薯澱粉–水混合物の状態図(図3図3■高圧処理した馬鈴薯澱粉-水混合物の状態図(処理圧力vs. 澱粉含量)31))を,処理温度(20–70°C)について作成し,処理温度が高いまたは澱粉含量が低い程,完全糊化に必要な圧力が減少すること,老化が澱粉含量範囲30–60% (w/w)(水分含量40–70% (w/w))で観測されたことを示した(33)33) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 87, 314 (2012).図4図4■20~70°Cの範囲で高圧処理(400–1000 MPa)を1時間行った馬鈴薯澱粉–水混合物(10–60% (w/w))の状態図33)).熱糊化澱粉の老化が30–60% (w/w)の水分含量範囲で観測されること(6)6) R. Hoover: Food Rev. Int., 11, 331 (1985).に鑑みると,圧力糊化澱粉の老化が見られる水分含量範囲は若干高水分領域側に移る.

図2■馬鈴薯澱粉–水混合物の(A)ΔHgel又は(B)ΔHretroの処理圧力依存性及び澱粉含量依存性31)

○, 10% w/w; ●, 20%; △, 30%; ▲, 40%; □, 50%; ■, 60%; ◇, 70%

図3■高圧処理した馬鈴薯澱粉-水混合物の状態図(処理圧力vs. 澱粉含量)31)

●,完全糊化;,完全糊化+老化;○,部分糊化;,部分糊化+老化;×,ΔH変化なし

図4■20~70°Cの範囲で高圧処理(400–1000 MPa)を1時間行った馬鈴薯澱粉–水混合物(10–60% (w/w))の状態図33)

(A)各処理温度での状態図(処理圧力vs. 澱粉含量)を配列(B)各澱粉含量での状態図(処理圧力vs. 処理温度)を配列.データは(A)を再プロットしたのみ.●,完全糊化;,完全糊化+老化;○,部分糊化;,部分糊化+老化;×,ΔH変化なし

圧力糊化への処理時間の影響

澱粉の高圧処理において処理時間の影響を調べた報告は限られている(8, 20, 28)8) M. Stolt, S. Oinonen & K. Autio: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 1, 167 (2000).20) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 69, 590 (2007).28) R. Buckow, V. Heinz & D. Knorr: J. Food Eng., 81, 469 (2007)..例えば,馬鈴薯澱粉–水混合物(澱粉含量10–70% (w/w))を600–1000 MPa, 40°Cで処理し,糊化,老化に及ぼす処理時間(1, 18, 66時間)の影響を調べ,ΔHgel及びΔHretroの値は澱粉含量の影響を受けるが,処理時間の影響を受けないこと,一方,糊化開始温度(Tgel)は澱粉含量が低く処理時間が長い程上昇することを示した(20)20) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 69, 590 (2007)..何時間もの長時間の高圧処理は,食品産業,澱粉産業において非現実的ではあるが,高圧処理における糊化,老化現象の基礎を,特にアニーリング(溶解温度に近い高い温度での結晶熟成)の観点から理解するためには重要である.

圧力糊化へのアミロースの影響

アミロースは圧力糊化で重要な役割を担うと考えられる.アミロースを含む粳(うるち)性及びアミロースを含まない糯(もち)性(waxy)のトウモロコシ澱粉を,高圧処理(600 MPa, 40°C, 1 h)して完全糊化させた場合(9)9) K. Fukami, K. Kawai, T. Hatta, H. Taniguchi & K. Yamamoto: J. Appl. Glycosci., 57, 67 (2010).,いずれの澱粉粒子も膨潤するが,糯性澱粉では粒子構造が失われ,粳性澱粉では形状が保持される(図5図5■異なる澱粉含量で高圧処理(600 MPa, 40°C, 1時間)したトウモロコシ澱粉の顕微鏡写真9)).同様の現象は粳性及び糯性のコメ澱粉においても見出されている(15)15) H. E. Oh, Y. Hemar, S. G. Anema, M. Wong & D. N. Pinder: Carbohydr. Polym., 73, 332 (2008)..更に,トウモロコシ澱粉の熱・圧力安定性について,高アミロース澱粉では,粳性及び糯性澱粉よりも有意に高いことが示されている(29)29) R. Buckow, L. Jankowiak, D. Knorr & C. Versteeg: J. Agric. Food Chem., 57, 11510 (2009).

図5■異なる澱粉含量で高圧処理(600 MPa, 40°C, 1時間)したトウモロコシ澱粉の顕微鏡写真9)

A,粳性;B,糯性(waxy);左列,明視野;右列,偏光;スケール,50 µm

圧力糊化の応用研究

圧力糊化澱粉の利用に向けては,医薬品基材として馬鈴薯澱粉のハイドロゲルを高圧処理した報告がある(34)34) A. Szepes, Z. Makai, C. Blümer, K. Mäder, P. Kása Jr. & P. Szabó-Révész: Carbohydr. Polym., 72, 571 (2008)..また,トウモロコシ澱粉への匂い成分の結合に及ぼす高圧処理の影響が調べられている(35)35) W. Błaszczak: Starch: Achievements in Understanding of Structure and Functionality, ed. by V. Yuryev, P. Tomasik, & E. Bertoft: Nova Science Publishers, 2007, p. 179.

食品または食品モデル系の澱粉に及ぼす高圧処理の影響も調べられている.高圧処理(400または650 MPa,10分)を施したすり身ゲルに及ぼす馬鈴薯澱粉の影響を調べ,熱処理(90°C,40分)の場合と比較し,高圧処理したゲルの保水性が高いことが示されている(36)36) G. Tabilo-Munizaga & G. V. Barbosa-Cánovas: Lebensm. Wiss. Technol., 38, 47 (2005)..トウモロコシ澱粉の圧力糊化(600 MPa, 25°C, 15 min)においては,食塩及びシュクロースが圧力耐性効果を付与する(37)37) M. Kweon, L. Slade & H. Levine: Carbohydr. Polym., 72, 293 (2008).

澱粉を化工澱粉にする際の化学変換操作における高圧処理の利用も研究され,熱生成ラジカルの減少,酸加水分解,架橋,リン酸化,アセチル化,ハイドロキシプロピル化等について報告されている(38)38) H.-S. Kim, B.-Y. Kim & M.-Y. Baik: Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 52, 123 (2012).

今後,高圧処理澱粉を産業的に利用するためには,対象澱粉種を拡張した状態図の作成が有用である.その上で,生産コストに見合う効率的な変換条件を状態図の中で見出し,澱粉利用食品への利用効果を検討し,新規用途を開発する必要がある.澱粉の価格は,100円/kg前後と極めて低いので,それを加工した高圧処理澱粉を,そのまま澱粉系食品素材の主原料として活用することには,コスト面から無理がある.しかし,高圧処理澱粉を数%程度添加することで,製パン性その他の加工特性改良が可能ともされているので(39, 40)39) パン及びその製法,特開平7-99879.40) Bakery products containing high-pressure treated starch, European Patent EP1155618, Kind Code: B1.,高圧処理澱粉の少量添加には,実用化の可能性がある.

結語

澱粉の高圧処理(30, 41)31) K. Kawai, K. Fukami & K. Yamamoto: Carbohydr. Polym., 67, 530 (2007).41) K. Yamamoto & R. Buckow: High Pressure Processing of Food, ed. by V. M. Balasubramaniam, G. V. Barbosa-Cánovas, & H. L. M. Lelieveld, Springer, 2016, p. 433.については,異方的圧縮,等方的圧縮の別に検討がなされ,水の存在下で圧力糊化し,熱糊化では難しい澱粉高含有量の糊を均一に作ることができる.完全糊化していても粒子形状を保つ等,圧力糊化は熱糊化と似て非なる特徴を持つ.高圧処理澱粉の糊化・老化については未解明な点が多く,また,澱粉自体が廉価な食品素材であるため,食品主要成分であるにも拘らず,高圧処理澱粉の産業利用は進んでいない.今後の研究進展により,特に高圧処理澱粉の少量添加の視点による加工特性改良の視点からの研究開発が進展し,高圧処理澱粉が実用的に利用される未来に期待したい.

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