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有用物質生産における微生物中央代謝経路の炭素フラックス比の最適化上流の炭素の流れを変えて化合物を高生産する

Yota Tsuge

柘植 陽太

金沢大学新学術創成研究機構

Published: 2021-01-01

近年,化成品原料や植物由来のテルペノイドなどの有用化合物を微生物により生産する研究が精力的に行われており,微生物を用いたものづくりは21世紀においても産業上,重要な地位を占めると考えられる.微生物による物質生産では1)高い生産速度,2)高い対糖収率,3)高い最終濃度を達成することが望ましい.これらを達成するために,目的化合物や副生成物の生合成経路遺伝子の高発現や削除が行われる.しかし,同時に上流の中央代謝経路において,炭素フラックスをどのように分配するのかということも重要な観点である.

微生物による物質生産において最も多く糖源として利用されるグルコースは,中央代謝経路である解糖系とペントースリン酸経路を経由してピルビン酸まで分解される.したがって,多くの化合物はこれらの経路のいずれかを経由して合成される.ペントースリン酸経路は核酸の生合成経路であるとともに,補酵素であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)の産生経路である.したがって,生産にNADPHが必要な化合物の場合,ペントースリン酸経路に炭素をより多く流したほうが生産に有利に働く.しかし,ペントースリン酸経路に炭素が流れた場合,二酸化炭素が1分子発生するため理論収率が低下することは意識する必要がある.代表的な例としてはアミノ酸生産菌であるコリネ型細菌を用いたリジン生産が挙げられる.リジンは1分子の合成に4分子のNADPHが必要であり,NADPHの供給が常に課題となる.これまでにペントースリン酸経路に炭素フラックスを誘導するため,ペントースリン酸経路遺伝子の高発現や,糖新生経路の遺伝子の高発現などを行うことでリジン生産が向上した研究例が報告されている(1)1) J. Becker, O. Zelder, S. Häfner, H. Schröder & C. Wittmann: Metab. Eng., 13, 159 (2011).

解糖系とペントースリン酸経路はグルコース6-リン酸(G6P)で分岐するため,G6Pを基質とするグルコース6-リン酸イソメラーゼ遺伝子(pgi)を欠損させることで,すべての炭素をペントースリン酸経路に誘導することは可能である.しかし,pgi欠損株はグルコースを単一炭素源とする場合,増殖が著しく減退するため細胞数が十分に得られず,代謝改変の選択肢にはなりにくい.そこで最低限の増殖速度は保ちつつ,ペントースリン酸経路に炭素を誘導するためにpgiの発現を低下(最適化)させる研究が行われている(図1図1■中央代謝結路における炭素の分配).リジンから一ステップの脱炭酸反応で生成するバイオナイロン原料の1,5-ジアミノペンタンを好気条件で,バイオプラスチック原料のコハク酸を嫌気条件で生産するコリネ型細菌を作製するため,pgiのプロモーターを嫌気条件下で発現誘導する乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(ldhA)に置換することで,炭素フラックスが好気条件下ではペントースリン酸経路に,嫌気条件下では解糖系に流れる自己誘導型の代謝スイッチが開発された(2)2) 小林俊介,柘植陽太:アグリバイオ,2, 70 (2018)..プロモーター置換の結果,pgiの発現量は96%減少し,ペントースリン酸経路への炭素の分岐比が61.2%から83.0%に増加した.その結果,比増殖速度は54%低下したが,1,5ジアミノペンタンの生産速度は2.6倍,対糖収率は4.4倍に増加した(3)3) S. Kobayashi, H. Kawaguchi, T. Shirai, K. Ninomiya, K. Takahashi, A. Kondo & Y. Tsuge: ACS Synth. Biol., 9, 814 (2020)..また,ldhAプロモーターに加えて,好気条件下における発現の“漏れ”がやや多い硝酸呼吸に関与するオペロン(nar)のプロモーターを使用してpgiの発現レベルを段階的に変動させることで,中央代謝経路の炭素の分岐比が細胞内のアミノ酸の蓄積に及ぼす影響が調べられた.その結果,1分子の合成に3分子のNADPHが必要なアミノ酸(スレオニン)の細胞内濃度はペントースリン酸経路に流れる炭素フラックスの割合が多い方(74.9,83.0%)が高かったが,1分子の合成に2分子以下のNADPHが必要なアミノ酸(アラニン,ロイシン,バリン)の細胞内濃度はペントースリン酸経路に流れる炭素フラックスの割合が少ないほう(38.8,58.6%)が高かった(4)4) K. Murai, D. Sasaki, S. Kobayashi, A. Yamaguchi, H. Uchikura, T. Shirai, K. Sasaki, A. Kondo & Y. Tsuge: ACS Synth. Biol., 9, 1615 (2020).

図1■中央代謝結路における炭素の分配

同様の中央代謝経路における炭素フラックスの分配の最適化については大腸菌でも研究が行われている.イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)誘導系のプロモーターを利用することでpgiの発現レベルをコントロールし,テルペノイドの合成中間体であるメバロン酸の高生産に最適な中央代謝経路の炭素の分岐比が調べられた.メバロン酸は1分子の合成に2分子のNADPHが必要である.理論的にはメバロン酸の生産に最適な解糖系への分岐比は40%だが,実験的にも分岐比が39.7%のときにメバロン酸の生産が最高値を示した.比増殖速度はコリネ型細菌と同様,49%低下したが,メバロン酸の生産速度は39%,対糖収率は24%増加した(5)5) K. Kamata, Y. Toya & H. Shimizu: Biotechnol. Bioeng., 116, 1080 (2019).

以上のように,目的化合物の高生産のためには通常,目的化合物や副生成物の生合成経路遺伝子の高発現や削除が行われるが,上流の中央代謝経路における炭素フラックスの分配を最適化することも重要である.本稿で紹介した自己誘導型のプロモーターや化合物添加による手法以外にも,光照射により中央代謝経路の炭素の分岐比を変動させるエレガントな手法が報告されている(6)6) S. T. Tandar, S. Senoo, Y. Toya & H. Shimizu: Metab. Eng., 55, 68 (2019)..本稿では増殖速度を犠牲にしても補酵素獲得を優先した方が,生産に有利な結果を及ぼす例を紹介したが,補酵素獲得と細胞増殖は両立させた方が物質生産に有利なことは言うまでもない.炭素フラックスの分配の最適化だけでなく,代謝経路の“太さ”の最適化も依然として残された課題である.

Reference

1) J. Becker, O. Zelder, S. Häfner, H. Schröder & C. Wittmann: Metab. Eng., 13, 159 (2011).

2) 小林俊介,柘植陽太:アグリバイオ,2, 70 (2018).

3) S. Kobayashi, H. Kawaguchi, T. Shirai, K. Ninomiya, K. Takahashi, A. Kondo & Y. Tsuge: ACS Synth. Biol., 9, 814 (2020).

4) K. Murai, D. Sasaki, S. Kobayashi, A. Yamaguchi, H. Uchikura, T. Shirai, K. Sasaki, A. Kondo & Y. Tsuge: ACS Synth. Biol., 9, 1615 (2020).

5) K. Kamata, Y. Toya & H. Shimizu: Biotechnol. Bioeng., 116, 1080 (2019).

6) S. T. Tandar, S. Senoo, Y. Toya & H. Shimizu: Metab. Eng., 55, 68 (2019).