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藻類の栄養欠乏における脂質蓄積の分子メカニズムと有用脂質生産藻類リン欠乏時の脂質転換とその制御系

Hiroki Murakami

村上 博紀

広島大学統合生命科学研究科

Hiroyuki Ohta

太田 啓之

東京工業大学生命理工学院

Published: 2021-01-01

地球資源の持続的な利用に向けて,微細藻類によるバイオ資源生産プロセスの実用化に期待が高まっている.微細藻類のなかには有用脂質生産能の高い種が多数報告されており,特にナンノクロロプシスやケイ藻などはバイオ燃料として利用可能な油脂の合成能が非常に高い.これらの藻類では,窒素やリンなどの栄養飢餓時にトリアシルグリセロール(TAG)を主成分とする油滴の形成が促進される.またリン欠乏時には,油脂の蓄積だけでなく,生体膜脂質の組成にも大幅な変化が見られる.本稿では,近年明らかになってきた微細藻類の脂質代謝機構と栄養飢餓応答について紹介したい.

藻類におけるTAG合成は,葉緑体内で新規合成された脂肪酸の一部が葉緑体外に運ばれ,コエンザイムAと結合した後に,グリセロール骨格の1位から3位に順次取り込まれることで完了する.グリセロール骨格の1位から3位に脂肪酸を転移する酵素として,それぞれ順にGPAT, LPAT, DGATが知られている.Nannochloropsis oceanicaでは,ナンノクロロプシス属が二次共生藻(緑藻や紅藻など葉緑体を持つ真核藻類の細胞内共生により葉緑体を獲得した藻類)であることに由来すると考えられる,進化的起源の異なったLPATDGATの遺伝子が存在する.特に,ナンノクロロプシスは他の藻類では2~6種類しか存在しないDGAT遺伝子を13種類もつと予測されていることから,このTAG合成酵素の高い重複性こそが高い油脂合成能をもつ要因の一つであると考えられている(1)1) D. Wang, K. Ning, J. Li, J. Hu, D. Han, H. Wang, X. Zeng, X. Jing, Q. Zhou, X. Su et al.: PLOS Genet., 10, e1004094 (2014)..また,興味深いことに,ナンノクロロプシスがもつ4つのLPATのうち2つはナンノクロロプシスが属する二次共生藻のグループに特有のファミリーとして見いだされており,油滴表層に局在することがわかっている(2)2) T. Nobusawa, K. Hori, H. Mori, K. Kurokawa & H. Ohta: Plant J., 90, 547 (2017)..油滴表層のLPATをともに欠損させると,細胞内のTAGの蓄積が半減するとともに細胞の生育にも影響するため,油滴表層にあるLPATがナンノクロロプシスの示す高い油脂蓄積能に貢献していると考えられる.

窒素やリンの栄養飢餓時に過剰な炭素のリザーバーとして炭水化物などと同時に細胞内に蓄えられた油脂は,栄養条件が回復すると速やかに分解され,その後の細胞増殖のためのエネルギー源・炭素源として利用される.油脂増産に向けた効果的な手法としては,TAG合成系の強化に加え,TAG分解経路の遮断も有効であると考えられている.実際,珪藻や植物ではTAGの分解を担うリパーゼを欠損させることで,栄養欠乏時におけるTAGの含量が増加することが報告されている.N. oceanicaにもこのリパーゼのホモログが2つ存在するが,これらを同時に欠損させた変異体でも,栄養欠乏時のTAGの含量には大きな変化がなく,定常期から新鮮な培地に移した後に見られる急速なTAG分解にやや影響が見られる程度である(3)3) T. Nobusawa, K. Yamakawa-Ayukawa, F. Saito, S. Nomura, A. Takami & H. Ohta: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Biol. Lipids, 1864, 1185 (2019)..ただし,植物においてTAG分解に主要にかかわるリパーゼSDP1はTAGの分解時に油滴に移行することが知られているが,このナンノクロロプシスのホモログは小胞体に局在している.ナンノクロロプシスではSDP1型リパーゼ以外の未知のリパーゼがTAG分解に主要にかかわっていると考えられる.

窒素欠乏時とリン欠乏時のTAG蓄積について,ナンノクロロプシスと緑藻クラミドモナスで詳細な比較が行われており,窒素欠乏時と異なりリン欠乏時には比較的葉緑体を維持したままTAGが蓄積されることが報告されている(2, 4)2) T. Nobusawa, K. Hori, H. Mori, K. Kurokawa & H. Ohta: Plant J., 90, 547 (2017).4) M. Iwai, K. Ikeda, M. Shimojima & H. Ohta: Plant Biotechnol. J., 12, 808 (2014)..またこれら栄養欠乏の条件に応じて蓄えられる脂肪酸種に違いが見られることから,これら2つのストレス下における脂質蓄積はそれぞれ異なる代謝調節機構によって達成されていると考えられる.また,生体膜脂質の組成についても,窒素欠乏とリン欠乏では異なる変化が見られ,窒素欠乏時には葉緑体の縮退に伴う葉緑体膜脂質(主に糖脂質)の減少が特徴であるのに対し,リン欠乏時ではリン脂質の減少と非リン脂質(糖脂質,ベタイン脂質)の増加が観察される(5)5) H. Murakami, T. Nobusawa, K. Hori, M. Shimojima & H. Ohta: Plant Physiol., 177, 181 (2018)..リン欠乏時におけるこのような応答は,リン欠乏下の膜脂質転換と呼ばれる光合成生物に広く保存された代表的なリン欠乏への適応機構であり,これにより生体膜を維持しながら膜脂質からリン酸を確保することができると考えられている.リン欠乏時のTAG蓄積や膜脂質転換応答(これら2つの応答を合わせてリン欠乏時の脂質転換とも呼ばれる)は植物の葉などの栄養細胞でも同様に起こることが知られており,植物においてはPHR1というMYB型の転写因子がリン欠乏応答のマスターレギュレーターとしてこの脂質転換の制御にも関与している.クラミドモナスにおいては,PSR1がPHR1の機能的なカウンターパートとして知られており,リン欠乏へのさまざまな応答反応やデンプンとTAGの蓄積にかかわる遺伝子の制御を担っている.また筆者らは最近,Nannochloropsis oceanicaにおいてPHR1およびPSR1と弱い配列相同性を示す転写因子(NoPSR1)を見いだし,その転写因子がリン欠乏時の膜脂質転換の制御に決定的な役割を担っていることを明らかにした(6)6) H. Murakami, N. Kakutani, Y. Kuroyanagi, M. Iwai, K. Hori, M. Shimojima, H. Ohta: FEBS Lett., 594, 3384 (2020)..したがって,リン欠乏時に見られる脂質転換応答は,脂質代謝酵素だけでなく,その制御系も含めて植物や藻類種間で広く保存されてきたと考えられる.

図1■藻類のリン欠乏時の脂質代謝変動(リン欠乏時の脂質転換)と油脂(TAG)の油滴への蓄積機構

(上)リン欠乏時において,PSR1(クラミドモナス,ナンノクロロプシス)とLRL1(クラミドモナス)が脂質リモデリングを誘導する.(下左)ナンノクロロプシスの油滴形成機構の概要と2種のLPATの役割.(下右)藻類での油滴形成の様子(ナンノクロロプシス).バーは2 µm.

筆者らは,さらにリン欠乏時の脂質転換のより直接的な制御因子が存在すると考え,クラミドモナスにおいて,リン欠乏時に遺伝子発現が誘導され,type II DGATをコードするDGTT1と共発現する転写因子の候補に着目し,R2R3型のMYB転写因子を一つ見いだした(7)7) N. A. Hidayati, Y. Yamada-Oshima, M. Iwai, T. Yamano, M. Kajikawa, N. Sakurai, K. Suda, K. Sesoko, K. Hori, T. Obayashi et al.: Plant J., 100, 610 (2019)..この転写因子はリン欠乏の初期から特に膜脂質転換やTAGの蓄積が顕著に起こる時期にかけて徐々にその遺伝子発現が誘導される.この遺伝子のノックダウン体では,リン欠乏時のTAG蓄積が著しく抑制され,さらにリン欠乏時に起こる硫黄を含む糖脂質(SQDG)の蓄積も同時に著しく阻害されていたことから,この遺伝子をLipid Remodeling reguLator 1LRL1)と名付けた.lrl1変異体では,栄養十分時に細胞のサイズが小さくなると同時に,細胞数が増加する.一方リン欠乏時には,細胞の緑色がやや退色し,リン欠乏時に顕著にみられる細胞肥大が認められない.さらにRNA-seq解析により,変異体ではDGTT1MLDPなどTAGの蓄積にかかわる遺伝子,SQDG合成にかかわる遺伝子(SQD2)などの発現が顕著に抑制されていることがわかった.ベンサミアナタバコの一過的な遺伝子発現系を用いてLRL1がSQDG合成遺伝子などを直接制御しているかどうかを調べた結果,LRL1はbHLH型転写因子とスキャホードタンパク質として知られるTTGのホモログと共にSQD2遺伝子プロモーターに作用して,その下流遺伝子を活性化することがわかった.以上の結果から,LRL1はリン欠乏時に起こる脂質転換の促進や細胞分裂の抑制,クロロフィル合成の維持など,リン欠乏時の細胞のメインテナンスにかかわる制御因子であると考えられる.

筆者らはこれまでに緑藻クラミドモナスのリン欠乏応答性プロモーターが二次共生藻であるナンノクロロプシスでも機能することを見いだしている(8)8) M. Iwai, K. Hori, Y. Sasaki-Sekimoto, M. Shimojima & H. Ohta: Front. Microbiol., 6, 912 (2015)..このことから,藻類のリン欠乏応答を制御する仕組みが藻類全般に広く保存されている可能性が考えられる.LRL1の発見により,クラミドモナスのリン欠乏時の遺伝子発現制御の仕組みの一端が明らかになったことから,今後このような知見をさらに発展させ,藻類における栄養欠乏時の脂質転換の仕組みの全容を明らかにすることで,藻類におけるTAGの生産をさらに強化することが可能になると期待される.

Reference

1) D. Wang, K. Ning, J. Li, J. Hu, D. Han, H. Wang, X. Zeng, X. Jing, Q. Zhou, X. Su et al.: PLOS Genet., 10, e1004094 (2014).

2) T. Nobusawa, K. Hori, H. Mori, K. Kurokawa & H. Ohta: Plant J., 90, 547 (2017).

3) T. Nobusawa, K. Yamakawa-Ayukawa, F. Saito, S. Nomura, A. Takami & H. Ohta: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Biol. Lipids, 1864, 1185 (2019).

4) M. Iwai, K. Ikeda, M. Shimojima & H. Ohta: Plant Biotechnol. J., 12, 808 (2014).

5) H. Murakami, T. Nobusawa, K. Hori, M. Shimojima & H. Ohta: Plant Physiol., 177, 181 (2018).

6) H. Murakami, N. Kakutani, Y. Kuroyanagi, M. Iwai, K. Hori, M. Shimojima, H. Ohta: FEBS Lett., 594, 3384 (2020).

7) N. A. Hidayati, Y. Yamada-Oshima, M. Iwai, T. Yamano, M. Kajikawa, N. Sakurai, K. Suda, K. Sesoko, K. Hori, T. Obayashi et al.: Plant J., 100, 610 (2019).

8) M. Iwai, K. Hori, Y. Sasaki-Sekimoto, M. Shimojima & H. Ohta: Front. Microbiol., 6, 912 (2015).