解説

海洋生物の付着防止技術研究の展開フジツボとの長い戦い

Antifouling Research Against Marine Organisms: A Long Battle against Barnacles

Tatsufumi Okino

沖野 龍文

北海道大学

Published: 2021-01-01

船底防汚塗料への有機スズ化合物の使用が世界的に禁止されてから13年が経過した.その間新規の防汚剤は2種だけである.表面の微細構造や物性による防汚技術開発も進む一方で,防汚剤の有効性・必要性は確かである.しかしながら,結局化学物質を海洋に放出することと化学物質の環境規制の強化のため,新規の防汚剤の開発は困難を極めている.そのなかで,最近,フジツボのオクトパミンレセプターに作用する化合物が新規防汚剤として上市された.一方,天然物からの探索研究も活発であり,非常に活性の高い化合物も発見されているし,生分解性や低毒性に着目しながら開発フェーズが進んでいる化合物もある.

Key words: antifoulant; barnacle; cyanobacteria; Medetomidine; mussel

船舶の環境規制が近年強化されてきている.国際海事機関(IMO)の各種条約が環境規制の主要な役割を果たしており,特に2020年には硫黄酸化物SOxの燃料中の濃度が0.5%以下に規制された.窒素酸化物NOxや二酸化炭素の排出規制も順次強化されている.バラスト水管理条約では,水生生物の越境移動を防止するためバラスト水を浄化する装置の搭載が義務づけられている.シップリサイクル条約では,船舶に存在する有害物質を記録して,解体の際の労働災害や環境汚染を最小限にすることが定められている.ところで,船底にはフジツボやイガイなどの海洋生物が付着し,燃料消費を40%増加させると言われている.その結果,二酸化炭素やSOx,NOxの排出を増加させ,付着による超過コストは全世界で年間15兆円以上である.そのため,古くから塗料として防汚剤が塗布されてきた.この海洋付着生物の問題は,本誌では北野(1)1) 北野克和:化学と生物,57, 352 (2019).が最近解説しているので,あわせてお読みいただきたい.有機スズ化合物をアクリル樹脂に結合させた塗料は,加水分解反応により海水中に徐々に溶解することで防汚性と表面の平滑性を維持することから一時期市場を席巻した.しかしながら,国内では1990年代初めから規制され,世界的にも2008年に発効したIMOの国際条約により船体への塗布が禁止された.現在はバイオサイド(biocide)が防汚剤として使われているが,一部を条約に追加されることが検討されている.国内では日本塗料工業会の自主管理により防汚塗料が管理され,webサイトにリストが掲載されている.リスト作成後に使われ始めた1種を含め15種類の防汚剤が現在使われている(図1図1■国内で現在使われている防汚剤と海外で開発された防汚剤).主な防汚剤は亜酸化銅と銅ピリチオン,亜鉛ピリチオン,Seanine-211などである.その他Irgarol1051に代表されるような農薬由来の防汚剤も複数使われている.Seanine-211は生分解性が高いことが特徴であるが,条件によっては分解時間が長くなり,高い濃度で検出される海域もある.また,他の防汚剤の分解物にも環境毒性が認められる場合があり,海域汚染を議論する際には分解物の分析も必要である.最近10年ほどで新たに加わったのはEconea(Tralopyril)とSelektope(Medetomidine)であり,新規の防汚剤の開発が停滞していることがわかる.Selektopeについては後述するが,Econeaはエネルギーを産生するための代謝である酸化的リン酸化に対しての脱共役化の作用によって付着阻害活性を示すと言われている(2)2) S. E. Martins, G. Fillmann, A. Lillicrap & K. V. Thomas: Biofouling, 34, 34 (2018)..中国では,以前はDDTが防汚剤として使われていたが,現在では古い塗装に残るくらいのようである.代替防汚塗料の開発が国連機関の補助もあって進められた結果,唐辛子の辛み成分であるカプサイシンとその類縁体のnonivamideが使われ始めているという文献もある(2)2) S. E. Martins, G. Fillmann, A. Lillicrap & K. V. Thomas: Biofouling, 34, 34 (2018)..天然物としてはコストが安いのが大きなメリットである.これらはTRPチャネル(一過性受容体電位型チャネル)の阻害剤として知られる.このチャネルはCa2+の流入経路を形成させ,フジツボの触覚に存在することが知られている(3)3) A. Abramova, M. A. Rosenblad, A. Blomberg & T. A. Larsson: PLOS ONE, 14, e0216294 (2019)..フジツボは触覚によって適切な付着基盤を探す探索行動をし,接着物質であるセメントを分泌することが明らかになっており,Ca2+が付着・変態のシグナル伝達として重要であることから,この活性で付着阻害の機構を説明できると思われる.

図1■国内で現在使われている防汚剤と海外で開発された防汚剤

イベルメクチンは,本誌の読者にはお馴染みの大村智先生のノーベル賞につながった化合物である.実はイベルメクチンに付着阻害活性があり実海域での浸漬試験でも効果があると報告されたのが2011年であった(4)4) E. Pinori, M. Berglin, L. M. Brive, M. Hulander, M. Dahlström & H. Elwing: Biofouling, 27, 941 (2011)..その後,実用化に向けた大きなプロジェクトが実施された.実用化されたとの記述(5)5) C. Liu, B. Yan, J. Duan & B. Hou: Sci. Total Environ., 736, 139599 (2020).もあるが,確信できる情報を筆者は得ることができていない.イベルメクチンのように医薬品あるいは動物薬として用いられている化合物は,すでにヒトあるいは当該動物に対して安全性試験が終わっており,生産方法も確立しているため,防汚剤としての有力な候補になり得る.イベルメクチンは,天然物から開発された化合物であるが,防汚剤の天然物からの探索も長年行われてきた(6, 7)6) J. G. Petitbois, 沖野龍文:日本マリンエンジニアリング学会誌,52, 33 (2017).7) 沖野龍文:塗装工学,54, 452 (2019)..特に,付着性あるいは運動性の低い海洋生物のもつ化学防御物質を防汚剤として有効だという仮説は魅力的である.しかしながら,環境に対するわれわれの意識が高まるなか開発のハードルが高くなっており,成功例を生み出さず長い戦いが続いている.一方,低摩擦抵抗の船底防汚塗料が使われるようになったうえ(8)8) 島田 守:塗装工学,46, 172 (2011).,ヒドロゲル(9)9) 平沢洋治:化学と生物,58, 438 (2020).や表面微細構造に着目した防汚材料の研究も盛んであって(10)10) 室崎喬之,平井悠司,野方康行:塗装工学,54, 446 (2019).,材料・高分子系あるいはナノサイエンス系の雑誌には防汚材料の論文が多数掲載されている(11)11) Y. Gu, L. Yu, J. Mou, D. Wu, M. Xu, P. Zhou & Y. Ren: Mar. Drugs, 18, 371 (2020)..とはいえ,ある一つのメカニズムに依存した防汚塗料では不十分であり,防汚剤を超える性能をもつ表面構造というのは難しそうである.そこで,本稿では低分子の防汚剤を中心として成功例や最近の研究例をみながら将来の可能性を考えたい.

オクトパミン受容体に作用する一番新しい防汚剤Medetomidine

付着生物の付着・変態にカテコールアミンなどの神経伝達物質が関与することが知られている.たとえばノルアドレナリンとドーパミンはフジツボの接着物質であるセメント物質の分泌を促進し,セロトニンは付着のさまざまな過程に関与する(12)12) 岡野桂樹,伏谷伸宏:生化学,69, 1347 (1997)..このような基礎的知見をもとに,アドレナリン作動薬を中心に各種薬物の効果が調べられた.多くの化合物が付着阻害活性を示したが,特にMedetomidineが最小阻害濃度1 nMという極めて低い濃度でフジツボ幼生の付着を阻害した.その後の研究でフジツボのオクトパミン受容体を活性化させて,いわばフジツボのキプリス幼生の興奮状態を持続させるために付着を阻害することがわかった.開発の結果,スウェーデンのI-TECHによりSelektopeという商標で登録された.図1図1■国内で現在使われている防汚剤と海外で開発された防汚剤に示すようにSelektopeは,イミダゾール構造を有することから,防汚塗料に含まれる酸化銅などをキレートしたり,塗膜ポリマーの酸性基に保持されたりして,塗料に長期間維持されるという利点がある.活性が顕著であるため,塗料に対して防汚剤としては0.1%という極めて低い濃度で使われる.防汚剤は塗膜界面に付着を阻害する濃度で存在し,その周囲の海水中には全く溶け込まないことが理想であるが,それは不可能である.現実的な解としては,なるべく低濃度で用いることで環境にやさしい防汚剤になりうる.Medetomidineは,動物の鎮痛・鎮静剤として使われており,ある程度の安全性のデータが蓄積されていたはずである.しかしながら,欧州において防汚剤として登録されるまで,認可機関との間で長い戦いがあったようである.I-TECHのLindblatは,そのことを踏まえて防汚剤の認可までの過程をまとめている(13)13) L. Lindblat: “Biofouling Methods,” John Wiley & Sons, Ltd., 2014, p. 347..まず,大学などの研究機関では,フジツボなどの付着生物を使って実験室で各種薬物をスクリーニングすることから始める.ここで,重要なのは良い活性がみつかれば,塗料に混ぜて海での浸漬試験を実施して可能性を見極めることである.塗料との親和性や塗料中での安定性などを含めた効果を調べる.このノウハウをもつ研究機関は少なく,塗料会社との共同研究が必要なところである.次に,安全性として,海洋生態系への影響を考えて付着生物以外に対しての毒性だけでなく,労働安全衛生上の問題としてヒトに対する毒性も調べる必要がある.その毒性試験が,OECDテストガイドライン(日本の化審法でも準拠している)など標準化された方法で行われなければ審査に用いられない.一方,大学などの研究機関では,それぞれの研究室での経験に基づいた方法で実施していて,標準化された方法が使われないことが多い.さらに,開発者以外の研究機関では環境問題をみつけるという意識で研究することから,有害性があるというデータは出版されやすく実用化に対して否定的なデータとして使われかねない.以上のように蓄積されたリスクアセスメントで終わりではなく,認可されるかどうかはリスクマネージメントの問題である.つまり,効果と安全性と社会的必要性が比較される.リスクを許容できるかどうか審査されるのである.実用化を目指すためには,実用化までに必要なことを見据えて取り組んでいくことで,その道のりを短くできる.

生分解性の防汚剤

現在,日本で1 t以上の新規化学物質を製造または輸入しようとする場合は化審法に基づいて試験を実施して届けなければならない.その第1の試験が生分解性の試験であり,一般の化学物質でも生分解性があることがメリットであることは間違いない.現在は,海洋プラスチックの問題に関心が高まり,その対策としてレジ袋の無料配布がなくなるなど日常生活にも影響が大きい.分解しないというプラスチックのメリットであったことが,デメリットとしてとらえられるようになっている.防汚剤では,海水中の濃度が生態毒性を示す濃度に達することが少なくなく,薬剤徐放型の限界が言われることもあるが,生分解性があれば問題ない.実際,Seanine-211は生分解性を売りにしている.

ポリグリコール酸は,生分解性樹脂である.ポリグリコール酸樹脂は付着生物ヒドロ虫類クダウミヒドラのアクチヌラ幼生の付着を抑制し,一旦付着に成功しても剥離脱落させた.この作用には,幼生が樹脂表面に接触する必要があり,樹脂から化学物質が溶出する必要はない.また,アクチヌラ幼生の付着にはCa2+が一定濃度以上存在することが必要であることが知られており,ポリグリコール酸はCa2+と強く相互作用することによって付着を抑制すると考えられている(14)14) 山下桂司,神谷享子,肖 瑛閣,村野大輔,山根和行:日本マリンエンジニアリング学会誌,52, 25 (2017)..さらに,付着珪藻およびフジツボ幼生の付着も抑制するうえ,工業製品として大量生産されている材料であることから,今後の展開が期待される.

最近の試みとして,生分解性の界面活性剤の利用がある.船体の中でも,シーチェスト(水の取り組み口)やプロペラなどのようなニッチ部は完全な塗装がしにくく剥がれやすいことから,特別の防汚対策が必要である.脂肪族カチオン界面活性剤を直接注入することで付着を防止することができた(15)15) 金子 仁,津金正典,高嶋恭子:日本マリンエンジニアリング学会誌,46, 602 (2011)..本薬剤0.5 ppmの場合24時間で生分解することがわかっている.このように生分解性が高ければ実用化に向かう可能性が十分にある.生分解性を確認しているわけではないが,筆者らが海洋シアノバクテリアから発見した界面活性を有する化合物serinolamide C(図2図2■付着阻害活性が報告されている天然有機化合物の例)は,タテジマフジツボのキプリス幼生に対して付着阻害活性を示すことも報告している(16, 17)16) J. J. Mehjabin, W. Liang, J. G. Petitbois, T. Umezawa, F. Matsuda, C. S. Vairappan, M. Morikawa & T. Okino: J. Nat. Prod., 83, 1925 (2020).17) J. Petitbois, L. O. Casalme, J. A. V. Lopez, W. A. Alarif, A. Abdel-Lateff, S. S. Al-Lihaibi, E. Yoshimura, Y. Nogata, T. Umezawa, T. Okino et al.: J. Nat. Prod., 80, 2708 (2017)..これまで,界面活性がある化合物の付着阻害活性は観察されてきたものの,重要視されてこなかった感がある.付着生物に限らず他の生物にも影響があると考えられるからだと思われるが,生分解性に着目したり,使い方を工夫したりするなどの可能性がある.

図2■付着阻害活性が報告されている天然有機化合物の例

付着阻害活性を有する天然物

1980年代から付着阻害活性を有する天然物の探索研究が展開されてきて,これまでに多くの化合物に付着阻害活性が報告されてきた.イベルメクチンやカプサイシンが実用化に向けて開発されてきているということが成功例として挙げられる.以前の報告については筆者の最近の総説(6, 7)6) J. G. Petitbois, 沖野龍文:日本マリンエンジニアリング学会誌,52, 33 (2017).7) 沖野龍文:塗装工学,54, 452 (2019).を参照していただくとして,本稿ではごく最近の報告の中から活性の強い化合物を中心に,筆者らの研究も含めて紹介したい (図2図2■付着阻害活性が報告されている天然有機化合物の例).

大西洋岸熱帯雨林のAspidosperma australeから得られたインドールアルカロイドのN-methyltetrahydroellipticineは,ムラサキイガイの付着をEC50 1.78 nmol/cm2という微量で抑制した(18)18) M. Pérez, C. M. Pis Diez, M. B. Valdez, M. García, A. Paola, E. Avigliano, J. A. Palermo & G. Blustein: Chem. Biodivers., 16, e1900349 (2019)..また,45日間の海域での浸漬試験においては対照区でみられた緑藻,紅藻,ホヤ,コケムシの付着は全くなく,褐藻,ゴカイ,フジツボの付着も顕著に抑えた.類縁体のellipticineが細胞毒性物質として着目されているのに比べて,本化合物は細胞毒性がみられず安全性が高い.海洋天然物が微量しか得られずしばしば化合物の供給が問題となるに対して,持続可能な供給が可能であると主張している.

海綿Grantia compressaから単離されたカビEurotium chevalieriから得られたジケトピペラジンcyclo-L-Trp-L-Alaは,ムラサキイガイの足糸形成にかかわるチロシナーゼをLOEC(Low observable effect concentration)0.01 µg/mLで阻害した(19)19) E. Bovío, M. Fauchon, Y. Toueix, M. Mehiri, G. C. Varese & C. Hellio: Mar. Biotechnol., 21, 743 (2019)..また,海洋性付着細菌Polaribacter irgensiiの成長を阻害することなく,付着をLOEC 0.001 µg/mLで阻害した.しかしながら,ほかに試験した4種の細菌の付着は阻害せず,微細藻類に対しては成長を阻害する濃度かそれより高い濃度でしか付着を阻害しなかった.本化合物ではフジツボやイガイを用いた生物試験は実施されていないが,より複雑なジケトピペラジンであるbarettinにセロトニン受容体を介するフジツボに対する強い付着阻害活性が以前に報告されている(20)20) E. Hedner, M. Sjögren, P. Frändberg, T. Johansson, U. Göransson, M. Dahlström, P. Jonsson, F. Nyberg & L. Bohlin: J. Nat. Prod., 69, 1421 (2006)..Barettinの合成類縁体はよく研究されているが,ジケトピペラジン類は神経伝達物質の受容体に作用する構造も考えることができることもあり,まだ調べる必要がありそうである.

渦鞭毛藻Vulcanodinium rugosumから単離されたスピロ環状イミンのportimineはユウレイボヤ幼生の付着をEC50 0.06 ng/mLという非常に低い濃度で阻害した(21)21) D. G. Brooke, G. Cervin, O. Champeau, D. T. Harwood, H. Pavia, A. I. Selwood, J. Svenson, L. A. Tremblay & P. L. Cahill: Biofouling, 34, 950 (2018)..ヨーロッパフジツボ幼生に対してはEC50 18 ng/mLで付着を阻害した.ユウレイボヤに対する活性は現行の防汚剤やこれまで論文で報告されてきた天然物に比べて最も強いものである.ただし,この複雑な構造がそのまま防汚剤になるとは考えられない.たとえば容易に合成可能な部分構造だけで活性を示すかどうか調べる必要がある.

海洋放線菌Streptomyces aculeolatusから単離されたnapyradiomycin類には付着細菌に対する阻害活性とともにムラサキイガイ幼生の付着を阻害することが報告された.特にA80915CのEC50は0.1 µg/mLであった(22)22) F. Pereira, J. R. Almeida, M. Paulino, I. R. Grilo, H. Macedo, I. Cunha, R. G. Sobral, V. Vasconcelos & S. P. Gaudêncio: Mar. Drugs, 18, 63 (2020)..放線菌であるので発酵生産が可能であるし,筆者はnapyradiomycin類のクロロペルオキシダーゼによる塩素化反応を報告しており,生合成酵素クラスターの異種生産による合成も報告されている(23, 24)23) P. Bernhardt, T. Okino, J. M. Winter, A. Miyanaga & B. S. Moore: J. Am. Chem. Soc., 133, 4268 (2011).24) S. M. K. McKinnie, Z. D. Miles, P. A. Jordan, T. Awakawa, H. P. Pepper, L. A. M. Murray, J. H. George & B. S. Moore: J. Am. Chem. Soc., 140, 17840 (2018)..付着阻害物質の類縁体合成の研究はこれまでも盛んであったが,生合成研究と組み合わせることで類縁体研究はさらに展開することができる.

紅藻のソゾ類(Laurencia)は,多彩なハロゲンを含む化合物が報告されてきていることで有名である.筆者らもタテジマフジツボ幼生による付着阻害活性試験を用いてソゾ由来の化合物を調べてきた.その結果,omaezalleneを含む多くの化合物の付着阻害活性を報告した(25, 26)25) T. Umezawa, Y. Oguri, H. Matsuura, S. Yamazaki, M. Suzuki, E. Yoshimura, T. Furuta, Y. Nogata, Y. Serisawa, T. Okino et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 3909 (2014).26) Y. Oguri, M. Watanabe, T. Ishikawa, T. Kamada, C. S. Vairappan, H. Matsuura, K. Kaneko, T. Ishii, M. Suzuki, T. Okino et al.: Mar. Drugs, 15, 267 (2017)..最近Dedosらはソゾ由来の25種類の化合物の付着阻害活性を調べている(27)27) M. Protopapa, M. Kotsiri, S. Mouratidis, V. Roussis, E. Ioannou & S. G. Dedos: Mar. Drugs, 17, 646 (2019)..興味深いことは最有力な化合物としてEC50が0.5 μMと必ずしも高くないperforenolを選んでいることである.同じ論文でperforatoneはEC50 0.002 μM, LC50 38 μMと付着阻害濃度が極めて低く,致死濃度との差も1万倍以上あるにもかかわらずである.この論文では各種生物および細胞に対する毒性試験を実施しており,perforatoneはその第1段階である甲殻類のアルテミアに対する毒性が高かったため候補から排除された.彼らはソゾ由来の付着阻害物質ではomaezalleneとperforenolなどの3種だけが防汚剤の候補であると結論づけている.筆者らが報告した化合物も含まれているが,研究室によって実施している試験法(特に毒性試験)が違うので,別の判断もあり得ると考える.ただし,付着阻害活性の強さだけを重視せず,合成コストや毒性を考えて開発の候補物質を選択する傾向はほかでもみられる.

香港科技大のQianは長年にわたって付着生物を研究してきたが,海洋放線菌から単離された化合物をもとに設計したブテノライド(5-octylfuran-2(5H)-one)を実用化させようと開発を進めている.しかし,この化合物もフジツボ幼生に対する付着阻害活性はEC50 0.5 µg/mLで,極めて高いと言うほどではない.合成コストや他の生物に対する毒性の低さなどが選択の鍵となった.最新の論文では,生分解性のポリ乳酸をベースとしたポリウレタンポリマーにコーティングして,長期間ブテノライドの放出が続いて活性が維持されることや,ポリマーの生分解性を確認している(28)28) H. Y. Chiang, J. Pan, C. Ma & P. Qian: Biofouling, 36, 200 (2020).

シアノバクテリアOkeania sp. からは前述のserinolamide類に加えて,lyngbyabellin類とdolastatin 16が付着阻害物質として単離された(16)16) J. J. Mehjabin, W. Liang, J. G. Petitbois, T. Umezawa, F. Matsuda, C. S. Vairappan, M. Morikawa & T. Okino: J. Nat. Prod., 83, 1925 (2020)..Lyngbyabellin類には細胞毒性や抗マラリア活性なども知られているが,lyngbyabellin OはEC50 0.24 µg/mLでフジツボ幼生に対して付着阻害活性を示す一方で,細胞毒性を示さなかった.Dolastatin 16は細胞毒性物質として単離されたものの合成品では活性が認められず,別のグループが独立にEC50 3 ng/mLという強い付着阻害活性を報告した化合物である.筆者らが再単離した化合物と全合成した化合物を試験したところ,細胞毒性は示さないが付着阻害活性は強いことを確認した.

おわりに

医薬品の開発には10~20年の期間がかかると言われるが,防汚剤の開発も変わらない.Selektopeの例でも10年以上の開発期間が必要であった.医薬品がヒトだけが対象であるのに対して,防汚剤はターゲットとなる生物がフジツボだけでなく,イガイ,ヒドラ,コケムシ,海藻と多種にわたって,農薬のような選択性が強いことが必ずしも優位に働かない.さらには,安全性という観点では海洋生物全般に対する安全性が担保されなければならない.そこで,生分解性が高い,あるいは微量しか使わないことで海水中に高濃度に残存しないなどの性質が必須である.逆にそのような性質があって,生産コストが安くできれば,新しい防汚剤を生み出すことができる.

これまで付着・変態機構に広くかかわるCa2+や神経伝達物質の作用を抑制する物質,付着細菌のクオーラムセンシングの阻害物質などの開発が進んできた(6, 29)6) J. G. Petitbois, 沖野龍文:日本マリンエンジニアリング学会誌,52, 33 (2017).29) L. Chen & P. Qian: Mar. Drugs, 15, 264 (2017)..変態にかかわる幼若ホルモンの関連物質,界面活性物質,イガイの接着物質を生成する酵素の阻害物質,接着タンパク質を分解するプロテアーゼなども報告されてきた.一方,フジツボのセメントタンパク質やフェロモンの研究は飛躍的に進んでおり,このような研究成果を生かした防汚剤の開発が望まれるところである.付着・変態機構の基礎的研究に根ざしながらも,製品化への長いプロセスを見越した開発を進めることが,フジツボとの長い戦いに勝つために必要である.

Reference

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30) 芳賀拓真,西本篤史:“新・付着生物研究法”,恒星社厚生閣,2017, p. 196.