Kagaku to Seibutsu 59(1): 23-29 (2021)
解説
被子植物における性の成立と進化性の多様性を駆動する「植物らしさ」とは?
Establishment and Evolution of Sexuality in Angiosperm: Specificity of Plants Driving Sexual Diversities
Published: 2021-01-01
「性」は動植物を問わず,遺伝的多様性を維持するための根幹機構である.しかし,動物に代表されるような画一的な性決定システムとは対照的に,植物は,祖先型である両全性から系統独立的に何度も性の成立・逸脱を繰り返してきた.植物の遺伝的な性に関する研究は100年以上に及ぶが,性別決定因子はまだ数えるほどしか発見されておらず,その制御機構や進化過程も多くが謎に包まれている.いまだ黎明期にある植物の性決定研究であるが,そのシステムの多様性のなかにあって,植物特異的な性質や歴史から垣間見える「一般性」も確かに存在するようであり,本稿では,植物性決定因子の発見に関する最新の知見の中から,その多様性を駆動する仕組みについて考える.
Key words: 雌雄異株性; 性染色体; 倍数化; 栽培化; 遺伝子倍化
© 2021 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2021 公益社団法人日本農芸化学会
植物において遺伝的に分離する性(雌雄異株性:Dioecy,本稿中では「性別」と定義)は1903年ウリ科植物であるブリオニア(Bryonia dioica)において初めて確認された(1)1) C. Correns: Ber. Dtsch. Bot. Ges., 21, 133 (1903)..その後,性別と連鎖する性染色体が,基部陸上植物では1917年にコケ植物タンゴゴケ科の一種(Sphaerocarpus)において(2)2) C. E. Allen: Science, 46, 466 (1917).,被子植物では1923年にヒロハノマンテマ,スイバ,ホップにおいて同定され,現在までに40以上の植物で性染色体が観察されている(3)3) R. Ming, J. Wang, P. H. Moore & A. H. Paterson: Am. J. Bot., 94, 141 (2007)..性染色体は主にXY型(オスヘテロ)およびZW型(メスヘテロ)に分類され,多くの性別を有する植物はXY型の性染色体構成を示すと考えられている(表1表1■性別を有する植物種における性染色体型・性決定モデルと性決定遺伝子).また,動物と同様に,植物の性染色体は年代が進むごとにY染色体の構造が崩壊してオス特異的な領域(Male-Specific region of Y chromosome; MSY)が増大し,最終的にはY染色体がなくなる(XO型)と考えられている.実際に,スイバではY染色体が消失してXO型となっているが,この種では後述するようにX染色体と常染色体の比によって性が決定する.
植物種 | 性染色体型 | 性決定モデル | 性決定遺伝子 | 性決定遺伝子の推定機能 | 性決定遺伝子の成立要因 | Y特異的領域 |
---|---|---|---|---|---|---|
カキ属 | XY | 一因子 | OGI | MeGIへのRNA干渉 | 全ゲノム倍化 遺伝子倍化 | 非常に短い |
アスパラガス | XY | 二因子 | SOFF・TDF1 | 雌ずい形成阻害 葯形成維持 | 部分ゲノム倍化 | 非常に短い |
キウイフルーツ (マタタビ属) | XY | 二因子 | Shy Girl・Friendly boy | サイトカイニンシグナル阻害 タペート層の正常崩壊を促進 | 全ゲノム倍化 | 非常に短い |
オランダイチゴ属 | ZW | 転移遺伝子カセット | GMEWなど (候補遺伝子) | 果実/花粉の発達に関与 | 遺伝子転移 | |
ポプラ属 | XY, ZW | 一因子 | ARR17 | サイトカイニンシグナル伝達 | 遺伝子倍化・欠失 | 非常に短い |
ナツメヤシ | XY | 二因子 | LOG-likeなど (候補遺伝子) | 雌ずい形成阻害 | 遺伝子倍化&移行 | |
パパイヤ | XY | 二因子 | 未同定 | 短い | ||
ブドウ | XY | 二因子 | VviYABBY3 VviINP1 (候補遺伝子) | 雌ずい形成阻害 葯の形成維持 | 非常に短いまたは無い | |
ヒロハノマンテマ | XY | 二因子 | 未同定 | 長い | ||
スイバ | XO | X : Aバランス | 未同定 | Y染色体の消滅 | ||
ヤマノイモ | ZW | 未同定 |
これまでにXY型の性決定様式を基礎として幾つかの性決定因子進化モデルが提案されており,最も有名なものはD. CharlesworthとB. Charlesworthによって1978年に提唱された「二因子説(two-mutation model)」である.このモデルでは,両全性を出発点とした雌雄異株性の成立には以下の2つのイベント,1. X染色体におけるオス機能維持因子(Male-promoting factor; M因子)の機能損失(M→m),2. Y染色体上に成立する新しく進化したメス器官抑制因子(Suppressor of Feminization; SuF)の獲得が必要であるとされてきた(4)4) B. Charlesworth & D. Charlesworth: Am. Nat., 112, 975 (1978).(図1A図1■二因子説および単一因子による性の成立).一部の植物種,ヒロハノマンテマやパパイヤなどでは,雄個体の変異による両全性個体の出現など,二因子説を支持する遺伝的証拠が見つかっており,後述するアスパラガスやキウイフルーツについては実際の二因子の同定が行われている.一方で,哺乳類におけるSRYなどと同様の単一遺伝子で決定する雌雄異株性の成立機構が,ウリ科植物における人工的進化を実証例としたモデルが提案されている(5)5) A. Boualem, C. Troadec, C. Camps, A. Lemhemdi, H. Morin, M. A. Sari, R. Fraenkel-Zagouri, I. Kovalski, C. Dogimont, R. Perl-Treves et al.: Science, 350, 688 (2015)..ここでの前提条件は上の二因子説とは異なり,雌雄異花同株性(monoecy)を出発点とした進化である(図1B図1■二因子説および単一因子による性の成立).つまり,雄花・雌花への経路が内的環境要因によって決定している状態から,雌雄のバランスが不均衡になった場合の適応進化として,反対方向への性転換を成立させる遺伝的因子の選抜が行われるだろう,というモデルである(6)6) D. Charlesworth: J. Exp. Bot., 64, 405 (2013)..この単一因子による性決定機構については,最近のカキ・ポプラの研究からも詳細が明らかとなってきており,詳しくは後述する.
これまでに同定された各植物種の性別決定因子は,基本的に非同祖な分子種に由来しており,その制御分子機構もさまざまである(表1表1■性別を有する植物種における性染色体型・性決定モデルと性決定遺伝子).ここでは,前述の一因子および二因子による決定機構に基づいて紹介を行う.
一因子タイプの性別決定機構として,カキ属およびポプラ属の性決定遺伝子がこれまでに同定されている.カキ属は植物における性別決定遺伝子が初めて同定された植物種であり,Y染色体がコードする非翻訳small-RNA遺伝子OGI(雄木)と,常染色体上においてその抑制標的となり,雌化を統御するHD-Zip1ファミリーのHomeobox遺伝子MeGI(雌木)によって性別が決定する(7)7) T. Akagi, I. M. Henry, R. Tao & L. Comai: Science, 346, 646 (2014)..この発見(2014年)と同時期にカイコにおいても遺伝的な性決定の最上流因子として小分子RNA(piRNA)が同定されており(8)8) T. Kiuchi, H. Koga, M. Kawamoto, K. Shoji, H. Sakai, Y. Arai, G. Ishihara, S. Kawaoka, S. Sugano, T. Shimada et al.: Nature, 509, 633 (2014).,いずれも長きにわたって謎に包まれていた性決定システムの最上流が非翻訳遺伝子であったという共通項は興味深い.カキの一因子による性決定機構について,MeGIはメス器官促進・オス器官抑制という2つの拮抗する経路を一括して制御しており,これらの経路の中心的な遺伝子として,メス器官ではKNOXファミリーやOvate Family Protein(OFP),オス器官ではSHORT VEGETATIVE PHASE(SVP)やその下流制御を受けるPISTILLATA(PI)の存在が示唆されている(9)9) H. W. Yang, T. Akagi, T. Kawakatsu & R. Tao: Plant J., 98, 97 (2018)..
同じく,一因子タイプ性決定様式をもつポプラ属(Populus)だが,属内において複数の独立した性決定機構を成立させており,XY型としてはP. tremuloides, P. tremula/P. trichocarpa, P. balsamiferaが,ZW型としてはP. albaにおける性決定機構が明らかにされている.XY–ZW型間はもとより,同じXY型であってもその決定機構はいくつかのグループ間で独立しており,興味深いことに,たった一つのType-A Arabidopsis Response Regulator 17(ARR17)様の遺伝子の進化によって,これらすべての性決定機構が説明可能である(10)10) N. A. Müller, B. Kersten, A. P. L. Montalvão, N. Mähler, C. Bernhardsson, K. Bräutigam, Z. C. Lorenzo, H. Hoenicka, V. Kumar, M. Mader et al.: Nat. Plants, 6, 630 (2020)..XY型性決定ではproto-Y染色体上におけるARR17の逆位配列の形成が独立して複数回起こり,いずれもsmall-RNAを産出しDNAメチル化によるARR17の発現抑制が生じている.一方で,ZW型ではproto-Z染色体上におけるARR17の欠損によって,ZZ個体ではARR17発現消失が生じて雄個体となる(10)10) N. A. Müller, B. Kersten, A. P. L. Montalvão, N. Mähler, C. Bernhardsson, K. Bräutigam, Z. C. Lorenzo, H. Hoenicka, V. Kumar, M. Mader et al.: Nat. Plants, 6, 630 (2020)..カキ属・ポプラ属いずれもXY型性決定システムにおいては「顕性のサプレッサー」が新規に生じることで性別が成立しており,この共通性には二因子説における「SuF」(図1A図1■二因子説および単一因子による性の成立)の成立とつながるものがある.実際,両全性もしくは雌雄異花同株(monoecy)を出発点と考えた時に,単なる「機能欠損(loss-of-function)」だけでは単性個体の出現を説明するのは難しく,この際に「顕性のサプレッサー」が必要となることが推察される.
一方,二因子説を支持する植物として,最初に性決定遺伝子(群)が同定されたのはアスパラガス(Asparagus officinalis)である.アスパラガスの性の成立は比較的新しく(~100万年前),Y染色体におけるMSY領域は非常に小さいため,その中に座乗する性決定因子の同定に有利であると考えられていた.アスパラガスでは,オス機能維持遺伝子(二因子説におけるM因子)としてMYBファミリーに属するTDF1(MYB35またはDefective in Tapetal Development and Function 1)(11~13)11) A. Harkess, J. Zhou, C. Xu, J. E. Bowers, R. Van der Hulst, S. Ayyampalayam, F. Mercati, P. Riccardi, M. R. McKain, A. Kakrana et al.: Nat. Commun., 8, 1 (2017).12) K. Murase, S. Shigenobu, S. Fujii, K. Ueda, T. Murata, A. Sakamoto, Y. Wada, K. Yamaguchi, Y. Osakabe, K. Osakabe et al.: Genes Cells, 22, 115 (2017).13) D. Tsugama, K. Matsuyama, M. Ide, M. Hayashi, K. Fujino & K. Masuda: Sci. Rep., 7, 1 (2017).が同定され,メス器官抑制因子(二因子説におけるSuF)としては機能未知の分子種であるSuppressor of Female Function(SOFF)と名付けられた因子が同定された(11)11) A. Harkess, J. Zhou, C. Xu, J. E. Bowers, R. Van der Hulst, S. Ayyampalayam, F. Mercati, P. Riccardi, M. R. McKain, A. Kakrana et al.: Nat. Commun., 8, 1 (2017)..この研究は「少なくとも2つの因子に依存した性決定機構」が存在することを初めて実証したものである.
キウイフルーツにおいてもY染色体がコードする2つの性決定因子が同定されている.キウイフルーツはアスパラガスと同様にY染色体上のMSYが非常に小さく,性決定因子の遺伝学的な絞り込みが容易であったが,アスパラガスとは対照的に,その性成立の時期は2,000万年前以上に遡る.キウイフルーツでは,メス器官抑制因子(SuF)としてサイトカイニンシグナルを負に制御するtype-C ARR22/24様のShy Girlと名付けられた遺伝子が,オス機能維持遺伝子としてFriendly Boyと名付けられたFasciclin様の遺伝子がそれぞれ同定された.Shy Girlは,約2,000万年前の全ゲノム倍化に伴う遺伝子倍化と,その後の発現調節配列(cis因子)における積極的な新機能獲得に起因したY染色体上の新規遺伝子であることが示唆されており,他方,Friendly Boyは被子植物群で保存される既存のオス機能維持因子がキウイフルーツのX染色体特異的に機能を失うことで成立したものである(14)14) T. Akagi, S. M. Pilkington, E. Varkonyi-Gasic, I. M. Henry, S. S. Sugano, M. Sonoda, A. Firl, M. A. McNeilage, M. J. Douglas, T. Wang et al.: Nat. Plants, 5, 801 (2019)..これら性決定二因子の進化過程は1978年に提案された二因子説と完全に一致するものであり,分子進化学的な実証としての位置づけをもつだろう.しかし,ここでの最大の驚きは,DNA解析さえ定着していない1978年の理論進化学的推論が,現代の最新技術を用いたゲノムワイド解析の結果に寸分違わず及んでいることである.
近年,カキ属二倍体野生種であるマメガキの全ゲノム情報が解読され,カキ属植物が進化の中で系統特異的に経験した「古ゲノム倍化」の痕跡が発見された(15)15) T. Akagi, K. Shirasawa, H. Nagasaki, H. Hirakawa, R. Tao, L. Comai & I. M. Henry: PLOS Genet., 16, 1 (2020)..「ゲノム倍化」は生物に共通した大規模な進化であり,ゲノムワイドに遺伝子セットが増えることによって遺伝子の機能分化や新機能獲得が生じることが知られているが,特に植物では非常に頻繁にかつ系統特異的にゲノム倍化が生じることがわかっている(16)16) Y. Van de Peer, E. Mizrachi & K. Marchal: Nat. Rev. Genet., 18, 411 (2017)..興味深いことに,カキ属のMeGIの性決定機能はカキ属特異な古ゲノム倍化に由来すると考えられ,Sister of MeGIと名付けたパラログが本来有していない「顕性のメス化機能(オス器官のサプレッサー)」を古ゲノム倍化後の積極的な適応進化によって新たに獲得したことが明らかとなった.さらに,その後のカキ属特異的な部分ゲノム倍化(遺伝子倍化)によって,現在の性染色体(Y染色体)の核であるMeGIのサプレッサー「OGI」が成立したことが示唆された.これらの結果は,本来は性決定へ関与しなかった遺伝子群が,カキ属特異的なゲノム・遺伝子倍化によって,新しく性決定機能を獲得するように進化したことを示すものであった.
さて,この「系統特異的なゲノム・遺伝子倍化が性の成立を(積極的に)もたらす」という進化機構はカキ属のみならず,他植物種の性決定遺伝子にも当てはまる(図2図2■ゲノム・遺伝子倍化による性決定因子の獲得).アスパラガスにおいては,部分ゲノム倍化によってSOFFが新規にSuFとして成立しており(13)13) D. Tsugama, K. Matsuyama, M. Ide, M. Hayashi, K. Fujino & K. Masuda: Sci. Rep., 7, 1 (2017).,上述のとおり,キウイフルーツでは,マタタビ属特異的な全ゲノム倍化をきっかけとしてShy Girlが新規発現パターンを獲得してSuFとして機能することが示唆された(17)17) T. Akagi, I. M. Henry, H. Ohtani, T. Morimoto, K. Beppu, I. Kataoka & R. Tao: Plant Cell, 30, 780 (2018)..また,ポプラ属のXY型性決定機構では,独立した複数回の遺伝子倍化によって既存のARR17を抑制するsmall-RNA産出システムを獲得して性決定が成立している.ナツメヤシの性決定遺伝子候補のLOG-like遺伝子は,系統特異的な遺伝子倍化が生じた後に,MSY内へ転置することによって新しくY染色体が生じたことが示唆されている(18)18) M. F. Torres, L. S. Mathew, I. Ahmed, I. K. Al-Azwani, R. Krueger, D. Rivera-Nuñez, Y. A. Mohamoud, A. G. Clark, K. Suhre et al.: Nat. Commun., 9, 1 (2018)..さらに,北アメリカに生息する八倍体種の野生イチゴ(Fragaria virginiana)およびF. chiloensisはZW型の性決定様式をもつが,生息地域によって「性染色体が異なる」という特徴をもっている.これは性決定候補遺伝子群を含む13 kbの短い転移因子カセットが現在進行形でゲノム中を飛び回り,新しい性決定遺伝子座を絶え間なく更新していることに起因することが明らかになっている(19)19) J. A. Tennessen, N. Wei, S. C. K. Straub, R. Govindarajulu, A. Liston & T. L. Ashman: PLOS Biol., 16, 1 (2018)..これも広義の遺伝子倍化による影響と見ることができるだろう.
被子植物は種間で独立した性決定因子を成立させてきた.これまでに同定された各植物種の性決定因子の成立過程を見てみると,いずれもゲノム倍化または大規模な遺伝子倍化が関与しており,この系統特異的な倍化現象が植物の多様な性決定機構の成立に寄与していると考えられる.
以上の例から「性の成立」と「遺伝子倍化」というキーワードは非常に強く関連しているように思われる.これは理論進化的にも理にかなったものであり,両全性を祖先とする植物において,性の成立には多くの場合,二因子説のSuFに代表されるような「顕性のサプレッサーの成立」が必要である.しかし,既存の必要因子の機能欠損において顕性のサプレッサーを新生させることは難しく,遺伝子倍化による余剰遺伝子の産出はサプレッサーと言う新機能の獲得に良い機会として機能するのだと思われる.進化のなかでごく限られたゲノム倍化しか経験していない動物とは対照的に,植物は現存する8割以上の種が系統特異的なゲノム倍化を経験しており,遺伝子倍化も頻繁に繰り返している(16)16) Y. Van de Peer, E. Mizrachi & K. Marchal: Nat. Rev. Genet., 18, 411 (2017)..つまり,大野乾博士の「遺伝子重複説」(1970年)に共通する概念でもあるが,植物の「頻繁に起こる系統特異的な倍化」という特徴こそが,植物の多様な性決定機構の成立に寄与している可能性が考えられるだろう.
ここまで,「性の成立」にかかわるゲノム・遺伝子倍化の例を見てきたが,一方で,ゲノム倍化(倍数化)は「性を逸脱させる」方向に寄与することも古くから提唱されている(20)20) L. Comai: Nat. Rev. Genet., 6, 836 (2005)..カキ属の二倍体種は基本的に画一的な性別を有するが,高次倍数性種ではしばしば両性花を着生し,同個体中に雄花・雌花の両者を着生する雌雄異花同株性(monoecy)へと変化することが示唆されている.近年,このメカニズムの一端が六倍体の栽培ガキを中心として明らかとなりつつある.六倍体栽培ガキは,Y染色体(OGI)をもつ個体が雌雄異花性を示すが,この作用機作はOGIプロモーター領域おけるSINE様トランスポゾンKaliの挿入によるOGIの半不活化と,六倍体特異的なOGI・MeGIのエピジェネティックスイッチの成立に起因する(21)21) T. Akagi, I. M. Henry, T. Kawai, L. Comai & R. Tao: Plant Cell, 28, 2905 (2016).(図3図3■六倍体栽培ガキにおけるエピジェネティック制御による「性の揺らぎ」). OGIプロモーターにおけるKali-SINE配列には歴史的に非常に強いボトルネックがかかっており,六倍体種の出現時においてこのOGIの封印システムに強い選抜がかかった可能性がうかがえる.
二倍体ではY染色体上に存在するOGIが安定的にsmall-RNAとなってMeGIの発現を抑制することで画一的に雄花が着花する.一方で,六倍体栽培ガキではOGI, MeGIに対する2つのエピジェネティック制御が成立し,これらのON-OFFによって,個体内における花単位の性が可塑的に決定するようになる.
また,倍数化が関与した性の揺らぎとして,スイバを例とした「染色体バランスによる遺伝的な性の可塑性」について簡単に紹介する.スイバはXO型の染色体をもちY染色体は消失しており,X染色体と常染色体(A)の比率によって性が決定する.正常な二倍体においては明確な雌雄個体の分離が見られるが,倍数体(異数体)においてこの通常のバランスが崩れた際に中間的な性表現(間性)が現れることが知られている.ここでは,XとAの比が0.5以下では雄,1.0では雌だが,0.67~0.86では間性を示し,多様な性表現を示す(22)22) 小野知夫:遺伝学雑誌,25, 211 (1950)..興味深いことに,この量的決定システムと間性の出現条件はショウジョウバエにおいても同様であり,植物–動物を超えた共通の性の揺らぎのシステムが存在していることを示している.
また,植物に特異な進化の一つとして「栽培化」が挙げられる(「家畜化」と同じく「domestication」と英訳されるが,異なる概念での選抜過程が多いため区別化する).多くの作物は「栽培化」を経験した種であり,その中で「性」を有する作物は意外と多い.さて,栽培化という歴史的イベントにとっての命題は「安定供給」と「均一性」であるが,これが植物の他殖性と拮抗することはよく知られている(23)23) D. G. Rowlands: Euphytica, 13, 157 (1964)..実際,性をもつ植物の栽培化の過程では,自殖による均質な安定供給を求めて両全性への変異が優先的に選抜されてきた.パパイヤでは栽培化(もしくは品種分化)の過程においてY染色体上に座乗するSuFの変異によってオス個体から両全性への回帰が起こったと考えられている(24)24) J. Wang, J. K. Na, Q. Yu, A. R. Gschwend, J. Han, F. Zeng, R. Aryal, R. VanBuren, J. E. Murray, W. Zhang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 13710 (2012)..この両全性を生み出すY染色体(Yh)の変異領域には強い人為選択の痕跡(selective sweep)が検出され,約4,000年前に両全性個体が優先的に選抜された歴史が見えている.また,ブドウ属(Vitis)の多くの種はXY型の性決定機構を有するが,栽培ブドウ(V.viniferaなど)は栽培系統のほとんどが両全性を示す.これは,性決定の候補因子であるオス機能抑制因子VviINP1およびメス器官抑制因子VviYABBY3の間での組み換えによるものであり(25)25) M. Massonnet, N. Cochetel, A. Minio, A. M. Vondras, J. Lin, A. Muyle, J. F. Garcia, Y. Zhou, M. Delledonne, S. Riaz et al.: Nat. Commun., 11, 1 (2020).,ヨーロッパブドウの栽培化初期においてこの組み換え領域に強い選抜がかかっていることが示されている(26)26) Y. Zhou, M. Massonnet, J. S. Sanjak, D. Cantu & B. S. Gaut: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 11715 (2017)..いずれも植物に特異な栽培化というイベント下での人為選抜によって両全性が広く分布することができたモデルケースである.
植物の「多様な性」の由来となる「性の成立・逸脱」の制御機構はさまざまであり,一見すると植物間における「性」の制御に分子的な共通性は見当たらないかもしれない.しかし,その原因となる進化学的な理由・現象には,ある一定の一般性が見え隠れしている.特に,植物に特異な「頻繁に起こるゲノム倍化(倍数化)」や「栽培化による選抜」が,性の成立・逸脱の両者を駆動しているということは特筆すべきであろう.植物の性決定研究はいまだ黎明期であり,ここで挙げた性進化の一般性の理解のためには,さらなる分子遺伝学的な証拠が必要である.これまで植物性決定(特に性染色体進化)のモデルとされてきたヒロハノマンテマやパパイヤにおける性決定遺伝子は未同定であり,今後これらの植物種においても決定因子が特定されれば,性染色体の動態を含む複合的な進化形態の共通性が明らかにされるだろう.
Reference
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