セミナー室

アーバスキュラー菌根共生における共生シグナルとしてのストリゴラクトンストリゴラクトンによるアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐誘導

Kohki Akiyama

秋山 康紀

大阪府立大学大学院生命環境科学研究科

Published: 2021-01-01

はじめに

アーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhizal fungi; AM菌)はコケ植物,シダ植物,種子植物を含む約70%以上の陸上植物と共生し,土壌中のリンや窒素,ミネラルなどを宿主に供給する有用土壌微生物である(1)1) A. Genre, L. Lanfranco, S. Perotto & P. Bonfante: Nat. Rev. Microbiol., 18, 649 (2020)..AM菌はケカビ門(Mucoromycota)のグロムス菌亜門(Glomeromycotina)に属する真菌であり,その起源は古く,植物が陸上に進出した約4億6千万年前のオルドビス紀とされる.AM菌は宿主の根内で樹枝状体と呼ばれる栄養交換器官を形成する.この樹枝状体を英語でarbusculeといい,その形容詞形がarbuscularである.よって,“アーバスキュラー菌根菌”とは,樹枝状体を形成するタイプの菌根菌のことである(図1図1■ミヤコグサ根へのAM菌Funneliformis mosseae(旧名Glomus mosseae)の感染共生).AM菌は絶対共生菌であり,単独では有機炭素をほとんど獲得することができず,生育も極めて限られている.AM菌は共生を介して宿主植物から供給される糖や脂質を利用して生育し,根の外に発達させた外生菌糸に次世代の胞子を形成することで生活環を完結する.胞子の発芽は宿主とは独立しており,温度,水分などの環境条件や休眠解除などの生理状態が整えば,自発的に起こる.AM菌は直径80~500 µmの比較的大型の胞子をもつ.胞子中には多量のトリアシルグリセロールが貯蔵されており,これを栄養源として菌糸を伸長させる.このとき近傍に宿主の根がいなければ,伸長生育を停止して休止状態に入る.しかし,宿主の根が近くにいる場合には,激しく分岐菌糸を形成して根の表面にたどり着き,菌足とよばれる器官を形成し,そこを足場として根の中に侵入して細胞間に伸びる内生菌糸を発達させる.続いて,AM菌は皮層細胞内に侵入して樹枝状体を形成し,そこを介して土壌中から外生菌糸で吸収したリンや窒素,ミネラルを宿主に供給する.一方で,自身は宿主から糖や脂質などの有機炭素を受けとることで相利関係を確立し,共生体としての菌根が形成される.AM菌と宿主との出会いの場で起こる菌糸分岐現象は,菌根研究者によって古くから観察されてきた.この現象は非宿主の根では起こらないことからAM菌の宿主認識反応であり,宿主の根から特異的に分泌される何らかの物質をAM菌が感知することにより起こると考えられた(図2A図2■ストリゴラクトンによるAM菌Gigaspora margarita発芽胞子の菌糸分岐誘導).この未知の菌糸分岐誘導物質を菌根研究者はブランチングファクター(branching factor)と呼び,その解明に力を注いだ(2)2) K. Akiyama & H. Hayashi: Ann. Bot., 97, 925 (2006)..われわれはAM菌Gigaspora margaritaの発芽胞子を用いた菌糸分岐アッセイにおける活性を指標として,マメ科モデル植物であるミヤコグサ(Lotus japonicus)の根分泌物からブランチングファクターの精製を進めた.活性物質は微量でかつ化学的に不安定であり,何度も精製途中で活性が消失し精製実験は難航したが,最終的に18 µgのブランチングファクター活性物質を単離することに成功した.スペクトル解析と化学合成標品との比較により,これを5-deoxystrigol(5DS)と同定した.2005年のことであった.当時,5DSはストライガ(Striga)やオロバンキ(Orobanche)などの根寄生雑草の種子発芽刺激物質として知られていたストリゴラクトン(SL)の一種であった(3)3) K. Akiyama, K. Matsuzaki & H. Hayashi: Nature, 435, 824 (2005)..その後,2008年には枝分かれ過剰変異体がSL欠損変異体であることが判明し,SLがシュート分岐を制御する新規の植物ホルモンであることが明らかになった(4, 5)4) V. Gomez-Roldan, S. Fermas, P. B. Brewer, V. Puech-Pagès, E. A. Dun, J. P. Pillot, F. Letisse, R. Matusova, S. Danoun, J. C. Portais et al.: Nature, 455, 189 (2008).5) M. Umehara, A. Hanada, S. Yoshida, K. Akiyama, T. Arite, N. Takeda-Kamiya, H. Magome, Y. Kamiya, K. Shirasu, K. Yoneyama et al.: Nature, 455, 195 (2008)..ミヤコグサから単離された5DSは天然から同定された6番目のSLであった.あれから15年が経ち,同定された天然SLは30種以上にまで到達した.また,植物ホルモンとして発見された契機となったSL生合成変異体を用いた解析により,SLのAM共生における機能も明らかになってきた.本稿では,SLのAM共生シグナルとしての機能について現在までに蓄積されてきた知見を概観しながら,今後の研究の方向性についても考えてみたい.

図1■ミヤコグサ根へのAM菌Funneliformis mosseae(旧名Glomus mosseae)の感染共生

接種3週間後の様子.トルパンブルー染色により,菌体は濃青色に染まっている.菌足(黄色矢印)から根内に侵入し,細胞間に内生菌糸を走らせた後,皮層細胞に侵入して栄養交換器官である樹枝状体(赤色矢印)を形成する.