化学の窓

生物活性物質開発における多様性指向型合成多様な分子骨格を効率よく生み出すには

Gengo Kashiwazaki

柏﨑 玄伍

近畿大学農学部生物機能科学科

Takashi Kitayama

北山

近畿大学農学部生物機能科学科

Published: 2021-01-01

健康でありたい,病から解放されたいというのは人類の根本的な欲求であり続けてきた.そして古くから天然物由来の薬である生薬が経験的に選ばれ利用されてきた.19世紀になり近代科学の進化が始まると従来の生薬はその成分が単離,同定,構造決定され,さらには有機化学によって物質が合成されるようになった.そして医薬品医療機器総合機構(PMDA)によれば令和元年度に承認された新有効成分含有医薬品37品目のうち28品目は低分子医薬品であり,抗体医薬品をはじめとするバイオ医薬品が勢いを増す近年においても約75%は化学合成による低分子医薬品であることから,この分野で有機化学が大きな成果を上げ続けていることがわかる.

しかしながら標的としてあるタンパク質を設定してもその機能を阻害する低分子を設計することは技術的に困難であるため,多数の分子を合成し,表現型や生化学アッセイによってスクリーニングするというのが創薬の一般的な流れである.

大きなサイズの化合物ライブラリー作製の一つの手法が1990年に登場したコンビナトリアルケミストリーである.特に,固相合成法と組み合わせることで,スプリットプール合成法(あるいはスプリットミックス法,コラム参照)という画期的な手法が使えるようになった.しかし高まる期待に応えるほどの成果は生み出されなかった.一つの合成経路の確立に手間がかかることや,使える反応の数が少ないことから,分子構造の多様性を確保できなかったのである.一方,生物活性のある天然物を元にした化合物ライブラリーもまた,なかなか親化合物と異なる活性の発見にはつながらないという問題を抱えていた.これらのことから,高活性の分子を含むあるいは異なる生物活性をもつ分子が見つかるような実り多い化合物ライブラリーを構築するために重要なことがわかってきた.それは,化合物の数を増やしても,構造の複雑さや多様性がなければ不毛になりかねないということである.構造の複雑さとは環状骨格などの三次元構造の複雑さを指し,同じく三次元的に複雑な表面を有している標的分子との相互作用に重要である.また,構造の多様性とは互いの分子骨格が類似していないということであり,異なる生物活性を発現させるには多様な骨格を作り出す工夫が求められる.

分子の形は生物活性と緊密に関連しており,骨格ライブラリーが多様であれば幅広い範囲の生物学的ターゲットを狙える可能性が高まる.多様性指向型合成(Diversity-Oriented Synthesis; DOS)はそういった要望に応える,複雑な化合物ライブラリーを効率よく作り出すための方法論である.コンビナトリアルケミストリーでは土台となる分子骨格に付属的な構造体と立体化学が変化させられるのに対し,DOSでは分子骨格さえも変えることができるため一気に多様性が広がる.化合物にその物理的・化学的特性に応じた座標を与え,その座標に配置した化合物の総体で構成される空間をケミカルスペースというが,DOSの目的は未踏のケミカルスペース内に存在するかもしれない生物活性物質を合成することにある,ともいえる.2000年にSchreiberによってDOSという概念が導入されてから(1)1) S. L. Schreiber: Science, 287, 1964 (2000). DOSは進化しながらケミカルプローブや創薬におけるリード化合物の創出を成し遂げてきた(2, 3)2) C. J. Gerry & S. L. Schreiber: Nat. Rev. Drug Discov., 17, 333 (2018).3) C. J. Gerry & S. L. Schreiber: Curr. Opin. Chem. Biol., 56, 1 (2020)..本誌2017年の解説記事(4)4) 及川雅人,石川裕一:化学と生物,55, 468 (2017).ではDOS等の構造多様化戦略に加え,2つの生物活性化合物を結合させることで新たな骨格を創製して親化合物にはない性質や親化合物を超える性質を生み出す,ハイブリッド戦略が取り上げられている.こちらもケミカルスペース探索のための方法論である.

本稿ではDOSの活用例を見ていくとともに,天然材料を利用したDOS(Natural Material-Related Diversity-Oriented Synthesis; NMRDOS)研究において,セスキテルペンであるゼルンボンが示す独特の化学反応や,ゼルンボン誘導体を対象に行った香気の構造活性相関について紹介したい.

DOSのための2つの戦略~B/C/P戦略と環歪み利用戦略~

DOSでうたわれている「多様性」を実現するための戦略の中で最も広く適用されているのがbuild/couple/pair(B/C/P)戦略である(図1A図1■(A) DOSの主な2つの戦略であるbuild/couple/pair(B/C/P)戦略と環歪み利用戦略(B)抗マラリア薬候補のNITD609).buildフェーズではその後のカップリング反応に適した官能基を有するビルディングブロックを合成する.coupleフェーズでカップリング反応を行い,pairフェーズで分子内環化させるというものである.その後,登場したのが環の歪みを利用した戦略であり,それにより開環,環拡張,環縮小,縮環,転位,芳香環化を起こし多様な構造へと導くものである(図1A図1■(A) DOSの主な2つの戦略であるbuild/couple/pair(B/C/P)戦略と環歪み利用戦略(B)抗マラリア薬候補のNITD609).B/C/P戦略の場合,pairフェーズで分子内環化が起きる際,すなわち環状骨格形成時に多様性が生まれるのに対し,環歪み利用戦略の場合,環状骨格形成後,歪みを利用して図1図1■(A) DOSの主な2つの戦略であるbuild/couple/pair(B/C/P)戦略と環歪み利用戦略(B)抗マラリア薬候補のNITD609に示した6つのいずれかまたはその組み合わせの反応が起きる際に多様性が生まれるという違いがある.天然物,天然物様構造,大環状化合物,特権構造を含む分子の合成を行ううえでB/C/P戦略や環歪み利用戦略の果たしてきた役割が,その化合物ライブラリーとともに2018年の総説(5)5) S. Yi, B. V. Varun, Y. Choi & S. B. Park: Front Chem., 6, 507 (2018).にまとめられている.なお,特権構造とは生物活性天然物や治療薬に広く見られる共通の構造モチーフのことである.

図1■(A) DOSの主な2つの戦略であるbuild/couple/pair(B/C/P)戦略と環歪み利用戦略(B)抗マラリア薬候補のNITD609

アメリカのBroad InstituteはB/C/P戦略によって約10万個のDOSコレクションを構築した.そこからも有望な化合物が見つかっているが(2)2) C. J. Gerry & S. L. Schreiber: Nat. Rev. Drug Discov., 17, 333 (2018).,ここではノバルティス社の抗マラリア薬候補であるNITD609(KAE609, cipargamin)を取り上げ,DOS戦略,なかでもB/C/P戦略が構造最適化に果たした役割と開発の現状を概説する.

同社が12,000個の化合物からマラリア原虫の成長阻害活性に加え毒性や薬物動態を加味してスクリーニングを行った結果,スピロアゼピンインドロン骨格が選ばれた(化合物25(6)6) S. Dandapani, E. Comer, J. R. Duvall & B. Munoz: Future Med. Chem., 4, 2279 (2012).).このリード化合物合成のためのB/C/P戦略を考案することで部位ごとの構造調整が容易となった.そしてアゼピンの環の大きさを7員環から6員環としたスピロインドロン(化合物30(6)6) S. Dandapani, E. Comer, J. R. Duvall & B. Munoz: Future Med. Chem., 4, 2279 (2012).)がより高活性であることもわかった.このスピロインドロンの各光学異性体を合成した結果明らかになったことは,4つの光学異性体間で代謝安定性が劇的に異なるということであり(6)6) S. Dandapani, E. Comer, J. R. Duvall & B. Munoz: Future Med. Chem., 4, 2279 (2012).,網羅的な合成の重要性が示されている.代謝に対する不安定性を改善するためCYP酵素の基質となりやすいインドールのベンゼン環上にクロロ基を導入した.そのような経緯で設計されたNITD609(化合物31(6)6) S. Dandapani, E. Comer, J. R. Duvall & B. Munoz: Future Med. Chem., 4, 2279 (2012).図1B図1■(A) DOSの主な2つの戦略であるbuild/couple/pair(B/C/P)戦略と環歪み利用戦略(B)抗マラリア薬候補のNITD609)はマラリア原虫NF54株に対しIC50が0.9 nMであった.リード化合物であるラセミ体25のIC50が90 nMであったので,B/C/P戦略による構造最適化を通して活性が100倍増強されたことになる.さらに,既存薬に対するいくつかの耐性株において交差耐性を示さないことから,これらとは異なる作用機序ではたらくことがわかった.作用発現の標的を同定するための戦略は,寄生虫株に耐性を生じさせ,その株のゲノムを次世代シークエンサー解析するというものである.そして耐性株ではP型Na-ATPaseであるpfatp4に変異が生じていることが明らかになった.PfATP4を阻害するとマラリア原虫のナトリウムイオンの増加が抑えられなくなり死滅する.逆にPfATP4に変異を導入するとNITD609への耐性が生じたことから,PfATP4が標的であったことが確認された.これは既存薬と異なる作用機序であるため,既存薬との併用治療効果への期待も高まる.NITD609は現在5つの臨床試験が終了し,6つ目の臨床試験中である(ClinicalTrials.gov(2020年8月閲覧)).

ゼルンボンをDOSの材料に

天然物は強力な生物活性を有し,医薬,農薬,香料等の有用物質あるいはそれらのリード化合物として人類の安定した豊かな生活に多大な貢献を成してきた.その背景には,天然物が人の考えが及ばないほど多種多様な三次元的な構造を有していることがあるのだろう.DOSは複雑な分子を効率よく得るための方法論であるが,出発物質の選択には工夫が必要である.大きな分子は複雑な骨格をもっているが,その複雑さゆえに単純な変換でさえしばしば非常に困難となり構造変換の多様化が妨げられてしまう.一方,小さなビルディングブロックを使用すると,化合物の誘導化の範囲に大きな可能性があるものの複雑で多様な構造を構築するには多数の合成ステップを要することになる.そこで天然物の中では小さな部類に入る中分子を,新しい生物活性をもつ化合物ライブラリー構築の出発分子として注目することにした.すでに活性が知られている天然物を選ぶことが有益な誘導体を得る確率を高めることになるかもしれないが,往々にしてそういった化合物は希少で,合成原料としての供給は難しい.それ自身には利用価値が見いだされていない天然物であっても構造的に興味深くある程度容易に入手できるなどある一定の条件を満たすものであれば,「化学」の力を用いて原石を宝石に変えることは可能であると考えた.この考え方に基づく合成戦略を,多様な反応性を有する天然材料を利用した有機合成,Natural Material-Related Diversity-Oriented Synthesis(NMRDOS)と名付けた.その条件が,(1)天然材料の総乾燥重量の1 wt%を超えて含まれ,(2)単離および精製が容易で,(3)その分子構造に4つ以上の反応中心をもち(少なくないことが重要),(4)反応性オレフィン(二重結合)をもつことである(7)7) T. Kitayama & Y. Utaka: “Future Directions in Biocatalysts,” 2nd ed.; Elsevier Bioscience, 2017..その一つがゼルンボンである.

ゼルンボンはハナショウガ(Zingiber zerumbet Smith)の根茎部の精油中の二次代謝産物であるセスキテルペンであり,ハナショウガはインドから東南アジア,南太平洋諸島,沖縄諸島の亜熱帯に分布する多年生草本植物である.共役カルボニル基,2つの共役オレフィン,孤立二重結合を11員環内にもち,4つのメチル基が配置された比較的窮屈な構造を有している.その構造に由来する特異な反応性を利用し,わずか2, 3ステップの化学反応で13種類の興味深い複雑で構造的に多様な骨格を含む,35種類の化合物へと誘導することができた(8)8) Y. Utaka, G. Kashiwazaki, N. Tsuchida, M. Fukushima, I. Takahashi, Y. Kawai & T. Kitayama: J. Org. Chem., 85, 8371 (2020).図2図2■ゼルンボンを材料としたNMRDOSの例).そのなかには6種類の天然物様骨格も含まれていることがわかった.これらの変換は多彩な骨格を与え,また不斉炭素を生じさせるため,X線結晶構造解析を用いて19個の立体構造を決定した.得られた生成物の生物活性は現在調査中である.ゼルンボンからこれらの多岐にわたる生成物に至る反応機構も詳細に検討し,一部の反応については計算化学的考察も行った.似た構造を含む天然物の生合成経路を検討する際にこれらの知見が役立てば幸いである.

図2■ゼルンボンを材料としたNMRDOSの例

注:Br2anti付加体から得られる.

また,多様な反応を起こす天然物を活用する目的の一つが香料開発である.ゼルンボンは特徴的な嗜好性の高い草様の香りを有する.香気と構造の相関を調べるため,二重結合の還元,カルボニル基の水酸基への還元,二重結合からのエポキシへの変換などにより14個のゼルンボン誘導体を合成した.そして15種類の香調を選択肢として香気を評価した.その結果,ジヒドロゼルンボンとゼルンボールにおいては二重結合が減るにつれてFruityな香りが強くなるのに対し,シクロアルカノン誘導体11員環,12員環,15員環のいずれにおいても二重結合の増加によりFruity調香気が強くなるという,ジヒドロゼルンボンやゼルンボールとは逆の傾向を示した(図3図3■二重結合の数と香気の構造活性相関).このことから,香気は環の大きさだけでなく,環上のメチル基からも大きな影響を受けることがわかる(9)9) 宇高芳美,柏﨑玄伍,川阪昌代,吉川知美,藤原裕子,平本梨花子,渡辺 凌,種田圭悟,吉村寛汰,山本恵里花ほか:アロマリサーチ,20, 72 (2019).

図3■二重結合の数と香気の構造活性相関

ゼルンボン誘導体とシクロアルカノンで逆の相関がみられた.ゼルンボン誘導体は11員環上に4つのメチル基を有している.ゼルンボンは独特な香調のため除外して分析を行った.

最後に

天然物の特徴にはsp3炭素率(全炭素に占めるsp3炭素の割合)の高さ,低いC log P(分配係数の予測値で,低いほど親水性が高い),立体中心となる炭素の存在や高度酸素化がある.それによって天然物は膜透過性と水溶性を有しながら標的高分子に特異的に結合し,生物活性を発揮する.2013年,Hergenrotherらは入手しやすい天然物であるジテルペンのジベレリン酸,ステロイドのアドレノステロン,アルカロイドのキニーネを原料とし,多様な化合物へ導いた(10)10) R. W. Huigens III, K. C. Morrison, R. W. Hicklin, T. A. Flood Jr., M. F. Richter & P. J. Hergenrother: Nat. Chem., 5, 195 (2013)..彼らはこれをComplexity-to-Diversity(CtD)approachと名付け,構造の複雑さと入手しやすさからほかに10個の天然物を原料候補として挙げている.菊池らは天然物を抽出物溶液中で反応させ,天然物様化合物の多様性を高めるDiversity-Enhanced Extractsという手法を考案しており,2019年にはテルペノイドを誘導化して25個のメロテルペノイドを合成し,骨粗鬆症や白血病,リンパ腫の治療に有効な可能性を示した(11)11) H. Kikuchi, K. Kawai, Y. Nakashiro, T. Yonezawa, K. Kawaji, E. N. Kodama & Y. Oshima: Chem. Eur. J., 25, 1106 (2019).

われわれはゼルンボンに注目し,6種類の天然物様骨格を含む35種類の化合物へと誘導できることを示した.香気評価の結果の一部として,二重結合の数とFruityな香調の関係,さらにはゼルンボンの環上メチル基の存在が与える影響を明らかにすることができた.

NMRDOSは,世界で行われている創薬研究のみならず,機能性物質を含むあらゆる物質を「創る」ための発想の一つとして役立つと考えられる.このような天然物が実質的な構造変換につながる材料としてますます注目され,そういった研究が創薬科学,化学遺伝学,材料科学,有機合成化学分野の発展に大きく貢献することを期待したい.

Reference

1) S. L. Schreiber: Science, 287, 1964 (2000).

2) C. J. Gerry & S. L. Schreiber: Nat. Rev. Drug Discov., 17, 333 (2018).

3) C. J. Gerry & S. L. Schreiber: Curr. Opin. Chem. Biol., 56, 1 (2020).

4) 及川雅人,石川裕一:化学と生物,55, 468 (2017).

5) S. Yi, B. V. Varun, Y. Choi & S. B. Park: Front Chem., 6, 507 (2018).

6) S. Dandapani, E. Comer, J. R. Duvall & B. Munoz: Future Med. Chem., 4, 2279 (2012).

7) T. Kitayama & Y. Utaka: “Future Directions in Biocatalysts,” 2nd ed.; Elsevier Bioscience, 2017.

8) Y. Utaka, G. Kashiwazaki, N. Tsuchida, M. Fukushima, I. Takahashi, Y. Kawai & T. Kitayama: J. Org. Chem., 85, 8371 (2020).

9) 宇高芳美,柏﨑玄伍,川阪昌代,吉川知美,藤原裕子,平本梨花子,渡辺 凌,種田圭悟,吉村寛汰,山本恵里花ほか:アロマリサーチ,20, 72 (2019).

10) R. W. Huigens III, K. C. Morrison, R. W. Hicklin, T. A. Flood Jr., M. F. Richter & P. J. Hergenrother: Nat. Chem., 5, 195 (2013).

11) H. Kikuchi, K. Kawai, Y. Nakashiro, T. Yonezawa, K. Kawaji, E. N. Kodama & Y. Oshima: Chem. Eur. J., 25, 1106 (2019).

12) H. Salamon, M. K. Škopic, K. Jung, O. Bugain & A. Brunschweiger: ACS Chem. Biol., 11, 296 (2016).

13) D. Madsen, C. Azevedo, I. Micco, L. K. Petersen & N. J. V. Hansen: Elsevier B.V., 59, 181 (2020).